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砂川 1日目①

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 砂川 雄太は社会に中指を立てる中学二年生だった。好きなロックバンドの影響で、理由も無く「社会なんてくそったれだ」と口を尖らせている。

 今の世の中、インターネットには良くも悪くも様々な情報が交差している。誤った情報、正しい情報。嬉しい情報、悲しい情報。それらにおいて砂川は誤った情報を蓄えて、悲しい情報を手にしては「政治家なんてくそったれだ」とまたディスプレイの前で愚痴を漏らすのであった。

 ある日砂川は映画を見た。殺し屋が主人公の映画だ。小さな女の子が殺し屋に恋をして、殺し屋もその少女に愛着を抱いていくという内容。その映画は幻想的な色調が特徴の映画で、世界的にも高い評価を得ている。しかし砂川が注目したのはキャストの演技でも脚本の素晴らしさでもなく、殺人という行為の容易さだった。

 映画の演出もあってか、殺人のシーンはとてもスタイリッシュに描かれていた。砂川の人生経験など浅い。人を殺すという行為が道徳的に背いていることを知っていても、理解をしていない。砂川は殺人という行為に興味を抱いた。次第に、自分は誰かを殺すことが出来るという錯覚に陥り、優越感に浸り、殺人を計画する自分に陶酔していった。

 気がつくと彼は、インターネットの掲示板で「殺し屋」を名乗っていた。

 《殺人、応じます。料金はご相談ください。xxxxx@xxxx.jpマデ》

 その書き込みを終えた砂川は満足感に浸り、重く背もたれに寄りかかった。書き込みをして数分後、早速メールが届いた。

 《通報しますた》

 砂川は無視をした。所詮、このように嘘でしか人を脅すことが出来ない人間など自分の足元にも及ばないのであろうと鼻を鳴らす。
 しばらくの時間が流れた。時計の短針が二周したころ、砂川は掲示板の書き込みのことなどすっかり忘れてネットサーフィンに耽っていた。
 そして、二通目のメールが届いた。

 《新都駅のビップカメラの入り口付近。空のペットボトルを持って待ってます》

 きわめて単刀直入な内容であった。砂川は深く考えず、メールならば形跡が残るからこのような形を取ったのであろうと考える。
 速やかに「わかりました。何日の何時でしょう?」と返すと、メールはまたすぐに返信されてきた。

 《明日の18時でお願いします》

 砂川は高揚のあまり笑みがこぼれる。初めての殺人。さらに音を立てる自己陶酔に快感さえ覚えた。自分は今、殺し屋としての一歩をいざ踏み入れんとしている。
 その夜、砂川は興奮のあまりよく眠れなかった。

 翌朝、彼は制服に着替えて何事も無かったかのように玄関を出る。通常通り学校に通い、いつも通りの時間を過ごして、まだ見ぬターゲットの血飛沫を想像した。思わず勃起する。ふと拳銃が欲しい、と思った。
 放課後。彼はまっすぐ新都駅に向かう。最寄の駅から電車で20分、片道280円だった。次第に電車の乗客が増えてきて、辺りを見渡してはこの中に依頼者がいるのではないかと想像してみる。

 ビップカメラの前に到着。空のペットボトルを持った女性がいた。制服を着ている。女子高生のようだった。
 こちらに気づき、何度か目が合うと砂川から声をかける。

 「め、メールの方ですか?」
 「はい。思っていたより幼いですね」
 「は、はあ……」
 「人を殺したことは?」

 女子高生は黒目を真っ直ぐ揺らぐことなく、ハッキリとした声で尋ねてきた。気圧されそうになる。

 「いえ……でも知識はあります」
 「悪戯ではありませんね?」

 さらに強い口調で問い詰められる。目を逸らしてしまいそうになるが、こらえた。

 「はい……」
 「じゃあ、これ」

 そして初めて女子高生は目線を外し、足元に置いてあったバッグを持ち上げて漁った。そして黒く光ったものを手渡す。

 ――拳銃だ。

 手にした瞬間、不気味な重みが圧し掛かる。

 「えっ」

 思わず声を上げると、女子高生はしっと人差し指を立てて辺りを見渡した。目線を感じていないことを確認して、「静かに」と小さく強く言った。

 「……渡すものは渡しました。じゃあ、私はこれで」

 女子高生はペットボトルも砂川に無理やり渡して、遠くで青信号が点滅している横断歩道へと駆けていった。

 「ちょ、ちょっと」

 砂川が拳銃に目をやって、上着の中に隠して後を追おうとした矢先、

 ――パァァア……ンン……。

 乾いた銃声が、駅前に響いた。

 砂川の顔に血の気が引く。そっと上着の中を確認して、痛みが無いかを恐る恐る確かめた。血は出ていない。痛みもない。
 震えた足で壁まで駆けて、周囲に見えないように拳銃を確認した。上着に穴も開いていなければ火薬の匂いもしない。発砲した形跡はなかった。

 直後、悲鳴が聞こえた。絹を裂くような女の悲鳴だ。

 砂川が再び拳銃を仕舞い込み、駅の方に目をやった。ビップカメラと新都駅は隣接しており、恐る恐る壁を這うように移動して駅前の広場を覗き込む。喉が渇く。心臓が口から出そうだ。
 人の視線が放射線状に何処かを向いている。何かに野次馬が群がっているらしい。砂川は何事かと眉をしかめて、耳をすます。

 「撃たれた! 警察が倒れてる!!」「誰!?」「さっきの東口での銀行強盗だろ!!」「救急車!!」

 少し安堵した。砂川の拳銃は全く関係無いらしい。しかしながら、と先ほどの横断歩道に目をやった。さっきの女子高生はなんだったのか?
 更に駅前のほうにまた目をやった。野次馬が群がっている。犯人らしき人物の姿は見られない。

 そして野次馬のうちの一人と、目が合った。背の低い、スーツ姿の短髪の男だ。砂川を見てニッと笑った。
 砂川はその笑みの意味もわからないまま呆然としていると、男はこっちを指差して大声を出す。

 「いた!! アイツだ!! 俺は見たぞ!!! 上着に拳銃を隠している!!!」

 砂川は「えっ」と小さく声を上げて、思わず固まってしまった。野次馬が一斉に砂川を見る。
 男は指差したまま「何ボサッとしてんだ!! 逃げるぞ!!!」とこっちへ駆けてきた。砂川は反射的に逃げて、それに続くように野次馬の中から何人かが追ってきた。
 
 街を走りながら、砂川は思った。あの銃声はなんだったのか。あの女子高生は誰なのか。この懐の拳銃は何のためのものなのか。
 逃げながら泣きそうな顔で振り向くと、スーツの男がもう一度不気味な笑顔を浮かべた。
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