~前回までのあらすじ~
「ええ、もう本当に、ただゲームをやっただけなんです」
「それだけで筋肉ムキムキ、女の子にもモテモテ、人生薔薇色ですよハッハッハ」
「体力測定でちょっと本気出したらそれだけで学校中大騒ぎですわ」
「二階の窓から飛び降りるくらいホント何でもないんですよ。
今の俺にとってはね。
ただそれをクラスで唯一仲のよかった女の子に見られちゃって、
ちょっと問い詰められそうな気配ではあるんですけどね」
「後前回の話で『東大寺さんが加藤の腕をもみもみして嬉し恥ずかしい』っていうのを、何気なく書いたんですけど、その前にもほぼ同じようなシーン入れてましたね。ええ。5話と6話書く間に一年近く間が空いちゃったから、すっかり忘れてたんだけど、見事に『うれしはずかしい』って同じこと書いてますね。びっくりです」
☆
東大寺さんは怒っているような雰囲気だった。
「やっぱり家で筋トレしてるって嘘だったんだね」
「うん・・・」
流石にこれ以上は隠せそうもないから、本当のことを言おう。でも信じてくれるかな
「実はさ・・・ちょっと信じてもらえないような話だから、秘密にしてたんだけど」
「何?」
「今俺、『コンピューターシティ』っていうゲームをやってるんだけどさ。そのゲームがちょっと特殊で・・・」
東大寺さんは真面目な顔をしてきいている。
「どう特殊なの?」
「うん。意識を転送するゲームなんだ。意識を転送して、仮想空間で、野球やったり、バトルしたりするゲーム。そこで体鍛えてたんだけど、そしたら現実にも影響が出てきて・・・」
「ふうん・・・」
東大寺さんはなんとも言えない渋い表情をしていた。その後、いくつか細かい質問をした。
「それってPS3とかWiiとか、どれ?」
「パソコンを使う」
「どういう仕組みなの?」
「俺もよくわかんないんだ。けど、注射でナノマシンみたいなものを俺の体の中に入れてあって、それで意識を飛ばしてるらしい」
「ふうん・・・ま、信じるよ」
と言った。
「ホントに?」
「うん。どう見ても加藤くんの体の成長っぷりは異常だもんね。そのくらいの裏事情があってもおかしくない。それに、その話が嘘だったとすると、あまりに信憑性がなさすぎて、そもそも嘘をつく意味がないもん」
「なるほど。東大寺さん頭いいんだな」
「私もね、隠してたことあるんだ」
「えっ? 何?」
「加藤君が、ずっと『筋トレだ』って嘘ついてたの、ホントは最初から気づいてたんだ」
「えっ」
まあでも、そりゃそうか。わかってて騙されたふりをしてたのか。意外と人が悪い。
「私のお父さんね、人の体を研究する仕事をしてるんだけどね」
「人の体? 医者ってこと?」
「まあ、それに近いかな。本人は『国を守る仕事』ってずっと言ってて、詳しくは知らないけど」
「なんだそれ」
「自衛隊関係の人なの。詳しくは話してくれないから、多分、だけど。人間の筋肉がどうしたら効率良く鍛えられるかとか、そういうのを研究して、戦争に役立てようっていう仕事」
「へえ・・・」
変わった仕事だ。
「よく父さんの書斎には忍びこんで、色々盗み見るから、人の筋肉の成長の仕方とかには割と詳しいの」
「そういえば東大寺さん生物得意だったね」
「まあね。それで、加藤君の筋肉の成長っていうのは、明らかに不自然だってわかったの。仮に毎日腕立て・腹筋を一万回やっても、あのスピードで筋肉が成長していくことはありえなかった。元々の加藤君って、言っちゃ悪いけど、今までの人生で運動経験ほとんどなくて、筋肉なんてほとんどなかったでしょ。筋肉の成長は、他の器官と違って、重いダンベル持ったりして、負荷をかけることで、筋肉を壊して、再生させて強くさせていくプロセスなの。だから、加藤君の初期状態から、今の筋肉量に持っていこうとしたら、どんなに効率のいいトレーニングを積み重ねても、最低三年はかかると思うよ」
「三年かかっても無理だったと思うな。『コンピューターシティ』なしでは」
