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Act1-1. ぼくが新しい街に来て通りの真ん中で大失敗して死ぬほど飲んで酔っ払いの行き倒れさんを“食って”しまうまで。

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ぼくが死んでから死にたくなるまで。2

Act1-1. ぼくが新しい街に来て通りの真ん中で大失敗して死ぬほど飲んで酔っ払いの行き倒れさんを“食って”しまうまで。

「結論から言おう。あんたは死んでる。死んでそいつに取り付いてるんだ!!」
 ロビンがきっぱりと言い切ると、ギルダーさんはひざからくずおれた。


~~ぼくたちは路地を走る~~

 それはほんの数時間前のこと。
 霧のような小雨が降るなか、ぼくたちはとある町の裏通りを走っていた。

『こっちだニャ。早くしないとマジ死ぬニャ!』
 先頭をゆくのは小柄な黒猫のミュー。うちの情報担当だ。

「ロビン、剣をクレフに! あなたが先に行って保護してあげて」
 スカートのすそをたくし上げ、走りながらも的確な指示を出す金髪の少女はリアナ。彼女は医術と初歩の回復魔法を身につけている治療担当者。

「おっしゃ! クレフパス!」
「わっと」
 手馴れた様子で腰の剣を(さやごと)はずし、ぼくに投げる黒髪の少年はロビン。ぼくたちのなかで唯一、剣を持って戦うことができる体力担当。
 そしてぼくは――

「クレフ、お前は気をつけて来ればいい。今日はへんなやつ引っ掛けるんじゃないぞ!!」
「そんなあ!!」
 ぼくはクレフ。ロビンよりはすこし色が薄い黒髪が目印。いちおう、弓を扱うことができる援護担当。たぶん、荷物もちではない――と信じたい。

『クレフはぼーっとしすぎなの。いいから、カラダの制御はあたしに任せて。あんたに任せとくといっつもなんか引っ掛けるんだから』
「アリスまで……」
 アリスはゆえあってぼくの身体に同居している、赤毛の魔法少女(の魂)だ。
 彼女は情け容赦なくのたまって、ぼくの身体の主導権を奪った。
 そのおかげかぼくの身体は、なれない剣を腰に吊るしながらも、ぼくよりスムーズに走り出した。


 確かに、ぼくは人よりぼーっとしているかもしれない。
 おとといは怖い顔の人たちにぶつかってアリスの魔法に助けてもらったし、三日前は屋台にぶつかって果物をばらまいてしまったし(屋台のおばさんに怒られた……手伝ってくれたロビンも込みで)、あ、そういえば昨日は馬車にぶつかりかけてリアナに助けてもらったんだっけ。


 田舎暮らしが長かったぼくにとって、都会はめまぐるしい。
 普通に歩いているだけで、いろんなものにぶつかってしまう。

 たとえば、ケンカしているひととか。
 たとえば、酔っ払いのひととか。
 たとえば、行き倒れのひととか――


 しかしそれら全部に一時に出会うことがあるなんて、ぼくはあの角を曲がるまで、考えもしていなかった。
 裏通りの、あいあいがさの落書きがある、路地のなかのさらに奥の行き止まりへと続く、その角を曲がるまでは。

