というわけで序章からの続き。
「そんなわけないだろッ！」
と俺が叫んでも彼女は頑として、
「いや、私は非実在だ、あんたの妄想だ」
の一点張りだった。そうやってごまかしてうやむやにするつもりなのだろうか？ いやいやそれは無理でしょう。なぜならあなたはそこにいます。
信じられないことだけど。
妄想みたいだけど。
彼女は僕の目の前にいる。
それでもどうしても自分のことを、非実在だと言い張るなら、それならこっちにも考えがあります。
「じゃあ、お前が俺の妄想だってんなら、俺の思い通りになるのか？」
妄想なら、俺の意のままのはずだ。ってこれ、もし「……うん」とか頬赤らめて言われちゃったらどうしマショ！ 大変よ！ たいｈ
「ならないわよ」
「えっ」
いきなり出鼻をくじかれた。
メイドの彼女はひとつ呆れたようなため息をついて、言い聞かせるような口調で、
「あんた、無意識を自由にできる？ たとえば夢のなかで、夢が自分の思い通りになったことがある？ おっと、明晰夢がどうとか言わないでよ。あれは無意識じゃないから。夢のなかで意識が目覚めてしまっている状態だから。本当の無意識っていうのは、自分でも見えないもの、いわば自分の後ろ姿みたいなものなの。だから、私が自分の妄想だからってね、自由自在とはいかないの」
彼女は一気にそこまで言い放って勝ち誇ったような顔をした。なるほど。納得できる。そうなのだ、昔から俺は彼女には口げんかで勝てたためしがないのだ。
っていやいや納得している場合じゃない。このまま、はぁそうですか。で終わってはいけない。
「じゃ、じゃーせめて俺のことご主人様って呼んでみろよ！ 呼んでください！ お願いします！」
俺は食い下がった。
「えっ何急に」
「いいじゃん！ 減るもんじゃなし！」
「せっかく私が真面目な話をしてやってってのに……」
「言ってくれないならお前を殺して俺も死ぬ」
「ぐっ……わ、わかったわよ」
「や、やったー！！！」
「ご、ごしゅっ……」
「おう……」
恥ずかしそうに言いよどむ彼女は、思ったよりも破壊力抜群なのだった。
「ご、ご、ご……」
「ご？」
「ご出産おめでとうございます……」
「え、えぇー……やっぱ言えないじゃないか……」
「な、慣れたら言えるわよ！」
「慣れたらってなんだよ！」
「この現実世界によ！」
「やっぱそれで通す気なのかよ！」
その時突然に階下から姉の声が、
「ケンジーお客さんよー女の子よー」
「はーい」
「えっなにあんたってお姉さんにそんな作り声で返事するの」
「悪いかよ」
「悪くないけど気持ち悪い」
「もっと罵って」
「……」
「急に黙らないでください。とにかく、ちょっと待ってろよ！」
俺がダッシュで階段をどすどす降りて一階へ来てみると姉がなんかニヤニヤしてて、
「おいおいケンジそんな格好で女の子の前に出るつもりか？ とりあえずシャワー浴びてきな」
って言うからシャワーに入ってぽかぽか風呂上りになったところで、いやいや悠長にシャワー浴びてる場合じゃないだろって気づいたから急いで玄関へ行ったらそこにはリョウコがいた。
「遅い」
「ごめん。風呂入ってた」
「何で風呂入っちゃうの……」
「姉ちゃんが入れって言うから……」
「どんだけお姉ちゃんっ子なの」
俺は両手をめいっぱい横に広げた。
「これくらい」
「アホか」
「で、なんの用なの。俺忙しいんだけど。今部屋にお前が」
ん？
あれっ。おかしい。
今リョウコは部屋にいるはずなのに。
わかった、俺が風呂入ってる隙に抜け出したんですね。となると今、俺の部屋は無人のはず。
「ちょっとここで待ってなさい」
「なによ？」
「ちょっと確認してくる。おーっと、止めても無駄だ、止めたらその時点で敗北を認めたものと判断する」
「あんた何言ってるの？」
「おっと、観念したか？ そんな本気でわからないようなフリしやがって！ よーし、ちょっと待ってろ！」
と、ダッシュで玄関を通り部屋へ戻ってドアを開けると、そこにはメイド服の後姿。
えっ？
いったい、どういうこと？
「えーっと、ちょっとそこのあなた」
なんて俺がメイドさんに声をかけようとした、その時、
「なによ、どうしたの？」
とリョウコが俺を押しのけて部屋を覗き込もうとしてきたのを全力で阻止！ コブラツイスト！
「なんでお前ついてくんだよ！」
とにもかくにも慌てて扉を閉めた。なんだかわからないけど、なんとなく部屋にメイドがいる光景を彼女に見せるのは良くないような気がした。
「痛っ！ 何すんのよ！」
「ぎえええええええ！！ コブラツイスト返しはやめて！！！」
「いったいどうしたのよ？」
関節技を解いた彼女は、息も絶え絶えの僕を見下ろしてそう聞いた。
「いや、なんでもない、いや、なんでもなくない、今は部屋の中を見られるわけにはいかんのだ」
「何かいるの？」
「全長二メートルのナメクジがいる」
「それは怖いねぇ」
「信じるのか」
「いや、信じてないけど」
「だよね」
するとリョウコは口の端をちょっとだけ釣り上げて、
「でもまあ、男なら見られたくないものもあるだろうし？」
「なんだよ、やけに物分かりいいな」
「今日は機嫌がいいの」
「なんで？」
「んー？ んふふー」
彼女はたぶん丸二年ぶりくらいに僕の前でいたずらな笑いを見せた。
感動した。
「とにかく、なんでもないからさ、ほら、こんなとこで立ち話もなんだからちょっと玄関まで行こうか」
「何よそれ……」
なんだかわからないけど、部屋にリョウコの姿をしたメイドがいて、僕の目の前にもリョウコがいる。
なんだかわからないけど。