「そんなことはないよ。三島由紀夫っていう作家知ってる?」
「誰それ」
「小説家。最終的に市ヶ谷の自衛隊駐屯地でクーデター起こそうとして失敗して、切腹して自殺した人。その人ね、若い頃は色白で病弱な、いかにも文学青年って感じの弱々しい人だったんだけど、ある時一念発起して、ボディビルを始めたんだ。何歳だったかなあ。三十歳とか四十歳とか、そんくらいだったと思うけど。その結果、若い頃はあんなに虚弱体質だったのに、すっかりムキムキになって、ゲイ雑誌の表紙にヌードになったりしたんだよ」
「ふーん。つまり理論上はどんなにヒョロヒョロのやつでも鍛えればムキムキになれるって訳か」
「そう。ま、物理的問題というよりは、精神的問題だよね」
「しかし、東大寺さんはよくそんな人知ってるね」
「お父さん、三島も好きで、いっぱい本があるんだよ。・・・あんまり言いたくないけど、右翼なんだよね。私のお父さん」
「右翼?」
「うん。日の丸とか日本刀とか大好きで・・・子供の頃から本当に恥ずかしかった」
しかし話題が逸れまくるな。
「ま、それはいいといて、とにかく加藤君の身体能力向上は、普通の筋トレじゃ無理なの。だから何かあるんだろうな、とはずっと思ってたの」
「プロテイン使うとこのくらいになるんじゃ?」
「うん・・・最初の方はプロテインの可能性を考えてたんだけど、でも、加藤君がプロテイン飲むかなあと思って」
「確かに」
ラグビー部じゃあるまいしな。
「ただ筋肉の増え具合からして、やっぱプロテイン飲んでんのかなと思ってたんだ。最初の方はね。ただそれにしても筋肉の成長具合が異常だった。それで、プロテインでも説明できないなと思い始めてたら、今日、身体測定で何? 高校生記録連発したんだって? それきいて、ああやっぱり何かやってるんだ、と確信して、昼休みにきこうと思いながら血の池に行ったら、加藤くんが二階から飛び降りてたのを目の当たりにした訳です」
「なるほど。アレを見る前からもう東大寺さんは怪しいなと思ってたんだ」
東大寺さんがそんな筋肉に詳しいとは・・・
「それにしてもよくこんな非現実な話を一発で信じたよね」
「うん・・・」
「? どうしたの?」
「ねえ、私も一つ信じられないような話してもいい?」
「えっ。うん」
「私、転校繰り返してるって前言ったの、覚えてる?」
「うん」
「私と友達になった子はね、・・・みんな不幸になるの」
恐ろしいくらい暗い瞳で、東大寺さんはそう言った。今まで見たこともないような顔。
「最初の友達は、福岡の小学校だった。明るい子でね、いつもクラスの中心にいて、小2でもう彼氏がいてね・・・私もその頃は今と違って、もっと明るい性格だったんだよ。でもね、小3の時、その子が交通事故で死んじゃったの。それが最初だった。ショックだったけど、自分のせいだとは思わなかったから、素直に泣けた。次は神戸。新しく友達になった子が、今度は川で溺れて死んじゃった。ここでもう私は、何となく、自分のせいだって気づいてたんだけど、まだ確信はしてなかった。その後、香川行って、ああもうそこからはよく覚えてないな。香川ではね、誰も死ななかったの。住んでた期間が短くて、一人も友達作らなかったから。千葉だったっけな。三人の女子と友達になったんだよね。小5の時。そしたら、三人一緒の家族旅行で、全員飛行機事故で死んじゃった」
「・・・・」
「こういうのって何て言うのかな。疫病神? 死神? よくわかんないけど。とにかく私は、そういう星のもとに生まれてきた人間なの。それで、もう友達つくるのはやめようと思ってたんだけど、やっぱり寂しくって。加藤君だったら、こう言っちゃ何だけど、すごく平穏に生きてる人でしょ。この人なら多分大丈夫じゃないか・・・と思って」
「ふーん」
「迷惑だった?」
「いや、理由は知らなかったけど、素直に嬉しかったよ。それと、その、友達の死は、東大寺さんとは関係ないよ」
