弐、俺と大蒜と不思議女と
まずは僅か数メートルの距離に立つ巨躯を観察する。足は大根というより丸太の如きごんぶとで、その上にあるは超ミニのスカート。うん、耐えろ俺。セーラー服を基調としたその格好はどこかの漫画のヒロインを連想させる。服の下からは胸というより「ザ・胸☆筋」がこんもりと張り出している。顔は色こそは人間のものを保っているものの容貌はさながらドラ○ンボールのド○リアさんのようだった。そしてその頭頂に見えるはぴょこんと突き出た二本の角。そう、極端に長さの足りないツインテールである。
そして、そんな人間に対して俺がとった行動は、たった一言に収束する。
「死んだふりである!!」
「とっとと起きんかこの馬鹿タレッ!!」
痛ぇ! 顔面に思いっきり猫パンチ食らった! こいつ本当に俺の味方なのかよ!?
「あやつのような屈強な刺客でも、倒せぬわけではない」
「何だって……? ……! そうか、そういうことか……!」
確かに、真っ向から戦っても敵うはずがない。だったらこうするしか、道はないはずだ。
「ふふ、察したようじゃな」
月夜叉が猫の顔でも分かるくらい余裕の笑みを浮かべる。こいつがこんな表情をするってことは、どうやら間違ってはいないみたいだな。
「さあ、行け幸人! お主に宿りし力を、今こそ解き放つのじゃ!」
「言われなくとも、そうするつもりだったぜ!」
窮地に立たされた俺が取るべき行動は、もう、たった一つしか残されていない。
言わずもがなそれは、あるすちゃんを抱きかかえて――――
「月夜叉!」
「うむ!」
「ここはお前に任せて俺は逃げる!」
「貴様から焼き討ちにしてやろうか糞虫がッ!!」
あ、これはヤバイ。月夜叉様の目が真っ赤に染まってらっしゃる。こ、殺されるっ!
「――お遊びはそこまでだ」
突如、地獄の底から這い上がってきたかのような声が響くと、筋骨隆々の女性(精一杯の敬語)がいつの間にか、すぐ目の前にまで接近していた。そして右拳を血管が浮き上がるほど握り締めたかと思うと、それを俺に向かって振り下ろし――――いぃっ!?
「のわあぁっ!」
俺は即座に横っ飛びで回避した。何とか直撃は免れたが、代わりにドガゴバキッ!! と凄まじい音を立てて床が大穴を空けて破壊された。おいここ俺の家! 空気読め! ちくしょうワックス掛けの床が!
「幸人! こちらにアルスを渡せい!」
「お、おう!」
とりあえず俺が抱えたままでは無事で済みそうにはなかったので月夜叉に受け渡しってお前猫だから余計不安なんですけど! こういうのを猫の手も借りたいって言うのかな!
徒手となった俺は、再びムキムキ女と対峙する。なんか独特のオーラみたいなものが発せられている気がして、向き合うだけでも全身が凍り付いてしまいそうな錯覚に陥る。だが、この状況で臆するわけには行かない。俺は、何かいろんな理由でこいつと戦わなくちゃいけないんだ!
「ちっくしょう戦う理由がはっきりしねえええ! くそがああああ!」
とりあえず俺は巨大女の隙を狙ったつもりでやけくそパンチを繰り出す。奴は避けようともしていない。ですよ音こんな貧弱男のパンチなんて避ける価値もありませんよねそうですね!
「はん、あんた如きのパンチ防ぐまでもな――――」
その瞬間、俺の右ストレートがマッチョウーマンにダイレクト☆ヒットした。もちろん効くはずがないと思っていたし、俺の右拳に激痛が走るだけだと確信していた。
――――が、現実は想像よりもだいぶ違っていて。
「のぐわああああああああああああああああああああっ!?」
悲鳴を上げたのは俺――――――――ではなく、筋肉女。
奴の鍛え上げられた腹筋には今俺の右手が深々と埋まりこんで、メキメキと音を鳴らしている。
(うええええええええうっそおおおおおおおおおお!?)
多分一番驚いていたのは俺だった。少しはなれて事の顛末を見届けていた月夜叉は一言も発しなかったから、こうなることを予測していたんだろう。俺がこの女をいとも容易く倒してしまうということを。
「よおし…………いっけええええええええええええええ!!」
俺は右腕に全身全霊の力を込めて、思いっきり前へと突き出した!
「そんな馬鹿な、この私がああああああッ!!」
俺の鉄拳によって突き飛ばされた女はまたしても家の壁を勢いよく豪快に破壊して、キラリとお空の星に変わっていった。
ぱらぱらと舞い上がる、木片や砂塵。
騒がしい沈黙に包まれた空間には、息を切らしながらだらだらと汗を流す俺と整然としたままの雪夜叉、そしてくうくうと眠りに落ちたままのあるすちゃんだけが残された。
俺はしばらくの間、何ともない右手を凝視して震え上がっていた。
(えちょおま何この力俺強えええええええええええ)
この力があれば世界征服も夢じゃないなんて妄想が一瞬にして脳内を蹂躙したが、どこからか剣呑な眼差しが俺を串刺しにしている気がして、我に帰った。
つーか、あれだ。あんなこと言っといて自分で家の壁壊しちゃった。
「うむ、その力紛うことなきもの。見直したぞ、幸人」
月夜叉が本棚の上から優雅な佇まいで俺を見下ろす。「そんなとこに登ってんじゃねえよこの似非○ナが」とでも言おうと思ったが剣呑な眼差以下略。
で、本当にどうでもいいが、そんな時俺の脳裏にある一つの疑問符が浮かび上がった。
「いやあそれほどでもってかそう言えば何でお前ら俺の名前知ってんの」
「アルスの意識はしばらく戻らんじゃろう。その間に、これからのことを話し合うとしよう」
「(えええあくまでシカトかよ)ふむ。で、俺たちはこれからどうすると?」
俺が訊くと、月夜叉は本棚から軽やかに飛び降りて、次の瞬間、ボンッ!! と白い煙に覆われた。「いきなり変身は止めろってあれほどうえっぺっぷっげふぉごふぉ」言ってなかったけど喘息持ちになりそうなので止めてほしい。
月夜叉は元通り(?)お星様の姿に戻って、しゅるしゅると滑空したかと思うと、俺の背中に張り付いた。
……………………………………え?
