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二話

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 野球場を出て僕は、親友二人と家路へと着いていた。
 親友のうち一人は冬木サダオという。あだ名はダサオ。由来はダサいから。以上。
「マジさーああいうイケメンがさー女独り占めにするから俺らのところに回ってこないんだよなー」
 ダサオはさっきからずっと大げさな身振りで演説でもするように、先ほどの対戦相手に対して文句を言い続けていた。
「サダくん、さっきからそればっかりだねぇ」
 もう一人は秋山ノブヒロ。あだ名はノビ。見た目はジャイアンなんだけど、中身はノビタそのもの。中学から野球部に入り、二年にあがるまでキャッチボールも満足にできなかった伝説を持つ。
「なんで怒ってるんだよ、ダサオ」
 この二人に僕を加えて、人呼んで野球部ズッコケ三人組。
「ダサオ言うな! だってさ、顔もかっこよくて野球も上手いとか反則だろ!」
「努力、努力だよぉ、うん」
 ノビがなんか勝手に納得してうなずいてる。
「努力ってもなあ……結局、結果だろ?」
 ダサオは反論する。
「結果がすべて、しかし、結果を出したものはすべからく努力をしている」
「また漫画の引用か?」
 僕のしたり顔した名言に、ダサオのいつもの突っ込み。ダサオはしばらく考え込むそぶりを見せてから、
「でもさ、いくら努力してもさ、結果が出なかったら評価はされないし、逆に結果さえ出せばさ、努力してなくても、他の人があとから見るとあれは努力だったのだ、とかなんとかいいように解釈してくれてさ、なんか美談みたいなのが出来上がるじゃん」
「じゃん、ってなんだよ具体例をあげろよ」
「例えば、太宰治、とか」
「え? 太宰治が? なんで?」
 ノビが驚いた顔をする。
「いや、この前漫画で読んだんだけど、太宰治ってもう本当にダメ人間で、ダメダメなまま小説書き続けてたんだって。でもその小説が認められたら、後世になって無頼派とかなんとか、あのダメ人生も小説のために必要だったのだうんたらかんたらって」
「うーん、なるほどぉ」
 ノビがまた勝手に納得してる。こいつは人の話を鵜呑みにしすぎる。俺はつとめて冷静を装いながら、
「それはまた違う気がする。太宰治の本を読めばわかるけど、彼だって努力しようとがんばってた。もちろん伝記なんかを読めば本当にダメな奴だったってのはわかるけど、それでも内面では、努力せねば、勉強せねば、って考えてたんだ」
 太宰治読んでるアピールが七割くらいの話をした。
「でも別に努力はしなかったんだろ?」
「それはわからないけど」
「あと読書家アピールすんな。うぜえ」
「バレてたっ……!?」
「バレバレだっつーの」
「ていうか、これ何の話?」
 ノビのもっともな指摘に一同黙り込む。
 沈黙を破るようにダサオが「あ、そーいえば」と前置きして、
「ケンジお前、この前買ったナース服とかメイド服とかどうしたんだよ?」
「あー、あれは姉ちゃんがなんか大学のサークルで遊ぶのに使ってる」
「おっ、遊ぶってのは、エロい意味でか?」
 ダサオの瞳が輝く。
「知るかボケ。人の姉ちゃんで妄想すんな」
「ケンちゃんのお姉さん、美人だからねぇ」
 ノビはまた腕を組んでうなずいて何か納得してる。
「お前は親戚のおじさんか」
 俺の見事なツッコミに対してノビは、
「えっ、違う、違うよぉ」
「わかってるよ!」
 気が抜ける。
 俺らの漫才を見て見ぬふりしつつダサオは、
「でも勿体無いな、せっかく買ったのに。あれで彼女といろんなプレイをだな」
「ナースプレイをだな」
「お加減はいかがですかー。とナースが一生懸命に俺の世話をしていると知らず知らずにおっぱいとかがいろんなとこに当たって、あら、患者さんったらここがこんな腫れちゃって……私が治療して差し上げますね♪みたいな!」
