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第三話

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○第三話「三科希の夢」
 すごい! アタシ、空を飛んでる! これでアタシはどこまでも行けるんだ! 見知らぬ街も国も、宇宙でさえも!
「まあ行こうと思えば宇宙にだって行けるやろうけど」
 まだちょっと上手く飛べなくて、電線やビルに引っかかったりするけど……でもそんなのは、もっと高く飛んでしまえばいいんだ。飛行機よりも高く飛んで、どんな所にもひとっ飛びだ~!
「よく感電せぇへんなぁ」
 時折、飛んでる途中で落ちたらどうなるんだろうって怖くなる事もあるけど……でもきっと、この能力はずっとアタシのもの! アタシは飛びたい時に自由に飛び立てるんだ!
「まぁ、仮に落ちたとしても大丈夫やろうけどな」
「……貴方さっきから何!? 誰なのよぅ!」
 折角気持ちよく大空を飛んでいるというのに、アタシの隣で一々合いの手を入れてくる変な人がいる。って言うか、アタシは空を飛んでいるわけだから、この人も空を飛んでいるんだけど……
「ウチか? ウチ魔法少女やでぇ」
「魔法少女? 何それ、いい歳してアニメオタク?」
「いい歳て、何歳に見えとるん?」
「25くらい」
「ウチまだ17なんやけどなぁ……」
 一緒に飛んでる人は、魔法少女とか言う割には真っ黒でボロボロの服を着ていた。そもそも空を飛んでいるって言うのに、まるで腕枕で寝転んでる人みたいな姿勢だ。
「で、そういうアンタはいくつなん?」
「アタシは12歳。魔法少女なんて、アタシの歳でも言わないよ」
「そう言われてもやなぁ、ほんまやしな。第一ほれ、空飛んでるやないの」
「だったらアタシだって飛んでるじゃない」
「まあそうやね。つまり、魔法少女が本当にいてもおかしくないって事やろ?」
「……ま、まあそうだね。あ、って事はアタシも魔法少女かも!?」
「なんやねん、魔法少女なんて子供っぽいみたいに言ってたくせに」
「それとこれとは話が別だよ。実際になれるんだったらなってみたいもん」
 空を飛べるなら、他に魔法が使えてもおかしくない。うん、そうだそうだ。空を飛べる事で満足してたけど、他にも素敵な事がいっぱいできるかもしれないんだ。
「ねえねえ、魔法少女って空飛ぶ以外に何ができるの?」
「あん? やろうと思えばなんだってできるけど……」
「あ、じゃあじゃあ、悪者をやっつける時に使う魔法見せてよ」
「悪者ねぇ……ウチの場合は基本的に、これ使うからなぁ」
 そう言って魔法少女は、枕にしていた手を片方ほどいて、上に向かって伸ばす。するとその瞬間、その手にでっかい斧が現れた。
「うわ! な、なにそれ。もしかしてそれで殴るの?」
「そやで。これが一番効くからな」
「う~ん、確かに痛そうだけどさ……なんかもっとこう、魔法少女っぽい魔法ないの?」
「そうやなぁ、ほなら、折角空飛んでることやし……」
 そこで突然、魔法少女は空中で止まった。一方アタシはと言うと急には止まれずに、少し飛びすぎてしまう。そして何とか魔法少女のもとへ戻ろうとするのだけど、上手く飛べずに上下左右にふらふらしながら、不恰好に空を泳いでしまう。
「ちょ、ちょ、ちょっとぉ、急に止まらないでよぉ」
「ああ、堪忍な。ほれ、空見とき」
 そう言って魔法少女は、手をパンっと叩いて併せる。すると、さっきまで昼間だった空は一瞬にして夜に変わった。
「わ!」
 魔法少女の魔法はそれだけではなかった。先程併せた両手をゆっくりと開いていくと、その手と手の間には光り輝く小さな星が踊っていた。それだけでも十分凄いと思ったのだけど、魔法少女はその星々を空に向かって放った。
 星達が夜空に弾け、広がっていく。その光景は見た事もないくらい幻想的で、アタシの心を幸せな気持ちで満たして行った。
「す、すごい! 凄い凄い! 本当に魔法少女なんだ!」
「そうやで。尊敬したやろ」
「した! アタシにも教えてよ、魔法!」
「あ~ん、それは難しいなぁ。やろう思てやれるとは限らんからな」
「え~! やだ! 絶対やるもん!」
「ん~……ほならまあ、やってみぃ。こう、頭の中で綺麗な景色を思い浮かべてやな……」
 アタシはさっき魔法少女がやったように手を併せて、一生懸命綺麗な景色を思い出そうとした。
「で、その景色の塊が手の中にある~って思ってやな……」
 綺麗な景色、綺麗な景色……綺麗な景色?
「で、ゆ~っくり手を開いていくと、その塊が現れて……ん、どうしたん?」
 綺麗な景色……さっき魔法少女が見せてくれた魔法の光景以外に、美しい景色なんて思い浮かばない。どんなのがあったっけ?
「……どないしてん。思い浮かばんのか?」
「……うん」
「ま、そやろな……せやから、やろうと思てやれるとは限らんのよ」
「う~……」
「ほいで……アンタは空なんか飛んで、どこ行こうとしてたん?」
「今更それ!? 遅くない!?」
「まあええやないの」
「……どこだっけ。忘れた。なんかいつの間にか飛んでたから」
「まあそんなもんやろな。でももう随分飛んでたで。家に帰らんでええんか?」
「家? 家……」
 家って……なんだっけ。いえ……イエ……

