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彼が望むP/あの日、託されたもの ⑤

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 切り札の記憶を包容した漆黒の戦士、仮面ライダージョーカーがパラレルドーパントの前に立ちはだかる。
「情けねえ……」
 翔太郎――仮面ライダージョーカーが呟く。
「俺は情けねえ野郎だ。いつまでもウジウジしていたせいで、また仲間が傷ついた」
 静かに照井の方を見やる。満身創痍で亜樹子に抱きとめられている照井は苦痛を耐えながらも希望に満ちた目でジョーカーを見ていた。
「だが、全部今日でお終いだ」
 左手の指先をパラレルドーパントに向ける。
「糞野郎が……」
 パラレルは憎々しげに言う。怒りのあまりか身体が震えている。
「どうやってこっちに戻ってきたのかどうかは知らない。だが、こうなってしまったのなら仕方が無い。お前はこの場で倒す」
「それはこっちの台詞だ」
 ジョーカーは拳を握りしめ戦闘隊形を取った。
「――行くぜ」
 そして決着をつけんとパラレルに向かって走り出す。


  
 
「俺は……俺はどうすればいいんだ……ッ」
 現実世界に戻るより少し前、翔太郎は事務所で仲間に囲まれながら叫んだ。
 自分の居場所はここではないと翔太郎は理解しているつもりだった。だが、この世界は彼が望む全てがある世界。彼が望んだパラレルワールド。
「なあ、フィリップ。俺はどうすればいい? 助けてくれ。もうどうしていいか分からねえんだ。なあ……」
 翔太郎はフィリップの両肩を掴み、すがるように喚き立てる。瞳には涙が浮かんでおり、そうとう精神面で追い詰められていることがうかがえた。
「翔太郎、僕に聞かれても答えられないよ」
 困ったようにフィリップは首を横に振る。
「なんでだよ……。そ、そうだ。星の本棚だ! さあ早く検索してくれ。俺がどうするべきか。さあ早く――」
「翔太郎!」
 フィリップは早口でまくしたてる翔太郎を一喝した。
「冷静になれ。取り乱しすぎだ、君らしくない」
「だってよ……」
 この世界には、お前がいるんだ。翔太郎はそう続けようとして止める。
 大きく声を荒げて言い合いをしたため、事務所の中にいる人間全員が翔太郎とフィリップに注目していた。
「左、いったいどうしたんだ」
「翔太郎君、さっきからおかしいよ」
 心配そうに二人は翔太郎の顔をのぞく。
 翔太郎は顔をそらし、少し俯く。しかし少し考えた後、顔を上げて立ち上がった。
「なあ、みんな。聞いてくれ」
 みんなの視線が翔太郎一人に集まる。
「さっき、ここが俺の居場所だと言ってくれたが、俺は……この世界の人間じゃない。何を言ってるのかよく分からねえと思うが本当だ。信じてくれ」
「こことは少し違う並行世界からこの世界に来た、と翔太郎自身は言っている」
 先に話を聞いていたフィリップはもっと話を分かりやすくするため、補足を入れる。
「すまない、左。まったく意味が分からん。お前が並行世界から来たというならどんな方法で、何のために来たんだ」
「理由も方法もよく分からない。そこらへんの記憶はぼやけていて曖昧なんだ。だが、望んでこの世界に来たわけじゃない。それだけは分かる」
 翔太郎は話しながら必死に思い出そうとする。ぼやけて形が定まらない記憶の海を、がむしゃらに掻き進んでいる。
「並行世界って、いわゆるパラレルワールドってやつでしょ? じゃあこっちとは何かがちょこっと違う世界ってこと?」
 亜樹子が問う。
「ああ。ちょこっとなんてもんじゃねえ。俺のいた世界では、おやっさんは既に死んでいる。ビギンズナイト……フィリップを助け出したあの夜に俺を銃弾から庇って……」
 その言葉で、鳴海壮吉の表情が少し変わった。亜樹子も思わず口をぽかんと開けたまま「そんな」と小さく漏らした。
「そして、照井。今いる妹さんも含めて、お前の家族もみんな死んでいる。ウェザーというメモリを持つ伊坂という男の手によって」
「馬鹿な……」
 照井の顔がこわばる。すぐに妹の肩に手をかけて自分の方に引き寄せた。
「少なくとも、俺がいた世界ではそうだった。初めて会ったときのお前は復讐に囚われた男だったよ。今ではもう振り切っているけどな」
 翔太郎は、少し間をおいて深呼吸する。
「そして、フィリップ。俺の世界ではフィリップも消えてしまった」
 場が静まる。
「だから、こっちの世界はすごい幸せな世界なんだ。俺が、みんなが望んだものが全てある。俺のいた世界と違って」
 翔太郎はフィリップを見やる。
「俺は、どうすればいいんだ」
 再びその場に座り込み、頭を抱える。
「俺はどっち世界を選べばいいんだ」
 誰も、答えない。
「こんなこと言うのは俺らしくねえが、今すごく不安なんだ。自分はこの世界の自分じゃないって分かっているのに、理解しているのに、だんだんこの世界の住人だったのではと思うようになってきている。気のせいかもしれないが、元の世界の記憶が少しずつ薄れているような感覚もある。俺は……」
「なぜ、俺たちに問う」
 低く重たい声が事務所の中に響き渡る。翔太郎はすぐに口を閉じた。
「翔太郎。なぜお前は自分がどうするべきかを俺たちに問う」
 今まで沈黙を突き通していた壮吉が静かに言葉を投げかける。
「そ、それは……」
「いいか翔太郎。これはお前の選択、お前の道だ。人に選んでもらおうと思うな。俺たちもお前の道を勝手に決めるつもりはない」
「そんなこと言ったってよ……」
「だから君はいつまでたってもハーフボイルドって言われるんだよ、翔太郎」
 いつまでもうじうじしている翔太郎の態度にしびれを切らし、フィリップも壮吉に続いて口を開く。
「自分自身の決断で、この迷いを断ち切るんだ」
 真っ直ぐな瞳で、フィリップは翔太郎を見つめた。
「自分の決断で全てを解決する。それが――」
 壮吉とフィリップは声をそろえて言う。
「ハードボイルド。そうだろう?」
 二人の言葉が翔太郎を強く揺さぶる。何かに打たれたように、翔太郎の表情がはっきりしていく。先ほどまでの陰気臭さはもうなくなっていた。
「ありがとうおやっさん、フィリップ」
 再度、翔太郎は立ち上がる。
「もう一度、一人にさせてくれ。色々騒がせてすまなかったな」
 地下室への扉に手をかける。
「決断したら、戻ってくるぜ」
 扉を開ける。翔太郎は静かに地下室へと消えていった。


