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かつての地上の覇者(前編)

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 ジーノが剣の鍛錬を終えて宿に戻ってみると、リンとフィーがジーノを待っていた。若干おろおろしているような二人の雰囲気にジーノは首をかしげたが、なんでもエネから仕事の依頼があったらしく、その判断をジーノにもして欲しいようだ。部屋へ行くと、足を組んで椅子に座っているエネが、鋭い視線でジーノの顔を見つめてきた。
「来たわね沈黙のジノーヴィ。依頼っていうのはある施設の警護、そして有事の際には脅威の排除ってのが大まかな内容ね」
 ジーノはフィーに通訳させながら、依頼について質問した。
(その護衛しなくてはならない施設とは何だ?)
 エネはニヤリと笑うと質問に答えた。
「ドラゴンの養殖場及びその内部にある研究施設」
 眼を見開いて3人は驚いていたが、あからさまに怪しいことこの上ない提案だった。そもそも国が管理している極秘施設に、騎士でもない人間を防衛戦力として使うなどあり得ない。なんで彼女がこんな仕事を依頼してくるのか、そこからしておかしいのである。
「まあ普通はそうやって警戒するわよね。あたしはこれでも政府関係に傭兵を斡旋する仲介屋をやってんのよ。あんたらを選んだのは、ある人物からの推薦があったからなんだけどね」
「推薦、ですか?」
「まあそれは受けてもらえばわかるわ。それにあんたらは施設周辺の警護のみで中には入れない、仮にも国の極秘施設だから当然だけどね」
 ジーノは一度考え込むと、もう一つ質問をした。
(なぜ急遽、防衛戦力を増強させる必要がある?)
「キサラギのテロ対策よ。最近は連中も手段を選ばなくなってきたから、それに備えてってことよ」
 少しばかりきな臭い仕事ではあるが、これで国の信用を得ることができれば、これからいろいろ調べやすくなる可能性は十分にある。少々情報も不足してはいるが、せっかく掴んだ手掛かりをここで途切れさせるわけにもいかない。そう考えてジーノ達は依頼を受けることになった。

 ルグレンの郊外、大型草食動物ヌウの牧場を通り抜け、堅牢な赤き壁が囲うドラゴンの養殖場へとジーノ達はやってきた。遠目から見ると、その入り口の門付近には数人の騎士と、どこかで見たことのある鎧を着込んだ大男が立っている。
「あ、あれって…ファントムよね?」
 数日前の恐怖が頭の中でチラつきながら、リンはエネに訊ねた。
「ええ、そうよ。だってあんたらを推薦したのって彼だもの」
「…ねえ、ジーノ。あたしこの依頼受けたくないんだけど…」
(却下だ)
 意見をバッサリと切り捨てられたリンが、がっくしと肩を落としたまま、3人は入り口の門にたどり着く。
「来たか。また会うこともあると思っていたが、思いのほか早くなったな」
 ジーノはファントムを一瞥すると、そのまま通り過ぎて門のそばにある詰所に入っていった。
 ドラゴン養殖場入口付近に設置された小屋、それがここの防衛を任された者達の住まいである。ハッキリ言ってボロい。国家機密防衛の要所であるドラゴン養殖場の兵士詰所は、驚くほどテキトーな小屋だった。
 そもそもここのドラゴン養殖場は、大きなクレーター状の地形の周りに堅固な壁を築いたものである。その壁沿いの内側にドラゴンの巣を作って育てているため、入り口以外から無理やり入ろうとすればドラゴンの餌になってしまう。そのため、入り口さえ固めていれば防犯対策としては十分ではあるのだが、入り口付近には外と中で別の部隊が駐屯している。
 防衛対象の性質上、内部に入れる人間は自ずと身分の高い人間か、かなり信頼のおける人物かに限られてくる。だからこそ中で任務にあたっているもの達が、外にしかいられない騎士たちを見下すようなことは日常茶飯事であり、それが形となって現れた嫌がらせの一つが、このオンボロ小屋である。
 3人はその小屋に入って簡単な説明を受けると、そのままそこに駐在している騎士たちに混ざって入り口の警護をすることになった。
「リンさん、いつまでファントムに怯えてるんですかぁ?」
 常にファントムに怯えながら仕事をするリンを見かねて、フィーが話しかけた。
「そう簡単に言うけどね。あの恐怖をすぐにどうこうしろってのは無理な話よ」
「でも今は味方ですから大丈夫ですよぅ。むしろ頼もしいじゃないですかぁ」
 フィーの言葉を聞いても微妙な表情のままのリンを見て、フィーは安心させるためにファントムの話をリンに聞かせることにした。

