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プロローグ

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 ――止まる時間。見つめ合う二人。
 俺が部屋に入った瞬間、そこに現れた光景は、とても現実のものとは思えないもので、具体的に言えば、普段は俺のことなんて歯牙にもかけないツンツンの幼馴染が、メイド姿で俺のベッドにちょこんと座っていたのだ。
 彼女の名前は夏目リョウコと言って、年は俺と同じ中学三年の十四歳。なんて基本情報をさらっと読者の皆さんに開示しておく。
 ついでに見た目も描写しておくと、今メイド姿である彼女は、長い黒髪は相変わらず艶やかで、控えめな胸はしかしメイド服のフリルによって物足りなさはうまく隠されていて、すらりとした長い足に白いソックスがよく映えていて、さらに白い手袋、細い指先、なによりこっちを見つめたまま頬を染めて硬直している、普段は伝説の勇者にしか抜けない伝説の剣と同じくらい鋭い顔が、今は若干の緩みを見せて、なんというか、一言で言って、たまらないわけであります。
 しかし、しかしです。本来彼女は俺の部屋にいるべき存在ではないのです。朝、目覚ましが鳴るより早くジェームズ・ボンドばりの軽やかな身のこなしで部屋に侵入してきて「ほらー早く起きないと遅刻しちゃうぞー☆」とか言いながら布団を剥ぎ取って、あらいけない、そこには、いわゆるひとつの生理現象、男性なら仕方のない朝方のいわゆる朝アレというやつがありまして、これは大変だわ、彼もいつの間にか大人になったのね、なんだかずいぶんよく眠っているみたいだし、ちょっと見るだけなら、と恐る恐る俺のズボンに手をかけて、みたいなタイプの幼馴染では断じてないのであります! どちらかというと、道端で会っても挨拶交わさないどころか、若干視線を避けつつそれまで別に会話してなかった友達にいきなり話しかけはじめたりとかそんな感じなんであります! そんな彼女がどうしてこんなところにいるか、大いに謎なんであります! それと、なんで突然敬語調になったのかも謎なんであります!
「ケンジ……」
 と彼女は俺の名前を小さく呟き、なおも戸惑っている。
「いったい何してるんだ」
 そう聞き返しても彼女は視線をそらして、
「えーと……」
 なんて、自分でもよくわかってないような様子。
 ここで俺はスルドク気づいた。
 もしかして!
 先日読んだ小説は妄想のメイドが現実に現れるという設定の話だった。それを読んで以降、僕は身近な女性がメイドになって俺のところへやってくるという妄想を毎日欠かさず続けていたのだ。え、もちろん妄想だけですよ、考えるだけですよ、いくら俺が性欲止まんない中学生だからって、そんな自分の妄想でいかがわしいことなんて、しないし、してたとしてもちょっとだし、ちょっとといっても、まあ俺にとってのちょっとは人にとってのいっぱいかもしれないけど、とにかく妄想してアレするのは一日二回くらいしかしてないので大丈夫です!
 そういうわけで、これはきっと、
「これって、もしかして、俺の妄想?」
 俺の妄想、具現化しちゃった? ジャンプの休載の合間に連載してる某漫画みたいに、休みなくメイドさんの妄想してるうちに僕の”能力”が目覚めちゃった?
 すると彼女は俄然勢いよく立ち上がり、
「そう、これはあんたの妄想っ!」
 びしっと俺に指を突きつけて、自信満々に言い放つ。
 なるほどー、やっぱりかー! いやー、自分でも実は非凡な才能持ってるんじゃないかと思ってたんだよねー! これはそろそろ世界救っちゃうかなー!
 って、
「いや、そんなわけないだろッ!?」
 俺のスルドいツッコミと、俺に指を突きつけたままの彼女の困ったような半笑い。
 こんな感じで掴みは上々と言ったところで、俺の一夏を浪費させたくだらない物語が始まるのだ。
 本当に、くだらない物語が。
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