「原因は私にもわからないけど、確実に私と友達になったからなんだよ」
「それはないって」
「私が今まで友達になったのはね、今話した以外にも五人いるの。ちょうど十人ね。十人の中で今生きてる人、何人だと思う?」
「・・・」
「ゼロ。ふふ。自分でもびっくりしちゃうよ。中学2年生の時にね、唯一、私と友達になってね、中3まで大丈夫だった子もね、急に心臓病を発症してね。年賀状で『今まで娘をありがとう』って。ふふ。変だよね。私が、私がちゃんと我慢してれば、友達つくるの我慢してれば、死なずにすんだかもしれないのに・・・」
東大寺さんは少し涙声になっていた。
「そんなの、偶然だってば」
「偶然! 私もそう思いたかったよ。でも偶然で10人が10人死んじゃったりする?」
「・・・・」
俺は何も言い返せなかった。
「加藤君は、大丈夫だと、思ったんだよ。でもやっぱり、最近の様子見てたら、なんだか不安になってきた」
「俺は・・・平気だよ」
「そうは思えないよ。『コンピューターシティ』の話も、そうだよ。危ないよ、それ」
「大丈夫だよ。俺は。さっきは説明しなかったけど、ゲーム内での死は、現実とリンクしてないんだ。ゲーム内で死んでも、復活できるんだ」
「そう、言い切れるの?」
「え?」
「西川さんっていう人の説明だと、ゲームの中のトレーニングも、現実の体には効果を与えなかったんでしょ。それなのに、加藤くんはものすごい影響を受けてる。っていうことは、ゲーム内の死だって・・・」
「・・・!」
よく考えたらその通りだ。
「・・・その、西川さんって人、ホントに信頼できるの?」
「・・・」
俺は答えられなかった。その間にチャイムが鳴って、俺達は無言で教室に帰った。
☆
俺は『コンピューターシティ』をやめようと思って、西川さんにそれを言いにいった。
「よう!」
「西川さん・・・俺、もうこのゲームやめようかと思うんです」
「え? ホントに? なんで?」
「いや・・・あの・・・話すと長くなるんですけど」
「いいよ。話せよ。どうせ1時間話しても実際は12分しか経ってねーから」
「俺、昼休みに一緒に弁当を食べてる女の子がいるんですけど」
「お前、彼女いたんだ」
「いや、彼女じゃないんです。彼女じゃないんです」
「前、学校に友達一人もいないとか愚痴ってなかったっけ」
「いや確かに、友達一人もいないんですけど、その子とはなんか昼ごはん一緒に食べてるんです。で、今日身体測定で、なんかものすごい記録が出ちゃって。ちょっとした騒ぎになったんです。それで、部活の勧誘がしつこくって、二階のトイレから飛び降りたりしたんですけど、そこを見られて」
「そんなこと出来るのかお前」
「はい。やってみたら出来ました。いい加減言い訳できなくなったんで、その子に、『コンピューターシティ』やってることを話しました」
俺はそう言いながら、西川さんの顔色を伺った。もし『コンピューターシティ』がやばいものなら、そんな風に他言されると少しまずいはずだ。しかし、西川さんの表情には少しも焦りの色はなかった。
「そしたら、意外とすんなり信じてくれたんですけど、相手も自分の秘密を話してくれたんですよ」
「ほう。実は私も『コンピューターシティ』やってて、横浜ベイスターズでエースやってて、ゲーム内では西川って名乗ってますだと! それはやめたくなるな」
「違います。その子、子供の頃から、友達になった子が皆死んじゃってるんですよ」
「その子が殺してるんじゃねーの」
「いや、違うと思います。死因はそれぞれ違うらしいし、病気で死んだ子、事故で死んだ子、色々いるらしいんですけど、とにかく十人友達になって、十人とも死んじゃったみたいなんですよ。それで、俺も死ぬんじゃないかって」
「だから、やめるって? 『コンピューターシティ』と関係あるか? あれか? 身体能力が高くなりすぎて、嫉妬したリア充に暗殺でもされんの?」