「いやなに俺の背中にくっついてるのお前」
「こうでもしていなければ貴様はすぐにアルスに手を出すからの。何かしでかそうとしてみよ。わしが刹那にして貴様を冥界送りにしてくれようぞ」
「つまりお前を剥がせばいいってことだな」
「その前に燃やし尽くしてやるわい」
その後再三に渡って口論が続き、結果的には俺のトランクスが二枚ほど消し炭となったが内容的には至極どうでもいいことなので、割愛する。俺の努力は泡沫になった。
要するに、俺のケツが炎に包まれた。ただし炎はケツから出るということだ。
あれからしばらくして、俺と月夜叉はようやく真面目に話し合いを敢行していた。
「お主の力は決して無限ではない」月夜叉が黒猫(あれから結局元に戻った)の姿できっぱりと断言する。「お主の持つ力『異卦面(イケメン)力』は、使えば使うほど弱まり、エネルギーとなるものを補給しなければならぬ」
「エネルギー? 何かチャージみたいなのしたり、食べたりするのか?」
「大蒜(にんにく)を齧るのじゃ」
「苦行! それめっちゃ苦行! イケメン力使うやつが口臭いとかイメージ最悪だろ!」
「お主が異卦面力を失って彼奴らに嬲られても良いというならばそれでもいいがの」
「くっ……、わ、分かったよ、齧ればいいんだろ、齧れば」
まあ確かに俺はイケメンではないし、大蒜を齧ることに対してはあまり抵抗はない。大蒜丸齧り選手権も経験済みだし、俺の向かうところに敵はない!
「よかろう。まずは場所を変えるぞ。この近くに、わしの知り合いが住んでおる」
「お前ら最初からそこに行ってれば良かったんじゃね?」
「つべこべ言わずについて来い」
何か散々な扱いを受けている気がするが、月夜叉様の仰るとおりに後ろについていく。家に開いた壁の周りがざわついているわけでもなかったので、そこから直接外に出た。外内両用のスニーカーで生活しているとこういう時に助かる。どうやら本当にまだ朝早いようで、辺りは若干薄暗い感じがした。水銀灯もまだちらちらと灯いている。
最初人が通らないかと危惧したが、冷静に考えれば猫の散歩ごとき誰も気にするはずがない。
そこまで思考を巡らしたところで、俺の稚拙な脳みそはようやく明らかな違和感に気がついた。
「あれ? あるすちゃんはいずこに?」
「おぬしは本当に鈍感じゃのう」
月夜叉があきれた口調で言う。
「今向かっている知り合いの使者に、預かってもらっとるのじゃ。わしがあの状況でアルスを守れるわけないじゃろう」
まあ、確かにそうか。いくら火を吹いたり出来るといっても、あんな巨漢(♀)相手じゃ全く通用しないだろう。それで俺の力を借りた。あ、だから俺の家に来たのか。なるほど納得。
「月夜叉っておじいさんっぽいけど案外頭の回転速いんだな」
「誰がおじいさんじゃい」
「その口調だよ」
俺がからかうように言い放つと、月夜叉は急に立ち止まって此方を見上げた。
「……ほう。おじいさんでなければ、こんな口調であるはずがないと?」
「当たり前じゃん。声も濁声だし」
「その言葉、後悔させてやろうぞ」
刹那、ボンッ!! と、またしても月夜叉の周りに白煙が広がる。「だああからあれほどいきなり変身はうえっほっほっほ」いい加減喘息になりそうだな。それにしても今お星様になったところで何の意味が…………
「この姿なら、文句ないじゃろう」
「なあああああああああ!!? び、美少女おおおおおおおおおお!!?」
俺の目の前に立っていたのはお星様ではなく、赤髪の美少女だった。
(えちょおま何この力俺強えええええええええええ)
この力があれば世界征服も夢じゃないなんて妄想が一瞬にして脳内を蹂躙したが、どこからか剣呑な眼差しが俺を串刺しにしている気がして、我に帰った。
つーか、あれだ。あんなこと言っといて自分で家の壁壊しちゃった。
「うむ、その力紛うことなきもの。見直したぞ、幸人」
月夜叉が本棚の上から優雅な佇まいで俺を見下ろす。「そんなとこに登ってんじゃねえよこの似非○ナが」とでも言おうと思ったが剣呑な眼差以下略。
で、本当にどうでもいいが、そんな時俺の脳裏にある一つの疑問符が浮かび上がった。
「いやあそれほどでもってかそう言えば何でお前ら俺の名前知ってんの」
「アルスの意識はしばらく戻らんじゃろう。その間に、これからのことを話し合うとしよう」
「(えええあくまでシカトかよ)ふむ。で、俺たちはこれからどうすると?」
俺が訊くと、月夜叉は本棚から軽やかに飛び降りて、次の瞬間、ボンッ!! と白い煙に覆われた。「いきなり変身は止めろってあれほどうえっぺっぷっげふぉごふぉ」言ってなかったけど喘息持ちになりそうなので止めてほしい。
月夜叉は元通り(?)お星様の姿に戻って、しゅるしゅると滑空したかと思うと、俺の背中に張り付いた。
……………………………………え?
