第1章
デュエルマスターズ。デュエマと略される場合が多い。
インターネットで検索すると100万を超えるページが検索されるトレーディングカードゲームである。
そう、"ゲーム"であり、あくまでも娯楽のために開発されたものだ。
しかし、この地球のとある場所においては違う。
娯楽としてだけではなく、正式な決闘として行われているのだ。
何も知ずそこを訪れたプレイヤーは格好の獲物。
皆笑顔を絶やし去っていく、その国の名はデームランド。
第1話
早朝、日の光が店内に入り込む。
窓の近くで寝ていた少年は起きざるを得なかった。
眠たげな目を擦りテレビのスイッチを入れる。
朝のニュース番組だ。
「……の路上で女性を鈍器で殴り、殺害したサセボ容疑者の裁判が行われました。サセボ容疑者は弁護側のカードにより、10ターン目に検察側のシールドを全てブレイクしましたが、直後に召喚された悪魔神バロムによってデュエルに敗北しました。よって裁判官は検察側の……」
「……………」
「おはよう!起きてるかい?」
「わっ!」
白髪がそろそろ無くなりそうな老人が部屋に入ってくる。
「ソラ君、今日は忙しいぞぉ。ほうら着替え着替えぃ」
「分かったっすよ……」
ソラと呼ばれた少年は慣れた手つきで布団を畳み、着替え始める。
だぶだぶのTシャツに色あせたジーパンだ。
ファッションを気にするような性格ではないらしい。
髪もぼさぼさのまま老人の所へ向かう。
「おはよっす……。店長、今日は何するんすか?」
「品出すのはわしがやるから、ソラ君は店の前掃除しといてくれ」
「了解っす……」
入口を出て建物を見上げる。
『トイ・PP』
ここはデームランドに多く普及するカードショップの1つである。
カードショップというよりは子どもたちが気軽にデュエマを楽しめる憩いの場といった方が正しい。
ソラはここに居候をしながら、老人1人だけの店を手伝っていた。
掃除を終えて朝食を取り、時刻は午前9時。
子どもたちが店に集まり、ソラはようやく今日がデュエマの公認イベントだったことを思い出す。
「あ、居候の兄ちゃんだ」
「おう」
子どもたちが群がってくる。
その中に1人青年が交じっていた。
服装から国の人間と分かった。
「……何の用すか?店長なら奥に……」
「いや、たいした用ではない。新しい殿堂レギュレーションを配布しにきただけだ」
デュエマが法で認められている以上、デュエマのルールを管理するのも国の仕事だ。
「勘弁してほしいっすよ、イベントの当日に」
「ははは、まぁこのイベントが終わってからでもいい。今日は見逃すぜ、居候の人」
「……どこまで顔割れてんすか?」
「何やっとんだソラ君!お茶出しなさいお茶ぁ!」
奥から老人、もとい店長の声が聞こえてくる。
「お構いなく。もう帰りますから」
「そうっすか。……お、時間。そろそろ始めるぞ!」
「はーい!」
子どもたちが元気よく返事をした。
「やった!エルフェウス召喚!攻撃!」
「負けたーっ!兄ちゃん、これ使えないよ!」
「兄ちゃんのせいにすんなよ!おまえのせいだよ!」
「なんだとー!?」
「ケンカすんなよ、仲良く仲良く。……まったく」
諭しながらソラは新しい殿堂レギュレーションの張り紙を見る。
龍仙ロマネスク、蒼狼の始祖アマテラスなど使用頻度の高いカードに交ざり……
「スパイラル・ゲートが殿堂入りかぁ、アクア・サーファーの方が使われてるんだけどねぇ……」
バタン!
