(このゲーム、最も重要なのは情報だ)
自身の制作したランキング表を見ながら、栄和真太郎は考える。
(ただ漫然とゲームに参加しているだけでは、間違いなく俺は死ぬ。ドロップアウトのタイミングを見極められれば良いが、少なくとも現時点での“総合一位”は俺じゃない……。より正確なランキングを作るのはもちろん、少しでも多くカードの情報が欲しい)
カードの情報……つまり、誰がどのカードを所持しているのかという情報戦である。ドロップアウト者が所持していたカードは発表されるのできちんと記録していく事などは言うまでもなく、できればそれ以外の手段でも情報を手に入れたい。だが、カードを人に見せるのも反則。なので「誰がどのカードを持っている」なんて噂の信憑性は限りなく低い。
六田としては不本意だったが、獲得賞金額の二割を代償にして手に入れた「五日市のカードが“持田香織”」という情報は、状況から考えてかなり信用できる部類にあり、かつ、価値の高いものであったと言える。
(生徒ランキングの上位十一名……。この十一人がゲームの終盤に絡む可能性はかなり高い。少しでも情報を集めたいが……)
「吉田くん……付き合ってくれてありがとう。俺、もう教室戻るから」
「えっ!? あ、う……」
吉田は、あわよくば面会に付き合ったお礼として栄和の作成したランキングを見せてもらうつもりだったが、栄和は一応感謝しているフリだけするとさっさと教室を出て行ってしまった。
○
「……六田くんを殺すって」
「ああ。出来れば光にも協力してもらって六田を殺したい。当然、物理的に殺すんじゃなくてゲーム上で。つまり、俺達で六田が死ぬ状況に追いやるというか……。もちろん、荒谷が危ない段階になったら無理矢理にでもドロップアウトしてもらうつもりだけど」
荒谷ははっきりと分かるほどに動揺していた。
「六田が生き残るってことは、他の誰かが死ぬって事だ。……俺は、六田より他の皆の方が好きなんだ」
(…………!!)
好き嫌いで人を殺す、殺さなくてはならない。毎節必ず人が死ぬ以上、皆が助かる手段は無い。ドロップアウトを全員に促してもどうせ足並みは揃わないだろう。何千万、何億という大金に目が眩むのは仕方のない事で、それは罪じゃない。
「でも……人を殺したら、きっと罪悪感があるよ。六田くんは……好きじゃないけど、自分でそんな事をするのは……怖い」
「……自分の親友が死ぬことよりも?」
「!」
「六田を生き残らせるってのはそういうことだよ……。たしかにあいつはイケメンだし、俺達で何が出来るかは分からない。……でも、一人でも六田の手から助けることができるならその可能性に懸けてみたい」
荒谷は下を向き黙り込んでしまった。もちろん相澤も、荒谷がそんな事できる人間でないことは分かっている。荒谷に協力を断られても、自分一人でも何とかするつもりだった。
「わかった……」
「!」
「……何も出来ないかもしれないけど、少なくとも相澤くんの邪魔はしない。相澤くんに何か頼まれたら、精一杯頑張る。……それくらいでも良いの?」
荒谷は両目にいっぱい涙を溜めながら、震える声でそう言った。
「……うん。もちろん」
こうして相澤と荒谷の二人は、はっきり六田を敵と認識し今後のゲームに挑む事を決めた。何も出来ずに死んでしまう可能性の方が高い、絶望的な勝負。それでも、相澤の中では六田に対する怒りが勝った。
「そういえば……光の親友っていうか、特別仲良い女子とかってどのへんなの? 光も当然そいつは死なせたくないだろうし、俺達で作ったランキングを見せてあげたり危ない段階になったらドロップアウトを勧めたり……」
「親友ってそんな……、ま、む、向こうがどう思ってるかは分からないけど……」
荒谷は何故か頬を赤らめながら、申し訳なさそうに名前を挙げた。
「千尋ちゃん。小林 千尋(こばやし ちひろ)」
「ああ、あの背が高い……。割といつも一緒にいたもんな」
遠い昔のことのように感じられる学校風景を頭の中に思い浮かべて、相澤は二人が仲良く笑っていた姿を思い出した。
「それと……千里ちゃん。高坂千里」
「! 高坂って……」
○
その頃――。栄和から見れば時間を無駄にしているかのような話し合いを相澤たちが進めていた頃、本教室ではまたも異変が起こっていた。
「まだ面会時間なのに、いきなり係の人に呼び出されたんだけど……。どうしたの?」
「ごめん。皆に提案してみたいことがあって。進行役に頼んだら呼び集めてくれたんだ。案外その辺の融通は利くんだね」
教室に集まったのは大川・後藤・六田・中村・麻柄・吉向・高坂・本条・東山・五日市、それに皆を集めた張本人、栄和。相澤や荒谷が挙げた「上位十一人」の面々。選び抜かれた美男美女が円形に並び顔を向かい合わせるその姿は、流石に壮観。
