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エピソード1 破壊の記録

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 卓越した殺し屋がそこにいる。
 その男は生きるには過剰なまでの筋肉が積載された2メートルの背丈を持ち、薄汚れたトレンチコートで身を包む。深々とセンタークリースの帽子を被り、その下に更に目出し帽も被る怪人だ。無論、表情などない。肌寒い陰の中を、巨大な雹が大地に突き刺さるように、力強いストロークで闊歩していた。
 あと半刻もすれば、この大震災で崩れ天井を失った廃墟にも、温かな日差しが差し込むだろう。第三次世界大戦で受けた爆撃の傷跡も、ギャングスタどもの品のないスプレーアートも、恐らく一世紀は掃除されてないであろう事が原因で溢れ切ったドブ川も、何もかもが露わになる。芸術的ですらある。廃墟マニアがいれば写真を撮る。そんな風景。
 だが、その殺し屋の心はそんな風には動かない。微かに漂う文明の残り香や人間の醜さの生み出す美しさも、彼の心の外にある。
 彼にとって重要なのは、自分に何が出来るか、自分は今何をしてるか、自分は何をしたいか。この三つ。その両手で抱えられた12番ゲージ、口径にして18.5ミリのセミオート式ショットガン、イジェマッシサイガ12は引き金が人差し指で絞られる度に、6発のダブルオーバックという鹿撃ち用8.4ミリの鉛玉を銃口から吐き出して、彼が「敵」と呼ぶ人間の肉体をずたずたにしていった。この銃はターミネーターが使うようなポンプアクションだとかレバーアクションだとか、そういった煩わしい手間のある銃ではなく、セミオート。反動で自動的に排莢し、次の実包を薬室に送り込む。どんどん殺せる。実包もマガジンに8発ずつ収められ、弾が切れても、再装填がすこぶる早い。まさに人狩り用の銃だ。
「畜生、ふざけやがって!」
 動く車など一台もないし、恐らく今後も来ないであろう地下駐車場─もっとも空が見えている以上、地下でも何でもない「元」だが──にチンピラの声が木霊する。意味のわからない、威嚇としての怒号も飛び交う。一人ではない、三人、七人、十一人。おっと、数えてる最中に、彼は引き金をまた絞り、その恐ろしい散弾によって人数は十人に減った。
「お前、どこの組に雇われた!? 金は倍払う、取引がしたい!」
 声の距離は二十メートル程度。ここは瓦礫や廃車、その他何なのかよくわからないゴミが散乱しているとはいえ、わりと広い空間だ。おぼろげな光が埃を映し出し、銃声がよく響く。ここの隣には何の商品も並んでない上に悪党どもに根城にされたデパートがあるから、もう少し早く来る事が出来たなら、間抜けどもとの撃ち合いなどではなくて、一家団欒家族四人でお買いもの、などほほえましい光景が見れたことだろう。彼の寿命二回分ほど早く来れたらだ。戦争で文明が停滞さえしてなければ、彼等が使ってる銃など、骨董品もいいところ。過去の人達は、レーザー銃で撃ち合う未来を期待してただろうか。そして、その撃ちあいは、「敵」の数が減る事によって一方的な虐殺となりつつある。
「どうだ、殺し屋! 二倍が気に入らんなら三倍出したっていいぞ! だから攻撃をやめろ!」
 声が聞こえる。その声の主以外のチンピラ達は、お構いなく撃ってくる。彼も当然撃ってる。お互いに柱に隠れての、銃撃戦。彼の撃つ弾は、次々に当たる。だが、敵の撃つ弾は彼にまるで当たらない。まさにご都合主義の映画のワンシーン。それも当然だ。彼の持つショットガンは、散弾だから一瞬だけ体を陰から出して、一度引き金を絞るだけで、四十センチの範囲に弾丸が飛んでいく。サブマシンガンでさえタタタタタと連射するところを、彼は、撃つ、隠れる。それで終わり。本当に一瞬だ。散弾だから照準さえも曖昧で良い。一方で「敵」は、ゼローイングさえされているか怪しい、粗悪な拳銃。薄暗いから判別は出来ないが、黒星と呼ばれる中国製のトカレフか、北朝鮮から輸入された68式拳銃だろう。加えて、構え方も滅茶苦茶。7.62ミリトカレフ弾はパワフルな拳銃弾だが、それも当たればの話。銃が脅し道具だったのも、遥か昔の話。時代錯誤な連中だ。もとより、拳銃と散弾銃では、ペーパーナイフと槍で戦ってるようなもので、ハンディがありすぎるのだ。