 ファントム、本名ボルト・ロックザット。元々この国の南部出身で、大商人の息子だったらしい。割とお坊ちゃんだったようだが、11年前の所属不明のコトダマ使いの襲撃に巻き込まれ、資産のほとんどを失ってしまった。それから3年経ち僅かに残った財産も使い果たしたので、元々ボルトはガタイもよく武術の才もあったため、傭兵として生計を立てることにしたようだ。
 周りの人間からよく”何故傭兵なんだ?”と聞かれることが多かったそうだが、本人曰く”性にあっているから”とのことだ。
 ボルトが有名になるきっかけとなった出来事は、彼が傭兵を始めておよそ4年後のことだった。キサラギが国境の町ザムシティを占拠した際、彼のおかげで被害は最小限になったといわれている。
 街の入り口正面に居る兵士たちをことごとく蹴散らし、門の上から矢や落石を受けながらも、たった1発の大槌の一撃で門を打ち破ったそうだ。その様子を見ていた兵士たちは皆絶句して、戦場に大槌の反響音が響き渡ったらしい。
 鎧も所々凹み、血を流しながら陣地に帰って、彼が味方に行った最初の言葉が”重くてもいいからもっと頑丈な鎧を用意してくれ”だったそうな。

 やや昔話風に語るフィーの話を聞いて、リンはあきれてしまっている。
「なんか想像してたよりも変わった奴ね、ファントムって」
「ええ、鎧にはこだわりがあるらしくて、今着てるあれも特注の1品物らしいですよ」
 気が抜けたように大きく息を吐いて、リンは自分の頬を2度叩いて気を引き締めると、フィーにお礼を言った。
「なんか少し気が楽になった気がするわ。ありがとね」
 フィーはそれに笑顔で答えると、二人は仕事に戻っていった。
 ジーノ達が雇われてから5日、ぼろ小屋、もといドラゴン養殖場入り口警備員詰め所の、床とたいして変わらない硬さの布団でジーノは仮眠をとっていた。
「グギャーオオオオオォー!!」
 獣の凄まじい雄叫びに、ジーノは一瞬で眼を覚まし装備を整えようとしていたが、隣で寝ていたここの入り口守備隊の隊長騎士に呼び止められて動きを止めた。
「気にすんな傭兵のアンちゃん。たまにあるんだよ、こうやっていきなりドラゴンどもが騒ぎ出したり…」
 その騎士が話している最中に今度は建物が壊れるような音と、悲鳴が聞こえてくる。
 ジーノはその騎士に目線のみで問いかけると、騎士はやや青ざめた顔で苦笑いした。
「やばそーだな。ほれ、テメ―らさっさと起きろ、緊急事態だ!!」
 皆急いで装備を整えて、入り口へと向かうが、皆中には入らず様子を窺っている。ここに居る傭兵を含む騎士達は、皆中に入ることを許されてはいないため、入り口付近から様子を見ながら、身分の高いものからの指示を待たなければならない。
 そんなところへ、明らかに寝巻きのままであろう中年のおっさんが走ってきた。歳の割に水玉模様のパジャマを着て裸足のまま慌てて走っているため、妙に滑稽に見える。
「お、お前ら中に入ることを許可するから、あのドラゴンを何とかして来い!!」
 その命令にそこに居た皆がざわめき立つが、さっきジーノと話していた騎士が異議を唱えた。
「中の戦力だけでは無理なんですか?かなりの数がいたはずでしょう!」
 走ってきた男は苦虫をかみしめたような表情を作って、返答する。
「中の連中はこの騒ぎで他のドラゴンが騒いだりしないように、睡眠剤を打ってまわっとるんだ。残りも怪我をした研究員の救助に当たっとる」
「それは、残ったここの人間だけで、ドラゴンを抑え込むなり殺すなりしろということですか…」
 その言葉にパジャマ姿の男は、沈黙して肯定した。
 皆は顔を見合わせて様子を窺っているが、そのあんまりな命令に言葉を発せる者はいなかった。
 そもそも、成体となったドラゴン1匹を討伐するために必要な人数は、数百人単位だと言われている。
 ここのドラゴンは今起こっているような暴走を極端に恐れているため、少々ドラゴンの質が悪くなるのを覚悟して部分的に筋繊維を切断してある。翼と尻尾に至ってはほとんど動かない状態にまでしてあるらしい。
 しかし、例えそうだとしても、門の守りはせいぜい41人である。その全てを動員しても、何とかなるとは到底考えられない。
 入り口守備隊長が、できるだけ表情を変えないように皆に命令を出した。
「命令内容は聞いての通りだ。行くぞお前ら!」
 その声を聞いても、なかなか1歩を踏み出そうとする者がいなかったが、最初の一歩を踏み出したのはファントムだった。それに続くようにジーノ、フィーが続き、やれやれといった表情でリンがそれについて行った。
 その様子を見ていた他の騎士たちが意を決して中へ入っていく。
 そんな中、隊長は隣を歩くファントムに皆に聞こえない程度で話した。
「すまん。助かった」
「気にするな。ここで何もしなければ、我々は国家反逆罪で縛り首だろう?」
 それに隊長は苦笑いで答えると、ファントムは肩を回して体をほぐした。
16, 15

