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そのさん!

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 俺は無音に満たされたこの街のようにかすかな音も立てずに岸本を見降ろしていた。
 その場に響き渡る音は岸本がむせび泣く声とそれによって服がこすれる音だけだ。周りを建物に囲まれているから風の音で揺れる草木の音も聞こえない。それは俺の何もない心の中を表しているようでもあった。
 人は何か大きなことが起こったり危機に面したりすると大きく分けて二つの行動をとる。ひとつはパニックになったり、騒ぎ立てたりするやつだ。もうひとつはその場で硬直して何も考えられなくなるやつだ。俺は後者だった。その時は何も感じずに考えられなかったのが妙に寂しかったが、そちらの方が正解だった。こういうときにパニックに陥ってしまっては周りに伝染する。岸本が時ともに泣きやんで気持ちの整理がつくはずなのに、さらにかき乱してしまっては意味がないのである。
 俺は当然この場で励ましの一言でも掛けてやった方がいいのだが、掛ける言葉は慎重に選ばなくてはならない。俺にそんなコミュニケーション能力が備わっているはずもなかったので何もしないのはさらに正解だった。




 ひとしきり泣きやんだ岸本は急に立ち上がった。
「泣いてても仕方ないから!」
 俺は急に岸本が叫んだので驚いてしまった。何事かと
「だって、良は中学の時によく言ってたもんね『泣くのは過去のためであって未来のためじゃない。未来のための行動をするべきだ』って。ね?」
 岸本がそんなことを覚えていてくれたのは嬉しかったがそれはどう考えても厨二病の時に俺が言ってしまった黒歴史語録の中の一つだ。忘れてくれ!俺の中学卒業とともに墓の下に埋めた黒歴史を大きなスコップでザクザクと掘り返すのはやめてくれ!しかも「ね?」とか凄い可愛いしぐさで首をかしげるように動かして笑顔を作って見せびらかすのは俺に殺意があるのか?もちろんそんなものがないのは分かってるが俺は恥ずかしいぞ!耐えられないぞ!だから逃げるぞ!岸本をほったらかして走りだしちゃうぞ!
「ちょっと!どこ行くのよ~!」
 俺は逃げようか考えてる間に逃げだしていた。普段運動など何もしていない俺からは考えられないスピードだった。なにが『俺は後者だった』だよ!この行動は思いっきり前者じゃないのかよ!キャラがブレすぎだろ!俺は冒頭で根暗な不幸キャラぶってたんじゃないのかよ!さっそく馬鹿キャラ全開な行動とってどうするんだよ!



