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選択し続けるということ

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 エネがフラッグが横たわっていたベットを見詰めながらボーっとしていると、いつのまにかカストールが部屋に入って来ていた。
「…隊長はどこへ行ったんでスか?」
「……伝言よ。あなたにD‐9部隊を任せると」
 カストールはその言葉を聞いて、目を見開いてエネを凝視する。握りこぶしを作り、強く強く握りしめると、カストールは口を開いた。
「…そんなことは聞いて無いでス。隊長はどこでスか!!」
 珍しく感情を制御できていないカストールは、エネに掴みかかる。
「部隊を解散させるのも、クレストに復帰するのも好きにしろ。せいぜい悩め、ざまぁみろ、だそうよ」
 エネが真面目な表情を崩さず、フラッグのような言葉づかいをしているのを見て、ようやくカストールは我に返り、エネから手を離した。
「隊、長…」
 そう言うとその場でへたり込んでしまうカストールを後目に、エネは部屋を後にする。
「フィーは、どこ?」
 部屋を出てすぐ、リンが息を切らせながら切羽詰まった表情でエネに話しかけてきた。
「何かあったの?」
「あの男がジーノを連れていったのよ!今から追いかければまだ間に合うわ!フィーはどこ!?」
 ”あの男”という言葉にエネは大きく反応する。思い出すのは戦場でのあの姿、そしてその圧倒的存在感。かつての闘神と瓜二つのその男が、エネにはどうしても気になって仕方が無かった。
「私も行くわ。馬を貸してあげる。フィーはその廊下の突き当たりの部屋よ」
 いつになく積極的に協力してくるエネに、リンは少し怪訝な表情を見せたが、一刻を争うこの時にその真意を確かめる時間はない。
「いいわ。邪魔だけはしないでよ?」
「ええ、分かってる。とにかく急ぎましょう」
 そう言うとエネは馬の準備に、リンはフィーを呼びに走った。
 それから数十分後、場所は変わって闘神とジーノが歩く森林地帯で、二人は足を止めていた。
「ふむ、ここから北北西2キロの辺りに馬が2頭、人数は3人、どうやら一人はお前の知り合いのようだなだな」
 どういう方法でそれを感知したのかは分からないが、闘神はそれをジーノに伝える。
 知り合い、という言葉に宮殿の謁見の間の出口で呼び止めてきたリンの姿をジーノは思い出す。恐らく3人のうち2人はリンとフィーだろう。それはジーノを連れ戻すためにしていることなのだろうが、見当違いもいいところだ。
 そもそもジーノは自分の意思でここに居る。それを連れ戻そうとしているのならば、ジーノは彼女達と戦わなくてはならない。最上級の拒絶は言葉ではなく、行動で示すものだからだ。
「闘神、武器を返せ。俺が追い払う。そいつ等には手を出すな」
「…いいだろう」
 そう言うと闘神はさっきと同じような動作で、体の中からバスタードソードブレイカ―と、ジーノのガントレットを取りだした。
「なんでもありなんだな、あんたは」
「そうでもない」

 リンはフィーを後ろに乗せて馬を急がせる。何度も馬に鞭を入れ強引に急がせているせいか、馬の息は上がってしまっていた。
 リンの顔には余裕なんてものが微塵も感じられないほど、切羽詰まっている。
 ジーノがリンに投げかけた拒絶の視線。リンはジーノを信じていたが故に、ジーノの拒絶を信じたくはなかったのだろう。
 リンは木々を縫うように馬を走らせ、時折顔にぶつかる木の枝を払いながら進む。
 ――見えた!
 リンの視界に映るあの男の姿。しかし、そこにジーノの姿は無い。リンが不審に思ったその時、後ろで捕まっていたフィーが大きく声を張り上げた。
「リンさん!横です!!」
 リンがそちらへ視線を移動した時、既に血飛沫が視界を覆いつくそうとしている。
 その血が自分たちの乗っている馬のものであると瞬時に判断したリンは、咄嗟にフィーを庇いながら地面を転がった。
 転がった先が茂みであったおかげか、二人は大怪我を負うことはなかったが、転がった時の衝撃で息が上手く出来ずにいる。
 リンは何とか体を起こすと、血まみれの大剣を持った人物を見て絶句した。
「…ジーノ!?」
「お前ら、何をしにここへ来た?」
 リンの驚きを意にも介さず、ジーノはリンに話しかける。
「ジーノ、なんで…」
 さっき以上の拒絶に、リンの心は激しく揺らぐ。
「俺は自分の意思でここにいる。お前達は何をしにここへ来た?」
 二人が睨み合いをしている中、エネは怯える自分の馬をなだめねがら闘神を睨む。
(やはりこの男は…)
 エネの中にあった疑惑は確信へと変わる。容姿、雰囲気、そしてこの威圧感、それはまぎれもなくかつて見た闘神そのものだった。
「俺は組織、リーズナ―を壊滅させるためにここにいる。そしてそこに居る闘神も、俺が殺す」
 皆が息を飲む。エネは一層目を細めながら闘神を睨んだ。
「フィー、お前なら分かるだろう。そこにいる男が人間じゃないってことぐらい」
 リンはフィーに視線を向ける。それに怯えながら頷いて肯定するフィー。
「そこに、何かが居るのは分かります。でも、な、何もないんです。心音も、息も、何も聞こえないんです!」
 ジーノはバスタードソードブレイカ―を担ぎながら、リンにゆっくりと近づく。
「だが、俺のコトダマなら殺せる!魂すら消し去ると言われているこのコトダマなら…!!」
 ジーノの異常なまでの殺意に気圧され、リンは咄嗟に構える。しかし、その顔にはまだ迷いがあった。
「それを邪魔すると言うなら、俺はたとえお前たちでも…、殺す!」
 全力でリンに突っ込むジーノに対し、リンは距離を取りながら投げナイフで牽制する。
 しかしそれをジーノは右手のガントレットでいともたやすく弾くと、リンの懐に入り、鳩尾に拳を叩きこんだ。
「が、はぁ…!」
 肺の空気をすべて吐き出し悶え苦しむリンを見下ろしながら、ジーノは口を開いた。
「お前には目的があったはずだ」
 リンの目的、それは大きな手柄を立て、貴族となって成り上がること。一族の無念を晴らすこと。ただ、それを目指すだけならば、ここで戦ってまでしてジーノを引きとめる必要は無い。
「選択しろ!ここで俺と殺し合うか、身を引いて確実に目的を果たすかを…!!」