 翔太郎は、ゆっくりとあの日のことを思い出す。
 ユートピアドーパントを撃破し、最後の変身を解除したあの瞬間を。
「――大丈夫」
 エクストリームメモリを閉じるとき、消える直前のフィリップの言葉が蘇る。
「これを閉じても僕たちは永遠に相棒だ。この地球がなくならない限り」
 翔太郎はまだ鮮明に覚えている。あのときのフィリップの声も、自分の感情も、何もかもを。
「そうだよ、俺たちは相棒なんだ」
 翔太郎は一人つぶやく。
「こっちの世界のフィリップじゃない。俺が元いた世界のフィリップ、今はもういないあいつが、俺の永遠の相棒なんだ」
 同じフィリップでも、それだけは絶対に違う。
「悩むまでもないことなのに。俺はどうしてこんなにウジウジしていたんだ」
 翔太郎は自分に問う。
「俺が弱かったからだ。自分の望むものが全てあるからって、そこが俺の求める世界ってわけじゃないんだ」
 翔太郎は晴れ晴れとした表情で意気揚々と地下室を後にする。
「翔太郎、早かったね」
 フィリップが笑顔で出迎える。
「決めたんだな」
 壮吉が翔太郎を見つめる。
「ああ。この世界は俺の居場所じゃない。俺は戻らなきゃいけねえ」
 翔太郎は壁にかけていた帽子を手に取ると、ふうっと中に息を吹きかける。そしてそれを頭に被ると、出入り口へと向かう。
「みんな、迷惑かけたな。短い間だったが楽しかったぜ。俺は元の世界に戻るけど、みんな元気でな」
 そう言って翔太郎は扉を開けて颯爽と外に出ていく。が、慌ててフィリップが追いかけて引きとめた。
「待つんだ翔太郎」
「おい、俺の決断だぜ? 止めるんじゃねえよ」
「そうじゃない、翔太郎。君、自分の世界への戻り方が分かっているのか?」
「…………あ」
 翔太郎は口をぽかんと開けて立ち止まる。彼はどうやってこの世界に来たのかすらはっきりと覚えていないのだ。
 つまり、翔太郎はどうやって元の世界に帰ればいいのかも分からない。
「やれやれ。こんなベタな茶番をすることになるとは思わなかったよ」
「すまねえな」
「しょうがないな君は」
 フィリップは翔太郎を連れて事務所の中に戻ると、地下室へとそのまま直行する。
「僕は君の本当の相棒ではないらしいけど、せめてこれくらいは手伝わせてくれ」
 フィリップは両手を広げる。そして自分の意識を星の本棚へと飛ばした。