~~ケンカにまけた酔っ払いの行き倒れさんを拾った~~

 そこでぼくがみたのは、怖い顔の男たち二人を相手に殴りあいをしているロビンと、路地の奥の壁にぐったりもたれかかる男の人と、その人が取り落としたらしい酒ビンだった。
 小柄な猫であるミューは、難を避けるため塀の上にいる。
 リアナはすっと乱闘の脇をすりぬけ、男の人のわきにひざをつく。
 声をかける、けれど反応がない様子だ。
「だめ、死んでるわ!!」
 顔を上げてリアナが叫ぶ。
「え、ウソ」『クレフはだまってなさい!』
 言おうとするとアリスに止められた。
 ぼくは腑に落ちなかった――
“ぼくたち”にはわかるのだ。目の前の人が生きているのか死んでいるのか。
 この距離、そしてぼくにでもわかる、あの人は生きている。というのになんでリアナは?
「お、おい!!」
「俺たちがやったんじゃないぞ!! 現にお前らが来たとき俺たちとそいつは……」
 考えていると、怖い顔の人たちはびくっとそっちを向いて、口々に言い訳を始めた。
「ああ、そうだったな。だが俺たちがそれを証言しなければお前らが犯人だ。
 ここに“目撃者”だっていることだしな」
「え」
 ロビンはふたりの言葉をぶった切り、ぼくのほうへ歩いてきた。
 そしてぼくの腕をつかみ、くるり、背中に回りこむ。
「あの、ロビ」「黙ってろ。」『ほんと黙ってなさいアンタは。』
 いつの間にか、ロビンの手には刃物。それがぼくの喉元に突きつけられる――
 怖い。ロビンの声も目の前の刃物も。ぼくは一瞬で、声も出なくなってしまった。
「か……勘弁してくだせえ、アニキ!! 俺たちはただのしがねえチンピラで」
「ならやるこたわかってんだろうな?」
「そんな~!」「んなカネあったらんなこたしてませんよお!!」
「だったらそいつを医者まで運べ。さっさとしろ!!」
「「は、はい!!」」
 怖い顔の人たちは、気の毒なことにすっかり怖そうな顔になって、ぐったりしている男の人を担ぎ上げた。
「こ、こっちですっ」
 そして、先頭に立って歩き出す。
 ふたりは地元の人らしい。その案内でぼくたちは、スムーズにお医者様のもとへとたどり着くことができたのだった。
 ぼくは(刃物こそしまってもらったものの)無言の圧力を放ち続けるロビンに腕と肩をつかまれ連行されている状態だったので、生きた心地がしなかったのだけれど。
(ちなみにミューはちゃっかり、担がれた男の人のおなかに座って楽していた。ちょっとうらやましいかも……)



~~お医者様の話~~

 怖そうだったひとたちは、男の人をポーチにおろすと、ロビンににらまれながら逃げていった。
 その姿が見えなくなると、ロビンはぼくの腕を放した。
 同時にアリスの口封じもとけ、ぼくはようやく疑問を口にできた。
「ロビン、どうして? リアナも……」
「ごめんクレフ!
 ケンカを早く止めて、このひとを早くお医者様に見せるにはあれしかなかったんだ。ほんとにごめん!」
 ロビンは一転、両手を合わせて頭を下げてきた。その様子はすっかり、いつもどおりのロビンだ――よかった、ロビンは怖い人になったんじゃなかったんだ。
 そういえば昔、仕入れのため町に行って、怖い人にぶつかってしまったときも、ロビンはこんな風に怖い人のふりをして助けてくれたんだっけ。
「えっと、大丈夫。こっちこそごめん、ロビン」
『もう、あんたが謝ることはないでしょ。おひとよしなんだから』
『ホントにクレフはおひとよしだニャ。リアナが明らかにのびてるだけのおっさんを“死んだ”といった時点でハッタリがくると気づけだにゃん。』
 ミューが顔を洗いながらいう。え、ひょっとして作戦わかってなかった(もしくは気づいてなかった)のぼくだけなの?
『ニャ。』
 ミューは大好物のささみを食べたときのように、満足げなカオでうなずいた。
「そんなあ~……」
 すると、ふわっとリアナがぼくを抱きしめてくれた。
「ほんとに、驚かせてごめんなさいね、クレフ。
 まずはこの方をお医者様に診ていただきましょう。ふたりともこの方を運んできて!」
 そういうとリアナはさっと腕を解いて、お医者様のうちのベルを鳴らした。

