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暗躍

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 ルグレン郊外、ドラゴン養殖場から山を一つ越えた場所にある炭焼き小屋で、フラッグ達は捕まえた初老の男を尋問しようとていた。
「一応部下達は小屋の周りに張らせてはいるが、あんたが話してるような組織が攻めてきたら、俺らは間違いなくお陀仏だぞ。なあ、エネさんよう」
 エネは不満を顔に出しながら突っかかるフラッグを一瞥すると、薄笑いを浮かべながら質問に答えた。
「誰もこんな爺さんを救出になんか来ないわよ。下手に手を出して、自分達の存在をアピールするような真似をするはずが無いわ」
「そーかい。なら俺は小屋の入口で見張ってっから、あとはよろしくやってくれや」
 そう言いながら小屋の外へ出ようとするフラッグの進路を塞いで、エネは口を開く。
「いいえ、あなたにもこいつの話を聞いてもらうわ」
「どーいうこった?俺なんかが聞いてもいーのかよ?」
 エネは薄笑いを浮かべながら、フラッグを見つめた。
「それはこっちのセリフ、と言っておこうかしらね。この状況であなたは情報が欲しくないの?」
 フラッグは顔をゆがめて舌打ちをする。
 今の状況――フラッグ達D-9部隊は、国から命令権を与えられたエネの指示で、この男を捕まえた。この男を捕まえる前に聞いたエネの話が事実ならば、彼らは既にエネの側の人間ということになる。このまま協力するにしても、拒否するにしても敵に狙われる可能性があることには違いない。
 相手のことを何も知らずに襲われるか、少しでも知っていて襲われるのでは対処の幅がかなり違うものだ。エネの作戦に参加した時点でもはや後戻りは不可能である。
 まあそもそも、フラッグ達に命令を拒否する選択肢など無かったわけだが…。
 ムスッとした顔で椅子に座るフラッグを、エネは満足そうな顔で確認すると、捕まえた初老の男の正面に、どんと腰をかけた。
「さて、正直、私はあなたに聞きたいことなんてないのよ。ただ私の話を聞いてくれるかしら?」
 初老の男は椅子に縛り付けられたまま、ただエネを睨んでいる。
「まず、あなたは10数年前の所属不明のコトダマ使い襲撃事件を起こした組織に所属してるわね?」
 初老の男は眼をつぶって口を開こうとしない。
「…そしてあなたはドラゴンを暴れさせそのどさくさにまぎれて、あそこにある何かを抹消したかった」
 初老の男の瞼がぴくっと動いたのを見てフラッグは口を挟んだ。
「何か?」
「そう、ある輝石の研究資料。ちゃんと私が別の場所に移しといたから無事よ」
 初老の男はプルプル震えながらようやく口を開いた。
「貴様…わしがドラゴン養殖場に潜入するために何年かけたと思って…」
「20年」
「?」
「私はあんたらの組織を20年探し、調べ続けてきた。その確証たる構成員の一人をようやく確保したと思ったら、あんたみたいな間抜な下っ端で、こっちははらわた煮えくり返ってんのよ」
 エネの感情がこもった声に、初老の男はたじろいだ。
「まあそれでも、あなたのおかげで輝石に関する資料を処分することが、組織にとってどのくらい重要なのかはわかったわ」
 その言葉にフラッグは再び口を挟んだ。
「どういうことだ?」
「お粗末すぎるのよ。今まで組織は隠密行動、情報操作において、かなり完成度が高い行動をしてきている。それなのに、手を出すのに時間がかかるドラゴン養殖場内で輝石の研究が始まった途端、こんな間抜けが尻尾どころか下半身丸ごと出して処分に踏み切った」
 フラッグはニヤリと笑みを浮かべながら、それに相槌を打った。
「なるほどねぇ。つまりは、多少無理をしてでも早急に処分しなきゃならんようなモンが、その輝石にはあるってことか」
「理解が早くて助かるわ」
 笑顔で答えるエネに大きなため息をしたフラッグは、垂れ下がったやる気のない視線を向けながら訊ねた。
「結局俺らの仕事は資料を守るか、組織とやらが今やろうとしてることの調査ってとこだろ?命令すんならさっさとしてくれ」
「ホントは組織がたくらんでいることを調べてきてもらうつもりだったんだけど…。実はちょうどいい手ゴマを見つけたから、まずはそいつ等に行ってもらうわ」
「じゃあそれまでは特にないんだな?それなら当分は休ませてもらうぞ」