「並行世界間の移動。こんな超常現象はガイアメモリが関わっているとしか考えられない。なんらかのメモリの力で翔太郎がこの世界にきたと考えるのが打倒だ」
 フィリップは最初の検索ワードに「並行世界」を選択する。意外なことに本の数が最初からかなりの少数に厳選された。
「意外と出だしは好調だ。キーワードはあと一つくらいで大丈夫そうだ」
 フィリップは翔太郎から聞いた話からさらなるキーワードになるものがないか考える。しかし、翔太郎の漠然とした記憶から話された話では、効果的なキーワードはあまり期待できそうになかった。
「翔太郎、他に何か思い出せることはないかい?」
 フィリップは本棚から翔太郎に問いかける。
「ちょっと待ってくれ。今必死に思い出してる……」
 しばらくの間フィリップは翔太郎を待つが、なかなか思い出さないようだった。
「これは僕の考えなんだが、君が並行世界に飛んだということはそういった能力を持つドーパントから攻撃を受けたからだと思う。この世界に来る前、どんなドーパントと戦ったか、そういうことを思い出せないか?」
「ドーパント……ちょっと待ってくれ」
 翔太郎はドーパントとの戦闘に記憶を絞り、思い出そうと再び記憶の海に飛びこむ。
 すると、一体のドーパントの姿が脳裏にちらついた。紫色の身体で胴体に銀色の半球があるドーパント。翔太郎はさらに深く思い出す。
 そのドーパントに精神干渉攻撃をされ、身体が沈んでいく自分を思い出す。
「そうだ、俺はあのドーパントと戦って……負けたんだ」
 翔太郎は完全に記憶を取り戻す。自分が並行世界に飛ばされるまでの記憶を。
「フィリップ! 精神干渉攻撃だ。オールドやテラーと同じあの攻撃だ!」
「OK翔太郎」
 フィリップは「精神干渉攻撃」を新たなキーワードに加える。そして本が二冊に絞られた。
「二冊……?」
 フィリップは両方の本を手に取る。片方にはパラレルドーパントと書かれた本。もう一つはタイトルがないものだった。フィリップはそれを試しにめくる。
「……なるほど。これはちょっと恥ずかしくなるな」
 フィリップは一人それを見てにやりとする。そして翔太郎に再び声をかけた。
「翔太郎。Wドライバーを装着してくれ。僕と意識を共有して本棚に来て欲しい」
「よく分からないが本は見つかったんだな。今行くぜ」
 その返事から数秒後、星の本棚に翔太郎が現れた。
「どうしたんだ、わざわざ本棚に読んで」
「安心してくれ。全て閲覧した。君が元の世界に変える方法が分かったよ」
「本当か!?」
「君はパラレルドーパントの能力によってこの世界に閉じ込められたんだ。対象の願望を具現化した作りものの並行世界に」
「作りもの……?」
「ああ、どうやらこの世界も、そこで生きている僕らも作りものらしい。まだ未完成のようだが」
「この世界まるごと、ドーパントの能力で作っちまったっていうのか」
「そういうことらしい。凄い能力だよ。だが所詮は作りものだよ。僕は意外とショックが小さい。その程度にしか作られていないようだ」
「そんなこと言うなよ」
 自分が作りものであることを平気で受け入れているフィリップを見て、翔太郎は少し悲しくなる。
「そんなことより、君がこの世界から抜け出す方法だ。これはとてもシンプルだが、それゆえ難しい」
「どうすればいいんだ?」
「強く願う。それだけさ」
「そんなもんでいいのか?」
「ああ。だが心の底からこの世界に具現化した願望、未練を全て捨て去って願わなければならない。ドーパントの能力で生まれたこの世界はもう完成寸前だ。中途半端な願いでは絶対抜け出せないし、完成したら完全に閉じ込められて脱出不可能。もしかしたら今の段階でもう抜け出せない可能性もある」
