ジーノと二人っきりの旅をしてようやく分かったことがある。
ジーノが自分から話す時は本当に必要な時のみで、場を持たせようとか雰囲気を良くしようとかでは、一切口を開かない。
だからそういう時は自分から話しかけ、尚且つ話を途切れさせないように話題を続けなければならない。このムッツリ男はせいぜい相槌程度でしか口を開かないが、話はちゃんと聞いているからだ。
この前あまりに同じような相槌しか打たないので、試しに「ムッツリロリコンジーノ」と言ったら、ガントレットをつけている右手で拳骨されたので、それに関しては間違いない。
まあ今まで会話と言えば、フィーとばかりしていたので、ある意味いい機会でもあった。仕事仲間のことをよく知っておくのはいいことだ。ジーノ風にいえば「事前情報は仕事をこなす上で重要」となるだろう。
こんな風に少しはジーノのことを知ることができてきている…と思う。あたしなりにジーノ性格を簡単にまとめると、”実直で真面目な頑固者”というところだろうか。あとはそれに”ムッツリ”を加えれば完璧だろう。
そんな風に考えながらジーノと旅をしていたが、まさかジーノとの静かな旅路の方が良かった、なんて思うことになるとは考えもしなかった。
ミラージュの国境を越え、護衛役兼案内役の兵士に馬車に乗せられて、あたしたちはミラージュの首都に向かっている。まあ、言ってしまえばあたしたちは監視されている状態なのである。
それに関しては仕方ないことだと理解しているのだけど、向かいに座って大声でしゃべり続けるこの男はどうにかならないのだろうか…。
「そもそも!我が国ミラージュは!人種、国を問わず!信仰されている!オラクルの教えがあってこそでありまして…!」
うるさい。うざい。そして、なにより暑っ苦しい。
夜中にこんな声で会話していたら、間違いなく近所から苦情が来る程の大声で、フォルカスという男は話し続ける。
国境から私たち二人は馬車に乗せられ、その付き添いとして二人の兵士が同行していた。
一人は馬車の手綱を握っているルースという男。こっちとは一切話していないのでどんな人物かは分からない。しかし、どこにでもいる様な優男といった風貌をしてはいるが、フォルカスの声のトーンが上がるたびに、舌打ちや唾を吐いているところを見かける。案外癖のある人物なのかもしれない。
そちらに関しては実害が無いので今のところ問題はないのだが、このフォルカスという男だけはどうにかして欲しい。さっきからずっと本人はミラージュの説明をしっかりしているつもりなのだろうが、説明内容には重複が多く、無駄に大きい声で唾を飛ばしながら話す様は、騒音をまき散らす筋肉ダルマでしかない。
ただジーノが言うには、こんな連中でも国外から来た客人を護衛、監視する役目を与えられたエリートであり、国から認められた実力者でもあるそうだ。
大声で話すフォルカスの説明を右から左へと聞き流しながら、私は動かないジーノの顔を見て絶句した。
このむっつり男はあたしにフォルカスの話の聴き手をやらせておきながら、自分はちゃっかりと薄目を開けたまま眠っていたのだ。
流石にイラッときたあたしは涼しい顔をして正面を向くと、左足のかかとでジーノの足を思いっきり踏ん付けた。
「―ッんぁ!」
ちょうどジーノが妙な声を上げて目を覚ましたと同時に、馬車が急停車する。
一瞬私は自分のせいで馬車が泊ったような錯覚を起こしたが、当然そんなはずもないのでフォルカスに訊ねてみた。
「もう目的地に着いたんですか?」
「いえ!そんなはずはないのですが…」
そんなちょっとしたやり取りでも声がでかいフォルカスの後頭部を、ルースが容赦なく拳骨で殴った。
「五月蝿い、黙れ。お前は俺がいいっていうまで喋るな」
凄まじくドスの利いた声でルースが話す。こちらは声が低くて聞きとりずらい。なんとも両極端な二人だ。
「客人。すまないがここで少し足止めだ」
「何かあったんですか?」
ルースは馬車の正面方向にある村を指差して説明した。
「今あの村にはリーンガーベル様が視察に来ておられる。すまないが外国人であるあんたらは、これ以上近づけない」
「なに!リーンガーベル様があの村に来ていらっしゃるのか!!」
突然起き上がったフォルカスは、さっきよりも大きい声で話した。
「フォルカス!黙ってろって言っただろうが!!」
「リーンガーベル様が来ていらっしゃるのだぞ!これが黙っていられるか!!」
何やら取っ組み合いを始めてしまう二人。
とりあえずあたしはリーンガーベルという人物を知らなかったので、取っ組み合いをしている二人には聞こえない程度の声で、ジーノに話しかけた。
「ねぇ、リーンガーベルって誰?」
その質問に、ジーノはさっき踏まれたつま先を気にしながら答えた。
「この国のコトダマ使いの一人だ」
「コトダマ使い?」
「ああ、コトダマ使いであると同時に、民衆にとっての信仰の対象でもあるらしい…が詳しいことは俺も知らない」
ジーノの話を聞いてふーん、と相槌を打ちながらあたしが顔を上げると、何故か馬車が兵士に包囲されていた。
「へ?」
目を丸くしながらあたりを見渡すと、フォルカスやルースとは違う装備をした兵士達が武器を構えて並んでいた。
「貴様らぁ!何を騒いでおるのだ!!」
馬車を包囲している兵士の指揮官らしき男の一喝で、フォルカスとルースは直立不動になった。
まあ、国の要人がいる近くで外国人を乗せた馬車が騒がしければ警戒もされるだろう。無論ジーノと私には何の非もない。
リンの心労(序)
二人が説教され始めて30分くらい経っただろうか、さっき二人を一喝した隊長らしき兵士がこちらへ近づいてきた。
「二人がご迷惑をおかけして本当に申し訳ない。実力は確かなのですが…」