「そうじゃなくて、『コンピューターシティ』内で体を鍛えると、現実の体も鍛えられるってことは、『コンピューターシティ』内での死も、現実の体の死になるんじゃないかって・・・」
「いやそれはない。絶対にない」
西川さんは即座に断言した。
「それは厳重にテストしてある。ちゃんと被験者も使った。さすがにゲーム内でのトレーニングによる長期的な影響を調べる程には、研究費がなかったから、それは出来なかったんだけど、生死に関わる部分は厳密にやってある。死ぬことは絶対にない。百人の被験者にゲーム内で死んでもらったけど、死んだ奴はゼロ。まあ当たり前だな。百人の中で一人、死ぬときの痛みと恐怖で発狂した奴がいたぐらい。そいつも六ヶ月ぐらい精神科に通院して、無事日常生活に復帰した」
「・・・・」
その説明には、確かに穴がない。しかし俺は、西川さんという人間が、そもそも疑わしく見えてきた。いつの間にか俺は最初持っていた警戒心を忘れて、西川さんが自分の味方のように錯覚して、現実のことまで相談していたが、よく考えたら西川さんが俺を騙していないなんていう保障はどこにもない。
「大体、死ぬのが怖いなら、バトルシティ以外でやればいいじゃん。ゲーム内で死ぬのはバトルシティだけだよ」
「・・・・とにかく、俺はもう、『コンピューターシティ』はやめようと思います」
そう言うと、西川さんは突然笑い出した。
「何がおかしいんですか」
「いやいや、お前、女で身を滅ぼすタイプなのかーと思って」
「はあ?」
「その昼飯一緒に食ってる子、かわいいんだろ」
東大寺さんは、黒髪で地味だけど、美人ではある。
「お前は今、すごい状況にいるんだぞ。いいか。『コンピューターシティ』を使えば、お前の身体能力は飛躍的にアップすることが判明したんだぞ? これは俺も想定してなかった」
その話をききながら、俺の中で芽生えていた西川さんへの不信が、更に大きくなっていった。
「そもそも、それが疑わしいんですよ。『想定してなかった』なんてことがありえるんですか? これだって、ホントは計画通りなんでしょ?」
「おいおい」
「西川さんみたいな、頭のいい人が、そんな大切なことを間違えるとは思えないんですよ」
「確かに俺は二十一世紀最大の天才だけど、全知全能の神ではないからな。間違えることだってあるさ。そもそも、お前、科学ってものを何か勘違いしてないか? 科学っていうのはな、わかることとわからないことをまず区別して、わかることを更に細かく正確にわかるように研究していく営みの蓄積なんだぞ。科学がどんなに進歩しても、『わからないこと』は残るんだよ。ゲーデルの不完全性定理って言ってだな、『科学で全てを明らかにすることはできない』という事実が証明されてるんだ。説明してやろうか?」
「やめてください」
また煙に巻かれそうになって、俺は慌てて軌道修正する。口ではこの人には勝てない。
「とにかく俺は、彼女の、友達十一人目の死者になるのはごめんなんです。できるだけその確率を小さくしたい」
「確率ねえ。よし。お前にちょっと統計学の講義をしてやろう。友達が十人連続で死ぬ確率はいくつだ」
「えっ」
わかる訳ないだろそんなの。
「うん。わからないな。じゃあ、コインを投げて、裏が十回連続で出る確率はわかるか?」
「それは・・・えっと、2分の1を10回掛ければいいんですか」
数学は苦手だ。
「そうだ2の10乗分の1。1024分の1。パーセントにして、約0.1%」
「それがどうしたんですか」
「すごい小さい確率ではあるな。けどな、たとえば、一億人がコインを十回投げたとして、その中で0.1%の事象が起こるのは、何人くらいだと思う?」
「それは・・・1000人に1人なんだから・・・・えっと・・・」
「10万人だ。ははは。これが『奇跡』の正体なんだ。宝くじと一緒だな。自分が当てようとすると、滅多に当たらない。ある個人が当てようとすると、当然当たらない。けど、宝くじを買った集団全体を見回してみれば、当たる奴は必ず存在するんだ。どんなに低い確率であってもな」