「疲労と、軽い脳震盪ですね」
 お医者様はまだ若い男性だった。
 誠実そうな、明るい感じの人だ。
 なんでも、お父さんのあとをついでお医者様になったばかりらしい。
「失礼ですが、お知り合いの方ですか?」
「いいえ、通りすがりのものですわ」
 リアナがふるふると首を振る。
 首の半ばの長さで揃えた、ふわふわの金髪がゆれた。
 いつものことなのに、ぼくはまたしても見とれてしまう。
「そうですか……。
 この方はギルダーさんといいまして、よく飲んではケンカをして、ここに運ばれていらっしゃるんですよ。
 どうやら記憶がないらしくて。
 あなたは、ギルダーさんのお探しの女性によく似ていらっしゃったので、失礼を承知できいてみたのです」
「まあ……。
 わたくし、田舎から出てきたばかりでして。ギルダーさんには先ほどお会いしたばかりなんです」
「そうでしたか。
 いや、すみません。なんだか私、ギルダーさんのことをほうっておけなくて。
 ……兄貴に似てるんですよ。
 兄貴は自由人で、ギルダーさんみたくトレジャーハンターをしてるんですけど、何年かに一度くらいふらっと帰ってきて。
 たまにケガだらけで死に掛けたとかいってきたりして、いつもひやひやするんですけど、お酒飲みながら土産話するときの楽しそうな顔をみていると、止めることもできなくて……
 あ、すみません。ひとりで勝手に話してしまって」
「いいえ。とても素敵なお話ですわ。
 それではそろそろお暇します。あの……」
「あ、いいですよ。ちょっと診ただけですし。僕の話も聞いていただけちゃったので。
 いつでも遊びにいらしてください」
 そういって、お医者様はにっこり笑った。
 その笑顔はとてもさわやかで、もしもぼくたちの生まれ故郷にこのひとがきたら、あっという間に村中の人気者になってしまうだろう、そんな風に思えた。
「ありがとうございます。それでは」
2, 1

  


~~アリスとミューがけんかした~~

『ちょっとクレフ、いいの?』
 お医者様のもとから宿に向かう途中、アリスがそっと耳打ちしてきた(アリスは魂の状態でぼくの身体に宿っているので、耳打ちというのはおかしいのかもしれないけれど、そうとしか言いようがない)。
「なにが?」
『リアナよ。
 あの若先生かっこいいし、へたしたらあんた、とられちゃうわよ?
 結婚したのは前世でしょ。リアナももう16なんだし、するんだったらもう一度ちゃんとしとかなきゃ』
「え…………」
 全く予想してなかった展開にぼくは呆然とした。
「あの、でも、ええと……」
 するとミューがぼくの肩に乗っかってきた。ひげが頬に当たってくすぐったい。
『そうだニャ。おまえらどうするつもりだにゃん。
 まえはロビンがおまえの身体に宿ってた、だからリアナはおまえらふたりと結婚できたんだって聞いたニャ。
 でも今回はそうもいかニャいだろ。こんどはロビンにも身体がある。この国じゃ結婚は同時にひとりとしかできないニャ。
 まあ我輩的にはリアナは、ロビンとくっついたほうがいいと思うけどニャ。おまえの身体にはすでにいっぴき押しかけ女房がいるんだからニャ』
『なっ、なに言ってんのよ!! あたしとクレフはそんなじゃないわよ!!
 クレフは……っそうね、弟よ!
 あんただって弟相手にどうのこうのは考えないでしょ?』
『弟……………………』
 ミューは考え込んだ。
『純白にゃんこのしーたちゃん………
 ふかふかしっぽのしーたちゃん………………』
 そのときアリスがしまった、というように息を呑んだ。
『大丈夫!! しーたちゃんになら我輩どうにかされても』『スト――ップストップストップストップ!!
 クレフに悪い影響があったらどうするの!
 クレフ、今のはなしよ! 今のはなし!!
 まったくもう、あんたに聞いたあたしが馬鹿だったわ!』
『しーたちゃんのどこが悪いニャ!!』
『もってる兄貴が悪いのよ!!』
『ニャ――!!』
「クレフ、クレフ」
 そのときぼくの肩をぽんぽんと叩くものがいた。ロビンだ。
「ちょっと今日は飲みすぎだぞ?
 さ、帰って飲みなおそうな。
 道のまんなかで飼い猫とケンカしてると婚期逃すぞ?」
 気づくとぼくを、道行くひとたちが“かわいそうな人を見る目”で見ている。
 ぼくは口を押さえた――ああ、やってしまった!
 気をつけてなかったから、そしてアリスのテンションがすごく上がってしまったから、アリスの言葉が口からだだもれだったのだ。
 ミューは以心伝心で話すから、基本ぼくたち以外の人には言葉が聞こえない。
 つまりぼくは客観的に見れば、肩の上でにゃーにゃー怒る黒猫と、女の子口調でケンカしていた……ということになる。
 恥ずかしくなったぼくは、全速力でその場を逃げ出した。