 しかし俺が走るのをやめたのはすぐだった。
「赤……それと白と青」
 なぜこんなことをつぶやいたのかって?目の前のコンビニに突き刺さっている消防車が見えたからだ。その光景はとてもシュールなものだった。他は何も変わっていないのに消防車の赤とコンビニの白と青だけが非日常的で何とも言えない空気を醸し出していた。
「良、はぁッはぁッ、やっと、とまってくれた、はぁッ、ふぅ」
 岸本が息を切らしながら駆け寄ってきた。そんな風に膝に手をついて前かがみになって呼吸を整えていると服の隙間からおっぱいが見えてしまうぞ!俺に見えるのは嬉しいけどな!
「なに……これ……?」
 ようやく岸本もこのシュールな光景に気づいたようだ。いや、違うのか?岸本が見てる方向は斜め45度ほどずれているような気がする。
「燃えてる……」
「え?萌えてる?」
 凄い空耳をしてしまった。普段からいかがわしいことを考えているからこのような空耳をしてしまうのだ!煩悩退散!悪霊退散!
 そんなアホなことをしていると俺の右目に赤が飛び込んできた。
それは炎。赤く轟々と燃え上がり建物一つを軽く呑み込もうとしていた。出火原因はおそらく建物に突っ込んだ車だろう、へしゃげて黒くなった車がこちらから見える。熱さがこちらまで伝わってくる。なぜ今まで気づかなかったのか?「それは紛れもなく岸本のおっぱいのせいだ!」
声に出してしまった。自分のアホさ加減に涙が出てしまう。
「そんな馬鹿なこと言ってる場合じゃないでしょ!あれ!右!」
 右を見た瞬間に俺の今までのふざけた空気は吹き飛ばされてしまった。燃え盛る炎に包まれた建物の隣にはガソリンスタンドがあったのだ。
 炎は勢いを止めることを知らないのかドンドン大きくなりガソリンスタンドに近づいてくる。もしも炎が燃え移ってしまえば爆発してさらに炎を広げるだろう、そしてここら一体の住宅地はすべて燃えつくされてしまうだろう。
「やべぇ…俺の家まで火が来るかも…そしたら俺のPS3が…漫画が…フィギアが…」
「漫画とかはどうでもいいけど、逃げたほうがいいんじゃないかな?ほら、あんまり近くに居たら爆発に巻き込まれるし。ね?逃げよ?」
 今回の「ね?」には可愛いしぐさのかけらもなくただ脅えが表情に浮かんでくるだけで今すぐに逃げ出したい気持ちが溢れ出ていた。
「そうだな、逃げよう」
 しかし走りながら思う。本当に逃げていいのか?この世界には俺たち2人しかいないんだぞ?消防士は居ない、自分たち以外に永遠に燃え広がり続ける火を止めるものは居ない、火を止めなければこれまで生きてきてこれからも自分たちが生きていくべき街がすべて灰になってしまうのではないのか?
「良?笑ってるの?」
 どうやら俺は笑っていたらしい。自分の判断の遅さに、情けなさに、愚昧さに、鈍感さに、そして何よりカッコよくないことに。
「そこまで分かってたらやらないなんて馬鹿だよな…」
 俺はそこまで言うと走り出した。さっきの岸本から逃げるときの足に比べて重い。これからすることがどれほど過酷なものか知っているからだろうか?いや、することが重いとかじゃなくて、逃げてるのか、立ち向かおうとしてるのか、純粋にその差だ。
「良!どこいくの!?そっちは危ないよ!」
 後ろから初恋の人の声が聞こえるが知ったことではない。俺は炎から斜め45度の方向に向かって走る。そう、その方向にある赤は使い方は知らないが使うと役に立つのは分かる。こんなものは気分だ!その場のノリで使えるもんだ!
 乗り込んでみると運よくキーは刺さったままでエンジンも動いた。バックしてコンビニから車体を引き抜き、燃える建物の正面まで持っていく。
 ここまではよかった、しかし当然のように水は引いてきてないしポンプの動かし方もわからないし放水の仕方も分からない。
「糞っ!ここまで来たのに何もできなくちゃ意味がないじゃないか!このままじゃ俺まで燃えちまう!」
 苛立ちに任せて拳を振りおろした。そんなことをしても自分の拳を痛めるだけだと分かっていたがどうしても抑えられなかった。結果俺の拳は痛みガラガラとものが崩れる音をたてた。
「え?」
 顔を上げると目の前に燃える建物の破片が少し落ちてきた。その少し上をみると梯子が伸びていた。
「そうか!これを使えば!」
 今の状況が知識とリンクする。江戸時代の火消しは火のついた建物の周りを壊して他の建物に火が燃え移らないようにしていたという。この状況ではすでに燃えている建物を壊すといういささか遅い出だしとなってしまうがやる価値はあるだろう。
 すぐさまに消防車をバックさせる。そしてアクセルを力の限り踏み込んで体当たりする。
 すさまじい音を出して建物は壊れた破片を吐きだす。しかし同時にすさまじい反動が車体を揺らす。
ゴッ!
「うう……」
 反動で頭を打ってしまい血が出ている。その血は頬を伝いアゴの上から滴り落ちるほど出ていた。
「痛いが…ここでやめたらこの痛みの意味がねぇよな…」
 また消防車をバックさせて狙いを定める。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
 すさまじい雄たけびとともに突っ込んでいく。そしてまた血を流す。この作業を何度も繰り返して良は気絶してしまった。










 眩しい。それより汗がひどく出ている。しかし頭の下にある枕の感触はとても心地よいものであった。
 いや、枕は顔の上にもある気がするぞ?柔らかい感触がする。
 俺はそれを確かめようと手を伸ばす。
モミモミ
 ふむ、柔らかい上質の枕のようだ。何か凄い夢を見ていたような気もするが所詮は夢だ。そんなことは忘れてこの感触を楽しむとしよう。それにしてもどこかで触ったことがあるようなきが……
「キャー!!!!」
 何事かと思って目を開けると頬を叩かれた。意味が分からない。
「なんでまた起きたらすぐにおっぱい触るのよ!」
 なんのことかさっぱりだ、俺は枕を触っていただけだぞ!
 そこまで考えて周りを見渡し現在の状況をつかむ。俺が枕だと思っていたのは岸本のフトモモとおっぱいだったのだ。
「俺は何と言う失態を……!」
「そうだよ!ちゃんと頭の手当てもしてあげたんだから感謝の一言ぐらい言ってもいいんじゃないの?」
「俺はあの感触を!フトモモを!おっぱいを!それと知らずに味わっていたのか!?」
「え?」
「ああああ!!!!!!俺は馬鹿か!?岸本!もう1回だ!あと1分!いや、30秒でいいから!もう一回膝枕&おっぱい枕をしてくれ!」
「もう!馬鹿じゃないの!」
 殴られた。グーだ。でもまたポカポカだからかわいい。すこしおでこから血が滲んできた気がするが気にしない。許す。目の前の岸本がかわいいからだ。
3

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