「・・・・」
「友達が十人連続で死ぬ確率は、確かにコインが十回連続裏よりもずっと低いだろうな。けど、日本には1億人くらい人間がいる。そしたら、一人くらいそういう人間があらわれても、何ら不思議ではないのさ。その女にこの話してやれ。そのついでに告白しろ。そして『加藤くんにはわからないよ』とか言われてフラれて、それからは残りの高校生活ずっと一人で弁当食え」
「嫌ですよ」
一瞬納得しかけたが、それでもやはり十人連続というのはおかしい。確率の話はよくわからないが、現代の日本で、人間が死ぬというのは、そうそうない。平均寿命が七十を超えるような国だ。普通に生きてればうっかり七十まで平気で生きてる国で、友達が死ぬことなんて、一人いたら相当な奇跡だ。
「なんだ。まだ納得できてない顔だな」
「・・・」
「まあ、なんだ。別にいいんじゃないか。やめても」
「えっ」
驚いた。さっきまで何がなんでも引き止める流れだったのに、こんなにあっさり諦めるとは。
「正直に言います。西川さんが信用出来ないんです」
「うん。信用する方が間違ってると思うぞ。お前は正しい」
「・・・とにかく、俺、『コンピューターシティ』をやめようと思います」
「やめてどうする?」
「なんか、なんか、部活に入ろうと思います。野球部がいいかな」
「野球部? ・・・くっくっくっ。はっははははははは」
「何がおかしいんです」
「野球部ってお前・・・はははは。は~あ。お前が坊主頭にして、『ナイバッチィ!!!!!!!』とか言ってんの想像しちまったよ。まあ、お前の今の身体能力なら、問題はないだろうけど。問題はメンタルだな」
「メンタル?」
「野球っていうのは、九人でやるスポーツなんだよ」
「知ってますよ」
「そして野球部っていうのは、九人どころか、補欠、後輩、応援、保護者、顧問含めて何十人という人間が関わってるんだ。結果残せば誉められるプロとは違う。自分の好きなようにやればいいゲームとはもっと違う。なんていうかな。人間関係っていう土台の上に、野球が乗っかってるんだよ」
「・・・・」
「もちろん最初は歓迎されるだろうよ。その身体能力ならな。真面目に練習するんだったら、キャプテンにでもなれるかもな。多分、四番エースで使われるだろう。監督の評価はうなぎのぼり、OBの期待もどんどん高まる。けど試合を一つやるたび、明らかになっていく。お前が来る前まであった序列が、お前という超人が入ったことで崩れる。お前が来る前までエースで投げてた奴は中学レベルのカスピッチャー、四番打ってた奴は所詮井の中の蛙でいきがってたただの力持ち。お前が活躍すればするほど、周りの人間は惨めになってくんだよ。そういう嫉妬の中で、お前は上手くチームをまとめていかなければいけない。そんなこと、できんのか?」
「・・・・」
「今まで友達の一人もいなかったお前が? まあもちろん、天才スポーツ選手っていうのは、コミュニケーション能力は劣ってても、結果で黙らせてきた奴らは大勢いるよ。松井とか、イチローとか、別に友達多そうには見えないだろ? けどお前の場合はチートすぎるんだよな。つい最近まで帰宅部だった奴が、事情はよくわからないが突然覚醒して、長年こつこつ練習積み重ねてきた奴の上に立つんだ。松井やイチローよりよっぽど不利な状況だぜ」
「うるさいな。そんなに俺をこのゲームに引き止めたいんですか?」
というと、流石に痛い所をつかれたらしく、西川さんも少し黙った。
「・・・いや」
「じゃあ、さようなら」
「でもお前は、すぐに戻ってくるよ」
「・・・」
「現実に満足できるような人間じゃないから、お前はこのゲームにのめりこんだんだ。そのことを覚えておけ。必ずもう一度戻りたいと思うはずだ」
「・・・何を勝手なことを」
「戻りたいと思った時は、恥ずかしいと思わずにいつでも戻って来い。歓迎するぞ」