~~その判断が間違いだった~~

 宿に着いたぼくは、なんかもうすっかり落ち込んでしまった。
 そのため、ロビンが温泉入ろうと誘ってくれても行く気になれず、あとでと言ってベッドに寝転んでしまった。
 それでも、眠ることもできず、ぼくはひとり天井を見上げていた。

 とりえといえば算術と弓(とちょっとしたトラップ)くらい。それも、そんなに使うことはない。
 しかも、頭も運動能力も、どっちかというと鈍い。
 体力はロビンの方があるし、頭や器用さはリアナに及ばない。
 ミューみたく、風や動物と話をして情報を集めるなんてこともできないし、アリスのように便利な魔法が使えるわけでもない。
 ロビンにリアナ、そしてミューを加えたパーティーで、旅を始めて一週間。
 ぼくは改めて自分の駄目っぷりを痛感してしまった。
 やっぱりあのとき、ぼくの方が死んで、アリスが生き残ってればよかったのかも、なんてことまで思ってしまう。

 駄目だ。こんな後ろ向きでどうするんだ。
 ぼくだって、みんなと同じ『ソウルイーター』だ。
 死した人の魂をこの身に迎え入れ、心残りを解消して天の国へいかせてあげるという、大切な使命をもって生まれてきたんだ。
 いま、旅をしているのだってそのためだ。
 駄目ならだめなりに、がんばらなくちゃ。
 そのときひらめいた――そうだ、お酒を飲んでみよう。
 昔この身体にいたソルティさんは、いつも村のワインを飲んでは陽気に歌って笑ってた。
 そのときはぼくも、一緒に楽しい気分になったものだ。
 ぼく自身にはお酒を飲む習慣はない。アリスにもない。
 だからこの数年間はほとんどお酒を飲んでいなかった(お祝いのときは付き合い程度に一杯だけもらってたけれど)。
 よし、飲みにいこう。アリスがいいといってくれたら。
 ぼくはアリスに問いかけた。
「ねえアリス。ぼくさ、お酒を飲みに行こうかと思うんだ。いいかな?」
『いいわよ。あたしはしばらく眠ってる。
 明日はあたしにケーキ食べに行かせてよ?』
「了解」
 アリスのテンションもちょっと低い。というか、ずっとだまったままだった。
 通りでのことを反省しているのだろう。
 ぼくが気をつけてあげてればよかったのに。ごめん、アリス。
 すこしお酒を飲んだら、外で小さいケーキを買ってこよう。そう決めてぼくは部屋を出た。

