直子(ナオコ)は、同年代の女子に比べ、随分大人びた外見をしていた。京美人という言葉がよく似合う、おっとりした印象の顔立ちは、そっと笑むだけで言い得ぬ色気を湛えた。身長も170cm近くあり、女性らしい性的魅力に溢れた豊かな体つきが、より一層彼女を大人びてみせていた。腰まで伸ばして一つにまとめた黒のロングストレートの髪は、そんな彼女の印象をより助長している。
ただ彼女がこうも早く成熟した艶を持つようになったのは、もしかしたら彼女の性生活が、既に必要以上に満たされたものであったからかもしれない。
ナオコはその年齢でもう自覚してしまうほどのマゾヒストだったが、彼女の仕える主人は、それに輪を掛けた嗜虐性欲の持ち主だった。
* *
ナオコは自室の椅子に拘束されていた。手を後ろに組み、足首をまとめられ、椅子の足に固定するように、麻縄で縛られている。さらに膝を縄で肘掛けに固定され、股を開くような格好させられていた。細長い布で目隠しをされ、不安に怯えるその瞳は、中空を見つめていた。
それでも彼女の視線がある一点に注がれたのは、そこに人の気配を読み取ったからだ。彼女を縛り上げた張本人、小沢一子(イチコ)は、そのやや右にいた。
ナオコよりも10cm以上低い身長。どこか幼さを残す顔つき。黒髪のポニーテール。未発達で、プロポーションに乏しい身体。一見すれば、彼女は純真無垢な少女にも見える。けれど、細い銀のフレームの眼鏡、その奥で支配者のような笑みを浮かべる表情は、そんなイメージを一瞬で覆してしまう。異様な威圧感と、威風があった。
「イッちゃん……」
ナオコがおずおずと彼女を呼ぶ。どこか物憂げな表情が似合う、端正な彼女の顔は紅潮し、じっとりと汗ばんでいる。乱れた長い黒髪が、肌に張り付き、表情と相まって妙に扇情的だ。
「ちょっと黙ってて」
が、制する彼女の声はにべもない。冷たさこそないものの、ナオコのことは二の次だという意思が良く分かる言い方だった。
そんな非日常の光景だったが、ナオコは肌はおろか、下着すら露出していない。開かれた脚の付け根も、スカートで覆われている。けれど、ナオコの息は乱れて、吐息も熱っぽい。その原因は、彼女のスカートから伸びる一本のコードを見れば分かるだろう。
「これ、止めてよぅ……」
今にも泣きそうな声を上げるナオコを見て、イチは手元のプリントから目を離した。彼女を縛ってから、およそ十分ほど、目を通していた資料を机に置く。最弱のところに目盛りが合わせられた、ローターのコントローラーを手にとって、ナオコに近づいた。
「ナオ。今ね、手にローターのリモコンを持ってるの」
先とは違った優しい声で、イチは囁く。
「見たことあるから、分かるよね?」
「……わかる」
彼女の意図が分からないまま、戸惑ったようにこくんと頷いた。
「どっちかに回せば、止まるよ。さぁ、どうぞ」
背もたれの後ろで縛られた手に、そっとコントローラーを置く。ナオコはわけのわからないまま、指がコントローラーのつまみを捉えた。
「え? でも逆に回したら、」
「振動、強くなっちゃうね」
少し楽しそうに、イチは呟いた。
「三、二、」
不意に訪れたイチのカウントダウンに、ナオコの混乱は加速される。おそらく時間内に選択しなければ、問答無用に嬲られると予感して、ナオコは取り合えずつまみを回した。二分の一の確率は、けれどもナオコの思惑を外れる。
「ひゃうっ……!」
強くなった下腹部の振動に煽られ、ナオコの口から嬌声が漏れる。
「残念、反対だったね」
微塵も残念とは思っていない口調で、淡々とイチは事実を告げた。
「……ぁ……ぁ……だめ……これ……いやぁ……」
機械的に与えられる性刺激に、堪えきれず嬌声がこぼれ落ちていく。
「ナオはやらしいなぁ。ちょっとローターを当てただけで」
「ちが……ぅ……うぅ……いっちゃん、が……あんなこと、するから」
「んー?」
ナオコの抗議も素知らぬフリで、イチは疑問符を返す。
「ガ、ガーゼに……ローション……んぅ……つけて」
「ああ。アレねぇ。ナオはアレ好きだもんね」
「ちが……ひゃあああ!」
抗議の声を上げようとしたナオコの言葉は、悲鳴に近い喘ぎに中断させられる。イチにローターをぐりぐりと押さえつけられ、嬌声をあげてしまったのだ。
「ガーゼにローションたっぷりつけてさ。クリの皮剥いて、その上からローター当てられるの。下着は穿かせて固定されたら、何もで出来ないもんね。『弱』は気持ち良い? もっと私の手も使って、責めて欲しい?」
「ぅ……あっ! ……ぃぅ……あうぅ……」
イチなおも下着の上からローターをこねくり回す。
拘束された当初、濡れてもいなかったナオコの秘所は、ぬめったガーゼに蹂躙された。その後否応なしに加えられた、クリトリスへのローター責めは、確実に彼女の情感を煽り、敏感な箇所を、充血させていった。そうして彼女の秘所が愛液で、どろどろになったころを見計らっての、さらなる加虐だった。
