第四部 第四話「?」
寝込みを襲われました。
とだけ宣言すると、どうとでも取られてしまう所が自分の辛い立場であると思うのです。襲ってきた相手はもちろん、我が家の隣に住む幼馴染、小便漏らしオブザイヤー殿堂入り確実との呼び声も高いくりちゃんであり、この場合の「襲われた」とはつまり、いよいよ恥さらしの人生に耐えきれず、本格的な五十妻暗殺計画にとりかかったという意味ではなく、性的な、言い換えればヤングチャンピオン烈的な意味合いでの「襲われた」の方なのです。
ここまでで、おいおい待てよ、この野郎、のっけから貴様は我々良心的な読者に向かって自慢をぶちかまし、あろうことかそのまま被害者ぶった顔で逆レイプというご褒美をのうのうと受け取るつもりではあるまいな。と思う方もいらっしゃると思います。あるいは、またどうせお約束的な勘違いか、珍妙奇天烈なHVDO能力者による攻撃を受けているのだろう、とたかをくくって鼻で笑って心でうらやまし泣きの方もいらっしゃるでしょう。だから自分はここであえて言い訳もしません。ただ現実をありのままに、出来るだけ正確に伝えたいと思うのです。
自分は毎朝のくりちゃん教官による拷問のおかげで、あらゆる痛みにわりと慣れた方なのですが、その日の痛みは今まで「1度だけ」しか経験したことのない物であり、その経験自体もくりちゃんによるものではなかったという記憶がまず蘇りました。くりちゃんの場合、大抵は肉体の殴打、つねり、関節絞め、呼吸の制限、冷水を頭からぶっかけたりだライターで産毛を燃やしたりだとか、なんというか非常に柄の悪い、DQNテイストの攻撃が主だったのですが、その日の朝の痛みは、そこにちょっとした性的な要素も含んだ、いじめとSMの境界線上にあるタイプの痛み、衣着せぬ歯茎丸出しの言い方をすれば、「ケツの穴」からくる正体不明の痛覚が接近、パターン青だったという訳です。
それはかつて知恵様からいただいた「苦悩の梨」と比べれば些細な物でしたが、本来「出ていく」場所に「入ってくる」という不自然な感覚、しかもローション的な物もワセリン的な物も一切無しのギチギチという効果音が似合うガチンコ勝負に、まず目が覚めない訳がないのでした。
自分の下着は寝巻きごと足首までずり下ろされ、当然のように下半身は露出、待ったなしの朝勃ち状態で丸出しのそれはまだしも、尻穴の入り口に感じる違和感は感情を伴いながら不規則に動き、そして目の前には嫌な仕事を嫌な上司に頼まれたOLのような顔をするくりちゃんがいたのですから、ベテラン刑事なら状況証拠だけで犯人を自白まで追い詰める所ですが、自分はちょっぴりHな超能力が使えるだけの一般的な男子高校生ですので、まずは軽く尋ねてみました。
「……あの、何をしてるのですか?」
「……」
答えてはくれず、目もあわせようとせず、しかしまだ異物感はそこにあります。
「……くりちゃんの指が、自分のお尻の穴に入っていますけれど」
わざわざ説明せずとも、見れば一発で分かる事ですし、指の主に話しかけているのですから、これは実に馬鹿馬鹿しい発言です。
「わ、分かってるよ!」
くりちゃんは何がくやしいのか何に怒ってるのか全く分からない怪訝な顔でそう言うと、更に指を深くへとずぶずぶと入れようとしてきました。痛み耐性をある程度持っている自分とはいえ、くりちゃんはゴム手袋まできっちり装備しているらしく、摩擦の痛みに耐えられず自分が小さく悲鳴を漏らすと、元々そこそこの躊躇いがあったと見え一瞬手を止めてくれましたが、それでも指を引き抜くタイプの優しさは見せてはもらえなかったのです。
現在自分の置かれている状況はなんとなく理解し、痛みと異物感によって強制的に目覚めさせられた自分は、少しずつ事態の整理が出来るようになっていました。部屋には2人きり、時刻はいつもより少し早め、腹は減っていますがそれどころではなく、どうしてかくりちゃんの表情は真剣で、お尻の穴に入っていない方の手にはカバーをかけた本を一冊持っています。
その時自分がとっさにとった行動は、肛門を万力のような力でがっつりと締め、くりちゃんズフィンガーの進入を防ぐという、自分には珍しく常識的な(状況の非常識さは一旦置いておき)行動でした。親指の第一関節でかろうじて止まってくれた第十九使途アナルでしたが、このまま放置していたのでは再びジオフロントへと進行されるのは時間の問題であり、両親から授かったこの肛門括約筋も長期戦ではいささか不利なように思えました。
「……どうしたらいいんだ?」
と言ったのは自分ではなく、くりちゃんです。「自分の台詞です」と主張するも、「お前は黙ってろ」と道理の通らない否定をされ、続けてこんな質問をキレ気味に放られました。
「どうやったら射精するのかって聞いてんだよ! 馬鹿!」
ははぁ、と、朝からフル回転を余儀なくされた自分の頭脳は瞬時に答えを導き出しました。自分の置かれた状況、これまでの経験、そしてくりちゃんの性格、全てを分析し、「何故このヒロインは男の肛門に指を入れざるを得なくなったのか」という疑問に、納得のいく解説をつけられるようになった自分は別の意味においても変態的であるように思われました。
攻撃は最大の防御。という言葉があります。これ自体は様々な解釈の仕方がありますが、ひとつには下手に守りを固めるよりも、攻撃力を研ぎ澄まし相手を早々に撃破した方が結果的に被害が少なくて済むという意味合いがあり、くりちゃんもこの考えをする事が時々あります。
高校それ自体が変態化し、いよいよHVDOという組織の目的も徐々に明らかにされ、そして最強の変態を決める変態トーナメントが開催されるという未曾有のエロ展開を迎えるにあたり、これだけ深く関わってしまったくりちゃんが無関係でいられるなど考えられない事です。くりちゃんは口では拒否しつつもそれは認めざるを得ない立場にあり、自分の方からも、これまでにない程の恥辱が与えられるであろうという旨は既に伝えておきました。
そんな絶望的な状況の中、くりちゃんはつまりこう考えた訳です。
『逃れられないのであれば、いっそ協力した方が事が早く済むのではないか?』
くりちゃんにしては建設的な発想であると、頭なでなでも辞さない構えの自分です。攻撃は最大の防御、この場合、性技は最大の貞操、とでも言い換えられるでしょうか。くりちゃんは自らが「エロテク」を覚える事によって、戦いを速やかに、そして被害を最小限に済ませる事を思いついたのです。
おおよそを理解した自分は、諭すようにくりちゃんに声をかけます。
「素人ではそう易々と扱える物ではありませんよ。『前立腺』は」
前立腺。男性の金玉の付け根、膀胱の真下あたりにある器官で、紀元前の風俗嬢マリエール・バーダミクスはこの器官を利用して男達を自由自在に快楽へと誘ったという逸話は存在しませんが、とにかく男にとっての快楽中枢である事は間違いなく、クリトリスの男バージョンといっても差し支えのないやらしい部位です。よく分からない人はお父さんかお母さんに「うちってエネマグラあったっけ?」とさりげなく訊いてみると良いでしょう。
くりちゃんは、HVDOの性癖バトルを少しは理解し、とにかくどんな方法であれ勃起させれば良いという解釈から、この方法を考え出したのでしょう。自身が辱められるよりも早く相手を辱めて強制的に勃起させる。そうすることによって自身の被害を抑えつつ自分に勝利を提供し、さっさとこの茶番を終わらせようという、数ヶ月前までは考える事さえおぞましかったはずの魂胆があるのです。
「う、うるせえ! いいからとっとと出して勃起を収めろ!」
と、強がるくりちゃん。手にした本はおそらく、真面目なエロ本もとい人体の神秘的な教本か、あるいは最近流行りの男の娘系同人誌あたりでしょう。
朝っぱらから幼馴染に射精を強制されるというシチュエーションはなかなかですが、いかんせんくりちゃんのテクニックが拙い事と、自分にその気がない事もあって、朝勃ちは一向に収まる気配を見せませんし、気持ちよくなってもきません。このままくりちゃんの気の済むまでお尻の穴を弄らせておくと、まず遅刻は確定ですし、これからの調教におけるいわゆる上下関係という物も曖昧になってきてしまい、それはあまりよろしく無いと思われます(極限状態でありつつもこんなに自分が冷静なのは、アナルの危険感知が緩んでいるせいかもしれません。後で絞め直す必要性があります)。という事で、自分はくりちゃんの誘導を開始します。
「はぁ。その程度ではいつまで経っても前立腺マッサージの練習は出来ませんよ」
うるせえ! と表面上は強気なくりちゃんでしたが、指摘の正しさは理解しているらしく、ようやくアナルから指を引き抜いてくれました。そして質問がきます。
「とにかく勃起さえさせられるようになればいいんだろ? 早くその馬鹿を鎮めて、練習させろ」
「そうは言ってもですねえ……」
息子を馬鹿呼ばわりされた自分は、内心ちょっと憤りつつも、まあその通りだなと認め、画期的なアイデアを提供します。
「くりちゃんがヌいてくださいよ」
「……抜く?」
またまた、かわいこぶっちゃって、もう。自分は呆れつつも言い直します。
「くりちゃんがその手でこのちんこを握り、激しく上下させて射精させてください。そうすれば勃起は収まり、改めて前練(前立腺の練習)が出来ます」
これだけはっきりと言ってあげたにも関わらず、くりちゃんは数秒間、自分の言った言葉の意味を反芻していました。やがてどんな行為を指しているのかを理解したのか、顔を赤らめつつ、叫びます。
「そんな事が出来るか!」
いやいや。以前あなた、人のちんこをしっかりと握って、包丁でぶったぎろうとしていましたよね? という疑問も浮かんだのですが、まあ確かに、これまで自分はくりちゃんに様々な陵辱を施してきたわりには、1度も射精させてもらった事はないな、といういわばギブアンドギブな関係も想起され、いよいよもってこれは、何とか保っていた一線を越えつつも新たなステージへと進む心構えが必要なように思われました。まとめると、「手コキ」して欲しかったのです。
「そうは言っても、現実的な方法はそれくらいしかありませんよ。朝勃ちが収まるのを待つのも良いですが、遅刻していまうかもしれませんし」
射精にかかる時間と朝勃ちが収まるまでの時間はむしろ前者の方が明らかに長いのですが、ここはあえて十代処女の陰茎に対する無知を利用させていただく形で、コトを進めます。
「それに、前立腺なんてマニアックな方法を取ろうという程の強者が、手コキ程度で躊躇していてどうするんですか。こんなもの、朝飯前に処理出来なくては、セックスマスターにはなれませんよ」
そんなバトルマスターと遊び人を極めて転職出来るような職につきたいなどと、くりちゃんは一言も言っていないのですが、とはいえ反論の声もあがりませんでした。一理あると思ったのか、はたまたもうなんか面倒くせえやとなったのか、とにかくくりちゃんは覚悟を決めたように自分の股間にある天空の剣をむんずと掴み、ぷりぷりの亀頭に向けてメンチをきりました。
「いきなりは駄目ですよ。最初はゆっくり」
くりちゃんの柔らかい手の感触に圧倒されつつも、自分はザックばりの的確な指示を出します。
「もっと全体を包み込むようにしっかり握ってください。勃起している方向に逆らわずに……」
「こ、こうかよ?」
「そうそう。良い感じですよくりちゃん」
自分の台詞だけを見ると、熟達のAV男優を彷彿とされるかもしれませんが、その皮膚の1枚下では心臓がピンボールのように跳ね回っていました。考えてみれば、毎朝起こされ、性癖も十分承知され、何度も裸を見て見られ、おしっこまで飲んだ相手だというのに、具体的な、鶯谷でなら金銭のやりとりが発生する行為をこうして直接依頼したのは、なんとこれが初めてだったのです。
くりちゃんの朱に染まった横顔を視界に捉えつつ、ぎこちない右手の律動に耐えかね、自分は必死に呼吸を整えながら、ゆっくりと湧き上がってくる射精感を楽しみました。背中を伝う脂汗を気取られぬように涼しい顔をしながらも、時々感情的になる5本の箱入り娘に、汚らしくも愛おしい我が子を委ね、こっそり悦に浸りました。
この手コキという行為は、思うに相当卑猥な行為です。何をいまさら、と侮る事なかれ、何せくりちゃんが普段日常生活で使っている「手」というマルチツールが、ゴム手袋越しとはいえ異性の性器、それも自分の物に触れているのです。箸を使ってご飯を食べる時、歯ブラシを使って歯を磨く時、パソコンのキーボードを叩く時、トランプをシャッフルする時、カーテンレールを取り替える時、秘密を共有する為に人差し指を立てる時、自分はきっとこの瞬間を思い出し、そっとほくそ笑む事でしょう。その時澄ます指達は今、自分の男性器を射精へと導く為に活動しているというこの現実。下劣で猥褻な献身行為は、脳に深い皺となって刻まれ、更に興奮を呼び起こしました。
「うっ、出ます!」
と、宣言すると、くりちゃんは驚いたのか肩を尖らせ、一瞬手の動きを止めました。
そしてそのタイミングを見計らっていたかのように、あるいは神様が調整したかのように、またまたあるいは古より続く「お約束」という名の悪魔が今まさに飛び立つ天使(ちんこ)の足首(金玉)を鷲づかみにしたのか、とにかく自分の射精はキャンセルされ、金玉から苦情が届いたのです。
「ありゃ、邪魔しちゃったみたいだな。でもそんな事してると遅刻するぞ」
首を90度横に向けると、そこには少しだけ開いたドアの隙間から覗く母の顔がありました。悠々自適の家事丸投げ一人暮らしに慣れきっていたせいもあってか、こういった「性行為」を肉親に見られるという経験も懸念もない自分にとって、それはまさしく青天の霹靂というか、東京上空のオーロラだった訳です。
「くりちゃん。いじめないからお嫁においで。それでそいつの馬鹿を治して」
自分勝手な台詞を残して、母は笑いながら階段を下りていきました。
気づくとあれだけ怒張していた自分の息子は、ゴム人形のようにだらしなく笑い、その分のエネルギーを吸収したかのように、見当違いの激怒をしたくりちゃんが自分を睨んでいました。
図らずも母親に我が息子(この場合は孫にあたる訳ですが)の全力をご披露してしまった自分の心の傷などおかまいなしな様子で、自分が制服に着替えている間もくりちゃんによる一方的な愚痴はひたすらに続き、寸での所で発射中止を余儀なくされたマイテポドンの件もあって、自分は内心のイライラを隠そうとはせずにいつも以上の仏頂面でくりちゃんの話を聞き流していましたが、家を出て電車に乗ってもまだそれが続いていたので、いよいよもって自分は理詰めという大人気ない男の武器を使わせていただきました。
「くりちゃん。男を勃起させる練習をしようと自分の寝込みを襲ったのはあなたですよね? こんな風に言うとあなたはいつも『あたしを巻き込んだお前が悪い』とか抜かしますが、しかし考えてもみてください。家が隣同士の同級生という時点で既に自分とくりちゃんは関わりを持ってしまっている訳です。それに、例えば音羽君の件だとか春木氏の件だとかは、はっきり言って自分の預かり知らぬ所で勝手にくりちゃんが被害を受け、自分はそれを曲がりなりにも助けた形であるのです。感謝こそされても文句を言われる筋合いはありませんし、いくらくりちゃんがおもらし上手という稀有な才能を持っていたとしても、こちらとしては女子の選択肢など無限にあるのです。例えば三枝委員長。あなた三枝委員長に勝っている部分が一つでもありますか? 知性、品性、性欲、どれをとっても三枝委員長の勝ちです。自惚れないでいただきたい。巻き込まれやすいくりちゃんを自分が救う。その分だけ働いてくださいと、自分はこう言っているだけの事ですよ。それに、今朝の事に関しては自分の方がむしろ被害者です。寝込みを襲われ、痴態を母親に見られ、あなた自身は乳首すら見られてないではないですか。にも関わらずそれだけ文句を垂れるとなると、三枝委員長の痴女っぷりを加味したとしても人間性ですら大敗してしまいますよ」
後半になってくると、くりちゃんは目に涙を溜めて自分を見上げていました。特に三枝委員長との比較の件は相当に堪えたらしく、電車がホームに入ると同時、「死ね! バーカ!」と小学生でも噴飯モノの罵声を浴びせて駆け下りていきました。
まあ、確かにちょっと、女子に対して他の女子との比較論で頬をはたくような行為はいささか男らしくなかったかもなと反省しましたが、しかしこのくらいのキツいお灸を据えなければ、上下関係をはっきりさせる事は出来ませんし、今朝自分は危うく逆レイプまがいの事もされそうになったのですから、多少の心傷は許される範疇と思われます。「それでもあなたのおもらしは素晴らしいですが」とフォローの1発でも入れておけばまだマシだったかもしれませんが、逆効果であるという説も浮上してきています。
何はともあれ、自分はくりちゃんを追いかける事はせず、ゆっくりと学校に向かい、1時限目の途中に教室につきました。
学校に来るだけで随分と疲れたなぁとため息をつきつつドアを開くと、授業を受けているはずのクラスメート一同の姿はなく、荒縄で縛られ、天井から吊るされたくりちゃんと目があいました。
やっぱり巻き込まれているじゃないですか。と思いつつも、くりちゃんの隣にいるドヤ顔の男と軽く会釈をかわして、ささっと宣言させていただきました。
「自分は女子のおもらしが好きです」
男はにやりと笑い、答えます。
「良い度胸しとんなぁ。くくく、俺の性癖は、『緊縛』や」
とだけ宣言すると、どうとでも取られてしまう所が自分の辛い立場であると思うのです。襲ってきた相手はもちろん、我が家の隣に住む幼馴染、小便漏らしオブザイヤー殿堂入り確実との呼び声も高いくりちゃんであり、この場合の「襲われた」とはつまり、いよいよ恥さらしの人生に耐えきれず、本格的な五十妻暗殺計画にとりかかったという意味ではなく、性的な、言い換えればヤングチャンピオン烈的な意味合いでの「襲われた」の方なのです。
ここまでで、おいおい待てよ、この野郎、のっけから貴様は我々良心的な読者に向かって自慢をぶちかまし、あろうことかそのまま被害者ぶった顔で逆レイプというご褒美をのうのうと受け取るつもりではあるまいな。と思う方もいらっしゃると思います。あるいは、またどうせお約束的な勘違いか、珍妙奇天烈なHVDO能力者による攻撃を受けているのだろう、とたかをくくって鼻で笑って心でうらやまし泣きの方もいらっしゃるでしょう。だから自分はここであえて言い訳もしません。ただ現実をありのままに、出来るだけ正確に伝えたいと思うのです。
自分は毎朝のくりちゃん教官による拷問のおかげで、あらゆる痛みにわりと慣れた方なのですが、その日の痛みは今まで「1度だけ」しか経験したことのない物であり、その経験自体もくりちゃんによるものではなかったという記憶がまず蘇りました。くりちゃんの場合、大抵は肉体の殴打、つねり、関節絞め、呼吸の制限、冷水を頭からぶっかけたりだライターで産毛を燃やしたりだとか、なんというか非常に柄の悪い、DQNテイストの攻撃が主だったのですが、その日の朝の痛みは、そこにちょっとした性的な要素も含んだ、いじめとSMの境界線上にあるタイプの痛み、衣着せぬ歯茎丸出しの言い方をすれば、「ケツの穴」からくる正体不明の痛覚が接近、パターン青だったという訳です。
それはかつて知恵様からいただいた「苦悩の梨」と比べれば些細な物でしたが、本来「出ていく」場所に「入ってくる」という不自然な感覚、しかもローション的な物もワセリン的な物も一切無しのギチギチという効果音が似合うガチンコ勝負に、まず目が覚めない訳がないのでした。
自分の下着は寝巻きごと足首までずり下ろされ、当然のように下半身は露出、待ったなしの朝勃ち状態で丸出しのそれはまだしも、尻穴の入り口に感じる違和感は感情を伴いながら不規則に動き、そして目の前には嫌な仕事を嫌な上司に頼まれたOLのような顔をするくりちゃんがいたのですから、ベテラン刑事なら状況証拠だけで犯人を自白まで追い詰める所ですが、自分はちょっぴりHな超能力が使えるだけの一般的な男子高校生ですので、まずは軽く尋ねてみました。
「……あの、何をしてるのですか?」
「……」
答えてはくれず、目もあわせようとせず、しかしまだ異物感はそこにあります。
「……くりちゃんの指が、自分のお尻の穴に入っていますけれど」
わざわざ説明せずとも、見れば一発で分かる事ですし、指の主に話しかけているのですから、これは実に馬鹿馬鹿しい発言です。
「わ、分かってるよ!」
くりちゃんは何がくやしいのか何に怒ってるのか全く分からない怪訝な顔でそう言うと、更に指を深くへとずぶずぶと入れようとしてきました。痛み耐性をある程度持っている自分とはいえ、くりちゃんはゴム手袋まできっちり装備しているらしく、摩擦の痛みに耐えられず自分が小さく悲鳴を漏らすと、元々そこそこの躊躇いがあったと見え一瞬手を止めてくれましたが、それでも指を引き抜くタイプの優しさは見せてはもらえなかったのです。
現在自分の置かれている状況はなんとなく理解し、痛みと異物感によって強制的に目覚めさせられた自分は、少しずつ事態の整理が出来るようになっていました。部屋には2人きり、時刻はいつもより少し早め、腹は減っていますがそれどころではなく、どうしてかくりちゃんの表情は真剣で、お尻の穴に入っていない方の手にはカバーをかけた本を一冊持っています。
その時自分がとっさにとった行動は、肛門を万力のような力でがっつりと締め、くりちゃんズフィンガーの進入を防ぐという、自分には珍しく常識的な(状況の非常識さは一旦置いておき)行動でした。親指の第一関節でかろうじて止まってくれた第十九使途アナルでしたが、このまま放置していたのでは再びジオフロントへと進行されるのは時間の問題であり、両親から授かったこの肛門括約筋も長期戦ではいささか不利なように思えました。
「……どうしたらいいんだ?」
と言ったのは自分ではなく、くりちゃんです。「自分の台詞です」と主張するも、「お前は黙ってろ」と道理の通らない否定をされ、続けてこんな質問をキレ気味に放られました。
「どうやったら射精するのかって聞いてんだよ! 馬鹿!」
ははぁ、と、朝からフル回転を余儀なくされた自分の頭脳は瞬時に答えを導き出しました。自分の置かれた状況、これまでの経験、そしてくりちゃんの性格、全てを分析し、「何故このヒロインは男の肛門に指を入れざるを得なくなったのか」という疑問に、納得のいく解説をつけられるようになった自分は別の意味においても変態的であるように思われました。
攻撃は最大の防御。という言葉があります。これ自体は様々な解釈の仕方がありますが、ひとつには下手に守りを固めるよりも、攻撃力を研ぎ澄まし相手を早々に撃破した方が結果的に被害が少なくて済むという意味合いがあり、くりちゃんもこの考えをする事が時々あります。
高校それ自体が変態化し、いよいよHVDOという組織の目的も徐々に明らかにされ、そして最強の変態を決める変態トーナメントが開催されるという未曾有のエロ展開を迎えるにあたり、これだけ深く関わってしまったくりちゃんが無関係でいられるなど考えられない事です。くりちゃんは口では拒否しつつもそれは認めざるを得ない立場にあり、自分の方からも、これまでにない程の恥辱が与えられるであろうという旨は既に伝えておきました。
そんな絶望的な状況の中、くりちゃんはつまりこう考えた訳です。
『逃れられないのであれば、いっそ協力した方が事が早く済むのではないか?』
くりちゃんにしては建設的な発想であると、頭なでなでも辞さない構えの自分です。攻撃は最大の防御、この場合、性技は最大の貞操、とでも言い換えられるでしょうか。くりちゃんは自らが「エロテク」を覚える事によって、戦いを速やかに、そして被害を最小限に済ませる事を思いついたのです。
おおよそを理解した自分は、諭すようにくりちゃんに声をかけます。
「素人ではそう易々と扱える物ではありませんよ。『前立腺』は」
前立腺。男性の金玉の付け根、膀胱の真下あたりにある器官で、紀元前の風俗嬢マリエール・バーダミクスはこの器官を利用して男達を自由自在に快楽へと誘ったという逸話は存在しませんが、とにかく男にとっての快楽中枢である事は間違いなく、クリトリスの男バージョンといっても差し支えのないやらしい部位です。よく分からない人はお父さんかお母さんに「うちってエネマグラあったっけ?」とさりげなく訊いてみると良いでしょう。
くりちゃんは、HVDOの性癖バトルを少しは理解し、とにかくどんな方法であれ勃起させれば良いという解釈から、この方法を考え出したのでしょう。自身が辱められるよりも早く相手を辱めて強制的に勃起させる。そうすることによって自身の被害を抑えつつ自分に勝利を提供し、さっさとこの茶番を終わらせようという、数ヶ月前までは考える事さえおぞましかったはずの魂胆があるのです。
「う、うるせえ! いいからとっとと出して勃起を収めろ!」
と、強がるくりちゃん。手にした本はおそらく、真面目なエロ本もとい人体の神秘的な教本か、あるいは最近流行りの男の娘系同人誌あたりでしょう。
朝っぱらから幼馴染に射精を強制されるというシチュエーションはなかなかですが、いかんせんくりちゃんのテクニックが拙い事と、自分にその気がない事もあって、朝勃ちは一向に収まる気配を見せませんし、気持ちよくなってもきません。このままくりちゃんの気の済むまでお尻の穴を弄らせておくと、まず遅刻は確定ですし、これからの調教におけるいわゆる上下関係という物も曖昧になってきてしまい、それはあまりよろしく無いと思われます(極限状態でありつつもこんなに自分が冷静なのは、アナルの危険感知が緩んでいるせいかもしれません。後で絞め直す必要性があります)。という事で、自分はくりちゃんの誘導を開始します。
「はぁ。その程度ではいつまで経っても前立腺マッサージの練習は出来ませんよ」
うるせえ! と表面上は強気なくりちゃんでしたが、指摘の正しさは理解しているらしく、ようやくアナルから指を引き抜いてくれました。そして質問がきます。
「とにかく勃起さえさせられるようになればいいんだろ? 早くその馬鹿を鎮めて、練習させろ」
「そうは言ってもですねえ……」
息子を馬鹿呼ばわりされた自分は、内心ちょっと憤りつつも、まあその通りだなと認め、画期的なアイデアを提供します。
「くりちゃんがヌいてくださいよ」
「……抜く?」
またまた、かわいこぶっちゃって、もう。自分は呆れつつも言い直します。
「くりちゃんがその手でこのちんこを握り、激しく上下させて射精させてください。そうすれば勃起は収まり、改めて前練(前立腺の練習)が出来ます」
これだけはっきりと言ってあげたにも関わらず、くりちゃんは数秒間、自分の言った言葉の意味を反芻していました。やがてどんな行為を指しているのかを理解したのか、顔を赤らめつつ、叫びます。
「そんな事が出来るか!」
いやいや。以前あなた、人のちんこをしっかりと握って、包丁でぶったぎろうとしていましたよね? という疑問も浮かんだのですが、まあ確かに、これまで自分はくりちゃんに様々な陵辱を施してきたわりには、1度も射精させてもらった事はないな、といういわばギブアンドギブな関係も想起され、いよいよもってこれは、何とか保っていた一線を越えつつも新たなステージへと進む心構えが必要なように思われました。まとめると、「手コキ」して欲しかったのです。
「そうは言っても、現実的な方法はそれくらいしかありませんよ。朝勃ちが収まるのを待つのも良いですが、遅刻していまうかもしれませんし」
射精にかかる時間と朝勃ちが収まるまでの時間はむしろ前者の方が明らかに長いのですが、ここはあえて十代処女の陰茎に対する無知を利用させていただく形で、コトを進めます。
「それに、前立腺なんてマニアックな方法を取ろうという程の強者が、手コキ程度で躊躇していてどうするんですか。こんなもの、朝飯前に処理出来なくては、セックスマスターにはなれませんよ」
そんなバトルマスターと遊び人を極めて転職出来るような職につきたいなどと、くりちゃんは一言も言っていないのですが、とはいえ反論の声もあがりませんでした。一理あると思ったのか、はたまたもうなんか面倒くせえやとなったのか、とにかくくりちゃんは覚悟を決めたように自分の股間にある天空の剣をむんずと掴み、ぷりぷりの亀頭に向けてメンチをきりました。