「いやなに俺の背中にくっついてるのお前」
「こうでもしていなければ貴様はすぐにアルスに手を出すからの。何かしでかそうとしてみよ。わしが刹那にして貴様を冥界送りにしてくれようぞ」
「つまりお前を剥がせばいいってことだな」
「その前に燃やし尽くしてやるわい」
その後再三に渡って口論が続き、結果的には俺のトランクスが二枚ほど消し炭となったが内容的には至極どうでもいいことなので、割愛する。俺の努力は泡沫になった。
要するに、俺のケツが炎に包まれた。ただし炎はケツから出るということだ。
あれからしばらくして、俺と月夜叉はようやく真面目に話し合いを敢行していた。
「お主の力は決して無限ではない」月夜叉が黒猫(あれから結局元に戻った)の姿できっぱりと断言する。「お主の持つ力『異卦面(イケメン)力』は、使えば使うほど弱まり、エネルギーとなるものを補給しなければならぬ」
「エネルギー? 何かチャージみたいなのしたり、食べたりするのか?」
「大蒜(にんにく)を齧るのじゃ」
「苦行! それめっちゃ苦行! イケメン力使うやつが口臭いとかイメージ最悪だろ!」
「お主が異卦面力を失って彼奴らに嬲られても良いというならばそれでもいいがの」
「くっ……、わ、分かったよ、齧ればいいんだろ、齧れば」
まあ確かに俺はイケメンではないし、大蒜を齧ることに対してはあまり抵抗はない。大蒜丸齧り選手権も経験済みだし、俺の向かうところに敵はない!
「よかろう。まずは場所を変えるぞ。この近くに、わしの知り合いが住んでおる」
「お前ら最初からそこに行ってれば良かったんじゃね?」
「つべこべ言わずについて来い」
何か散々な扱いを受けている気がするが、月夜叉様の仰るとおりに後ろについていく。家に開いた壁の周りがざわついているわけでもなかったので、そこから直接外に出た。外内両用のスニーカーで生活しているとこういう時に助かる。どうやら本当にまだ朝早いようで、辺りは若干薄暗い感じがした。水銀灯もまだちらちらと灯いている。
最初人が通らないかと危惧したが、冷静に考えれば猫の散歩ごとき誰も気にするはずがない。
そこまで思考を巡らしたところで、俺の稚拙な脳みそはようやく明らかな違和感に気がついた。
「あれ? あるすちゃんはいずこに?」
「おぬしは本当に鈍感じゃのう」
月夜叉があきれた口調で言う。
「今向かっている知り合いの使者に、預かってもらっとるのじゃ。わしがあの状況でアルスを守れるわけないじゃろう」
まあ、確かにそうか。いくら火を吹いたり出来るといっても、あんな巨漢(♀)相手じゃ全く通用しないだろう。それで俺の力を借りた。あ、だから俺の家に来たのか。なるほど納得。
「月夜叉っておじいさんっぽいけど案外頭の回転速いんだな」
「誰がおじいさんじゃい」
「その口調だよ」
俺がからかうように言い放つと、月夜叉は急に立ち止まって此方を見上げた。
「……ほう。おじいさんでなければ、こんな口調であるはずがないと?」
「当たり前じゃん。声も濁声だし」
「その言葉、後悔させてやろうぞ」
刹那、ボンッ!! と、またしても月夜叉の周りに白煙が広がる。「だああからあれほどいきなり変身はうえっほっほっほ」いい加減喘息になりそうだな。それにしても今お星様になったところで何の意味が…………
「この姿なら、文句ないじゃろう」
「なあああああああああ!!? び、美少女おおおおおおおおおお!!?」
俺の目の前に立っていたのはお星様ではなく、赤髪の美少女だった。
――――すぐさま、俺の《萌感》に全神経が注がれた。
ちょっぴり悪っぽい腰ほどの赤色のロングへアーは朝の陽光を浴びて光り輝き、アクセントとして装着されている黒のカチューシャに加えて、小さな顔に映えるややつり上がった灼眼と固く結ばれた口元は何とも大人的で反抗的で小生意気。そして極めつけは、小さな身体をいっそう際立たせる巫女姿! シンプルに純潔な白と大胆な赤の色調で整えられているが、目をつけるべきは断じてそこではない!
――――そう。単なる『巫女』ではなかったのである。通常の巫女ならば、その華麗な生足を包み込んでいるのは朱色の袴である――――が、しかし!
月夜叉がその下半身を包み込むは、女子高生のスカートをモチーフにしたかのような、やや膝上までの緋色スカート風ショート袴。鼻緒に紅葉の装飾があしらわれた下駄は、小さな背丈をほんのわずかばかりだけ高くし、より小ささを強調する。そして背中に背負うは、菱形の紙が連なったものが四条装填された所謂『お祓い棒』。しかもそのサイズは通常のものとはかけ離れて巨大だ。これは「美少女に兵器を持たせることによってギャップの違いを生み出し尚且つ両方の魅力を生かす」を基盤としているのは間違いなくまさにこれは地上最強の巫女にして巫女界のグロリアスレボリューションンンンッ!!!
「月夜叉様なんでそんなにかあいらしいいお姿にいいいいいいいいいいいいっ!!?」
俺が興奮冷めやらず正座状態のままジャンピングを繰り返していると、月夜叉は凛とした表情を崩さずに、若干しわがれた声で言った。
「お主にこの姿を見せるのは癪での。それに“奴ら”に狙われる危険性もあったじゃろうから、本当の姿は隠しておったのじゃ。まあ、今となっては別にどうでもいい話じゃがの」
美少女がちょい濁声ってのもなかなかいいじゃないのよ。ってか癪っておいコラ。
「それよりも、急ぐぞい。このままぶらぶらうろついておると、いつ“奴ら”に見つかるかも分からん」
「んあ、そうだな。というわけでぜひ俺を抱えて颯爽と駆けて行って欲しごふぉっ!?」お祓い棒で思いっきり殴られた! 痛くないとはいえびっくりするわこのムーンライトめ!
