『エンジェルリーチ!』
「じゃあ、ブリーフィングを始めるわよ。音無くん」
「うん?」
「カーテン閉めて」
あのモニターが役に立った覚えがないんだが、俺は唯々諾々とゆりに従った。
逆らうという単語は俺たちの辞書に登録されていない。
青白い光が戦線メンバーの顔を照らしている。
手を組み机に座ったゆりが重々しく宣言する。
「今回のミッションは――天使を神の恩恵を受ける頂きから引きずり下ろすこと――」
「恩恵……」
俺は想像をめぐらす。
その恩恵とやらを得られなくなれば、天使はあの魔法みたいな技を使えなくなるのだろうか?
「具体的には何をするんだ」と日向。
「恩寵だか校長だか知らんが俺はやらんぞ」と野田。
「心配いらないわ。最初から野田くんに頼むつもりないから」
「だから何をするんだよ、ゆり」
すう、と息を吸い、ゆりはよく響く声で宣言した。
「――マージャンよ」
「生徒会主催のマージャン大会で天使を打ち負かせば生徒会長の威厳は失墜だわ」
「すでにおまえの頭の回路に対する俺らの信頼が失墜してるよ」
最近ゆりは難聴が烈しいので俺の声は届かなかったらしい。
「私たちが勝てば校内でのマージャン活動に許可が下りるわ」
「そうすれば堂々と一般生徒からマージャンで食券を奪えるわけだな」と松下五段。
「Oh,Great!」とTK。
「そうよ。そしてこれは貴重な後方メンバーの戦闘意識を高めるいい機会でもある……」
ふわあ、と岩沢があくびをした。
ガルデモのリーダーなので毎回呼ばれているが実際いらなくね? と評判である。
が、この戦線において珍しい常識人なので俺はいてくれると自分が普通だと再認識できるのでとてもありがたい。あと美人だ。
「普段ガルデモメンバーは前線には参加しない……でも何かあったときに戦えなくてはダメよ。だから、まずはこのマージャンを通して戦うことを肌でもって経験してもらうわ」
「おいおい」俺は額を押さえた。「たかがマージャンでそんな」
「たかがだとォッ!」藤巻の木刀が俺のわき腹を打った。そういやこいつも野田と同じく危険物所持者だった。糞いてえ。
「マージャンをトランプとかサイコロだとかと一緒にするなよ!」
「そうだぞ音無。マージャンは奥が深い知能ゲームだ」と五段。彼が言うとやけに説得力があって困る。貫禄?
「ねえ、ゆり、ホントにあたしたちにマージャンさせるつもり?」
さすがの岩沢の顔も引きつっている。それでも取り乱したりしないのはリーダーとしての実績あってのことか。
「そうよ。たしかひさ子が打てたわよね? だったら彼女に教えてもらえばいいわ。他の戦線メンバーも彼女たちのサポートをすること! いいわね!」
あ、ちょ、という岩沢の呟きも空しく、
「オペレーション『ブロッサム』――オペレーションスタート!」
「あ、記憶なし男」
「その呼び方はやめろって。音無だ」
「はは、わかってるよ」
岩沢は練習の合間にたまに水を買いに自販機へ来る。
だから俺と出くわすことも多かった。
二人して肩を並べて、手に持った容器を傾ける。
「ぷはっ……」
「おまえって、美味そうに水飲むよな」
「練習の後だからかな」
岩沢からマージャン大会への参加を告知されたガルデモメンバーは皆一様に戸惑いを隠せなかったらしい。
天使と戦うことに否やはないし、それが神へと続く道程ならばどんな努力もいとわないが、「マージャン? は?」である。経験者のひさ子は皆の予想通り狂喜乱舞したらしいが。
「ゆりの作戦にも困ったもんだな。練習の時間削られちまって、困ってるんじゃないか? なんなら、やっぱり藤巻とか松下五段とかと変わってもらうとか……」
現在、ガルデモメンバーはひさ子によってマージャン教習を受けている。だいたいああいうものは教える側が熱くなればなるほど受け手が冷めるもので、その点からすればひさ子はいい教師とは言えなかったろう。