「……この十一人で、カードの情報を共有したい」
「!」
口を開いたのは栄和。皆を集めた本題を切り出した。
「もちろん、カードの情報を共有するって言っても完全にじゃないんだ。皆、お互いを信用し切れはしないだろ? だからせめて、『この十一人が所有しているカードの種類』。これを皆で共有したい。誰がどのカードを持っているのかまでは明かさなくて良いんだ。つまり、たとえば『この中の誰かが“タモリ”を持っている』、とか。そんな感じで、この場にある十一種を確認したい」
つまり、この十一人で所有している十一種は何なのか。誰がどのカードを持っているかまでは明かさないが、確かにこれは大きな情報である。間違いなくこの十一人は容姿ランキングの上位十一名であり、ある程度カードの目星をつけられるだけでも意味は大きい。
「でも、でもでもでもさ。情報を共有するって言ってもやり方はどうするの? カードを人に見せるのは禁止だし、口で言うだけじゃ誰かが嘘をつくかもしれないし……」
吉向 しのぶ(きっこう-)。東山に次ぐ小柄で、少し特徴的な顔のパーツが魅力的なかなりの美人。吉向は不安要素を告げた後、ちらりと六田の顔を見た。
「なんでオレを見る」
六田は苦笑いを浮かべて目を逸らした。あの六田ですら、この面子の中で虚勢を張り続けるのが悪手であることは理解している。
「それは……たぶん大丈夫。この箱と紙を使う」
栄和は、手に持っていたダンボールの箱と数枚の紙を机の上に置いた。
「“写し絵”だよ」
「? 写し絵??」
「ああ。さっき確認んだけど、こんな風にカードの上に紙を乗せると芸能人の顔が透けて見えるんだよ。だから、皆この浮かび上がった絵をエンピツでなぞってもらう」
「なるほど……それで間接的にカードを見せるってかい」
麻柄は納得したように右手の人差し指で顎をさすった。
「もちろん荒い絵になるだろうし、その絵を見ただけで判断は出来ないと思う。でも、顔写真の下に書かれてある芸能人の名前はほぼ正確に書き写せる」
「? 名前って……文字??」
「うん。でもこれ、かなり太い文字で書かれた明朝体なんだ。もし他の人の名前を書こうとしても、自力で明朝体の縁取りを書くってのはかなり難しい。だから、自然な字を書こうと思ったら素直に自分のカードに書かれてる名前をトレースしながら書くしかないってことさ」
吉向は素直に感心しながら頷いている。
「顔写真と明朝体の文字の縁をトレース。そしてその紙をダンボールに入れ、どれが誰の紙か分からないようにする。どうだ? これなら自分のカードを明かさないまま、この場にある十一種を皆で把握できる」
「す……スゴイよこれ!! 栄和くんやっぱチョー天才!!」
興奮気味に声を上げる東山。しかしやはり六田は薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「いや~、ま、基本的に良い案だと思うよ。でも確かに他のカードに偽証するのは無理だろうけど、白紙で出したらどうなるの? その場合でも誰が白紙で出したのかは分からないんだけど」
「その場合は……。もし一枚でも白紙があった場合、残りの紙の中身を確認できるのは俺だけってことにする」
「!」
「俺は、自分以外の十枚が白紙でないことを確認してから自分の紙を箱に入れる。俺の紙が白紙じゃないことは、裏から光に透かして皆に確認してもらう。文字や絵が特定できない程度にね。これなら、誰かが白紙を入れても得するのは俺だけだから誰も白紙を入れる意味は無い。どうだ?」
「オッケーイ。乗った乗った、乗ったちゃん」
後藤 仁は栄和の肩を抱き寄せた。ジャニーズ所属を志しているほどの男は、長身の栄和に身長でも負けない。フッと栄和の耳に息を吹きかけてから、ボソボソと耳元で話しかけた。
「もちろん、サカちゃんがこの中の誰かと誓約書用意していて白紙書かせるって可能性はあるんだけどね。後で白紙書いた奴にも情報教えるって条件でさ。でもサカちゃん今日はこの中の誰とも面会してないし、寛大だからそのへんスルーしてあげちゃう」
「……後藤」
後藤は更に続けた。
「でもさー、わざわざこの十一人集めてサカちゃんもその中に入ってるってことは、自分で“美系軍団”の自覚あるんだねえ~。良いコトだあ~」
ハッと顔を赤くする栄和の顔を見て、後藤は満足げな笑みを浮かべた。
「ま、さっさとやっちゃおうよ。そろそろ面会時間も終わっちゃう」
後藤の声に続いて参加を表明する九人。
不正のないよう目が光る中、十一枚の紙がダンボールに入れられた。
「……それじゃ、一枚ずつ出してくぞ」
栄和は、緊張しながら十一枚の紙を全て取り出した。
・玉木 宏 ・佐々木 蔵之介 ・遠藤 章造 ・森田 剛 ・櫻井 翔 ・亀梨 和也
・戸田 恵梨香 ・蛯原 友里 ・持田 香織 ・森 泉 ・奥菜 恵