「貴様にも異卦面力があるじゃろう。それを使えばわしと遜色ない速度で駆けることが出来る。うまく利用せよ」
それだけ言い残して、月夜叉はさっさと走り出してしまった…………っておいいっ!!
「置いてくなっつーの!!」
俺はさっきあの巨大女をぶっ飛ばしたときと同じイメージを足に込めて、かすかに見える月夜叉目指して疾駆した。なあに、俺が美少女を見失うとでも思ったか?
○
「いやー、あっはっはっはっは…………」
俺はあっけらかんに笑い飛ばすと、木漏れ日の差す森の中を闊歩する。小鳥のさえずりが響き渡り、枝葉の擦れあう音がくすぐったげに鼓膜を刺激した。
夏とはいえ早朝の森の中は、やはり涼しい。そよそよと流れてくるさわやかな風が前髪をあおり、体中がマイナスイオンの膜で包まれるような気分になる。
俺は立ち止まってちょうどいい小岩に座ると、木々で覆われた上空を見上げた。葉の隙間から切れ切れで注ぎこまれる陽の光がたまらなく心地よい。夏だというのに、小春日和というものを体験できそうな頃合だ。
なんて悠長に言っている場合ではなかった。
「ちっくしょおおおおおお迷ったあああああああああああ!!!!」
俺は懊悩し、両手で頭を抱え込んでヘドバンよろしく頭をぶんぶんと振る。こういう時の俺は純粋に悔しい時の俺である。ここ、テストに出ます。
それにしても、どうしたことか。俺は月夜叉を追いかけながら走っているうちによく分からない森の奥深くに迷い込んでしまった。しかも小一時間ほど歩き回っているが、一向に出口どころか舗装された道にさえ出ない。いやはや、樹海で自殺する人ってこういう心境なんだろうか。
「しっかし、思い切り迷ったな俺。一体ここはどこだよ」
地元のマッピングはある程度出来ているつもりだったが、こんなところに森があるなんて知らなかった。しかも市街地にこんな大規模な森が。もしかしてこれは全部夢なんじゃないか。ハハハ。
「……待てよ?」
考えられないこともないな。これらが全て夢だったというなら、今まで起きた全てのことに合点がいく。夢の中でなければ、こんな非現実的なことは決して起こらない。
ということは…………これは夢なんだ!
「だとわかってたら早いところあるすちゃんにあんなことやこんなことしとくんだったちくしょおおおおおお」
俺は再び頭を抱え込んでヘドバンモードに突入した。まったく、こんな理不尽な夢早く覚めて欲しいもんだ。
その時。
「――――君が、上坂幸人君?」
俺は背後から自分の名前が呼ばれたことと人がいたことに二重に驚いて、思わずビシッと立ち上がって気をつけのポーズをとった。だ、誰だ? 俺の名前なんて奇特なものをご存知なのは。
「月夜叉から、大体の話は聞いているわ」
「え?」この人、月夜叉を知っている? ってことは、月夜叉の言っていた知り合いか?
さすがに相手の顔を見ないままこれ以上会話を続けるのは失礼だと俺の紳士的変態メーターが反応したので、後ろを振り――――返れなかった。
えっと、何故かと言うと。
「ちなみに私は今、何も着ていないから」
すぐさま鼻血ブーでその場に卒倒したからだった。
ちょっぴり悪っぽい腰ほどの赤色のロングへアーは朝の陽光を浴びて光り輝き、アクセントとして装着されている黒のカチューシャに加えて、小さな顔に映えるややつり上がった灼眼と固く結ばれた口元は何とも大人的で反抗的で小生意気。そして極めつけは、小さな身体をいっそう際立たせる巫女姿! シンプルに純潔な白と大胆な赤の色調で整えられているが、目をつけるべきは断じてそこではない!
――――そう。単なる『巫女』ではなかったのである。通常の巫女ならば、その華麗な生足を包み込んでいるのは朱色の袴である――――が、しかし!
月夜叉がその下半身を包み込むは、女子高生のスカートをモチーフにしたかのような、やや膝上までの緋色スカート風ショート袴。鼻緒に紅葉の装飾があしらわれた下駄は、小さな背丈をほんのわずかばかりだけ高くし、より小ささを強調する。そして背中に背負うは、菱形の紙が連なったものが四条装填された所謂『お祓い棒』。しかもそのサイズは通常のものとはかけ離れて巨大だ。これは「美少女に兵器を持たせることによってギャップの違いを生み出し尚且つ両方の魅力を生かす」を基盤としているのは間違いなくまさにこれは地上最強の巫女にして巫女界のグロリアスレボリューションンンンッ!!!
「月夜叉様なんでそんなにかあいらしいいお姿にいいいいいいいいいいいいっ!!?」
俺が興奮冷めやらず正座状態のままジャンピングを繰り返していると、月夜叉は凛とした表情を崩さずに、若干しわがれた声で言った。
「お主にこの姿を見せるのは癪での。それに“奴ら”に狙われる危険性もあったじゃろうから、本当の姿は隠しておったのじゃ。まあ、今となっては別にどうでもいい話じゃがの」
美少女がちょい濁声ってのもなかなかいいじゃないのよ。ってか癪っておいコラ。
「それよりも、急ぐぞい。このままぶらぶらうろついておると、いつ“奴ら”に見つかるかも分からん」
「んあ、そうだな。というわけでぜひ俺を抱えて颯爽と駆けて行って欲しごふぉっ!?」お祓い棒で思いっきり殴られた! 痛くないとはいえびっくりするわこのムーンライトめ!
「貴様にも異卦面力があるじゃろう。それを使えばわしと遜色ない速度で駆けることが出来る。うまく利用せよ」
それだけ言い残して、月夜叉はさっさと走り出してしまった…………っておいいっ!!
