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18.たっくん

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 迎えにいこう、とミルナが言い出したのを師走はとても意外に思った。
 マリが夜になっても帰ってこないのは非常に珍しかったが、とはいえミルナなら「マリも夜遊びくらいと覚えないとあかんぜ!」くらいの態度を取るイメージがあったのだ。
 そうして師走とミルナは校門に人だかりができているのに出くわした。夜に人が出歩いているのは、何かが起こった時だけだ。
 たとえば火事。たとえば盗み。たとえば――
「あっ、ミルナ!」
 校門のところで人を押し返していた若い警官を跳ね飛ばし、ミルナは門をあっという間に乗り越えてしまった。
 そうしてミルナは、最後にマリに会うことができたのだった。
 布を被せられ、担架で運ばれていく何かがマリだということを、ミルナは見なくてもわかった。
 鼻をつまみたくなる異臭があたりに立ち込めている。
 その現場を見ていた現場の警官や監察官たちは、後に同僚同士でこう語り合った。
「あの金髪の女の子、死体には目もくれなかったな」
 死ねばただのモノになる。
 ミルナはそれをよく知っていた。だから彼女が走ったのは、マリのためではなく、これからの自分のためだった。
 マリを殺した犯人を捜す自分のためだった。
 そうして、ホールの中に飛び込んだところで、追いついた警官たちに取り押さえられた。
 彼女は猛烈に抵抗したが、床に叩きつけられ、やがて大人しくなった。
 ホールに辿り着くまでにミルナに暴行を受けた警官は五名。
 ミルナはその夜、留置場で過ごした。
 薄暗い牢の中で、彼女が一晩中いったい何を考えていたのか、誰も知らない。




 侍やらたっくんやら、様々なあだ名を持つ彼、十六夜卓男は当年齢七十八の老人である。
 と説明を受けると背筋が曲がり頬がこけた妖怪のごとき人物かと思えるが、その実体は五十代後半と紹介されても不自然ではないほどエネルギッシュな男であった。
 夕闇が丘一帯の不動産業を牛耳り、彼に断りを入れなくては家一軒犬小屋ひとつ建てることは罷り通らない。
 かつて幼かった狸と狐の二人を引き連れ、日本中の賭場を打って渡った夕陽のタクは、麻雀卓から仕事机に腰を移し、その日も革張りの椅子に収まっていた。
 手を腹の上で組み、窓から射し込む赤い光をしかめっ面に受けている。社長室の中には彼しかいなかった。
 二十年前、博打をやめて、それまでの自分を捨てた時、卓男はもう自分の人生は終わったのだと思った。
 これから先にあるのは余生であり、やるべきことを失った絞りカスでしかないと苦く笑った。
 しかしどういうわけか、昔のツテで人から会社を与り、六十近くになって初めて妻を持ち、子を授かった。
 そうして六十余年ぶりに家族というものを不意に手にしたのである。
 予期せずして訪れた幸福に卓男は深い息をつくような心地を覚えた。
 それまで何のために気を張り詰め、賭場の淀んだ空気に身を置いていたのか、何もかも馬鹿らしくすべてが遠い夢に思える。
 そうして、そう思う反面、心の中で、やはり博打打ちとしての自分の消滅を自覚しないわけにはいかなかった。
 もうあの頃のようには闘えない――その代わり、家と人を得、ひとり寂しく野天にくたばることはない。
 天寿を全うした時、きっと自分は大勢の人間に囲まれた葬儀を取り行ってもらえるだろう。
 それが自分にとって幸せなのか、そうでないのか、卓男にはわからなかった。
 二十年前だったなら、きっと答えは分かり切っていただろうに。
(いいさ――俺自身のことは、もうどうでもいい)
 壁の前に置かれた大型テレビの中で、中年のアナウンサーがこちらを見ている。
『二週間前から続いている連続失踪事件ですが、依然として失踪者の増加が後を絶つことはなく、夕闇が丘市一帯の夜は物音ひとつ聞こえてこないほど閑散としています。また、同市立夕闇が丘高校で発生した謎の』
 カード状のリモコンを手に取り、テレビを消した。
(烈香……)
 烈しく香るような人生を送ってほしい。
 その通り烈しい性格に育ったひとり娘が姿を消して、もう三日が過ぎていた。
 ただの家出であってくれればいい、けれどホームレス殺人事件から端を発した連続失踪事件のことを考えるたびに冷えた痛みが額を走った。
(最初の殺人はまだ不慣れで死体を隠せなかっただけなのではなかろうか。
 そうして死体の始末を心得た殺人鬼は、次からはもっと丁寧に獲物を)
 昔、徹夜麻雀の最中にその建物の屋上から飛び降り自殺をした者を見たことがあった。
 あの折れ曲がった死体と愛娘のイメージがだぶる。
(烈香……!)
 その時、部屋の外が俄かに騒がしくなったかと思うと、二度ほど肉を打つ音がして、扉が勢いよく開いた。
 部屋をまっすぐに歩いてきて、学生服の裾を翻し、来訪者は顔を上げた。
「やあ、たっくん。今日も元気にお稼ぎかな?」
 ミルナだった。