岩沢は実に複雑な表情で、ううん、と唸って、
「まあ、新鮮といえば新鮮。やったことなかったし」
俺は岩沢の恵まれなかった一生を思い出した。
一生。まさに十代半ばで果てた彼女は『一生』を終えているのだ。
「ふうん。まあでも、みんながマージャン覚えたら楽しそうだよな。あれ、飽きねえし」
「へえ。音無ってマージャンできるんだ?」
「ルールはな。うーん、生きてた頃に打ってたのかな」
俺の記憶はまだ戻らない。いったいどこに落っことしてきたんだか。目覚めた直後に天使にぶっ刺されたせいで余計にショックを受けた気がする。もう一回刺されたら思い出すだろうか。
「なあ、音無」
「うん?」
岩沢は空っぽのペットボトルを傾け、中身がもうないことにハッと気づいた。
「その……あれ。この後、ひま?」
「むしろ、ひまじゃないときがないな」
トルネードのときの使えない斥候役以外に仕事らしい仕事をした覚えがない。
「じゃあさ」岩沢の目は二重でくっきりしていて、とても澄んでいる。
「マージャン、教えてくれない?」
「いいけど……ひさ子がいるだろ。なんで俺なんだ」
「関根と入江につきっきりでさ、あたしはなんとか覚えてきたから、ちょっとひとりで打ってみたいんだ」
ひとりで、というのは自分ひとりでゲーム回しをしてみたい、ということだろう。
実に殊勝な心がけだ。いつまでも上級者に教えを乞い続ける初心者が多いが、岩沢は自分でルールを把握するように努めている。
俺はぐっと胸が熱くなって大きく頷いた。
「わかった。任せてくれ。牌と面子用意してくる」
「うん」
「よし、じゃあいくぞ」
「あっ」
俺は岩沢の手を掴んで走り出した。
一般生徒どもが何事かと訝しげに見てくるが構うことはない。
「ちょ、ちょっと音無……!?」
「あ、いたっ! 松下五段! 食券やるから牌くれ!」
返事より先に牌が飛んできた。五段の優しさにまた感無量となる。
新たなる雀士の誕生に皆、一丸となって応援してくれているのだ。そうに違いない。
「音無」
「うん?」
「あんた、マージャン好きなんだね」
どうやらそうなのかもしれない。
「で、なんであたしが練習に付き合うのよ」
「おまえ人に命令しといてその態度はなくない? ガルデモさんたちにごめんなさいしとけよ」
「なんで? 作戦なんだから当たり前じゃない。すべて天使を倒すためなのよ」
ゆりはなんだかんだと文句を言いながら、俺と岩沢をギルドに連れて行ってくれた。
牌はあったが卓がない。ついでに面子も探そうと思ってきたら日向がいた。
破損した武器の修理を頼んでいたらしい。ちょうどいいので面子にした。
「やるからには徹底的に仕込むわよ、岩沢さん。徹夜になるけど構わないわね」
「おいおい、いきなりそんな……体力だって使うしバンドの練習もあるのに大変じゃないか」と日向。
急な要請にも諾々と従う姿勢はこいつから学んだ。
「いいよ、日向」岩沢はうっすらと微笑む。
「苦労するのには慣れてるから」
「い、岩沢っ……」日向は口を押さえて涙を浮かべている。
「阿呆」日向に侮蔑の視線をくれてやる。
「お、おまえは何も感じないのかよ音無ィ! 人としてそりゃあねーだろっ!?」
ゆりっぺが耐え切れぬとばかりに大きなため息を漏らした。
「あんたたち私の命令をなんだと思ってるの? 死刑宣告じゃないのよ」
似たようなものである。
岩沢の飲み込みは速かった。マージャンとはこうも簡単だったろうか。
基本的な役、ゲーム回しはひさ子に教えてもらっていたらしく、開門の仕方や、明カンと暗カン、加カン、オタ風のピンフなどを教えるともうすらすらと打ち始め、気づいた時には符計算の話にまで及んでいた。
「ロン、五二」と彼女は面前タンヤオドラドラをアガった。