「置いてくなっつーの!!」
俺はさっきあの巨大女をぶっ飛ばしたときと同じイメージを足に込めて、かすかに見える月夜叉目指して疾駆した。なあに、俺が美少女を見失うとでも思ったか?
○
「いやー、あっはっはっはっは…………」
俺はあっけらかんに笑い飛ばすと、木漏れ日の差す森の中を闊歩する。小鳥のさえずりが響き渡り、枝葉の擦れあう音がくすぐったげに鼓膜を刺激した。
夏とはいえ早朝の森の中は、やはり涼しい。そよそよと流れてくるさわやかな風が前髪をあおり、体中がマイナスイオンの膜で包まれるような気分になる。
俺は立ち止まってちょうどいい小岩に座ると、木々で覆われた上空を見上げた。葉の隙間から切れ切れで注ぎこまれる陽の光がたまらなく心地よい。夏だというのに、小春日和というものを体験できそうな頃合だ。
なんて悠長に言っている場合ではなかった。
「ちっくしょおおおおおお迷ったあああああああああああ!!!!」
俺は懊悩し、両手で頭を抱え込んでヘドバンよろしく頭をぶんぶんと振る。こういう時の俺は純粋に悔しい時の俺である。ここ、テストに出ます。
それにしても、どうしたことか。俺は月夜叉を追いかけながら走っているうちによく分からない森の奥深くに迷い込んでしまった。しかも小一時間ほど歩き回っているが、一向に出口どころか舗装された道にさえ出ない。いやはや、樹海で自殺する人ってこういう心境なんだろうか。
「しっかし、思い切り迷ったな俺。一体ここはどこだよ」
地元のマッピングはある程度出来ているつもりだったが、こんなところに森があるなんて知らなかった。しかも市街地にこんな大規模な森が。もしかしてこれは全部夢なんじゃないか。ハハハ。
「……待てよ?」
考えられないこともないな。これらが全て夢だったというなら、今まで起きた全てのことに合点がいく。夢の中でなければ、こんな非現実的なことは決して起こらない。
ということは…………これは夢なんだ!
「だとわかってたら早いところあるすちゃんにあんなことやこんなことしとくんだったちくしょおおおおおお」
俺は再び頭を抱え込んでヘドバンモードに突入した。まったく、こんな理不尽な夢早く覚めて欲しいもんだ。
その時。
「――――君が、上坂幸人君?」
俺は背後から自分の名前が呼ばれたことと人がいたことに二重に驚いて、思わずビシッと立ち上がって気をつけのポーズをとった。だ、誰だ? 俺の名前なんて奇特なものをご存知なのは。
「月夜叉から、大体の話は聞いているわ」
「え?」この人、月夜叉を知っている? ってことは、月夜叉の言っていた知り合いか?
さすがに相手の顔を見ないままこれ以上会話を続けるのは失礼だと俺の紳士的変態メーターが反応したので、後ろを振り――――返れなかった。
えっと、何故かと言うと。
「ちなみに私は今、何も着ていないから」
すぐさま鼻血ブーでその場に卒倒したからだった。
目が覚めるとそこは雪国……のわけがなく、ふかふかベッドの中。
「んぐ…………?」
身体の感覚がうっすらとしていて、視界もぼんやりとしていたが、暗闇に目が慣れていくように徐々に身体が現状を把握しはじめていた。
俺は今、ふかふかベッドの中に体をうずめている。少し手を外に出してみると、気温は涼しげ。布団に包まっていても暑くない程度の温度だ。服はなぜかちゃんと着ている。どうでもいいけど、俺はついさっきまでパンツ一丁だったはずだ。林に迷うあの時まで、ずっと。にもかかわらず服を着ているということから推察するに、『親切な女性が俺を拾って介抱してくれている』ってところかなうへへ。
俺はそろりと起き上がると、周囲を見渡した。西欧の昔話に出てきそうな、レンガ造りの家だ。やはり部屋の中央隅には暖炉があって、木でこしらえたテーブルと椅子。その他にも古びたミシンだとか本の溢れ出した棚だとか、昔話の世界に紛れ込んだかのような家だった。
「気がついたかい? いやあ、良かった良かった」
ふと横から聞こえた声に顔を向けると、白髪の若い女性が両手に本を抱えて俺のほうを見ていた。
白髪というより、クリーム色のロングヘアーと言った方が正しいのか。純白ではないが柔らかな色の髪は、見ているだけで「ふんわり」と擬音が飛び出してきそうだった。
俺はとりあえず現状を把握するために、話をうまいこと切り出す。
「あなたは……この家の人ですか?」
「そうよ。私の名前はシルフィア。よろしくね」
女性――――シルフィアさんは眼鏡の奥の瞳をにこっと瞑ると、愛想のいい笑顔を浮かべた。端麗な女性ならば形振り構わず突撃ボンバーする俺だったが、シルフィアさんにそんなことをする勇気はなかった。
理由は二つ。助けてもらったという恩もあり、尚且つシルフィアさんはどう見ても大人の女性だったからだ。質問を続ける。
「あの、ここは一体どこなんですか?」
「どこって、私の家だけど?」あ、確かにそうだ。訊き方が悪かった。
「えっと、確か俺は林の中に横たわっていたはずなんですが……」
そこまで言った所で、俺の緩慢な脳味噌はようやく重大な事柄を思い出した。
「あ! シルフィアさん、月夜叉がどうのこうのって言ってましたよね? あいつと知り合いなんですか?」
俺が問うと、白髪の女性はコーヒーカップを二つ持ちながら穏やかに答える。
「そうね。月夜叉とは古くからの知り合いかな。最近はあまり姿を見かけてないけど。……あ、ついこの間来たかな。何か焦っていたみたいだったけど」
「ははあ……そうなんですか」俺が来る前にもう月夜叉は来ていたみたいだな。大方、俺を置いてどこかに行ってしまったってオチか。全く、薄情にもほどがあるぞ月夜叉は。
「どうぞ。コーヒーを淹れておいたわ」
俺はシルフィアさんの差し出したカップを有り難く受け取ると、くいっと少しだけ飲んでみる。うん、甘すぎず苦すぎずでちょうどいい。俺は一気にカップをあおると、ふう、と息を吐いてカップをテーブルの上に置く。
そんな俺がおかしかったのか、シルフィアさんはくすくすと笑う。
「よっぽど喉が渇いていたのね。もう一杯どう?」
「あ、それじゃあ、お言葉に甘えて」
その言葉を聞くと、シルフィアさんは嬉しそうに俺のカップにコーヒーを注ぎ始めた。
俺はというと、コーヒーのおかわりを楽しみにしながら、家の中を見渡していた。
――――待てよ。
俺の身体の奥深く。第六感に似た何かが、かすかに警鐘を鳴らしていた。
俺が今目にしている風景は、何の変哲もない、一つの民家の風景に間違いはない。
だが。
…………今この状況には、何かしらの“違和感”が生じていないか?
