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 とある二人の物語。
 この廃墟には無数の建物の残骸があった。人々から捨てられた土地である。
 しかしここに二人の者が、廃屋を根城として、人知れず住み着いていた。
 一人はカナタという名前、もう一人はソナタという名前で、同じ姿形をしている奇妙な者達であった。

 石を四つ、五つ、六つ、集めたらこの血から旅立てるのだろうか?
 カナタは金色のブレスレットを揺らして、言ってみた。鏡に向かって言ってみた。
 しかしその鏡には、カナタと同じ姿を持つソナタの姿が映っていた。二人の相違は、ただ瞳の色が違っていた。不気味な二人だった。
「食事の用意ができたから、下に降りてきてね」
 ソナタは言った。
 カナタは男、ソナタは女、姿形はまったく同じだが、性別は違っていた。
「ああ、すぐに行くよ」
 カナタはソナタの元へと歩いていき、髪を拳にすくった。さらさらと零れ落ちる触覚の感覚。
 ぶちっと、その髪を引き抜いた。
 ソナタは瞳を開いたものの、すぐにいつもの無表情となり、声を荒げることはなかった。口元を歪めて、むしろ微笑んでさえいる。
 奇妙な女だ…
 カナタはジッポを取り、毟った髪の毛をあぶった。悪臭が部屋の中に充満する。
「ふふ、そんないけない遊びをして…」
 ソナタはそう言い残して降りていってしまった。
 俺たちはフィアンセだ。生まれながらのフィアンセ。俺はソナタが憎い。ソナタは俺が憎い。俺たちは憎しみの婚約者。
 この腐った運命から逃れなければ、カナタはまた鏡に語りかけた。
 もし石を集めたとしたら、この忌まわしき運命から逃れえる可能性がある。ソナタを憎まなくてもいい。そう、もう憎まなくてもいい。
 下に降りると、大きなテーブルに色とりどりの料理が並べられていた。
 大小様々の皿。魚の目玉、動物の脳みそ、内臓、皮を剥がれた筋繊維、地獄の料理が用意されていた。
「美味しそうでしょう?」
「ゲテモノだな」
 ソナタはシャンパンのグラスを渡した。
 カナタはそれを手に取り、グラスを掲げた。
 狂った人生に乾杯、などと洒落たことは口にしない。ただ黙って食事を楽しむ。
「あなたの好きな肉海もあるからね…」
 肉海、それは人間に進化し損なった海の生物である。身長二十センチほど、人間の姿をして、水かきが付いている。肉海は皮をすべて剥がれ、筋繊維をむき出しで置かれている。血と潮のいい匂いがする。
 ソナタは鼓をうちながら、先程ソナタから毟り取った、髪の残りをポケットから取り出した。   
「燃やしたのではなかったの?」
「俺とソナタの遺伝子、一体どれほどの相違があるのだろう…」
 カナタは髪の毛を見つめながら言った。
 ソナタはふふ、と鼻で笑った。
「性別が違うことでしょう、そうなると脳内ホルモンも違ってくるでしょう、あとは目の色でしょう…
 それくらいかしら?」
「それは遺伝子情報として、何パーセント違ってくる?」
「さぁ… 人間って異邦人同士でもそんなには違わないでしょう。
 あなたと私とでは99.9999パーセント以上、それこそ無限に近い小数点が付くでしょうけど」
 カナタはソナタの髪を口に含んだ。受け付けない触感が口に広がる。しかし噛み砕いて嚥下した。
「アブノーマルな愛情表現かしら?」
 ソナタは笑った。普段はあまり笑わないソナタが口を開けて笑っている。
 カナタはすっと立ち上がり、ソナタの側まで歩き、強烈な平手を見舞う。食器が音をたてて床に零れて割れた。
 ガシャン
「………
あら、片さないと…」
 ソナタは表情を変えずに割れた皿を拾いはじめた。       
 破片で指を切り、血が流れる。ソナタは構わずに食器を片付ける。カナタは怪我をしたその手を掴み上げる。
「呪われた血が付いてしまうわよ」
 カナタはその指を口に含む。
「呪われた血の味だ…」
「ふふ、嘘、あなたの好きな肉海の味でしょう…?」
 ソナタはそう言って愛しそうにカナタの頭を撫でた。幼児をあやすように、優しく優しく撫でた。
 こんな運命なら、神をさえ殺してしまったほうがマシだ。
 石を集めるためには、どうすればいいのだろうか。俺とソナタ、一体どうやってこの運命から逃れたらいいのだろうか。
 石、そう石。これだけが希望の光となる。素晴らしい賢者となるべき子供を殺し、それを機械にかけて結晶化した塊。その石だけが。
 ソナタとカナタも本来の姿ではない。今の姿はかりそめの姿でしかない。遺伝子工学で生み出された悪魔の摸写でしかない。
 オカルトの悪魔、人間を悪に誘う魔物、かつての術師たちはそう言ってきた。歴史が進むにつれ、悪魔の存在は否定されてきた。しかし悪魔は存在していた。西洋の封じられし書物には歴々と記してある。
 だが長年の年月を得て、紐解いたのは科学者だった。科学者はそれを悪用して、悪魔の情報をもとに遺伝子を操作して、全くそれに近いものを生み出した。
 ソナタは一号だった、カナタは二号。二人とも同じ情報から生み出されたもの、同じ容姿を持っていた。科学者はソナタに殺された。
 ある忌書によると、悪魔として生まれたものは、賢者として生み出された子供によってのみ、体内の悪しき血を中和することができるそうである。その方法が、子供を結晶化して、呪われし血液に注入すること。
 その石さえあれば、ソナタも俺も人間の姿が取り戻せるのだ。出来損ないの悪魔としてではなく、本当の人間として生きていける。それが適わなければ、この廃屋で二人きり、静かに生きていくしかない。フィアンセとなって。
「賢者の子供を殺すのですか?」
 ある時、ソナタはカナタに尋ねた。
「そうだ、俺たちが本来の姿を取り戻すためだ」
「まるで女神イシュタルから堕落してしまった、哀れなアスタロトみたいなお話しね」
「俺たちは堕ちてなどいない・・・」
 ソナタはカナタに肉体を預けて覆い重なった。カナタは押返して身を摺り抜けた。ソナタは指を口に咥えて誘うような目つきをした。
 どうせ賢者になるべく子供なんて見つかりはしないのだ。見つかり結晶にしたとしても、人間の姿を取り戻せるという保障なんてどこにもない。フィアンセとして快楽と絶望に身を委ねたほうがどれほど素晴らしい生き方だろう。しかしカナタは応じなかった。
「勝手にすればいいわ」
 ソナタは無表情に言った。
 カナタはソナタの頬を張った。
 何度も何度も暴力をふるった。唇から血が垂れた。苦しむ表情も、悲しむ表情も作らない。あるのは無関心な眼差し。
「賢者の子供を捜しにいく…」
「そう、勝手にすればいいわ。 私はあなたに付いていくだけよ」
 ソナタは言った。カナタは俯き、その頭をソナタの優しい手が撫でた。
 賢者の子供を捜す方法。忌まわしき書物によれば、脳漿液にはその人間の素質を司る成分が滲んでいるそうなのである。これを判定することさえできれば、賢者の子供を見つけることができる。
 書物にはその検査紙の作り方も記してあった。人間の顔の皮膚を剥ぎ影闇にて乾かし、マンドラゴラの薬液をかけて三日ほど置いておけばリトマス紙が完成する。これで子供を判断していけばいい。
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