「いきなりは駄目ですよ。最初はゆっくり」
くりちゃんの柔らかい手の感触に圧倒されつつも、自分はザックばりの的確な指示を出します。
「もっと全体を包み込むようにしっかり握ってください。勃起している方向に逆らわずに……」
「こ、こうかよ?」
「そうそう。良い感じですよくりちゃん」
自分の台詞だけを見ると、熟達のAV男優を彷彿とされるかもしれませんが、その皮膚の1枚下では心臓がピンボールのように跳ね回っていました。考えてみれば、毎朝起こされ、性癖も十分承知され、何度も裸を見て見られ、おしっこまで飲んだ相手だというのに、具体的な、鶯谷でなら金銭のやりとりが発生する行為をこうして直接依頼したのは、なんとこれが初めてだったのです。
くりちゃんの朱に染まった横顔を視界に捉えつつ、ぎこちない右手の律動に耐えかね、自分は必死に呼吸を整えながら、ゆっくりと湧き上がってくる射精感を楽しみました。背中を伝う脂汗を気取られぬように涼しい顔をしながらも、時々感情的になる5本の箱入り娘に、汚らしくも愛おしい我が子を委ね、こっそり悦に浸りました。
この手コキという行為は、思うに相当卑猥な行為です。何をいまさら、と侮る事なかれ、何せくりちゃんが普段日常生活で使っている「手」というマルチツールが、ゴム手袋越しとはいえ異性の性器、それも自分の物に触れているのです。箸を使ってご飯を食べる時、歯ブラシを使って歯を磨く時、パソコンのキーボードを叩く時、トランプをシャッフルする時、カーテンレールを取り替える時、秘密を共有する為に人差し指を立てる時、自分はきっとこの瞬間を思い出し、そっとほくそ笑む事でしょう。その時澄ます指達は今、自分の男性器を射精へと導く為に活動しているというこの現実。下劣で猥褻な献身行為は、脳に深い皺となって刻まれ、更に興奮を呼び起こしました。
「うっ、出ます!」
と、宣言すると、くりちゃんは驚いたのか肩を尖らせ、一瞬手の動きを止めました。
そしてそのタイミングを見計らっていたかのように、あるいは神様が調整したかのように、またまたあるいは古より続く「お約束」という名の悪魔が今まさに飛び立つ天使(ちんこ)の足首(金玉)を鷲づかみにしたのか、とにかく自分の射精はキャンセルされ、金玉から苦情が届いたのです。
「ありゃ、邪魔しちゃったみたいだな。でもそんな事してると遅刻するぞ」
首を90度横に向けると、そこには少しだけ開いたドアの隙間から覗く母の顔がありました。悠々自適の家事丸投げ一人暮らしに慣れきっていたせいもあってか、こういった「性行為」を肉親に見られるという経験も懸念もない自分にとって、それはまさしく青天の霹靂というか、東京上空のオーロラだった訳です。
「くりちゃん。いじめないからお嫁においで。それでそいつの馬鹿を治して」
自分勝手な台詞を残して、母は笑いながら階段を下りていきました。
気づくとあれだけ怒張していた自分の息子は、ゴム人形のようにだらしなく笑い、その分のエネルギーを吸収したかのように、見当違いの激怒をしたくりちゃんが自分を睨んでいました。
図らずも母親に我が息子(この場合は孫にあたる訳ですが)の全力をご披露してしまった自分の心の傷などおかまいなしな様子で、自分が制服に着替えている間もくりちゃんによる一方的な愚痴はひたすらに続き、寸での所で発射中止を余儀なくされたマイテポドンの件もあって、自分は内心のイライラを隠そうとはせずにいつも以上の仏頂面でくりちゃんの話を聞き流していましたが、家を出て電車に乗ってもまだそれが続いていたので、いよいよもって自分は理詰めという大人気ない男の武器を使わせていただきました。
「くりちゃん。男を勃起させる練習をしようと自分の寝込みを襲ったのはあなたですよね? こんな風に言うとあなたはいつも『あたしを巻き込んだお前が悪い』とか抜かしますが、しかし考えてもみてください。家が隣同士の同級生という時点で既に自分とくりちゃんは関わりを持ってしまっている訳です。それに、例えば音羽君の件だとか春木氏の件だとかは、はっきり言って自分の預かり知らぬ所で勝手にくりちゃんが被害を受け、自分はそれを曲がりなりにも助けた形であるのです。感謝こそされても文句を言われる筋合いはありませんし、いくらくりちゃんがおもらし上手という稀有な才能を持っていたとしても、こちらとしては女子の選択肢など無限にあるのです。例えば三枝委員長。あなた三枝委員長に勝っている部分が一つでもありますか? 知性、品性、性欲、どれをとっても三枝委員長の勝ちです。自惚れないでいただきたい。巻き込まれやすいくりちゃんを自分が救う。その分だけ働いてくださいと、自分はこう言っているだけの事ですよ。それに、今朝の事に関しては自分の方がむしろ被害者です。寝込みを襲われ、痴態を母親に見られ、あなた自身は乳首すら見られてないではないですか。にも関わらずそれだけ文句を垂れるとなると、三枝委員長の痴女っぷりを加味したとしても人間性ですら大敗してしまいますよ」
後半になってくると、くりちゃんは目に涙を溜めて自分を見上げていました。特に三枝委員長との比較の件は相当に堪えたらしく、電車がホームに入ると同時、「死ね! バーカ!」と小学生でも噴飯モノの罵声を浴びせて駆け下りていきました。
まあ、確かにちょっと、女子に対して他の女子との比較論で頬をはたくような行為はいささか男らしくなかったかもなと反省しましたが、しかしこのくらいのキツいお灸を据えなければ、上下関係をはっきりさせる事は出来ませんし、今朝自分は危うく逆レイプまがいの事もされそうになったのですから、多少の心傷は許される範疇と思われます。「それでもあなたのおもらしは素晴らしいですが」とフォローの1発でも入れておけばまだマシだったかもしれませんが、逆効果であるという説も浮上してきています。
何はともあれ、自分はくりちゃんを追いかける事はせず、ゆっくりと学校に向かい、1時限目の途中に教室につきました。
学校に来るだけで随分と疲れたなぁとため息をつきつつドアを開くと、授業を受けているはずのクラスメート一同の姿はなく、荒縄で縛られ、天井から吊るされたくりちゃんと目があいました。
やっぱり巻き込まれているじゃないですか。と思いつつも、くりちゃんの隣にいるドヤ顔の男と軽く会釈をかわして、ささっと宣言させていただきました。
「自分は女子のおもらしが好きです」
男はにやりと笑い、答えます。
「良い度胸しとんなぁ。くくく、俺の性癖は、『緊縛』や」
緊縛。
という単語を聞いて、何を思い浮かべるかは人それぞれ自由ですが、くりちゃんがされていたのはTHE緊縛の象徴たる「あの縛り方」で、自分はあまりこっちの方面に詳しい方ではないのですが、人並みの性的好奇心を持っている者ならばおそらく1度や2度は目にした事もあるはずで、今更その見た目について説明する必要性もそこまで強くは感じないのですが、あまり生では見られない物ではありますし、せっかくだから精神で観察してみたいと思います。
天井から垂れ下がったロープは腰あたりでまとまり、その一点にて全体重を支えているようです。上半身には六つに分かれた六角形と、その間を埋めるように四角形が四つあり、それはこの縛り方の名称の由来ともなったのであろう亀の甲羅をイメージさせる美しい幾何学性を備えています。股を前から通った縄はそのまま後ろに回って結び目を作り、後ろ手を拘束し、縛りの縛りたる所以、自由の剥奪という役割をきっちりと務めています。
「これは……いわゆる『亀甲縛り』というやつですか?」
自分はくりちゃんの隣でにやにや顔の男に向けてそう尋ねました。男はこてこての関西弁丸出しで、目をぎょろぎょろとさせながら答えます。
「まあ、そうや。本当は菱縄上げ十字縛り言うんやけどな。お前さんみたいなトーシロに言うても意味分からへんやろ」
果たしてこれは挑発なのか、それともただ単に普段からこういった口調なのかは分かりませんでしたが、別段自分は気にする事なく、むしろ逆に、ただその縛りの完成度と、見た目の美しさについて軽く褒めそやしてみると、男はいくらか上機嫌になったようでした。
「ところで、あなた自身も縛られているのは何故ですか?」
男は上着の上から縄を纏い、腰のあたりの縄に親指をひっかけていました。
「あん? これはただのファッションや。普段からこの格好やで」
と、両腕をぐるぐると回し、自由をアピールしたので、なるほどこの人も確かに、超能力に目覚めうるレベルの変態であるなと今更ながら確認しました。そういえば、先に行われた等々力氏の試合の時、この人は観戦ルームにいた事を思い出します。本来であれば、このような見るからに頭のおかしい人を易々と敷地内にいれるほど我が校の防犯は緩くない事を祈るばかりです。
「なるほど。ところで、くりちゃんを素材に指定し、教室というシチュエーションも指定したのであれば、あなたが後攻という事になりますよね? ならば、どうして既にくりちゃんは縛られているのですか?」
この学校において新たに行われる性癖バトルは全て、三枝委員長が主催の変態トーナメントの管理下に置かれ、大会の実行を阻害する者には実行委員会からの罰が与えられるという説明を自分は聞いていましたし、わざわざ他者の性癖バトルの観戦にまで来るほどの男がそれを知らない訳もないので、自分の疑問はもっともな事であり、説明を受ける権利があるように思われました。
「確かに、わしは後攻やし、先攻のあんたを差し置いてHVDO能力を発動させる権利はあらへんよ。せやけど、能力を使わずに縛り上げたならどや?」
台詞とも相まって、文字通りのどや顔を浮かべる緊縛男。
「これでもわしはプロの縄師や。不意さえ突ければ、暴れる女子の1人や2人、あっちゅう間に縛り上げる事くらい朝飯前やで」
日本は広いな、と思いつつ、そういう時の暴れ牛のごときくりちゃんさえ押さえ込むそのスキルには単純に感心しました。が、まだ解決されていない疑問が2つ残っています。
「ところで、そのくりちゃんが自分の専用素材である事は知ってましたか?」
「ああ、知ってたで」悪びれる様子もない緊縛男。
「……それと、何故自分の同意もなく、勝手にあなたが後攻と決まっているのですか?」
ひひひ、とただでさえ幅広な口を更に広げて笑う緊縛男。その様子は、勝利を確信しつつも敗者に対して憐憫しているようで、いつもの自分なら気に障っていた所だったのですが、今の自分は平気でした。
「そこにある紙を読んでみいや。気の毒すぎて、わしからはちょっとなぁ」
男が指差したのは机の上に置いてあるB5サイズの紙でした。自分はそれを手にとり、黙読します。
『五十妻君へ 変態トーナメントのマッチング発表の際、校舎内にいず、連絡もとれなかった出場者には、大会実行委員からペナルティーが課せられます。今回は先攻後攻の決定権強制放棄と、対戦相手の希望により、専用素材の使用を認めました。本来であればここまで重い罰は科しませんが、何より、定時登校は生徒の義務です。変態トーナメント実行委員長兼あなたの元委員長 三枝瑞樹より』
自分はそのメモを丁重に畳み、大切に内ポケットに入れました。そして緊縛男に向き直ると、自分でも気持ちの悪いくらいに爽やかな笑顔を見せて、言いました。
「では、やりましょうか」
別に狙っていた訳ではないですし、この状況の不利さに気づいていないという訳でもありませんでしたが、自分のそんな余裕綽々の振る舞いは、緊縛男に警戒と同時に焦燥を植えつけてしまったようです。
「ほお、随分と余裕ぶってるやんか。何や勝算でもあるんかなぁ」
「……ちょっと、近くで見ても良いですか?」
自分は断りをいれて、あらためてくりちゃんの姿を見ました。
縛られ、つるし上げられたくりちゃんでしたが、まだ服は脱がされておらず、縄は制服の上からくりちゃんの身体を支配していました。「……ええで。まあ、見れば見るほど追い込まれるとは思うけどな」と言う緊縛男は、とりあえず間違ってはいませんでした。
男女平等が叫ばれて久しい昨今、ここまで明確に上下関係をつけるプレイはなかなかないように思います。足枷が奴隷の象徴であるように、縄は性奴隷の象徴であり、そこには男の征服欲の全てが投影されていると言っても過言ではないでしょう。
無論、男が縛られるプレイ、いわばM男プレイの愛好家を自分は否定するつもりはありませんが、しかしやはり、太くて荒々しい縄は女子の柔肌に食い込んだ時にこそその美しさを強調させ、拘束による自由の剥奪は、辱められた際の魅力を最大限に引き出します。
当然ですが浮かない表情のくりちゃんに無言で別し、純粋な気持ちにおいて、ただただ気になったので、自分は緊縛男に尋ねてみました。
「緊縛において最も重要な事は何ですか?」
緊縛男は一瞬面食らったような表情を見せましたが、また件の下衆笑いに戻り、自信たっぷりに答えます。
「相手を安心させる事やな」
その拍子抜けな答えに、自分は思わず噴出しそうになりました。流石は関西人、ギャグのセンスも抜群でおまっしゃるなぁ……などとエセ関西弁で感想のひとつでも述べてやろうかと思い立った矢先、緊縛男のやけに真剣な表情に気づきました。
「緊縛っちゅーのは、究極に一方的な性行為や。縛られた相手は何も出来へん。普通の感覚持ってるタレ(女)はな、『縛る』言うたら嫌がるし、抵抗する。せやけど、1度完璧に縛られたら本当の本当に何も出来へんから、相手に全て任せる事になるんや。わし達プロの縄師は、相手を縛って、己が満足して『はい終わり』やないんや。縛られてから、全てを相手に任せて、縛られて良かったという安心感を与えるまでが『仕事』っちゅー訳や。そして縛られる事自体に快感を覚えさせたらこっちのもん。……まあ、あんさんがどう思うかは勝手やけどな」
そもそも縄師って何やねんという事と、それを仕事にしてるんかいという突っ込みをぐっと押さえつけるように、純然たる感心という境地に自分は立ったのです。
心からの拍手を送り、「素晴らしいですね」と率直な感想を一言。
そして、
「しかしあなたは負けるのです」
と告げると、緊縛男はここまでで1番大きな笑いを浮かべ、「やってみいや」と返しました。
相手が希望する後手をとられ、くりちゃんは縛られて自由がきかず、こうして会話している間にも、先攻である自分の時間的猶予がなくなり、通常よりかなり不利な状況である事は自分も認識しています。それでもなお、自分は勝利宣言をせずにはいられなかったのです。
「くりちゃん」
何の前触れもなしに話しかけると、今朝自分と決別し、罵倒を浴びせて逃げていったこの処女は、体を強張らせて更に深く俯きました。それでも、天井から吊るされている位置関係上、その表情は自分からよく見えました。
「何か自分に言いたい事はありますか?」
さっき会った時よりもいくらかやつれたように見えるくりちゃんから謝罪の言葉は出ず、かといって、首を横に振りもせず、口を一文字に結んで視線は地面に落としていました。
「……自分から、くりちゃんに言いたい事が一つだけあります」
くりちゃんは更に身体を強張らせていました。それはさながら次に飛んでくる罵倒に対して身構えているようでもあり、厳しい親からの叱責を嫌がる子供のようでもあり、やはりやめておこうか、とも一瞬自分は思いましたが、一応、言う事にしました。
「今朝の事は、言い過ぎました。許してください」
自分の台詞を瞬時には理解出来なかったのか、ちょっとの間があってから、くりちゃんは顔をあげました。自分は謝罪の言葉を続けます。
「寝込みを襲うという行為は、褒められた物ではありませんが、くりちゃんなりに頑張って考えた結果だという事を自分は失念していました。正直言って馬鹿馬鹿しい方法ですし、前立腺によって相手を勃起させても性癖バトルでは勝利にならないとは思うのですが、それでも『協力しよう』という姿勢をくりちゃんがとってくれただけでも、自分は感謝しなくてはならなかったようです」
くりちゃんは曖昧で複雑な表情を浮かべて、自分の事を見ていました。
「この通りです。許してください」
と言って頭を下げましたが、そこには罵声の一言も飛んできませんでした。自分が発言について謝罪をしたという事が意外だったのか、それとも呆気にとられてしまったのか、いずれにせよ、いつものくりちゃんならここで「だから言ったじゃねえか! 死ね! カスが!」位の事は言ってのけるはずで、これはちょっと自分としても意外な反応でした。
「おいおい、お取り込み中の所悪いんやけどな、お前のターンも残り1分やで。親切心から教えてやるけど、わしの能力の一つにな、『性癖バトルに勝利した時、縛っていた女性を無条件にわしに惚れさせる』っちゅーのがあるんや。それに、その縛り方は素人ではちょっとやそっとじゃ解けへん。お前さんら恋人や何や知らんけど、わしにターン回したら終わりやで?」
緊縛男の口調には、脅しではない真実味がありました。
それでも自分の心には、絶対とも言える自信の塊が揺らぐ事なくそこにあり、くりちゃんは自分の期待に、きちんと答えてくれたのです。
黄金は命題に劣る、発動。
勃起。
爆発。
終了。
股間を押さえて倒れこみ、何やら関西弁で汚い言葉を吐いてのた打ち回る緊縛男に、自分は声をかけます。
「『緊縛』された『くりちゃん』の『おもらし』を見て勃起しない訳がないでしょう」
そして仏頂面を少しだけ崩し、個人的にはとびっきりのゲス顔で言ってやるのです。
「教室に入って、状況を把握した時、自分は笑いを堪えるのに必死でしたよ。何でこの人は自分の首を絞めてるのか。まあ……縛るのが好きみたいですし、あなたも本望だったでしょう?」
圧倒的勝利に酔いしれつつ、自分はくりちゃんの緊縛おもらしの続きを眺めました。
という単語を聞いて、何を思い浮かべるかは人それぞれ自由ですが、くりちゃんがされていたのはTHE緊縛の象徴たる「あの縛り方」で、自分はあまりこっちの方面に詳しい方ではないのですが、人並みの性的好奇心を持っている者ならばおそらく1度や2度は目にした事もあるはずで、今更その見た目について説明する必要性もそこまで強くは感じないのですが、あまり生では見られない物ではありますし、せっかくだから精神で観察してみたいと思います。
天井から垂れ下がったロープは腰あたりでまとまり、その一点にて全体重を支えているようです。上半身には六つに分かれた六角形と、その間を埋めるように四角形が四つあり、それはこの縛り方の名称の由来ともなったのであろう亀の甲羅をイメージさせる美しい幾何学性を備えています。股を前から通った縄はそのまま後ろに回って結び目を作り、後ろ手を拘束し、縛りの縛りたる所以、自由の剥奪という役割をきっちりと務めています。
「これは……いわゆる『亀甲縛り』というやつですか?」
自分はくりちゃんの隣でにやにや顔の男に向けてそう尋ねました。男はこてこての関西弁丸出しで、目をぎょろぎょろとさせながら答えます。
「まあ、そうや。本当は菱縄上げ十字縛り言うんやけどな。お前さんみたいなトーシロに言うても意味分からへんやろ」
果たしてこれは挑発なのか、それともただ単に普段からこういった口調なのかは分かりませんでしたが、別段自分は気にする事なく、むしろ逆に、ただその縛りの完成度と、見た目の美しさについて軽く褒めそやしてみると、男はいくらか上機嫌になったようでした。
「ところで、あなた自身も縛られているのは何故ですか?」
男は上着の上から縄を纏い、腰のあたりの縄に親指をひっかけていました。
「あん? これはただのファッションや。普段からこの格好やで」
と、両腕をぐるぐると回し、自由をアピールしたので、なるほどこの人も確かに、超能力に目覚めうるレベルの変態であるなと今更ながら確認しました。そういえば、先に行われた等々力氏の試合の時、この人は観戦ルームにいた事を思い出します。本来であれば、このような見るからに頭のおかしい人を易々と敷地内にいれるほど我が校の防犯は緩くない事を祈るばかりです。
「なるほど。ところで、くりちゃんを素材に指定し、教室というシチュエーションも指定したのであれば、あなたが後攻という事になりますよね? ならば、どうして既にくりちゃんは縛られているのですか?」
この学校において新たに行われる性癖バトルは全て、三枝委員長が主催の変態トーナメントの管理下に置かれ、大会の実行を阻害する者には実行委員会からの罰が与えられるという説明を自分は聞いていましたし、わざわざ他者の性癖バトルの観戦にまで来るほどの男がそれを知らない訳もないので、自分の疑問はもっともな事であり、説明を受ける権利があるように思われました。
「確かに、わしは後攻やし、先攻のあんたを差し置いてHVDO能力を発動させる権利はあらへんよ。せやけど、能力を使わずに縛り上げたならどや?」
台詞とも相まって、文字通りのどや顔を浮かべる緊縛男。
「これでもわしはプロの縄師や。不意さえ突ければ、暴れる女子の1人や2人、あっちゅう間に縛り上げる事くらい朝飯前やで」
日本は広いな、と思いつつ、そういう時の暴れ牛のごときくりちゃんさえ押さえ込むそのスキルには単純に感心しました。が、まだ解決されていない疑問が2つ残っています。
「ところで、そのくりちゃんが自分の専用素材である事は知ってましたか?」
「ああ、知ってたで」悪びれる様子もない緊縛男。
「……それと、何故自分の同意もなく、勝手にあなたが後攻と決まっているのですか?」
ひひひ、とただでさえ幅広な口を更に広げて笑う緊縛男。その様子は、勝利を確信しつつも敗者に対して憐憫しているようで、いつもの自分なら気に障っていた所だったのですが、今の自分は平気でした。
「そこにある紙を読んでみいや。気の毒すぎて、わしからはちょっとなぁ」
男が指差したのは机の上に置いてあるB5サイズの紙でした。自分はそれを手にとり、黙読します。
『五十妻君へ 変態トーナメントのマッチング発表の際、校舎内にいず、連絡もとれなかった出場者には、大会実行委員からペナルティーが課せられます。今回は先攻後攻の決定権強制放棄と、対戦相手の希望により、専用素材の使用を認めました。本来であればここまで重い罰は科しませんが、何より、定時登校は生徒の義務です。変態トーナメント実行委員長兼あなたの元委員長 三枝瑞樹より』
自分はそのメモを丁重に畳み、大切に内ポケットに入れました。そして緊縛男に向き直ると、自分でも気持ちの悪いくらいに爽やかな笑顔を見せて、言いました。
「では、やりましょうか」
別に狙っていた訳ではないですし、この状況の不利さに気づいていないという訳でもありませんでしたが、自分のそんな余裕綽々の振る舞いは、緊縛男に警戒と同時に焦燥を植えつけてしまったようです。
「ほお、随分と余裕ぶってるやんか。何や勝算でもあるんかなぁ」
「……ちょっと、近くで見ても良いですか?」
自分は断りをいれて、あらためてくりちゃんの姿を見ました。
縛られ、つるし上げられたくりちゃんでしたが、まだ服は脱がされておらず、縄は制服の上からくりちゃんの身体を支配していました。「……ええで。まあ、見れば見るほど追い込まれるとは思うけどな」と言う緊縛男は、とりあえず間違ってはいませんでした。
男女平等が叫ばれて久しい昨今、ここまで明確に上下関係をつけるプレイはなかなかないように思います。足枷が奴隷の象徴であるように、縄は性奴隷の象徴であり、そこには男の征服欲の全てが投影されていると言っても過言ではないでしょう。
無論、男が縛られるプレイ、いわばM男プレイの愛好家を自分は否定するつもりはありませんが、しかしやはり、太くて荒々しい縄は女子の柔肌に食い込んだ時にこそその美しさを強調させ、拘束による自由の剥奪は、辱められた際の魅力を最大限に引き出します。
当然ですが浮かない表情のくりちゃんに無言で別し、純粋な気持ちにおいて、ただただ気になったので、自分は緊縛男に尋ねてみました。
「緊縛において最も重要な事は何ですか?」
緊縛男は一瞬面食らったような表情を見せましたが、また件の下衆笑いに戻り、自信たっぷりに答えます。
「相手を安心させる事やな」
その拍子抜けな答えに、自分は思わず噴出しそうになりました。流石は関西人、ギャグのセンスも抜群でおまっしゃるなぁ……などとエセ関西弁で感想のひとつでも述べてやろうかと思い立った矢先、緊縛男のやけに真剣な表情に気づきました。
「緊縛っちゅーのは、究極に一方的な性行為や。縛られた相手は何も出来へん。普通の感覚持ってるタレ(女)はな、『縛る』言うたら嫌がるし、抵抗する。せやけど、1度完璧に縛られたら本当の本当に何も出来へんから、相手に全て任せる事になるんや。わし達プロの縄師は、相手を縛って、己が満足して『はい終わり』やないんや。縛られてから、全てを相手に任せて、縛られて良かったという安心感を与えるまでが『仕事』っちゅー訳や。そして縛られる事自体に快感を覚えさせたらこっちのもん。……まあ、あんさんがどう思うかは勝手やけどな」
そもそも縄師って何やねんという事と、それを仕事にしてるんかいという突っ込みをぐっと押さえつけるように、純然たる感心という境地に自分は立ったのです。
心からの拍手を送り、「素晴らしいですね」と率直な感想を一言。
そして、
「しかしあなたは負けるのです」
と告げると、緊縛男はここまでで1番大きな笑いを浮かべ、「やってみいや」と返しました。
相手が希望する後手をとられ、くりちゃんは縛られて自由がきかず、こうして会話している間にも、先攻である自分の時間的猶予がなくなり、通常よりかなり不利な状況である事は自分も認識しています。それでもなお、自分は勝利宣言をせずにはいられなかったのです。
「くりちゃん」
何の前触れもなしに話しかけると、今朝自分と決別し、罵倒を浴びせて逃げていったこの処女は、体を強張らせて更に深く俯きました。それでも、天井から吊るされている位置関係上、その表情は自分からよく見えました。
「何か自分に言いたい事はありますか?」
さっき会った時よりもいくらかやつれたように見えるくりちゃんから謝罪の言葉は出ず、かといって、首を横に振りもせず、口を一文字に結んで視線は地面に落としていました。
「……自分から、くりちゃんに言いたい事が一つだけあります」
くりちゃんは更に身体を強張らせていました。それはさながら次に飛んでくる罵倒に対して身構えているようでもあり、厳しい親からの叱責を嫌がる子供のようでもあり、やはりやめておこうか、とも一瞬自分は思いましたが、一応、言う事にしました。
「今朝の事は、言い過ぎました。許してください」
自分の台詞を瞬時には理解出来なかったのか、ちょっとの間があってから、くりちゃんは顔をあげました。自分は謝罪の言葉を続けます。
「寝込みを襲うという行為は、褒められた物ではありませんが、くりちゃんなりに頑張って考えた結果だという事を自分は失念していました。正直言って馬鹿馬鹿しい方法ですし、前立腺によって相手を勃起させても性癖バトルでは勝利にならないとは思うのですが、それでも『協力しよう』という姿勢をくりちゃんがとってくれただけでも、自分は感謝しなくてはならなかったようです」
くりちゃんは曖昧で複雑な表情を浮かべて、自分の事を見ていました。
「この通りです。許してください」
と言って頭を下げましたが、そこには罵声の一言も飛んできませんでした。自分が発言について謝罪をしたという事が意外だったのか、それとも呆気にとられてしまったのか、いずれにせよ、いつものくりちゃんならここで「だから言ったじゃねえか! 死ね! カスが!」位の事は言ってのけるはずで、これはちょっと自分としても意外な反応でした。
「おいおい、お取り込み中の所悪いんやけどな、お前のターンも残り1分やで。親切心から教えてやるけど、わしの能力の一つにな、『性癖バトルに勝利した時、縛っていた女性を無条件にわしに惚れさせる』っちゅーのがあるんや。それに、その縛り方は素人ではちょっとやそっとじゃ解けへん。お前さんら恋人や何や知らんけど、わしにターン回したら終わりやで?」
緊縛男の口調には、脅しではない真実味がありました。
それでも自分の心には、絶対とも言える自信の塊が揺らぐ事なくそこにあり、くりちゃんは自分の期待に、きちんと答えてくれたのです。