俺が脳裏でそう唱えた、その時にはもう。
「シルフィアさん」
俺の口は意思を無視して、ひとりでに動き始めていた。
「……何かしら? “幸人”くん」
シルフィアさんは感情の汲み取れない笑顔をこちらに向ける。先ほどまでの大人びた微笑みとは、僅かだが感情の揺らぎが生じているようにも見える。
だが俺は躊躇することなく、ゆっくりと告げた。
「あんた、俺を殺す気なんだろう?」
「んぐ…………?」
身体の感覚がうっすらとしていて、視界もぼんやりとしていたが、暗闇に目が慣れていくように徐々に身体が現状を把握しはじめていた。
俺は今、ふかふかベッドの中に体をうずめている。少し手を外に出してみると、気温は涼しげ。布団に包まっていても暑くない程度の温度だ。服はなぜかちゃんと着ている。どうでもいいけど、俺はついさっきまでパンツ一丁だったはずだ。林に迷うあの時まで、ずっと。にもかかわらず服を着ているということから推察するに、『親切な女性が俺を拾って介抱してくれている』ってところかなうへへ。
俺はそろりと起き上がると、周囲を見渡した。西欧の昔話に出てきそうな、レンガ造りの家だ。やはり部屋の中央隅には暖炉があって、木でこしらえたテーブルと椅子。その他にも古びたミシンだとか本の溢れ出した棚だとか、昔話の世界に紛れ込んだかのような家だった。
「気がついたかい? いやあ、良かった良かった」
ふと横から聞こえた声に顔を向けると、白髪の若い女性が両手に本を抱えて俺のほうを見ていた。
白髪というより、クリーム色のロングヘアーと言った方が正しいのか。純白ではないが柔らかな色の髪は、見ているだけで「ふんわり」と擬音が飛び出してきそうだった。
俺はとりあえず現状を把握するために、話をうまいこと切り出す。
「あなたは……この家の人ですか?」
「そうよ。私の名前はシルフィア。よろしくね」
女性――――シルフィアさんは眼鏡の奥の瞳をにこっと瞑ると、愛想のいい笑顔を浮かべた。端麗な女性ならば形振り構わず突撃ボンバーする俺だったが、シルフィアさんにそんなことをする勇気はなかった。
理由は二つ。助けてもらったという恩もあり、尚且つシルフィアさんはどう見ても大人の女性だったからだ。質問を続ける。
「あの、ここは一体どこなんですか?」
「どこって、私の家だけど?」あ、確かにそうだ。訊き方が悪かった。
「えっと、確か俺は林の中に横たわっていたはずなんですが……」
そこまで言った所で、俺の緩慢な脳味噌はようやく重大な事柄を思い出した。
「あ! シルフィアさん、月夜叉がどうのこうのって言ってましたよね? あいつと知り合いなんですか?」
俺が問うと、白髪の女性はコーヒーカップを二つ持ちながら穏やかに答える。
「そうね。月夜叉とは古くからの知り合いかな。最近はあまり姿を見かけてないけど。……あ、ついこの間来たかな。何か焦っていたみたいだったけど」
「ははあ……そうなんですか」俺が来る前にもう月夜叉は来ていたみたいだな。大方、俺を置いてどこかに行ってしまったってオチか。全く、薄情にもほどがあるぞ月夜叉は。
「どうぞ。コーヒーを淹れておいたわ」
俺はシルフィアさんの差し出したカップを有り難く受け取ると、くいっと少しだけ飲んでみる。うん、甘すぎず苦すぎずでちょうどいい。俺は一気にカップをあおると、ふう、と息を吐いてカップをテーブルの上に置く。
そんな俺がおかしかったのか、シルフィアさんはくすくすと笑う。
「よっぽど喉が渇いていたのね。もう一杯どう?」
「あ、それじゃあ、お言葉に甘えて」
その言葉を聞くと、シルフィアさんは嬉しそうに俺のカップにコーヒーを注ぎ始めた。
俺はというと、コーヒーのおかわりを楽しみにしながら、家の中を見渡していた。
――――待てよ。
俺の身体の奥深く。第六感に似た何かが、かすかに警鐘を鳴らしていた。
俺が今目にしている風景は、何の変哲もない、一つの民家の風景に間違いはない。
だが。
…………今この状況には、何かしらの“違和感”が生じていないか?
