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ギア山

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 歯車の山がある。温度差のある雪が固まっていたりほぐれていたりするように、大小のギアが折り重なってスクラップ廃棄層にぶちまかれている。どいつもこいつもここにゴミ投げ込んで、それで全部終わったと思っていやがる。だが回収車が来る前に、こうしてギアを盗むことも、世の中に馬鹿が大勢いてくれるおかげだ。いったいいくらでこのギア一個が作られているのか、連中は知らんのだ。
 俺がズタ袋に金属塊を放り込んでいると、山下のやつがへたへた走りながらジャンク山のふもとにやってきた。膝に手を突いてぜぇぜぇやっているが、走りやすい靴で来いというのにいつもの癖で会社にいくときの革靴履いてくるから、ガーディアンの連中に目をつけられる。走って逃げきれるあたりがこの社会の平和っぷりを物語っている。金持ちはいまごろおうちで愛娘のピアノでも聞いているんだろうよ。死にさらせ。
「おい! 鈴木。おまえなにやってんだ、畑はどうした」
「ほったらかしてる」俺は欠けたギアを投げ捨てた。乾いた音がして転がり落ちていくのを聞きながら、
「お前、ここには来るなって言ってんだろ。気が散るんだよ」
「そうはいくか」革靴を脱いで踏んだらしい小石を取り除きながら山下が言う。
「小学校の同級生がいつまでも軽犯罪に手を染めているのを見過ごせるか」
「ほっとけ。どうせ俺なんかいなくなってもわからん」
「まあ、そうかもしれんけどなあ」
 山下は適当なコンセントから6Aくらい盗んでコーヒーを沸かした。トースターを使ったり小型冷蔵庫を使わない限りは、照明の使用量に隠れてなんとかなると信じたい。
「なあ、もうすぐ台風が来るぞ」
「そうだな」
「そうしたらお前が植えた苗もみんな倒れるぞ。縛っておかなくちゃダメだ」
「知ったことじゃない」
 田植えなんぞ、暇だからたまにやってみただけだ。
「おいおい、先祖から受け継いだ大切な土地だろ? 邪険にしたら祟られるぞ」
「祟りたきゃ祟れ。俺一人を不幸にしたくらいで、世の中の何が変わるんだよ」
「お前ほんとうに最近元気ねぇなぁ」
「うるせえ」
 山下はいつの間にかサンドイッチを食っている。俺の分はなさそうだ。
「こんな歯車、技術者じゃなけりゃわからんだろ。俺たちみたいな下民じゃあなあ」
「勉強した。だいたいわかる」
「盗んだもんを適当にくっつけては爆発させてるだけだろ。あれなんで吹っ飛ぶんだ? 電源入れてないのに一回母屋がなくなっただろ」
「ありゃガス漏れだ……いいだろうがべつに。やりたくてやってんだ」
「ほんとうにそうかあ?」
「うるせえなあ……」
 俺は振り返って、握っていたプライヤーを投げ捨てた。
「ゴチャゴチャ言うのは勝手だがな、俺は集中してんだ。邪魔すんなら消えろ」
「怒るなよぉ」山下は眉をひそめる。
「鈴木、俺はさ、人間には向き不向きがあってさ」
「だからそれがうるせぇんだよ」俺はギア山に手を突っ込んで状態のよさそうなVVFケーブルを二、三本まとめて引っこ抜く。
「俺にはやれるんだよ、このガラクタから、てめえら馬鹿どもが思いつかねぇような工作物を叩き出すことがな」
「そうかなあ」
 俺はもう山下を無視することにした。
 いつだって邪魔なのだ。なにもかもが。
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