その年、阪神タイガースはシーズンを若い新鋭たちの力を借りて二位で終えた。クライマックスシリーズでは惜しくも中日に敗れ日本シリーズ出場は叶わなかったが充実したシーズンであったといえる。
そして迎えた秋季キャンプ。
そこには金本の姿があった。
マスコミや有識者たちの誰もが金本の現役復帰は無理だと思っていた。四〇を越えて一年間試合から遠ざかることがどういうことかは想像がつくだろう。
だが、金本は戻ってきた。ふたたび野球がしたいという一心でリハビリにも耐え、球場にもどってきたのだ。
チームメイトたちは彼のところにより集めって、歓迎の声をかけている。
「金本さん、もう平気なんですか?」
「また金本さんとやれるんですね! 俺っ」
誰もがその顔には笑顔をみせている。
「なんだ、お前ら。練習だろうが、散れ!」
そう言っている金本の顔にも笑顔があった。
「金本!」
彼を呼ぶ声は真弓のものであった。瞬間、静まり返りみなが監督をふりかえった。
そんな彼らに練習に行くようにいいつけ、金本だけを呼び寄せた。
「よお、帰ってきた。まっとたで」
真弓は金本の肩に手をかけ言った。その言葉は金本にとって喜ばしいものであった。が。
「でも、まあ。以前のように当然試合に出られるとは思うなよ。レフトにはマートンがいる。他んとこも桜井や浅井、甲斐でもええな。ま、そういうこっちゃ」
金本がいない間に阪神の勢力図は大きく変容していた。
赤星の穴を埋めるべくやってきた外野手、マートンはシーズン最多安打記録を打ち立てレギュラーとして定着していたし、開いた金本の枠には甲斐や桜井という力をつけた若い選手がいた。
外野手だけではない。矢野の怪我によりシーズンを通してマスクをかぶったのは狩野であるし、平野がセンターにつくことが多くなれば、空くセカンドにも坂らが出場機会に恵まれていた。投手陣にも新しい選手が名前を連ねていた。
金本は真弓のその言葉になにも言わなかった。
金本の足はグラウンドではなくロッカールームに向かっていた。
ロッカールーム入るなり怒声をあげ、くずかごを蹴り飛ばした。
「俺はっ、俺は! 俺は金本知憲だぞ!」
金本は叫んだ。
「この俺がどうして! あんな扱いを! 受けなければならない! 俺を誰だと思っているんだ!」
「金本知憲 でしょう」
「あ!?」
ロッカールームの入口には扉に寄りかかってたつ新井の姿があった。
「しょせん俺達は『赤いファーム』から連れてこられた外様ですからね。結果を残せばもてはやされ、そうでなければ冷遇される。そういうもんでしょ? ねえ、金本さん」
その顔にはいやらしい笑みをたたえている。金本は怒りにまかせ新井の胸ぐらをつかんだ。
「新井!」
「怒らないでくださいよ。事実でしょう。事実だ。
ま、なんにせよ。頑張るしかないんじゃないんすか。『四番』の俺にできるアドバイスはそれくらいですかね」
「貴様……、新井、きさまああ!」
シーズンの大半、金本に代わり四番を務めたのは新井であった。
金本は奮起した。誰よりも早くグランドにあらわれ、誰よりも遅くグラウンドを後にした。努力に努力を重ね、誰もが根を上げるような練習に耐えぬき、
そして、戻ってきた。この阪神甲子園球場に。
涙する金本を見たファンたちもまた涙した。嗚咽と歓声がこだまする甲子園球場に金本が帰ってきたのだ。
四三になる男である。しかし、彼の野球道はまだまだ続くであろう。