「畜生! 畜生!」
 絶望感からか、啜り泣きさえ聞こえ出す。彼の感情は、動かない。散弾のもたらす破壊は無慈悲だ。今さっき撃った奴は、上顎から上が全部千切れ飛び、下顎に乗った舌が見えていた。コンクリートの壁に、ビーフストロガノフをぶちまけたかのように脳漿が飛び散る。死んでない奴も、散弾が食いこんで、痛いでは済まない。銃弾の痛みというのは、どちらかというと熱いに近い。よく熱した太い針が体を貫き、もう戦闘どころではない。覚醒剤で元気百倍? そうなる前に、弱った奴から殺されていく。
 彼が余りに殺すので、チンピラ達はついに柱に隠れたまま、姿を現さなくなった。亀のように縮まり、そっと、息を潜める。これは一番面倒なパターン。彼はおもむろに弾倉を引き抜くと、代わりにスラッグ弾入りの弾倉を入れ、再び撃ち始めた。
 彼の持つショットガンから新たに、狙撃ライフルに使われる.30-06弾に匹敵するエネルギーを持って放たれた一粒の塊が放たれた。それはコンクリートの柱を貫通して、「敵」を殺す。スラッグ弾の前では、熊ですら即死する。圧倒的な粉砕。それは散弾よりも面倒だが、より強大な暴力。それに見合った、大きな反動と、大きな弾痕。そして、増える死体。ええと、さっき五人殺して、いや、今ので六人……七人。最初に十一人いたから、残りは──。


 雨で色あせたテントの下で、スクリーンにノイズが走り、一面が黒に染まる。プロジェクターの電源が消されたのだ。真っ暗になったその中で、リモコンを持ったスーツの男がランプに火を灯し、自身の無精ひげをなでた。
「記録された映像は、以上だ」
 プロジェクタの載ったテーブルにケツを乗せ、迷彩ポンチョの下から自動小銃を覗かせた女兵士は、訝しげに笑った。
「刑事さん」と女は言う。「間違いなく、この大男はプロだ」
「プロ?」
 首を傾げながら、刑事と呼ばれたスーツの男は、リモコンを操作して、その大男が映った映像を、コマ送りで再生した。
「そう、プロ。プロフェッショナル、プロの銃使い──ガンスリンガーだ。」
 女はにやりと笑い、「私と同じ」と付け加えると、身を乗り出して、スクリーンに映った画像を指差しながら語り始めた。
「まず、武器のチョイス。イジェマッシサイガ12は第三次世界大戦以前から日本では少数だが装弾数とかに制限がついて合法的に出回っていたし、あるんだかないんだか分からないくらい弱体化して無秩序状態なんて嘲られる日本政府の法律がちゃんと機能してた頃から、その気になればソウドオフなりフルオート化なりすることは出来た。とはいえ、今の日本じゃ、他の銃がいくらでも手に入る。他国のごり押しでなし崩し的に銃器規制が大幅緩和されたし、特にこの東京なんかは管理外にある。西側でも東側でも、M4A1だろうがAK-47だろうが、金さえあれば火縄銃だろうがジャベリンミサイルだろうが手に入るし、そっちの方がよっぽど楽な選択肢なんだ。安いしね。同じショットガンならよっぽど新しいフルオートで32連発のAA-12や四本チューブのついたM1216セミオートショットガンだって手に入る。だけど、そんな中で、あえてイジェマッシサイガ12。つまり、射程が長くて過剰にパワーがあってよく狙う必要があるライフルよりも、接近戦で戦術的にアドバンテージのある武器を選択し、それも事前に現地の地図か情報を手に入れていたんだろう。サブマシンガンやPDWといった類ではなく、ショットガン。散弾とスラッグ弾の両方を持ちこむ周到さ。さらには最新型の性能に目が眩まず、確実に動作する信頼性と耐久性を優先する姿勢。武器のことをよく知ってる。軍歴があるのかもしれない」
