第七話 クロかく語りき
おれは自分の三時間を二郎のラーメンに使ったあと(あそこはもうメシじゃなくて戦いって感じがする)、誰にもあの生首の話はしなかった。
誰かに話したところで、信じてもらえないだろうし、信じると言われたって、その言葉をおれが信じられない。
だからおれは無駄口は叩かない。
今晩も無駄なやる気を見せているカツミが飯盒炊爨に汗を流している。
まあコンビニ弁当ばっかりってのも味気ないからこれはこれで助かる。
炊きたてのご飯はにおいを嗅ぐだけで腹が減る。
コンロの周りで額を付き合わせるようにしておれたちはメシを食う。
食器は最初の頃にそのへんの家からパクってきたやつを洗って使ってる。
無駄だって言ってんのにカツミは聞かない。
旅なんて使い捨てでいけばいーんだ。電波少年見たことねーのか?
どうもおれはこの連中とは話が合わない。
こいつらときたらまじめすぎていけない。
いまだって誰か死んだような顔になってやがる。
仮に本当に誰かが死んでたとしても、自分以外のどこの誰がくたばろうがおれには関係ない……おれの表面上がどう見えようとも。
おれだって、格好つけていい気分になりたいときくらいある。
でもそれは、結局、自分の中の足りない要素の補充みたいなもん。
野菜が嫌いだからって食わなきゃ食物繊維とかビタミンとか鉄分とかが不足するだろ。あーゆーことだ。
たぶん聡志は騙されてる。ばかめ。
もくもくと蚕の卵みたいな飯粒をカッ喰らったあとは、各自テントで休んだり、ぼーっと星を眺めたり(街灯なんかは点いてるが、民家は全部沈黙してるから夜空が明るい)、コンビニのなかを意味もなく歩き回ったりする。
おれはなにもかもがばかばかしいので、チャリンコのスタンドを足払いして夜の街の散策に出かけた。
人と一緒にいるのは好きじゃない。
翌日、本当に連中が暗かったのが、同級生が自殺したからだとおれが知ったのは、昼も回った午後のことだった。
そのときおれは聡志と公衆便所で連れションしていたのだが、聡志はおれが知っていると思っていたらしい。そんなの知るもんか。人に期待するやつはばかだ。
聡志が言うには、自殺したのは隣のクラスの女子らしい。
なにも十五の身空で死ぬこともなかろうに。
名前は風止美衣子。
中学の頃からいじめられていたのがとうとう堪忍袋と自分の命の緒をぶっち切ったんだそうだ。
聡志が相変わらず自分の包茎を絶望的な眼で見つめているので、おれは励ましてやった。
「死にたいやつは死ねばいいんだ」
思っていたよりも重い殴り方だった。
いくらなんでも小便した手で殴るなんてひどいと思う。
「クロがそんなやつだったなんて思わなかった……!!」
聡志は顔を真っ赤にして手も洗わずに便所を出て行った。
おれたち六人のなかで、実はこいつが一番メンドウくさいやつなんじゃなかろうか。
そんなやつだとは思わなかった?
おまえが勝手に期待していただけだろ。
おれは、期待するのも、されるのもごめんだ。
いったい、どんな権利があって、人を自分の幻想に組み込んでもいいっていうつもりだ?
口元の傷口を水道ですすいでいるとき、ふいに鏡に映った自分の顔を見て吐き気がした。
嫌味な顔だと自分でも思う。
特にこの、嘲笑うような目つきが。
一日が三時間しかないとなんだか隣町での生活の方が本物の暮らしみたいな気持ちになってくる。
でもたぶんおれが変わってるんだと思う。
マトリックスでも現実を捨てて虚構世界に帰ろうとしたやつがいたし、おれの周りではあいつの行動こそ正常だって意見が多かった。
おれ?
おれはべつにどっちでもいい。自分の意識がそこにあれば、どこだろうがかわんないと思う。
鉛筆削りが学校にあろうが宇宙空間にあろうがすることは鉛筆を削ることだけだろ。つまりそういうこと、。
ただ割り当てられた三時間が放課後とかじゃなくて授業で使い尽くされているとさすがにげんなりする。
しかもまじめにノートを取らないと成績と周りの評価=自分の価値のマナが怒るし聡志とカツミも機嫌が悪くなる。
この三人がおれたち六人の正常派。
一日が三時間になってもまだ通信簿と先公からの評価を気にするとか笑っちゃうね。
まだ人並みに生きられるとでも思ってんのかな?