~~ぼくはお嬢さんじゃない!~~

 この宿屋は一階が酒場になっている。
 だからぼくは、階段をおりて両開きの扉を開けるだけで酒場に来ることができたのだった。
 カウンターの席が空いているのでそこに座る。
「いらっしゃい。何にするね」
「えっと…エールありますか」
「あいよ」
 硬貨ひとつと引き換えに親父さんがエールのジョッキを渡してくれた。
 それは思ったより重く、ぼくはそれを一旦テーブルに置いた。
「おいおい、情けねえなあ、お嬢ちゃん」
 と、となりから声がかけられた。
 みると座っていたのは、さっきの男の人だった。
「ええと……ギルダー、さん?」
「おう。トレジャーハンターのギルダーてな俺のことよ。
 この界隈じゃ知らぬものとてない男だぜ」「酒癖の悪さでだろ~?」「うっせえ!!」
 うしろのテーブル席からヤジが飛ぶ。ギルダーさんはつばを飛ばして怒鳴り返した。
 しかし、すぐに笑い顔になってぼくに向き直る。
「聞いたぜお前のことはよ。
 俺のこと医者まで運んで、つか仲間に運ばせて、その後道の真ん中で猫と大喧嘩してたんだって? こいつあ傑作だ」
「う、………」
 周りのみんなが爆笑する。顔が熱い。ああしまった、来なけりゃよかった。
 まさかあれが、こんなに噂になってるなんて。
 とにかくこんな状況じゃ、お酒を飲むどころの話じゃない。ぼくは席を立った。
 するとギルダーさんはなおも笑いながらぼくの前に回りこんだ。
「おいおい気を悪くすんなよ。せっかく俺様が誘ってやってんだからさ。酒場ははじめてなんだろ? おごってやるよ、お嬢ちゃん」
 またしてもまわりが爆笑した。
 ぼくは正直むっとした。
「あなたはなにかカンチガイをしていませんか。
 あなたに誘われて嬉しいわけがない。ぼくは男です。酒場もはじめてじゃないし、おごってもらうほど困ってません。むしろそのエールは差し上げます。そもそもぼくは、別にお酒は好きでもなんでもないですから!」
「なるほど」
 そういうとギルダーさんは、ぼくを見下ろしにやりと笑った――
「飲めないのか。やっぱりあんたはお嬢ちゃんだな」
「何だって?!」
 さすがにぼくもかちんときた。
 この人はケンカを売っているのだ。
「冗談じゃない!
 ぼくだってお酒くらい飲めるよ!!」
「おお、じゃやってみろや」
 ぼくは自分のジョッキを手に取った。重いけど、そんなの無視して一気に傾け飲みほす。
 身体がかっと熱くなる。周りから歓声が上がる。
「いいねえ!」「何だよやるじゃねーか!」「ギルダーよりいい飲みっぷりじゃん」
「はあ~~?? たかがエール一杯飲んだくれぇで何が飲んだだ! そんなん今のうちだけだ!
 酒ってのはなあ、こーやって飲むんだよ!!」
 ギルダーさんは隣のお客さんのジョッキをひったくり、自分の分とあわせてふたつ飲み干した。
「そ、そのくらいぼくだって!」
 おやじさんは心得ているのだろう、だまってぼくにジョッキをふたつ差し出す。
 ぼくはそれらをひとつずつ、両手に持って一杯、また一杯と飲み干した。
 熱い。ちょっとめまいがする。でも負けていられない。
 だってギルダーさんはまた飲んだ。
 ほかのお客さんがジョッキをもって集まってきた。ぼくたちは交互にそれを受け取り、喉に流し込む。
 まわりのひとが何を言ってるのかイマイチわからなくなってきた。目が回る。
 ギルダーさんが何しているのかよくわからないけれど、ぼくより飲んでいることは確かだ。
 負けてたまるか。ぼくはお嬢ちゃんなんかじゃない。
 もうわけがわからないけど、このくらいなら領主館で飲んだ(はず)。それで生きてるんだもの、余裕で大丈夫なはず。
 誰かが差し出してくれた椅子にどかっと腰を落とす。ジョッキを取ろうとしたら倒してしまった。手を差し出し、他の人に渡してもらう。冷たいジョッキの感触を確かめ、ぼくはあてずっぽうにジョッキを持ち上げ傾ける。
 冷たい、顔の表面が。そして服が。結構こぼしてしまった。
 だめだ、この程度じゃやめられない。この程度じゃまだぼくは………

「おい! 何してるんだ!!」

 そのとき聞き覚えのある声が響いた。
 同時に目の前でなんかがふっとんだ。
「こいつは……田舎から出てきたばっかりの、世間知らずのお人よしなんだ!!
 それを挑発して飲ませるなんざ、酒飲みとして最低だろうが!!
 てめえらもてめえらだ。恥を知れ!!」
 再び何かが派手に吹っ飛ぶ音。遠く悲鳴が上がってる。
「ロビン待って、それより!」
 リアナの声がした。どうしたんだろう、すごく切羽詰ったカンジで……



