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出会いは突然

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 暗い暗い夜の獣道。そこには一人の少年の姿と、とても大きな魔物の姿があった。魔物はギラギラと目を光らせ、口からは大量の唾液を垂れ流し、その鋭く尖った爪で今にもその少年を襲おうとしていた。
「僕を……殺すつもりか?い、嫌だ。まだ旅に出て間もないのに、死にたくなんか無い!」
 少年は一歩後ろへ下がるが、獣はそれに迫りどんどん近づいてきている。地面に落ちている大きな木の枝も、その魔物によりいとも簡単にへし折られてしまう。
「ウゥゥゥ!……ギャァァア!!」
 とうとう魔物は少年に飛びつき、少年の頭部をその毛深く太い腕で地面に押さえる。どうにも逃げ出せないその少年は、ただ手足を力の限り振り回し、魔物にせめてもの抵抗をし続けた。
「やっ、やめ……あが、あぁ……あ」
 手足を振り回す力はどんどんと弱まり、そして少年の頭部からは脳と思われる赤とピンクが交じり合ったものが飛び出してきていた。魔物はそんなのは関係なしに今度は腹部を爪で引っかく。人間の肌はここまでも柔らかいのか、そう思わせるほど簡単に腹から臓物が顔を現した。
「ウゥアァウウゥゥ!」
 グチャ、グチャ。そんな臓物を引き裂く音が周囲に響き渡り、あたりには他の動物までもが姿を消していた。そんなときだった。
「殺されて……るのか?あいつは」
 とても小さな女の子が木の茂みから突然現れたのである。それにすぐに気がついた魔物は、生暖かく血の臭いを漂わせた吐息を周囲にばら撒く。全身の毛を逆立て、その魔物はその場から急に立ち去ろうと背を向けた。
「賢明な判断だ。だがな、私がこんな機会を逃すわけなかろう」
 そう不敵に笑うと、羽織っていたマントの中から鉄製のガントレットを腕に装着し、気づけばその魔物の目の前には小さな女の子が腕を組んで立ちはだかっていた。
「ほらほら、早く逃げなきゃ死んでしまうぞ。なんとかせんかい」
 そしてまた魔物は背を向けて走り出す。魔物は必死に逃げようとするが、女の子のスピードは魔物のそれとは比較できないほどに速かった。簡単に追いつき、女の子はガントレットをはめた腕で魔物の後頭部を強打した。
「野生の勘というやつかのう。私とは戦いにならないことが分かったのかのう」
 一発、二発、三発と止まることを知らないそのパンチのラッシュで、魔物の頭はすでに原型を留めていなかった。血があたりに飛び散り、女の子もその返り血を浴びてしまう。
「楽しいのう楽しいのう。ほれ、もう動かんのかい。なにもできんのかい。退屈じゃのう、暇じゃのう。あは、あはははははは!!」
 見た目とは裏腹に、女の子の笑い声はまるで悪魔のようだった。もうそれはどちらが魔物なのかわからないほどに。
「生き帰してやろう。私は慈悲深いからのう」
 そう小さく言うと、ぶつぶつと何か呪文のようなものを呟き始めた。するとみるみるうちに魔物の傷は治り、意識も戻り始めたのか腕が微かに動き始めた。ようやく立ち上がることができるようになると、魔物はまたその場から急いで逃げようとする。
「ほうほう、第二ラウンド開始じゃな。まだまだ楽しめると思うと嬉しくてたまらんのう!」
 にこっと笑うと、魔物にすぐに追いつき細い腕で魔物の腕を殴った。
「まずは両腕からかのう。でも足をやったほうが逃げられないし……いや、追いかけるのもまた一興じゃのう」
 もう逃げられない、そう感じたのか魔物は突然襲い掛かってきた。ぶんぶんともう片方の腕を振り回し、女の子はそれを軽々と皮一枚のところで避ける。だがとうとう体力が尽きたのか、魔物は呼吸を大きく乱してその場で動かなくなってしまった。
「もうこれで攻撃は終わりかの。なら、後はこっちの番だのう!」
 一瞬だが女の子の顔つきが変わった。まるで、いや、あれはまさしく鬼そのものであった。
「命の!重みも!わからない下等な魔物風情が!私の苦労も知らずに、この、この!」
 華奢な足でずしずしと魔物を踏み砕き、魔物が死んでからも女の子はしばらく踏み続けた。そして、もう跡形も残らなくなったとき、女の子はようやく自我を取り戻したかのように動きが止まった。
「わ、私ったらなにをこんなことを……。どれどれ、このままじゃかわいそうだからのう」
 再び呪文を唱え、魔物はさっきよりも遅いペースでだんだんと復活していった。
「もう人を殺しては駄目だぞ?わかったな?」
 生き返った魔物の頭をポン、と軽く撫で、女の子はその場から姿を消していく。
「この小童……こんなところに何をしに来たんじゃろうかのう。まぁそんなことはどうでもいいかの」
 魔物同様、呪文を唱えて飛び散った脳がだんだんと頭の中に戻っていき、他の傷も回復していく。治ったと同時に少年は起き上がり、あたり一面を確認して女の子の存在に気がつく。
「あ、あの。もしかして僕を助けてくれたのはあなたですか?」
 少年よりも明らかに身長の低い女の子は、それに小さく頷いた。
「そうじゃ。もうこんなところに来るのではないぞ。私は旅をしているのじゃ、旅を。お前はどうせ探検ごっこかなにかじゃろう。まったく、迷惑をかけおって」
「違う!あ、いえ。……違います。僕も旅をしているんです。その、龍の川を探すために」
 最後の一言を口にすると、女の子はまた目の色が一気に変わった。
「龍の川……じゃと?ふざけるな。私だってもう数百年は探してるわ。今だってまだ探してる途中だというのに。面白いことを言う小童じゃのう」
 ハハハ、そんな風に大口を開けて笑う女の子、しかし少年はいたって真面目だった。顔色一つ変えず、ただ女の子を真っ直ぐに見つめる。
「じゃ、じゃあ一緒に旅をさせてくれませんか?僕と」
 すると女の子は少年を一回りして全体を見た後に大きなため息を吐く。
「駄目じゃ。どうせ足手まといにしかならんのじゃろう」
 そう言いその場を離れようとする女の子。少年はそれに引き下がるもんか、そんな表情を見せて大声で叫ぶ。
「お願いです!僕一人じゃ無理なのはわかっています。料理でもなんでもしますから!」
 しばらく沈黙が続き、ようやく女の子は首を後ろに向けながら口を開き始めた。
「り、料理ができるのか……この小童」
 あたりはより一層暗くなり、もう数メートル先には闇が広がるだけである。
「はい!家でよく手伝っていたので。お願いします!」
 むうぅ、そんな風に手を組み首をかしげて女の子は色々と考え出した。それはほんの数秒だったかもしれない。しかし少年にとってはとても長く感じられたのだ。
「仕方ない、よかろう。ただし、料理はお前一人で作れ。一日五食は必ずじゃ」
 少年は目を輝かせ、女の子はやれやれといったところだろうか。
「僕、カノンって言います。これからよろしくお願いします!」
「私はツキノミコトじゃ。ミコトで結構。これから旅をしていく間、足を引っ張らないようにお前に色々特訓させながら行くからのう。休みはないと思え」
 そう言って二人はこの森を抜け出ていく。これから始まる二人の旅、それはどんな事が起こり、そんな結末が起きるのであろうか。そして、龍の川とはいったい何なのであろうか。
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