 あ……あい、つ……がいるの、が、イエ……
「!? わああああ~~~~!!」
 突然、アタシの体が落下を始める。なぜ!? 空を飛んでたはずなのに! アタシは一生懸命もう一度飛ぼうとするのだけど、そもそもどうやって飛んでいたのかが分からない。そして……アタシはそのまま落ち続けて……真っ暗になった。

「ちっ……だめか……どないしよ……」

 …………

 あ~今日も空を飛んでるな~。
「まあ、一応飛んでるな」
 このままどこまでも行きたいな~。
「さすがにどこまでもってのは無理そうやけどな」
 気持ちいいな~。
「まあアンタがそれでええんやったら、別に何も言わんけど」
「もう! 人が折角自分を慰めているんだから、温かい目で見守ってやろうって気にならないわけ!?」
「アンタ12歳って割には、言う事がこまっしゃくれてるなぁ」
 魔法少女がまた隣にいる。だけど今回は、一緒に飛んでいるわけではない。魔法少女はアタシの隣を歩いている。というのも……
「それ、飛ぶより歩いた方が楽なんとちゃう?」
「う~る~さ~い~」
 そう……飛んではいるんだけど、やたらと低空飛行なのだ。おっかしいな~、なんで今日は空高く飛べないんだろうか。全然上に上がらないし、速度も歩くのと大差ない。
「そんであんた、今日はどこ行くん? そんな低空飛行で」
「一々皮肉言わないでよぅ! 今日は、遠足に行くの!」
「遠足ぅ? 学校の行事か?」
「そうだよ。遠足行くの。今日こそは!」
「今日こそ? 前は行かへんかったん?」
「行けなかった。5年生の時も、4年生の時も」
「なんでや?」
「なんで? なんでだっけなぁ……」
 思い出せない。何でだっけ。
「……っ……まあええわ、せやけどそんなゆっくりしててええのん? 空飛ぶの拘らんと、歩くか走るかして行った方がいいんとちゃうか?」
「そ、そうかな、そうかも。遅れておいてけぼりにされたら困るしね」
 アタシは魔法少女の言うとおり、飛ぶのを諦めて歩く事にした。あ~なんだろ、無駄に疲れたなぁ。
「バス停で集合なんだ。どこに行くのかなぁ……貴方は子供の頃、どこに遠足行った?」
「ん? ウチが小学生の頃は……遠足言うたら近くの山とか海とかかな。子供の足やと結構遠くに感じるんよねぇ」
「そっか、海かぁ……海に行って泳いだの?」
「それができひんかったのよね。ウチ体弱かったから」
「え、そうなの? 今凄く元気そうじゃない」
「……まあそうやね。でもその頃のウチは体弱くて、あまり外で遊ぶのとかも得意じゃなかったんよ。だから、遠足も毎回参加できたわけやないんよね、アンタと同じで」
「へ~……」
 魔法少女は、アタシが見る限りは健康そうに見えた。だから凄く意外に思えた。この人が弱っているところを全然想像できない。まあ、体が弱いままじゃ魔法少女は務まらないだろうけどね。



 しばらくそうして魔法少女と話しながら歩いていると、バス停が見えてきた。ああ、今日は遠足だ。やっとみんなと一緒に遠足に行けるんだ。
「…………」
「それじゃ、行ってくるね」
「ん、ああ……ほなら、な」
 魔法少女に手を振る。魔法少女はそれに応えて、何か妙に寂しそうな顔をして、ふっと姿を消した。さすがは魔法少女か……でもあの顔はどういう意味だろう。
 まあいいか。今日は楽しい遠足。友達と一緒に楽しくお弁当食べたり……

