仕事の報告を終えた二人は、この街でも有名な飯屋であるグッドラックに来ていた。”飯屋グッドラック”定食から豪華なフルコース料理まで様々なニーズに応える食事処である。一仕事を終え、懐が温まった傭兵達がよく利用する店である。ここ最近は干し肉や固いパンなどの粗末な食事が続いていただけに、ジーノですらここでの食事を楽しみにしていた。フィーに至っては、前の来店の時には頼めなかったものを確認しながらぶつぶつ呟いている。正直かなり不気味である。そんな感じで席に着いた時、3人組の傭兵がジーノの目に入った。正確にはその中の一人にやたら美人な女性がいたのだ。他の二人はどこにでもいそうなごつい感じの傭兵だったが、その女性はまるで貴族のように美しい女だった。髪は金髪でセミロング、その静かでしなやかな振る舞いはとても平民には見えなかった。周りを見ると、その女は周辺の男達の視線をほとんど集めていた。その半数はだらしない顔だったが、ジーノはその女の場違いな魅力より妙な組み合わせによる違和感の方に意識が行っていた。
「じーのさぁん?何デレデレしてるんですかぁ?」
ふと正面に座るフィーの顔を見ると、まだ食事も始まっていないのにフィーの頬がパンパンに膨らんでいた。決してデレデレした覚えはないのだが、まあ見ていたのは事実なので頭を下げておいた。
「ジーノさんはそうやって欲望を満たしてればいいんです。私は私で食欲を満たさせてもらいますから!」
そんなことで性欲が満たされるのなら性犯罪者なんて存在しない。そんな風にあきれていたジーノだったが、フィーがメニューをここからここまで、と危険な注文の仕方をしているのに気づいて慌ててストップをかけた。
「話が違うじゃない!!」
突然の大声に男女問わず視線が集中した。その先にはまたもやさっきの女性がいた。ただちょっと違うのは、女性にはさっきのしなやかなイメージは一切なく、鬼のような形相で今にも同席している男に掴みかかろうとしていた。
「ほら、どんな美人だって一皮むけばあんなもんですよぅ。やっぱ女性は外面ではなく内面が重要ですねぇ」
何故か得意げに語るフィー。それから頼んだ料理が来てはしゃぐフィーを見て、内面が子供過ぎてもどうなのだろうと疑問を抱くジーノだった。
そして二人が料理を一口食べた瞬間、二人の座っているテーブルに男が投げ飛ばされてきた。勿論料理は全滅である。
「報酬の分け前は仕事受ける前にちゃんと決めたでしょうが!けち付けてんじゃないわよ!!」
どうやら男を投げ飛ばしたのはさっきの女性のようだ。
「パーかてめえは。あんな理不尽な分け前誰が納得するかよ。てめぇがコトダマ使いだって言うから仕事を楽にする為に一緒に受けただけに決まってんだろーが!」
その言葉を聞いて店の中が騒ぎ出した。巻き込まれる前に店から逃げ出す客もでてきた。
「そのコトダマ使いとの約束を破って、どうにかなると思ったの?パーなのはあんたよ」
そう言うと女は懐から投げナイフを取り出して戦闘態勢を作った。
「いいのかぁ?こんなとこでコトダマ使っちまっても?てめえにやられる前にお前のコストが何か、叫ぶくらいはできるんだぜ?」
さっきまで威勢のよかった女だったが、その言葉を聞いて少したじろいだ。
コトダマ使いにとって、自身のコストが何かを知られるのは死活問題である。まして、ここは傭兵たちがたむろする飯屋だ。知られればすぐに広まってしまうだろう。そうなればもはやコトダマ使いとしてはやっていくことは不可能となるだろう。
男は起き上がると、女の顔を掴んでそのまま床にたたきつけた。
「喋られたくなきゃ俺に口答えしなきゃいいんだ。この意味がわかるな?」
歯を食いしばって女は床に押さえつけられていた。
そんな店内が静まり返っている中で、お楽しみのディナーを台無しにされた少女が声を発した。
「ジーノさん、殺っちゃって下さい」
バオに自分がブレーキ役などと言ったのはどの口だったのか…。まあ腹が減った状態で腹が立っているのはジーノも同じだったので、殺らない理由はなかった。