「・・・」
俺はそのままログアウトして、その日は何もせずに寝た。寝ようとしたが、いつも『コンピューターシティ』で夜更かししていたせいと、『コンピューターシティ』をやめようかどうかという尽きない迷いで頭が冴えて、なかなか眠れなかった。東大寺さんの「死神説」は全然信じていないけれど、彼女の言う通り、あのゲームをこれ以上続けるのは、何か大きな落とし穴があるような気がする。けれど、西川さんの言う通り、どこかであのゲームを続けたい、という思いが俺の中で残っている。そもそもあのゲームは今まで俺がやったゲームの中でも、一、二を争うくらい面白かったのだ。だから身体改造なんかもきつかってけれど、一生懸命やることができた。・・・俺は『コンピューターシティ』をやめるべきなのか、続けるべきなのか。いや、そもそもやめられるのか?
☆
翌日学校に行くと、俺の下駄箱には大量の勧誘チラシで、パッと見イジメられてるみたいになっていた。なぜか漫研とか放送部とか、文科系の部活のチラシも入ってやがる。関係ないだろお前ら。教室の机の引き出しにも嫌がらせかというくらいたくさんのチラシが入れてある。とりあえずそのチラシに目を通してみる。まずは野球部。
「野球部は昨年神奈川県ベスト16に入りました! 惜しくも横浜高校に破れてしまったけれど、今年はもっと上を狙っています。野球部は君の力を求めている!」
うん。まあ、無難かなあ。ベスト16まで行ったんなら、俺が入ったら甲子園行けんじゃねーかなんて考えながら、他の部活のチラシをパラパラ見る。どの部活も似たようなことを書いている。陸上部のチラシが目に入る。多分昨日顧問に勧誘されたせいだろう。
「少しでも興味が湧いたら気軽に見学受け付けてます!」
見学か・・・
☆
ていうか本来入学した時にこういう部活見学はやるべきだったんだろうが、部活入る気ゼロだったから、一つも回らなかった。もう新入生の入部期間もとっくに過ぎていた。
昼休みに血の池で、東大寺さんに『コンピューターシティ』をやめることを話した。
「うん。それがいいよ」
と、東大寺さんは喜んだ。
「ねえ、加藤君。私のあの話きいて、どう思った?」
「え?」
「はじめて話したんだけど・・・あの、やっぱりこうやって会うのも、やめた方が、ホントは加藤君のためにはいいのかもしれないなと思ってて」
「はっきり言っとくけど、俺は十一人目の死者にはならないし、東大寺さんと会うのをやめるつもりもないよ。東大寺さんがやめたいっていうんなら別だけど」
「そんなことはないんだけど・・・」
「なら、続けてよ。俺も、なんていうか、一人で飯食べるより、東大寺さんと一緒の方がいいから」
「加藤君・・・ありがと」
言ってからすごい恥ずかしくなった。
☆
野球部、陸上部と色々見学に回った。見学と行っても、向こうには何も言わず、普通に練習しているのを遠くから眺めただけだが、参考にはなった。途中で気づかれて
「もっと近くで見ようぜ」
「あそこにベンチあるから。あ、ポカリ飲む?」
なんて言われたが、断固拒否した。
どこの部も新入生がたくさん入っていた。野球部は足腰を鍛えるためなのか、ひたすらランニングしていた。それが終わったら球拾い、先輩の補助。どの部活も似たようなもんだ。ただ俺がイメージしてたような、古臭い封建主義は今時もうなくて、「新入生は先輩の奴隷」という雰囲気とはまた違った。一年でも上手い奴は先輩に混じって練習していた。
「ふーん」
自分があの中に混じるのを想像しようとしたが、出来なかった。何となく疎外されて、一人孤独に練習に励む姿が浮かんだ。それと甲子園に出てテレビの取材に答えて、新聞に特集されて、という栄光の姿を天秤にかけてみた。ますますよくわからなくなった。
☆
