―― SORAUMI ――
異変は何の前触れも無く起きた。
そして、違和感を感じた時には既に手が付けられなくなっていた。
シャーマンの長”ロート”は、再び108人の”西方遠征団”に出発の合図を送る。
これで二度目である。
最初の一団は現地に着いてすぐシャーマンが倒れ交信が出来なくなった。恐らく全滅しているだろう。
この異変の原因は分かっている。継呪失敗の為に呪いが発動したのだ。
誰だって呪いを引き継ぐのは怖い、だから誰もが拒絶した。
その結果がこれだ。
断られる度に呪いは強くなり、今更どれだけの生贄を捧げれば良いのかすら分からない程に強大となってしまった。
それは国中何処からでも見る事が出来る異常な光景。
空へと昇り上がる滝と、水と言う水が大地の位置を忘れてしまったかの様に、ある一つの方向へと流れゆく姿。
北の山から南へ流れていた水は、今や東へ流れ、”ノナシ滝”と呼ばれる高所から降り注ぐ壮大な滝の姿は、”下から上へと流れる”異常な光景へと変貌した。
それだけでは無い、空に海が出現したのだ。
シャーマンらは、それを”ソラウミ”と呼び、ある者は絶叫し、ある者は気を失ってそのまま帰らぬ人となった。
空へと昇り行く滝の勢いは衰えず、ソラウミは毎日大きくなっていた。
(これは生贄の儀式なのですか?)
”ピートン”はロートに声を送った。
(それは違う、調査をしてもらうのだ。解決の方法を…)
ロートはピートンにだけは全てを話す。ピートンは人に秘密を喋らないからだ。
もっとも彼女は口から言葉を出す事が出来ないので喋る事自体が出来ない。
彼女は神霊と他のシャーマンらとしか意思を疎通する事が出来ぬのだから。
第二西方遠征団は、一つ礼をして見せ、ゆっくりと歩みだす。
ピートンにはこの姿がとても悲しく感じた、今回の遠征は特にそうだ。
何故なら今回の西方遠征団には彼女の母”エリフリーダ”が組み込まれているからだ。
国にはシャーマン自体の数が少なく、”シャーマンの血を引く女子”のみがシャーマンと成れる素質がある事からどうしても絶対数が少なくなる。
今、国には三名のシャーマンしか残っていない。
”ロート”、”エリフリーダ”、そして”ピートン”のみである。
シャーマンは遠方との情報交換を行う為の重要な役割がある、その為必ず一人は遠征団に組み込まれる。
エリフリーダは三人しかいないシャーマンの中から消去法によって選ばれ、役目に付く事を定められた。
”生贄”… まだ大人に成りきっていないピートンには、ただただ母の無事を祈るより他なかった。
(水は滝に向かって流れている様、近ずく程に引っ張る力が強くなっている。皆、ワイングラスに蓋をして飲む様な異常な光景)
ピートンは四六時中、儀式の広間にて母と交信を行う。そして得た情報を直ぐにロートへ送り、神霊からの助言を元に遠征を進めていた。
大きな異常が出たのは遠征開始から約二十日頃、毎日徐々に進行のスピードが上がっていたがその原因は人自体も引っ張られていたと言う事実をエリフリーダから報告された事で判明した。
(何故今まで気が付かなかったのか、このままでは滝の中心辺りだと人自体が流れに飲まれてしまう)
ロートはその情報を得、直ぐに神霊に助言を求めるが衰えた体では交信が途切れ途切れとなりハッキリとした助言を得る事が難しい。
(穴がある、大きな穴が。その周りに人型の窪みが沢山…)
母の声が途切れ、次に聞いたの事ある荘厳(そうごん)なる声がピートンの脳内に響く
(”呪いは解けぬ、誰かが継呪せぬ限り呪いは解けぬ”)
大いなる神霊の声であった。神霊はピートンに直接話しかけて来た。
見ればシャーマン長のロートは泡を吹いて倒れている。直感的に絶命している事を悟った。
(”ロートは嘘を言う故に裁きを下した。神霊の呪いは人では解けぬ、誰かが引き継がねばならない”)
再び、神霊はピートンに語りだした。
かつてロートが若かりし頃、時の王によって討ち殺された白蛇が居た。それは神霊が形を取った物であり、人は神霊に手をかける罪を犯した。
初めに呪いを受けたのは王であったが、ロートの助言により継呪の法を得、呪いを当時罪人であった者になすりつける。
これが良くなかった。
継呪と言う方法で呪いを他の者へと転嫁した事自体に、呪いは強大さを増し、呪いを受けた罪人の恨みによって更に呪いは宇宙の法則を打ち壊す程強大になった。
そして罪人の死後、あの”ソラウミ”が発生したのだ。
ロートは前回のソラウミに対し、対処を求め今回と同じく”継呪を断られた数だけの人間”を生贄に差し出し、事情を知らぬ他のシャーマンに継呪させたのだ。
(”継呪する者が居なければ呪いは解けぬ。そして始めに引き継ぐ者はシャーマンで無ければならない。今、それが出来るのはお前だけだ。継呪せよ、でなければソラウミに全ての水を奪われ世界は乾いてしまうぞ”)
ピートンは迷った、どのような呪いかは分からぬが、呪いと呼ばれるものを背負うには若すぎた。
そして怖かった。
(私がやります)
声が聞こえた、ピートンの意思の声でも、ロートでも、神霊でもない誰かの声
母エリフリーダの声だ
(ソラウミを未来に残す訳に行きません。私が継呪し、そのまま生贄になります)
母の声は絶え絶えで、ピートンにはそれが死の直前である事を理解させるに充分であった。
二人と神霊の間に契約が完了した。
大地の向きを忘れていた水は一斉に地表へ降り注ぎソラウミ中心付近はそのまま海にのみ込まれた。
乾き、塩がむき出しの白い大地に、再び青い命の水が注ぎ込まれる。
ソラウミは契約完了と共に呪いの力を失い、元の世界に戻ったのだ。
ピートンはふらふらの体を起こし、高台の元に向かう。そこには空にぽっかり空いた穴から巨大な滝の様に水が地表へと落下している姿があった。
(おかあさん…)
ピートンの右手にある黒い痣が彼女の顔を歪ませた。
(呪いは続く、終わりなど無い…)
彼女の心に神霊は”再び”同じ言葉を伝えた。