 激しい鳩尾の痛みに耐えながら、リンは考えていた。今まで自分が戦ってきた理由、そして今ここに自分がいる理由を。
 一族の恨み、そして悲願。それはリン自身は体験していないことだ。今の暮らしが普通であると認識しているリンに、それはすごく遠い話だった。それでも、自分の一族の目的は、戦う理由としては十分なものだったし、今もそれに疑問は無い。
 だが、今ここにいる理由はごく個人的なものだ。仲間を、戦友を、好きな男を死なせたくないという思いはリンにとってとても尊いものに思えた。
 その二つの内でジーノは”選択しろ”と言う。
 そこまで考えてリンは薄っすらと笑みを浮かべて立ち上がった。
「ねぇ、ジーノ知ってた?あたしはこれでも結構欲張りな女なのよ?」
 そう言いながらリンは懐から投げナイフを取り出し、構える。
「…お前は何も分かっていない」
「分かんないわよ!自分の気持ちひた隠しにして、押し黙ってる男の気持ちなんて!!」
「気持なんぞ関係無い。ただ、お前は俺には勝てん」
 その言葉にあからさまに不快な表情を見せたリンは、投げナイフを3本投げながらコトダマを放った。
「投げナイフぅ!!」
 それをジーノは2本避け、避けきれない1本をガントレットで受け流す様にして弾く。
 響く金属音。それを聞きながらリンは歯を食いしばった。
「お前は弱い。コトダマ使いとしては中の下がいい所だ」
「何を…!!」
「コトダマは本来一撃必中だ。相手の攻撃が届かない距離で、確実にダメージを与えられるからこそ強い」
 そう言いながらジーノはゆっくりと距離を詰める。
「お前のそれは、所詮誰でもできる攻撃の威力を上げるだけだ」
 リンは思わず後ずさりながら、ジーノを睨んだ。
「避けられればそれまで、当たったとしても上手く受け流されれば意味は無い」
 再び投げナイフを構えるリンに、ジーノは冷たく言い放つ。
「そして、俺にはまだコトダマがある。それでもまだ勝てるつもりか?」
「くっ、あぁああああ!」 
 急に叫びながらジーノに突進するリン。距離を詰め、コトダマで強化した攻撃を当てるつもりなのだろう。
 ジーノはそれを見た途端、担いでいたバスタードソードブレイカ―を地面に突き刺し、その影に身を隠す。
(そんなもので――!!)
 リンは回り込み、そこからコトダマを放とうとするが、回り込んだ瞬間、リンの口に土が入った。
「わっ!うげっ!!」
 リンが口から土を吐き出したその瞬間、素手のジーノが目の前まで迫っている。
 咄嗟にコトダマを付加していない投げナイフを投げるが、ジーノはそれをガントレットで弾き懐に入った。
 ――ガッ!
 ジーノはそのままリンの後頭部に一撃を入れて、リンの意識を奪う。
 ジーノの本来の強みはバスタードソードブレイカ―を扱える腕力でも、戦闘技術でも無い。スピードだ。バスタードソードブレイカ―を持ったままでも十分な速さで動けるジーノが、それを手放した時に出すスピードはリンに対応できるものではない。
 地面に倒れ伏すリンの顔を、感情の起伏の乏しいジーンのにしては随分と複雑そうな表情で見詰めた。
「フィー、リンを頼む」
「ジーノ、さん…」
 地面に倒れているリンを介抱するフィーの頭にジーノは軽く手を置くと、消え入るような声で言葉を紡いだ。
「…ありがとう」
 そう言うとジーノは闘神の方へと歩き出す。
 フィーは唇を噛みながら、泣き声を洩らさないように必死に我慢した。ただその涙は流れ、地面へと吸い込まれていく。
 ジーノは気付いていた。フィーが泣いていることに、フィーが誰よりも自分を引きとめたいと思っていることに。
 選択とは突き詰めれば、選ばなかった選択肢を切り捨てるということに他ならない。
 ジーノは選んできたのだ。切り捨ててきたのだ。だからこそ、ここで間違えるわけにはいかない。今までの全てを無駄にしないために、選択しなければならない。そう、今まで切り捨ててきた者達のために――。
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