黄金は命題に劣る、発動。
勃起。
爆発。
終了。
股間を押さえて倒れこみ、何やら関西弁で汚い言葉を吐いてのた打ち回る緊縛男に、自分は声をかけます。
「『緊縛』された『くりちゃん』の『おもらし』を見て勃起しない訳がないでしょう」
そして仏頂面を少しだけ崩し、個人的にはとびっきりのゲス顔で言ってやるのです。
「教室に入って、状況を把握した時、自分は笑いを堪えるのに必死でしたよ。何でこの人は自分の首を絞めてるのか。まあ……縛るのが好きみたいですし、あなたも本望だったでしょう?」
圧倒的勝利に酔いしれつつ、自分はくりちゃんの緊縛おもらしの続きを眺めました。
「ちょ、ちょっと待って!」
「くりちゃん! いい加減にしてください。見た目を気にしている場合ではありませんよ!?」
「だ、だけどこれ、スカート短すぎ……」
「今更何を言ってるのですか。公衆の面前でおもらしする人が」
「それはてめえがやってんだろうが!!」
「小学5年生」
「うっ……そ、それはそ、そうだけど、その1回以外は……」
「今はそんな事を言っている場合ではありません。早くそのミニスカポリスを何とかしないと」
「ミニスカポリス言うな!」
「それ以外にその格好を何と呼べば良いのですか」
「大体何でこんな事になってるんだ!」
「死ぬよりはマシだと思うのですが」
「そういう問題じゃねえだろ……」
「とにかく、敵は底の知れない能力者です。早く探し出さなくてはなりません」
「探すったって、この校舎内結構広いぞ」
「そこはミニスカポリスであるくりちゃんに頑張って頂いて……」
「いや、これ格好だけだから!」
「衣装に拳銃とかついてないんですか?」
「あったら真っ先にお前を撃ってるよ」
「発動」
「ひぃっ……ちょ、やめろ馬鹿!」
「これでくりちゃんの尿貯蔵量は90%。敵を見つけるまで耐えてくださいよ」
「っていうか見つけてから発動すれば良いだろうが!」
「正論と言わざるを得ませんが、くりちゃんの膀胱は自分にとって、徳光の涙腺より容易く決壊させられる物だという事を覚えておいていただきたいのです」
「わ、わかったよ。いいからさっさと敵を倒して普通の格好に戻してくれ」
「そうしましょう。その格好は目に毒です」
「……あのさ、これ……かわ……」
「え? 何ですか?」
「何でもねーよ! 見んな!」
緊縛男を撃破した後ちょっとの間、自分は無言でくりちゃんの痴態を眺めていました。縄を伝って教室の床へと落ちる雫は、雨上がりの森林浴を彷彿とさせる程に爽やかで、屈辱を噛み締めるくりちゃんの表情も、そのまま額縁に収めたい程に様になっていました。
「終わったんだろ? 早く下ろせ」
努めて冷静に、恥ずかしさを隠すように命令されましたが、これまたせっかくだから精神を如何なく発揮した自分は一旦隣のクラスに行き、「授業中の所すみませんが」と断りを入れてから、デジカメを所持している生徒を募りました。たまたま1人、写真部の方がいてくれたので、その方に「非常に価値のある画像を入れた状態で後日必ずお返しします」と交渉を持ちかけ、お借りしました。
それから、約15分程の撮影タイム。序盤は罵声を浴びせ、不自由な身体で暴れに暴れるくりちゃんでしたが、中盤程で自分が衣服を脱がせにかかると本気で涙目になり、急にしおらしくなり(全身が縛られていたので、そこから衣服を脱がせる事など不可能に決まっているのですが)ました。そして終盤、緊縛男の命令によりグラウンドを走らされていた我がクラスの生徒達が教室に戻ってくると、なりふり構わず自分に謝罪を繰り返し、早く緊縛を解いてくれと懇願しだしたくりちゃんは非常に滑稽でした。
デジカメの容量が一杯になったので、自分はため息交じりに仕方なく緊縛を解こうとしましたが、やはりそこはプロの仕事。きっちり編みこまれた縄目は、緊縛男の言った通り素人ではそう易々とは解く事が出来ず、くりちゃんはしばらく股を濡らしたまま衆目を集めていました(自分以外の生徒達には、見るな、と命令すればいいものを、それに気づかない馬鹿さ加減がくりちゃんです。ただ、見るなという命令を下した所で、自分がそれを撤回させる事は言わずもがなですが)。
その頃になり、ようやく緊縛男は股間爆発の衝撃から立ち直りました。
「……わしの負けや。確かに、おもらしはごっつエロい。ちゅうかその女のおもらしアカンわ。完全に反則やん」
自分的には、何を今更、という感じでしたが、まあ理解者が1人でも増えてくれたのは純粋に嬉しく思いましたので、こちらも好意を見せる事にしました。
「メールアドレスを教えていただけたら、今撮影したばかりのくりちゃん緊縛おもらし写真をお送りしますよ」
「そらありがたい! ほなここに……」
「お、おい! 何を勝手に! やめろ!! っつーか今すぐ外せ! ぶっ殺してやる!」
画像の行方に危機感を覚え、再度荒ぶりだしたくりちゃんでしたが、ネットには流出させないという約束を交換条件に、大人しくすると宣誓させて、その後緊縛男に縄の解除を依頼しました。写真の件が恐怖であっても、このままクラスメイトに醜態を晒し続ける方がよっぽど嫌だったのでしょう。
緊縛男は流石に慣れた手つきで縄をほどいていきました。やがて念願の自由を手に入れ、久しぶりに地面に降り立ったくりちゃんでしたが、制服の上からとはいえきつめの緊縛は肉体的負担も大きかったらしく、全身にある縄の痕と、おぼつかない足取りには、少しばかりの同情を覚えましたが、なおもくりちゃんの受難は続きます。
明らかに授業の区切りではないチャイムの後、例のアナウンス。その声はもちろん、三枝委員長です。
「第三試合、『おもらし』vs『コスプレ』が10時より開始となります。該当選手は今すぐ生徒会室までお集まりください」
恥ずかしながら、それを聞いた時、自分が抱いた感情を順番に並べると、「残念」それから「文句」でした。
文句の方は当然、今さっき試合を終えたばかりで、新しく手に入った「第五能力」の考察すらままならないダブルヘッダーという過酷な条件に対してであり、これは自分が正論だと思いますし、たまたま重なってしまった遅刻によるペナルティーの追加に関しても、HVDOと学業を一緒に取り扱わないでいただきたいという苦情もまだ申請していないので、その辺非常に不満がありました。
しかしそれより前に感じた「残念さ」については、まったくもって不意打ちな、赤面モノの女々しさでした。
あろう事か、自分は三枝委員長に勝利を祝って欲しかったのです。遅れているとはいえど1歩の前進に対し、祝福の一言を欲したのです。これは口に出すのも憚られる程に恥ずかしい事ですし、この内なる物はいっそ墓場まで持っていこうかとも思いましたが、こうして告白する事にしました。何故ならこれもまた、自分の偽らざる気持ちの1つであるからです。
とはいえ、こうしたちょっとした心の機微で自分が恥ずかしがっている事をくりちゃんに知られると、「あたしはこんな目にまであっているのに……」とまた面倒くさいことになるので、ささっと移動を開始する事にします。時計は現在9時45分。試合開始まで後15分でまだ先攻後攻も決まっていないというタイトスケジュールです。
「……あ、あのさ」
と、くりちゃん。
「もしあんたが後攻だったら、またあたしを素材に使うのか?」
「ええ、もちろん」即答する自分。
「……おい、もう1回縛ってくれ」
無論、その依頼は却下され、くりちゃんは深い深いため息をつきつつ自身の席に戻ると、鞄の中から替えのパンツを取り出し、トイレに行きました。
何だ、きちんと用意しているではないですか。と言うとまた怒られそうなのでぐっと言葉を飲み込みつつ、内心は人間の慣れという能力に限界はないのだなという感心をしつつ、自分はくりちゃんが新しいパンツを履いて帰ってくるのを待ち、それから生徒会室に共に向かいました。
生徒会室ともあって、三枝委員長と久々の再会か、という期待は見事に裏切られ、そこにいたのはまたしも自分のトラウマ知恵様と、大きな体格をした黒人でした。え? 黒人? 前者に勝るとも劣らず、後者の与える威圧感は半端ではなく、自分は一瞬来る部屋を間違えたか、と躊躇しましたが、どうやらこの黒人が次の対戦相手のようです。
年齢は……いまいちわかり難く、流石に40までは行っていないとは思うのですが、10代の後半にも見えませんし、しかしながら、そうだ、と言われてみればそうかもしれないという、異国人の年齢不詳っぷりが顕著に現れ、ぶっちゃけ正確な判断はつきません。その全身を覆った筋肉は、スポーツによってついた物というよりはむしろ実戦で培った物のようで、正直な所を申し上げますと、今からやるのがあくまでも「性癖バトル」で良かったな、と胸を撫で下ろしたくらいでした(殴り合いだったらおそらく1秒ももたないでしょう)。顔もいかついですし、スキンヘッドですし、上半身裸ですし、何ら勝てる見込みをもてません。
「あの、日本語は通じますでしょうか?」
と、腰低く丁寧に尋ねてみますと、
「……」
無言のまま頷いたので、通じてるのか通じてないのか微妙でした。
「えっと、もしもよろしければ、自分が後手をいただきたいのですが」
「……」
またも無言で首肯する黒人。知恵様に視線を送ってみましたが、こちらはもっと酷く、全く反応がありません。
「……分かりました。それでいいのであれば、素材はここにいるくりちゃん。シチュエーションは、まあ、とりあえずここで良いでしょう」
下手にそそるシチュエーションを選ぶと、相手の戦略が全く見えていない以上、先手で終わりかねないので、ここは無難にいってみました。相変わらず黒人はどっしりと構え、反論も異議も無く、ただただ深く頷きます。
果たしてこんな調子で勝負が成立するのだろうか、と心配しつつも、知恵様は事務的に事を進めます。
「それでは、私がこの部屋を出て行ってから、性癖の宣言を行ってください」
出て行く知恵様。不安げなくりちゃん。気を引き締める自分。じっと睨む黒人。
何はともあれ、言われた通りに、
「自分は女子のおもらしを愛する変態です」
と、宣言。対する黒人、初めて口を開いたかと思うと、
「……オレ……コスプレ……ダイスキ」
発言すると同時、全く何の前触れもなくその手には銃が握られていました。凍りつく自分でしたが、その銃口はこの部屋に残されたもう1人の日本人に向かっており、ホールドアップする暇もなく、くりちゃんは左胸を撃ち抜かれました。
瞬間、くりちゃんの身体は光を放ち、それから間もなくして変身は完了しました。撃たれたはずの左胸は、何事も無かったかのように何事もなっておらず、また、痛みや出血も一切無いようです。突然何もない所から現れた事からしても、これが黒人のHVDO能力である事は間違いありません。
がしかし、突然すぎて何が起こったのか理解出来ず、自分が呆気に取られている間に、黒人はそのはちきれそうなバネのある筋肉を生かして、生徒会室(3階)の窓を割って破り、外へ飛び出していきました。それから1分ほど、自分は口をぽかんとあけていましたが、その間に事態の把握は完了しました。
そして話はこの節の冒頭へと繋がります。
おもらしvsコスプレ、開始。
「くりちゃん! いい加減にしてください。見た目を気にしている場合ではありませんよ!?」
「だ、だけどこれ、スカート短すぎ……」
「今更何を言ってるのですか。公衆の面前でおもらしする人が」
「それはてめえがやってんだろうが!!」
「小学5年生」
「うっ……そ、それはそ、そうだけど、その1回以外は……」
「今はそんな事を言っている場合ではありません。早くそのミニスカポリスを何とかしないと」
「ミニスカポリス言うな!」
「それ以外にその格好を何と呼べば良いのですか」
「大体何でこんな事になってるんだ!」
「死ぬよりはマシだと思うのですが」
「そういう問題じゃねえだろ……」
「とにかく、敵は底の知れない能力者です。早く探し出さなくてはなりません」
「探すったって、この校舎内結構広いぞ」
「そこはミニスカポリスであるくりちゃんに頑張って頂いて……」
「いや、これ格好だけだから!」
「衣装に拳銃とかついてないんですか?」
「あったら真っ先にお前を撃ってるよ」
「発動」
「ひぃっ……ちょ、やめろ馬鹿!」
「これでくりちゃんの尿貯蔵量は90%。敵を見つけるまで耐えてくださいよ」
「っていうか見つけてから発動すれば良いだろうが!」
「正論と言わざるを得ませんが、くりちゃんの膀胱は自分にとって、徳光の涙腺より容易く決壊させられる物だという事を覚えておいていただきたいのです」
「わ、わかったよ。いいからさっさと敵を倒して普通の格好に戻してくれ」
「そうしましょう。その格好は目に毒です」
「……あのさ、これ……かわ……」
「え? 何ですか?」
「何でもねーよ! 見んな!」
緊縛男を撃破した後ちょっとの間、自分は無言でくりちゃんの痴態を眺めていました。縄を伝って教室の床へと落ちる雫は、雨上がりの森林浴を彷彿とさせる程に爽やかで、屈辱を噛み締めるくりちゃんの表情も、そのまま額縁に収めたい程に様になっていました。
「終わったんだろ? 早く下ろせ」
努めて冷静に、恥ずかしさを隠すように命令されましたが、これまたせっかくだから精神を如何なく発揮した自分は一旦隣のクラスに行き、「授業中の所すみませんが」と断りを入れてから、デジカメを所持している生徒を募りました。たまたま1人、写真部の方がいてくれたので、その方に「非常に価値のある画像を入れた状態で後日必ずお返しします」と交渉を持ちかけ、お借りしました。
それから、約15分程の撮影タイム。序盤は罵声を浴びせ、不自由な身体で暴れに暴れるくりちゃんでしたが、中盤程で自分が衣服を脱がせにかかると本気で涙目になり、急にしおらしくなり(全身が縛られていたので、そこから衣服を脱がせる事など不可能に決まっているのですが)ました。そして終盤、緊縛男の命令によりグラウンドを走らされていた我がクラスの生徒達が教室に戻ってくると、なりふり構わず自分に謝罪を繰り返し、早く緊縛を解いてくれと懇願しだしたくりちゃんは非常に滑稽でした。
デジカメの容量が一杯になったので、自分はため息交じりに仕方なく緊縛を解こうとしましたが、やはりそこはプロの仕事。きっちり編みこまれた縄目は、緊縛男の言った通り素人ではそう易々とは解く事が出来ず、くりちゃんはしばらく股を濡らしたまま衆目を集めていました(自分以外の生徒達には、見るな、と命令すればいいものを、それに気づかない馬鹿さ加減がくりちゃんです。ただ、見るなという命令を下した所で、自分がそれを撤回させる事は言わずもがなですが)。
その頃になり、ようやく緊縛男は股間爆発の衝撃から立ち直りました。
「……わしの負けや。確かに、おもらしはごっつエロい。ちゅうかその女のおもらしアカンわ。完全に反則やん」
自分的には、何を今更、という感じでしたが、まあ理解者が1人でも増えてくれたのは純粋に嬉しく思いましたので、こちらも好意を見せる事にしました。
「メールアドレスを教えていただけたら、今撮影したばかりのくりちゃん緊縛おもらし写真をお送りしますよ」
「そらありがたい! ほなここに……」
「お、おい! 何を勝手に! やめろ!! っつーか今すぐ外せ! ぶっ殺してやる!」
画像の行方に危機感を覚え、再度荒ぶりだしたくりちゃんでしたが、ネットには流出させないという約束を交換条件に、大人しくすると宣誓させて、その後緊縛男に縄の解除を依頼しました。写真の件が恐怖であっても、このままクラスメイトに醜態を晒し続ける方がよっぽど嫌だったのでしょう。
緊縛男は流石に慣れた手つきで縄をほどいていきました。やがて念願の自由を手に入れ、久しぶりに地面に降り立ったくりちゃんでしたが、制服の上からとはいえきつめの緊縛は肉体的負担も大きかったらしく、全身にある縄の痕と、おぼつかない足取りには、少しばかりの同情を覚えましたが、なおもくりちゃんの受難は続きます。
明らかに授業の区切りではないチャイムの後、例のアナウンス。その声はもちろん、三枝委員長です。
「第三試合、『おもらし』vs『コスプレ』が10時より開始となります。該当選手は今すぐ生徒会室までお集まりください」
恥ずかしながら、それを聞いた時、自分が抱いた感情を順番に並べると、「残念」それから「文句」でした。
文句の方は当然、今さっき試合を終えたばかりで、新しく手に入った「第五能力」の考察すらままならないダブルヘッダーという過酷な条件に対してであり、これは自分が正論だと思いますし、たまたま重なってしまった遅刻によるペナルティーの追加に関しても、HVDOと学業を一緒に取り扱わないでいただきたいという苦情もまだ申請していないので、その辺非常に不満がありました。
しかしそれより前に感じた「残念さ」については、まったくもって不意打ちな、赤面モノの女々しさでした。
あろう事か、自分は三枝委員長に勝利を祝って欲しかったのです。遅れているとはいえど1歩の前進に対し、祝福の一言を欲したのです。これは口に出すのも憚られる程に恥ずかしい事ですし、この内なる物はいっそ墓場まで持っていこうかとも思いましたが、こうして告白する事にしました。何故ならこれもまた、自分の偽らざる気持ちの1つであるからです。
とはいえ、こうしたちょっとした心の機微で自分が恥ずかしがっている事をくりちゃんに知られると、「あたしはこんな目にまであっているのに……」とまた面倒くさいことになるので、ささっと移動を開始する事にします。時計は現在9時45分。試合開始まで後15分でまだ先攻後攻も決まっていないというタイトスケジュールです。
「……あ、あのさ」
と、くりちゃん。
「もしあんたが後攻だったら、またあたしを素材に使うのか?」
「ええ、もちろん」即答する自分。
「……おい、もう1回縛ってくれ」
無論、その依頼は却下され、くりちゃんは深い深いため息をつきつつ自身の席に戻ると、鞄の中から替えのパンツを取り出し、トイレに行きました。
何だ、きちんと用意しているではないですか。と言うとまた怒られそうなのでぐっと言葉を飲み込みつつ、内心は人間の慣れという能力に限界はないのだなという感心をしつつ、自分はくりちゃんが新しいパンツを履いて帰ってくるのを待ち、それから生徒会室に共に向かいました。
生徒会室ともあって、三枝委員長と久々の再会か、という期待は見事に裏切られ、そこにいたのはまたしも自分のトラウマ知恵様と、大きな体格をした黒人でした。え? 黒人? 前者に勝るとも劣らず、後者の与える威圧感は半端ではなく、自分は一瞬来る部屋を間違えたか、と躊躇しましたが、どうやらこの黒人が次の対戦相手のようです。
年齢は……いまいちわかり難く、流石に40までは行っていないとは思うのですが、10代の後半にも見えませんし、しかしながら、そうだ、と言われてみればそうかもしれないという、異国人の年齢不詳っぷりが顕著に現れ、ぶっちゃけ正確な判断はつきません。その全身を覆った筋肉は、スポーツによってついた物というよりはむしろ実戦で培った物のようで、正直な所を申し上げますと、今からやるのがあくまでも「性癖バトル」で良かったな、と胸を撫で下ろしたくらいでした(殴り合いだったらおそらく1秒ももたないでしょう)。顔もいかついですし、スキンヘッドですし、上半身裸ですし、何ら勝てる見込みをもてません。
「あの、日本語は通じますでしょうか?」
と、腰低く丁寧に尋ねてみますと、
「……」
無言のまま頷いたので、通じてるのか通じてないのか微妙でした。
「えっと、もしもよろしければ、自分が後手をいただきたいのですが」
「……」
またも無言で首肯する黒人。知恵様に視線を送ってみましたが、こちらはもっと酷く、全く反応がありません。
「……分かりました。それでいいのであれば、素材はここにいるくりちゃん。シチュエーションは、まあ、とりあえずここで良いでしょう」
下手にそそるシチュエーションを選ぶと、相手の戦略が全く見えていない以上、先手で終わりかねないので、ここは無難にいってみました。相変わらず黒人はどっしりと構え、反論も異議も無く、ただただ深く頷きます。
果たしてこんな調子で勝負が成立するのだろうか、と心配しつつも、知恵様は事務的に事を進めます。
「それでは、私がこの部屋を出て行ってから、性癖の宣言を行ってください」
出て行く知恵様。不安げなくりちゃん。気を引き締める自分。じっと睨む黒人。
何はともあれ、言われた通りに、
「自分は女子のおもらしを愛する変態です」
と、宣言。対する黒人、初めて口を開いたかと思うと、
「……オレ……コスプレ……ダイスキ」
発言すると同時、全く何の前触れもなくその手には銃が握られていました。凍りつく自分でしたが、その銃口はこの部屋に残されたもう1人の日本人に向かっており、ホールドアップする暇もなく、くりちゃんは左胸を撃ち抜かれました。
瞬間、くりちゃんの身体は光を放ち、それから間もなくして変身は完了しました。撃たれたはずの左胸は、何事も無かったかのように何事もなっておらず、また、痛みや出血も一切無いようです。突然何もない所から現れた事からしても、これが黒人のHVDO能力である事は間違いありません。
がしかし、突然すぎて何が起こったのか理解出来ず、自分が呆気に取られている間に、黒人はそのはちきれそうなバネのある筋肉を生かして、生徒会室(3階)の窓を割って破り、外へ飛び出していきました。それから1分ほど、自分は口をぽかんとあけていましたが、その間に事態の把握は完了しました。
そして話はこの節の冒頭へと繋がります。
おもらしvsコスプレ、開始。
コスプレ好きの黒人、略してコス人は、どうやら先攻としての10分間を逃げる事のみに費やしたようです。自分としても、その行為自体は、更なる追撃がもう無いという事を意味し、非常にありがたかったのですが、しかし問題なのは、こちらが攻撃に移れる時間になってもまだ、コス人の姿が見えないという事です。
そもそも性癖バトルにおいて、「逃げる」という行為自体が敗北にあたり、ひいては大会運営に支障をきたす行為ではないか、という自分の指摘は、三枝委員長の天声たった一言によって却下されました。以下、アナウンスの原文そのまま。
「学校の敷地内から出ない限りは反則ではありません。また、今は性癖『おもらし』のターンですが、対戦相手『コスプレ』は『戦況を把握』しています。よって、戦闘状態は継続しています」
戦況を把握している……つまりこれは、少なくとも学内のどこかにコス人はまだおり、そして自分とくりちゃんの姿を何らかの方法で認識しているという事を意味します。トムのような遠隔視能力か、あるいは音だけでも聞こえているのか、「戦況を把握」という言い回しは、どうとでも取れる分自分に有利でも不利でもなく、とにかくまずはコス人の姿を見つけなければ、自分は仕掛ける事すら出来ないという事実だけが重く肩にのしかかりました。
くりちゃんを背後に置き、1階からざっと、授業中の教室や、空き教室をあたっていきましたが、とうとう最上階まできてもコス人の姿は見つかりません。あれだけ目立つ姿ですから、そうそう隠れられる場所など無いと思われるのですが、ただただ無為に時間は経過していったのです。
やがて自分のターンである10分が経過した瞬間、恐れていた事態が起きました。
最初にそれに気づいたのは自分でしたが、とはいえこれもほんの一瞬の出来事だったので、何が何だか分からなかったというのが正直な所で、つまり正確に言えば、認識したのは実際に効果が現れてからなのですが、先ほど開幕での一撃を考慮に入れても、それはやはり、「弾丸」だったようです。
「危ない!」
と、声をあげる暇さえ当然ありません。
気づいた時には再び撃たれており、そして能力も発動してしまったのです。目の眩むような光。しかし本当に目が眩んだのはその直後です。光に包まれたくりちゃんが元に戻ると、そこには既にミニスカポリスはおらず、代わりにピンクのナースがいました。
「なんじゃこりゃ!」
撃たれた人の台詞としては100点なのかもしれませんが、ナース服のコスプレをした女子高生としては0点というかむしろ減点の台詞です。しかしその見た目のみについてはこの上なく厄介で、一瞬、対戦中である事を忘れてしまいそうでした。
膝の見える短いスカートと、生足部分も若干残したストッキング。胸は控えめでありつつもなだらかに曲線を描き、短い袖からは細い腕が。そしてナース服の存在価値その物とも称すべき看護帽。服とお揃いのピンクのナースシューズ。衣服としてのシンプルさは、ナイチンゲールを彷彿とさせる「清廉さ」を前面に表現していますが、それを薄いピンクで色付けする事により、そこはかとなく漂い出すエロス。自分がこれを眩しいと感じるのも無理からぬ話と思われます。
もちろん、この程度で敗北する自分ではありませんが、ダメージは確実に蓄積され、息子も一瞬だけ反応したかもしれません。いや、まあ、しました。しましたが、とはいえこちらがまだ一切何の反撃も出来ていないにも関わらず、一方的にやられてしまうというのは癪に触りますし、負けたら非常に大きな悔いが残ります。その一念によって性欲をねじ伏せ、自分は毅然とした態度でくりちゃんに尋ねます。
「あの、せめてナースキャップだけ外してもらえませんか?」
これで少しはダメージも軽減出来るはず。くりちゃんもここは素直に指示に従ってくれました。が、それはただ状況の悪さを再度認識するだけでした。
「……と、取れない」
まさか。と自分は戦慄します。
「すいません。服を脱いでもらえますか?」
「てめっ……」一瞬鉄拳が飛び出しかかっていましたが、寸での所で意味を汲んでくれたのか拳を収め、襟から首を引っこ抜こうしましたが、やはりこれも駄目でした。
どうやらこの衣装は、完全にくりちゃんの身体と一体化しているようです。自分も試しにナースキャップを無理やり外そうともしてみましたが、「いででででででで殺すぞ!」と吼えられたので、それ以上はやめておきました。
流石はコスプレの能力者。せっかく着ている衣装を脱がせる事など言語道断という事でしょうか。ならばこんな所で性癖バトルなどせずに、今すぐコスプレものAVの現場に急行してこの能力を遺憾なく発揮してきて欲しいくらいでしたが、その願いはおそらく届かないでしょう。
他に考えられる手段として、衣服を脱がせずにハサミで切るというのも思いつきましたが、これはちょっと想像した段階でもうやばいのが分かりました。綺麗に、なおかつ一瞬で切り刻めればまだ良いのですが、その途中過程において「ぼろぼろのナース服を着たくりちゃん」と相対する事になると、自分は興奮せずにいられる自信がありません。それに、衣服の一部が肌と一体化している関係上、もしかするとハサミでくりちゃんの地肌を傷つけてしまう可能性もあり、ただ純粋な意味において危険です。もう1つの手段としては、例えば黒いペンキを大量に上からぶっかけてナース服としての威力を殺すというのも思いつきましたが、校内でそれだけのペンキを見つけるのも困難に思えましたし、それはそれでまたくりちゃんがキレそうですし、仮に一旦回避出来たとしても、また20分経過すれば次の弾丸が飛んできて、新しいコスプレに更新されてしまうのが関の山でしょう。
よって、自分はくりちゃんに倣って発想の転換を図り、攻撃は最大の防御、の構えを取ることにしました。業界用語で言う所の、「本体を探し出して叩く」という本格的な能力バトルに興じてみようと決意したのです。
では、その肝心の本体はどこにいるのか? 360度見渡しても当然姿は無く、もっと厄介なのは、先ほどの弾丸の軌道は全く分からなかったという事です。
というよりも、不可能なのです。くりちゃんが2発目の弾丸によって撃たれた時、自分達は廊下の途中にいました。その軌道上の先は窓すらない壁で塞がれ、なおかつ行き止まりになっており、せいぜいあったのは消火器を入れる格納箱くらいのもので、もちろんこれはマイク・ハガーが入るようなサイズではありません。もしかすると、あのコス人の勃起ペニスですら入らないかもしれません。無論、行き止まりまでにある教室は全て調べましたが、見つける事は出来ませんでした。
となると、どうやってコス人はくりちゃんを捕捉し、「狙撃」したのか?