俺が脳裏でそう唱えた、その時にはもう。
「シルフィアさん」
俺の口は意思を無視して、ひとりでに動き始めていた。
「……何かしら? “幸人”くん」
シルフィアさんは感情の汲み取れない笑顔をこちらに向ける。先ほどまでの大人びた微笑みとは、僅かだが感情の揺らぎが生じているようにも見える。
だが俺は躊躇することなく、ゆっくりと告げた。
「あんた、俺を殺す気なんだろう?」
「あら、随分と物騒なことを言うのね、幸人君は」
曖昧な笑顔を向けたまま、シルフィアさんはぼそぼそと呟く。声のトーンは先より幾分低くなった。猛獣が吠えている状態から唸っている状態に変わったみたいな感じだ。分かりづらい?
……っと、そんな場合じゃないんだよ。
「何かおかしいと思った。時間軸だ。俺、月夜叉を追いかけていたはずなのに、気がついたらこの家でくたばってた。で、事の顛末を考えるに、月夜叉が向かっていたのはこの家。それであんたは、月夜叉が来たのはついこの間って言っていた。どう考えてもおかしいだろ」
「あら、幸人君が数日間気絶してたって言ったら信じてもらえないかしら?」
「その発言が既に信憑性を薄くしてるな」
元々は猜疑心の強い性格の俺。確固たる証拠がなければ納得は出来ない。
「とにかく、殺す殺さないに拘らずあんたは俺の味方じゃあ、ない。それだけは断言出来る」
「……へえ。じゃあ、その自信の根拠を教えてもらおうかしら?」
少しばかりドスのきいた声でシルフィアさん、いや、シルフィアが訊ねる。もう言うまでもなく、彼女は俺の敵だな。じゃなきゃ、冗談でもこんな問い方をするはずがない。
俺はテーブルの上のカップに手をやると、その中身を机に思い切りぶちまけた。
「あんたが俺の敵じゃないなら――――」
カップが置かれていた皿に中身が飛び散り、じゅう、と音を立てる。
「――――コーヒーの中に、劇物を入れたりしないだろう?」
「………………」
シルフィアの顔が深いそうに歪む。うわ、こいつ絶対腹黒いわ。
んで、前に俺は猜疑心が強いと言った。相手が初対面となれば当然だ。俺は最初コーヒーを差し出された時、中身に毒が入っていないかを疑った。そこで飲まなければ良かったのでは、と思う人も多いだろう。
それはちょっと違う。確かにその選択肢もアリなんだが、此方のほうがハイリスクハイリターンで俺の性に合っている。それは、「一杯目には何も入れずに二杯目に毒を盛る」という典型的なパターン。
もちろん一杯目で盛られていたら即アウトだ。潔く天に召されても問題ない。だがこの場合、毒は盛られていなかった。だから相手が二杯目を勧めてきた時は、かなりの確率で毒物が混入されていることだろう。
とまあ、冷静にクールに冷淡に天才的にかっこよく決めた俺だったが。
(うっわああああまぢで毒入ってたああああああ怖えええええええええええ((゜Д゜;))ガタブル)
内心おしっこちびりそうだった。
「あーあ、せっかく善い人気取ってたのに台無しじゃねーか、クソが」
打って変わって荒い口調に変貌したシルフィアは、その形相もレディースのヘッドがガンたれているようなとんでもない悪人面に大変身を遂げていた。折角の美貌が台無しだ。
俺は震えそうになる身体を奮い立てて、強気に口を開いた。
「それがあんたの本性か。随分と感情を切り替えるのが得意なんだな」
「まあな。同じ手段で何十人も殺せば慣れるわそりゃ」
床に唾を吐きながら文句を漏らすシルフィア。駄目だこれ。筋金入りの悪人だ。ってか、何十人も殺したって、重犯罪者じゃね? 俺普通に通報したほうがいいんじゃないの? まあ、そんなこと出来る状況じゃないってことは分かりきってるけど。
今俺が問うべきことは、俺の身の安全に関することじゃない。
「お前の正体が分かったところで、改めて質問させてもらおうかな」
俺は震えそうな足をやつに見えないように叩いて叱咤し、少し距離を置いて真正面に仁王立った。
「――――アルスちゃんは、“どうなっているんだ”」
「ほう、自分の安全よりそっちを優先か。やっぱりオタクはやることが違うねえ」
「悪いが、筋金入りのオタクでね」そこだけはなぜか胸を張って言うことが出来た。
シルフィアは不敵に笑って口の端を吊り上げると、愉快そうに目を細めて、言った。
「お前、あいつの本当の正体を知っているか?」
「……へ?」アルスちゃんの真の正体? 超絶最強な魔法戦士だとかそんな感じ?
「奴は元々、普通の少女だった。で、色々あって、普通じゃなくなった」
随分と大雑把な説明で全俺が憤慨。
「どういうことだ、言ってることが理解できねえ。アルスちゃんはただの魔法少女じゃないのか?」
「奴に会った奴は須らくそう言いやがるよ。最初はな」
シルフィアが忌々しげに舌打つ。ってかあれ、なんか敵じゃなく見えてきた。気のせい?
「最初って、後からなんか凄いことになるのか?」
「凄いってレベルじゃあ、ない」
俺に歩み寄って、シルフィアは言い放った。
「単刀直入に言おう。私はお前の敵では、ない。そしてアルスの正体は、史上最強兵器『マグナ』を身体の奥底に秘めたヒューマノイドウェポン、『アルスマグナ』だ」
な、何だって? シルフィアが俺の敵ではなくて、アルスちゃんは実は兵器? 何のこっちゃ? 俺が勇者で彼女が兵器で生徒会長? 俺は何を言っているんだ?
俺が頭の上に疑問符を浮かべながら混乱に陥っていると、シルフィアは俺の頭を軽く小突いた後、粗暴ながらも諭すように俺に向けてこう言った。
「いいか。《B.G.E.C》、もとい美少女撲滅委員会がアルスを狙っている真の理由は奴をブサイクにするためではない。奴の秘められた能力を利用して、世界を支配してやろうと目論んでいるんだ」
そして一言。
「秘められし力――――『あらゆる生き物を天然美少女にする能力』をな」
………………………………はい?
