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学級の価値

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『第五節、失格者は根元駿様です』
 この第五節はドロップアウト希望者が出なかった。あの五日市とのやり取り以降、誓約書を書いてまで念を押すことはしなくなったが、六田はそれまでと同じようにドロップアウト者を出させない為の工作に動いている。更に栄和や大川までもがその動きに歩調を合わせるようになり、場にはますます緊張の糸が張りつめていた。
 もっとも、それと根元が死んだこととは別の話。根元は己の容姿を過信しており、後藤ら十一人に敵わないことは理解しつつも、その軍団の次点に自らを位置付けていた。当然、こんな段階で自分の名前が呼ばれるなどとは少しも考えていない。
 進行役が根元の名前を読み上げた時、教室では根元だけが、ただ一人驚いた表情を見せていた。
(不細工の自信過剰ほど醜いものも無いけどさ。死ぬ直前に現実を知れて良かったじゃん)
 当然の結果だと言わんばかりに鼻で笑う五日市。
(ドロップアウト0か……良い流れだが、実際クラスにはヴィジュアル系の雰囲気に騙されて根元をイケメンだと錯覚していた連中もいるんだろうな。その根元が死んだとなると、慌ててドロップアウトに踏み出す者が出てきてもおかしくはない……何か別の手も考えなければ)
 栄和は冷静に、場の雰囲気の微妙な変化を感じ取っていた。
『それではこれより第六節、面会時間を設けます』
「光」
 ポン、と荒谷の華奢な右肩を叩く相澤。別室は同時に二人までしか入れない為、この第六節ではそれぞれが小林か高坂かのどちらかと面会するということを考えていた。
「どうする? まあ……本来どっちでも良いんだけどさ、正直小林と二人っきりになっても何話して良いのか分かんねえぞ」
 小林 千尋(こばやし ちひろ)。長身のコンプレックスから自分自身を好きになれず、男子生徒の前で直立するのが苦手なほど。当然異性との交流も控えめだが、ごく稀に告白を受けている。中学生の時に背中を丸めて寝る習慣を身につけた為、多少背骨が歪んでいるが、その努力むなしく身長は伸び続けている。
「あ……そっか、だ、男子はそうかもね」
 苦笑いを浮かべる荒谷。
「じゃあ私が千尋ちゃんと面会するから、相澤くんは千里ちゃんと面会してみて。もちろん、私が千里ちゃんの方にも説明してみるよ」
「ああ、頼む」
 そうなると、とりあえず荒谷は高坂の元へ急いだ。同性の友達も少ない小林はほっといても教室に残っているだろうが、高坂の方は急がないとすぐに面会相手が決まってしまいそうだからである。もちろん荒谷がそう言った訳ではないが、真っ先に高坂の元へと急ぐ姿にはそういう心理があったのかもしれない。
 荒谷が高坂に二言三言話しかけたところで、高坂は相澤の方を向いた。目が合って、軽く会釈する二人。
 そうして相澤は高坂と、荒谷は小林とそれぞれ別室へ向かった。
(あん? あいつ、高坂に何の用が……)
 不思議そうに眺めていた六田に、後藤が後ろから抱きついた。
「ムッタちゃ~ん。暇してんの?」
「後藤」
「ふふ。あんだけ暴れちゃったからムッちゃんハブられてるもんね」
 悪気があるのか無いのか、屈託の無い笑顔でからかう後藤。
「可哀想だから俺付き合ってあげちゃう。ほら行こうぜ~」
「ちょ、おい」
 半ば強引に腕を引かれながら、教室を出ていく六田。
(ちっ……バカが。一人でも多くのドロップアウトを防がなきゃならないのに)
 苛立ちを抑えきれずに舌打ちをして、栄和もまた染谷と共に教室を出た。

 ○

「えっ……し、親友??」
 小林の間抜けた声が別室に響く。
「あ、う、うん……。それでね、こんな酷いゲームだけど、千尋ちゃんと千里ちゃんには特に絶対死んで欲しくないって思って……」
 荒谷は思いっきり顔を赤くしながら話を続けた。自分から親友がどうなどと、普段ならば絶対口に出来ないような事である。
「親友……、絶対死んで欲しくないって……。すごくうれしい……」
 まさか泣きはしないだろうが小林もまた頬を赤くして、嬉しそうに俯いた。綺麗に伸びた黒髪がバサリとなびいて顔を隠す。
「う……うん! 千尋ちゃんは絶対死なないでよ!?」
 照れを抑えて必死で訴える荒谷。
「……ひ、光も! 絶対死んだらだめだよ!」
 照れ臭そうにしながら、歯の浮くような会話を繰り返す荒谷と小林。
 ――その様子を、カメラを通じて別室から眺めている進行役の人間達。
「くっ……くっく」
「どうしました?」
 それぞれ見ている映像は別々だが、荒谷と小林の部屋を眺めている男が笑みを零していた。
「いや……、どうにもね。私は“あの”ゲームもこうして眺めていたので、このクラスの連中を見ているとあまりに馬鹿馬鹿しくて笑えてくるのですよ」
「“あの”ゲームとは?」
「ああ、あなたはまだ若いんでしたか」
 右手でゴシゴシと口元をこすって、緩んだ口元を締め直す男。
「あの当時からこのゲームに携わっている人間は、今回のゲームがヌルすぎて退屈していることでしょうね」
「……一体、何があったんですか??」
 若輩はごくりと息を呑み、先輩の様子をうかがいながら慎重に尋ねた。

「何しろこのゲーム、以前はあの“堀越学園”で行われましたからね」

「!!!? 堀越学園って……!!」
「ええ。……だから、こんなゲームなど退屈で仕方がない」
 ――“堀越高等学校”。芸能活動コースや体育コースなどを設置し、全日通学が困難な有名人が多く在籍し、また輩出することで知られている。
「ただでさえ特異な高校ですが、その中でも特に“黄金世代”と呼ばれていた学級を選択し、このゲームを行ったのです。当時の“参加者”には、誰もが名前を知っているような有名芸能人もいました。今現在、芸能界の第一線にはこのゲームの生き残りが多く紛れているのですよ」
「……馬鹿な。そんなことが……」
 あまりにも壮絶な事実に言葉を失う若輩者。しかしその後ろで会話を聞いていた者には、また別の考えがあった。
(……たしかに、あの回はゲームのギミックを最大限に利用した素晴らしい催しであった。しかし、所詮はほとんど学校に通っていなかった連中を無理やり集めてゲームに参加させただけのこと。結果、生徒同士の繋がりは非常に細かったとも言える。それゆえ生徒は皆冷酷になり、他人を蹴落とすことに躊躇いは無かった。…………それでは駄目なのだ)
 大きく吊り上がる口の端。
(数々の学校行事や長い年月。それらを共にしたクラスでなければ、このゲームの真価は発揮されない。ほぼ他人みたいなクラスでは意味が無いのだ。それが分からないようでは、斉藤……。貴様もまだまだ若い)
 男は意味深に笑みを飲み込んで、再びモニターから映し出される映像に目を向けた。

 ○

「……ごめん」
 椅子に座った二人が向き合う別室。俯き気味の高坂が口を開いた。
「光も相澤くんも。死にたくないなら大人しくゲームを降りて」
9

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