 ――ガタン、プシュー…………ブロロロロロ~

 …………え、なんで? なんでバス行っちゃうの?
「ま、待って! アタシまだ乗ってない! 先生! アタシまだ!!」
 バスの中では、先生らしき人影が笑顔で生徒達に何か話しかけている。アタシの叫び声には全然気付いてくれない。アタシは必死でバスを追うけど、当然追いつけやしない。結局バスはアタシを置いて、遠くへ行ってしまった。
「な、なんで……なんでまたアタシ、遠足行けないの? なんで置いてくの?」
 アタシはその場で座り込んで、泣き始めてしまった。魔法少女もどこか行っちゃったし、アタシは一人ぼっちになってしまった。どうして……今日は遠足で、楽しい一日になるはずだったのに……
 
 家に……帰る? 家は……やだなぁ。家はやだ。

 空が飛びたい。遠くへ行きたい。バスを追いかけて、アタシも居るって言いたい。だけど、飛び方が分からない。もう、ほんの少しも浮き上がる事ができない。どうしたらいいんだろう……

 ――プァ~ン! ブロロロロ……

 あ……次のバスが来た。そうだ、これに乗っちゃおう。お金ないけど……ううん、とにかく乗っちゃえ。そうすれば……きっとどこかには行ける。ここじゃないどこかに。
 アタシは行き先も分からないバスに乗り込む。バスの中にはアタシ以外にお客さんはいないみたいだ。席も空いてるし、座る事にした。
 おや? 生暖かい。前に誰か座っていたのかな。まあいいか。
 おや? いつの間にかベルトが締まってる。自分で締めたのかな? 覚えが無いけど……まあいいか。
 おや? バスの振動のせいか分からないけど、服がベルトに絡まって、捲れて来ちゃった。まあいい……か。

 おや?

 おや?

 ……おや? とん、でる……きもち、い

 …………

「どないせえ言うねん。ウチに現実は変えられへんのに……」

 …………

 飛んでる~~~! ひゃっほ~~~い!
「…………」
 すごい! 今日は凄く高く飛んでる! 地球を飛び出しそうなほど!!
「…………」
 あ、ロケット! ロケットだ! アタシのすぐ傍をロケットが飛んでる! おっきいなぁ~、こんなのがアタシの……
「…………」
「……どしたの? 何で今日は黙ってるの?」
「魔法、見たいか?」
「魔法? ううん、今はいいよ。もっともっと高く飛びたいから!」
「さよか……」
「どうしたの? さっきから……なんでそんな、辛そうな顔してるの?」
「……空気が薄いんかなぁ」
「あ~そうかも! 宇宙って空気ないんだよね? あ、ねえねえほら、ロケットだよ! これに捕まってれば一気に宇宙まで飛んで行けるんだ!」
「そうか……でも、そんなにスピード出すと目が乾いてまうで」
「う~んそうかも。涙が出てきちゃった」
「そうやろ。宇宙まで行けたら教えたるから……ちょっと目を閉じとき」
「うん、お願いね!」
 魔法少女の言うとおり、アタシは目を閉じる。目を閉じていても分かる、このスピード! すごい……すごい! スゴイ!! きもちいいよぉ!!

「頼むで……何があっても、目を開けないで……もう少しやから」

 遠くで、魔法少女の声が聞こえた気がする。そして……何か頭の奥で白い光がチカチカと弾け始める。それと同時に物凄い振動がアタシを揺らして、お腹の下の方から何とも言えない快感が突き抜けて……これが、う、ちゅう?
「あかん! 目を開けるな!」
「!?」

 赤……黒……赤、黒、赤黒赤黒赤黒赤黒白白赤黒白白白白赤黒あかくろあかくろしろしろシロシロシロシロシロアカアカ、ば、ば、ばばばばば、ばけ、もの、ばけものが!

「あ、は、はははははははは! あははははははははは!! あははははははは!!」

 ………………

「あかんかった……アイツには届いたけど、代わりにアイツの意識がこの子にも流れてしもうた……」
 ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ…………
「……どうすれば……」
 ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ…………
「……そう……やな。遅かれ早かれ壊れるなら、いっそ幸せな夢の中で……」
 ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ…………お、と…………う、さ…………

 …………

「あれ?」
「なんや」
「……なんだっけ?」
「修学旅行やろ?」
「しゅうがくりょこうって?」
「小六の子供が行く、小学校最後の遠足の事や。ちょっと遠出するんよ」
「へ~そうなんだ!」
「こっちの子の修学旅行はやっぱ京都かな? 京都はええで~、情緒たっぷりやし。今の季節やと、もみじとか最高やね」
「金色のお寺とかあるんでしょ? 見たい見たい!」
「ほな行こうか?」
「うん!」

7, 6

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