 刑事はその手の用語はさっぱり分からぬらしく、目を丸くしていた。
「単に、あの殺し屋がそれしか手に入らなかった……いやそれはないにしても、銃器オタクだっただけとか。考え過ぎでは?」
「それはない」女は否定する。「ライオンは工夫しない」
「ライオン?」
「人間は弱い、だから知恵を絞り、道具を作った。弱さに対するコンプレックスと、死への恐怖が、戦闘術を編み出した。銃も、その一つだ」
 刑事は頷く。女は話を続ける。
「奴はでかい、それは強いということ。その筋肉は、あのトレンチコートと、チンピラどもがどこから盗んできたかはしらないが、設置していたボロのカメラレンズごしに分かるほどだ。はっきりいって、殴り合いじゃ負けた経験はないだろう。普通、こういう生まれつき強い人間は、工夫しない。なぜなら、工夫しなくても勝てるからだ。極端な話、その気になれば、今回みたいなケースなら素手で行っても皆殺しに出来ただろう」
「まさか」と男は信じられないという口調で言うが、女の冷たい視線に気付くと「確かに、今回殺されたガイシャは、時代遅れの暴力団ともいえないチンピラの集団で、押収された銃火器も大したものがなかったし、殺されなくても間もなく他の組に潰されてただろうが」と付け加えた。
「奴は強い、だが絶対に驕らない。出来る事をする。プロに徹する。正真正銘のプロだからだ。もう一つの根拠として、射撃の腕。異常な命中率がある。散弾とはいえ、当て過ぎだ。的を撃つだけのシューティングレンジと、相手からも弾が飛んでくる現場じゃ違う。震える。手元は狂う。当然のように出来ていた動作が、ぎこちなくなる。視界がゆがんで、弾はあらぬ方向へとんでいく。無駄弾のオンパレード。しかし、奴は違う。恐れない。動揺しない。姿勢が崩れない。確実に当てに行く。動作に無駄がない。動作から、なにも増えない、なにも減らない。興奮もしてなければ微塵感情をもみせていない。殺されるかもしれないという恐怖だけじゃない、殺しているという事に対しても何も感じてない。お前は、人を殺した事はあるか?」
 刑事は首を横に振る。「幸いにして、まだ、な」
 女がほほ笑む。
「それは素晴らしい事だが、それは別として、普通、まともな人間というのは、人間を殺すというのはこれがなかなかどうしてまともじゃいられない。だが、奴には関係ない。まるでフライドチキンを齧るように人間の頭を散弾で削り取れる」
「チキンなんて」刑事が口を挟んだ。「給料日以外にもばくつきたいもんだ」
「奴は」女は無視して続ける。「相当な訓練を受けている。その気になれば軽機関銃だろうが狙撃銃だろうがロケットランチャーだろうが使いこなし、確実に殺す。朝起きて数人を弾雨でひき肉に変えて夕飯にハンバーグを食える男。長けてるのは戦いだけじゃない、追跡だろうが探索だろうが、この糞ったれな廃墟街を、何カ月も冒険出来る。正しい歩き方を知ってるんだ。その平時の余裕が、いざという時にどれだけの優位を築くことか!」
「なるほど」刑事は納得したようだった。自嘲気味に、
「大戦後、日本政府が東京を中心とした都心部を放棄し、隔離政策をとって随分と経つ。表向きの無政府状態じゃないですよ、っていうアピールの為に俺のような哀れな羊が送り込まれては消費されてるわけだが、とうとうこういうわけのわからねえ銃使いなんていう頭のおかしい奴が現れてきて、泣きそうだぜ。日本のガンコントロールは、世界でもトップクラスだった時代が恨めしい」
「日本は火縄銃なんてもんが使われてた時代にも、鉄砲の保有数はずば抜けていて、世界一の銃器大国だった。その時代に戻っただけだ」
「違いない」
「それで、私をわざわざ呼び出して、こんな高価なPDAやら銃弾やら金やら情報やらを無償で渡して、お前はいったい何を欲しがってるんだ? その画像の解釈を聞きたかったようには思えないがな。私がガキの頃、周りの奴が私に欲しがるものはいつも一つで、私はそいつらの股間に9ミリをぶちこんで、代わりに飯を貰ってたぞ」
