異変は唐突に起こった。自警団長とラドルフが有事の際の対応について話し合っていたところ、一人の自警団員が駆け寄ってきた。
「団長!…とラドルフさんも一緒でしたか」
自警団長は話の最中に割り込んできた自警団員に、訝しげな顔をしながら訊ねた。
「どうした?今はラドルフ殿と話している最中だぞ。それにお前は保安騎士駐在所に定時連絡に行っていたのではないのか?」
「あの、そ…それが、いなくなっていたんです」
「いない?誰がだ?」
妙な話の内容にラドルフは割って入った。
「最低限の人員を残して、貴族出身の騎士や領主様を含めた役人の方も一部行方不明になっているんです」
ラドルフは目を見開いてすぐさま走り出した。
「早く住民の避難を始めさせろ!」
「は?」
まだ状況の飲み込めていない二人に苛立ちながら叫ぶ。
「領主や貴族どもがこの街を売りやがったんだ!早くしろ!!」
二人はハッと我に返るとすぐさま行動を起こした。しかし、もうすでに街では悲鳴の声が上がっていた。走り回ってようやくジーノと合流したラドルフは、すぐさま敵の人数と装備、進行速度を把握するために街に出た。二人は物陰に隠れながら移動し、何とか敵に見つからずに街の入り口まで来ることができた。
街の入り口付近は壊滅状態。一般出身の取り残された騎士達は無残にも殺されている。ラドルフは不意に慨視感に襲われた。建物の陰にあった体の爆発したような死体を見て、ラドルフは確信した。この襲撃者はミハエルと通ったあの関所を襲った奴らと同一犯であることを…。
不意にまだ動いている人間を見つけてラドルフは駆け寄った。その男の様子は息も荒く、眼の焦点もあまりあっていないように見える。 外見にたいした傷は見られない。小さな切り傷があることから毒かなにかで苦しんでいるのかもしれない。
「おい!何があった?敵の数は?装備は?」
もはや助からないであろう人物に、何ら遠慮することなくラドルフは体をゆすりながら質問をぶつけた。
「20人…前後…コトダマ…箱…爆は…つ…」
そう言ってその男は動かなくなった。最後の方の意味はよくわからなかったが、コトダマ使いが敵に居ることは間違いない。できればその特性を知っておきたかったラドルフだったが、どちらにせよ彼がコトダマ使いを倒す方法は一つしかない。
かろうじて自警団の対処が速かったおかげで、街の住民の半分は避難していた。しかしそれもまだ完全に完了しているわけではない。足止めをするために自警団と野獣使い達は、バリケードを築いて街の大通りを封鎖していた。ガルの人間離れしているといっても過言ではない動きに襲撃者達は翻弄されていた。もうすでに地面にはガルのかぎ爪によって引き裂かれた死体が3体ほど転がっている。野獣使い達の活躍で思うように進攻できず被害ばかり増えている襲撃者達は、少しばかり焦っているようだ。
基本的に野獣使い達の戦い方は、ガルが前衛として敵を蹴散らし、ムーヌがボウガンでその援護をしながら指示を出している。5~6人ほど倒したころだろうか、敵の中に妙な装備をした奴が現れた。随分大きめのジャケットを着て手にはガントレットをつけている。指示を出しているところから見ても、彼がこの襲撃者達のリーダーのようだ。その男はバリケードの後ろに隠れ弓を放つ自警団員達を睨むと、懐から出したマッチ箱ほどの大きさの箱を3つほど彼らの上に投げつけてコトダマを放った。
「6、7、8番バースト!」
そう言った瞬間、さっきの箱が爆発し無数のカミソリ状の刃が飛び散った。無論それだけでは普通は致命傷になどなるはずもないのだが、即効性の毒が刃に塗られていたせいで次々と自警団員は倒れていった。それを見ていた野獣使いと一緒に前線で戦っていた自警団員が、無謀にもコトダマ使いの男に突っ込んでいった。
「きさまぁああああ!!」
それに気付いたムーヌが制止しようとしたのだが、自警団員は既にコトダマ使いの男のそばまで近寄っていた。やれやれといった感じでコトダマ使いの男は剣撃を直接ガントレットで受け止めると、再びコトダマを放った。
「弾けろ」
その瞬間、彼に剣を振り下ろしていた自警団員の体は内側からゆっくりと膨張して弾けた。その光景にムーヌは口を押さえそうになったが、ガルがそばに居るのを見ると再びコトダマ使いの男を睨みつけた。相手も野獣使いの噂を知っているのか警戒している。互いに相手の出方を見ようとしているのか、コトダマ使いと野獣使い達は身動きすることなく睨みあっている。
その光景を建物の陰から見ていたラドルフは、小さく舌打ちをした。やばい相手だ。接近すれば体を爆発させられ、遠くに居ても毒のたっぷりついた無数の刃が襲ってくる。野獣使い達では相性が悪い。ガルなら前者、ムーヌなら後者である。ならば残ったラドルフがなんとかせねばならない。体を低く保ち、バスタードソードブレイカ―の留め金を外したラドルフは、既に通りをはさんで反対側の建物に潜むジーノに合図を送った。
ガッシャーン
何かが盛大に壊れる音で、皆の意識がそちらに向いた。ラドルフは疾走する。
――目標まで17歩、いける!
ラドルフの経験上このタイミング、この距離は必殺の間合い。たとえ奴がコトダマを使ってラドルフの体を破裂させようとしても、勢いまでは殺せない。そして、あの箱を近距離で使おうものなら間違いなく奴自身も巻き込まれる。少なくともここであのコトダマ使いの死は確定した。もはやそのことに何の疑いもないラドルフは全力で地面を蹴りつける。
――目標まで10歩、思いのほかコトダマ使いの反応が早い。もうこちらに気付いた。だがもうどうにもならないはずだ!
――目標まで5歩、何か懐から出すようだが今さら何をしても遅い!
懐から投げ出された0と書かれた箱。振り下ろされるバスタードソードブレイカ―。その軌跡が重なる瞬間コトダマは放たれた。
「ゼロ番バースト!」
そして刃は振り下ろされた。