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夢のはじまり

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 目の前には小学生のころの自分がいた。これは夢なのだろうか。だとしたら最悪な夢だ。
「みんなに問題を出しまーす!最初は簡単なのからいくよ。1+1はなにかな?じゃあ山口君、答えて」
 嫌だ、やめろ。覚めろ、覚めろ俺。夢にまでわざわざこんな嫌なことを思い出させるな。
「僕は、3-1だと思います!」
 やめろよ。周りのやつらも、そんな目で見るなよ。なんだよ、あってるじゃねぇか。これも一つの答えだろうがよ。なんで、なんでそんな嫌な目つきで俺を見るんだよ。
「山口君、ふざけてるの?なんでそんなひねくれた答えを言うの?」
 お前、教師だろ。生徒の柔軟な発想にいちいちケチつけるなよ。ふざけんなよ。やめろ。やめろ。やめろ!!

 気がつくと、俺はソファの上で寝ていた。昨日は大学のサークル仲間と夜遅くまで飲んだせいか、軽く二日酔いになってる。昨日のことがはっきりと思い出せない。結構飲んだからかな。きっとここで寝ていたって事は帰ってすぐにここに来て、それから着替えもせずに眠りについたのだろう。良く見ると服はよれよれで体も汗臭いし、いくら夏休み中だからといってちょっとだらけすぎかもしれない。
「今日は、暇だったな。なにをしよう」
 今俺は大学二年生。とある有名な大学の学生をしている。趣味はパソコン。といってもまだ始めたばかりでよくわからないのだが。
「ネットでもやるかな。今日はどんなキーワードで検索するかな」
 最近ネットで自分が気になったキーワードを検索して、色々なサイトを巡っている。それがまたおもしろいおもしろい。中には頭の狂ったようなやつが作ったサイトを見つけたり、変な宗教臭いサイトを見つけたり。そんなものを見て夏休み中の半分ほどをそれで過ごしている。
「今日のキーワードは……夢、かな。それとも悪夢?とりあえず夢でいいかな」
 ヒット数約4億越え。さすがに幅が広すぎたか、と思うがせっかくだし面白そうなものから見ていくことに。まず最初に開いたものは高校生のブログだった。自分の写真をネット上に貼り付け、見た目もなかなか、いや変な女優よりはずっと可愛いためかそのおかげでかなりの人気を誇っているらしい。ブログのコメントは何百とついている。最近の高校生は恐ろしいものだ。
「なになに、学校で嫌なことがあって最近落ち込み気味。誰か私を癒してー。……こいつ、出会い目的でこんなこと言ってるのか?」
 サークルの仲間から聞いた話だと、ここ数年の間、ネットで出会った人たちが仲良くなりそのまま付き合うことが多いらしい。中にはそれを目的とした、所謂出会い目的の人も急増しているのだという。自分より見た目のいい人の写真を無断でブログに貼り、それを自分だと言い張って嘘をつく輩も少なくないらしい。一体ネットに何を求めているのだろうか。そういうことばかりしているからネット絡みの性犯罪が絶えないんだ。
「この女も何人とヤってきたことか……」
 俺はそのブログを一通り見た後にまた違うサイトを見る。次に見たサイトには自分の夢について書かれてあった。小さいころの夢、学生時代の夢、そして大人になった今の夢。そんなことが長々と書かれているサイトだ。
「今はいち早く結婚したいです……か。だったらこんなことを書いていないで婚活でも必死にやれっての」
 その後も同じキーワードで探し出したサイトを見て回るが、どこも同じような内容でだんだんと退屈に感じてきた。どれも自分の夢を語り、しかもその話の内容は被るものばかり。俺が探しているサイトはもっとこう、なんて言うか、ちょっと風変わりなものというか、夢のことでも変わった夢が書いてあるサイトを見たいのに。いくつもの情報が飛び交うこの社会でも、そんなごく少数しか無さそうなものはやはり探し出すのには難しく、時計を一目見るといつの間にか夕方近くになっていた。
「もうこんな時間か。次見たら……頭痛ぇ。次見たら寝るか、早いけど」
 そういえば今日は何も食べていない。目が覚めたのが昼過ぎ。そして今は夕方近く。若干空腹感があるが、自分で料理はできないし、かといって体がだるいのでコンビニまで行くのは正直しんどい。だから、次のサイトを見たら今日は寝よう。
「ん、これでいいや」
 クリックしてみると、背景は白一色、今まで見てきたサイトとはまた違う何かがあった。
「夢を見た。自分の過去の夢だった。いや、見たのではない。体験したのだ。……どういうことだ?」
 書いてあることの意味がわからない。夢を体験した、そう書かれている。その後も意味のわからないことばかりが書いてあった。
「夢を見た次の日、世界が少し変わっていた。自分だけが以前の世界を知っていて、他の人たちの過去は過去でなくなり、自分の過去はいくつにも増え、そして過去をいくつも失った……。どういうことだ?わからん。ただの精神異常者か?でも、少しだけ興味があるな」
 その後も文章は続いており、俺は一度椅子から立ち上がって背伸びをする。腕を真上に大きく上げると、運動不足のせいか少し動かしただけなのに肩が痛い。まだ二十歳なのに、歳を取ったなぁとおっさんみたいなことを思ってしまう。そんな自分が少し悲しく、虚しい。
「もし私と同じ経験をしたならば、きっと思うことも私と同じだろう。これは夢か、現実か。自分の頭の中にある思い出は真か、嘘か。それは誰にもわからない。もしかしたら最初から過去なんてなくて、今こうしてこの文章を書いているときに人類が生まれたのかもしれない。思い出は後付されたものかもしれな……ここで切れてる。なんで途中で切れてるんだ?ううっ、なんか身震いしてきた」
 すぐにパソコンの電源を落とし、部屋の明かりを消してから自分のベッドへと倒れこむ。枕に思い切り抱きつき、顔を近づけると汗の臭いが鼻につんと来た。くっせぇ、そう小さく呟いてから俺は目を閉じた。目を瞑ってからしばらくあのサイトのことが頭の中から離れなかった。考えれば考えるほど、頭の中が混乱し、でもそれがよかったのか意識はだんだんと遠のいていった。

