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第二話

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 四畳半の金田の部屋。ベッド以外に足の踏み場がないほど錯乱した光景は泥棒でも入ったのかと疑うほどだった。ただそんな事実はなく、片付けられない彼の悪癖がこの光景を生んだわけである。彼曰く「どこになにがあるかはわかってる」とのことだが、こういう類の人間はみんなそう言うのだ。
 金田はそのお部屋で窓の下にあるベッドの上に制服のまま寝転んでいる。仰向けで漫画本を読みながら。帰ってからずっと漫画を読んでいた。
 口にはキャンディをふくんでいる。
 下の階から姉が金田を呼ぶ声がする。
「依衣子ちゃんからでんわあ」
 声の調子が漢字ではなくひらがなであると物語っている。
 金田は一度、漫画に視線を戻し、それから息をついてゆっくりと立ち上がった。
 金田は階段を下り姉から電話を受け取る。彼のぶっきらぼうな顔を見て姉がにししと笑う。勘違いしているな、と金田は思ったが結局何も言わなかった。
 金田が受話器に耳をつけると、依衣子の声が耳をつんざく。
「携帯でなさいよ!」
 彼女は金田の自宅に電話する前に幾度も彼の携帯に電話をかけていた。
 金田は散乱する本や漫画の海の中から電池の切れた携帯電話を発見した。それを充電器に繋ぎ、電源を入れると七通のメールと十二回の着信を確認できた。
 依衣子のしつこさに若干の恐怖を覚えつつも、金田は軽く謝った。そんなに連絡を入れる用なら家まで来ればいいのにとも思う。
 金田の家と依衣子の家は徒歩で十分とかからない目と鼻の間ほどの距離しかないのだから。
 しかし、執拗なわりには依衣子の話はさして重要なことではなかった。
「ユッキーたらひどいんだから」
 そう切り出した話は藤間に対する愚痴だった。
 十九時時ごろから始まった藤間とのメールのやりとり。だんだん文字をうつのが億劫になって、電話に切り替えたのだが、藤間が話の途中で電話を切ったのが許せないという。
 それはつい二十分前の出来事。現在、二十三時三十四分。
 つまり、藤間は十九時から二十三時までの四時間の間、ぶっ通しで依衣子のくだらない話に付き合っていたわけだ。それは昼間の罪悪感からかもしれない。
 藤間は男なのだ。女のようにくだらない話で延々と通話するなんてのは苦痛を伴う作業だ。それを四時間も耐えたのだから、お礼こそ言われても文句を垂れられる筋合いはないはずだ。
 男と女の感覚はまるで違う。ミジンコとゾウだ。どちらがミジンコでどちらがゾウというわけではなく、まるで別の種類の人間だということだ。
 だからといってまるでコミュニケーションがとれないわけではないということは幸であり不幸だ。スムーズにコミュるにはお互いの中間点まで昇る、あるいは下ればいいだけのことだ。
 しかし、そういうことがわからないのはやっぱり女なんだな、と金田は一人で納得した。ただ、彼女を下に考えているというわけではない。
「お前が悪い」
 金田はバサッリとそれだけ言うと電話を切った。
依衣子は携帯にむかって悪態をついた。金田の態度が嫌だった。彼女は金田が好きだった。その好きに変な意味はなく、友達とか異性とかそういうことではなく、ただ好きだった。可愛がっているといったほうが彼女の心情により近いかもしれない。一八〇もある図体の男を可愛がるというのも変な話ではあるが。
家族、兄妹のように濃い密度で彼と時間を過ごしてきた依衣子が彼の現状をよく思っていないわけがなかった。
喧嘩ばかりして暗いほう暗いほうに行こうとする彼をどうにか自分のいるところにとどまらせたかった。それは彼に対する好意と責任感から起こる感情だった。
だから、たいした用もないのいメールや電話をするし、世話をやくのだ。どうにか接点を持とうとするのだ。
そういう自分の心遣いをまるで察せないところが金田なのだと、依衣子は考えた。これも下に見ているわけではない。二人は仲がいいのだ。
直後に金田の携帯が『シンデレラ』を奏でたが、彼はそれを無視した。
 子機を返しに階下に行き、戻ってきてもまだ依衣子からの着信は続いていた。
 金田は着信の続く携帯を見て、昼間のことを思い出した。くだらない噂だ。
「確か、〇時に……」
 壁にかけられた時計に目を向けると、二十三時五十二分だった。
 携帯を手に取り、通話ボタンを押す。
「イッサー、ありがとう!」
 それだけいって、また電話を切る。依衣子は意味がわからずに首をかしげた。
 金田は携帯を見つめる。ゆっくりと自分の携帯の番号をプッシュしていく。そして〇時。通話ボタンを押した。

 携帯から発信音が流れる。最初のコール音が聞こえるよりも速く、女性の声が携帯のスピーカーから響く。
「ハロー! お電話ありがとうございまーす」
 スピーカーじゃない。金田の頭の中に直接、鳴り響いていた。
 金田の顔に笑みが浮かぶ。
「ちょっとお? 聞いてます? 聞いてんの? 聞いてんのかよおおおお!」
 ほんの少しの間しかなかった。一秒か、二秒か。それなのに女性はとつぜん大きな声を出す。別人のような言葉遣い。金田は受話器から耳を遠ざける。こうだから女は。
「なあにが女は! だよ。ああ? 女の何を知ってんだよ、童貞野郎があよお」
 電話のむこうの女は金田の思考を見透かしたように怒鳴りつける。
「うっぜえ! あんたに質問はなしだ。今すぐ『こっち』に来な」
 強烈なフラッシュ。白い閃光。金田の目の前が真っ白になる。お小遣いが半分になった。
2

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