最後の方で隊長らしき男は言葉を濁す。ハッキリ言わなくとも何となくわかっているでしょう?的な視線を向けながら、愛想笑いで誤魔化した。
まったくもって誤魔化せてはいないが。
「私はリーンガーベル様を含めた四聖唱女の親衛隊隊長を務めております。チャールズといいます。入国の理由を窺ってもよろしいですか?」
その問いに何の後ろめたさも、非もないリンは即座に答えた。
「私たちはエネ・ウィッシュから依頼を受けてこの国に来ました」
エネ・ウィッシュという言葉にチャールズの顔色が変わる。
「エネ様の…」
チャールズが何かを言おうとした時、それを遮って女性の声が聞こえた。
「エネ様の使いの方ですって?」
チャールズの首が心配になるくらいの勢いで、声の方向に向けられる。
「リーンガーベル様!私が安全を確保するまでは、待機して下さいとお願いしたでしょう!!」
チャールズの振り向いた先には白銀の十字架を首から下げ、白い修道服を着た20前後の女性が立っていた。その姿を見た親衛隊達は、皆武器を収めて頭を下げている。
「でも、エネ様の使いの方なのでしょう?ならば何の問題も無いではありませんか」
「しかし、ですなぁ」
チャールズは何とも困ったような表情で唸った。
「はじめまして。私は癒しの聖唱女リーンガーベル・ドゥードゥルーと申します」
その凄まじい高貴なオ―ラに、あたしは憶してしまったようで上手く声が出ない。そんな様子を察したジーノが、すかさず跪いて口を開く。
「私達のような者にもご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はエネ・ウィッシュに雇われた傭兵でジノーヴィと申します。そして、隣に居るのが同じく傭兵のリンクスです」
あたしが慌ててジーノの隣で跪くと、視線のみでジーノに凄まじく非難された。
「私はこれから首都に戻るのですが、良ければお二人もご一緒しませんか?エネ様のこともお聞きしたいですし…」
「リーンガーベル様!それは…!!」
即座に止めようとするものの、すでに上目使いで見詰められていたため、チャールズはたじろいだ。
周りの兵士たちからは、小さな声で「またか」、「負けたな」、という声が聞こえる。
20秒程唸った後、チャールズはゆっくり顔を上げた。その表情は明らかにさっきよりも、疲れたものとなっている。
「…分かりました。しかし、馬車には私も同乗します。それでよろしいですな?」
その言葉に満面の笑みを浮かべて、リーンガーベルはリンの腕を引っ張った。
「さあ、では参りましょう」
「へ?ちょ…!」
そんな状況でも、いつもの無表情で二人の後ろをついて行くジーノ。
既にリンは疲れていたが、彼女のミラージュで溜まる心労は、まだまだ序の口でしかなかったりする。
「二人がご迷惑をおかけして本当に申し訳ない。実力は確かなのですが…」
最後の方で隊長らしき男は言葉を濁す。ハッキリ言わなくとも何となくわかっているでしょう?的な視線を向けながら、愛想笑いで誤魔化した。
まったくもって誤魔化せてはいないが。
「私はリーンガーベル様を含めた四聖唱女の親衛隊隊長を務めております。チャールズといいます。入国の理由を窺ってもよろしいですか?」
その問いに何の後ろめたさも、非もないリンは即座に答えた。
「私たちはエネ・ウィッシュから依頼を受けてこの国に来ました」
エネ・ウィッシュという言葉にチャールズの顔色が変わる。
「エネ様の…」
チャールズが何かを言おうとした時、それを遮って女性の声が聞こえた。
「エネ様の使いの方ですって?」
チャールズの首が心配になるくらいの勢いで、声の方向に向けられる。
「リーンガーベル様!私が安全を確保するまでは、待機して下さいとお願いしたでしょう!!」
チャールズの振り向いた先には白銀の十字架を首から下げ、白い修道服を着た20前後の女性が立っていた。その姿を見た親衛隊達は、皆武器を収めて頭を下げている。
「でも、エネ様の使いの方なのでしょう?ならば何の問題も無いではありませんか」
「しかし、ですなぁ」
チャールズは何とも困ったような表情で唸った。
「はじめまして。私は癒しの聖唱女リーンガーベル・ドゥードゥルーと申します」
その凄まじい高貴なオ―ラに、あたしは憶してしまったようで上手く声が出ない。そんな様子を察したジーノが、すかさず跪いて口を開く。
「私達のような者にもご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はエネ・ウィッシュに雇われた傭兵でジノーヴィと申します。そして、隣に居るのが同じく傭兵のリンクスです」
あたしが慌ててジーノの隣で跪くと、視線のみでジーノに凄まじく非難された。
「私はこれから首都に戻るのですが、良ければお二人もご一緒しませんか?エネ様のこともお聞きしたいですし…」
「リーンガーベル様!それは…!!」
即座に止めようとするものの、すでに上目使いで見詰められていたため、チャールズはたじろいだ。
周りの兵士たちからは、小さな声で「またか」、「負けたな」、という声が聞こえる。
20秒程唸った後、チャールズはゆっくり顔を上げた。その表情は明らかにさっきよりも、疲れたものとなっている。
「…分かりました。しかし、馬車には私も同乗します。それでよろしいですな?」
その言葉に満面の笑みを浮かべて、リーンガーベルはリンの腕を引っ張った。
「さあ、では参りましょう」
「へ?ちょ…!」
そんな状況でも、いつもの無表情で二人の後ろをついて行くジーノ。
既にリンは疲れていたが、彼女のミラージュで溜まる心労は、まだまだ序の口でしかなかったりする。