本来なら満腹感と充実感を伴うはずであった帰り道、ホライズン社長はイライラと不満を募らせながら夜の繁華街を歩いていた。
隣町にある、国内最大の規模を誇る貿易会社「ナイート」。その代表取締役であるホライズン社長の毎週の楽しみは、週末にレストランで食事をすることであった。この繁華街を北に位置する高級レストラン「トニー・シャイン」のVIPルームで素晴らしい料理に舌鼓を打ちつつ、のんびりと一週間の疲れを癒す。これこそが生き甲斐であり、また翌日から始まる仕事の意欲を高める、いわば社長の「活力剤」とも言える重要なイベントでもあった。
しかし、今週は珍しくVIPルームが予約で埋まっていたため、止むを得ずホライズン社長は一般客と同じオープンフロアで食事を取ることにした。この判断がいけなかった。
思い出した途端怒りが込み上げ、社長は足元に転がっていた空き缶を踏み潰した。…それでも少しも気分が良くならない。
「…くそ、腐れギャングが!公衆の場へ足を踏み入れるんじゃない!!」
オープンフロアの真ん中のテーブルに居た二人組、黒髪で頭の悪そうなガキとその保護者らしい金髪の女性。このテーブルがフロア中に聞こえる大声で騒ぎ合っていたのだ。ホライズン社長がテーブルについたときに、その二人のあまりの騒がしさに注意しに行った店員が殴られ、その時飛んできたワイングラスが社長のズボンに着弾してしまった。しかも、あろうことかその二人組は周りの客を蹴散らして逃走、無銭飲食を果たしてしまった。
もちろん店は即閉店。何人かの客と店員は病院へ搬送され、100人程の客のディナーが台無しになってしまった。
ここまでの憤りを感じたのは何年振りだろうか、と社長は考えた。歩いているうちに少しずつ落ち着きを取り戻してきたようだ。そういえばディナーが無しになったので、食後に薬を飲むのを忘れていた。ホライズン社長の心臓は、一日3回の規則正しい薬の服用によって支えられている。店を出る時に店長からもらった少し多めのクリーニング代で、早めにどこかの店に腰を落ち着けたいところだ。
ふと来た道を戻ろうと踵を返した瞬間、社長の視界を強い光が覆った。同時に、パシャリとシャッターを切る音。
「うわっ」
思わず腕で顔を覆い、光を遮る。誰かが小走りで走り去っていく音が聞こえた。
それが社長が最期に耳にした音。社長の人生は突然の災厄に見舞われ、唐突に終わりを迎えてしまった。