その直前に喰いタン三九を俺がアガったばかりだったので、てっきり三九を申告するかと思えば正しい点数を告げる。
なぜ、と聞けば
「ポンチーしてないのにしたのと同じ点数じゃ平等じゃないから」
実に天晴れだった。そこから符の説明をし、夜が明ける頃には、
「またハコテンだぁ――」日向が卓に突っ伏した。
「もう鼻血も出ねぇよ」
「はい、じゃあ日向くん」ゆりがにっこり笑う。
「食券」
「おまえ鬼かっ!? もうこれ無くなったら俺、明日のメシないんだぞ!」
「仕方ないじゃない。賭けないと面白くないもの」
「よく初心者の岩沢がいるのに賭けようなんて言えたな!」
「その岩沢さんにボコボコにされっぱなしの自称上級者さんはどこの誰なわけ? ほら、さっさとよこしなさいよ」
「ああっ……」
「ごめんな、日向」
岩沢も容赦なく食券をもらっていく。天使と戦っている俺らは、いつの間にか悪魔の心を身につけているのかもしれない。
マージャン大会当日。
生徒会主導のレクリエーション大会として開かれたマージャン大会は、俺たち戦線あてに天使が突きつけてきた挑戦状なわけだが、俺らは普通に参加すると消えちゃうのでこれもゲリラ参加である。要するに遅刻した。
「……時間にルーズなのはよくないわ」と天使が苦言を呈したが俺たちの誰もそんな説教は聞いちゃいない。
一般生徒に混じって打つ天使を俺たちは珍しげに眺めた。
「天使でもマージャン打つんだな」
俺がそういうと岩沢は冷めた顔で、
「やる相手なんていないくせに」
と呟いた。その言葉の激しさに俺はちょっとぞっとしたが、一瞬後には、「じゃ、サポートよろしく、相棒」とドンと胸を拳で叩かれ、俺の戸惑いは喧騒の中へとゆるやかに消えていった。
決勝戦。ひさ子が残るであろうという予想を裏切り、残ったのは岩沢、入江、天使、直井副会長。
ガルデモのドラム担当を勤める入江はまさか自分が、という表情で完全に怯えきっている。こういうタイプに限って運があり、役満をあっさりアガってしまったりする。そんな気がする。
「校内に限らず賭博行為は犯罪だ……もう二度とマージャンなど打てないようにしてやる」
下家に座る直井に岩沢は不敵に笑ってみせる。
「やってみな」
どうも岩沢、打ってる間になんだかんだでハマってきたらしく、途中からは俺の助言はほとんど無視された。
というより打ち筋がほとんど経験者と遜色なくなってきており、出すべき口がなかった。
「岩沢さん、あなたはマージャン初心者だと聞いているわ。あなたでは、私たちには勝てない」
対面に座る天使の澄んだ声はまるで託宣を告げる巫女のようで、真実そうなのではなかろうか、という気持ちになってくる――のは俺だけらしかった。
「人生だろうがマージャンだろうが、神様の言うことなんか聞いてやらない。もちろん、あんたの意見もね、生徒会長」
「――そう」
東家、直井、南家、天使、西家、入江、北家、岩沢。
俺は岩沢の手牌しか見えない位置、つまり彼女の背後に立ち、ごくりと生唾を飲み込んだ。
開局、直井の先制親リーチが初心者入江に通じず、追っかけリーチに振り込んだ。
リー棒含め九千点の損失。直井は歯噛みしている。
マージャンでそんなに内心を顔色に出したら不利だと思うのだが、まァ根が単純なやつなのかもしれない。
岩沢も負けていない。
基本的に丁寧に手を作っていき、リーチを受ければあっさり降りる。
やや弱気とも取れる打ち筋だが、どうも先行している入江を立て、自分はサポート役に回るつもりらしかった。
まるっきりの初心者で他家、それも味方へのケアまでできるやつはそうはいない。
生きているときには発揮されなかった、隠された才能の発露だった
もっとも、俺はやっぱり、牌よりはギターの方が岩沢には似合うと思う。