これこそが最大の謎にして、この勝負の鍵を握る重要なポイントです。戦闘経験、性的経験の両方から言わせてもらうと、これさえ分かれば勝利は堅いと言えます。何故なら、コス人が先手を取った時、まだ攻撃をする時間的余裕があったにも関わらず、それをせずに逃亡したという事は、能力を発動するのに何らかの条件があるか、あるいは反撃を喰らった時の脆さを自身がよく認識しているという事です。
この変態トーナメントにおいて、我々HVDO能力者同士は、勝負の開始時に相手の能力を知っています。これが何を意味するのか。
そう。コス人は、「コスプレおもらし」の破壊力を認識していたという事です。
おそらく偶然だとは思われますが、緊縛やコスプレといった、「見た目」それ自体に価値観を見出すタイプの性癖は、そこに「おもらし」という行為が加わる事によって、破壊力が格段に増します。コス人はその辺を理解した上で、このスナイプ作戦をとっていると見るのが妥当です。よって、本体さえ見つければ御しやすいと考えるのは当然の事です。
とはいえ、ピンチには違いありません。何せ自分は、本体が一体どこにいて、どのような方法で狙撃しているのかさっぱり分からないだけではなく、くりちゃんのナース姿を視姦するのに忙しく、また、やめる事も出来ないのです。
「なあ、勝負が続いているって事は、相手もどこかで見てるんだろ? だったら、今ここでおもらししても良いんじゃないの……?」
くりちゃんの方からポジティブに漏らすと言い出すのは実に意外でしたが、このままコスプレ姿で校舎内をうろうろするのも嫌だと考えたのでしょう。おもらしをするのは嫌だけど、とっととこの茶番を終わらせたいという意思が、苦虫を噛む苦虫のような表情に良く表れています。
理解しつつも、自分はくりちゃんの意見に明確な否定を返します。
「戦闘状態が続いているとはいえ、相手がどの程度くりちゃんの姿を認識しているかが分かりません。それに、漏らせば漏らすほど相手にも耐性がついてきてダメージが下がりますし、相手の反応が見えなければ手を変える事も出来ません。つまり、相手を見つけて近距離の一撃で仕留めるしか方法はないのです」
見事な正論でしたが、むしろくりちゃんは納得していない様子でした。
「だったら何でさっきあたしに能力使ったんだよ……」
現在、くりちゃんの尿貯蔵量は93%。即ち、1回の発動で決壊まで持っていけるのですが、自分はその危うさをあえてキープしています。理由は明白。今更説明の必要も無いとは思われるのですが、本人だけが分かっていないみたいなので、単刀直入に教えてあげます。
「その表情を引き出す為ですよ」
前述の通り、この戦いは必ず一撃で決めなければならず、長期戦になればなるほどこちらが不利になります。やれる事はやっておき、我慢出来る事は我慢していただく。これしかないのです。
「……この変態が」
久々に聞いた吐き捨てるような台詞に、自分は内心でほくそ笑みつつ肯定を返しました。
「さあ、コス人を探しましょう」
この時点では、まだ自分は幾分気楽に考えていたのです。何せ希望がありました。先ほど見たあの変態は、とてもではありませんが隠れるのに適しているようには見えず、ここが米軍基地ならまだしも、ほとんどが全裸の日本人高校生しかいない学校という場所においては、いかにも目立ちすぎる。むしろ重要なのは、見つけたら逃がさない事。視線が合った瞬間に、躊躇せずに叩き込む事くらいに考えていました。
そんな自分の楽観は、それから約20分後、校内を駈けずり回っても未だに見つからないコス人の姿と、そして3発目の弾丸によって木っ端微塵に砕かれました。
「それは……チャイナドレス……!」
真っ赤なテカテカワンピースに、きらきら光るゴールドライン、そして太ももちら見せスリット完備の完全武装。
コス人がどのような方法で狙撃をしているかは未だもって全く分かりませんが、男心を狙い撃ちする技術において、彼は確かな腕を持ったスナイパーであるようです。
そもそも性癖バトルにおいて、「逃げる」という行為自体が敗北にあたり、ひいては大会運営に支障をきたす行為ではないか、という自分の指摘は、三枝委員長の天声たった一言によって却下されました。以下、アナウンスの原文そのまま。
「学校の敷地内から出ない限りは反則ではありません。また、今は性癖『おもらし』のターンですが、対戦相手『コスプレ』は『戦況を把握』しています。よって、戦闘状態は継続しています」
戦況を把握している……つまりこれは、少なくとも学内のどこかにコス人はまだおり、そして自分とくりちゃんの姿を何らかの方法で認識しているという事を意味します。トムのような遠隔視能力か、あるいは音だけでも聞こえているのか、「戦況を把握」という言い回しは、どうとでも取れる分自分に有利でも不利でもなく、とにかくまずはコス人の姿を見つけなければ、自分は仕掛ける事すら出来ないという事実だけが重く肩にのしかかりました。
くりちゃんを背後に置き、1階からざっと、授業中の教室や、空き教室をあたっていきましたが、とうとう最上階まできてもコス人の姿は見つかりません。あれだけ目立つ姿ですから、そうそう隠れられる場所など無いと思われるのですが、ただただ無為に時間は経過していったのです。
やがて自分のターンである10分が経過した瞬間、恐れていた事態が起きました。
最初にそれに気づいたのは自分でしたが、とはいえこれもほんの一瞬の出来事だったので、何が何だか分からなかったというのが正直な所で、つまり正確に言えば、認識したのは実際に効果が現れてからなのですが、先ほど開幕での一撃を考慮に入れても、それはやはり、「弾丸」だったようです。
「危ない!」
と、声をあげる暇さえ当然ありません。
気づいた時には再び撃たれており、そして能力も発動してしまったのです。目の眩むような光。しかし本当に目が眩んだのはその直後です。光に包まれたくりちゃんが元に戻ると、そこには既にミニスカポリスはおらず、代わりにピンクのナースがいました。
「なんじゃこりゃ!」
撃たれた人の台詞としては100点なのかもしれませんが、ナース服のコスプレをした女子高生としては0点というかむしろ減点の台詞です。しかしその見た目のみについてはこの上なく厄介で、一瞬、対戦中である事を忘れてしまいそうでした。
膝の見える短いスカートと、生足部分も若干残したストッキング。胸は控えめでありつつもなだらかに曲線を描き、短い袖からは細い腕が。そしてナース服の存在価値その物とも称すべき看護帽。服とお揃いのピンクのナースシューズ。衣服としてのシンプルさは、ナイチンゲールを彷彿とさせる「清廉さ」を前面に表現していますが、それを薄いピンクで色付けする事により、そこはかとなく漂い出すエロス。自分がこれを眩しいと感じるのも無理からぬ話と思われます。
もちろん、この程度で敗北する自分ではありませんが、ダメージは確実に蓄積され、息子も一瞬だけ反応したかもしれません。いや、まあ、しました。しましたが、とはいえこちらがまだ一切何の反撃も出来ていないにも関わらず、一方的にやられてしまうというのは癪に触りますし、負けたら非常に大きな悔いが残ります。その一念によって性欲をねじ伏せ、自分は毅然とした態度でくりちゃんに尋ねます。
「あの、せめてナースキャップだけ外してもらえませんか?」
これで少しはダメージも軽減出来るはず。くりちゃんもここは素直に指示に従ってくれました。が、それはただ状況の悪さを再度認識するだけでした。
「……と、取れない」
まさか。と自分は戦慄します。
「すいません。服を脱いでもらえますか?」
「てめっ……」一瞬鉄拳が飛び出しかかっていましたが、寸での所で意味を汲んでくれたのか拳を収め、襟から首を引っこ抜こうしましたが、やはりこれも駄目でした。
どうやらこの衣装は、完全にくりちゃんの身体と一体化しているようです。自分も試しにナースキャップを無理やり外そうともしてみましたが、「いででででででで殺すぞ!」と吼えられたので、それ以上はやめておきました。
流石はコスプレの能力者。せっかく着ている衣装を脱がせる事など言語道断という事でしょうか。ならばこんな所で性癖バトルなどせずに、今すぐコスプレものAVの現場に急行してこの能力を遺憾なく発揮してきて欲しいくらいでしたが、その願いはおそらく届かないでしょう。
他に考えられる手段として、衣服を脱がせずにハサミで切るというのも思いつきましたが、これはちょっと想像した段階でもうやばいのが分かりました。綺麗に、なおかつ一瞬で切り刻めればまだ良いのですが、その途中過程において「ぼろぼろのナース服を着たくりちゃん」と相対する事になると、自分は興奮せずにいられる自信がありません。それに、衣服の一部が肌と一体化している関係上、もしかするとハサミでくりちゃんの地肌を傷つけてしまう可能性もあり、ただ純粋な意味において危険です。もう1つの手段としては、例えば黒いペンキを大量に上からぶっかけてナース服としての威力を殺すというのも思いつきましたが、校内でそれだけのペンキを見つけるのも困難に思えましたし、それはそれでまたくりちゃんがキレそうですし、仮に一旦回避出来たとしても、また20分経過すれば次の弾丸が飛んできて、新しいコスプレに更新されてしまうのが関の山でしょう。
よって、自分はくりちゃんに倣って発想の転換を図り、攻撃は最大の防御、の構えを取ることにしました。業界用語で言う所の、「本体を探し出して叩く」という本格的な能力バトルに興じてみようと決意したのです。
では、その肝心の本体はどこにいるのか? 360度見渡しても当然姿は無く、もっと厄介なのは、先ほどの弾丸の軌道は全く分からなかったという事です。
というよりも、不可能なのです。くりちゃんが2発目の弾丸によって撃たれた時、自分達は廊下の途中にいました。その軌道上の先は窓すらない壁で塞がれ、なおかつ行き止まりになっており、せいぜいあったのは消火器を入れる格納箱くらいのもので、もちろんこれはマイク・ハガーが入るようなサイズではありません。もしかすると、あのコス人の勃起ペニスですら入らないかもしれません。無論、行き止まりまでにある教室は全て調べましたが、見つける事は出来ませんでした。
となると、どうやってコス人はくりちゃんを捕捉し、「狙撃」したのか?
これこそが最大の謎にして、この勝負の鍵を握る重要なポイントです。戦闘経験、性的経験の両方から言わせてもらうと、これさえ分かれば勝利は堅いと言えます。何故なら、コス人が先手を取った時、まだ攻撃をする時間的余裕があったにも関わらず、それをせずに逃亡したという事は、能力を発動するのに何らかの条件があるか、あるいは反撃を喰らった時の脆さを自身がよく認識しているという事です。
この変態トーナメントにおいて、我々HVDO能力者同士は、勝負の開始時に相手の能力を知っています。これが何を意味するのか。
そう。コス人は、「コスプレおもらし」の破壊力を認識していたという事です。
おそらく偶然だとは思われますが、緊縛やコスプレといった、「見た目」それ自体に価値観を見出すタイプの性癖は、そこに「おもらし」という行為が加わる事によって、破壊力が格段に増します。コス人はその辺を理解した上で、このスナイプ作戦をとっていると見るのが妥当です。よって、本体さえ見つければ御しやすいと考えるのは当然の事です。
とはいえ、ピンチには違いありません。何せ自分は、本体が一体どこにいて、どのような方法で狙撃しているのかさっぱり分からないだけではなく、くりちゃんのナース姿を視姦するのに忙しく、また、やめる事も出来ないのです。
「なあ、勝負が続いているって事は、相手もどこかで見てるんだろ? だったら、今ここでおもらししても良いんじゃないの……?」
くりちゃんの方からポジティブに漏らすと言い出すのは実に意外でしたが、このままコスプレ姿で校舎内をうろうろするのも嫌だと考えたのでしょう。おもらしをするのは嫌だけど、とっととこの茶番を終わらせたいという意思が、苦虫を噛む苦虫のような表情に良く表れています。
理解しつつも、自分はくりちゃんの意見に明確な否定を返します。
「戦闘状態が続いているとはいえ、相手がどの程度くりちゃんの姿を認識しているかが分かりません。それに、漏らせば漏らすほど相手にも耐性がついてきてダメージが下がりますし、相手の反応が見えなければ手を変える事も出来ません。つまり、相手を見つけて近距離の一撃で仕留めるしか方法はないのです」
見事な正論でしたが、むしろくりちゃんは納得していない様子でした。
「だったら何でさっきあたしに能力使ったんだよ……」
現在、くりちゃんの尿貯蔵量は93%。即ち、1回の発動で決壊まで持っていけるのですが、自分はその危うさをあえてキープしています。理由は明白。今更説明の必要も無いとは思われるのですが、本人だけが分かっていないみたいなので、単刀直入に教えてあげます。
「その表情を引き出す為ですよ」
前述の通り、この戦いは必ず一撃で決めなければならず、長期戦になればなるほどこちらが不利になります。やれる事はやっておき、我慢出来る事は我慢していただく。これしかないのです。
「……この変態が」
久々に聞いた吐き捨てるような台詞に、自分は内心でほくそ笑みつつ肯定を返しました。
「さあ、コス人を探しましょう」
この時点では、まだ自分は幾分気楽に考えていたのです。何せ希望がありました。先ほど見たあの変態は、とてもではありませんが隠れるのに適しているようには見えず、ここが米軍基地ならまだしも、ほとんどが全裸の日本人高校生しかいない学校という場所においては、いかにも目立ちすぎる。むしろ重要なのは、見つけたら逃がさない事。視線が合った瞬間に、躊躇せずに叩き込む事くらいに考えていました。
そんな自分の楽観は、それから約20分後、校内を駈けずり回っても未だに見つからないコス人の姿と、そして3発目の弾丸によって木っ端微塵に砕かれました。
「それは……チャイナドレス……!」
真っ赤なテカテカワンピースに、きらきら光るゴールドライン、そして太ももちら見せスリット完備の完全武装。
コス人がどのような方法で狙撃をしているかは未だもって全く分かりませんが、男心を狙い撃ちする技術において、彼は確かな腕を持ったスナイパーであるようです。
今一度、確認の意味を込めて状況を説明します。
自分とて、見えざる敵に対して何ら対抗策を講じないほどの馬鹿ではありませんし、敵能力の恐ろしさ、そしてくりちゃんのコスプレの凄まじい破壊力(同年代女子よりやや幼めで謙虚な身体に対して、大人びた衣装の映える事映える事)は理解していました。そして、こんな調子でいけば、いつか自分の「ツボ」に弾丸は命中し、まともに敵の姿を捉える事すらなく敗北するのは火を見るよりも明らかだった訳です。よって、いくつか策を練らせていただきました。
2発目の弾丸が着弾してから15分が経過した時点で、自分は能動的探索を諦め、「理科準備室」に移動しました。化学や生物の授業などで使われる「理科室」の隣にそこはあり、準備室と名のつく通り、授業中に行われる実験の準備をする為に用意された、物置兼わくわく発生ルームです。棚には怪しげな薬品の数々、ホルマリン漬けもいくつか用意され、一部の教師だけが利用する事を許可された冷蔵庫、実験による火災を案じてか消火器格納箱も2個備え付けられ、定番の人体模型も立派な物が用意されています。名のある進学校とだけあってか、清陽高校のそれよりも幾分か広く、わりかし手入れはされているようでしたが、独特の埃臭さとじめっとした空気感はそう変わらないようで、女子と2人きりでいると妙に落ち着かない気分になるのでしたが、今はそんな場合ではありません。
何故、決戦の舞台にここを選んだか。理由はいくつかあります。
まず1つ目、ここには窓がありません。薬品の劣化を防ぐ為か、あるいは単に必要性が無いのか、せいぜいあるのは理科室への扉の上部についている小窓くらいの物で、当然これは人が通れる隙間ではありませんし、閉じる事も出来るので普通の弾丸が入ってくる事は出来ません。
そして2つ目、鍵を二重にかけられ、扉も若干ではありますが頑丈に出来ているという事。生徒の勝手な侵入を防ぐ為の配慮と思われますが、HVDO能力者特権による命令で、先生から鍵を手に入れた自分にとって、これは非常に有利なポイントです。これによって、外部からの侵入は不可能になり、また、内部からの脱出も不可能となります。
最後の3つ目は、「物が多い」という事です。これは一見、死角が多くなり、その分狙撃手の居所が分かり辛くなるように思えるかもしれませんが、むしろその逆で、敵がどのようにして狙いを定めているのかが分からないのであれば、出来るだけ視界を遮る物は多い方が良く、その上、もしも相手が力任せにこの場所に突っ込んできた場合、下手に暴れられない空間を確保しておくというのは十分な保険になるでしょう。
以上のような戦略を持ち、挑んだにも関わらず、くりちゃんは無残にも撃ちぬかれ、魅惑の衣装へと変身した訳です。ナース服以上に短く、丸くなった袖。くびれを強調するウェストライン。全体には金色の刺繍が施され、足元は高めのハイヒール、頭に白いお団子を2つ乗せて、腰まで切れ目が入った隙の無さ。真のチャイナリスクはここにありました。
「あたしばっか見てないで探せ! 敵を倒すんだろ!?」
くりちゃんに喝を入れられましたが、その姿で言われても、その姿に困っている訳で、全く説得力がありませんでしたので、どうにか自力で立ち直りました。
「だ、大丈夫です。まだ、まだ何とか戦えます。ただあんまり激しく動かないでください。そのスリットは非常に危険です」
がくがくと震え、膝にきている事は明白でしたが、自分はどうにか取り繕ってそう言い張りました。くりちゃんは恥ずかしそうに少し唸ってスリットを手で抑えていましたが、そういう余計な事もやめていただきたいと、意図せず着せられたチャイナドレスの威力に戦きつつ、自分は考察を開始しました。
この部屋が密室である事はまず間違いなく、ここに入る時、中に誰もいない事は確認してから鍵を閉めました。その鍵は今でもきちんと閉まっており、開いた形跡は全くありません。コス人が内部にいるとすれば、例えば透明になっているとか、物凄く小さくなっているとか、そういった方法が考えられます。しかしこれらの能力を予想した対策も、自分は既に打っておいたのです。
コス人が「透明」になっていた場合を考え、自分は理科準備室に入った時すぐ、床に満遍なく学校の備品である粉状の「石灰」を撒いておきました。透明であるという事は、少なくともそこに存在はするという事なので、コス人が侵入すれば大きな足跡が残るはずです。自分とくりちゃんの足跡は一目瞭然ですし、もしもコス人が透明ならば、透明であるがゆえに、身体がぶつかったりしないように時々動かなければならず、その時に気づけるチャンスがあります。が、この策は結局無駄に終わり、ただ床が汚れただけでした。
次に凄く小さくなっている場合ですが、これはちょっと考えてみるとおかしな事に気づきます。もしもコス人が自身の肉体を自由に縮小出来たとして、果たして気づかれないように小さな身体にしながら、学校中を移動する自分達の追跡を続ける事が出来るでしょうか。身体が小さくなるという事は、それだけ歩幅も狭くなる訳で、おそらく気づかれないであろうレベル、例えば小指の爪程のサイズになったとしたら、廊下を渡りきるにも1日くらいはかかってしまうでしょう。かといって、元のサイズに戻れば見つかる可能性は高く、また、更に小さくなって自分かくりちゃんの衣服の一部に付着するとなる事も視野に入りましたが、これは何かの拍子に潰されるという危険性があります。それでも一応、理科準備室に入る前に、ボディーチェックは済ませましたが(この時、息子的にはやや危険ではありました)、異変はこれといってありませんでした。
よって、上に挙げた2つの能力によってコス人が隠れている可能性は非常に低いと言えます。
別の可能性として、コス人がここではない、少なくとも校内のどこかに隠れており、そこから遠隔狙撃を行っていた可能性が考えられますが、状況を考えると、こちらの可能性も低いと言わざるを得ないようです。
理科準備室は今、完全なる密室状態にあります。その中にいる人物を狙撃しようとした場合、必要な能力は「遠隔視」のみではなく、「物質を通過させる」という、ある種のテレポート能力が必要になってきます。弾丸自体にそういった属性が付与され、壁を傷つける事なく中を狙撃出来るという能力ならば仕方がありませんが、今一度、原点に立ち返ってみてください。
相手の能力は、あくまでも「コスプレ」です。遠くを視る能力も、壁を貫通する弾丸も、「超能力」として解釈するならばありえる話ですが、「コスプレ好き」としては果たして的確と言えるでしょうか。
あくまでも、これは誇り高き変態同士の戦いです。
相手が使う能力の原動力は全て、自身のエロスから出てくるはずなのです。
それに、よくよく考えてみれば、こうして相手の姿が認識出来ていないにも関わらず、戦闘が続いている事自体が奇妙といえば奇妙なのです。おもらしはもちろんその見た目も大事ですが、尿の匂い、少女の息遣いも重要なファクターとなっており、遠くから見ているからというだけ戦闘を成立させられるとなると、こちらとしては堪った物ではありません。極上のおもらしを味わっていただくには、きちんと側にいてもらう必要があるという事です。ここに来ると、三枝委員長のアナウンスの曖昧さは実に憎らしく、もう1度あの身体を手中に収めた暁には、とてつもなくいやらしい事をしてやろうという現実逃避に近い決意もたった今固まりました。
「なぁ……なんとか三枝さんに掛け合って、一旦中止出来ないのか?」
頭を抱える自分を見かねてか、くりちゃんがそんな提案をしました。その表情は、自分の事を本気で心配しているように伺え、くりちゃんに気を使わせるなど自分もいよいよ追い詰められているな、と感じました。
その瞬間、自分はふと気づいたのです。
まさか、このくりちゃん自体がコス人のコスプレなのではないか?
くりちゃんが自分の事を心配するなんて、ある意味不自然です(言っていて少し悲しくなりますが)。透明でもない、小さくもない、遠くにもいない、どこにもいないとなれば、「目の前に見えている」という可能性しか結局残らず、芽生えた疑いは次第に膨らみ、内臓を圧迫し、耐え切れなくなって、口から零れ落ちました。
「くりちゃん……あなた、本物ですよね?」
驚く、くりちゃん。それが果たして心の底からの驚きだったのか、それともコス人であるがゆえに、驚いた「演技」をしているのか、普段ならばそのくらいを見分けるのは幼馴染として朝飯前なのですが、この極限状態、そしてコス人の正体不明ぶりからして、確実な判断が下せません。
「ど、どうやってあたしが偽者だって証拠だよ!」狼狽するくりちゃん。これまた見ようによっては本物らしく、見ようによっては迫真の演技。「今朝からずーっと一緒にあんたといたし、そ、それにさっきの黒人がいくらコスプレしたってあたしにはならないだろ!」
おそらく体格的な事であるとか、性格や口癖的な事を指しての指摘なのでしょうが、それも含めてのHVDO能力「コスプレ」であると解釈する事はあながち不可能ではありません。そもそもあの黒人の見た目からして、わざとらしいといえばわざとらしい。つまり、最初は「黒人のコスプレ」をして登場し、それから隙を見て「くりちゃんのコスプレ」に着替え、すり替わった。そういう風に考えると、残念ながら、全ての謎が解決してしまうのです。
「くりちゃん。自分もくりちゃんを疑いたくはありません。しかし……」
自分は黙ったまま、くりちゃんの両目を見つめました。
可能性を一つ一つ虱潰しにしていくと、どうしてもこの疑惑にぶち当たってしまうのです。それだけ自分が追い詰められているという事なのか、それとも本当に……。くりちゃんは自分から目を逸らさず、かといって疑われている事に対して激怒するでもなく、おしっこを我慢している癖に、やけに凛とした表情で、自分をただ見ていました。
磨り減っていく精神と、粉になる感情。石臼のような沈黙。
しばらくの後、くりちゃんは何の前触れもなしに、しっかりとした口調でこう言ったのです。
「……分かった。あたしも、覚悟を見せないといけないって事だよな?」
自分は疑問符を浮かべましたが、次にくりちゃんが取った行動を止める事は出来ませんでした。
「敵がコスプレ好きっていうなら、1番されて嫌な事をしてやる! あんたに協力するって決めたからには、これくらいの事が出来なくちゃ嘘だ! あたしの覚悟、見せてやるよ!!」
自分がくりちゃんの右手に持っている物に気づいた時、既に行動は完了していました。自分はこれまで、くりちゃんはただの文句ばかりの常識人で、一方的な暴力は振るう癖に、窮地に陥ればすぐに人を頼るという、おもらし姿がかわいいという事が唯一の取り柄とも言える情けない処女だとばかり認識していたのですが、どうやらそれには誤解があったようです。
覚悟を決めたくりちゃんは強い。
ある意味ある状況においては、自分よりも遥かに「ぶっ飛んで」いて、自分等を指す変態というベクトルとはまた少し違いますが、強烈な個性を持った人間であると理解したのです。
くりちゃんは、自身のチャイナドレスの裾に「火」をつけました。
これは何ら比ゆ的な表現ではなく、ただ単にマッチを持って、それで火を起こし、自らの着ている服にそれで着火したのです。
「うおあぁっっっちぃ!!!」
当たり前です。チャイナドレスのひらひらについた火は、すぐに燃え広がり、くりちゃんの太ももを焦がしました。
「何をしているんですか!」
自分は心の底からそう叫び、裾についた火を消そうと試みましたが、こちらも素手ですし、思うようにはいきません。本能が火傷を恐れ、身体が脳からの命令を拒否するのです。というより、くりちゃんは自分から逃げるような動きを見せて、更に事態が悪化します。いえ、くりちゃん自身がそれを狙っているのだとしたら、一概に悪化とも言い切れませんが、しかしこれは最早、性癖バトルだとかふざけている場合ではありません。純然たる命の危機です。
咄嗟に、自分は消火器の存在を思い出しました。おそらくこういった事故を防ぐ為に、あらかじめ用意されている消火器格納箱。それは部屋の隅に「2つ」存在しています。
2つ?
奇妙な感覚に襲われました。異常事態に焦ってはいつつも、日々に培ってきた論理的思考はここぞという時に働き、その疑問を放っておきはしませんでした。
いくら理科準備室に、危険な薬品類があり、なおかつ火の取り扱いもある為消火器が用意されているとしても「2つ」も用意しておく必要があるのだろうか。
「あちちちちちち!!!」
くりちゃんのマジ悲鳴も、今は遠くに聞こえます。やがて自分は1つの答えに辿り着きました。コス人の謎。真の解答。コス人は、ずっと近くにいたのです。ただ、常に「気にする程の物」ではなかった!
自分は片一方の消火器格納箱に触れました。鉄ではない、明らかに人の肌の感触。真っ赤な身体は、それと認識すれば何て事はない。胸のあたりに白文字で「消火器格納箱」と書かれているだけの、ただの赤い全身タイツを着たガチムチでした。
「……消せ……能力……使え……」
コス人の言葉に、自分は己の存在意義を思い出しました。そもそも消火器など必要なかったのです。よく知る幼馴染のした、予期せぬ突然の行動に自分は混乱していたのです。くりちゃんに駆け寄り、肩を掴み、黄命を発動させます。
「そこだ!」
「ひゃっ」
くりちゃんの股から溢れ出したものすごい量の尿は、シャワーとなって即鎮火に成功しました。
コス人の能力は、着たコスチュームに「なりきる事」。「消火器格納箱」になりきったコス人は、その究極の「なりきり」から自分とくりちゃんの認識から外れたまま、ずっと側にいたのです。くりちゃんの行動は無謀で、今後一切こういう事はしないようにと後で叱るつもりですが、しかし結果的に、コス人の発見へと繋がりました。自分が消火器格納箱を気に留め、触れなければ、この勝負、負けていたのは確実です。
そして続く爆発音。コス人は倒れ際、かろうじて召喚した銃から弾丸を発射していきました。それは決して、自分に一矢報いようとして出した悪あがきではありません。何故なら、彼はチャイナドレスについた火を自分の能力で消すように指示しました。
コス人の死に際に放った弾丸はくりちゃんに命中し、くりちゃんは「バニーガール」に変身し、その弾丸は正確に自分の好みを撃ち抜いていましたが、自分の勃起率はどうにか99%で踏みとどまり、これにて決着となりました。
自分とて、見えざる敵に対して何ら対抗策を講じないほどの馬鹿ではありませんし、敵能力の恐ろしさ、そしてくりちゃんのコスプレの凄まじい破壊力(同年代女子よりやや幼めで謙虚な身体に対して、大人びた衣装の映える事映える事)は理解していました。そして、こんな調子でいけば、いつか自分の「ツボ」に弾丸は命中し、まともに敵の姿を捉える事すらなく敗北するのは火を見るよりも明らかだった訳です。よって、いくつか策を練らせていただきました。
2発目の弾丸が着弾してから15分が経過した時点で、自分は能動的探索を諦め、「理科準備室」に移動しました。化学や生物の授業などで使われる「理科室」の隣にそこはあり、準備室と名のつく通り、授業中に行われる実験の準備をする為に用意された、物置兼わくわく発生ルームです。棚には怪しげな薬品の数々、ホルマリン漬けもいくつか用意され、一部の教師だけが利用する事を許可された冷蔵庫、実験による火災を案じてか消火器格納箱も2個備え付けられ、定番の人体模型も立派な物が用意されています。名のある進学校とだけあってか、清陽高校のそれよりも幾分か広く、わりかし手入れはされているようでしたが、独特の埃臭さとじめっとした空気感はそう変わらないようで、女子と2人きりでいると妙に落ち着かない気分になるのでしたが、今はそんな場合ではありません。
何故、決戦の舞台にここを選んだか。理由はいくつかあります。
まず1つ目、ここには窓がありません。薬品の劣化を防ぐ為か、あるいは単に必要性が無いのか、せいぜいあるのは理科室への扉の上部についている小窓くらいの物で、当然これは人が通れる隙間ではありませんし、閉じる事も出来るので普通の弾丸が入ってくる事は出来ません。
そして2つ目、鍵を二重にかけられ、扉も若干ではありますが頑丈に出来ているという事。生徒の勝手な侵入を防ぐ為の配慮と思われますが、HVDO能力者特権による命令で、先生から鍵を手に入れた自分にとって、これは非常に有利なポイントです。これによって、外部からの侵入は不可能になり、また、内部からの脱出も不可能となります。
最後の3つ目は、「物が多い」という事です。これは一見、死角が多くなり、その分狙撃手の居所が分かり辛くなるように思えるかもしれませんが、むしろその逆で、敵がどのようにして狙いを定めているのかが分からないのであれば、出来るだけ視界を遮る物は多い方が良く、その上、もしも相手が力任せにこの場所に突っ込んできた場合、下手に暴れられない空間を確保しておくというのは十分な保険になるでしょう。
以上のような戦略を持ち、挑んだにも関わらず、くりちゃんは無残にも撃ちぬかれ、魅惑の衣装へと変身した訳です。ナース服以上に短く、丸くなった袖。くびれを強調するウェストライン。全体には金色の刺繍が施され、足元は高めのハイヒール、頭に白いお団子を2つ乗せて、腰まで切れ目が入った隙の無さ。真のチャイナリスクはここにありました。
「あたしばっか見てないで探せ! 敵を倒すんだろ!?」
くりちゃんに喝を入れられましたが、その姿で言われても、その姿に困っている訳で、全く説得力がありませんでしたので、どうにか自力で立ち直りました。
「だ、大丈夫です。まだ、まだ何とか戦えます。ただあんまり激しく動かないでください。そのスリットは非常に危険です」
がくがくと震え、膝にきている事は明白でしたが、自分はどうにか取り繕ってそう言い張りました。くりちゃんは恥ずかしそうに少し唸ってスリットを手で抑えていましたが、そういう余計な事もやめていただきたいと、意図せず着せられたチャイナドレスの威力に戦きつつ、自分は考察を開始しました。
この部屋が密室である事はまず間違いなく、ここに入る時、中に誰もいない事は確認してから鍵を閉めました。その鍵は今でもきちんと閉まっており、開いた形跡は全くありません。コス人が内部にいるとすれば、例えば透明になっているとか、物凄く小さくなっているとか、そういった方法が考えられます。しかしこれらの能力を予想した対策も、自分は既に打っておいたのです。
コス人が「透明」になっていた場合を考え、自分は理科準備室に入った時すぐ、床に満遍なく学校の備品である粉状の「石灰」を撒いておきました。透明であるという事は、少なくともそこに存在はするという事なので、コス人が侵入すれば大きな足跡が残るはずです。自分とくりちゃんの足跡は一目瞭然ですし、もしもコス人が透明ならば、透明であるがゆえに、身体がぶつかったりしないように時々動かなければならず、その時に気づけるチャンスがあります。が、この策は結局無駄に終わり、ただ床が汚れただけでした。
次に凄く小さくなっている場合ですが、これはちょっと考えてみるとおかしな事に気づきます。もしもコス人が自身の肉体を自由に縮小出来たとして、果たして気づかれないように小さな身体にしながら、学校中を移動する自分達の追跡を続ける事が出来るでしょうか。身体が小さくなるという事は、それだけ歩幅も狭くなる訳で、おそらく気づかれないであろうレベル、例えば小指の爪程のサイズになったとしたら、廊下を渡りきるにも1日くらいはかかってしまうでしょう。かといって、元のサイズに戻れば見つかる可能性は高く、また、更に小さくなって自分かくりちゃんの衣服の一部に付着するとなる事も視野に入りましたが、これは何かの拍子に潰されるという危険性があります。それでも一応、理科準備室に入る前に、ボディーチェックは済ませましたが(この時、息子的にはやや危険ではありました)、異変はこれといってありませんでした。
よって、上に挙げた2つの能力によってコス人が隠れている可能性は非常に低いと言えます。
別の可能性として、コス人がここではない、少なくとも校内のどこかに隠れており、そこから遠隔狙撃を行っていた可能性が考えられますが、状況を考えると、こちらの可能性も低いと言わざるを得ないようです。
理科準備室は今、完全なる密室状態にあります。その中にいる人物を狙撃しようとした場合、必要な能力は「遠隔視」のみではなく、「物質を通過させる」という、ある種のテレポート能力が必要になってきます。弾丸自体にそういった属性が付与され、壁を傷つける事なく中を狙撃出来るという能力ならば仕方がありませんが、今一度、原点に立ち返ってみてください。
相手の能力は、あくまでも「コスプレ」です。遠くを視る能力も、壁を貫通する弾丸も、「超能力」として解釈するならばありえる話ですが、「コスプレ好き」としては果たして的確と言えるでしょうか。
あくまでも、これは誇り高き変態同士の戦いです。
相手が使う能力の原動力は全て、自身のエロスから出てくるはずなのです。
それに、よくよく考えてみれば、こうして相手の姿が認識出来ていないにも関わらず、戦闘が続いている事自体が奇妙といえば奇妙なのです。おもらしはもちろんその見た目も大事ですが、尿の匂い、少女の息遣いも重要なファクターとなっており、遠くから見ているからというだけ戦闘を成立させられるとなると、こちらとしては堪った物ではありません。極上のおもらしを味わっていただくには、きちんと側にいてもらう必要があるという事です。ここに来ると、三枝委員長のアナウンスの曖昧さは実に憎らしく、もう1度あの身体を手中に収めた暁には、とてつもなくいやらしい事をしてやろうという現実逃避に近い決意もたった今固まりました。
「なぁ……なんとか三枝さんに掛け合って、一旦中止出来ないのか?」
頭を抱える自分を見かねてか、くりちゃんがそんな提案をしました。その表情は、自分の事を本気で心配しているように伺え、くりちゃんに気を使わせるなど自分もいよいよ追い詰められているな、と感じました。
その瞬間、自分はふと気づいたのです。
まさか、このくりちゃん自体がコス人のコスプレなのではないか?