「何の用だ」
 卓男はミルナの肩越しに外を見やった。警備員が二人ほど昏倒していた。
「ふん、白昼堂々押し入り強盗かね」鋭い目がぎらりと光る。
「金髪で学ランだからって不良じゃないぞゥ」
 ミルナはどかっと卓男の仕事机に腰を乗せ、六十年年上の男に微笑を注いだ。
「聞きたいことがあってさ、わざわざミルちゃん来てあげたわけ。感謝してよね」
「そりゃよかった。俺はおまえに言いたいことなんて何もない。とっとと帰れ」
「誰が誰に口を利いてんのかなー」
 ミルナはにっこり笑った。
「もう一度言ってごらんよ。バッラバラにしてやろっか?」
「なんだと貴様ァ」
「ジジイひとり叩きのめすくらいわけねえっての。そらそら、手が震えてるぞ」
 どうやら先夜の勝負放棄を彼女は相当根に持っているらしい。緑色の双眸からはひりつく冷気が発散されているようであった。
 しばし睨み合った後、先に視線を逸らしたのは卓男だった。
「ま、いい。聞きたいこととやらを聞けよ。知っていれば答えてやる」
 余裕ぶった卓男の態度は一発で打ち破られた。
「十六夜卓男、あんたの娘さんについて教えてほしいんだ」
「おまえ」卓男はむせ返りそうになった。
「もしかして調べてるのか、この事件を。ハハァ、そうか、読めたぞ。例の焼死事件、あの被害者がおまえの友達だったってわけか」
「え、なんでわかったの! 嘘ォ、喋ってないのに。あれー? あんたもしかして、実は探偵だったり?」
「ふん、今まで何もなかった町でバラバラ殺人だの失踪だの不審な焼死だのが続けばな、何も知らなくたって関係を疑いたくもなる。……チッ、仕方ねえ、喋ってやるよ。それで娘が帰ってくれば、俺は何も文句はねえんだから」