それは本人も同じ気持ちだろうし。ただ、ゆりが持ってきた無理難題も、たまには役に立つことがあるのだな、と感心した。
事が起こったのは南場だった。
起家マークを直井がひっくり返したとき、俺は天使の唇がわずかに動いたのを見た。
(――キル、――アイ)
気づいたのは俺だけだったらしい。岩沢は背筋をびしっと伸ばして打っている。入江は勝っているにも関わらず涙目だ。
「リーチ」
天使が千点棒を繰り出す。
岩沢の手は純チャン三色の一向聴。攻めるか、と俺は身構えた。
ここでこの手を天使から直撃すれば入江と岩沢のワンツーフィニッシュの可能性がかなり高まる。
が、ベタオリ。面子の真ん中から安牌を叩き斬る。
弱気となじるよりも、初心者にも関わらず面子を壊す勇気があることを評価したい。
しかし天使は無情だった。引いてきた牌を割れんばかりに卓に打ちつけ、周辺の空気がびりびりと振動した。
「――ツモ。リーチ一発ツモ、裏三。三千六千」
「僕の親が……」
ギャラリーがおお、とどよめいた。ちら、とゆりの顔が視界に映ったがあれはゆりではない、鬼だ。見なかったことにする。
それにしても、と俺は思う。
天使の手は一発ツモ裏三がなければリーチのみの千三百点。しかもシャンポン待ちだ。
タンヤオやピンフにいくらでも手変わりする可能性があるのに――上級者を自認する生徒会チームとしては、らしくない手筋だった。
というよりも、ひょっとしてこれは――。
続く局面も、天使は執拗に一発ツモを繰り返した。親番が長引く。
そのうち、入江がバランスを崩し、暴牌し始めた。けれどツキが太いのかなかなか打ち込まない。
落ち着け、と声をかけると「はいっ!」と威勢よく涙目で返事し振った。おいこら。
トップに天使が躍り出た。
表情の薄い顔つきが、今は自信に満ち溢れているように見える。
やはりこいつには見えている、卓のすべての牌が。
これじゃあイカサマじゃないか。
ずっと天使に手が入らなければそれでも勝てる可能性はあったが、今、やつはトップ。ずっとノーテン流局でも勝てる。
岩沢が上手くタンヤオに見せかけた片アガリの一気通貫で天使から直撃を取ったが、安く、逆転には程遠い。
続く入江の親番も直井によってあっさり流される。ドヤ顔が鬱陶しい。
が、確かにピンチではあった。
もはや終戦処理、といった態度の生徒会陣営に対し、ラス親が残っているとはいえ、俺も諦めかけていた。
四千オールツモでも届かない。その前に直井か天使がアガってしまう。
早く大きい手でケリをつけなければ岩沢に勝ち目はない。
しかし都合よくそんなものが来れば、マージャンは困らない。
俺はゆりに受けるであろう折檻を想像して沈鬱になった。せめて岩沢だけは救ってやりたいものだ。
ところが、第一ブロック、第二ブロック、第三ブロックと、驚くべき好配牌がやってきた。
西暗刻に面子がちらほら。ちょんちょんでさらに面子ができ、なんとテンパイしてしまった。
ダブルリーチだ――
そう思って安堵のため息をつきかけたとき、岩沢の手が牌山に伸びた。すっとそれを天使の方に押し出す。
対面がツモりやすくなるようにするマナーである。これも岩沢、教えられる前に察して実践していたという逸話を持つ。クールビューティに隙はない。
そら、リーチをかけろ――そう言おうとしたが、その前に、
「なぁ音無」
「うん?」
「これ、なんていう役なんだ?」
おもむろに岩沢は、ぱたりと手牌を倒した。
俺はひゅうっと息を呑んで答えた。全身が痺れている。
「て、天和だ――」
「天和? ふうん――」にやりと笑う。
「いい名前だな」
何か言いかけた天使が黙り込む。
嬌声を上げて飛び掛ってきた戦線メンバーに、俺と岩沢はあっという間に埋もれた。
――こうして一般生徒からのカツアゲに、マージャンという項目が増えたのだった。
実に遺憾だ。いや、ホント。