くりちゃんが自分の事を心配するなんて、ある意味不自然です(言っていて少し悲しくなりますが)。透明でもない、小さくもない、遠くにもいない、どこにもいないとなれば、「目の前に見えている」という可能性しか結局残らず、芽生えた疑いは次第に膨らみ、内臓を圧迫し、耐え切れなくなって、口から零れ落ちました。
「くりちゃん……あなた、本物ですよね?」
驚く、くりちゃん。それが果たして心の底からの驚きだったのか、それともコス人であるがゆえに、驚いた「演技」をしているのか、普段ならばそのくらいを見分けるのは幼馴染として朝飯前なのですが、この極限状態、そしてコス人の正体不明ぶりからして、確実な判断が下せません。
「ど、どうやってあたしが偽者だって証拠だよ!」狼狽するくりちゃん。これまた見ようによっては本物らしく、見ようによっては迫真の演技。「今朝からずーっと一緒にあんたといたし、そ、それにさっきの黒人がいくらコスプレしたってあたしにはならないだろ!」
おそらく体格的な事であるとか、性格や口癖的な事を指しての指摘なのでしょうが、それも含めてのHVDO能力「コスプレ」であると解釈する事はあながち不可能ではありません。そもそもあの黒人の見た目からして、わざとらしいといえばわざとらしい。つまり、最初は「黒人のコスプレ」をして登場し、それから隙を見て「くりちゃんのコスプレ」に着替え、すり替わった。そういう風に考えると、残念ながら、全ての謎が解決してしまうのです。
「くりちゃん。自分もくりちゃんを疑いたくはありません。しかし……」
自分は黙ったまま、くりちゃんの両目を見つめました。
可能性を一つ一つ虱潰しにしていくと、どうしてもこの疑惑にぶち当たってしまうのです。それだけ自分が追い詰められているという事なのか、それとも本当に……。くりちゃんは自分から目を逸らさず、かといって疑われている事に対して激怒するでもなく、おしっこを我慢している癖に、やけに凛とした表情で、自分をただ見ていました。
磨り減っていく精神と、粉になる感情。石臼のような沈黙。
しばらくの後、くりちゃんは何の前触れもなしに、しっかりとした口調でこう言ったのです。
「……分かった。あたしも、覚悟を見せないといけないって事だよな?」
自分は疑問符を浮かべましたが、次にくりちゃんが取った行動を止める事は出来ませんでした。
「敵がコスプレ好きっていうなら、1番されて嫌な事をしてやる! あんたに協力するって決めたからには、これくらいの事が出来なくちゃ嘘だ! あたしの覚悟、見せてやるよ!!」
自分がくりちゃんの右手に持っている物に気づいた時、既に行動は完了していました。自分はこれまで、くりちゃんはただの文句ばかりの常識人で、一方的な暴力は振るう癖に、窮地に陥ればすぐに人を頼るという、おもらし姿がかわいいという事が唯一の取り柄とも言える情けない処女だとばかり認識していたのですが、どうやらそれには誤解があったようです。
覚悟を決めたくりちゃんは強い。
ある意味ある状況においては、自分よりも遥かに「ぶっ飛んで」いて、自分等を指す変態というベクトルとはまた少し違いますが、強烈な個性を持った人間であると理解したのです。
くりちゃんは、自身のチャイナドレスの裾に「火」をつけました。
これは何ら比ゆ的な表現ではなく、ただ単にマッチを持って、それで火を起こし、自らの着ている服にそれで着火したのです。
「うおあぁっっっちぃ!!!」
当たり前です。チャイナドレスのひらひらについた火は、すぐに燃え広がり、くりちゃんの太ももを焦がしました。
「何をしているんですか!」
自分は心の底からそう叫び、裾についた火を消そうと試みましたが、こちらも素手ですし、思うようにはいきません。本能が火傷を恐れ、身体が脳からの命令を拒否するのです。というより、くりちゃんは自分から逃げるような動きを見せて、更に事態が悪化します。いえ、くりちゃん自身がそれを狙っているのだとしたら、一概に悪化とも言い切れませんが、しかしこれは最早、性癖バトルだとかふざけている場合ではありません。純然たる命の危機です。
咄嗟に、自分は消火器の存在を思い出しました。おそらくこういった事故を防ぐ為に、あらかじめ用意されている消火器格納箱。それは部屋の隅に「2つ」存在しています。
2つ?
奇妙な感覚に襲われました。異常事態に焦ってはいつつも、日々に培ってきた論理的思考はここぞという時に働き、その疑問を放っておきはしませんでした。
いくら理科準備室に、危険な薬品類があり、なおかつ火の取り扱いもある為消火器が用意されているとしても「2つ」も用意しておく必要があるのだろうか。
「あちちちちちち!!!」
くりちゃんのマジ悲鳴も、今は遠くに聞こえます。やがて自分は1つの答えに辿り着きました。コス人の謎。真の解答。コス人は、ずっと近くにいたのです。ただ、常に「気にする程の物」ではなかった!
自分は片一方の消火器格納箱に触れました。鉄ではない、明らかに人の肌の感触。真っ赤な身体は、それと認識すれば何て事はない。胸のあたりに白文字で「消火器格納箱」と書かれているだけの、ただの赤い全身タイツを着たガチムチでした。
「……消せ……能力……使え……」
コス人の言葉に、自分は己の存在意義を思い出しました。そもそも消火器など必要なかったのです。よく知る幼馴染のした、予期せぬ突然の行動に自分は混乱していたのです。くりちゃんに駆け寄り、肩を掴み、黄命を発動させます。
「そこだ!」
「ひゃっ」
くりちゃんの股から溢れ出したものすごい量の尿は、シャワーとなって即鎮火に成功しました。
コス人の能力は、着たコスチュームに「なりきる事」。「消火器格納箱」になりきったコス人は、その究極の「なりきり」から自分とくりちゃんの認識から外れたまま、ずっと側にいたのです。くりちゃんの行動は無謀で、今後一切こういう事はしないようにと後で叱るつもりですが、しかし結果的に、コス人の発見へと繋がりました。自分が消火器格納箱を気に留め、触れなければ、この勝負、負けていたのは確実です。
そして続く爆発音。コス人は倒れ際、かろうじて召喚した銃から弾丸を発射していきました。それは決して、自分に一矢報いようとして出した悪あがきではありません。何故なら、彼はチャイナドレスについた火を自分の能力で消すように指示しました。
コス人の死に際に放った弾丸はくりちゃんに命中し、くりちゃんは「バニーガール」に変身し、その弾丸は正確に自分の好みを撃ち抜いていましたが、自分の勃起率はどうにか99%で踏みとどまり、これにて決着となりました。
コス人に対する勝利は、自分だけの物ではありません。
らしくないではないか、と思われるかもしれませんが、自分は、くりちゃんを素材に選んでよかったと本心から思っているのです。性癖を賭けて戦う以上、その性癖が最大限に発揮される人物を選ぶのは極々当たり前の事ですが、そういった意味だけではなく、腹を括ったくりちゃんの、処女の癖に男気溢れる覚悟が道を拓いたという事は、事前にきちんと協力を仰ぎ、いわば共同戦線を張った経緯の賜物であり、対緊縛男戦も、対コス人戦も、2vs1だからこそ手に入れる事が出来た勝利であったと、自分は感謝の気持ちを抑え切れません。
ひいてはこのままくりちゃんを悲しみのおもらしモンスターとして育てあげ、四六時中、望まずともその辺でおもらししてしまう、尿道の緩くてかわいいゆるもら系女子を目指していただく形で事を運びたいという所存もあり、この変態トーナメントは、くりちゃんの肉体及び性癖を開発するにあたってすこぶる便利な催しであるという事は認めざるを得ません。
しかしそれは、HVDOの、より的確にいえば崇拝者の望みを叶えてしまう恐れもあるのです。
自分とて、こうしてふざけてはいつつも、あの日に点った復讐心を忘れている訳ではなく、望月先輩とハル先輩の無念は必ず晴らしますし、もしも崇拝者が、くりちゃんの望まぬ形での処女喪失を望むとあれば、それを阻止するのに全てを費やす覚悟ですし、また、三枝委員長が今までよりも明らかな敵対関係にあると確信した暁には、不利を承知の上でも挑ませていただくと、ここで明言しておきます。
とはいえ、三枝委員長主催の変態トーナメントにおいて、自分は既に2連勝を収め、あまつさえ第六能力まで手にいれてしまった事は紛れのない事実であり、三枝委員長と崇拝者が既に蜜月の関係にあれば、これは敵を育てるような行為であるとも言え、自分も違和感を覚えないではないのですが、1歩間違えれば敗北し、しばらくの性的不能者となっていた可能性も考慮すると、未練がましくも儚い夢はゴミ箱へと捨てて、やはり敵と見るのが妥当なようです。
よって、自分としてはこれからのスタンスに変わりはなく、敵とあれば何者でも倒し、やがては崇拝者も打倒し、世界中の美少女を頻尿に貶めるのに邁進していく所存でありますので、どうかご期待の程をかけていただきたいと思います。
無事、所信表明も終わった所で、まず済ませなければならない事があります。
「……何だよその目は?」
コス人戦後、見事にバニーガール姿のまま、その後の授業を受けきったくりちゃんの席の前に仁王立ちになり、自分は無言で睨み、見下しました。
「つーか何でこの能力解除されないんだよ。めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」
そんな事、今はどうでも良いのです。ぴょんと立った兎耳も、お尻についたぽんぽんも、ふとももを卑猥に見せる網タイツも、今はどうでも良いのです。そう、もっと大事な事があります。
「くりちゃん」と、自分は真剣に呼びかけます。
「……何だよ?」
「もう2度とあのような勝手な真似はやめてください」
「……」
くりちゃんは不服そうに怪訝なまなざしを向けてきましたが、自分はあくまでも毅然とした態度を守ります。
「確かに、先程の戦いはくりちゃんのおかげで勝利する事が出来ました。しかし自分はくりちゃんを傷つけてまで勝利したいとは思いません。自分の服に火をつけるなど言語道断、狂気の沙汰です。分かったらもう2度としないと約束してください。あとその衣装、この角度からだと薄桃色の乳首が胸元からちらちら見えているので、いい加減にしてください」
くりちゃんは若干頬を赤らめたものの、変わらぬふくれっつらのまま手で胸元を隠しました。
「あ、あの時は、ああするしかなかっただろ。あたしがトイレに行くのをあんたが不機嫌そうに見るのと同じで、コスプレ好きの変態なら服を燃やされるのが1番嫌だと思ったんだ。だから……」
緩やかに力を失っていく言葉と、落ちていく視線。
「くりちゃん!」
語気を強め、肩を掴み、自分はその小さな身体を揺さぶります。
「約束してください」
いよいよくりちゃんもただならぬ事態を察したのか、しおらしくなった憎まれ口で答えました。
「……ああ、分かったよ。つーかあたしに触るな。おしっこが漏れる」
漏らせば良いではないですか。とも思ったのですが、制服が消滅した関係上(コス人いわく、数時間で元に戻るそうですが)、バニーすらお釈迦になると、くりちゃんだけガチの全裸下校をする羽目になってしまい、それは流石にかわいそうと思い自重しました。
「火傷などは大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。さっきから何回確認すんだよ」
網タイツで覆われたふとももを眺めつつ、ああ、ここにおしっこが垂れていく様は最高だろうなぁと妄想していると、自分の気分もやや晴れ、何、過ぎてしまった事は仕方がないと、諦めがつくようになってきました。
「バニちゃん、いや、くりちゃん」
「舐めてんのか」
「ふとももは大事にしてください。おもらし淑女の嗜みですよ」
「死ね変態」
さっぱり系の罵倒を残し、そそくさとトイレへ行くくりちゃん。
自分が1人になった所をまるでどこかから監視していたかのように(可能性としては十分ありえるのですが)、再びのアナウンスが流れ、自分の3連戦が決定しました。メジャーリーグでもあり得ないレベルの連投っぷりに、そろそろ本気で抗議の申し立ても考え始めましたが、まあ確かに、マッチングの間隔について三枝委員長は何も明言していませんでしたし、それを確認せずに参加した自分がつまりは迂闊だったという訳です。
そして肝心の次の対戦相手ですが……これについては少し困った事になりそうでした。
はてさて、どうしたものか。と思案していると、戻ってきたくりちゃんは、おそらくトイレ内でアナウンスを聞いたのでしょう。顔面を真っ赤にしながら、ぷるぷると小刻みに震えていました。
触れた相手の膀胱に、最大量の3分の1の尿を溜める。
以前から、いえ、具体的に、この純粋で強力な能力を手に入れ、等々力氏によって他の性癖を持つHVDO能力者がいる事を知った段階から、自分は今日相手にする者の事を、なんとなく、ぼんやりとではありましたが、想像、というより想定はしていたのです。
言ってみればこれは、因縁の試合です。春木氏や崇拝者とはまた違った意味で、この性癖と自分は戦う運命にあると言い切る事が出来ます。明日が明日来るように、好きな作品がいつかは終わるように、避けられないであろうという当然。それが今、やって来ました。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!! 絶対嫌だ!!!」
子供のように駄々をこねるくりちゃんを引きずりながら、放課後、自分は再び生徒会室へとやってきました。
コス人戦において、あれだけの覚悟を見せたくりちゃんが、舌の根も乾かぬ内にこの拒否り様。分からない訳ではありません。というより、この性癖を聞いてノリノリで来たらそれはそれで最悪です。見損なうまであります。
「くりちゃん。我侭言わないでくださいよ。一緒に戦ってくれると約束したではないですか」
「うぅ……で、でも、今回のは流石に駄目だろ……あ、そうだ! 三枝さんに素材になってもらえよ! あの人なら問題なくやるだろ!」
この期に及んでよくも失礼な事を言ってくれるものだ。と感心しながらも、自分はくりちゃんを無言で引っ張ります。
「お前ら頭おかしい! 絶対おかしいって! 何でよりにもよって……う……お、お前ら馬鹿じゃないのか!? どういう神経してんだよ!」
なりふり構わず喚き散らすくりちゃん。それも仕方のない事ですが、いい加減腹を括って欲しい所です。覚悟したくりちゃんは強い。と、自分も自信満々に言ってしまった手前、この狼狽っぷりは見るに耐えず、さっさと戦いのゴングを鳴らしてしまう他に方法はありません。
教室のドアを開けると、既に着席していた先方と目があいました。
「あなたが性癖おもらしの方ですか?」
「ええ、そうです。では、あなたが?」
「はい。間違いありません」
感情の読み取れない仏頂面に、気に障るほどの丁寧口調。年齢は高校生ほどで、背は高く、誰かと似ているな、と一瞬思いましたが、すぐには思い出せません。
「まず初めに、今回僕はあなたと性癖バトルで戦うつもりはないのです」
と、相手。本来ならば予想外の一言でも、この場合において、自分にとって驚きには値しませんでした。
「では、どうやって決着をつけようとお考えですか?」
「話し合いです」
これまでの性癖バトルを知っている人からすれば、これは拍子抜けというか、ブーイングさえ起きかねない提案だと予想されますが、しかしながら、それも無理からぬ事です。自分とこの人物が本気でHVDO能力を駆使して戦えば、まず「酷い事」になる。少なくとも絵面上、そして衛生上、大変よろしくない結果を巻き起こしてしまい、最悪の場合共倒れ、更にくりちゃん自殺という流れになってしまう恐れがあるのです。
「……分かりました。話し合いで決着をつけましょう。ですが、とりあえず宣言だけはさせてもらってよろしいですか? おそらくこの様子も、三枝委員長に監視されているでしょうし」
「そうですね。宣言さえしておけば、戦っているという形にはなるでしょう」
確認も取れたので、自分は改めて、今日3度目の言葉を口に出しました。
「自分は、美少女のおもらしが大好きです」
そして相手はこう返すのです。
「はい。僕も美少女のおもらしが大好きです。うんこの方ですが」
くりちゃんが叫び、泣き崩れました。
「うああああ……」
らしくないではないか、と思われるかもしれませんが、自分は、くりちゃんを素材に選んでよかったと本心から思っているのです。性癖を賭けて戦う以上、その性癖が最大限に発揮される人物を選ぶのは極々当たり前の事ですが、そういった意味だけではなく、腹を括ったくりちゃんの、処女の癖に男気溢れる覚悟が道を拓いたという事は、事前にきちんと協力を仰ぎ、いわば共同戦線を張った経緯の賜物であり、対緊縛男戦も、対コス人戦も、2vs1だからこそ手に入れる事が出来た勝利であったと、自分は感謝の気持ちを抑え切れません。
ひいてはこのままくりちゃんを悲しみのおもらしモンスターとして育てあげ、四六時中、望まずともその辺でおもらししてしまう、尿道の緩くてかわいいゆるもら系女子を目指していただく形で事を運びたいという所存もあり、この変態トーナメントは、くりちゃんの肉体及び性癖を開発するにあたってすこぶる便利な催しであるという事は認めざるを得ません。
しかしそれは、HVDOの、より的確にいえば崇拝者の望みを叶えてしまう恐れもあるのです。
自分とて、こうしてふざけてはいつつも、あの日に点った復讐心を忘れている訳ではなく、望月先輩とハル先輩の無念は必ず晴らしますし、もしも崇拝者が、くりちゃんの望まぬ形での処女喪失を望むとあれば、それを阻止するのに全てを費やす覚悟ですし、また、三枝委員長が今までよりも明らかな敵対関係にあると確信した暁には、不利を承知の上でも挑ませていただくと、ここで明言しておきます。
とはいえ、三枝委員長主催の変態トーナメントにおいて、自分は既に2連勝を収め、あまつさえ第六能力まで手にいれてしまった事は紛れのない事実であり、三枝委員長と崇拝者が既に蜜月の関係にあれば、これは敵を育てるような行為であるとも言え、自分も違和感を覚えないではないのですが、1歩間違えれば敗北し、しばらくの性的不能者となっていた可能性も考慮すると、未練がましくも儚い夢はゴミ箱へと捨てて、やはり敵と見るのが妥当なようです。
よって、自分としてはこれからのスタンスに変わりはなく、敵とあれば何者でも倒し、やがては崇拝者も打倒し、世界中の美少女を頻尿に貶めるのに邁進していく所存でありますので、どうかご期待の程をかけていただきたいと思います。
無事、所信表明も終わった所で、まず済ませなければならない事があります。
「……何だよその目は?」
コス人戦後、見事にバニーガール姿のまま、その後の授業を受けきったくりちゃんの席の前に仁王立ちになり、自分は無言で睨み、見下しました。
「つーか何でこの能力解除されないんだよ。めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」
そんな事、今はどうでも良いのです。ぴょんと立った兎耳も、お尻についたぽんぽんも、ふとももを卑猥に見せる網タイツも、今はどうでも良いのです。そう、もっと大事な事があります。
「くりちゃん」と、自分は真剣に呼びかけます。
「……何だよ?」
「もう2度とあのような勝手な真似はやめてください」
「……」
くりちゃんは不服そうに怪訝なまなざしを向けてきましたが、自分はあくまでも毅然とした態度を守ります。
「確かに、先程の戦いはくりちゃんのおかげで勝利する事が出来ました。しかし自分はくりちゃんを傷つけてまで勝利したいとは思いません。自分の服に火をつけるなど言語道断、狂気の沙汰です。分かったらもう2度としないと約束してください。あとその衣装、この角度からだと薄桃色の乳首が胸元からちらちら見えているので、いい加減にしてください」
くりちゃんは若干頬を赤らめたものの、変わらぬふくれっつらのまま手で胸元を隠しました。
「あ、あの時は、ああするしかなかっただろ。あたしがトイレに行くのをあんたが不機嫌そうに見るのと同じで、コスプレ好きの変態なら服を燃やされるのが1番嫌だと思ったんだ。だから……」
緩やかに力を失っていく言葉と、落ちていく視線。
「くりちゃん!」
語気を強め、肩を掴み、自分はその小さな身体を揺さぶります。
「約束してください」
いよいよくりちゃんもただならぬ事態を察したのか、しおらしくなった憎まれ口で答えました。
「……ああ、分かったよ。つーかあたしに触るな。おしっこが漏れる」
漏らせば良いではないですか。とも思ったのですが、制服が消滅した関係上(コス人いわく、数時間で元に戻るそうですが)、バニーすらお釈迦になると、くりちゃんだけガチの全裸下校をする羽目になってしまい、それは流石にかわいそうと思い自重しました。
「火傷などは大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。さっきから何回確認すんだよ」
網タイツで覆われたふとももを眺めつつ、ああ、ここにおしっこが垂れていく様は最高だろうなぁと妄想していると、自分の気分もやや晴れ、何、過ぎてしまった事は仕方がないと、諦めがつくようになってきました。
「バニちゃん、いや、くりちゃん」
「舐めてんのか」
「ふとももは大事にしてください。おもらし淑女の嗜みですよ」
「死ね変態」
さっぱり系の罵倒を残し、そそくさとトイレへ行くくりちゃん。
自分が1人になった所をまるでどこかから監視していたかのように(可能性としては十分ありえるのですが)、再びのアナウンスが流れ、自分の3連戦が決定しました。メジャーリーグでもあり得ないレベルの連投っぷりに、そろそろ本気で抗議の申し立ても考え始めましたが、まあ確かに、マッチングの間隔について三枝委員長は何も明言していませんでしたし、それを確認せずに参加した自分がつまりは迂闊だったという訳です。
そして肝心の次の対戦相手ですが……これについては少し困った事になりそうでした。
はてさて、どうしたものか。と思案していると、戻ってきたくりちゃんは、おそらくトイレ内でアナウンスを聞いたのでしょう。顔面を真っ赤にしながら、ぷるぷると小刻みに震えていました。
触れた相手の膀胱に、最大量の3分の1の尿を溜める。
以前から、いえ、具体的に、この純粋で強力な能力を手に入れ、等々力氏によって他の性癖を持つHVDO能力者がいる事を知った段階から、自分は今日相手にする者の事を、なんとなく、ぼんやりとではありましたが、想像、というより想定はしていたのです。
言ってみればこれは、因縁の試合です。春木氏や崇拝者とはまた違った意味で、この性癖と自分は戦う運命にあると言い切る事が出来ます。明日が明日来るように、好きな作品がいつかは終わるように、避けられないであろうという当然。それが今、やって来ました。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!! 絶対嫌だ!!!」
子供のように駄々をこねるくりちゃんを引きずりながら、放課後、自分は再び生徒会室へとやってきました。
コス人戦において、あれだけの覚悟を見せたくりちゃんが、舌の根も乾かぬ内にこの拒否り様。分からない訳ではありません。というより、この性癖を聞いてノリノリで来たらそれはそれで最悪です。見損なうまであります。
「くりちゃん。我侭言わないでくださいよ。一緒に戦ってくれると約束したではないですか」
「うぅ……で、でも、今回のは流石に駄目だろ……あ、そうだ! 三枝さんに素材になってもらえよ! あの人なら問題なくやるだろ!」
この期に及んでよくも失礼な事を言ってくれるものだ。と感心しながらも、自分はくりちゃんを無言で引っ張ります。
「お前ら頭おかしい! 絶対おかしいって! 何でよりにもよって……う……お、お前ら馬鹿じゃないのか!? どういう神経してんだよ!」
なりふり構わず喚き散らすくりちゃん。それも仕方のない事ですが、いい加減腹を括って欲しい所です。覚悟したくりちゃんは強い。と、自分も自信満々に言ってしまった手前、この狼狽っぷりは見るに耐えず、さっさと戦いのゴングを鳴らしてしまう他に方法はありません。
教室のドアを開けると、既に着席していた先方と目があいました。
「あなたが性癖おもらしの方ですか?」
「ええ、そうです。では、あなたが?」
「はい。間違いありません」
感情の読み取れない仏頂面に、気に障るほどの丁寧口調。年齢は高校生ほどで、背は高く、誰かと似ているな、と一瞬思いましたが、すぐには思い出せません。
「まず初めに、今回僕はあなたと性癖バトルで戦うつもりはないのです」
と、相手。本来ならば予想外の一言でも、この場合において、自分にとって驚きには値しませんでした。
「では、どうやって決着をつけようとお考えですか?」
「話し合いです」
これまでの性癖バトルを知っている人からすれば、これは拍子抜けというか、ブーイングさえ起きかねない提案だと予想されますが、しかしながら、それも無理からぬ事です。自分とこの人物が本気でHVDO能力を駆使して戦えば、まず「酷い事」になる。少なくとも絵面上、そして衛生上、大変よろしくない結果を巻き起こしてしまい、最悪の場合共倒れ、更にくりちゃん自殺という流れになってしまう恐れがあるのです。
「……分かりました。話し合いで決着をつけましょう。ですが、とりあえず宣言だけはさせてもらってよろしいですか? おそらくこの様子も、三枝委員長に監視されているでしょうし」
「そうですね。宣言さえしておけば、戦っているという形にはなるでしょう」
確認も取れたので、自分は改めて、今日3度目の言葉を口に出しました。
「自分は、美少女のおもらしが大好きです」
そして相手はこう返すのです。
「はい。僕も美少女のおもらしが大好きです。うんこの方ですが」
くりちゃんが叫び、泣き崩れました。
「うああああ……」
大便か、それとも小便か。
「社会的動物である人間にとって、最も禁忌な行動。それが『うんこを漏らす』という事です。どんなに清潔で整った場面においても、ただこの行動をとるだけで全ての流れは断ち切れ、問題は一点に集中します」
「しかしそれはおしっこも同じではないですか? 国会での答弁中に首相がおしっこを盛大に漏らせば、明日の新聞の見出しは決まったようなものです」
「確かにその場合、漏らしたのがうんこでもおしっこでも、その行為自体が社会に与える影響はさして変わりはないかもしれません。しかしながら、大便の放つ存在感、臭い、物的証拠能力は尿のそれを遥かに凌駕するはずです」
「果たしてそうでしょうか? それはブツが固形状か液状かにもよるのでは? 仮に固形状、つまりソリッドだった場合、パンツの種類にもよりますが、その場を何とか誤魔化して逃げられる可能性もあります。もちろんリキッドだった場合は不可能ですが、でしたら最初からリキッドしかないおしっこを漏らす行為の方が、遥かに目立つはずです」
「そうとは限りません。その場合、首相が汗っかきならば汗として誤魔化せる可能性はあります」
「見た目は誤魔化せても、尿の香ばしい臭いまでは誤魔化せないはずです」
「ならば大便も臭いについては誤魔化しがきかないと指摘させていただきます」
「それは食生活にもよるでしょう」
「小便もそれは同じです」
「……ふむ。一旦落ち着きましょう」
「その必要があるようです」
「まず、大前提として、僕は何も人類全てのうんこ漏らしを肯定している訳ではなく、性的魅力に溢れた女子、いわゆる美少女の行為にこそ価値があると提唱する立場です」
「自分もそれは同じです。首相がどうだなどという例え話は正直どうでも良く、重要なのは女子が意図せずおしっこを漏らし、顔を赤らめるその仕草です」
「同意します。ただ、脱糞の場合はそこにカタルシスが伴うと付け加えます」
「カタルシス? 脱糞時の開放感ですか?」
「あなたも人間ならば味わった事があるはずです。我慢していた物を排泄した時のあの独特の快感。この事からも、脱糞は歴とした性行為であると捉えられ、放尿よりも上の立場をとります」
「異議を唱えます。確かに、脱糞はカタルシスを伴う行為ですが、放尿もそれは同じ。と主張すれば脱糞の方が遥かに快感が大きいと仰られると思われますが、あえてそれは肯定します。ただし、尿道口の物理的配置は、男女ともに肛門より性器に近く、どちらも排泄の最中は性器をより誇張する形で行為をします。よって、放尿の方が性行為に近い」