曖昧な笑顔を向けたまま、シルフィアさんはぼそぼそと呟く。声のトーンは先より幾分低くなった。猛獣が吠えている状態から唸っている状態に変わったみたいな感じだ。分かりづらい?
……っと、そんな場合じゃないんだよ。
「何かおかしいと思った。時間軸だ。俺、月夜叉を追いかけていたはずなのに、気がついたらこの家でくたばってた。で、事の顛末を考えるに、月夜叉が向かっていたのはこの家。それであんたは、月夜叉が来たのはついこの間って言っていた。どう考えてもおかしいだろ」
「あら、幸人君が数日間気絶してたって言ったら信じてもらえないかしら?」
「その発言が既に信憑性を薄くしてるな」
元々は猜疑心の強い性格の俺。確固たる証拠がなければ納得は出来ない。
「とにかく、殺す殺さないに拘らずあんたは俺の味方じゃあ、ない。それだけは断言出来る」
「……へえ。じゃあ、その自信の根拠を教えてもらおうかしら?」
少しばかりドスのきいた声でシルフィアさん、いや、シルフィアが訊ねる。もう言うまでもなく、彼女は俺の敵だな。じゃなきゃ、冗談でもこんな問い方をするはずがない。
俺はテーブルの上のカップに手をやると、その中身を机に思い切りぶちまけた。
「あんたが俺の敵じゃないなら――――」
カップが置かれていた皿に中身が飛び散り、じゅう、と音を立てる。
「――――コーヒーの中に、劇物を入れたりしないだろう?」
「………………」
シルフィアの顔が深いそうに歪む。うわ、こいつ絶対腹黒いわ。
んで、前に俺は猜疑心が強いと言った。相手が初対面となれば当然だ。俺は最初コーヒーを差し出された時、中身に毒が入っていないかを疑った。そこで飲まなければ良かったのでは、と思う人も多いだろう。
それはちょっと違う。確かにその選択肢もアリなんだが、此方のほうがハイリスクハイリターンで俺の性に合っている。それは、「一杯目には何も入れずに二杯目に毒を盛る」という典型的なパターン。
もちろん一杯目で盛られていたら即アウトだ。潔く天に召されても問題ない。だがこの場合、毒は盛られていなかった。だから相手が二杯目を勧めてきた時は、かなりの確率で毒物が混入されていることだろう。
とまあ、冷静にクールに冷淡に天才的にかっこよく決めた俺だったが。
(うっわああああまぢで毒入ってたああああああ怖えええええええええええ((゜Д゜;))ガタブル)
内心おしっこちびりそうだった。
「あーあ、せっかく善い人気取ってたのに台無しじゃねーか、クソが」
打って変わって荒い口調に変貌したシルフィアは、その形相もレディースのヘッドがガンたれているようなとんでもない悪人面に大変身を遂げていた。折角の美貌が台無しだ。
俺は震えそうになる身体を奮い立てて、強気に口を開いた。
「それがあんたの本性か。随分と感情を切り替えるのが得意なんだな」
「まあな。同じ手段で何十人も殺せば慣れるわそりゃ」
床に唾を吐きながら文句を漏らすシルフィア。駄目だこれ。筋金入りの悪人だ。ってか、何十人も殺したって、重犯罪者じゃね? 俺普通に通報したほうがいいんじゃないの? まあ、そんなこと出来る状況じゃないってことは分かりきってるけど。
今俺が問うべきことは、俺の身の安全に関することじゃない。
「お前の正体が分かったところで、改めて質問させてもらおうかな」
俺は震えそうな足をやつに見えないように叩いて叱咤し、少し距離を置いて真正面に仁王立った。
「――――アルスちゃんは、“どうなっているんだ”」
「ほう、自分の安全よりそっちを優先か。やっぱりオタクはやることが違うねえ」
「悪いが、筋金入りのオタクでね」そこだけはなぜか胸を張って言うことが出来た。
シルフィアは不敵に笑って口の端を吊り上げると、愉快そうに目を細めて、言った。
「お前、あいつの本当の正体を知っているか?」
「……へ?」アルスちゃんの真の正体? 超絶最強な魔法戦士だとかそんな感じ?
「奴は元々、普通の少女だった。で、色々あって、普通じゃなくなった」
随分と大雑把な説明で全俺が憤慨。
「どういうことだ、言ってることが理解できねえ。アルスちゃんはただの魔法少女じゃないのか?」
「奴に会った奴は須らくそう言いやがるよ。最初はな」
シルフィアが忌々しげに舌打つ。ってかあれ、なんか敵じゃなく見えてきた。気のせい?
「最初って、後からなんか凄いことになるのか?」
「凄いってレベルじゃあ、ない」
俺に歩み寄って、シルフィアは言い放った。
「単刀直入に言おう。私はお前の敵では、ない。そしてアルスの正体は、史上最強兵器『マグナ』を身体の奥底に秘めたヒューマノイドウェポン、『アルスマグナ』だ」
な、何だって? シルフィアが俺の敵ではなくて、アルスちゃんは実は兵器? 何のこっちゃ? 俺が勇者で彼女が兵器で生徒会長? 俺は何を言っているんだ?
俺が頭の上に疑問符を浮かべながら混乱に陥っていると、シルフィアは俺の頭を軽く小突いた後、粗暴ながらも諭すように俺に向けてこう言った。
「いいか。《B.G.E.C》、もとい美少女撲滅委員会がアルスを狙っている真の理由は奴をブサイクにするためではない。奴の秘められた能力を利用して、世界を支配してやろうと目論んでいるんだ」
そして一言。
「秘められし力――――『あらゆる生き物を天然美少女にする能力』をな」
………………………………はい?