「――やっぱりあれ、抜いたのか?」
後日、俺の問いかけに岩沢はきょとんとした顔をしていた。
「抜くって?」
「ああ――だから、牌山から牌を持ってきたんだろ?」
「ああ、マージャンね」
嘲笑しているのかと疑ってしまうほどの薄い微笑みを浮かべて、岩沢はミネラルウォーターのキャップを捻る。
「そう。手が最初からテンパイしてたから、アガリ牌を探したんだ」
「でもどうやって? 確かに天使はあのとき、例のへんてこな力で牌を見ていたけど――岩沢は天使じゃないよな?」
あはは、と岩沢が彼女にしては大きめな笑い声をあげた。
「おもしろいこと言うね、音無」
「答えてくれよ、気になって眠れないんだ」
「うん。――いらない牌をまず、右手に持つでしょ」
「うん」
そこまではぶっこ抜きと一緒だ。というか、アガリ牌をヤマから探し出した手法が知りたい。いや、そもそもあがり牌を左端に寄せた手法をだ。
「で、上山の右端からいらない牌を押し込むと、左端から牌が出る」
「ああ」
「そのときに指で牌を触って――」
「ちょ、ちょっと待て」背筋を冷や汗が伝った。
「おまえ、もしかして、盲牌したのか?」
「もう、ぱい?」
岩沢は怪訝な顔をする。なんでマージャン用語ってヘンな想像するとエッチィ響きなんだろう。俺は不審者扱いされる前に説明した。
「指で牌の彫りにさわっただけで、何の牌か判断する技のことだよ」
「技って。誰でもできるでしょ、あれぐらい」
「いや、すぐには――」
「あんなのに比べたらギターを弾けるようになることの方が難しいよ。
それで、左端から出てきた牌がアガリ牌じゃなかったから、今度は下山に――」
「きゃ、キャタピラっ!?」
「――――?」
「い、いや、いいんだ、続けてくれ」
「うん。あとは下山の左端に移動させた牌を右に押しやると、また牌が飛び出す。それを上山に持っていって、また上山の左端を押し出す。それを繰り返しただけ」
「く、繰り返し――ちなみに何回?」
「五回」
「ごごごごごごご五回っ!? ば、ばっかじゃねーの!? 岩沢さんばっかじゃねーの!?」
「なに興奮してるんだよ音無。みんな見てるぞ」
「ああ、いや、すまん、でも、ええ……」
この複雑なイカサマをあの一瞬でやり遂げたというのだ、岩沢は。
天使がしっかりと見つつも、とっさに手を出せなかったほどのスピードで。
いくらギターの練習に全力で打ち込んでいるからといって手先器用になりすぎだろ。サイボーグなんじゃないの。
俺は呆然として薄幸の天才をただただ見つめることしかできなかった。
「――なァ」
「なんだよ、記憶なし男」
「その呼び方はやめろって。――どうだった、マージャン」
「うん? べつに、普通だけど」
「もしかすると見当ハズレのことかもしれないんだけど」
「何?」
「今回のを題材にしてさ、曲、書いてみたらどうかな」
「――マージャンの曲?」
「いや、べつにマージャンじゃなくてもいい。そう、言うなら、勝負の曲」
「勝負の――」
「岩沢さ、途中で死んじゃったから、まだ人生で味わってないことたくさんあるだろ?
これから、そういうのをかき集めてさ、曲にしたらいいと思うんだ。
日記みたいに、感じたこととか思ったことを……。
自分の不幸だった人生を振り返るだけじゃなくて、さ。
こういうと、なんだけど、俺たちは死んじまってここから動けないけど……まだ心は残ってる。
だからぜんぶ終わっちまったわけじゃない。
そう思うんだよ」
今日も俺はガルデモの休憩時間を見計らって、岩沢に差し入れを持っていっている。
生きていた頃は決して受け取れなかった、その500mlのペットボトルから岩沢が新しい曲の種でも見つけてくれればいいなと思いながら。
俺は自販機のスロットに銀色の硬貨を落とし込んだ。
『Angel Reach! 了』