~~そしてまた“食って”しまった~~

 ――気がつくとぼくは柔らかな感触の中にいた。
 目を開ける。
 見覚えがある。どうやらここは、さっきのお医者様の家、そこにあったベッドの上、のようだ。
 かすかな頭痛。でも大丈夫。身体を起こす。
「あ、クレフ! 気がついたのね」
 するとリアナの声がした。ぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。
 ふわりといい香り。ぼくは顔を上げる。
『っあ――……水くれや、姉ちゃん』
 しかし口から出たのはそんな言葉だった。
 そう、ぼくの中にはいつのまにかギルダーさんが、いた。

『ぷはー、生き返った』
 ギルダーさんはうまそうに水を飲み干し口元をふいた。
 ロビンはものすごい目つきで言う。
「むしろてめえはそのままあの世にいってこい。」
「ロビンってば……」
 リアナがなだめようとするけどロビンは聞いてない。
「クレフ、お前もお前だ!
 なんだってこんな野郎の挑発に乗ったりしたんだ!!
 アリスだって中にいるんだろう。それを考えたのか?!」
「………あ………」
 忘れていた。正直、忘れていた。
 なんてことだ。いくら頭に来たからって、アリスはすっかり眠っていたからって。
 しかし、とうのアリスは叫んだ。
『待って、クレフのせいじゃない!
 それ、あたしのせい……
 お酒飲みに行きたいから、ていうからひとりで行かせた……
 クレフは落ち込んでたのに。
 あたしの判断ミスだわ。へたしたらクレフが死んでたかもしれない。本当にごめんなさい!』
「アリス………」
 涙交じりのアリスの言葉に、ロビンは鎮火した。
「ごめん。それ言うなら俺も悪かった。
 あんな落ち込んでたのに、ほっといて俺ひとりで温泉入ってるなんて、薄情すぎた」
「わたしもよ。治療担当なのに、クレフの気持ちをケアしてあげられなかった。ごめんなさい」
『我輩もニャ。すまんだニャ………』
『なあおい。やけに湿っぽくなってっけど、死んだとかって何のことだよ。
 俺様は生きてるぜ~。もう元気ビンビン』
「元気なのはクレフだよ!
 その身体はクレフのもんだ。お前はもう死んでるんだ!!」
 と、ロビンが立ち上がって、ベッドの周りを囲むカーテンを開けた。
 隣のベッドがあらわになる。
 そこに安置されていたのは、まだぬくもりの残るギルダーさんの遺体だった。

『お、おいおい。
 冗談よせよ。……ちょっとまて、そうだ、俺はまだ酔っ払ってるんだ。
 じゃなくちゃ俺がもうひとりいるなんてわけはないもんなあ。
 あ! ひょっとして双子の弟?! ひゃっほう。こんなイケメン世界に二人も要らないぜ。こいつが死んでよかったよかった。いやあ俺はいつもツイてる。さすがは俺様オンリーワンだな』
 一瞬の沈黙のあとギルダーさんはまくし立てた。
「そう思うなら鏡見てみろ」
 ロビンが壁を指差した。しかしギルダーさんはのたまう。
『めんどくせ。男が自分を確認したきゃ』
 そしてぼくの手はズボンのベルトに――
『バカ!!!!!!』
 そのときアリスの魂が、ギルダーさんの魂を力いっぱいぶん殴った(グーでだ)。
『変態!! スケベ!! 何考えてるのよ!!』
 その衝撃はすさまじく、器であるぼくにもショックが来る。
「ア、アリス、ごめん、そのへんで……」
『仕方ないわね。
 近寄らないでよアンタは。近寄ったら問答無用で消し炭にしてやるから!!』
『わかったよ!!
 ったく軽い冗談だっつーに。お前みたいな凶暴な女、こっちから………
 ていうかどうなってんだよ!! なんつかなかにお嬢ちゃんがふたりもいるわ、ていうかカラダは貧弱になるわ、しかも目の前に俺がいるわ!!』
「結論から言おう。あんたは死んでる。死んでそいつに取り付いてるんだ!!」
 ロビンがきっぱりと言い切ると、ギルダーさんはひざからくずおれた。
4, 3

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