気になった部活のチラシをピックアップして持ってたが、その中に一つ、ゲーム研究部という文化部のチラシがあった。部室は「文化部棟」と呼ばれている、本校舎から少し離れた場所にあるプレハブ小屋の一部屋らしい。入る気はほとんどなかったが、こんな部活が存在することを今まで知らなかったので、ゲーマーの俺としては興味が出て、部活見学のついでにちょっと覗いてみようと思った。
文化部棟は独特の雰囲気が漂っている。自分が場違いな感覚は、運動部ほどにはないが、文化部の排他感はまた違う感じだ。運動部はそもそも人種が違う感じだ。アメリカ人の集まりに混じったようなもので、場違いな感じがするのは仕方ない。しかし文化部はなんか日本人だけど、知らない人の集まりに入ったような感覚。まあそんなことはどうでもいいか。軽音楽部がなんかギター弾いたりしている。音楽室は吹奏楽部に占領されていて、軽音楽部はここに追いやられている。当然ドラムやエレキギターなど大きな音が出るものは禁止なので、もっぱらアコギのジャカジャカいう音が響いている。それだけでも結構響いている。
「ここか」
どの部室も同じ設計になっていて、ちょっと部活をやるには狭いような気がする。ドアの前に、「ゲーム研究部」というぐちゃぐちゃの貼り紙がはってある。ただの画用紙に太めの黒マジックで書いただけの、やる気のない感じ。
「失礼します」
と言って部室に入ると、部員は一人しかいない。しかもDSで何かゲームやってる。ちらっと侵入者の俺を見て睨む。「失礼しました」と言って即帰ろうと思ったが、その部員の顔には見覚えがあった。
「お前・・・!」
例のいじめられっ子だ。ゲーム研究部なんて入ってたのか。
☆
いじめられっ子は、俺を迷惑そうに見た。
「なんだよ。何の用?」
「いや、チラシが入ってたんで、部活見学に」
「チラシ? ああ。誰が入れたんだろうな。見て通りだよ。見学するものなんて何もない。これでも入りたければ入れ」
「お前、ゲーム研究部だったんだな」
「ん?」
「てっきり帰宅部だと思ってた」
「何が言いたいんだ」
「いつから部活に入ったんだ」
「最初からだよ。もっとも、一年の頃は二、三回しか部活に来てないけどな」
「ふーん。ちょうどいい機会だった。俺、一度お前と話したいと思ってたんだ」
「? 俺、君になんかしたっけ」
「そうじゃなくて。単刀直入にきこう。『コンピューターシティ』ってやってる?」
「・・・ああ。やってるよ」
「やっぱり」
「・・・で?」
そう言われると困る。「互いに情報交換しようぜ!」という程前向きにこいつと付き合っていく気もないし、「やっぱり急に覚醒したのはそのせいだったんだな。俺も実は『コンピューターシティ』やってんだ。お互いがんばろう! それじゃ!」と帰っていくのもマヌケだし。ていうかもう俺やめるし。
「そっか。俺はやめるけど、お前はがんばれよ」
「え? やめちゃうの?」
「えっ」
「えっ」
何か変な感じになった。
☆
よく考えたら身体測定の時はこいつも見てたんだ。きっとその時、俺と同じようにピーンときたんだろう。
「・・・そっか。やめちゃうのか。残念だな」
「知ってたのか。俺が『コンピューターシティ』やってるって」
「うん、まあ」
「同級生にプレイヤーがいたのはビックリだな。しかも同じクラスに」
「むしろお前が気づいてなかったことにビックリだけどな」
「いや、俺も気づいてたけど、確証がなかったから」
「・・・確証?」
「他の部員はいるのかこの部活」
「いるよ。三学年あわせて八人かな。ほとんど会わないな。俺もたまにしか部室来ないし」
「ただゲームやるだけの部活なのに、よく廃部にならないな」
「三年になるとゲーム会社がやってるゲームアイデア賞みたいなやつに応募すんだよ。それで一応認められてる」
「この学校校則緩いからな」
「うん」
「まあ、なんだ。がんばれ」
「え? ああ、うん」
俺は最後に、いじめられっ子の名前を忘れていたのに気づいた。
「ついでに、お前、なんて名前だっけ?」
「えっ」
「?」
「西川だけど」
「・・・・」
西川?