「………?」
入口のドアが勢いよく開けられ、全員がその方向を見た。
ソラはまたかと思った。
「俺たちも交ぜてくんね?」
髪形こそ普通だが、服装がどう見てもチンピラな男たちが入ってくる。
……たまにあることだった。
近辺の不良が押し入ってカードを奪ったり、店を荒らしていくのだ。
この店のような個人経営の店が標的にされることは多々ある。
「……ま、そのために俺がいるんだけどね」
「あ?」
子どもたちはみんな手を止めた。
しかし誰も恐怖の表情を浮かべていない。
「要求をどうぞ、お客さん」
ソラは小馬鹿にしたような余裕の表情を浮かべる。
「舐めてんのか?デュエマだデュエマぁ!俺が勝ったら店のカード全部貰うぜ!」
「店のカード全部っすか……。じゃあ今の手持ち全部賭けてもらっていいっすか?」
「なに……?」
ソラはニッと笑う。
「決闘するんでしょ?だったら俺にも見返りがないと」
「何だぁ、生意気な!いいだろうやってやるぜ!」
「ちょ、ちょっとクロイさん!」
慌てて子分らしき男が止めに入るが、クロイと呼ばれたその男は聞く耳を持たない。
「久々に兄ちゃんのデュエマ見れるよ!」
「やっちゃえ兄ちゃん!」
子どもたちは皆、強気な発言をする。
ソラは懐からカードケースを取り出した。
さっきまでののんびりしたソラと同じには思えないほどに、そこにはやる気にあふれるソラがいた。
ソラ・アサヒ。
彼の仕事はトイ・PPの手伝い、そしてデュエマの決闘代理である。
第2話
店の奥から1mほどの高さ、50平方cmの台が運ばれ、店の外に置かれた。
台上には液晶画面があり、分厚いレンズで覆われている。
これはデームランドで決闘としてのデュエマにおいて使われるものであり、カードを置くことで内部のコンピューターが情報を読み取り、3D映像として投影する。
値段は一級品で、電車を遅らせた方がはるかに安いという噂だ。
ただデュエマを扱う玩具屋には国から無料で支給されており、実際はそんなに高くないのではとの声もある。
「見るのは初めてかい?」
ソラが挑発するような目つきで言う。
「はっ!余裕かましてられんのも今のうちだ!」
「く、クロイさん……大丈夫ですか?もし負けたら……」
「うるせぇ、そんときゃ反故にしちまえばいいのさ」
「な、なるほど……」
「マッチ無しの1本先取でいいな?殿堂レギュレーションは……」
ソラは言葉を区切り、店に貼ってある紙を見る。
「……今日更新されたばかりだし、特別に昨日の時点でのレギュレーションで行くぜ」※2009年12月19日から実地されたレギュレーション
互いのデッキをシャッフル、カット。
シールドを5枚並べ、手札を5枚手元に置く。
ジャンケンによりソラが先攻を取る。
ソラの周囲に子どもたちが群がる。
無邪気なものだ。対照的に店長は不安げな顔で見つめていた。
「じゃあ始めようか!マナチャージ、蒼天の守護者ラ・ウラ・ギガ召喚!」
ソラがカードを台に置く。
するとナイフのように先端を尖らせた機械が宙に浮かびあがる。
3D映像となったラ・ウラ・ギガだ。
子どもたちから歓声が上がる。
「ターン終了」
「こいつはすげぇ……。カードより台の方をもらいてぇぜ……」
クロイはマナゾーンにカードを置き、ターンを終了する。水のマナだった。
「俺のターンだな。マナチャージ、日輪の守護者ソル・ガーラ召喚!ターン終了」
パワー1000、攻撃可能なブロッカー、ソル・ガーラが映像となる。
「ふん、俺はマナチャージだけでターンを終える。」
「チャンスだよ、やっちゃえ兄ちゃん!」
「あんま野次飛ばすなよ、おまえら。俺は呪文エナジー・ライトを使い、この効果でカードを2枚引く。ソル・ガーラでシールドをブレイクだ」
ソラの攻撃宣言と共にソル・ガーラが動き出し、クロイのシールドへ突進する!
「うおおおっ!」
台から破裂音が響き、クロイのシールドが吹き飛んだ。
「ブレイクしたぜ、1枚シールドを手札に加えてくれ。」
「ちっ……!」
「ふぅ……こういう所は手動なんだよな……。ターン終了だ。」
3ターン目、クロイはターンを終える。
4ターン目、ソラはソル・ガーラで攻撃。クロイのシールドがさらに1枚減る。
そしてクロイのターン。
「ここまで動き無し……か。ただ気になるのはクロイのマナゾーン……」
水文明のエナジー・ライト、闇文明のインフェルノ・サイン。
いずれも採用率の高い呪文だが、その中に1枚光文明のカードがあった。
快癒の使徒リアス メタモーフ(マナ7枚以上)を満たせば召喚時に1枚引く3マナ、パワー2500のイニシェート。
かなり古いカードであり、実践で見かけることはまず無い。
「うむむ気になる……」
「ふん、そろそろ行くぜ!ノーブル・エンフォーサーをジェネレートだ!」
クロイのバトルゾーンに鎧のような物体が現れる。クロスギアだ。
このクロスギアにより、バトルゾーンにいるパワー2000以下のクリーチャーは攻撃できない。
「おまえのターンだ!」
「……………」
「おい、何を突っ立ってる!?さっさとしやがれ!」
「なるほど、ノーブルね……了解。呪文クリスタル・メモリー!」
「!?そいつは確か……」
「山札から好きなカードを1枚選び手札に加える、俺が選ぶのは光波の守護者テルス・ルース!さらに呪文を使用したターン、ソル・ガーラのパワーは3000アップする。攻撃!」
「なんだとクソがぁぁぁ!!」
また1枚クロイのシールドが割れ、残り2枚。
……が、割れたシールドが光り、カードの形を形成し始めた。
「S・トリガーか」
「クリティカル・ブレードでソル・ガーラを破壊!」
カードから繰り出される衝撃波がソル・ガーラを真っ二つに引き裂く!
