「これから実戦形式の演習を行う。二人一組のペアを組めー!」
坂本の指示がミーティングルームに響き渡り、ウイッチたちが騒々しく動き出す。
エイラは当たり前のように、いつも一緒にいるサーニャにペアを組むべく声をかけた。
「サーニャ、ワタシト――」
「芳佳ちゃん。私とペア組もう」
「うん! いいよサーニャちゃん!」
しかしサーニャはエイラのことを無視して、あろうことか淫獣とペアを組んでしまった。
ナンデ、ミヤフジナンカト……。
「サ、サーニャ……」
エイラの呟きは周囲の喧騒にかき消され、サーニャの背中へと伸ばした手が虚空に空しく漂った。
エイラと同じように手を伸ばして固まっているウイッチがいた。リーネだ。
リーネは同じ新兵であり、そして親友でもある宮藤とペアを組もうと思っていた。ところが横合いから突然現れたサーニャに宮藤をあっという間に取られてしまったのだった。
楽しそうに会話する宮藤とサーニャ。その様子を呆然と見つめながら、リーネは胸の内にどす黒い感情を渦巻かせた。
――あのネクラ女、絶対許さない……。
今日こそ私が少佐とペアを……!。
ペリーヌは独り胸の内で、尊敬する上司であり、そして愛する坂本に声をかけるべく自らを奮い立たせていた。
ペリーヌはそろそろと坂本の背後に回り声をかけようとした、しかしその背中を見つめていると自然と愛しの少佐の妄想で頭がいっぱいになってしまう。
ああ、なんて素敵で逞しい背中なんですの……。ペアを組んだら少佐が私に「ペリーヌ、背中は預けたぞ!」なって言っちゃって、私が「私の背中は少佐がお願いします!」って言うと「ああ! ペリーヌには蚊の一匹も近寄らせん!」なって言って……ああ……ああ! ああ!
「美緒、私と組みましょう」
「そうだな、ミーナ」
二人の声にペリーヌは、はっと我に返った。しかし時既に遅し。坂本はミーナとペアを組んでしまっていた。
また少佐とペアを組めなかった……。
ペリーヌは涙目になりながら二人の背中を見つめて立ち尽くした。
不意に坂本が振り返った。
「ん? どうしたペリーヌ」
「い、いえ。なんでも……」
「ん? 目が赤いぞ? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫です! 目にゴミが入って……」
ペリーヌは目元を隠しながら、いそいそ坂本のそばから立ち去った。
周囲の喧騒に包まれながらペリーヌは、はあと溜息をこぼした。
また私だけ一人ぼっちか……。
先ほどと違った理由でペリーヌは泣きたくなった。
ペリーヌが所属する、この第501統合戦闘航空団の隊員総数は11名。今回の演習のように二人一組のペアを作るとどうしても一人余ってしまうのだ。
特別ペリーヌが他の隊員たちに嫌われているわけでも、イジメなど酷い仕打ちを受けているわけではない。しかしその自尊心の強い性格や、素直じゃないツンケンとした態度のせいで、心の許せる友人を作ることができないでいたのだ。
ペリーヌは伏し目がちに辺りを窺がった。他の隊員は各々ペアを組み、楽しそうに談話している。
辛くないと言えば嘘になる。しかし、性格柄そんなこと言える筈がない。それに他の隊員たちに自分の情けない姿をペリーヌは見せたくなかった。
ペリーヌは、ペアを組む相手がいないことなど気にしていない、自分は独りが好きなんだと思われるよう、気丈に振る舞いながら自分の席に向かった。
と、その背中に突然声をかけられ、ペリーヌはびくりと肩を震わせた。
「ぺ、ペリーヌさ――」
「オイ! ツンツンメガネ!」
ペリーヌが驚いて振り返ると目の前にエイラのにやにやとした顔があった。
「な、なんですのいったい!? 顔が近いです!」
腕で押し返して距離を取ると、エイラは左手で腹をおさえ右手でペリーヌを指さしてプププと小馬鹿にした笑いをみせた。
「オマエ、キョーモショーサニフラレタンダロ」
「な……」
ペリーヌが顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせていると、エイラが馴れ馴れしく肩を組んできた。
「キョーハワタシガトクベツニオマエトクンデヤルヨ」
「え?」
ペリーヌは我が耳を疑った。
いま、なんて……?