「俺の娘、烈香は夕闇が丘高校の一年生だ。部活には入っていない。
 普段の素行は、まァ、よくないと言えるだろうな。学校も休みがちだし、俺と一緒に煙草を吸うような子だから。あの夜、俺は仕事でここに泊り込みだったから、詳しいことはすべて妻から聞いたことだ」
 その日、学校から帰って来た十六夜烈香はいつも以上に機嫌が悪く、手当たり次第に物に当り散らしていたらしい。
 ぬいぐるみを引き裂き、花瓶をぶん投げ、とにかく何かに怒っていたという。
「もっとも、あの子はいつも何かに怒っているんだ。俺も若い頃はそうだったからよくわかる。だからいつも叱るに叱れなくてよ」
「親バカですねわかってますよ」
「うるせえ!」
 そうして烈香は怒り疲れたのか、母親に用意してもらった食事を借りてきた猫のように静かに済ませ、自室に上がって行ったのだという。
 それきり、いなくなってしまったのだ。
 母親が娘の不在に気づいたのは翌日の朝。
 学校へ行く時間になっても起きてこない烈香の様子を見に行くと、すでにもぬけの殻だったという。
 窓の鍵は開いていて、部屋にはわずかな抵抗の跡があったという。
「妻はもう参っちまってる」と卓男はいつの間にか聞かれていないことまで喋りだしていた。
「あの年頃の娘だ、友達の家を泊まり歩くこともあるだろうよ。だが、あのホームレス殺しがあったせいで、ひょっとしたら烈香も、って思っちまう」
「ま、否定できないし」
「うるせえ!」卓男は突如怒鳴った。
「てめェに何がわかる。次にふざけたことを言ってみろよ……薄暗い山ん中に埋めてやるからな!」
「わかったよ」意外なほどあっさりとした返事に、勢い込んだ卓男の方がたたらを踏んでしまった。
「わかればいいんだ、わかれば」
 その時、ぶるる、と振動音がした。
 ミルナが携帯電話を取り出して耳に押し当てる。
「ちょりーっす。師走? あいあい、今たっくんのとこー。へーい。あー。おっけわかった。さんきゅう」
 通話を終えると、ミルナはふうっと息をついた。
「他の失踪者たちの身内も尋ねてるのか」
 ミルナはそれには答えず、あのさ、と呼びかけた。
「最後に、この記事について心当たりってない?」
 そう言って机に黄ばんだ新聞記事の欠片を置いた。
 卓男が目を細めてその文字を読むと、ミルナを見上げた。
「吸血鬼殺人事件……こんな二十年前の記事と、今回の事件に、何の関係性があるんだ」
「四日前に焼死した女子高生……門鐘マリが死んだ音楽ホールの床にこれが落ちてたんだよ。ひょっとすると、犯人のものかも」
「わからないぜ。ただ単に落ちてただけかも」
「そうかもしんない。でも、今のところ手がかりはこれしかないし」
「なぜ、俺に聞く。俺は警察じゃない。当事は博打で忙しくって、吸血鬼どころじゃなかった」
「詳しい事情はわからないけどさ。でもあんたはこの事件の真相を知ってるよ」
「だからなぜだ。勘かね」
「二十年前からこの町の住民は夜を恐れるようになった……なのにあんたはあの嵐の晩、平気な顔で私んとこまでヘラヘラ遊びに来たじゃんか」
「それは」
「あんた知ってたんだろ、もう吸血鬼なんかいやしないってことをさ」
「もしマリを殺したやつが吸血鬼事件を追ってんなら」とミルナは続けた。
 その目は研ぎ澄まされたナイフのように一点の曇りさえない。緑色の、植物が氾濫した地球のような目が、卓男の体のど真ん中を震わせた。
「私が先に犯人見つけちゃえば、いつかそいつとぶるかるっしょ?」
 長いこと、二人は見詰め合っていた。
 そうしてやはり顔を背けたのは、年老いた男の方だった。



<顎ノート>
おれって短編向きなんじゃねーか?と最近思う。
シマウマも短編だし…え? 長い?
何言ってんすか~たった三半荘の麻雀小説が長いわけないじゃないすか(笑)
文庫本二冊? 目の錯覚っすよ~ハハハ。

いや、つまり、あんまりいったりきたりする小説じゃなくって、短いスパンでスパンっと書く方が向いてるんじゃないかなって!

うん、親父ギャグ言い出したら終わりだな……。

たっくんの名前の元ネタは仮面ライダー555の……とか、これもどうでもいいね。555は名作だけど。
あと烈香はつなげなくてもいいつながりだったね。いま思うと。
ブギー世代としては全作品繋がってる妄想しちゃうんだ。
もうやめた。
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