トップに戻る

<< 前 次 >>

美女の野獣

単ページ   最大化   

 轟音と共に地面をえぐるバスタードソードブレイカ―。完全に勢いに乗って振り切られたその一撃はあらゆるものを破壊する。そう、当たるのであれば。
 ラドルフは、手ごたえが無いことに驚きを隠せなかった。さっきの一瞬、その刃がコトダマ使いの男に届こうとした時、バスタードソードブレイカ―の剣撃を小箱が弾けたときにおこった爆風で剣筋を逸らされた――。さっき使っていた箱とは違って、おそらく刃をばらまかずに爆風のみで防御、牽制を行うためのものだろう。
 ラドルフのその無防備な体勢に、コトダマ使いの男は容赦なくコトダマを放とうとした。渾身の一撃を放った後で体勢を崩し、技の反動で左肩が動かないラドルフにはもはやなす術はない。
 だが、コトダマ使いの男はラドルフに気を取られ過ぎていた。コトダマ使いの男めがけて突っ込むガル。とっさにコトダマ使いの部下が庇うようにして割って入った。しかしそれもたいした足止めにはならない。ガルは庇いに入ったコトダマ使いの部下の喉をかぎ爪で切り裂いた。しかしなぜか、力尽きて倒れる人陰からコトダマ使いの男の勝利を確信した笑みが見えた。
 例の刃をばらまく箱を思いっきり投げつけるコトダマ使い。それは、ガルという守りを失った、ムーヌに向かって――。
「9番、バースト!」
 ムーヌは反射的に急所を腕でガードした。しかし即効性の毒を塗った刃に意味はない。崩れるようにして倒れるムーヌ。それを見たガルは即座に駆け寄っていった。
「ムーヌゥ!!」
 悲痛なガルの叫び声が響く中、コトダマ使いの男は笑っていた。
「あの獣男を操っていたコトダマ使いが完全にくたばれば、後は雑魚を片付けるだけだ」
 その時ラドルフは、さっきのやり取りの間に何とか安全な位置まで避難していたが、とっさに落ちている盾を拾ってガルとムーヌのそばへ駆け寄った。ラドルフはコトダマ使いの動きに注意を払いながら、二人の様子を見ていた。
「ガ…ル」
 もはや毒がまわって声も絶え絶えのようだ。このままだと、あまりもたないだろう。
「ごめ…ん。治せ…なくて。今…ま…あり…と」
「…あ!あああああああああああ!!」
 動かなくなったムーヌを抱きしめてガルの咆哮が響き渡る。絶望的なこの状況にラドルフが盾を持っていた手の力を緩めようとした時にガルが話しかけてきた。
「ラドルフっていったな、あんた。」
 ガルが初めて話しかけてきたことにラドルフは唖然とした。
「悪いけど最後の後始末、頼むぞ」
 ラドルフが意味を理解できないままガルは再び戦闘態勢をとった。その行動に敵のコトダマ使いもあっけにとられていたが向こうもすぐに戦闘態勢をとった。
 ガルは眼を細め、自分の敵を見据えると、深く息を吸ってコトダマを放った――!
「我、理性の鎖を解き放ち、狂気の果てに牙を穿つ!!」
 その瞬間ガルが獣のようなうめき声を上げると、ここに居るすべてのものの視界から消えた。
 突然のことに混乱するコトダマ使い。次の瞬間、そのすぐ横に居た男の首が裂けた。飛び散る大量の血液。その血飛沫の中で野獣は疾走する。
「ガァアアアアアアア!!」
 もはや人間としての限界などとうに超えたその動きは、人間に止められるものではなかった。気がつけば残るはコトダマ使いの男のみ。その圧倒的スピードで懐から箱を取り出す暇もなく、ガルに首と左手をつかまれてしまった。コトダマ使いはもはやコトダマも使えない状態で口をパクパクさせることしかできなくなっていた。ガルは窒息寸前で充血の始まっているその目を憎しみをこめて睨みつけると、獣のようなうめき声をあげて、コトダマ使いの左手をガントレットごと握りつぶした。その激痛で意識のはっきりしたコトダマ使いが残った右手で短刀を取り出して、首をつかんでいるガルの腕の肘を刺した。首をつかんでいる手の力が緩むことを確信して笑みを浮かべるコトダマ使い。しかし首を掴んだ手の力が緩む前ににガルがコトダマを放った。
「我が左手は貴様の首を握りつぶす!」
 その瞬間ひじを壊され動かないはずのガルの左手が、コトダマ使いの首を握りつぶした。
 ムーヌの仇を討ち、襲撃者達を全滅させたガルは、フラフラしながらラドルフのもとに歩いてきた。ラドルフのもとにたどり着くと、ガルは頭をうなだらせながら地面に座り込んだ。
「殺して…くれ」
 その言葉にラドルフはうろたえた。理由が全く分からない。
「どういうことだ!なぜお前を…!」
「俺の…コストは…理性…だ。」
「――!」
「禍紅石が、俺の理性を喰らいつくしてしまう前に…!俺が完全な獣になってしまう前に…!」
 ガルのあまりの気迫にラドルフは後ずさる。
「俺が、あいつを愛している心が保たれているうちに…!俺を殺してくれ!!」
 ラドルフの手は震え、心臓も激しく脈打っている。ラドルフの頭の中でいろいろな想いが渦巻いて形を成せずにいた。その様子を隣で見ていたジーノが、ダガーを握ってガルの前に立った。
「ジーノ!どうするつもりだ!!」
 ジーノはラドルフに向きなおって正面から見つめた。相変わらずの無表情だったが、その目は雄弁に語っている。”あなたがやらないなら自分がやります”と…。ラドルフは固く眼を閉じた。頭の中で渦巻く想いを1つずつ片付けていく。

――そう、ガルは自分のままで死にたいと言った
――ムーヌを愛した気持ちを抱いたままで…
――ならば、何を迷うことがあるのか!

 眼を大きく見開いてラドルフはダガーを握り締めた。そして大きく息を吐くと、その刃をガルに突き立てた――。
23

興干 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る