そのままソラはターンを終了した。
クロイの5ターン目。
「ちまちまとした攻撃でいい気になるなよ……!こっからが本番だ予言者マリエルを召喚!」
「出たぁ!クロイさんの必勝コンボだぁ!」
待ってましたと言わんばかりに子分が叫んだ。
予言者マリエルによってパワー3000以上のクリーチャーは攻撃できない。
ノーブル・エンフォーサーとのロックコンボだ。
「これでおまえのクリーチャーの動きは封じられた!諦めるんだな!所詮おまえは俺の敵じゃ……」
「テルス・ルース召喚」
ソラのバトルゾーンに細長いカプセルのような機械が現れる。
光波の守護者テルス・ルースのパワーは……2500!
「マリエルにもノーブルにも縛られない。さ、どうする?」
「く、くそっ!読まれてたか……」
「ガーディアンには無限の可能性がある!パワー2500なんてたくさんいるんだ!」
「兄ちゃんが得意げになってる!」
「頑張れぇー居候の、いやガーディアンの兄ちゃーん!」
「おんどれぇ、サル山の大将気取りがぁ……ギュネールを出して終了だぁ!」
追い詰められてきたためか、クロイのイライラがさらに募る。
妖蟲幻風ギュネール。パワー2500のスレイヤー・ブロッカー。
ソラのターン、山札からカードを1枚引く。
やや表情が曇った。
(タップ呪文が来ないな……仕方ない)
マリエルを破壊するためにはタップ系の呪文が必要だった。
「黙示聖者ファル・レーゼ召喚、この能力で墓地の呪文を回収する」
ファル・レーゼのパワーは2000、"聖者"とついているが種族はガーディアンだ.
ソラはエナジー・ライトを選択。
マナが足りないため、次のターンにならなければ使えない。
クロイの7ターン目、サイバー・ブレインでカードを3枚引く。
ソラの8ターン目、エナジー・ライトでカードを2枚引く。
……来ない!
「くっ、アール・ノアールを召喚してターン終了だ」
月虹の守護者アール・ノアール タップ・トリガーで1種族をターン終了時にアンタップさせるパワー5500のクリーチャー。
「お兄ちゃん、大丈夫?何か止まってない?」
「何も心配いらねぇ、これくらい平気さ」
「……ん?……ひひ」
クロイの表情が明らかに変わった。
子どもたちが身を固くする
「な……何を引いた……?」
「こいつを見ても平気でいられるかぁ?キング・アルカディアスをなぁぁぁ!!」
空間に稲妻が走り、裂ける!
現れたのは単色獣の召喚を封じる聖鎧亜キング・アルカディアスだった。
第3話
ソラ マナ7 シールド5 手札3 バトルゾーン 蒼天の守護者ラ・ウラ・ギガ、光波の守護者テルス・ルース、黙示聖者ファル・レーゼ、月虹の守護者アール・ノアール
クロイ マナ7 シールド2 手札4 バトルゾーン 予言者マリエル、ノーブル・エンフォーサー、聖鎧亜キング・アルカディアス
クロイのバトルゾーンに現れたキング・アルカディアスの能力により、ソラの単色獣召喚が封じられる。
これには子どもたちも不安そうな表情を見せ始めた。
クロイが得意げに叫ぶ。
「どうだ!?おまえのターン、何かできるか!?」
「……殿堂レギュレーションがあと1日早ければなぁ、そいつプレミアム殿堂だったんだが」
ソラの9ターン目、カードを引く。
この状況を打破できるカードは無い。
マナチャージのみでターンを終了する。
まだソラに動揺は無い、マリエルとノーブル・エンフォーサーによって敵も攻撃できないからだ。
しかし次のクロイのターン、
「巡礼者ソルディアス召喚!そしてダイヤモンド・ソードを発動!」
パワー2500のクリーチャー、ソルディアスが場に出る。
そしてダイヤモンド・ソードは攻撃できない効果を全て無効にする。
召喚酔い、マリエルとノーブル・エンフォーサーによるロックを1ターンのみ解放してしまう。
「さらにクリティカル・ブレードでテルス・ルースを破壊!」
「やばいよ!兄ちゃんのパワー2500獣が!ブロッカーが!」
テルス・ルースが粉々に砕け散った。
これでソラのバトルゾーンにロックを通り抜けられるクリーチャーがいなくなった。
「攻撃だ!キングのW・ブレイクとソルディアスでシールド3枚をブレイク!」
ソラのブロッカー、ラ・ウラ・ギガはブロックをしない。