「オイ、ネボケンテンノカツンツンメガネ」
「え、あ……は?」
「アァ?」
先ほどの言葉の意味が分からずぼんやりとしていると、エイラが顔をぐぃっと近づけてきて言った。
「ダカラワタシガ、オマエトペアヲクンデヤルッテイッテンダヨ」
私とペアを……?
今度はエイラのその棒読みのセリフの意味が理解できた。
私とペアを? エイラさんが? ペア? 私と? 今日は一人じゃないの?
その意味をもう一度頭の中で反芻してペリーヌは再びに泣きそうになった。しかし、やはり自分の気持ちを素直に表すことはできなかった。ペリーヌはエイラぐいっと押しやり、アゴをツンと上向けて言った。
「ま、まあ私がペアになってあげてもよろしくてよ」
「……オマエハナンデソンナニエラソーナンダヨ」
エイラは呆れた声でぼそりと呟いた。
「ただし、くれぐれも私の足を引っ張らないでくださいね」
「オマエコソナー」
ペリーヌはエイラに背中を向けて、全然嬉しくなんかないという風を装いながら自分の席に戻った。そして――誰にも聞こえないようぽつりと呟いた。
「ありがと、エイラさん……」
「ナンカイッタッカー?」
「な、なんでもないです!」
エイラはヘタレだけど優しくて良い子! 作者の一番好きなキャラはエイラちゃんだよ! エイラちゅっちゅ!
エイラがペリーヌに声をかけたとき、その前に先に声をかけていたウイッチがいた ――リーネだ。
芳佳ちゃんと組めないなら私今日はいいやー。
リーネは宮藤と今回ペアが組めないと分かると、とたんに全てのやる気をなくした。
宮藤とペアを組めない演習なんてどうでもいい。そんなことよりサーニャが憎くて憎くてしかたがなかった。
あのネクラ女、絶対に許せないよ。そもそも、あのクソヘタレがしっかり躾けてないから悪いんだ。あの死にかけの野良猫みたい女を野放しにして。それで、か弱そうなところを芳佳ちゃんに見せて取り入ろうなんて……。本当に最低な女だよアイツ。大体フリガーハマーを振り回すような女がか弱いはずないんだよ。見せかけなんだよ、芳佳ちゃん。絶対にアノ根暗、腕の筋肉すごいから。私の肩幅なんか話にならないくらい、アイツの肩幅すごいから。大体私の肩幅は広くなんて――。
憎い。許せない。芳佳ちゃんがいないと意味がない。とリーネは思い、もう仮病で演習をサボろうかとすら考えながら溜息を吐いたときだった、背筋に悪寒が走った。
振り返るとミーナが青筋を立てた笑顔でリーネを見ていた。きっとどうでもよさそうに溜息なんかついていたのを見られたのだろう。
ああ、もう。早くあのババア引退しないのかな。
いつも規律規律うるさい中佐に、心の内で悪態をつきながらリーネは乗り気ではなかったがペアを探しはじめた。
そこで目に入ったのがペリーヌだった。
ああ、あのぼっちでいいや。と思いながら、リーネはペリーヌに声をかけたのだが、横からエイラが出てきて、なぜか二人がペアを組んでしまっていた。
しょうがないので他にまだペアを組んでいない人はいないかと辺りをぐるっと見渡したが、エーリカとバルクホルン、シャーリーとルッキーニともう組む相手は既にいなかった。
「もう、やってらんないよぉ……」
溜息と共に自然となげやりな言葉が口をついて出ていた。
「あらぁ? リーネさんペアがいないのかしら? じゃあ私がリーネさんのペアになってあげます」
底冷えする声に振り返るとミーナが先ほどより青筋を立ててにっこりと微笑んでいた。スポポビッチもかくやという青筋だ。
もうヤダ! 全部あのネクラ女のせいだ! 絶対に許さない! 絶対に絶対に……!
リーネは顔を青ざめさせながら、胸の内でサーニャへの憎悪を激しく燃え上がらせたのだった。
次回予定「腹黒リーネちゃんと寡黙なサーニャン」