「政府の力は弱まりつつあり、管理外地域も徐々に広がりつつある。その中で、管理外地域には、じゃかじゃか麻薬やら銃器やらが持ち込まれて、逆に影響力は強まる。それを包囲し、封鎖線を強いてる自衛軍だって、大戦前のように、精鋭揃いじゃない。恥ずかしい話、俺みたいなマッポだって、身内に危ない奴は一人や二人なんてもんじゃない。朝鮮半島と中国は内戦、アメリカはロシアとドンパチしたツケが回ってて、外の脅威が勝手に自滅してる中、政府が恐れてることはわかるな?」
「自国内からの独立勢力……?」
「つまり、管理はしたくないし、できない。だけど、ある程度首根っこは押さえておきたい。それが基本的なスタンス。俺みたいなのも、その一環」
「で、それが何だってんだ?」
「やばい奴等が力を持ち始める前に、国の資本で管理外地域に、勢力を作るという計画がある。丁度、第二次世界大戦後にアメリカが日本に自民党を作ったように」
「……?」
「一つじゃない、勢力を二つ作り、その二つを争わせる。当然、この管理外地域の連中は、そのどちらかに属する事になるだろう。奴等は互いに互いの有力な連中に、賞金をかける。利権は被るし、共存はあり得ない。だが、どちらも本気で潰し合うことは絶対にしない。当然だ、元を辿れば同じところにいきつくんだ。第三の勢力は、成立しない。初期の段階で、この二つに潰されるから」
「狸ども!」女は手を叩いて笑った。「コントロールするために、自分の国の中で戦争をさせるのか」
「適度に潰し合わせ、生かさず、殺さずだ」
「それで、私の役目は?」
「ガンスリンガー、お前の仕事は一つだろ」
「アハハッ!」
 ガンスリンガーと呼ばれた女はテントから出る。刑事もそれに随行した。テントから出ると、今や三階と化した超高層ビルの屋上から、廃墟街が一望できる。
 露店で売られているのはどこから仕入れたかわからない魚や野菜、軍用横流しのレーション、よくわからない缶詰、そして銃器。市場のあちらこちらが日本人、中国人、朝鮮人、アメリカ人、ロシア人、インド人と人種のバラエティコーナー。ぶっこわれて洗濯物を干された電信柱。ぶっ壊れた建物は、窓なんてものは全部割れてるが住む人は誰もそんなことを気にしていない。
 空は青く、灰色な街を、太陽は鮮やかに照らしていた。心地の良い風。
 女のポンチョが風で舞い、その下のスリングで吊るされたライフルやマガジンポーチ、コンバットナイフや拳銃といった代物が艶消しのグリーンでタクティカルベストの都市迷彩に溶け込んでいるのがよくわかる。女が手すりに飛び乗ると、男は危ないぞ、と慌てた。
「私はガンスリンガー」
 振り返りほほ笑む。その目に悪意を宿して。
「ガンスリンガーだ」

 2099年、勝者なくして終わった第三次世界大戦は、文明を大きく停滞させ、各国を混乱に貶めた。日本もその例外ではなく、特に爆心地であった東京を中心とした地域は完全に機能を停止。まもなくしてならず者たちが流入し、弱体化してそれを管理する力を持たなかった日本政府は、暫定的に軍による封鎖を決定する。この意図せずして作られた経済特区は、不法移民や他国の思惑もあり、そのカオスを加速させ、震災で崩壊したビル群やもはやその全貌がわからぬ後から作られた無秩序な都市は、巨大なダンジョン、スラムとなった。
 さらに国家の庇護泣き世界に生きる者たちが、武装を始めるのは当然の結果であり、ガンコントロールに成功していた日本像は崩壊し、やがて銃器の扱いに長けるもの達が現れ始めた。彼等は西部開拓時代に活躍した銃器の扱いに熟練した保安官やカウボーイ、流浪人にあやかり、ガンマン、ガンファイター、あるいは、ガンスリンガーを呼ばれた。
 これは、そんな荒廃した世界を生きる、ガンスリンガー達のお話……。
 
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