0
電車に乗ると、感覚が異様に鋭敏になるような気がする。
特定のリズムで、脳髄が揺さぶられるためではないかと思う。
1
車窓から見える景色は、山間から町並みのそれに変わっていた。
駅が近い。「まもなく~」とアナウンスがあってしばらくしたのち、列車はゆっくりと減速していった。
私は、じっと窓の外を眺めていた。
団地が見えた。
そのすぐ横に小さな公園があった。
公園には、三、四歳くらいの女の子と、そのおねえさんだろうか、五歳くらいの女の子がいた。小さい方の女の子は、三輪車にまたがりながら泣いていた。彼女の髪の毛をすぐ横に立っているおねえさんが引っ張っていた。
あーあ、喧嘩してるよ。
はじめはそのように思ったのだが、おねえさんの髪を掴んでいない方の手に、光るものが握られているのが見えた。
あれ?
私は、姉妹を注視した。
姉の手で光っているものは、『ハサミ』に見えた。
え? アレでどうするんだろう?
電車は、ゆっくりと公園の横を通り過ぎ、そのまま駅に向かって進んでいった。
姉妹の姿が、団地に隠れて見えなくなる。
かろうじて、姉の手だけが団地の影からはみ出している。
その手が、振り下ろされたのだけは確認できた。
「○駅ィ~」
駅についた。少しドキドキしていた。あのあと、どうなったんだろう。
だが、駅で降りてまで確認するほどのことじゃないだろう。そう思った。
そうだ。きっと、見間違いだ。
2
新幹線の車窓から、田舎の田園風景を眺めていた。
見渡す限り田んぼが続いている。何キロくらいあるのだろうか。連なる山々にぶつかるまで、ずうっと続いている。
何とはなしに、山の稜線を眺めていた。
ふと、山の中間辺りに、白い布のようなものがひらひらと舞っているのが見えた。
結構な長さがある。
何だろう? と見ていたが、その布は落ちることも無く、ずっと宙に浮かんでいた。それどころか、少しずつ高度を上げている。
山と比較して考えると、かなり大きな白い布が飛んでいる、ということになる。
変わり凧か何かだろうか。
しかし、凧あげをしている様子はない。
では、アレは、何だろう?
そう思っている間に、白い布は、山の向こうに消えた。
あれは、一反……いや、見間違いだろう。
3
「ばあちゃん、幸せの歌を歌ってよ」
私の後ろの席の男の子が言った。
「ええ、こんなところじゃあ歌えないよ」
おばあさんが答える。
「いいから、歌ってよー」
「いやあ、おばあちゃん、オンチだからねぇ……」
「オンチでもいいからぁー」
微笑ましいおばあさんと孫の会話だと思った。多少、男の子が、わがままであるような気もしたが、きっとおばあさんが甘やかしているからだろうな、と想像した。
しばらく、歌え、歌わない、の問答が続いた。
「ごめんね。おばあちゃん、どうしても歌えんわ。恥ずかしい」
おばあさんが少し強い口調で言った直後。男の子が舌打ちをした。小さな子がよく表現としてもちいる「ちぇー」とか、そんなかわいらしいものではない。「チッ」と不機嫌なおっさんがするように舌を鳴らしたのである。
その後、男の子はぶつぶつと何事かを呟いていた。声のトーンがずいぶんと落ちていたので、はっきりと聞き取ることは出来なかったが、最後は「……ろすぞ」という風に聞こえた。
おばあさんは、はっとしたような顔になり「ごめんね。恥ずかしいけど、歌うよ」
か細い声で歌った。
次の停車駅で、ふたりは降りていった。
男の子は、上機嫌で笑っていた。何が面白いのか、きゃはははははははは、と笑っていた。
あの男のは、さっき、なんて言ったんだろう。
「……ろすぞ」
聞き取れなかったところは、「ぶちこ」だったような気がするが定かではない。
駅のホームをで、手をつないで歩いていくふたりを見ながら考えた。
たぶん、聞き間違いだ。