「確かに、それは一理ありますが、しかし肛門を性器として捉える事は可能です。同じく穴な訳ですし、挿入も不可能ではない訳です」
「おや? あなたはあくまでもおもらし脱糞フェチであり、肛門性交フェチではないのではないですか?」
「一般論を述べたまでです」
「アナルセックスを一般論と称するにはやや無理があると思われます」
「しかし現実に穴はありますし、そこからは大便が出てくる事もできれば、男性器やディルドを挿入する事が出来る。機能としての話をしているのです」
「ならば機能面においても尿の圧勝であると考えられます」
「何故?」
「先程、重要なのは美少女のおもらしであるというコンセンサスが出来上がりましたが、アナルから出る大便の場合、男でもその出現風景は変わらないはずです。まともな人間ならば大便は便器に座ってします。しかし小便の場合は、男は立って、女は座ってするのが一般的です。男女の差別化という意味では、アナルはその機能を果たしていません。それに何より、アナルセックスは元来ゲイの象徴です。そこから出る大便もまた、ゲイの象徴であると捉えて差し支えないのではないですか」
「拡大解釈が過ぎます。脱糞における魅力の根源は少女の美しさと大便の醜さのギャップにあるのです。脱糞とアナルセックスに対する価値観は別問題です」
「別問題であればあるほど、性的魅力の根源からはかけ離れていきますよ。性器との位置関係には側面的な意味合いも含まれるはずです」
「その理屈の到達地点はセックスです。ただ単に性行為がしたいのであれば放尿はむしろ反対の行為ではないですか? 尿と潮噴きは違うという見解が常識ですが」
「確かに、尿と潮噴きは別物です。自分はそういう事を言っている訳ではありません。しかし快感のあまりにおしっこを漏らす事は多々あります。他にも、恐怖や感動が度を過ぎると、おしっこが漏れるという結果を引き起こす場合があり、これは尿が感情と直結している事を示す事例で、つまりおもらしは人間の肉体的芸術。究極の感情表現と言い換える事が出来る、美しい行為です」
「脱糞も例外ではないのではないでしょうか?」
「いえ、感動での脱糞はその度合いを極端に薄くします。二次元ではこの限りではないかもしれませんが、現実的にはその後の処理、及び臭いのきつさ、ブツの内容が気にかかってそれどころではありません」
「しかしインパクトの大きさはこちらの方が上です」
「それを演出過剰と呼ばずして何と呼ぶのでしょうか。例えるならば、すれ違っていた想いがようやく通じ合って、夜景をバックに誓いのキスを交わす男女2人。が、脱糞。どう考えてもおかしいとは思いませんか。おもらしならば絵になるはずです」
「僕はそうは思いません。脱糞も失禁も、その場面で言えば台無しになる事は同じです。あとはどちらを美しいと捉えるか、価値観の問題です」
「やはり水掛け論になりますか」
「仕方のない事でしょう。再度別の角度からうんことおしっこについて考えていく必要があります」
「質問ですが、あなたはうんこは食べられるのですか?」
「難しい質問ですが、必要があれば食べます」
「必要とは?」
「美少女が自身のうんこを食べられて恥ずかしがるという事実です。タッパに詰めて受験勉強の間々にお夜食感覚でぺろりする気位はありませんが、プレイの一環としてならば、相手の性格も考慮にいれた上で許容する場合があるという事です」
「なるほど、それには自分も同感です。しかし尿と違って大便は健康面への配慮が必要なのではないでしょうか。深刻な感染症や寄生虫の可能性が大きく、一方で尿ならばその心配はほぼありません。ポカリ感覚でゴクゴクいけます」
「否定は出来ません。しかしながら、だからこそ行為に価値があり、辱めも強力であるとも言えます」
「重要なのは恥辱であると、その考えについては自分も心から同意します」
「ハードSMにおいても糞尿はほぼ一緒くたにされますし、どうも僕とあなたは似ているらしいですね」
「排泄という本来秘密である行為を暴露するその快感と」
「強烈な背徳心を持ちつつ支配から解き放たれる肉体が」
「幾重にも重なる下品な旋律を奏でつつ五感を刺激して」
「やがて美少女は卑猥の化身と化し脳下垂体を虜にする」
「くりちゃん」
「どうか1つ」
「「ここでおもらしをしてくれませんか?」」
『絶ッッッッッッッ対ヤダ!!!』
もしも違う出会い方をしていらのならば、唯一無二の親友になれたのではないだろうかというほどに、自分と彼はよく似ています。どこかで袂を分かてども、生理現象を祖にする2人の性癖は、白熱する議論の果てにやがては同じ結論に辿り着くのです。
実際におもらしを見るしかない。
それでも尚、断固として断るくりちゃん。無理やりに能力を発動すれば絶対自殺すると断言してからというもの状況は硬化し、HVDO能力を封印しての討論会は不毛なまま何時間も経過していました。外は既に真っ暗で、おそらく校舎にも一般生徒は残されておらず、深夜の学校、生徒会室にて、ボケ2人処女1人の斬新な漫才ユニットによる消耗戦は続きます。
そのおおよその流れは上に挙げた通りであり、相手の揚げ足をとっての理論展開の後、新たな角度からの大便と小便の比較というほとんど同じ会話のループを行い、最終的な着地点はくりちゃんの尿道と肛門という救いようのない会話を自分達は繰り返しました。
不思議と、相手の隙を突いて能力を発動させるという野暮な抜け駆けは2人ともしませんでした。いつからか、それは男気に欠ける行為であるという共有認識が生まれ、くりちゃん自身の自然な新陳代謝に任せる雰囲気になったのですが、くりちゃんもそれを察してか、頑なに飲み物も食べ物も口にせず、どこから聞きつけたのか等々力氏による差し入れであるカレーとレモンティーにも一切手をつけないまま、じっと座っていました。
そしてこの勝負は、実に意外な形で、それこそ肩透かしのような不本意な形で、しかしある意味おもらしの根源たる形で決着がついたのでした。
申し訳ない事に、自分には深夜2時を回った頃からの記憶がありません。こんなに熱い議論の最中に寝てしまうなど、しかもくりちゃんの尿意も便意もピークに差し迫っていた頃に落ちてしまうなど、はっきり言ってHVDO能力者失格とも言うべき失態なのですが、とにかく自分はぷつりと意識が途切れるように爆睡してしまったのです。
次の日の朝の目覚めは、彼の股間の爆発音でした。慌てて目覚めると、彼が股間を庇うようにして蹲り、くりちゃんが机の上で仰向けにひっくり返りながら股間をびしょびしょにしていたのです。平和そうな顔でぽけーっと口をあけながらの放尿。これはいわゆる、オモラシーオブチルドレンスタイル。つまるところ、「おねしょ」という奴です。自分よりも早く起きた彼はきっと、このくりちゃんのマヌケながらもエロい姿を見て暴発してしまったのでしょう。
うずくまったまま無言で痛みに耐える姿を見ると、自分はどう声をかけていいやら分かりませんでしたが、彼は顔をあげないまま、苦しそうに言いました。
「……こんな風に終わってしまって、謝罪の言葉もありません。……だけど、これで良かったのかもしれないとも思います。……あなたの、というより、あなたと彼女の勝ちです」
「いえ、もしも自分の方が起きるのが早くて、くりちゃんがパンツをこんもりさせていたら自分の方が負けていた事でしょう」
彼は脂汗の滲む顔をあげ、無理に笑顔を作りました。
「とにかく……これであなたは第七能力を手に入れた」
自分は頷きます。まだ第五も第六も処理してないというのに、この能力は……。
「おそらく次に戦うであろう相手の事を僕は知っています。これはあなたを友と認めての忠告です。次の試合、もしもあなたが後手になって素材を選ぶ場合、彼女だけは選ばない方が得策だと思われます。なぜなら……」
「そこまで」
彼の言葉を遮って、ふわりと良い匂いがしました。
「そこからの発言は、大会の運営を妨害する行為と見なします」
久々に間近に見る三枝委員長の姿は、誇張なしに光を纏っているように見え、会ったらすぐに言いたかったはずの沢山の言葉は、途端にぼろぼろと崩れて形を無くしました。
「社会的動物である人間にとって、最も禁忌な行動。それが『うんこを漏らす』という事です。どんなに清潔で整った場面においても、ただこの行動をとるだけで全ての流れは断ち切れ、問題は一点に集中します」
「しかしそれはおしっこも同じではないですか? 国会での答弁中に首相がおしっこを盛大に漏らせば、明日の新聞の見出しは決まったようなものです」
「確かにその場合、漏らしたのがうんこでもおしっこでも、その行為自体が社会に与える影響はさして変わりはないかもしれません。しかしながら、大便の放つ存在感、臭い、物的証拠能力は尿のそれを遥かに凌駕するはずです」
「果たしてそうでしょうか? それはブツが固形状か液状かにもよるのでは? 仮に固形状、つまりソリッドだった場合、パンツの種類にもよりますが、その場を何とか誤魔化して逃げられる可能性もあります。もちろんリキッドだった場合は不可能ですが、でしたら最初からリキッドしかないおしっこを漏らす行為の方が、遥かに目立つはずです」
「そうとは限りません。その場合、首相が汗っかきならば汗として誤魔化せる可能性はあります」
「見た目は誤魔化せても、尿の香ばしい臭いまでは誤魔化せないはずです」
「ならば大便も臭いについては誤魔化しがきかないと指摘させていただきます」
「それは食生活にもよるでしょう」
「小便もそれは同じです」
「……ふむ。一旦落ち着きましょう」
「その必要があるようです」
「まず、大前提として、僕は何も人類全てのうんこ漏らしを肯定している訳ではなく、性的魅力に溢れた女子、いわゆる美少女の行為にこそ価値があると提唱する立場です」
「自分もそれは同じです。首相がどうだなどという例え話は正直どうでも良く、重要なのは女子が意図せずおしっこを漏らし、顔を赤らめるその仕草です」
「同意します。ただ、脱糞の場合はそこにカタルシスが伴うと付け加えます」
「カタルシス? 脱糞時の開放感ですか?」
「あなたも人間ならば味わった事があるはずです。我慢していた物を排泄した時のあの独特の快感。この事からも、脱糞は歴とした性行為であると捉えられ、放尿よりも上の立場をとります」
「異議を唱えます。確かに、脱糞はカタルシスを伴う行為ですが、放尿もそれは同じ。と主張すれば脱糞の方が遥かに快感が大きいと仰られると思われますが、あえてそれは肯定します。ただし、尿道口の物理的配置は、男女ともに肛門より性器に近く、どちらも排泄の最中は性器をより誇張する形で行為をします。よって、放尿の方が性行為に近い」
「確かに、それは一理ありますが、しかし肛門を性器として捉える事は可能です。同じく穴な訳ですし、挿入も不可能ではない訳です」
「おや? あなたはあくまでもおもらし脱糞フェチであり、肛門性交フェチではないのではないですか?」
「一般論を述べたまでです」
「アナルセックスを一般論と称するにはやや無理があると思われます」
「しかし現実に穴はありますし、そこからは大便が出てくる事もできれば、男性器やディルドを挿入する事が出来る。機能としての話をしているのです」
「ならば機能面においても尿の圧勝であると考えられます」
「何故?」
「先程、重要なのは美少女のおもらしであるというコンセンサスが出来上がりましたが、アナルから出る大便の場合、男でもその出現風景は変わらないはずです。まともな人間ならば大便は便器に座ってします。しかし小便の場合は、男は立って、女は座ってするのが一般的です。男女の差別化という意味では、アナルはその機能を果たしていません。それに何より、アナルセックスは元来ゲイの象徴です。そこから出る大便もまた、ゲイの象徴であると捉えて差し支えないのではないですか」
「拡大解釈が過ぎます。脱糞における魅力の根源は少女の美しさと大便の醜さのギャップにあるのです。脱糞とアナルセックスに対する価値観は別問題です」
「別問題であればあるほど、性的魅力の根源からはかけ離れていきますよ。性器との位置関係には側面的な意味合いも含まれるはずです」
「その理屈の到達地点はセックスです。ただ単に性行為がしたいのであれば放尿はむしろ反対の行為ではないですか? 尿と潮噴きは違うという見解が常識ですが」
「確かに、尿と潮噴きは別物です。自分はそういう事を言っている訳ではありません。しかし快感のあまりにおしっこを漏らす事は多々あります。他にも、恐怖や感動が度を過ぎると、おしっこが漏れるという結果を引き起こす場合があり、これは尿が感情と直結している事を示す事例で、つまりおもらしは人間の肉体的芸術。究極の感情表現と言い換える事が出来る、美しい行為です」
「脱糞も例外ではないのではないでしょうか?」
「いえ、感動での脱糞はその度合いを極端に薄くします。二次元ではこの限りではないかもしれませんが、現実的にはその後の処理、及び臭いのきつさ、ブツの内容が気にかかってそれどころではありません」
「しかしインパクトの大きさはこちらの方が上です」
「それを演出過剰と呼ばずして何と呼ぶのでしょうか。例えるならば、すれ違っていた想いがようやく通じ合って、夜景をバックに誓いのキスを交わす男女2人。が、脱糞。どう考えてもおかしいとは思いませんか。おもらしならば絵になるはずです」
「僕はそうは思いません。脱糞も失禁も、その場面で言えば台無しになる事は同じです。あとはどちらを美しいと捉えるか、価値観の問題です」
「やはり水掛け論になりますか」
「仕方のない事でしょう。再度別の角度からうんことおしっこについて考えていく必要があります」
「質問ですが、あなたはうんこは食べられるのですか?」
「難しい質問ですが、必要があれば食べます」
「必要とは?」
「美少女が自身のうんこを食べられて恥ずかしがるという事実です。タッパに詰めて受験勉強の間々にお夜食感覚でぺろりする気位はありませんが、プレイの一環としてならば、相手の性格も考慮にいれた上で許容する場合があるという事です」
「なるほど、それには自分も同感です。しかし尿と違って大便は健康面への配慮が必要なのではないでしょうか。深刻な感染症や寄生虫の可能性が大きく、一方で尿ならばその心配はほぼありません。ポカリ感覚でゴクゴクいけます」
「否定は出来ません。しかしながら、だからこそ行為に価値があり、辱めも強力であるとも言えます」
「重要なのは恥辱であると、その考えについては自分も心から同意します」
「ハードSMにおいても糞尿はほぼ一緒くたにされますし、どうも僕とあなたは似ているらしいですね」
「排泄という本来秘密である行為を暴露するその快感と」
「強烈な背徳心を持ちつつ支配から解き放たれる肉体が」
「幾重にも重なる下品な旋律を奏でつつ五感を刺激して」
「やがて美少女は卑猥の化身と化し脳下垂体を虜にする」
「くりちゃん」
「どうか1つ」
「「ここでおもらしをしてくれませんか?」」
『絶ッッッッッッッ対ヤダ!!!』
もしも違う出会い方をしていらのならば、唯一無二の親友になれたのではないだろうかというほどに、自分と彼はよく似ています。どこかで袂を分かてども、生理現象を祖にする2人の性癖は、白熱する議論の果てにやがては同じ結論に辿り着くのです。
実際におもらしを見るしかない。
それでも尚、断固として断るくりちゃん。無理やりに能力を発動すれば絶対自殺すると断言してからというもの状況は硬化し、HVDO能力を封印しての討論会は不毛なまま何時間も経過していました。外は既に真っ暗で、おそらく校舎にも一般生徒は残されておらず、深夜の学校、生徒会室にて、ボケ2人処女1人の斬新な漫才ユニットによる消耗戦は続きます。
そのおおよその流れは上に挙げた通りであり、相手の揚げ足をとっての理論展開の後、新たな角度からの大便と小便の比較というほとんど同じ会話のループを行い、最終的な着地点はくりちゃんの尿道と肛門という救いようのない会話を自分達は繰り返しました。
不思議と、相手の隙を突いて能力を発動させるという野暮な抜け駆けは2人ともしませんでした。いつからか、それは男気に欠ける行為であるという共有認識が生まれ、くりちゃん自身の自然な新陳代謝に任せる雰囲気になったのですが、くりちゃんもそれを察してか、頑なに飲み物も食べ物も口にせず、どこから聞きつけたのか等々力氏による差し入れであるカレーとレモンティーにも一切手をつけないまま、じっと座っていました。
そしてこの勝負は、実に意外な形で、それこそ肩透かしのような不本意な形で、しかしある意味おもらしの根源たる形で決着がついたのでした。
申し訳ない事に、自分には深夜2時を回った頃からの記憶がありません。こんなに熱い議論の最中に寝てしまうなど、しかもくりちゃんの尿意も便意もピークに差し迫っていた頃に落ちてしまうなど、はっきり言ってHVDO能力者失格とも言うべき失態なのですが、とにかく自分はぷつりと意識が途切れるように爆睡してしまったのです。
次の日の朝の目覚めは、彼の股間の爆発音でした。慌てて目覚めると、彼が股間を庇うようにして蹲り、くりちゃんが机の上で仰向けにひっくり返りながら股間をびしょびしょにしていたのです。平和そうな顔でぽけーっと口をあけながらの放尿。これはいわゆる、オモラシーオブチルドレンスタイル。つまるところ、「おねしょ」という奴です。自分よりも早く起きた彼はきっと、このくりちゃんのマヌケながらもエロい姿を見て暴発してしまったのでしょう。
うずくまったまま無言で痛みに耐える姿を見ると、自分はどう声をかけていいやら分かりませんでしたが、彼は顔をあげないまま、苦しそうに言いました。
「……こんな風に終わってしまって、謝罪の言葉もありません。……だけど、これで良かったのかもしれないとも思います。……あなたの、というより、あなたと彼女の勝ちです」
「いえ、もしも自分の方が起きるのが早くて、くりちゃんがパンツをこんもりさせていたら自分の方が負けていた事でしょう」
彼は脂汗の滲む顔をあげ、無理に笑顔を作りました。
「とにかく……これであなたは第七能力を手に入れた」
自分は頷きます。まだ第五も第六も処理してないというのに、この能力は……。
「おそらく次に戦うであろう相手の事を僕は知っています。これはあなたを友と認めての忠告です。次の試合、もしもあなたが後手になって素材を選ぶ場合、彼女だけは選ばない方が得策だと思われます。なぜなら……」
「そこまで」
彼の言葉を遮って、ふわりと良い匂いがしました。
「そこからの発言は、大会の運営を妨害する行為と見なします」
久々に間近に見る三枝委員長の姿は、誇張なしに光を纏っているように見え、会ったらすぐに言いたかったはずの沢山の言葉は、途端にぼろぼろと崩れて形を無くしました。
笑顔のまま1歩、近づいてくる瞬間、自分は非現実的な事ではなく、ただただ歴然たる事実としての「死」を覚悟したのです。
それは例えるならば、カエルがヘビに丸呑みされる瞬間とも表現出来るでしょう。あるいは道端でただすれ違っただけの人と恋に落ちてしまった瞬間と言い換える事も出来るかもしれません。身分の差など承知の上で、敵である事を承知の上で、肉体を魂ごと奪われていく感覚に、これといって何の抵抗も示せなかったのです。
「めすぶ……」と言いかけて、止め、「三枝委員長」と自分は呼びかけます。
愛すべきその呼び名を、最後まで声に出せたならどんなに楽だったか。HVDOの事も、崇拝者の事も、全て忘れ去って共に暮らす事を、脳内の奥にいる小さな自分が望んでいる事は分かっています。だからこそ背けなかった。後ろで股を尿で濡らし、ぐーすか眠りこける少女の事を、忘れる事が出来なかったのです。
自分は一度折れてしまった槍を短く持ちなおして、その超然たる存在に立ち向かいました。
「大会の運営について文句があります。まず、委員長の判断による罰の裁定は明らかに不公平でした。生活態度と変態トーナメントの関連性を示していただきたい。それに、マッチングの頻度についても、いくら許容を定めていなかったとはいえ、1日に3度もとなると非常識にも程があります。おかげで新しく得た能力を試す事も出来ず、自分は不利な条件で戦わざるを得ませんでした。率直に言えば、大会実行委員の悪意を感じます」
五十妻という男は実に勇敢である。と拍手を浴びる事に、自分は何の疑問も持ちません。この三枝委員長に対しての苦情申し立ては明らかに自分の能力を超越した行為であり、しかしそんな自分にとってはありったけの反骨は、三枝委員長からしてみればたったの4文字で済む稚戯でした。
「それで?」
ああ、この人には、いえ、この神には、どうやら何を言っても無駄であるし、何をしても無効なのだろうと心底悟った自分は、ため息をついて、答えました。
「望む所だ。と、申し上げたかったのです」
そして三枝委員長は例の凶悪な天使の笑みを浮かべて、
「そう。喜んでくれると思ったわ」
と答えました。
ドMがドSに目覚めた時の振り幅たるや。
思うに、「支配」とは表裏一体の関係です。あの日公園で首輪をつけて、全裸で散歩したあの発情雌犬は、今や自分を手のひらで転がし、あたふたするのを見てほくそ笑み、更なる窮地という爆弾に火をつけて、平気で放って寄越す雌ケルベロスと化しました。自分は眩暈を覚えます。
「それで、何の用ですか? まさか彼の口封じをしにきただけではないでしょう?」
うんこの彼は、既に湯船に浮かぶ蝿と化していました。三枝委員長に抵抗する勇気は、やはり滅多には持てない代物なのです。天敵知恵様も、例のイケメンも、その他のお供も一切連れずに、たった1人で、手ぶらで来たというのに、この女子高生は変わらず要人であり続けるのです。
「ええ。1度あなたを直接見ておこうと思って」
それでもなお、その言葉を嬉しく思う自分は途方もない馬鹿でした。
「崇拝者とはもうやっちゃったんですか?」
あえてしてみたとびっきり下世話な質問は、自分の感情を誤魔化す為と同時に、本当に訊きたい事を冗談めかして尋ねる姑息な精神の表れでした。
「いいえ、まだ」
まだ。まだ。まだ。
「つまり、これから予定があると?」
「あなた次第ね」
今すぐにレイプすべきか、九割本気で悩んだ自分は、果たして犯罪者と罵られるような人間でしょうか。むしろ常識的な、良心的な、模範的な聖人レイパーかもしれませんが、当然、自分はそのような奇跡的な犯罪を生産する力を持ち合わせてはいませんでした。
「はて、どういう意味でしょう。例えば自分が今愛の告白をすれば、三枝委員長はそれをOKして、すっぱりと崇拝者とは縁を切るという……」
「手、震えてるわ」
あえて滑稽にしたはずのとぼけた口調は真の滑稽を極め、自分は手を後ろに組んで隠し、強引に続けます。
「……HVDOの幹部もやめて、自分だけの従順な雌犬になっていただけるんですか? あなた次第、という言葉の意味をそのまま捉えるならば、こういう事になりますが」
「そうかもしれないわね」
この人は、きっと霞を食って生きている。そう思う自分に、三枝委員長は質問を実質的に無視して、こう続けました。
「ところで、私は崇拝者の正体を知っている」
幹部である以上、それは不自然な事ではありませんが、こうして言葉にして伝えられると、急に現実味が増して、驚きを伴わずにはいられません。が、何もかもが謎の状態よりは、せめて血液型だけでも分かっていた方が少しでも打倒に近い事は確かであり、三枝委員長の言葉が真であるならば、「正体」とやらの情報は、何が何でも欲しいのは言うまでもありません。
「それを知ったら、きっとあなたは驚くでしょうね」
そう言って、心底楽しそうにくすくすと笑う姿。こんな時だというのに、ちょっと萌えます。
「……わざわざその情報がある事を示したという事は、自分に教えてくださるのですか?」
期待せずに尋ねてみると、突拍子もなく飛び出してきたのはとんでもない台詞でした。
「けれど、あなたには木下さんがいる」
途端に、心臓を茨で締め付けられるような感覚に襲われ、その場から逃げ出したい気持ちになりましたが、どうにか踏みとどまりました。両手に花、ただし猛毒の棘付きのそれは、決してもらって嬉しい物ではありませんでした。
「安心して。私か木下さんのどちらかを選んで、なんて馬鹿な事を言うつもりはないわ。とりあえず、今はね」
その台詞の、なんと甘美な事か。と思ったのも束の間、選択は過酷さを増します。
「その代わり、今から言うどちらかを選んで。私が知っている、崇拝者の正体を教えて欲しいのか。それとも、今ここで私にキスして欲しいのか。あなたが選んだ方を叶えると約束するわ」
翌日、自分は再び戦いの場にいました。
今回の敵の性癖は「電流」。か弱い少女に電気を流し、その反応を楽しむというすこぶるサディスティックな趣向の持ち主で、確かにこれも、間違いなく変態の一部に入ると思われるのですが、その能力はいかにも特殊でした。
ごく一般的な思考回路を用いて、電撃の変態と訊いて持ちうる能力を予想するならば、例えば触れた相手に電気を流すだとか、逆に電気の流れた相手をどうこうする的な物が妥当と思われますが、しかしそこはあくまでも変態。そういった能力も元々は持っていたのかもしれませんが、敵からの先制攻撃は全く違った形で、むしろ「電流」自体に欲情しているのではないだろうか、頭大丈夫だろうか、と心配になる程に、「正当化」を重視した能力でした。
「それでは次の問題、張り切って参りましょう! 五十妻さんナンバーを指定してください!」
威勢も滑舌も良く、テンションを上げようという心意気も見える印象の司会者は、全身黒タイツを着たように真っ黒で表情は伺えませんが、どうやら人間ではないらしく、春木氏のロリ召喚能力と同じように、能力で召喚された存在であるようです。そしてその右隣には10から50の数字が10刻みで5列5段書かれた、テレビなどで見覚えのあるパネルがあり、反対側には電飾たっぷりのごっつい椅子に縛り付けられ、全身から力が抜けてくたーっとなったくりちゃんがいました。
「では、『趣味』の30で」
自分がそう答えると、1番左上から3番目のパネルがぐるんと周り、『格闘技』と出ました。
「木下くりさんは格闘技を嗜みます。小学校6年生の時、彼女が格闘技に目覚めたきっかけとなった人物は、一体誰でしょう?」
ピポンッ! と、自分の隣の席に座った男。
「キュリー夫人」
「残念! 不正解です!」
ビリビリビリ、といった、わざとらしい効果音。点滅する照明。と同時にくりちゃんの肉体に流れる本物の電流。
「ぴぎぃ!!!」
びくんと肩や膝を尖らせるくりちゃん。跳ねる肢体に、口からはよだれ。既に罵倒を浴びせる元気もないようで、表情は怯えきって、目はやや空ろに移行しつつあります。なるほどこれは、見るSが見れば一瞬で欲情しそうな光景です。
「正解は、木下家の隣家である五十妻家の母、五十妻鈴音さんが、息子に襲われた時に対処出来るようにと教えたのがきっかけとの事でした。いやー挑戦者にとってはチャンス問題でしたが、早かったのはチャンピオンです。さあ、それでは、次の問題に参りましょう」
こんなに危機的状況にあるにも関わらず、自分は、忠告を無視してくりちゃんを素材に選んだ事を後悔するでもなく、かといって理不尽過ぎる罰ゲームをひたすら受け続けるくりちゃんのかわいそうな姿に欲情するでもなく、昨日した、三枝委員長とのキスの味を思い出しながら、その意味を理解しかね、悩んでいるのでした。
それは例えるならば、カエルがヘビに丸呑みされる瞬間とも表現出来るでしょう。あるいは道端でただすれ違っただけの人と恋に落ちてしまった瞬間と言い換える事も出来るかもしれません。身分の差など承知の上で、敵である事を承知の上で、肉体を魂ごと奪われていく感覚に、これといって何の抵抗も示せなかったのです。
「めすぶ……」と言いかけて、止め、「三枝委員長」と自分は呼びかけます。
愛すべきその呼び名を、最後まで声に出せたならどんなに楽だったか。HVDOの事も、崇拝者の事も、全て忘れ去って共に暮らす事を、脳内の奥にいる小さな自分が望んでいる事は分かっています。だからこそ背けなかった。後ろで股を尿で濡らし、ぐーすか眠りこける少女の事を、忘れる事が出来なかったのです。
自分は一度折れてしまった槍を短く持ちなおして、その超然たる存在に立ち向かいました。