「や……あ……ダメ……もう……イ――」
ふっとイチの手が離れる。相変わらず、ナオコの肉芽ローターに責められたままだが、随分と弱くなった刺激に、ナオコが戸惑いの表情を向ける。
「さっきの資料だけどさ、どうしてあんなメンバーになったかぁ? 今年のクラスは」
「え……?」
突然移り変わった話題についていけず、ナオコは再度戸惑いの声を上げた。
「だってさ、おかしくない? 森とかともかくさ、橋本、麻生、福田、安部の四人が居るところに、小渕(おぶち)がいるんだよ? 政治力は大したことないけど、財力のある鳩山までいるし。それに一応私も。学年の有力者みんな固まってるじゃないの。今まで何が何でも分けてた学校が、一体何を考えてると思う? こんな勢力のぶつかりあいみたいなことして」
「……ん……それが、よく……うぅぅ……わからなくて、連絡……したんだけど……」
懸命に刺激を堪えながら、ナオコは答えた。少し気を抜けば、もうどうにかなってしまいそうな状態で投げ出された。受け答え出来るだけでも大したものだが、彼女の主はそれでは満足しない。
「私さ、ナオに根回しお願いしたよね? 特に橋本なんかと同じクラスにならないように、ってさ」
「は、はい……くぅ……ごめんなさい。手は、色々、打ったんですけど……」
時折腰を小さく痙攣させてせて、ナオコが答える。与えられる快楽に、身体全体も小刻みに震えていた。
「そ、ナオがそう言うなら、」
「イッちゃん……」
イチの話を珍しく途中で遮って、ナオコが弱々しく声を紡ぐ。
「何?」
「も……我慢、無理……」
哀願するように、熱っぽい吐息と共に押し出された言葉が、よりイチの嗜虐心を煽る。イチは目隠しをほどき、愛しそうに頬を手で撫でて、啄むように浅くキスをする。
「どうして欲しいの?」
それでも、その声は嗜虐的な響きに満ちている。
「言わないと、ダメ……なの……?」
「言って欲しいな。こういう時のナオの声、好きだから」
「ぁ……はぅ……馬鹿」
「知ってる」
急に優しい声音を使われ、ナオコは逡巡した。けれども、身体が長くは待ってくれない。
「うぅ……もう我慢出来ない、から……イカせて……」
「ん」
短く答えて、ナオコの下着をずらし、とろとろと愛液の流れる秘所に指を入れる。中は熱く湿って、イチの指に絡みついた。
「凄いね。ナカ」
「口に……あ……出さない……でっ! ……んんっ!!」
クリトリスをローターで、膣内を指のピストン運動で責められ、急速にナオコの絶頂が近づく。もともと果てる寸前で焦らされていただけに、ソレがくるまで、さして時間がかからなかった。
「あ……ぁ……あぁ……や……ダメ……イク……イッ――!!」
大きく二三度身体を震わせて、ナオコは絶頂を迎えた。頭が真っ白になる刺激。一度覚えたら、決して忘れられない感覚。彼女がイッちゃんと呼ぶ人以外から与えられない、与えられたくもない昂揚。
「あ……ぅ……はー……」
肩で息を整えて、ふと違和感を感じる。
「まだイけるよね?」
イチが、低く囁いた。口元に小さな笑みを零して。まだ身体の中の指が蠢く。敏感な身体が、意思とは無関係に反応してしまう。
「……あ……ぅ……やだよぅ」
「……ダメ」
これ以上ないくらいの優しさを込めて、彼女は拒絶した。
* *
スタスタと足早に前を行くナオコの後を追いながら、イチは猫撫で声を発した。
「ごめんってばぁ~」
「やだっ!」
即座に怒りの籠もった声が返ってくる。明らかに怒っているナオコの様子をみて、イチは困り果てている。
「昨日はやりすぎたよ! 私が悪かった! このとーり!!」
「バカ! イッちゃんのどS! サディスト!! 変態!!!」
「そうだけどさー……」
直りそうにないナオコの機嫌をどうしたものかと、イチは首を捻る。
「どうしてあんなにするの!?」
「だってナオが可愛いから、つい……」
「もー! いっつもそればっかり! 私のこともちょっとは考えてよ!! こっちは抵抗も出来ないんだよ!?」
「うん、ごめん。本当に! お願いだからもう許して」
「う~」
三十分ほどひたすら謝り続けるイチに、ようやく溜飲が下がってきたのか、ナオコは呻くだけに留めた。それを好機と見てか、イチはすかさず言葉を紡ぐ。
「ごめん。もう絶対しないから。ね?」
「本当に?」
「うん」
「…………」
「ナオ、お願いだよ~」
平誤りし、狼狽するイチをみて、観念したように、ナオコはため息をついた。
「仕方ないな~。いっつもこのパターンで、私が弄ばれてる気がするんだけど」
「許してくれるの? やったぁ! さすがナオだよ」
「なにが、さすがなんだか。あーあ、ハーゲンダッツの一つくらいおごってね」
「ん。了解了解! 何が良い?」
「グリーンティー」
「はいよー」
途端に元気を取り戻すイチに「これからも振り回させるんだろうなぁ……」とナオコは小さく嘆息して、苦笑した。