 そう言いながらフラッグは炭焼き小屋を後にする。
「ええその時が来たらしっかり働いてもらうわ」
 エネの声に振り向きもせずに、フラッグは街の方へと歩いて行った。
 フラッグは宿屋に着くと、自分の部屋に行く前にトマスの部屋を訪ねた。
「トマスの様子はどうなってんだ?」
 ノックもなしにいきなり部屋に入ってきたフラッグに驚いて、トマスは毛布をかぶったままビクッと体を震わせる。
「まあ見ての通りでスよ。ひたすら怯えて布団に隠れたままでス」
 あきれた様な表情で、布団に丸まったトマスを指差すカストール。でかい体つきのトマスが布団にくるまって震えている姿は、滑稽以外のなにものでもない。
「で?なんでこいつは、こんなんなってんだ?」
 カストールは少々困った顔をして、頬を掻きながら説明した。
「なんか、呪われた剣を持った男を見た…とか何とか言ってまスが」
「あ?」
 フラッグが明らかに不機嫌になるのを感じて、カストールはとりあえず弁明する。
「ホントでスよ。なんか炎の化け物がどうとかで…」
 そんなカストールの話も聞かず、フラッグはベットで丸まっているトマスを思いっきり蹴り飛ばした。
「ぶべぇ!」
 ケツから蹴り飛ばされ、頭から床に激突したトマスの頭を、フラッグは容赦なく踏みつけた。
「良い身分だなぁトマスぅ?こっちがまじめに働いてる間、幽霊怖くておねんねとはいい度胸だよなぁ?」
「む~、んむゥ~」
 そう言いながら、フラッグはトマスの頭をグリグリ踏み続ける。
「なんなら幽霊に呪い殺される前に、俺が引導を渡してやってもいいんだぞ」
 腰のレイピアを握るフラッグを見たカストールは、慌てて止めに入った。
「ちょっ!まずいでスって!!」
「離せ!カストール!!」
 腰にしがみつくカストールを振りほどこうとするフラッグ。その隙にトマスは壁際まで避難した。
 カストールがあまりにしっかりしがみついているので、振りほどくのを諦めたフラッグは、息を切らせながらトマスを睨んだ。
「お前はそんなんだから惚れた女も手に入れられずに、貴族の名を捨てることになっちまったんだろーが!!」
 その言葉にトマスの震えは止まったが、俯いたまま動かなくなってしまった。
 そんなトマスを見たフラッグは、腰にしがみついたカストールを引きずったままトマスの近くまで来ると、思いっきり鳩尾に蹴りを喰らわせた。
 涙と吐しゃ物を床に撒き散らすトマスに唾を吐きかけると、フラッグはカストールを引っぺがして部屋を後にする。その後ろを慌ててカストールは追いかけた。
「ちょっ!隊長!!」
 そんなカストールの呼びかけにも答えずに、フラッグは自分の部屋に入っていった。

 まったくもって不愉快極まりない。トマスのバカを見ていると胃がムカムカする。
 俺はベットに仰向けに寝転ぶと、天井を見ながらトマスのプロフィールを思い出した。
 トマス・フィールトン、田舎貴族の3男。実母は使用人で出産時に死亡したため、父親が不憫に思い周囲の反対を押し切って息子として育てられた。当然周囲からの風当たりは強かった。親兄弟にこれ以上迷惑をかけないためか、自立するために士官騎士学校に入り騎士となる。
 しかし、今から7年ほど前に事は起きた。トマスは偶然出会ったある女性に恋をした。そしてそのまま両想いになったらしいのだが、相手が悪かった。こともあろうに女は宰相令嬢だったそうだ。当然ながら親に認められる縁談ではない。おそらく宰相の差し金だろうが、そのままあることないこと噂を立てられ、左遷に左遷を重ねこのD-9部隊に配属されて今に至っている。
 トマスのことは大まかに調べた程度とはいえ、明らかに抗った形跡が無い。惚れた女のために、宰相を説得しに行ったことすらないようだ。
 相手は凄まじい権力をもった相手だ。正攻法で勝てるわけが無い。例え汚い手を使っても、大切なものを守ろうという意気込みがトマスには感じられなかった。自分を綺麗に保ったままで本当に守りたいものを守れるはずもない。自分を汚す度胸もないから、幽霊に怯えたりするのだろう。
 あんな男に惚れた女は不幸としか言いようがない。
 トマスのことを考ながら、脳裏に浮かぶ自分の姿にイラつきつつ、フラッグは眠れない夜を過ごした。
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