私の名前は愛。『愛』と書いて『らぶ』って読むの。
日本人だけど、生まれはアメリカ。アメリカって漢字で書くと『米』よね。
だから、私のあだ名は『愛米』と書いて『ラブコメ』……。
「うっす、ラブコメ! パンを咥えながら曲がり角目掛けて走ってるか?」
そんなあだ名をつけたのは、隣に住む健一。
「おはよう、健一。殺すわよ」
「突っ込みが怖いわ! ラブコメなんだから、ラブコメらしい毎日を過ごすのがお前の義務だろ」
「そんな義務はお断り。私は平々凡々と生きていくのよ」
こんなやり取りが毎朝あるのだから、さすがにうんざりしている。
けど、それが続いてれば、こんな事にならなかったのに。
目覚ましが壊れてたのにも気付かず寝てしまったばっかりに、本当にトーストを咥えながら走って登校する事になるなんて――
「はぁ、はぁ……遅刻しちゃう」
今、曲がり角で誰かとぶつかれば、名実ともにラブコメになっちゃう。
でも、気をつけてれば――
「いったぁーい……」
やっちゃった。
けれど、ラブコメの事なんて気にしている場合ではなかった。
落ち着いたスラックスと地味なポロシャツ、傍らには年季の入った杖も落ちて――
ぶつかった相手は固いアスファルトに倒れたまま、ピクリとも動かない。
「お、おじいさん……大丈夫?」
問いかけてみるも返事は無い。
「ど、どうしよう――」
「ラブコメ、お前何をしてるんだ?」
クソがっ! 間の悪い事に健一も遅刻していたなんて――
「教祖様っ!?」
健一はそう叫ぶと、私の横を素通りして、倒れている老人に駆け寄った。
「ちょっと、健一。『教祖』って何よ?」
「この方は宗教団体『死んだ振り吃驚教』の教祖様だ!」
「そ、そんな宗教ある訳ないじゃない!」
「何を言う! 俺も入っているんだぞ!!」
誇らしげに会員カードを見せ付けられる。
……実在しているのっ!? なら――
「じゃあ、そのおじいさんは生きてるのね?」
『死んだ振り吃驚教』の『教祖』ならこれも死んだ振りのはず。
私の問いかけで健一は倒れているおじいさんの脈を取り、心音を確かめた。
「……こ、これは死んだ振りじゃない」
「えっ?」
「本当に死んでる――」
その言葉を聞いた時、私はこれから『殺人者』というレッテルを背負って生きていかなくてはならないのだと思い、自然と涙が溢れてきた。
「愛……」
初めて名前で呼ばれて、地面に向けていた顔を上げると――
「ドッキリ成功じゃ!」
「引っ掛かってやんの!」
二人とも全力で殴ってやった。