  

 皆がドラゴン養殖場の中央に差し掛かった時、そこには翼と尻尾を地面にこすりつけながら、四つん這いで歩く灰色のドラゴンの姿があった。大きさは30メートルくらいだろうか。人間に飼われ、尻尾と翼を奪われたかつての地上の覇者は、息を荒げたまま歩いていた。
 そのドラゴンは騎士たちの姿に気付くと、前足と後ろ脚の動きを止めて、大きく息を吸い込む。
 そこへ、横合いから白衣を着た研究者らしき男が叫んだ。
「にげろぉ!ドラゴンブレスが来るぞぉ!!」
 その声に7割以上の騎士が反応できなかったが、傭兵たちと一部の騎士は全力でその場から退避した。
 その瞬間、ドラゴンの大きな雄叫びと共に放たれたそれは、一直線に騎士たちを襲った。皆上から、何かとてつもなく重い何かで押しつぶされたかのように、地面にその体をへばりつけられていた。
 幸い皆生きてはいるようだが、意識が無いものも多く、戦うことは難しいだろう。もはや戦力は騎士3人、傭兵3人の計6人のみである。
 その様子を、少し離れたところから見ていたフィーは、妙な違和感を覚えた。その違和感は、ドラゴンの王のドラゴンブレスが炎だと伝えられていたせいだと考え、あまり気にしなかったが。
 こちらの戦力は凄まじく脆弱ではあるが、幸いにも傭兵の中にはコトダマ使いがいる。そのことに活路を見出した隊長は、皆に指示を出していった。
「皆散らばって動け!かく乱して隙を作らせるんだ!リンさんは少し離れて確実にコトダマで攻撃をして下さい!!」
 皆その命令に従うように散らばり、ドラゴンの正面を避けて構えたが、一人だけ、ドラゴンの正面で仁王立ちしている男がいる。
「すまんが正面から行かせてもらう。それしか能が無いのでな」
 皆、開いた口がふさがらなかった。噂通りの、いや、噂以上の頑固者である。
 ドラゴンも正面に居るファントムを最初の標的に選んだようで、まっすぐファントムに突っ込んでいった。
 その突進に合わせ、ファントムは大槌の一撃をドラゴンの鼻っ柱に叩きこむ。
「グギャァアアアアアア!」
 耳を塞ぎたくなるような大声と共に、ドラゴンは大きく体をのけぞらせた。
 そこへ、ジーノが十分な助走をつけて、バスタードソードブレイカ―をドラゴンの首に叩きこむ。
 まるで地面に直接剣を当てた様な感触が、ジーノの手に伝わってきた。
 ドラゴンが体を揺らし全てを振り払おうとする動きに反応して、ジーノは即座に退いた。
 よく見ると、さっきの1撃を当てた鱗にはひびが入っている。
 ジーノは軽く舌打ちをすると即座に考えをまとめた。
 このまま同じ個所にダメージを与え続けることができれば、鱗を砕き致命傷を与えることも可能かもしれない。しかしそれには、勢いをつけたバスタードソードブレイカ―の一撃を何度も当てる必要がある。この技はラドルフさんも1度使うと肩が動かなくなっていたように、俺も2~3回使うと肩が動かなくなる。それにこの技で何度も同じ位置を狙うなんて器用なまねは無理だ。ファントムにやってもらうにも、あいつは鎧を着込み過ぎているせいか動きが遅すぎて無理だろう。あとは、リンだが…。
 
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