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『首切領主』

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 狩人のガルが、領主の兵に捕えられていた。禁猟指定されていた獣を獲ったのだ。それは、許されることではない。ガルもそのことについては納得していたから、大人しく領主の屋敷へと連れていかれた。手元に弓がないことだけが、寂しかった。
 手錠をさせられ、見上げれば、黒い館がそこにある。ガルの暮らすミッドウィンスターの領主、その気性に相応しい、それは漆黒の居城だった。
 首切領主、アルマルド。
 たとえどれほど忠義に忠義を重ねても、たった一度の逆心で簡単に首をハネられる。いわんや罪人など、首切役人を差し置いて領主じきじきに斬首するという話まである。ガルは観念した。
(――短い人生だったな)
 だが、自分は罪を犯した。獲ってはならないものを獲った。たとえ狩人として生きているうえで、禁猟指定などされては生きていけないのだとしても――
 ガルはアルマルドの前に引きずり出された。兵たちは、悪霊に怯える子供のように部屋から出て行った。あとには、執務机に座るアルマルドと、絨毯の上に跪かされたガルだけが残された。
 アルマルドはまだ若い、聡明そうな青年だった。面白そうにガルを見ている。
「お前か。密猟者というのは」
「……そうです」
「ふうん……」
 アルマルドはしばらくガルを眺めていたが、やがておもむろに言った。
「悪かったな、禁猟なんかにしてしまって」
「いえ、あの獣は神の乗り物、殺して喰った俺が悪いのです」
「違うな」とアルマルドは、むしろ不機嫌そうに言った。
「狩人のお前が獣を獲らずにどうやって生きていく。そのことまで計算に入れず、鹿や猪だけ獲っていれば喰っていけるのかと錯誤したこれは俺の落ち度だ。お前は悪くない」
「……ありがたきお言葉。それだけで、俺は心安く死ねます」
 目を伏せたガルを、アルマルドは値踏みするように見る。何度も苛立たしげに机を叩いていた。それが、自分の死の足音のようにガルには思えた。
「助かりたいか」
 首切領主はこうやって、領民をなぶるのだろうか、とガルは遠い気持ちで思った。
「本音を言えば、そうです」
「だろうな。……お前、なぜ嘘をつかない」
「嘘?」
「助かりたくない、とでも言えば、ひねくれ者の首切領主のこと、逆に助けてくれるんじゃないか……そうは思わなかったのか?」
「嘘をついてまで、助かったところで、そんな命はたかが知れます。それに、俺たちの土地を守って下さっている領主様に、嘘なんてつきたくない」
「…………」
 アルマルドは殴られたように顔をしかめた。
「お前、名前は?」
「ガルです。狩人のガル」
「俺は領主、アルマルドだ」
「知っています」
「そうか、そうだな」
 アルマルドはベルを鳴らした。近衛兵たちが部屋へ入ってくる。今まで、領主と二人きりだったことに、ガルはようやく気がついた。
 アルマルドが言う。
「この密猟者を放免する。手錠を外せ」
「……は」
 首切領主が、あろうことか罪人を「許す」と言ったにもかかわらず、近衛兵たちは諾々としてその命令に従った。だが、ガルは見た。手錠を外してくれた近衛兵の顔に、びっしりと汗が浮かんでいるのを。この瞬間が一刻も早く抜け去ってくれることを、神に祈っているその顔を。
「狩人のガル、この屋敷でお前が暮らすことを許す」
「……え?」
「三食部屋つき、着物もつけよう。嫌か? どうしても山がいいというのなら、ねぐらへこのまま帰ってもいい。禁猟指定も緩めよう。だが、俺としては久しぶりの来客だ。少しでもいいから、話をしてから帰って欲しいところだが」
「……あの、おっしゃってる意味がよくわかりません。俺と何を話すっていうんですか? 俺はただの狩人だし、隣国の国境付近にいたわけでもない。領主様のお役に立つようなことなど、何も……」
「それでもいいんだ。そばにいてくれないか」
「…………」
 ガルだって死にたくはない。断り続ければ首が飛ぶなら、少しくらい、滞在するのはわけのないことだった。どうせ狩人、獲物がいなければ何も出来ない。
 それに、このどこか寂しげな領主について、一人の人間として興味が湧きつつもあった。

