昭和40年、夏も本場となる頃、○×県山中にて山菜取りへ訪れた老婆が両手足を損なった少女の遺体を発見す。遺体に目立つ外傷はなく、切断された手足には縫合痕が見られた。奇異なことに老婆は始め人形だと思ったと話す。少女の遺体は生前の容姿をそのままに、不自然に笑顔を称えた美しい遺体であったと言う。
鑑識によると手足は生前、しかもずっと幼い頃に切断された様であるそうで、死因は鼻と口を塞がれた事による窒息。遺体付近に犯人の手がかりに繋がるものは一切無い、様に思えた。
始めにそれを見つけたのは、まだ若年の向井刑事であった。彼は遺体の側に茶色く汚れた紙を一枚見つけた。それは小さく、厳重に、神経質に折り畳まれていた。
「 痛ましき戦争の傷も癒え、ようやっと平穏な時がやって参りました。それを私のような者が邪魔をするのはいささか良心が咎めますが、しかし、致し方のない事でしょう。
私はしがない人形師でありますが、彼女は私の生前最初で最後の最高傑作でございます。彼女は笑うことを知らぬ人形で、名はあえてつけておりません。そして彼女は、少女人形ながら蠱惑的で幻想的な美貌を身に付け、私は自らの作品にも関わらず何度も感嘆の息を吐いたものです。正に彼女は私の人生で、否、この世の何よりも美しく可憐な生き人形でございました。
しかし、生き人形は同時に儚いものでございます。儚い故に美しいのでしょうが…
脆かったのです。そう、彼女は脆かった、とても!だから彼女は笑った。脆いから笑った、笑ってしまった、感情に気付いてしまった!彼女は人形だというのに!老いてしまった!
……気付いたら私は、彼女を殺していました。彼女は死んでも尚、醜く美しい笑顔を消すことはありませんでした。
今も、彼女の最期の声が耳を離れません。「お父さん」と、愚かな私を愛しげに、切なげに呼ぶ声……それが私の頭の中で、胸の奥で、延々と反響しています。
せめてもの酬いに、彼女と同じに死んでしまおうかと思います。これを書く前に服毒致しました、きっともうそろそろでしょう。どうせ死ぬならばまだ若い木の栄養となりたい、私は彼女の近くのそこから、三途へ渡ろうと思います。
さようなら、皆様」
手紙通りに周辺の樹齢の若かろう木を捜索、身丈1尺とない細くみずみずしい木の脇に男性と思われる腐乱死体を発見す。警官達は首を傾げる、手紙の通りならばこの少女はこの腐乱死体より前に死んでいることになる。しかし少女の遺体は、前述の通り至って綺麗なものであった。
「なるほど、正に少女人形だ」
向井刑事が呆然と呟いたのに、一同も無言の同意を示す。
事件は、表に出ることはなかった。
向井刑事、失踪す。また同時に安置されていた少女の遺体も何者かに持ち去られる。向井刑事は失踪直前、知人にこう話したと言う。
「あの子の顔が頭から離れてくれないのだ。彼女が、僕の中に巣食っている」