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4『そんなに』

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 俺と鈴音は双子だ。二卵性だから、まあそこまでそっくりってこともないけど、だからと言って、顔の善し悪しは遺伝子で決まらないらしい。
 鈴音の歓迎会が終わって、その翌日から、鈴音は本格的にモテはじめた。
 俺は鈴音の前に座っているので、鈴音が席に座ったまま囲まれてしまうと、俺が席に座れなくなってしまうのだ。
「くそが。俺はあんなにモテたことねーのに、なんで同じ遺伝子を持つ鈴音がモテちゃうんだ」
 舌打ちしながら、俺は朔の席近くを陣取り、バーゲンみたいな人ごみを眺めていた。
「鈴音ちゃんとお前、全然似てないもんな」
 朔が、俺と鈴音の顔を見比べて、失礼な視線を向けて来た。釣られて、俺も鈴音を見た。営業スマイルで、次々と質問に答えている。
「そう? 目元の辺り、ちょっと似てると思うよ」
 修吾は、いつもみたいに、感情が見えない表情のまま、朔と同じように俺と鈴音を見比べた。
「だろ? 俺と鈴音はなんだかんだ言っても、双子なんだぜ」
「似てねえよ、全然」
 修吾はともかく、朔はなんて友達甲斐のないやつだ。
「似てる似てないはどうでもいいけど、鈴音ちゃんが友達とか家につれてきたら、女子と仲良くなるチャンスだべ? 男の家、となると警戒心が強まるけど、兄貴がいる家、なら気軽に来れるっていう、言葉のマジック!」
「それは知らんけど、どちらにしてもクラスメートじゃなあ……。新しい出会いがほしいんだよ、俺は」
「あたしらじゃ不満だっての?」
 遠くで二人きり話していた、恋と栞がやってきた。恋の妙に鋭い視線が、俺を射抜く。
「いやぁ、不満っつーか、女の子のお友達は、できるだけほしいっつう男心だべ。な、セミ」
「俺に振るな!」
 肩を組もうとして来る朔を華麗に躱すと、朔はつまらなさそうに、「なー修吾っ!」と修吾へ標的を変えた。
「僕がわかるわけないだろ?」
「けぇーっ。いい子ぶっちゃってさぁー。修吾はともかく、セミはわかるはずだべ!」
 わかんねえよ。いや、わかるけど、わかってたまるか。
「セミくん。ダメだよ、あんまり女の子にちょっかい出しちゃ」
「出してねーよ!」
 栞が俺にあらぬイメージを持っているな。
 俺の一番の理解者だと思っていたが、そうでもないようだ。
「俺がいつ、女の子にちょっかい出したってーんだよ」
「あ、セミくーん」
 と、その時、背後から呼ばれる。どうも、教室の端の方で話し込んでいた女子グループに呼ばれたらしい。
 振り返って、「どしたー?」と返事をする。
「この間のカラオケで歌ってた曲が入ってるCD、貸してくれるって言ってたでしょー」
「あ、そうだったな。明日持ってくるわ」
「待ってるねー」
 手を振られたので、俺も振り返す。
 用事も終わったので、いつものメンバーの会話に戻る。
「で、えーと……。俺が女の子にちょっかい出してる、だっけ? 何度も言うが、出してねーよ」
 みんながまともなリアクションを返してくれず、代わりに、『マジかコイツ』みたいな目で見て来る。修吾だけは、いつもと変わらない。もうその感情がない目も愛おしい。
「……いや、セミ、お前、いつあの子達とカラオケなんて行った?」
 朔の言葉に、なーんで俺がいちいちお前らに予定を言わにゃならんのだ、と思いながらも、一応素直に、「一週間くらい前だけど」と言った。
「セミくんは小さな頃から、みょーに顔が広いからねー」
 と、なぜか栞が誇らしげにしていた。自称はしないが、確かに友達は結構いる方だと思うけど。
「っていうか、セミって基本、誰彼構わず話しかけてない?」
 恋が、「怖いもの知らずかっ」と俺の胸を小突いた。
「いや、まあ怖い人もいるけど。どーせなら話してみたいじゃん。面白い人かもしれないし」
「その興味が出てくんのが、もうすげえよ……」
「セミくんのそういう所は、尊敬するよ」
 朔と修吾が、気の無い拍手をしてくれた。
 どーも、どーもと俺も同じくらい気の無い返事をした。