フィーの声を聞いていた男はジーノ達の方に視線を向けてはいたものの、女を組み伏せた状態でケツを思い切り蹴飛ばされて店の外まで転がっていった。
「てめぇ!なにしやが、る…?」
他の人間もほとんどが唖然としていた。さっき蹴飛ばした男とやりあうのかと思いきや、ジーノはさっきまで組み伏せられていた女の胸倉を掴んでいた。まあよくよく考えれば、ジーノ達のディナーを台無しにした張本人は男を投げ飛ばしたこの女である。この女を怒るのはある意味当然なのだが、ジーノは全く空気が読めていなかった。普通なら女は睨みかえして怒鳴っていただろうが、ジーノの殺気のこもった視線に思わず押し黙ってしまった。
「いきなり割り込んできて無視してんじゃねぇー!!」
蹴飛ばされた男が剣を抜いて走ってきた。ジーノは女を男の足元に投げつけて男を転ばせると、男が剣を持っている右手を踏み砕いた。
「んがぁあああああ!!」
投げ飛ばされた女が背中を打って咳き込んでいるところで、ジーノの後ろからもう一人の男が叫んだ。
「このガキ殺されたくなきゃ動くんじゃねぇ!」
さっきの騒ぎの隙にフィーが捕まってしまったようだ。相手の判断は正しいのだろう。自身より格上であることをいち早く察知し、身を守るために人質を取る。それはとても有効で生き残る為の確実な手段である。その人質に人質としての価値があれば…だが。
フィーはなんら焦ることなく、あまつさえため息を吐くと自分を捕まえている男に話しかけた。
「それ、あんまり意味ないですよ?」
人質の意外な態度にその男は驚いたが、背中の大剣の留め金を外しているジーノを見てさらに驚いた。
「お、お前人の話を…」
ジーノは大剣を両手で握ると、そのまま人質を取っている男に向かって走り出した。振り上げられた大剣は天井をかすめてまっすぐ振り下ろされる。その剣筋に全く迷いが無いことに気付き、男はとっさに人質を抱えたまま横に跳んで避けるが、少しばかり間に合わず右足の膝から下を切り落とされた。
「な、なぁああああ!」
男の傍からはなれたフィーは、ジーノにとどめを刺されようとしている男に向かって告げた。
「だから言ったのに…」
それがその男がこの世で、最後に耳にした言葉だった。
男にとどめを刺し、ゆっくりと立ち上がるジーノの姿を見て、周りのヤジ馬達が騒ぎ始めた。
「あの右手のガントレットとバカでかい剣、もしかして沈黙のジノーヴィじゃねーか?」
「あれが泣く子も黙ってなぶり殺すサイレントジノーヴィか!」
「うわ、えげつねぇ。ぜったい今の人質もお構いなしだったぜ」
口々にジーノの噂を囁くヤジ馬達。その噂を聞いて、右手をつぶされた男は焦って店から逃げ出した。しかし、そのチャンスを女は見逃さなかった。床に落とした投げナイフを拾うとその男の背中めがけてナイフとコトダマを放った。
「喰らえ!投げナイフぅ!!」
そのナイフは別段特別な作りだったわけでもなく、見えないほど早く投げられたというわけではなかったが、ナイフは男の背に刺さるのではなく、男の体を貫通した。そのまま男は力なく倒れ、辺りには血が広がっていた。
その直後に誰かが通報したのか保安騎士がわらわらとやってきて、店に居る者がほとんど拘束された。女は力なく笑い何かを諦めたような様子だった。
最悪な出会い
それからジーノ達は、牢屋の中でまずい飯を2回食べた後、再びディエス・イレイズ副司令殿と対面することとなった。その場には例のコトダマ使いの女も呼ばれていた。
「全く、飯屋で騒ぎがあると報告を受けてみれば…。二人が凶状持ちになったら立場上私があなた達を捕まえなきゃいけないんですよ?」
「す、すいません~。ほら、ジーノさんも頭下げて!」
愛想笑いをしながらペコペコしているフィーと、それに合わせてぎこちなく頭を下げているジーノの姿を見てディーは頭を抱えながら大きなため息を吐いた。
「まあ今回は目撃者達の証言などから、一応正当防衛みたいなものだと判断しましたから。でも次からは気をつけて下さいよ?」