「大会の運営について文句があります。まず、委員長の判断による罰の裁定は明らかに不公平でした。生活態度と変態トーナメントの関連性を示していただきたい。それに、マッチングの頻度についても、いくら許容を定めていなかったとはいえ、1日に3度もとなると非常識にも程があります。おかげで新しく得た能力を試す事も出来ず、自分は不利な条件で戦わざるを得ませんでした。率直に言えば、大会実行委員の悪意を感じます」
五十妻という男は実に勇敢である。と拍手を浴びる事に、自分は何の疑問も持ちません。この三枝委員長に対しての苦情申し立ては明らかに自分の能力を超越した行為であり、しかしそんな自分にとってはありったけの反骨は、三枝委員長からしてみればたったの4文字で済む稚戯でした。
「それで?」
ああ、この人には、いえ、この神には、どうやら何を言っても無駄であるし、何をしても無効なのだろうと心底悟った自分は、ため息をついて、答えました。
「望む所だ。と、申し上げたかったのです」
そして三枝委員長は例の凶悪な天使の笑みを浮かべて、
「そう。喜んでくれると思ったわ」
と答えました。
ドMがドSに目覚めた時の振り幅たるや。
思うに、「支配」とは表裏一体の関係です。あの日公園で首輪をつけて、全裸で散歩したあの発情雌犬は、今や自分を手のひらで転がし、あたふたするのを見てほくそ笑み、更なる窮地という爆弾に火をつけて、平気で放って寄越す雌ケルベロスと化しました。自分は眩暈を覚えます。
「それで、何の用ですか? まさか彼の口封じをしにきただけではないでしょう?」
うんこの彼は、既に湯船に浮かぶ蝿と化していました。三枝委員長に抵抗する勇気は、やはり滅多には持てない代物なのです。天敵知恵様も、例のイケメンも、その他のお供も一切連れずに、たった1人で、手ぶらで来たというのに、この女子高生は変わらず要人であり続けるのです。
「ええ。1度あなたを直接見ておこうと思って」
それでもなお、その言葉を嬉しく思う自分は途方もない馬鹿でした。
「崇拝者とはもうやっちゃったんですか?」
あえてしてみたとびっきり下世話な質問は、自分の感情を誤魔化す為と同時に、本当に訊きたい事を冗談めかして尋ねる姑息な精神の表れでした。
「いいえ、まだ」
まだ。まだ。まだ。
「つまり、これから予定があると?」
「あなた次第ね」
今すぐにレイプすべきか、九割本気で悩んだ自分は、果たして犯罪者と罵られるような人間でしょうか。むしろ常識的な、良心的な、模範的な聖人レイパーかもしれませんが、当然、自分はそのような奇跡的な犯罪を生産する力を持ち合わせてはいませんでした。
「はて、どういう意味でしょう。例えば自分が今愛の告白をすれば、三枝委員長はそれをOKして、すっぱりと崇拝者とは縁を切るという……」
「手、震えてるわ」
あえて滑稽にしたはずのとぼけた口調は真の滑稽を極め、自分は手を後ろに組んで隠し、強引に続けます。
「……HVDOの幹部もやめて、自分だけの従順な雌犬になっていただけるんですか? あなた次第、という言葉の意味をそのまま捉えるならば、こういう事になりますが」
「そうかもしれないわね」
この人は、きっと霞を食って生きている。そう思う自分に、三枝委員長は質問を実質的に無視して、こう続けました。
「ところで、私は崇拝者の正体を知っている」
幹部である以上、それは不自然な事ではありませんが、こうして言葉にして伝えられると、急に現実味が増して、驚きを伴わずにはいられません。が、何もかもが謎の状態よりは、せめて血液型だけでも分かっていた方が少しでも打倒に近い事は確かであり、三枝委員長の言葉が真であるならば、「正体」とやらの情報は、何が何でも欲しいのは言うまでもありません。
「それを知ったら、きっとあなたは驚くでしょうね」
そう言って、心底楽しそうにくすくすと笑う姿。こんな時だというのに、ちょっと萌えます。
「……わざわざその情報がある事を示したという事は、自分に教えてくださるのですか?」
期待せずに尋ねてみると、突拍子もなく飛び出してきたのはとんでもない台詞でした。
「けれど、あなたには木下さんがいる」
途端に、心臓を茨で締め付けられるような感覚に襲われ、その場から逃げ出したい気持ちになりましたが、どうにか踏みとどまりました。両手に花、ただし猛毒の棘付きのそれは、決してもらって嬉しい物ではありませんでした。
「安心して。私か木下さんのどちらかを選んで、なんて馬鹿な事を言うつもりはないわ。とりあえず、今はね」
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「その代わり、今から言うどちらかを選んで。私が知っている、崇拝者の正体を教えて欲しいのか。それとも、今ここで私にキスして欲しいのか。あなたが選んだ方を叶えると約束するわ」
翌日、自分は再び戦いの場にいました。
今回の敵の性癖は「電流」。か弱い少女に電気を流し、その反応を楽しむというすこぶるサディスティックな趣向の持ち主で、確かにこれも、間違いなく変態の一部に入ると思われるのですが、その能力はいかにも特殊でした。
ごく一般的な思考回路を用いて、電撃の変態と訊いて持ちうる能力を予想するならば、例えば触れた相手に電気を流すだとか、逆に電気の流れた相手をどうこうする的な物が妥当と思われますが、しかしそこはあくまでも変態。そういった能力も元々は持っていたのかもしれませんが、敵からの先制攻撃は全く違った形で、むしろ「電流」自体に欲情しているのではないだろうか、頭大丈夫だろうか、と心配になる程に、「正当化」を重視した能力でした。
「それでは次の問題、張り切って参りましょう! 五十妻さんナンバーを指定してください!」
威勢も滑舌も良く、テンションを上げようという心意気も見える印象の司会者は、全身黒タイツを着たように真っ黒で表情は伺えませんが、どうやら人間ではないらしく、春木氏のロリ召喚能力と同じように、能力で召喚された存在であるようです。そしてその右隣には10から50の数字が10刻みで5列5段書かれた、テレビなどで見覚えのあるパネルがあり、反対側には電飾たっぷりのごっつい椅子に縛り付けられ、全身から力が抜けてくたーっとなったくりちゃんがいました。
「では、『趣味』の30で」
自分がそう答えると、1番左上から3番目のパネルがぐるんと周り、『格闘技』と出ました。
「木下くりさんは格闘技を嗜みます。小学校6年生の時、彼女が格闘技に目覚めたきっかけとなった人物は、一体誰でしょう?」
ピポンッ! と、自分の隣の席に座った男。
「キュリー夫人」
「残念! 不正解です!」
ビリビリビリ、といった、わざとらしい効果音。点滅する照明。と同時にくりちゃんの肉体に流れる本物の電流。
「ぴぎぃ!!!」
びくんと肩や膝を尖らせるくりちゃん。跳ねる肢体に、口からはよだれ。既に罵倒を浴びせる元気もないようで、表情は怯えきって、目はやや空ろに移行しつつあります。なるほどこれは、見るSが見れば一瞬で欲情しそうな光景です。
「正解は、木下家の隣家である五十妻家の母、五十妻鈴音さんが、息子に襲われた時に対処出来るようにと教えたのがきっかけとの事でした。いやー挑戦者にとってはチャンス問題でしたが、早かったのはチャンピオンです。さあ、それでは、次の問題に参りましょう」
こんなに危機的状況にあるにも関わらず、自分は、忠告を無視してくりちゃんを素材に選んだ事を後悔するでもなく、かといって理不尽過ぎる罰ゲームをひたすら受け続けるくりちゃんのかわいそうな姿に欲情するでもなく、昨日した、三枝委員長とのキスの味を思い出しながら、その意味を理解しかね、悩んでいるのでした。
出会って早々、クイズ王を自称した男の成績は、既にパネルのおよそ半分が開いたにも関わらず、正解数0、よって得点は0点というまったくもってやる気なしの、もしも司会がひとし君なら後ほど楽屋に呼ばれてふしぎ発見な目に合わされるレベルの酷い物でしたが、早押しの腕は確からしく、自分はただの1回だけ、20点の問題(くりちゃんの「秘密」の20で、初潮はいつか、という問題であり、これはもちろん楽勝でした)を正解したのみで、他の全ての問題は、クイズ王が早押しを制し、適当に歴史上の人物を答えて当然間違え、何故か罰ゲームとしてくりちゃんに電流が走るという超絶理不尽な展開を繰り返していました。
ゲームが始まる前に受けた説明を簡単にまとめますと、クイズの内容は全て能力の発動対象であるくりちゃんに関する物であり、ジャンルは、「趣味」「歴史」「実験」「データ」「秘密」の5つに分かれており、難易度によって10から50の数字が割り当てられ、正解すればその点数を得られるという非常にシンプルなルールです。解答権は、問題の出題が終わってから手元にあるボタンを早く押したもの勝ちで、不正解だった場合はもう1人に次の出題ジャンルと点数を選ぶ権利が与えられます。くりちゃんの体力が限界に達した段階で(よって、この能力で死亡したり障害が残る事は一切無いそうです)、最終的に得点が多かった方が勝者となり、初代くりちゃん王の栄誉が与えられる(つまり何も与えられない)そうです。
賞品や対戦相手の態度から見ても分かる通り、クイズ自体にははっきり言って何の意味もありません。要するに、クイズ王はわざと間違えてくりちゃんに電流を流したいだけで、自分の取れる対抗手段としては、相手より早くボタンを押して、正解する事によってくりちゃんの負担を減らしてあげる事くらいなのですが、これが何とも難しいのです。
この状況自体が対戦相手の能力である以上、問題の難易度であったり、早押しボタンの具合であったりがあらかじめ細工されているのではないか、という心配に関しては杞憂です。事実、自分の方が早くボタンを押せた事も2回だけですがありましたし(内、1回は知識不足により不正解でしたが)、それに、ただ単に電撃を浴びせたいのであれば、もっと一方的な別の手段があるはずです。
この能力の真髄は、理不尽でありながらも、抵抗する手段を残しておくという事にあります。クイズをこなしていく内にくりちゃんのプライベートが赤裸々に明かされ、その上電気まで浴びさせられるくりちゃんの不憫な姿を見る事それ自体に性的興奮を覚えてしまったら、後はされるがままに、自分も歴史上の人物を挙げていくだけの野々村誠と化すでしょう。その時、真の敗北が決定するのです。
ですが、どうかご安心ください。自分はまだ、ほんの50%ほどしか勃起しておらず、自分が折れるよりも先に(勃つのに折れるとはこれいかに)くりちゃんの体力が限界点を迎える事はまず確実だと思われます。
が、しかしながら真の困難は、全く別の形で、現在進行形にて自分を襲っているのです。何故なのかは全く分かりません。どうしたら良いのかも分かりません。そしてこれを言えば、おそらくこれまでに無い非難の的となる事は重々承知の上ですが、しかし生理現象ですし、仕方ないのです。
眠いのです。
とてつもなく、眠いのです。
ゲームが始まるや否や、睡魔は突然にやってきました。昨日は自宅できっちり8時間睡眠をとりましたし、今がうとうとしている場合でも無い事は存分に理解しているのですが、どうしようもなく瞼が重く、とろんとした意識の中で、まったくもって行動が遅いのです。これに関してはおそらく、対戦相手であるクイズ王もびっくりしている事でしょう。こんなにやる気のない奴と戦ったのは初めてでしょうし、あるいは油断させる為の作戦と深読みしているかもしれません。
「それでは次の問題に参りましょう。挑戦者さん、パネルを選んでください! ……挑戦者さん?」
呼びかけられて、意識が引き戻されました。
「あ、えっと……では『歴史』の40で」
「歴史の40! 木下くりさんがブラジャーを初めて買ったのは何歳の時だったでしょう?」
ピポンッ! ああ、またも押せませんでした。
「武田信玄」
「残念! 不正解です!」
またも電流の餌食になるくりちゃん。その口から蟹みたいに泡を噴き出しています。そろそろ体力も限界と見えますが、自分は眠気のおかげで全然その様子に集中出来ず、おかげで興奮もしない事はありがたいのですが、このまま落ちてしまうと戦闘放棄と見なされて三枝委員長に酷い目に遭わされてしまう恐れがあります。
三枝委員長。
朦朧とした意識の中で、寝入りの夢のように思い浮かんでくるのは昨日のキスの感触です。
崇拝者の正体か、それともキスか、というぶっ飛んだ選択肢を目の前に、自分は悩みました。無論、これからの事を考えれば、刹那的に肉欲を満たすよりも、その真偽はともかくとして、何らかの情報が得られる方が得なのは分かっていましたが、三枝委員長の唇という国宝級の代物に触れられる機会はそう滅多にある訳がなく、それに何よりこの提案は三枝委員長自身がしたものであり、その意図を読み取れば、男として後者を選ぶ事は最早義務であるように感じられました。
が、しかしながら、自分はそこまで接吻という行為に魅力を感じてはいないという事実もまたありました。口と口を合わせて唾液を交換するだけの事がそこまでエロティックな事かというと非常に微妙に感じる自分がおり、仮に舌を絡ませて本格的な物になったとしても、それは牛タンを食べる時に散々している事であって、もちろんその行為の重要性、価値については理解しているのですが、だったらむしろ直で小便を飲ませていただける方がいくらか望ましいという変態としてのどうしようもない性がありました。
それに、崇拝者を打倒し、三枝委員長を本格的に奴隷として従えれば、この手の事は散々楽しめる訳で、合理的に考えれば優先度はやはり情報という事になります。よって、自分はこう告げました。
「……崇拝者の情報をください」
そう、自分はキスを選んでいなかったのです。にも関わらず、次の瞬間、鮮やかに自分のファーストキスは奪われてしまいました。それはキスとカウントするのもおこがましいほどの、かわいらしい、ドエロの象徴たる三枝委員長からは全く想像もつかないいわゆるバードキスという種類の、ついばむような簡素な物でした。
しかし三枝委員長は、何も約束を違えて、小悪魔的所作の一環として身を乗り出したのではなく、きちんと、というと若干の語弊がありますが、崇拝者の正体についての情報も、添えてくれたのでした。
「崇拝者の正体は、私とあなたがこうして恋愛の真似事みたいな事をするのを喜ばしく思う人物よ。もう、分かるでしょう?」
「ふむ……」
と、自分は頷き、持ち前の論理的思考をフル活用し、結論を導き出しました。
「なるほど、NTR属性の持ち主という事ですね?」
その時の三枝委員長は、読み取るのが何とも困難な、実に複雑な表情をしていました。甘くておいしいと教えられて飲んでみた精子が苦かった時の顔というか、レイプものなのにフェラの瞬間男優がもたついているせいで自分から口を向かわせないといけない顔といった感じの、図らずも例えがシモに寄ってしまいましたが、三枝委員長自身の人間性も加味した上で、あながち的を外してはいないと思われる表情です。
「……まあ、いいわ。どの道いずれ分かる事でしょう」
呆れたように三枝委員長はそう言って、人差し指をつんと立てて、軽く唇に当てました。
「明日も対戦はあるから、頑張ってね」
そんな心にも無い台詞を残し、三枝委員長は去っていきました。
それにしても、柔らかかった。一瞬でしたが、自分の唇に触れたそれは、無慈悲なまでのふにふに加減で、潤いっぷりも半端ではなく、その爽やかさたるやシーブリーズもたじたじといった感じのかわいらしいキスでした。などとふざけているのも、ともすれば自分も「ガチ」になってしまうからであり、ここは性格上仕方の無い事だと笑って済ませていただけるとありがたい所です。
とはいえ、現状自分が置かれている状況は、決して笑って済まない事は把握しています。この眠気。この欠伸。この寝ぼけ眼。とてつもなく偉い人がきて、「あーじゃあもう寝ちゃっていいよ。おつかれ」と声をかけられたら、一発で就寝、抱き枕抱きまくりもありうるピンチ。
くりちゃんの事がどうでも良くなったとか、そういう事ではないのです。何故なのか、というか一体何なのか。こっちが訊きたい位の尋常ではないまどろみに、自分の心は折れかかっていました。
緊縛男戦では相手の読みを裏切り、圧倒的なおもらしパワーで。
コス人戦では不気味な敵能力に対してくりちゃんの決死の覚悟で。
そして自分の半身とも言える彼との戦いでは、能力を捨てて素手での話し合いで。
どうにか勝利を収めてきた自分ですが、どうやらここで自分の冒険は終わってしまうようです。
眠り。
思えば自分はこれに関して、第一部の第一話から、ただならぬ被害を受けてきたように思います。その暴力的なまでの理不尽さ。寝起きの悪さ。自分の身体の奇妙な性質。これは運命であったのかもしれません。自分はこんな風に……ああ……もう限界が……来ているようです。
「それでは次の問題、張り切って参りましょう!」
と、司会者の声。やけに遠くに聞こえます。
「挑戦者、さて、何番を選びますか?」
自分は泥のように崩れた身体を無理やり持ち直し、搾り出すように答えます。
「『秘密』の……40……」
「はい! 秘密の40! 木下くりさんは、実は天然のHVDO能力者です! さて、その性癖とは、一体何でしょう?」
ゲームが始まる前に受けた説明を簡単にまとめますと、クイズの内容は全て能力の発動対象であるくりちゃんに関する物であり、ジャンルは、「趣味」「歴史」「実験」「データ」「秘密」の5つに分かれており、難易度によって10から50の数字が割り当てられ、正解すればその点数を得られるという非常にシンプルなルールです。解答権は、問題の出題が終わってから手元にあるボタンを早く押したもの勝ちで、不正解だった場合はもう1人に次の出題ジャンルと点数を選ぶ権利が与えられます。くりちゃんの体力が限界に達した段階で(よって、この能力で死亡したり障害が残る事は一切無いそうです)、最終的に得点が多かった方が勝者となり、初代くりちゃん王の栄誉が与えられる(つまり何も与えられない)そうです。
賞品や対戦相手の態度から見ても分かる通り、クイズ自体にははっきり言って何の意味もありません。要するに、クイズ王はわざと間違えてくりちゃんに電流を流したいだけで、自分の取れる対抗手段としては、相手より早くボタンを押して、正解する事によってくりちゃんの負担を減らしてあげる事くらいなのですが、これが何とも難しいのです。
この状況自体が対戦相手の能力である以上、問題の難易度であったり、早押しボタンの具合であったりがあらかじめ細工されているのではないか、という心配に関しては杞憂です。事実、自分の方が早くボタンを押せた事も2回だけですがありましたし(内、1回は知識不足により不正解でしたが)、それに、ただ単に電撃を浴びせたいのであれば、もっと一方的な別の手段があるはずです。
この能力の真髄は、理不尽でありながらも、抵抗する手段を残しておくという事にあります。クイズをこなしていく内にくりちゃんのプライベートが赤裸々に明かされ、その上電気まで浴びさせられるくりちゃんの不憫な姿を見る事それ自体に性的興奮を覚えてしまったら、後はされるがままに、自分も歴史上の人物を挙げていくだけの野々村誠と化すでしょう。その時、真の敗北が決定するのです。
ですが、どうかご安心ください。自分はまだ、ほんの50%ほどしか勃起しておらず、自分が折れるよりも先に(勃つのに折れるとはこれいかに)くりちゃんの体力が限界点を迎える事はまず確実だと思われます。
が、しかしながら真の困難は、全く別の形で、現在進行形にて自分を襲っているのです。何故なのかは全く分かりません。どうしたら良いのかも分かりません。そしてこれを言えば、おそらくこれまでに無い非難の的となる事は重々承知の上ですが、しかし生理現象ですし、仕方ないのです。
眠いのです。
とてつもなく、眠いのです。
ゲームが始まるや否や、睡魔は突然にやってきました。昨日は自宅できっちり8時間睡眠をとりましたし、今がうとうとしている場合でも無い事は存分に理解しているのですが、どうしようもなく瞼が重く、とろんとした意識の中で、まったくもって行動が遅いのです。これに関してはおそらく、対戦相手であるクイズ王もびっくりしている事でしょう。こんなにやる気のない奴と戦ったのは初めてでしょうし、あるいは油断させる為の作戦と深読みしているかもしれません。
「それでは次の問題に参りましょう。挑戦者さん、パネルを選んでください! ……挑戦者さん?」
呼びかけられて、意識が引き戻されました。
「あ、えっと……では『歴史』の40で」
「歴史の40! 木下くりさんがブラジャーを初めて買ったのは何歳の時だったでしょう?」
ピポンッ! ああ、またも押せませんでした。
「武田信玄」
「残念! 不正解です!」
またも電流の餌食になるくりちゃん。その口から蟹みたいに泡を噴き出しています。そろそろ体力も限界と見えますが、自分は眠気のおかげで全然その様子に集中出来ず、おかげで興奮もしない事はありがたいのですが、このまま落ちてしまうと戦闘放棄と見なされて三枝委員長に酷い目に遭わされてしまう恐れがあります。
三枝委員長。
朦朧とした意識の中で、寝入りの夢のように思い浮かんでくるのは昨日のキスの感触です。
崇拝者の正体か、それともキスか、というぶっ飛んだ選択肢を目の前に、自分は悩みました。無論、これからの事を考えれば、刹那的に肉欲を満たすよりも、その真偽はともかくとして、何らかの情報が得られる方が得なのは分かっていましたが、三枝委員長の唇という国宝級の代物に触れられる機会はそう滅多にある訳がなく、それに何よりこの提案は三枝委員長自身がしたものであり、その意図を読み取れば、男として後者を選ぶ事は最早義務であるように感じられました。
が、しかしながら、自分はそこまで接吻という行為に魅力を感じてはいないという事実もまたありました。口と口を合わせて唾液を交換するだけの事がそこまでエロティックな事かというと非常に微妙に感じる自分がおり、仮に舌を絡ませて本格的な物になったとしても、それは牛タンを食べる時に散々している事であって、もちろんその行為の重要性、価値については理解しているのですが、だったらむしろ直で小便を飲ませていただける方がいくらか望ましいという変態としてのどうしようもない性がありました。
それに、崇拝者を打倒し、三枝委員長を本格的に奴隷として従えれば、この手の事は散々楽しめる訳で、合理的に考えれば優先度はやはり情報という事になります。よって、自分はこう告げました。
「……崇拝者の情報をください」
そう、自分はキスを選んでいなかったのです。にも関わらず、次の瞬間、鮮やかに自分のファーストキスは奪われてしまいました。それはキスとカウントするのもおこがましいほどの、かわいらしい、ドエロの象徴たる三枝委員長からは全く想像もつかないいわゆるバードキスという種類の、ついばむような簡素な物でした。
しかし三枝委員長は、何も約束を違えて、小悪魔的所作の一環として身を乗り出したのではなく、きちんと、というと若干の語弊がありますが、崇拝者の正体についての情報も、添えてくれたのでした。
「崇拝者の正体は、私とあなたがこうして恋愛の真似事みたいな事をするのを喜ばしく思う人物よ。もう、分かるでしょう?」
「ふむ……」
と、自分は頷き、持ち前の論理的思考をフル活用し、結論を導き出しました。
「なるほど、NTR属性の持ち主という事ですね?」
その時の三枝委員長は、読み取るのが何とも困難な、実に複雑な表情をしていました。甘くておいしいと教えられて飲んでみた精子が苦かった時の顔というか、レイプものなのにフェラの瞬間男優がもたついているせいで自分から口を向かわせないといけない顔といった感じの、図らずも例えがシモに寄ってしまいましたが、三枝委員長自身の人間性も加味した上で、あながち的を外してはいないと思われる表情です。
「……まあ、いいわ。どの道いずれ分かる事でしょう」
呆れたように三枝委員長はそう言って、人差し指をつんと立てて、軽く唇に当てました。
「明日も対戦はあるから、頑張ってね」
そんな心にも無い台詞を残し、三枝委員長は去っていきました。
それにしても、柔らかかった。一瞬でしたが、自分の唇に触れたそれは、無慈悲なまでのふにふに加減で、潤いっぷりも半端ではなく、その爽やかさたるやシーブリーズもたじたじといった感じのかわいらしいキスでした。などとふざけているのも、ともすれば自分も「ガチ」になってしまうからであり、ここは性格上仕方の無い事だと笑って済ませていただけるとありがたい所です。
とはいえ、現状自分が置かれている状況は、決して笑って済まない事は把握しています。この眠気。この欠伸。この寝ぼけ眼。とてつもなく偉い人がきて、「あーじゃあもう寝ちゃっていいよ。おつかれ」と声をかけられたら、一発で就寝、抱き枕抱きまくりもありうるピンチ。
くりちゃんの事がどうでも良くなったとか、そういう事ではないのです。何故なのか、というか一体何なのか。こっちが訊きたい位の尋常ではないまどろみに、自分の心は折れかかっていました。
緊縛男戦では相手の読みを裏切り、圧倒的なおもらしパワーで。
コス人戦では不気味な敵能力に対してくりちゃんの決死の覚悟で。
そして自分の半身とも言える彼との戦いでは、能力を捨てて素手での話し合いで。
どうにか勝利を収めてきた自分ですが、どうやらここで自分の冒険は終わってしまうようです。
眠り。
思えば自分はこれに関して、第一部の第一話から、ただならぬ被害を受けてきたように思います。その暴力的なまでの理不尽さ。寝起きの悪さ。自分の身体の奇妙な性質。これは運命であったのかもしれません。自分はこんな風に……ああ……もう限界が……来ているようです。
「それでは次の問題、張り切って参りましょう!」
と、司会者の声。やけに遠くに聞こえます。
「挑戦者、さて、何番を選びますか?」
自分は泥のように崩れた身体を無理やり持ち直し、搾り出すように答えます。
「『秘密』の……40……」
「はい! 秘密の40! 木下くりさんは、実は天然のHVDO能力者です! さて、その性癖とは、一体何でしょう?」
衝撃はゆっくりと、指先から皮膚を伝い、骨を辿って心臓へと到達しました。
「くりちゃんが……HVDO能力者?」
誰に問うでもない言葉は宙を彷徨い、やがてどこにも辿りつかずに消え、自分はその答えを求めるように、くりちゃんに視線を向けます。
安っぽい飾りつけをされた椅子に両手両足を縛り付けられ、完全に固定されたくりちゃんは、問題が聞こえていたのか聞こえていなかったのか、そもそもそんな力も残っていないのか、何のリアクションも取らずに放心状態を続けており、本当に命に別状が無いのか、後遺症は残らないのかと一瞬心配になりましたが、いやそんな事よりも、と自分はかけてもいないメガネを外して、目を凝らしてくりちゃんの表情を伺い、幼馴染特権でもってその先を見ようとしました。
くりちゃんがHVDO能力者。
で、あるならば、
くりちゃんは変態という事になります。
あの恥ずかしがり屋の、他人の性癖を罵り、友達も彼氏もいない、どうしようもない処女で、何度も何度も何度も何度も、自分を含むHVDO能力者達に、ただひたすら弄ばれるだけだったあのくりちゃんが、「変態」だった。
これはいよいよ寝ている場合ではないと、角煮のようにとろとろになった自分の背骨も、まっすぐシャンと起きました。というより、眠気はつい先程よりもかなり薄れました。
「チンギス・ハーン!」
「違います! ちなみにこの問題の答えは、秘密50のヒントになる為、ここでは伏せさせていただきます! さあ、それでは電流GO!」
くりちゃんは身体をびくんびくんと震わせて、悲鳴も枯れたらしく、小さく小さく声を漏らしていました。
もう、許して……。
そう聞こえ、いてもたってもいられずに、自分は立ち上がろうとしましたが、実は先程から自分自身も敵能力の一部によって、椅子に固定されているのです。よって、声だけを出来る限り張り上げました。
「中断してください! やはりこの性癖は危険すぎます!」
それは他の誰でもない、三枝委員長に向けて放った言葉でした。大会実行委員長である彼女ならば、勝負の仲裁を取る事は可能なはずです。が、もちろん答えは返ってきませんでした。
「おっと挑戦者さん。次の問題に参りますので、落ち着いてもらってよろしいですか? はい、では、次の問題参りましょう。パネルをお選びください!」
くりちゃんが変態。
で、あるならば、
くりちゃんの性癖は何か?