シールド3枚が立て続けにブレイクされ、残りは2枚。
両者のシールドが並び、ソラの手札が増えるが、戦況は明らかにクロイが有利だ。
「俺のターン、マナチャージのみ」
「あ、諦めんでくれソラ君!せめて最後まで……」
後ろから店長のか細い声が聞こえる。
ソラはいつもの口調で答えた。
「別に諦めてないっすよ」
「ふん!何もできないくせによく言うぜ!俺の勝ちだ!」
クロイのターン、カードを引いて手札は2枚。
その1枚をソラに見せつけた。
さきほどと同じダイヤモンド・ソードだった。
「こいつで再び俺のクリーチャーは攻撃できるようになる!俺の勝ちだ!」
「いや、キング・アルカディアスのW・ブレイクをラ・ウラ・ギガでブレイクすれば……」
クロイの残る1枚の手札がバトルゾーンに出された。
闇文明の呪文デーモン・ハンド、相手クリーチャーを破壊する効果をもつ。
「これでラ・ウラ・ギガは消える!キングでW・ブレイク!」
ガディアンの最後のシールドが砕け散る。
まだクロイにはソルディアスとマリエル、2体の攻撃できるクリーチャーがいる。
「俺の勝ちだ!」
「それは違う」
ソラの言葉と共に、砕かれたシールドの破片が集まる。
そして宙に浮かぶ扉を形作った。S・トリガーだ。
「ヘブンズ・ゲート!手札の光ブロッカーを2体までバトルゾーンに出す!」
「何を!?キング・アルカディアスがいる限り単色獣は……」
「猛菌護聖ペル・ペレ!聖電機ターコイズ・クラーケン!ガーディアンには無現の可能性があるって言ったろ?」
パワー2500のペル・ペレ、パワー9000のクラーケン、いずれも光を含めた多色ガーディアン。
キング・アルカディアスの能力の範囲を超えたクリーチャーだった。
「く、くそっ!偶然生き延びたからって粋がるなよ、運の良い奴め!」
「偶然じゃないさ、クリスタル・メモリーで山札見たからな。こいつが来ることは分かってた。さて俺のターン」
ソラが手札から1枚のカードを選ぶ。
「あとはタップ呪文だ。……まぁあんたが最初にブレイクした3枚のシールドの中にあったがな」
カードが輝きだす。呪文スーパー・スパーク。
スーパー・スパークの光によってマリエル、ソルディアスがタップ状態になった。
「ペル・ペレでマリエルを攻撃」
「!?そ、そうだそいつのパワーは2500……」
ペル・ペレの体当たりによってマリエルが吹き飛ぶ。
「これでロックは解かれた。ターコイズ・クラーケンでキング・アルカディアスを攻撃だ!」
パワーは同じ9000、よって相討ちとなる。
残るソルディアスはアール・ノアールの攻撃で破壊された。
「俺のターンは終了」
「く、くそがっ……くそがっ!」
「何もできないようだな、ラ・ウラ・ギガを召喚、守護聖天グレナ・ビューレに進化!」
ラ・ウラ・ギガが光りに包まれ、巨大な旗舟に姿を変える。
「グレナ・ビューレでW・ブレイク!アール・ノアールでダイレクト・アタックだ!!」
「があああああっ!!!」
クロイが倒れ込み、3Dの映像は煙のように消えた。
「やったー!お兄ちゃんが勝ったぞー!」
「兄ちゃん!僕もあの台でデュエマしたーい!」
「悪いなぁ、それはダメなんだよ。決まりでな」
「えぇぇぇ!?」
「し、心臓に悪い勝負じゃった……」
「大丈夫すか店長?」
そのとき声が響いた。
「笑わせるな!」
クロイだった。手にはナイフを持っていた。
「最初からこうすりゃ良かったのさ、さっさとカードと……現金もだな。出しな」
「契約違反っすよお客さん。」
ソラが無愛想に言う。
そしてデュエルに使用した台を見つめた。
「この台……動き出すと自動的に国に電波送るんすよ。そして国から見届け人が派遣されるんす」
ソラは目線を遠くに向ける。
クロイは振り向き、そして青い制服を目にした。
「契約違反で逮捕されるけど……それでいいんならどうぞ」
「……畜生がぁぁぁっ!!」
「大丈夫、お兄ちゃん?あの人怒ってたよ?仕返しされない?」
子どもたちが心配そうな目で見つめる。
「大丈夫大丈夫、さっきの行動で国の人に目付けられたからね。しばらくは張り込みされるよ」
ソラは天を見上げる。
そして呟いた。
「たまには純粋に楽しめるデュエマがしたいなぁ……」