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お題③/ラブコメとか無理でした。はんせいしてまーす/はっぱまらん

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 天は白色、地は鈍色。和田の心は黒一色に染まっていた。
「傘、忘れちまったな」
 誰にでもなく呟く。今日は天気予報を気にしている余裕など無かった。
 今も途方に暮れている時間は無い。意を決して雨中を進もうとすると女性に呼び止められた。
「あの、和田さん。えっと、もし私の傘で良ければご一緒に……」
 振り向けば物腰柔らかなお嬢様がはにかんでいる。声の主は國城知恵だった。
 非道い偶然に和田は返答に詰まり、「う」とか「あ」とか、要領を得ない。
「和田ぁ、お前やっぱ傘忘れたか。ごめんね國城さん、俺等ちょっと急ぎの用があるんで」
 そこに後ろからずかずかと菅野が現れ、和田の手に折りたたみ傘を握らせ袖を引っ張る。
 和田は「あ、ありがと、じゃあ」とたどたどしく別れの挨拶をして、雨の路を行く。
 
 小走りで大学を出て駅から電車へ。人が少ない車両に飛び込んで二人で腰を下ろす。
「ラブコメやるのは勝手だけどな。よりにもよって今日あの娘とイチャつくのは冗談にならないぜ」
「いや、俺も予想外だったんだよ。心臓が止まるかと思った」
 先ほど止まりかけた心臓は今も尚、生にしがみつくかのように足早に脈動を続けている。
 今こんなに暴れられたら後で破裂するかもな、などと和田は自嘲気味に笑った。
「なんだその気持ち悪い笑顔は……お前組織の一員の自覚あんのか? あ? ほら『はんせいしてまーす』って言えよ。こうやってさ……は~んせいしてま~っす!!」
 菅野は両の手先を頭頂部に突き刺すように当て、舌を目一杯出しながら白目を剥く。
 その顔面の酷さと言ったら少し離れた席で座っていた高校生が「きんもっ」と思わず口に出しかける程に醜悪で滑稽で残念だった。「なんだその気持ち悪い笑顔は」と思いながら高校生は目を背ける。
 和田は一瞬の躊躇いも無く、右ポケットに手を突っ込み携帯を開きメインメニューからカメラを作動させ捻るようにそれを取り出し阿呆面を構えている菅野に向け決定キーをプッシュ。
 反応から「カシャコン」とシャッター音が鳴るまでわずか1,2秒。
「ありがとう。お前が言ったから俺が言う必要は無いな」
「何撮ってるんだテメェ! ほら俺の真似して……ってか撮るの速すぎだろ!?」

 電車は生物的に脈動しながら、機械的に一直線に目的地へと向かう。 
 今の俺に似ているな、と和田が黙考していると、菅野が静かに口を開いた。
「そう言えば和田は初めてか。お前にできんのか? ……殺人(ころし)がよ」
 和田は一呼吸置いて答える。目線は流れる風景の中、一際目立つビルに向けて。
「覚悟の無い奴は『司教杖(バクルス)』に入れないって言ったのはお前だ……それと」
「それと?」
「あいつは俺が殺す」
 和田の眼に迷いは無い。有るのは明確で純粋でひたすらに強い殺意のみ、であった。
「言うじゃねぇか童貞野郎……あ、そういや仇なんだっけ?」
「ああ……宗教団体『千剋教団』のトップ、『國生康樹』。俺が裁きを下してやる」
 それを聞いた菅野は手を叩いて笑い出した。嘲りのそれではない事を、和田は知っている。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ、裁きときましたか! いいねいいね若人! おもしれぇ、誘って正解だったな……安心しろ、もしお前が失敗しても俺が後始末しといてやるよ……お前ごと、な!」 
 少数の乗客など菅野の知ったことでは無い。先程より遙かに狂気的な笑い方ではっぱをかけた。
「ああ……頼む」
 電車が止まる。
 白線を踏み締める和田の心は黒一色に染まっていた。 
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