ばっかじゃねーの。
てめえらの人生なんか、とっくのとーにぶっ壊れてるんだよ。
……って言いたいけど我慢しとく。メンドウになるし。
こんな生活がいつまで続くのかねえ。
机のなかから拳銃を引っ張り出して、弾丸の詰まったシリンダーをあらためる。
おれたちは感覚で、自転車に乗るように自然にどの弾丸がどいつに当てはまってるのかわかる。
こんな弾丸ぜんぶ捨てちまえばもう誰とも交代しなくていい、と思っていた時期がおれにもありました。
それがムリなんだよね、向こうのテレビのダイヤル回すだけで入れ替わっちまう。
だからこっちの世界に立てこもりってのはできない。
ついでに言うと六時間以上こっちにいると頭痛と鼻血が止まらなくなるから、日付ごとの分担もムリ。
でもカツミがマナを脅したように、誰かひとりをコミュニティから排除してテレビに近づけず、こっちからもそいつの弾丸を撃たなければ、まあハブにすることぐらいはできるだろーよ。ひとりか二人だったらな。
いまんとこ、やるとは思えねーけど、カツミも聡志も道徳とか正義とか「とりあえずこれが正解っぽい」って感じのにおいがする選択肢の奴隷だから、おれが悪だと思ったらハブるだろーね。
でも悪ってなんなんだろーね。
次から次へと皮肉を言うやつはむかつくから悪なわけ?
悪ってのはもっと静かで宿命的なものだと思うがね、最近のゆとりにはわからねーらしいよ。おれもゆとりだけど。
そうそう、悪といえばさ、おれの右斜め前の席で、いまぼんやり夏空を見上げてノスタルジィに浸っちゃってる、出席番号一番の蒼葉桃子。
風止殺したのって、こいつらしーね。
蒼葉とは結構付き合い長くてさ、幼稚園の頃はそりゃあもう仲良しこよしでご近所でも評判だったんだよ。
どんぐらい仲いいかってそりゃおまフュージョンノーミスでできるくらい。
あの歳ごろで細部まで拘るタイプっておれたちぐらいだったね。
ピッコロさんも喜んで赤丸くれただろうよ。
それがすっかりグレちゃって、中学ぐらいからだんだん話さなくなっちまった。
この頃に蒼葉の親父が蒸発したんだけど、それが契機だったのかねえ。
母親がキャリアウーマンだから、生活には困ってなかったみたいだけどさ、金があって愛がなかったらフツーはおかしくなるよ。薄情者のおれが言うのもなんだけど。
弱いものいじめって、なんかチートしたゲームみたいで、おれ好きじゃないんだけど、蒼葉は俺TUEEEEEが馴染んだみたいでね、がつがつ同級生いじめ始めたわけ。
髪染めてピアスして財布には未使用のコンドームを欠かさず入れとくバカ猿何匹か従えて目に付いたやつは片っ端からサーチ・アンド・デストロイ。ヘルシングかっていうね。
たまーに廊下の窓から裏庭見下ろしたりすると、蒼葉が指揮者みたいに指を振って哀れな生贄を虐待してるのが見えたもんだよ。
いつか殺しちゃうんじゃねーかなーと思ってたらホントに殺っちゃったみたいね。
とはいっても、直接手を下したわけじゃないらしいけどさ。
いじめで風止ってのを追い詰めたのが蒼葉って話。ソースは聡志。ちなみにおれ以外の五人は蒼葉とは同じ幼稚園でもそんなに仲良くなかったらしい。はいはいパラレルパラレル。
ま!
誰が誰を殺そうと? 誰がどうやって死のうと?
おれさえ生きてりゃ、それでいい。
なにせおれを守ってくれるやつなんていないんだから。気張っていかなきゃならんわけよ。
あくびで抵抗の意を示しつつ、おれは渋々黒板の文字をノートに写しはじめた。
クラスメイトは隣の女子が死んでもビクともしないし、犯人にいたっちゃ不貞寝ときてる。
いいと思うよ、その神経。