「あれちなみに、今DSでやってるゲームって何?」
「これ? パワポケ13。ゆらりちゃんがかわいいんだけど、アルバムないんだよこの子」
「知るか。野球しろ。お前もしかして、『コンピューターシティ』の中で、横浜のピッチャーやってたりしないよな?」
「・・・お前まさか、気づいてなかったのか」
なんてこった。
☆
西川は、「クラスメイトの名前覚えてないとかありえないだろ」と至極真っ当なことを言った。俺は自分が話したり、何かしら関係ある人間しか名前を覚えない。まさかそれがこんな所でアダとなるとは。言い訳にそのことを話すと、
「加藤、俺以上のコミュ障だな・・・」
と西川に哀れまれた。まさかいじめられてた奴にそんなことを言われるとは。
「なんでやめんの?」
「・・・お前、ゲームの中で死んだことって、ある?」
他にも色々ききたいことはあるが。
「あるよ」
「えっ。嘘」
「うん。バトルエリア行って、奥の方行ったら瞬殺された」
「ええ~。大丈夫だったのか」
「大丈夫だから今ここにいるんだろ。なんか狼みたいな奴に喉笛噛みちぎられて、叫び声も出せなくなって、激痛にのたうち回るうちにあちこち噛まれて、ホント死ぬかと思ったら死んで、気づいたら部屋のベッドの上だった」
「へえ・・・」
確かに死なないのか。
☆
その後俺と西川はアドレスを交換してわかれた。家に帰って俺は、これからどうすべきなのかを考えた。やはり、答えは決まっていた。
☆
翌日の昼休み、俺は東大寺さんといつものように会った。
「ごめん。『コンピューターシティ』やめるっていったの、やっぱ取り消し」
「え? なんで?」
「クラスに西川っていう、いじめられっ子いたじゃん」
「うん」
「あいつも『コンピューターシティ』やってるんだ」
「えーっ!」
「で、あいつは一回ゲーム内で死んだことがあるんだけど、平気だったんだって」
「・・・・」
「俺、昨日部活見学して思ったんだ。やっぱ俺、あの中には入れないよ」
「・・・・そう」
「・・・でも、安心して欲しい」
「・・・」
「俺は、絶対に死なない」
「・・・!」
「何があっても」
「加藤君・・・でも・・・私は・・・」
「東大寺さんは、死神でも、疫病神でもない。俺が、それを証明してみせる」
俺は東大寺さんと、そんな約束を交わした。野球部が甲子園を目指すように、陸上部が新記録を出すのを目指すように、軽音楽部が満員の武道館でスポットライト浴びて歌うのを夢見るように、俺の高校生活の目的が決まった。『コンピューターシティ』をクリアして、絶対に死なない。東大寺さんが、普通の女の子だと証明してみせる。