「糞が! ふざけやがって!」
降りしきる雨の中、宇治原はふらふらと歩きながら雨宿りできる場所を探している。
薄暗い路地でなんとか雨をしのげる屋根を見つけたが、既に彼の来ているスーツはずぶぬれになっていた。
ついてない。まったく俺はついてない。
宇治原は近くにあるごみ箱を蹴り飛ばしてめちゃくちゃに叫ぶ。彼はさきほどとある会社の面接を受けて、面接官からボロクソに言われてヤケクソになっていた。
過去の経歴、空白の期間、とにかく穴を見つけては面接官は宇治原を責めるように問いただした。いわゆる圧迫面接だ。本来気が弱い宇治原はまともに言葉を返すことができないまま面接を終えていた。
間違いなくに落ちた。そう考えると宇治原は何もかもをめちゃくちゃにしてやりたくなった。これで落ちるのは何社目だろうか。意を決して働こうと思ったらこれだ。数年間の無職生活に嫌気がさし、就職活動を始めたものの、世間は彼に冷たかった。
「俺は昔からこうなんだ」
暴れて落ち着いたのか、ため息をつきながらその場にしゃがみこむ。
思えばこの街で生きてきていいことなど何もなかった。宇治原は自分の過去を思い出してさらに気を落とす。学生時代はいじめにあったし、高校、大学両方の受験で失敗した。浪人して受かった大学も周囲の人間にうとまれ友人が一人もできないまま中退した。親のすねをかじって家に引きこもったが、親が自分に一切期待していないことに気づいて家にいることすら耐えがたくなった。
「俺はどうすればいいんだ」
就職氷河期と言われ、働き口は少なく、一名の募集に有名大学の学生が何十人も集まるような時代だ。
仕事を選ばなければ厳しい条件だが働き口は見つかるはずだ。だが宇治原にはくだらないプライドがあった。本当の自分はそこらへんの人間よりも優秀なのだ、特に学生時代自分を貶めたような奴ら以上に。そんな、くだらないプライドが彼を縛り付けていた。
「風都なんて名前をしているくせに――――」
この街に住んでいても、俺にはまったくいい風が吹かない。何が風都だ。馬鹿馬鹿しい。八つ当たりに近いが、宇治原の怒りの感情はこの街に向けられつつあった。
落ち付いていた感情がまた高ぶっていく。宇治原は地団太を踏む。すると、自分の足元の少し横にアタッシュケースが置いてあることに気付いた。宇治原の興味はそれに移る。
何か金目の物でもないかな。そうよこしまな考えでケースを空ける。中には医療器具のような物が一つ、そしてUSBのような形をした禍々しい装飾の何か。
「これは……」
それはガイアメモリだった。人間を地球の記憶が宿った怪物へと変える魔の道具。
まさか、自分がこんなものを手にしてしまうとは……。宇治原は震えながらも吸い込まれるように数あるガイアメモリのなかの一つを手に取った。
カチリとスイッチを押す。禍々しい音声――ガイアウィスパー――が鳴るが雨音にかき消される。
「これで俺にも大きな力が」
汚い笑みを浮かべながら、宇治原はガイアメモリを自らの腕に挿入した。
身体が変質していく。地球の記憶を包容し、強力無比な力を持つ怪物――ドーパントへと。
「貴様、何をしている」
突如、宇治原に声がかかる。声の方へ振り向くと、黒いスーツを着た若い男性が。このアタッシュケースの持ち主、ミュージアムのセールスマンだ。
「数少ない貴重なメモリに手を出すんじゃない!」
セールスマンはメモリを取り出す。彼もドーパントに変身するつもりなのだ。しかし、の時すでに、宇治原はセールスマンを戦闘不能にすべく行動を開始していた。
水たまりの色が変わる。赤く滴る液体が、地面を赤く濁らせる。
雨と鮮血に濡れながら、宇治原は生身のセールスマンの首を掴んで宙に浮かせていた。血はもちろんセールスマンの身体から流れている。その真下には変身することなく落とされたガイアメモリが赤く濡れながら転がっていた。
「死にたくないだろ。ガイアメモリ、そしてこの器具。これらすべての正しい使い方を俺に教えるんだ」
セールスマンは言葉にならない声を上げながらもがく。だが、生身の状態ではドーパントを振りほどけない。
「教えるんだ」
宇治原は手の力を強める。
「は、はいぃ!」
喉から必死に絞り出した声で、セールスマンは宇治原の要求をのんだ。首から手を離し、セールスマンを解放する。
さて、これからどうしようか。宇治原は考える。この力があれば俺は好き放題できる。メモリはいくつもあるんだ。仲間を集めてこの街をめちゃくちゃにしてやろう。
宇治原の高笑いが薄暗い路地に響く。
俺に風が吹かない街なんていらない。この街を地獄に変えてやる。