 目を開けると、そこにはまた昨夜見た夢と同じ光景があった。小学校の教室。見渡すと授業中なのか、生徒たちは静かに席についていて、先生は算数を教えていた。
「みんなに問題を出しまーす!最初は簡単なのからいくよ。1+1はなにかな?じゃあ山口君、答えて」
 まただ。またあの嫌な過去が……。俺はどこにいる?やめろ、言うな。あの答えだけは言わないでくれ。
「山口君?起きてる?1+1はなにかな?」
 なんだ、俺は答えないのか。なんで答えないんだ?俺は夢で過去を見てるんじゃないのか?よく目を凝らし、たくさんいる生徒の中から小さいときの自分を探すがどこにもいなかった。
「こら、ふざけないの」
 すると先生は突然今の俺の頭を小突いてきた。
「いたっ」
 見上げると先生はちょっと怒り気味で腕を組んでいた。なぜ俺は怒られたのだろう。過去の俺はどこに行った?なぜ今の俺が怒られなければならない?今の自分が過去にいて、しかしそれは夢の中であって、その夢には過去の自分はいない。つまり、大人になった俺が過去にいて、それは夢を見ているというのではなくむしろ……体験?だとすると、これがあのサイトに書いてあった過去を体験するというものなのか。なら……。
「1+1は2です」
「正解よ!なんだ、やればできるじゃない!先生見直しちゃった」
 そうか、俺は過去を体験しているんだ。夢の中だけど、過去を体験してるんだ。きっとこれは神様が俺の嫌な思い出を忘れさせてくれようとしているんだ!

 これが俺の運命を少しずつ捻じ曲げていく原因だというのは、俺はまだ考えもしなかった。
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