安心してない胸をなでをろすフィー。その三人のやり取りを、信じられないような眼でその女は見ていた。
「さて、リンクス・フィンクスさんでしたか」
「あ、はい」
少々他に気を取られて返事が遅れた彼女のことを、ディーは気にせずに話を続けた。
「あなたのことも相手の行動を考えれば正当防衛となるでしょう。この件に関しては特に言うことはありません」
そこに、それとは別にと付け加えてディーは続けた。
「これはまあ、規則で勧めることを義務付けられているから一応お聞きしておきますが、フィンクスさんは国に仕える気はありませんか?」
リンクス・フィンクスの表情には、さっきと別の緊張が走った。
「これは強制ではありません。ただ、今回のような事態を避けるためにも、国に仕えて働くことをお勧めしますよ」
意を決してリンクスは言葉を返した。
「ご厚意はうれしいのですが、私はまだ国に仕えるつもりはありません。自身の腕を磨きその時が来たらお仕えするつもりです」
「わかりました。では気が変わったらいつでもおっしゃってください」
用件も終わり三人は司令部を後にした。フィーはさっきの会話で疑問に思ったことをリンクスに聞くことにした。
「なんで国仕えのコトダマ使いになることを断ったんです?その方が安全で手柄も認められやすいって話でしょう?」
「あんたら有名な傭兵のくせに何も知らないのね」
あきれたように言うリンクスに不満な顔をするフィーだったが、それを無視してリンクスは話を続けた。
「昔はともかく、今は国に新しいコトダマ使いが入ると、すでに権力や地位を持っているコトダマ使い達に潰される可能性があるのよ」
遠い目をしながら話すリンクスは、何やら思うところがあるようだったが、二人にはそれが何かまではわからなかった。
「それよりあんたら、なんでこの街の保安騎士の副司令と顔なじみなのよ?あのディエスってやつは教会出身のカタブツでしょう?いったいどんなコネを使ったのよ?」
フィーとジーノは顔を見合わせてきょとんとした。
「まあディーさんとは仕事の時に、偶然助けたのがきっかけで知り合っただけですからねぇ。それから恩返しのつもりか、なんだかんだで仕事を回してくれるようになりましたが…」
リンクスは少し考え込むように唸ると、二人に切り出した。
「ねぇ、あたしと組まない?」
「へ?」
フィーとジーノは眼を点にして驚いたが、そのまま理由を聞くことにした。
「あたしは何としてでも貴族になりたいの。そのためには国に繋がりのあるディエスの目の届くところで、大きな手柄を立てなきゃならないのよ。あんたなら腕は確かだし、申し分ないわ」
ジーノはフィーに手話で何かを伝えると、それを受けてフィーが話しだした。
「私達としても、コトダマ使いが仲間になるのはとてもありがたいことです。でも私たちは目的を持って仕事をしています。それに付き合ってもらうことになりますが、それでもいいですか?」
「目的?」
「ええ、私たちは11年前から出没している、所属不明のコトダマ使い達を追っています。おそらくかなり危険なことにも首を突っ込むことになると思いますが、それでもよろしいですか?」
リンクスはにやりと笑うと手を差し出してきた。
「大物狙いは望むところよ。よろしくね沈黙のジノーヴィ」
ジーノはその手を握り握手を交わすと、再び手話でフィーに合図した。
「ジーノでいいそうです。私のこともフィーでいいですよ~」
「なら、あたしもリンでいいわ。フィーもよろしくね」
こうしてこの3人の物語は幕を開ける。声を失った青年とそれを盲信する少女、そして成り上がりを夢見るコトダマ使いの女が、何を失い何を手に入れるかはこの時点では誰も知る術が無かった。
「全く、飯屋で騒ぎがあると報告を受けてみれば…。二人が凶状持ちになったら立場上私があなた達を捕まえなきゃいけないんですよ?」
「す、すいません~。ほら、ジーノさんも頭下げて!」