「みたいな!」
 俺とサダオはなんだかよくわからない踊りを踊った。そんな感じでひとしきり盛り上がったところで、
「そうはいってもそんなことしてくれる女の子、別にいないじゃん」
 またもノビの的確な指摘に僕らは黙り込む。
「彼女、欲しいなあ」
 とサダオ。
「欲しいなあ」
 と俺。
「欲しいねぇ」
 とノビ。
 そこでダサオが突然声を潜めて、こんなことを言い出した。
「もし、もしさ、シェンロンかポルンガか”お前に一人だけ彼女を作ってやろう”って言い出したらさ、どうする? 誰にする?」
 俺は反射的に、
「え、それって芸能人とかオッケーなの? ガッキーとかありなの?」
「なにお前ガッキー好きなの?」
「えっ、いや、ガッキーよりどちらかというと宮崎あおいの方が……」
「宮崎あおいはいいよねぇ」
 またノビは勝手に納得してる。
「ああ、宮崎あおいはいい。だけど非現実的すぎる。そりゃ誰でも良かったら俺だって仲里依紗ちゃんがいい!」
「えっ、サダくん仲里依紗好きなの?」
「うん。大好き。じゃなくて、だ。うちのクラスの誰か限定で」
「あ、もしかして好きな人発表大会?」
 ノビの問いにダサオはむやみに重々しくうなずき、
「そうとも言う」
「そうとしか言わねぇよ」
 俺は吐き捨てる。
「じゃあさ、せーので言おうぜ」
 ダサオの提案に俺らは小さくうなずき、俺たちはそろって大声で、
「夏目リョウ……春原あゆみっ! あっぶねー! 他の二人と答えがズレていろいろとバレてしまうところだった!」
「いや、バレてるよ」
「しかも心の声、口に出てるぞ」
「恥ずかしい」
「頬を赤らめるな気持ち悪い」
 春原というのは一言で言えば僕らのクラスのアイドル、詳しく言えば、容姿端麗成績優秀、もっと詳しく言うと少しウェーブのかかった栗色の髪はふわふわで、征服の上からでもわかる豊かなおっぱいもたぶんふわふわで、立ち居振る舞いその他いろいろなんともふわふわとしか言いようのないとかともかくそんな感じの奴なんだった。
「春原と付き合えたら……なぁ」
 ダサオが空を見上げながらしみじみと呟いた。
「そうだねぇ」
 ノビがのんびりと同意する。
「お前、あんま悲壮感ないな」
「まだ中学生だしねぇ」
「中学生でも、ヤってる奴はヤってるぞ」
 口をはさんだ俺に対して、
「うるせえ、お前はリョウコちゃんとヤってろ」
「できたらヤってるわ!」
「なにをやるって~?」
 そのとき突然、女の子の声が、聞こえた。明らかに、こちらに問いかけていた。俺たちは、固まった。
 どうやら、歩道脇に植わっている街路樹の茂みの方から聞こえたようだった。声のしたあたりを見つめて、しばらく待っていると、茂みから、がばっと、葉っぱまみれの女の子が現れた。
「スットボケ三人組はっけーん!」
 彼女は僕らのほうをびしっと指差した。葉っぱまみれのふわふわの髪が揺れる。
「あ、ズッコケ三人組です」
 ダサオが訂正した。
「そうなの? ごめんごめん。で、リョウコちゃんとなにをやるの~? 私も混ぜてよ~」
「そりゃ混ざってくれるなら混ぜてヤりたいけ痛っ」
 デリカシーゼロ男を殴って黙らした。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません。これはこっちの話」
「痛ぇ……」
「そうなの? ま、いっか。そっちの話だし。それにしても、やー、今日は三人ともお疲れ様だったね~」
 彼女は俺らの肩を一人ずつぽんぽんと叩いた。
「あ、ああ」
「うん」
「そうだね」
 そう答えながらも俺ら三人はみな、同じ心持だった。
 まさかこんなタイミングで、話題の人物たる春原に出くわすとはっ!
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