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失墜/山優

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 問題編

 ある仕事場に二人の男女がいる。この男女はつい数ヶ月前まで付き合っていた。不倫だった。
 が、破局が来た。男は妻と離婚した。女と結婚しようとしたのだ。が女はその誘いを無下に断った。所詮は遊びだったのだ。
 なにしろ妻子を捨ててしまった。それに男はエリートで女にもモテた。自尊心が高かったのである。
 そんなわけで男は女に少しばかりの嫌悪感があった。が、しかしそれは人を殺すほどのものではなかった。だが、状況は妻が訴訟を起こしてきた事でがらりと変わった。
 彼は妻に離婚する時浮気の事は少しも言わなかった。その方が都合が良かったからだ。だが浮気していた事がばれてしまった。前妻は賠償金を求めて裁判を起こしてきた。さらに浮気のことは仕事場にもばれた。そして彼は第一線から外されそうになっているのである。そうなれば順風満帆だった彼の人生は狂ってしまう。
 一方女の方は上司と関係を持ち始めたらしい。不倫のことはもみ消される事になるだろう。男だけが損するのだ。
 ということで彼はなかばヤケになっていた。殺してしまおうと彼は思った。ここで殺せばばれるのは確実。だが、そんな事はもうどうでも良かった。この憎っき女を地球上に絶対に存在できないようにしてやると激しく自分自身に誓った。
 
 もう寝る時間になった。この仕事場は住み込みだ。彼女は先に仕事を終え自室へ向う。寝るのだ。
 彼女は男に言った。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 猫をかぶりやがって。すました顔をしやがって。男はそう思った。ここには監視カメラがある。だから女はおとなしい振りをしている。

 ここでこの仕事場の構造を説明にしよう。必要なところだけを説明する。まず主な仕事をする部屋が中央にある。そして左右に二人の自室がある。そこで寝るのだ。
 そして自室には窓がついてある。仕事部屋側についている。成人男性がなんとか入れるほどの大きさだ。床からはかなり離れている。だいたい三mと言ったところだろう。窓は一応手動で開閉が可能である。普通はリモコンで操作するが。片開きだ。

 男は時間が数十分経つのを待った。女が完全に寝付くのを待ったのだ。いろいろな考えが頭を巡っていた。
 殺人などしたらここまでの人生は台無しだ。失墜する。築きあげてきたもの全てが。が、このまま何もしなくてもあの女のせいで男の人生は滅茶苦茶になるのだ。
 もしここで、殺せば屑な上司も困るだろう。仕事が完全に失敗するのだ。もしかしたら、首になるかもしれない。愉快だ。愛人と職を一気に失うのだ。彼は失墜するのだ。
 男の考えは決まった。殺すのだ。あの女を。となると凶器がなくてはいけない。ちょうど男の目に消火器が見えた。床に固定されているものだ。重さは十キロぐらいだろうか。これで殴ればまず抵抗などできないだろう。男はこれを凶器とする事に決めた。
 どこから女の部屋に入るか男は考えた。部屋はオートロックなのだ。ふと見ると窓が斜めに開いていた。不用心すぎる、あれでは鍵など無いに等しいと男は思った。

 数十分後男は犯行を始めた。まず、仕事の様々な機械を停止した。もはや仕事など意味はないと思ったからである。
 そして窓から侵入し、寝ている女の頭を思いっきり鈍器で殴った。鈍い音がした。血が吹き出る。
 女は悲鳴をあげ起きた。そして抵抗しようとする。が、無駄だった。女は逃げようとする。が無駄だった。男は執拗に殴り続けた。怨念を込めて。自分を失墜させた女への怨念を込めて。やがて女の息は途絶えた。

 男は高揚感で一杯となった。宙に体が浮いている気持ちになった。
 男はそのままそこへ座って高笑いを続けた。仕事の事はもうどうでも良かった。このまま死のうと思った。男は疲れでそのまま眠った。
 
 ここに三人が失墜した。男、女、上司である。が、まだ失墜するものが残っている。

 

 問題 

 男はいかにして三メートルの窓に侵入したのだろうか。方法を答えなさい。
 ヒントを出す。男の身長は百八十cmほど。手を伸ばしてもとても三mには届かない。この仕事場は椅子の類のものは固定されている。それに消火器を抱えていたので片手しか使えない。もし届いていたとしてもどうやってそこから部屋の中に入ったのだろうか。男は屈強な方だが、そこまでの腕力はない。ロープのようなものもこの仕事場には存在しない。あまり大きな音を立てると女が目を覚ましてしまう。それに窓はそんなに大きくはない。
 さて、この難問を解けるか。


































 解答編
 
 男が女を殺した頃地上の管制塔は大騒ぎだった。なにしろ日本の有人宇宙船が突然連絡を絶ったのだ。宇宙飛行士の男が突然監視カメラの電源を切ってしまった。他にも様々な機器の電源を切ってしまったらしい。唯一管制塔が分かるのは宇宙船の現在位置だ。
 が、しかしそれは宇宙船の行く末を明示していた。宇宙船はある星に向かっている。が、その動きは着陸の動きではない。
 宇宙船は完全に失墜している。が、こちらから操作するすべはない。やがて職員たちの悲鳴が響いた。なにも画面に表示されなくなったのだ。つまり激突したのだ。宇宙船は。

 
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