 ○

 それからガルは、アルマルドと暮らした。客人として扱われたので、三食きちんと食べさせてもらったが、驚いたことにアルマルドが食べている料理はほとんど平民の食卓に並ぶものと大差がなかった。アルマルドは汚れたテーブルクロスの上に並んだ食事をガツガツと雑に喰う。それが領主として異常なことは、臣下たちの浮かない顔を見ればガルにもわかった。
「あの、なぜもっと豪華な食事をとらないのですか。ミッドウィンスターは貧しくはないはず」
「俺たち領主は領地を治めるのが仕事だ」
 カチカチになったパンをスープにぶち込んで、なんとか柔らかくならないものかと矯めつ眇めつしながらアルマルドが答えた。
「執務に影響が出なければ食事なんて、なんだっていい。それに俺は喰う寝る遊ぶ、全部それほど好きじゃない。嫌いでもないがね。……好きなことは首切」
 くすっと笑うアルマルドは、子供のように無邪気に見えた。だが、たとえ子供っぽく思えても、首切が大好きでも、アルマルドは有能だ。デズノルド王国に数ある領地のなかで、ミッドウィンスターほど領民への税が軽い土地は無いだろう。この土地は伝統的に軽い税を敷いている。領主の食事や生活まで切り詰めているのは、そのせいだろう。
 その代わり、春夏秋冬が一めぐりする間に、二度は戦争にいく。
 首切領主は常勝将軍としても有名なのだ。その刃が己の首ではなく敵の首を狩っている間は、これほど頼もしい味方はいない。だからこそ、アルマルドがどれほど身勝手な理由で、法律や慣習を無視してでも自分に歯向かった人間の首をハネても、王は何も言わない。黙認する。
 圧倒的に強いから。