  ■

 担任の瀬戸先生がやってきて、授業になると、いつもみたいにノートを取りながら、とっとと放課後にならねーかなぁ、と思っていた。
 そんな時、背後から背中を突かれ、小さな声で
「なんだよ」
 と、返事をしながらノートを取り続ける。
「兄貴って、友達多いの?」
「はぁ?」
 振り向くと、鈴音は妙に真面目な顔をしていた。俺はすぐにノートへ向き直り、「さあな」と話を打ち切りたいオーラを出す。
「さっきの話、聞こえてたよ」
「マジか。お前、すげーな。あんだけ質問責めにされてて、こっちの話までとか」
 聖徳太子かよ、というのは、あまりに使い古されたツッコミなので、言わない。そういうのは、「言うと思った」なんて言われて、すこし恥ずかしい思いをしちゃうからな。
「この間、カラオケ行った人達だけかと思ってた」
「人脈は作っとくにかぎるさ。面白い人とはかかわっときたいしな」
「ふぅん。なんか意識高い系大学生みたい」
「……え、馬鹿にしてる?」
「してないよ?」
 俺は再び鈴音を見た。この会話が楽しいのか、にやついてるのが妙に腹立たしい。
「いいから、勉強しろよ。試験前になって、ノート貸してとか言い出しても、金取るぞ」
 俺の数少ない稼ぎ口である。朔と恋は特にいいお客さんだ。
「兄貴、ズルい事やってんねー……。っていうか、狡い?」
「お前が狡いなんて言葉を知ってるのか。賢くなったなぁ」
「私の学力なんて覚えてないくせにっ! 兄貴のくせに生意気!」
「あぁ!? お前こそ、妹のくせに生意気なんだよ!」
 俺達二人は同時に立ち上がると、同時に胸ぐらを掴んだ。鈴音は小柄だから、俺の胸ぐらを掴む為に背伸びしているらしい。
 だが、俺達は大事な事を忘れている。
「……オイ」
 瀬戸先生の、怒りを隠した声。
「やっべ」俺と鈴音が、同時に呟く。
 今は授業中だった。

  ■

 瀬戸先生はやる気の無い先生ではあるが、自分の授業が妨害されるのは大嫌いで、怒る時はしっかり怒る。カリキュラムに遅れが出ると、自分の予定にも支障が出るからだろう。
 あまり人気のない教師ではあるが、俺はそういう、ドライな人柄が結構好きだったりする。努力とか友情とか、そういうのを言い出す教師って、基本的に空回りしてる印象しかないし。そういうのはこっちで勝手にやるから。
 と、そんな授業も終わって、俺と鈴音は帰宅するべく、学校の廊下を歩いていた。
「じゃーなーセミー」
「おう、じゃーな」
 廊下を歩きながら、俺は他のクラスの知人にも挨拶する。それを、横で鈴音が見ていた。一人二人の内ならともかく、それが一〇人くらいになると、さすがの鈴音も「まだ挨拶すんの?」と目を丸くしていた。
「そりゃ、まあ。つっても、挨拶して、ちょっと話しするくらいの間柄ばっかだけど。遊ぶのは、基本的に同じクラスのやつ」
「……女の子も、妙に多かった様な」
「世の半分は女の子だからな」
「……女好き?」
「失敬な事を言うな。俺は軟派男じゃねえ」
「硬派では無いでしょ?」
「ん、まあ……硬派ではねえけどよ」
 だからって、軟派にカテゴライズされるのもな。そういう、両極端な物の考え方は好きじゃない。
「ねー、お茶して帰ろうよ。なんか甘いの食べたい」
「甘いのぉ? あんま好きじゃねえんだよ、俺」
「誰が一緒に食べるって言った? 兄貴は横でコーヒーでも飲んでればいいよ」
「……その言い方もムカつくぞ、おい」
「いいからいいから」
 ばしばしとオレの肩を叩く鈴音。
「どっか、美味しいとこないの? 知ってるとこあるでしょ。顔の広い兄貴なら、さ」
「……知ってるとこ、ねえ」
 まあ、一つだけないこともない。そういえば、鈴音もまだこの街に帰ってきたばかりだし、案内を兼ねて行くのもいいか。
 知り合いがバイトしている、ちょっと気まずい場所ではあるけど。
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