「「はんせいしてまーす」
僕はすでに何度目になったか分からない言葉を向かいの男に吐いた。
「ったく、コレだからバカは……」
そう言って、僕の前に居たスーツの男は僕につばを吐いてから扉の向こうに消えていた。
事件ファイル、5648。罪状、無差別殺人。僕の事だ。
なんでも、僕は大量殺人を行っていたらしい。もちろん、記憶にはない。証拠も無い、はずである。それだというのに、警察の歴々は僕が犯人だと決めて疑わない。
「出ろ、5648」
手錠をかけられ、拘束衣を締められる。止めとまでに語呂合わが殺し屋と、実はなにか組織が僕をはめているのではないかと錯覚に陥りそうになる。
「入れ」
少し歩いたところで僕は押し込まれていた。何が入れだ。拘束衣のせいで身動きがとれないままの僕は、芋虫のように体を這わせ、鉄格子の窓からわずかに差し込む外の光を眺める。時計みたいなものだ。
「雨……」
朝や夜くらい見分けが付くのだが、影の長さを見る楽しみが減ってしまったのは残念だ。
「んっしょ」
やっぱり芋虫のように部屋の隅へと移動し、小さく丸まる。瞳を閉じて、聴覚だけを生かす。即席、雨のフルオーケストラである。
雨といえば、事件のあった日も雨が降っていた。僕は傘を忘れ、びしょ濡れになりながら先を急いでいた。
遅刻だった。それも初のデートのだ。甘い甘い青春ラブコメみたいな妄想をいだいて夜中に脳内シュミレートを繰り返した結果が遅刻だった。全く馬鹿げた話である。
「おい、5648」
声がかかった。僕が妄想にふけっているのを知っての嫌がらせだろうか。
「面会だ」
珍しい人もいるもんだ。だって、僕の周りにはもう誰もいない。彼女からは連絡はないし、家族も手紙ひとつよこさない。誰も僕に接触しようとしていなかった。だって犯罪者だもの。
「こんにちは、三好(みよし)君」
何週間ぶりかに名前を呼ばれた。コツコツと地面を叩く杖の音が印象的だった。
「わかるかな?」
扉の向こうに居た男はぬっとガラス越しに顔を見せた。というか大きな葉っぱだった。
「だれ?」
見知らぬ顔だった。まぁ、葉っぱに知り合いがいないのは当然だ。
「ま、知らないのも無理はないだろう。なにせ、君は僕だが僕は君ではない」
あぁ、電波さんなんだなと思った。きっと葉っぱ教とかいう怪しい宗教の信者に違いない。
「麻美(あさみ)は元気にしているから、君は安心して死ぬといい」
麻美とは、僕があの日、会うことの出来なかった彼女だ。なぜ知っているのか。
「いやぁね、僕の麻美にちょっかいを出してる奴が居たからちょっと入ってもらったんだよ」
やけに饒舌である。まるで、自分のやった事を自慢しているようだ。
「ちょっと待てよ、僕が死刑ってどういう事だよ!」
「麻美についた変な虫は消えてもらうのが一番なのさ」
分かってしまった。やっぱり僕は無実で、全ての元凶はこいつだったのだ。
「麻美は幸せにするから安心してよ」
「おい、待てよ! 守衛さん、聞いてたでしょ?! あいつが全部!」
去っていく葉っぱの男を目で追いながら、僕は叫ぶしかなかった」
そこで、ため息を付いて俺は一呼吸おく。
「という話を考えたんだ。どうかな?」
「どうかな? じゃないよ全く面白く無いね。君は一体何なの?」
「そりゃ、空気に決まってるさ」