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02.脅しの味

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 顔色の悪い男が麻雀を打っている。
 そいつは、湿った学生服を着て、廃人のような顔をして、目に濃いクマを作り、頬は削ったようにこけている。
 その中で、火を失っていた眼が、刻一刻とその力強さを増しているのが不気味だ。
 馬場天馬だった。
 味方もツキもないこの男、しかし乾き始めているのはなにも学生服だけじゃない。
 やつのなにか、得がたい形にならぬものを求める心の荒野も、景色の枠組みから外れ一匹の獣として活動を始めようとしている。
 たとえるならば、餓えた星。
 水一滴存在しない、その地球になれなかった惑星の空中に、いま、氷の塊が浮かんでいる。
 この星は、無名とはいえ、ただの鉄くずではない。
 きっと、あらゆる手段を使ってでもその氷を砕くだろう。
 勝利という、冷たい氷を。
 東一局一本場。
 天馬の配牌。
8, 7

  

 四五五六(246)4578青玄 ドラ:9s

 天馬は西家。第一ツモは朱。顎に手をやり考える。
 この麻雀、確かに獣牌は押さえるべき牌だ。なにせ使役者に鳴かれれば即ドラ3。役があればいわゆるインスタント満貫。
 しかし、では牌を押さえていたから勝てるかといえばそうではない。それが自身のアガリ放棄だけでなく、先ほど天馬がやってみせたように、他家に点数をいじられる危険性があるからだ。
 仮に天馬がすべての獣牌、三元牌を押さえたとしても、天馬の式神白虎を面子に使った者が放銃すれば天馬の失点となるのだ。
 この麻雀、標準的な安全牌候補の字牌がのきなみ重要牌にさせられていることといい、出アガリ二倍や即ドラ3の特殊ルールといい、とにかく「見」をさせてはくれない。
 息苦しくても、潜ることを強制してくる外道麻雀。
 撤退はない。進むのみ。
 第一打、朱雀。ポンされず。
 続く第二打、玄武。
 牛若丸が口をすぼめて「ポン!」叩いた。玄武は天馬の下家。
 天馬はぎゅっと眼を細めてドラ3を見やる。
 やりづらくなったことには変わりない。しかし、これは通常の麻雀における「オタ風ポン」の状況だ。自分の風、というか式神なのにオタというのもおかしなものだが、とにかく、これで牛若丸は鼻のピアスなんかいじってないでせっせと役を作らなければならなくなった。一通、三色、トイトイ、染め手、チャンタ、そしてもちろん特急券。
「ふふん、甘いんじゃないの、絞りがさ」
「そうかな」
 挑発するように、天馬第三ツモ、打、朱雀。鳴かれず。
 手牌は順調に伸びている。この手を成就させることが正しいのかどうかはわからない。
 それでも、仮に振り込むとしても、ここであっさりオリていては勝負にならない。
 まだ息苦しくさえなっていない。
 だったら潜ろう。
 もっと深く。
 数順後、天馬は流れるような手さばきでリーチをかけた。
10, 9

  

 三四四五五六(66)45678 ドラ:9s

「威勢がいいね、さすが雨宮を倒しただけのことはある」
「雨宮のことなんか関係ない」
「やつと同じことを言いやがる」
 そう言って、牛若丸は手牌中央から4pを打った。天馬の現物。
 卓の中央を見据えながらツモ切りを繰り返す天馬は、思う。
 オタ風ポン。それは役以外にもうひとつの刃を隠し持っている。
 脅しという刃を。
 天馬は脅しには敏感だ。あの、怯えろ、という眼。
 怯えて欲しいという、みじめな願いの籠もった眼を、もうだいぶ長いこと見てきたから。
「ツモ。――メンピンツモドラ1。裏、なし。一三、二六の一本場。
 ほらねやっぱり親かぶりだァ、と詩織が言った。




 詩織(青龍):24300
 シモ(朱雀):22600
 天馬(白虎):29500
 ウシ(玄武):23600


 次局――東二局 親:シモヘイヘ(朱雀)
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