愛想笑いをしながらペコペコしているフィーと、それに合わせてぎこちなく頭を下げているジーノの姿を見てディーは頭を抱えながら大きなため息を吐いた。
「まあ今回は目撃者達の証言などから、一応正当防衛みたいなものだと判断しましたから。でも次からは気をつけて下さいよ?」
安心してない胸をなでをろすフィー。その三人のやり取りを、信じられないような眼でその女は見ていた。
「さて、リンクス・フィンクスさんでしたか」
「あ、はい」
少々他に気を取られて返事が遅れた彼女のことを、ディーは気にせずに話を続けた。
「あなたのことも相手の行動を考えれば正当防衛となるでしょう。この件に関しては特に言うことはありません」
そこに、それとは別にと付け加えてディーは続けた。
「これはまあ、規則で勧めることを義務付けられているから一応お聞きしておきますが、フィンクスさんは国に仕える気はありませんか?」
リンクス・フィンクスの表情には、さっきと別の緊張が走った。
「これは強制ではありません。ただ、今回のような事態を避けるためにも、国に仕えて働くことをお勧めしますよ」
意を決してリンクスは言葉を返した。
「ご厚意はうれしいのですが、私はまだ国に仕えるつもりはありません。自身の腕を磨きその時が来たらお仕えするつもりです」
「わかりました。では気が変わったらいつでもおっしゃってください」
用件も終わり三人は司令部を後にした。フィーはさっきの会話で疑問に思ったことをリンクスに聞くことにした。
「なんで国仕えのコトダマ使いになることを断ったんです?その方が安全で手柄も認められやすいって話でしょう?」
「あんたら有名な傭兵のくせに何も知らないのね」
あきれたように言うリンクスに不満な顔をするフィーだったが、それを無視してリンクスは話を続けた。
「昔はともかく、今は国に新しいコトダマ使いが入ると、すでに権力や地位を持っているコトダマ使い達に潰される可能性があるのよ」
遠い目をしながら話すリンクスは、何やら思うところがあるようだったが、二人にはそれが何かまではわからなかった。
「それよりあんたら、なんでこの街の保安騎士の副司令と顔なじみなのよ?あのディエスってやつは教会出身のカタブツでしょう?いったいどんなコネを使ったのよ?」
フィーとジーノは顔を見合わせてきょとんとした。
「まあディーさんとは仕事の時に、偶然助けたのがきっかけで知り合っただけですからねぇ。それから恩返しのつもりか、なんだかんだで仕事を回してくれるようになりましたが…」
リンクスは少し考え込むように唸ると、二人に切り出した。
「ねぇ、あたしと組まない?」
「へ?」
フィーとジーノは眼を点にして驚いたが、そのまま理由を聞くことにした。
「あたしは何としてでも貴族になりたいの。そのためには国に繋がりのあるディエスの目の届くところで、大きな手柄を立てなきゃならないのよ。あんたなら腕は確かだし、申し分ないわ」
ジーノはフィーに手話で何かを伝えると、それを受けてフィーが話しだした。
「私達としても、コトダマ使いが仲間になるのはとてもありがたいことです。でも私たちは目的を持って仕事をしています。それに付き合ってもらうことになりますが、それでもいいですか?」
「目的?」
「ええ、私たちは11年前から出没している、所属不明のコトダマ使い達を追っています。おそらくかなり危険なことにも首を突っ込むことになると思いますが、それでもよろしいですか?」
リンクスはにやりと笑うと手を差し出してきた。
「大物狙いは望むところよ。よろしくね沈黙のジノーヴィ」
ジーノはその手を握り握手を交わすと、再び手話でフィーに合図した。
「ジーノでいいそうです。私のこともフィーでいいですよ~」
「なら、あたしもリンでいいわ。フィーもよろしくね」
こうしてこの3人の物語は幕を開ける。声を失った青年とそれを盲信する少女、そして成り上がりを夢見るコトダマ使いの女が、何を失い何を手に入れるかはこの時点では誰も知る術が無かった。