死ぬんだ、と殺人鬼は思った。
ボロ雑巾のように傷つき汚れた身体を彼は引きずるように歩いていた。
幸運なことに、誰にも見咎められることはなかった。その代わり、決して助けも呼ばれないだろう。
猿の変身を解けば恐らく即死してしまう。驚異的な再生能力で傷口が塞がりつつあるが、このままでは。
民家に助けを求めることもできない。こんな姿をなんと説明すればいい。
傷口から入り込んでくる冷たい夜気が死神の指のように感じられ、殺人鬼は恐怖した。
死にたくない。死んでたまるか。こんなところで、あいつに殺されて終わるなんて。
だが神様は彼に微笑んではくれない。
ひたすらにまっすぐ何も考えずに歩き続けた彼が辿り着いたのは、急勾配の坂だった。平常であれば何の苦もなく、それどころか変身していればひとっ飛びに越えていけるだろう傾斜を超えることは、今の彼には叶わないことだった。
その心の萎みが足に伝わり、彼はどうっとその場に倒れこんだ。
眼球を転がして見ると、坂の上に飾られているかのように、黄色い満月が輝いている。
やけに大きく見えた。吸い込まれてしまいそうなほどだった。
そこに、誰かがいた。
殺人鬼にはそれが、黒い学生服を着た美少年に見えた。遠目から見ても端整な顔立ちをしていることがわかる。
ちょうど殺人鬼と月の間に挟まれた形で、ポケットに手を突っ込んでこちらを見下ろしている。
金髪だった。地元の不良だろうか。だとしたら厄介だ。
人影がゆっくりとした足取りで坂を下りてくる。だんだんとはっきりその姿が見えてきた。
胸の膨らみを見て、それが少女だとわかった。
その双眸は、夏のように鮮やかな緑。
夕闇が丘の夜を平然とした顔で闊歩するその少女は、傷つき倒れ伏した殺人鬼の眼前までやって来ると、その傍らにしゃがみこんだ。
きっと身体が自由だったならば、殺人鬼は逃げ出していただろう。
彼には彼女が、人間には見えなかった。闇。どこまでも落ちていってしまいそうな深遠。
揃えた両膝の上に顎を乗せ、金色の猿を見下ろしながら、少女は微笑んだ。
「死にたくないやつ、見ぃつけた」
「――――」
殺人鬼はゆっくりと瞼を閉じ、意識を失った。
<顎ノート>
いままで現実に即したモノしか書いてこなかったからファンタジーとか異能の難しさを感じ入るばかり。
設定の説明がむずい。
そして今日糞暑い。