「でも、俺は戻らなきゃいけない」
 翔太郎は強い思いを込めて言う。その目に迷いは感じられない。
「君ならそう言うと思ったよ。作りものの僕でも分かる」
 フィリップは笑いながら手に持っていた本を翔太郎に差し出す。
「これを受け取ってくれ。きっと君の力になる」
「この本は……」
 翔太郎はそれを受け取ると、表紙をまじまじと見つめる。題名のない本。それは見覚えのあるものだった。
 すぐにページを開く。博士のページが続くが、構わずに翔太郎はめくり続ける。すると黒い文字でメッセージが書かれたページが現れる。
「フィリップ……」
 翔太郎の目に涙が浮かぶ。
『僕の好きだった街をよろしく。仮面ライダー左翔太郎! 君の相棒より』
 元の世界のフィリップからのメッセージが、そこには書かれていた。
 ユートピアドーパントとの決戦の前にフィリップから受け取ったプレゼント――中身を見たのはフィリップが消えてからだったが――の一つだった。
「そうだよ、俺は託されていたんだ……あいつの大好きな風都の平和を……」
 翔太郎は手に持った本を強く握りしめる。
「すまねえなフィリップ。お前から託された思い、度忘れしちまって」
 目の前にいるフィリップではなく、消えてしまった本当の相棒に向けて翔太郎は言う。
 静かに本を閉じると、翔太郎は強く願いを込めるべくそっと目蓋を閉じる。だが、それと同時に世界が大きく揺れた。一瞬ではあったが地震のような揺れだった。
「なんなんだ!?」
 再び目を開けて翔太郎は叫ぶ。
「きっと誰かがパラレルド―パントに干渉したんだろう。この世界はドーパントの体内で形成されているから」
「じゃあ、外からの影響を受けるってことは、この世界はまだ完成していないんだな?」
「そういうことになるね。翔太郎、君ならきっと戻れるさ」
 翔太郎は再び目蓋を閉じ、全ての雑念を頭から取りはらう。あるのは戻りたいという気持ちとフィリップから託された思い。
 だが、変化は現れない。数秒だったが、翔太郎はしびれを切らして目を開く。
「くそっ、全然変わらねえ」
 翔太郎がその場で音を立てて床を踏みつける。するとそれと同時に再び世界が揺れる。先ほどとは比べ物にならないほどの大きな揺れだった。衝撃で本棚は崩れ去り、真っ白な星の本棚にひび割れのようなものが入る。そしてそのひびの中から何かが覗いていた。
「あれは……」
 ひび割れの中に映っているのは何かから逃げるように後ずさる亜樹子と満身創痍の照井だった。
「きっとあれが君の世界だ」
「亜樹子! 照井!」
 翔太郎は叫ぶ。
 自分がいなくなったばかりに、二人は絶体絶命のピンチに追いやられているのだ。
「俺が……俺が行かなきゃ。仲間も風都も傷つけることになる」
 翔太郎は叫ぶ。ありったけの思いを込めて。
 すると腰に装着していたWドライバーが形を変え、ロストドライバーに変化した。
「さあ、行くんだ翔太郎」
 フィリップの言葉を背に、翔太郎は飛ぶ。
「待ってろよ……!」
 するとひび割れの中に吸い込まれるようにして、翔太郎は姿を消した。

 仮面ライダー左翔太郎は再び現実世界へと舞い戻った。
 
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山田一人 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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