 ○

 しばらくして、ガルは監視なしで、近くの森へ狩りへいくことが許された。やはり狩人として獲物を狙っていると、心身共に充実していく感じがする。アルマルドの屋敷で封じられていた三か月の鬱憤を晴らすように、ガルは獣を狩った。
 ある日、屋敷へ帰ると中庭が鮮血で汚れていた。執務室へいく。
 アルマルドはじっと考え込んでいた。
「……どうした、アルマルド」
 二人はもうすっかり、打ち解けた口調になっている。もちろん、兵がそばにいないときだけだったが。
「首をハネた。俺の右腕だった男の首だ」
「……どうして?」
「俺に逆らった」
「たった一度、逆らっただけなら、許してあげるべきだ」
 アルマルドはガルを見た。
「俺がお前を好きなのは、ここで知ったような顔をして、何も言わないという選択肢を取らないところだ。お前は俺にハッキリと意見を言ってくる。間違っていると思ったら、そう告げて来る。よかったな、ガル。俺がお前の首をハネないのは、それが理由なんだ」
「俺の首のことなど、どうでもいい。仕えてくれる臣下の首をハネるのは、よせ」
「いやだね」
「このままじゃ、独りぼっちになってしまうぞ」
 アルマルドはふっと鼻で笑った。
「もう俺は独りさ。最初から独りなんだ。俺に味方なんぞいやしない。俺には敵しかいねぇんだ」
「そんなことはない。みんな、お前を領主として認めている。だからついてきてくれているんだ。でも、お前だって人間だから、間違ってしまうことぐらいあるんだ、アルマルド。それを止めようとした人間の首を、ハネてはいけない」
「いや、ハネる」
「アルマルド……」
「分からんか、ガル」
 領主は椅子を回して客人に顔を向けた。
「俺が洗礼を受けた時、神父は言った。魂には逆らえない。あとあと聞けば異端者だったらしく、俺以外のやつに首をハネられたらしい。普通、宗教じゃ『魂』に逆らって、『神』に従えってぇふうに教えるからな。俺は逆に教えられた……俺の魂は常に首狩りを求め続けている」
「そんなことはない。誰も、首を狩りたがるやつなんていない」
「俺がそうなのさ」
 机の下から、何か重たいものをアルマルドは引っ張り出して、机に乗せた。
 男の首だった。ガルは目を背けた。
「…………」
「こいつは俺によくしてくれた。だが、最後の最後に俺が来春、また戦争に参加することに不平を漏らした。ミッドウィンスターは山岳地帯だ。他国の領土をぶんどったって、直接統治ってぇわけにはいかねぇ。俺には兄弟もいない。だから正直、領土拡大なんてどっかにでっかい基盤を作らない限りは無理なんだ。だから戦争に積極的に参加したって意味はねぇ。なるほど。そうだな。
 だからどうした?
 俺が戦争すると言ったらするんだ。こんな軽い首の持ち主が――」
 ひょいひょいとアルマルドが首を持ち上げて振った。血飛沫が卓に散った。
「――考えるようなこと、この俺が思いつかんと思うのか? 考えていないと思うのか? 俺が戦争にいくのは、国王がミッドウィンスターとこの俺を『そういう場所、そういう男』と常に意識してくれるようにだ。俺のような男は、有用でなければ殺される。俺は俺を守るために戦争をし続けなければならない。それに――俺自身、戦場で敵将の首を狩るのがやめられん。やめようと思っても、出来ねぇ。それをこいつは……」
 手放した首がごろごろと絨毯を転がる。
「何もかも俺のわがまま、俺のせいだとぬかしやがった。許せるもんか、絶対に……だから首を狩った。いいざまだ」
「……この人は、いつもお前のことを心配していた」
「ああ、誰より俺がそれを分かってる」
 アルマルドはひきつるような呼吸をした。
「俺にだって、そんなことは分かってる……だが、だが……なあ、ガル。俺は首狩りをやめられん。それは、もう、仕方のないことなんだ。俺は……俺は血を見るのがやめられん……」
「アルマルド……」
「なぜ許せないのだろう?」
 何か、高尚な神の存在について疑問に思ったかのように、アルマルドは呟いた。
「俺は、俺に逆らうやつが許せない。何もかも、俺の思い通りでなければならない。……お前のように、むしろ逆らって欲しいと俺が俺に定めたやつを除いてはな、ガル」
「…………」
「俺はいい領主であろうと思ってるんだ」とアルマルドは言った。
「誰よりも、俺は領民のことを考えている。みんなに幸せになって欲しいんだ。そのためには、俺が俺自身をいつでも使える状態にしておかなくちゃならない。いつだって、最高の自分じゃなきゃ駄目なんだ、そうだろう? 領地を治めるというのは、本来はそれほど大変なことなんだ。俺はそれを、ちゃんとやろうとしているんだよ。そうして、最高の自分でいようとすればするほど、首を狩ってしまう。首と胴が離れる一瞬、俺は何か、こう、大きなものに許されたような気がするんだ。自分に自信が持てるんだよ、ガル。……俺が首狩りをやめたら、俺は領主の仕事は出来なくなるだろう。俺という男は、そういうふうに出来ているんだ」
「…………」
「俺は領地を守りたい。そして首狩りをやめられない。……俺はどうしたらいいと思う、ガル。俺は領主失格か。こんなに尽くしてくれた将の首を自ら切り落とした。そして少しも後悔なんてしないんだ……いい気分なんだよ、本当に」
「俺に言えるのは、お前が領主失格なんかじゃないって、ことだけだ」
 アルマルドは何も言わない。ガルは続けた。
「俺が暮らしていた山のふもとの村の、婆さんがよく言っていた。……首切領主様は、逆らわなければ何もしない。そういう気性の激しさから来る衝動に、目を瞑りさえすれば、ほかの土地じゃお目にかかれないほど、いい領主様だと。だから、首切領主に逆らってはいけない。逆らいさえしなければ、本当に本当に、あの方は優しい方なのだと。……先代の話だが」
「……親父か、親父もよく首を狩った。血筋だな」
「領地を治める才能も、血で引いたらしいな、アルマルド」
「…………」
「俺は本当はお前に、みんなの首をハネてほしくない。でも、お前が気にしてるなら、ハッキリ言うよ。
 お前は悪い領主なんかじゃない。
 ちゃんと領地と領民を守ってる。それだけは確かなことだ。
 もし、首を狩ってしまうから、お前が守ってきたもの全てが無駄だと感じるなら――改めて、お前は間違ってると言わせてもらうよ、アルマルド。
 お前は、立派な領主だ」
「……………………」
 アルマルドはしばらく、黙っていた。やがて手を振って、「もういけ」と示してきた。ガルは部屋を辞した。そしてその足で、山へと帰った。
 首切領主の噂は、その後もよく聞く。いまでも彼の側近たちは、簡単に首をハネられてしまうという。そしてそこから流れた血が、このミッドウィンスターの地を清め、守り、養っている。死は無益じゃない、少なくとも、アルマルドは死から未来を作る。
 狩人のガルは、そう信じている。
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