という疑問が浮かんでくるのは当たり前の事です。
ファイナルクエスチョン。
「木下くりさんの体力も限界に達しつつあるようですので、次が最後の問題です。挑戦者、どうぞパネルをお選びください」
先程まで遠くに聞こえていた司会者の声は、今はむしろ近すぎて、頭痛がしてきそうな程に頭の中に響いており、自分はそんな劣悪な環境ながらも、理を求めて考察を始めます。
天然の能力者とは、HVDOという組織とは関わらず、自らで変態能力に目覚めた者の事を指し、過去には知恵様の妹君であらせられる柚之原命さんが、天然の獣姦好きとして覚醒したと記憶しています。彼女は、ほとんど無意識の内に獣になり、あやうく三枝委員長を犯しかけましたが(犯させようとしていたのが自分であったという事実はこの際無かった事にします)、どうやら今は三枝委員長の支配下に入っているようです。
天然のHVDO能力者。というその存在自体が、まだ自分にとって謎ではありますが、もしもそれらが指す意味が、自分や等々力氏、音羽君、そして三枝委員長のように、最初から能力をコントロール出来る事ではなく、「無意識」での発動と仮定するならば……。
より真に近づき、言い換えます。天然のHVDO能力者であるというくりちゃんが、無意識に発動し続けていた能力があるとしたら。
考えられるのは1つの可能性。
しかしそれを肯定するや否や、自分は降り注ぐ千の矢に突き刺される事になるといっても過言ではないでしょう。今まで必死で避けてきた、乗り越えてきた危うい局面。例の怪物の存在を認め、どこにも逃げ場の無いリングで戦う悪夢。ラブコメという名の、無間地獄。
そしてつい先程まで自分を襲っていた強烈な眠気は、自分の脳にうっかり出来上がってしまったこの理屈が、どうしても正しいという事を主張しているのです。
自分はぐっと息を飲み込み、パネルを宣言します。
「秘密の……50」
しかしその朱色の覚悟は、いつの間にやらそこにあったのです。自分は先程、くりちゃんの身を案じてゲームの中止を求めました。らしくない行動は即ち、この結論から自然と発生してくる気持ちに他ならなかったのです。
「はい! それでは秘密の50、問題は……」出題に移ろうとする司会者に、
「あの……その前に少しよろしいでしょうか?」と、自分。
「はあ、何でしょう?」
自分は咳払いをしてから、続けます。
「くりちゃん……自分は、くりちゃんの考えているような人間ではありません。……いえ、くりちゃんはひょっとしたら、『そういう種類』の人間だったのかもしれませんが、しかし自分は、くりちゃんの期待……というと自惚れが過ぎますが、抱いているであろう何らかの希望には、沿えないように思うのです」
自分の言葉は、どうやらくりちゃんに届いているようでした。届いていてなお、くりちゃんは生気の無い顔をして、俯いていましたので、電流で痺れているだけだと願って、更に自分は宣言します。
「自分はおしっこハーレムを作りたいのです。だから、くりちゃんがその一員となる事は強く希望していますが、自分がその……あの……そういった関係、いわゆる、例の、まあつまり……その……」
そのまま口ごもる自分に、司会者は冷静に尋ねます。
「挑戦者。もう言う事が無ければ、問題の方いかせていただきますがよろしいですか?」
「いや、もうちょっと……」
古いチョークで木に書いた、今にも消えそうな言葉は無視されて、
「では秘密の50の問題参りましょう! 木下くりさんには、昔から『好きな異性』がいます! さて、それは一体誰でしょう?」
くりちゃんは毎朝、目覚めの悪い自分を起こしてくれました。それは自分の母より依頼されたという事と、暴力的ストレス発散を目的とした行動であるという事を考慮に入れたとしても、世間一般的な幼馴染としては破格の日常であり、本来ならば次元を1つ超えなければ手に入れられない宝物でした。
放っておけば何日も寝っぱなしの奇妙な男の事を無視しておけなかったくりちゃんは、実に優しい心の持ち主であると言えます。変態が講じて超能力を手にいれ、しかもそれを平気で使ってくるような男を見捨てなかったくりちゃんは、菩薩と言っても言い過ぎではありません。
しかし別の見方もあります。
そもそもくりちゃんが隣に住んでいなければ、自分の体質は無かったのではないか。
もう随分と昔の事になってしまいましたが、自分は、朝、自力で起きた事が1度だけあります。
それは音羽君の兄である、「人形師」に、くりちゃんが人形にされていた時の事です。その日、くりちゃんは家を出た直後に捕獲され、HVDO能力によって人形に変えられていました。自分が気づいたのは、それから少し経っての事でしたが、しかし思い返してみれば、その日の朝は、唯一「くりちゃんが近くにいなかった日」なのです。
自分が一体何を言いたいか、分かっていただけているでしょうか? いえ、変態でない人ならば、こんな性癖は考えの外にあるはずで、逆に生粋の変態であれば、もしかするとかなり最初から何となく気づいていたかもしれませんので、今のはやや難度の高い愚問であったかもしれません。
眠姦。
という言葉をご存知でしょうか。
読んで字のごとく、眠っている相手を強姦する行為の事を指し、一般的には、何をしても起きない女子の性器をアレしたりコレしたりというシチュエーションによって成立するのですが、その逆も無くはない、と考えられます。寝ている男を……いえ、やめましょう。
この性癖を持つHVDO能力者の可能性も、自分はわりと早い段階から考えていました。能力を想像するとすれば、相手を眠らせる。あるいは相手を、「起きさせない」。
自分が起きるには、そこそこの痛みが無くてはなりません。頬を叩かれるくらいでは何ともなく、頭から冷水をぶっかけられるだとか、耳たぶを親指と人差し指で思いっきり押されるだとか、なかなかにきついお仕置きが必要なのです。しかし自分は、果たして「射精」で起きる事があるのかを知りません。
そして無意識の発動であるならば、能力の対象になるのは、誰でも良いという訳ではなく……。被害が自分だけに留まったという事はつまり……。どんなに先延ばししても、至ってしまう結論は……。
気づくと、自分はボタンを押していました。対戦相手よりも早く、1番に。
「おっと挑戦者の方がちょっと早かった! さあ、答えをどうぞ!」
こんなに簡単な問題があるでしょうか。
こんなに難しい問題があるでしょうか。
しかし自分は今、ある感情を持っています。
それは事実です。嘘にする事は出来ません。
これ以上、くりちゃんを傷つけたくない。
「……自分です。くりちゃんが好きなのは、五十妻元樹です」
正解を知らせる鐘の音が鳴り、くりちゃんは自分を見ていました。
その表情は、うっすらと微笑んでいるように、自分には見えました。
「くりちゃんが……HVDO能力者?」
誰に問うでもない言葉は宙を彷徨い、やがてどこにも辿りつかずに消え、自分はその答えを求めるように、くりちゃんに視線を向けます。
安っぽい飾りつけをされた椅子に両手両足を縛り付けられ、完全に固定されたくりちゃんは、問題が聞こえていたのか聞こえていなかったのか、そもそもそんな力も残っていないのか、何のリアクションも取らずに放心状態を続けており、本当に命に別状が無いのか、後遺症は残らないのかと一瞬心配になりましたが、いやそんな事よりも、と自分はかけてもいないメガネを外して、目を凝らしてくりちゃんの表情を伺い、幼馴染特権でもってその先を見ようとしました。
くりちゃんがHVDO能力者。
で、あるならば、
くりちゃんは変態という事になります。
あの恥ずかしがり屋の、他人の性癖を罵り、友達も彼氏もいない、どうしようもない処女で、何度も何度も何度も何度も、自分を含むHVDO能力者達に、ただひたすら弄ばれるだけだったあのくりちゃんが、「変態」だった。
これはいよいよ寝ている場合ではないと、角煮のようにとろとろになった自分の背骨も、まっすぐシャンと起きました。というより、眠気はつい先程よりもかなり薄れました。
「チンギス・ハーン!」
「違います! ちなみにこの問題の答えは、秘密50のヒントになる為、ここでは伏せさせていただきます! さあ、それでは電流GO!」
くりちゃんは身体をびくんびくんと震わせて、悲鳴も枯れたらしく、小さく小さく声を漏らしていました。
もう、許して……。
そう聞こえ、いてもたってもいられずに、自分は立ち上がろうとしましたが、実は先程から自分自身も敵能力の一部によって、椅子に固定されているのです。よって、声だけを出来る限り張り上げました。
「中断してください! やはりこの性癖は危険すぎます!」
それは他の誰でもない、三枝委員長に向けて放った言葉でした。大会実行委員長である彼女ならば、勝負の仲裁を取る事は可能なはずです。が、もちろん答えは返ってきませんでした。
「おっと挑戦者さん。次の問題に参りますので、落ち着いてもらってよろしいですか? はい、では、次の問題参りましょう。パネルをお選びください!」
くりちゃんが変態。
で、あるならば、
くりちゃんの性癖は何か?
という疑問が浮かんでくるのは当たり前の事です。
ファイナルクエスチョン。
「木下くりさんの体力も限界に達しつつあるようですので、次が最後の問題です。挑戦者、どうぞパネルをお選びください」
先程まで遠くに聞こえていた司会者の声は、今はむしろ近すぎて、頭痛がしてきそうな程に頭の中に響いており、自分はそんな劣悪な環境ながらも、理を求めて考察を始めます。
天然の能力者とは、HVDOという組織とは関わらず、自らで変態能力に目覚めた者の事を指し、過去には知恵様の妹君であらせられる柚之原命さんが、天然の獣姦好きとして覚醒したと記憶しています。彼女は、ほとんど無意識の内に獣になり、あやうく三枝委員長を犯しかけましたが(犯させようとしていたのが自分であったという事実はこの際無かった事にします)、どうやら今は三枝委員長の支配下に入っているようです。
天然のHVDO能力者。というその存在自体が、まだ自分にとって謎ではありますが、もしもそれらが指す意味が、自分や等々力氏、音羽君、そして三枝委員長のように、最初から能力をコントロール出来る事ではなく、「無意識」での発動と仮定するならば……。
より真に近づき、言い換えます。天然のHVDO能力者であるというくりちゃんが、無意識に発動し続けていた能力があるとしたら。
考えられるのは1つの可能性。
しかしそれを肯定するや否や、自分は降り注ぐ千の矢に突き刺される事になるといっても過言ではないでしょう。今まで必死で避けてきた、乗り越えてきた危うい局面。例の怪物の存在を認め、どこにも逃げ場の無いリングで戦う悪夢。ラブコメという名の、無間地獄。
そしてつい先程まで自分を襲っていた強烈な眠気は、自分の脳にうっかり出来上がってしまったこの理屈が、どうしても正しいという事を主張しているのです。
自分はぐっと息を飲み込み、パネルを宣言します。
「秘密の……50」
しかしその朱色の覚悟は、いつの間にやらそこにあったのです。自分は先程、くりちゃんの身を案じてゲームの中止を求めました。らしくない行動は即ち、この結論から自然と発生してくる気持ちに他ならなかったのです。
「はい! それでは秘密の50、問題は……」出題に移ろうとする司会者に、
「あの……その前に少しよろしいでしょうか?」と、自分。
「はあ、何でしょう?」
自分は咳払いをしてから、続けます。
「くりちゃん……自分は、くりちゃんの考えているような人間ではありません。……いえ、くりちゃんはひょっとしたら、『そういう種類』の人間だったのかもしれませんが、しかし自分は、くりちゃんの期待……というと自惚れが過ぎますが、抱いているであろう何らかの希望には、沿えないように思うのです」
自分の言葉は、どうやらくりちゃんに届いているようでした。届いていてなお、くりちゃんは生気の無い顔をして、俯いていましたので、電流で痺れているだけだと願って、更に自分は宣言します。
「自分はおしっこハーレムを作りたいのです。だから、くりちゃんがその一員となる事は強く希望していますが、自分がその……あの……そういった関係、いわゆる、例の、まあつまり……その……」
そのまま口ごもる自分に、司会者は冷静に尋ねます。
「挑戦者。もう言う事が無ければ、問題の方いかせていただきますがよろしいですか?」
「いや、もうちょっと……」
古いチョークで木に書いた、今にも消えそうな言葉は無視されて、
「では秘密の50の問題参りましょう! 木下くりさんには、昔から『好きな異性』がいます! さて、それは一体誰でしょう?」
くりちゃんは毎朝、目覚めの悪い自分を起こしてくれました。それは自分の母より依頼されたという事と、暴力的ストレス発散を目的とした行動であるという事を考慮に入れたとしても、世間一般的な幼馴染としては破格の日常であり、本来ならば次元を1つ超えなければ手に入れられない宝物でした。
放っておけば何日も寝っぱなしの奇妙な男の事を無視しておけなかったくりちゃんは、実に優しい心の持ち主であると言えます。変態が講じて超能力を手にいれ、しかもそれを平気で使ってくるような男を見捨てなかったくりちゃんは、菩薩と言っても言い過ぎではありません。
しかし別の見方もあります。
そもそもくりちゃんが隣に住んでいなければ、自分の体質は無かったのではないか。
もう随分と昔の事になってしまいましたが、自分は、朝、自力で起きた事が1度だけあります。
それは音羽君の兄である、「人形師」に、くりちゃんが人形にされていた時の事です。その日、くりちゃんは家を出た直後に捕獲され、HVDO能力によって人形に変えられていました。自分が気づいたのは、それから少し経っての事でしたが、しかし思い返してみれば、その日の朝は、唯一「くりちゃんが近くにいなかった日」なのです。
自分が一体何を言いたいか、分かっていただけているでしょうか? いえ、変態でない人ならば、こんな性癖は考えの外にあるはずで、逆に生粋の変態であれば、もしかするとかなり最初から何となく気づいていたかもしれませんので、今のはやや難度の高い愚問であったかもしれません。
眠姦。
という言葉をご存知でしょうか。
読んで字のごとく、眠っている相手を強姦する行為の事を指し、一般的には、何をしても起きない女子の性器をアレしたりコレしたりというシチュエーションによって成立するのですが、その逆も無くはない、と考えられます。寝ている男を……いえ、やめましょう。
この性癖を持つHVDO能力者の可能性も、自分はわりと早い段階から考えていました。能力を想像するとすれば、相手を眠らせる。あるいは相手を、「起きさせない」。
自分が起きるには、そこそこの痛みが無くてはなりません。頬を叩かれるくらいでは何ともなく、頭から冷水をぶっかけられるだとか、耳たぶを親指と人差し指で思いっきり押されるだとか、なかなかにきついお仕置きが必要なのです。しかし自分は、果たして「射精」で起きる事があるのかを知りません。
そして無意識の発動であるならば、能力の対象になるのは、誰でも良いという訳ではなく……。被害が自分だけに留まったという事はつまり……。どんなに先延ばししても、至ってしまう結論は……。
気づくと、自分はボタンを押していました。対戦相手よりも早く、1番に。
「おっと挑戦者の方がちょっと早かった! さあ、答えをどうぞ!」
こんなに簡単な問題があるでしょうか。
こんなに難しい問題があるでしょうか。
しかし自分は今、ある感情を持っています。
それは事実です。嘘にする事は出来ません。
これ以上、くりちゃんを傷つけたくない。
「……自分です。くりちゃんが好きなのは、五十妻元樹です」
正解を知らせる鐘の音が鳴り、くりちゃんは自分を見ていました。
その表情は、うっすらと微笑んでいるように、自分には見えました。
第四部第四話「燃えたつ昨日にさよならを」
あたしには幼馴染がいる。
物心ついた頃、というのが具体的にいつだったかは分からないけれど、気づくとあいつは隣の家に住んでいて、いつもむすっと、何を考えているのか分からない無表情で、ひょっとしてこいつは感情をどこかに置き忘れてきたのではないだろうかと疑いたくなる程に謎めいていた。あいつは滅多に自分の事は話さなかったし、泣いている所も、大声で笑っている所も見た事がない。小学校くらいまでは、そういう雰囲気がなんだかちょっとミステリアスで、良いかな、なんて、不覚にも思っていた時期が正直あった。けれど、中身はただの変態だった。
あいつの母親である鈴音さんと、うちのパパは高校の頃の同級生だったらしい。たまに思い出話になると、同じ部活で散々こき使われていたとパパが愚痴る。確かに鈴音さんは豪快というより強引で、人を引っ張るタイプの人だから、根が弱気なうちのパパ(あたしが生まれる時、子供の前では絶対に泣かないと誓ったけど生まれた時に立ち会っていたら泣いてしまった、とママが言っていた)は、きっと散々な目に合っていたんだろうな、と思う。
そういう訳で、昔からの付き合いである木下家と五十妻家には、1つのタブーがある。
「くり、人には触れられたくない事の1つや2つある。パパはくりにそういう事の分かる娘に育ってもらったいんだ」
「……触れられたくない事って、あたしの名前とか……?」
「……うん、まあ、それもそうかもしれないね」
「小学校で、同じクラスの男子があたしの事『クリトリス』って馬鹿にして言うの。パパ、『クリトリス』って何?」
「……えーっと、今は『クリトリス』の事は置いておこうか。とにかくね、パパはくりに、人を傷つけて欲しく無いんだ。だけど、気づかずにそういう事をしてしまう事もあるだろ?」
「もとくんのお父さんの事?」
「あ、もう知ってたんだ」
「ママが言わないようにって」
「ああ、じゃあもう、うん。パパからは何も無いや」
あいつは自分の父親について語らない。だからあたしも訊ねない。
どんなに気になっても、いくら酷い事をされても、それだけは守ってきた。
また新しく出てきた変態に、とんでもなく理不尽な電撃を浴びせられながら、あたしは昔の事ばかりを考えていた。そしてそんな回想には、必ずと言っていいほどあいつが出てくる。忌々しい事に、あたしの人生はまるであいつの為にあるみたいで……あえてあいつ風に言うならば、非常に不愉快極まりないといった感じだった。
電気が流れる度、鞭で叩かれたような痛みが走る。その後に痺れがきて、脳みそが少し減った気分になる。あたしが何か悪い事をしたのだろうか。あたしがこんな目に合っているのは、やっぱり全てあいつのせいじゃないだろうか。あたしがいくらそう主張しても、あいつは滅茶苦茶な理由でそれを跳ね返す。あたしのおもらし姿がとても良いから。冗談じゃない! と、叫んでも、あいつはそれを本気で言っている。心の底からそれを信じているから、あたしではもう手に負えない。
しかもそんなあいつを調子付かせるように、あたしの周りには変態ばかりが集まってくる。中学時代。等々力は、初めて会った時から目がやばくて、あんまり関わっちゃいけない人だと思ったし、音羽ははっきりとあたしに近づいてきた目的をカラダ目当てだと言いきった。あれだけ人望があって、頭が良くて、何でも出来る委員長からして中身はまともじゃ無かったのだから、同じクラスの引きこもりが変態だったと言われても今更あまり驚かなかった。
なんとか無事に高校に入ってからも、あたしの毎日は変態の連続だった。そもそも学校で1番の権力者が変態だったのは、入学前に調べようがない。そこでまたあたしが標的になるのも、完全にあいつのせいだ。あいつはあたしを助けたと言うが、そもそもあいつがいなければこんな事にはなっていなかったはず。
だけど、蕪野先輩があいつと同居していた時、頭では「変態同士お似合いだし、これであたしの負担も無くなるだろう」と安心しつつ、あたしはちょっとイライラしていた。別にあいつの事が気になるからだとかではなくて、そうじゃなくて、今まで散々あたしに起こしてもらって頼りっきりだったのに、いきなりどうでもいいみたいな態度を取られたら、誰だって怒る。だからこれは決して、恋愛感情とかそういう類の物ではない。断じて。
そして高校が代わるやいなや、変態トーナメントとかいうふざけたのが始まって、気づけばあっという間にこのザマだ。笑えない。
さっきよりも、電気が来た時に感じる痛みが弱くなってきた。これ、あたし、死ぬんじゃないか? そんな予感がしても、不思議と怖いとは感じなかった。これまで以上に恥ずかしい思いをこれからもするのなら、いっそこのまま……なんて、思う訳が、無い。どうしてあたしが変態共の犠牲になって死ななきゃならないのか。特にあいつだ。あたしは絶対あいつより長生きしてやる。というよりあいつが死ぬ時はあたしが殺す時だと決めている。怖いと感じないのは、恐怖よりも怒りの方が上回っているからに他ならない。
これだけ変態に囲まれているのだから、いっその事もうあたしも変態になって、HVDOとやらの能力に目覚めた方が楽なんじゃないかと思った事もあったが、駄目だった。何せ恥ずかしすぎる。どうしてこの変態達は、平気で自分の性癖を他人に晒せるのだろう。強要出来るのだろう。夢中になれるのだろう。あたしはきっと、一生変態の心は理解出来ない。
そんな朦朧とした意識の中で、うっすらと聞こえたクイズの答え。
あたしはどうやら既に、変態らしい。
驚く気力さえもう無かったから、あたしはまたすぐに思い出(というより、これは走馬灯なのか?)に思考が戻った。身体は反応していたけど、痛みも麻痺していたから、あたしは悲鳴をあげられなかった。
もしもあたしが本当に変態だとしたら、「あの言葉」は、本当だったという事になる。
あれは確か、あたしが小学校の帰り道で初めておもらしをした日。あいつに言わせれば、自らの性癖に目覚めた日。あいつがあたしのおもらしを学校で言いふらして、あたしが孤立していくきっかけとなったその前日、夜中の事だった。
ご飯も食べず、お風呂にも入らず、布団を被って枕に顔を埋めて何度も何度も死にたいと繰り返していた時、その男は現れた。黒いスーツを着て、黒いコートを纏って、靴まで真っ黒の怪しい風体。顔も体も見た目は若く、お兄さんと呼べなくもない範囲だったけど、顎の下に短いひげを生やしていたので、おじさんと言うのが正しいように思えた。その目は誰かに似ているような気もしたけど、思い出せない。
「木下くり、君は恥ずかしがり屋なんだね」
優しい口調だったけれど、もちろんパパではない。聞いた事のない声だった。窓も扉も鍵は閉めていたはずだったし、元から部屋にいたなんて訳がない。だけど男はそこにいた。どこからともなく、超能力でも使ったように、気づいたらあたしの部屋の中にいた。
「だ、誰?」
怯えながら訊ねるあたしに、男は質問を無視して答える。
「君みたいな娘は恥辱によってその魅力を引き立てられる」
「ち、ちじょく?」
「恥ずかしがるのは良い事だって意味だよ」
あたしの部屋に、見知らぬ男。明らかに緊急事態ではあったけど、何故か悲鳴をあげたり助けを求める気は起きなかった。その口調のせいか、それともあたしを見る眼差しのせいか、奇妙な安心感があった。
「……恥ずかしいのは……やだ。絶対やだ」
「だからいい。君には才能がある」
「才能……? 何の?」
「もちろん、変態になれる才能さ」
そうだ、はっきり思い出した。次の日の朝、パパとママに話しても信じてもらえなかったから、ずっと夢だと思っていた。だけど、これは現実にあった記憶だ。この電撃のせいなのか、急にはっきりとその時の光景を思い出してきた。
「……変態なんか、なりたくない」
「なりたい、なりたくないじゃない。君に恥じる気持ちがあればあるほど、君は変態に近づいていくんだ。今、好きな男の子はいるかい?」
「い、いないよ! 好きな人なんて……いない」
「そうか」という男はあたしを見破っていた。「でも、君も女の子なのだから、いつかは好きな人が出来るだろうし、その人が彼氏になって、もしかしたら結婚するかもしれない」
あたしはただ必死に首を横に振った。おしっこを漏らしたその日に、結婚の話なんてちょっと飛躍しすぎだ。
「その時、君のその恥ずかしがり屋な所はきっと、『特別』な力として形を表すだろう。君にはその素質がある。もしも君がそれを望まないのならば、いっその事開き直って、恥ずかしがるのはやめた方がいい」
「……だって、恥ずかしい物は恥ずかしいし……」
あたしがそう答えた所で、記憶は終わっている。やっぱりこれは夢だったんじゃないかと思う。しかしあたしの答えを聞いた時の、男の嬉しそうな微笑はどうしても忘れられない。
今なら、男の言っていた意味が分かる。
あいつのHVDO能力で漏らしちゃう度に、あたしは恥ずかしくなった。他のHVDO能力者も現れて、次々勝手な理屈であたしを使って遊ぶから、あたしはますます恥ずかしくなった。そんな毎日に少しずつ慣れていっている自分に気づくと、死にたくなるくらいに恥ずかしくなった。だけど1番恥ずかしかったのは、あいつがすぐ近くで暮らしているという事だった。
認めたくはないけど、認めるしかない。
あたしは、あいつとセックスしたがっている。
こんな事、考えるのも嫌だし、口に出して言えと言われたら舌を噛んで死ぬ。けれどこれしか答えが無い。
正直な気持ちはこうだ。
あいつには、あたしのおもらしではなくて、あたしを好きになって欲しい。余計な事はしないで、ただ純粋に、セックスというそのままの形であいつと性行為がしたい。けれど恥ずかしい目には合いたくない。あいつのは結構大きいし入らない気もする。それに痛いのは怖い。そもそもどうしてあんな奴に欲情しているのか、意味が分からない。これはきっと恋とか愛とかそういう綺麗な物じゃなくて、もっと汚くて、女の子が絶対口にしちゃいけないような欲なんだろう。あいつには気づかれたくない。恥ずかしすぎるのは駄目だ。でも、とにかく、精子が欲しいとあたしの本能が言っている。
だから目覚めたのだと思う。
あいつが眠ってさえいれば、あたしは何も恥ずかしい事はない。ただ黙ってコトを済ませて、知らんぷりしてればいい。
いや、だからって……。
あたしは自分に呆れる。
これじゃ、まるでただの変態じゃないか。
あたしの口からは、思わず笑いが零れた。心配そうにあたしを見つめるあいつを見ていたら、妙におかしくなった。
もとくん、あたし達同類だね。
そんな馬鹿みたいな台詞が思い浮かんで、ぐっと飲み込み、あたしは確信する。
あの夜、あたしの部屋に現れた男は、五十妻元樹の父親だ。
そして、あいつが倒そうとしている、HVDOその物だ。
あたしには幼馴染がいる。
物心ついた頃、というのが具体的にいつだったかは分からないけれど、気づくとあいつは隣の家に住んでいて、いつもむすっと、何を考えているのか分からない無表情で、ひょっとしてこいつは感情をどこかに置き忘れてきたのではないだろうかと疑いたくなる程に謎めいていた。あいつは滅多に自分の事は話さなかったし、泣いている所も、大声で笑っている所も見た事がない。小学校くらいまでは、そういう雰囲気がなんだかちょっとミステリアスで、良いかな、なんて、不覚にも思っていた時期が正直あった。けれど、中身はただの変態だった。
あいつの母親である鈴音さんと、うちのパパは高校の頃の同級生だったらしい。たまに思い出話になると、同じ部活で散々こき使われていたとパパが愚痴る。確かに鈴音さんは豪快というより強引で、人を引っ張るタイプの人だから、根が弱気なうちのパパ(あたしが生まれる時、子供の前では絶対に泣かないと誓ったけど生まれた時に立ち会っていたら泣いてしまった、とママが言っていた)は、きっと散々な目に合っていたんだろうな、と思う。
そういう訳で、昔からの付き合いである木下家と五十妻家には、1つのタブーがある。
「くり、人には触れられたくない事の1つや2つある。パパはくりにそういう事の分かる娘に育ってもらったいんだ」
「……触れられたくない事って、あたしの名前とか……?」
「……うん、まあ、それもそうかもしれないね」
「小学校で、同じクラスの男子があたしの事『クリトリス』って馬鹿にして言うの。パパ、『クリトリス』って何?」
「……えーっと、今は『クリトリス』の事は置いておこうか。とにかくね、パパはくりに、人を傷つけて欲しく無いんだ。だけど、気づかずにそういう事をしてしまう事もあるだろ?」
「もとくんのお父さんの事?」
「あ、もう知ってたんだ」
「ママが言わないようにって」
「ああ、じゃあもう、うん。パパからは何も無いや」
あいつは自分の父親について語らない。だからあたしも訊ねない。
どんなに気になっても、いくら酷い事をされても、それだけは守ってきた。
また新しく出てきた変態に、とんでもなく理不尽な電撃を浴びせられながら、あたしは昔の事ばかりを考えていた。そしてそんな回想には、必ずと言っていいほどあいつが出てくる。忌々しい事に、あたしの人生はまるであいつの為にあるみたいで……あえてあいつ風に言うならば、非常に不愉快極まりないといった感じだった。
電気が流れる度、鞭で叩かれたような痛みが走る。その後に痺れがきて、脳みそが少し減った気分になる。あたしが何か悪い事をしたのだろうか。あたしがこんな目に合っているのは、やっぱり全てあいつのせいじゃないだろうか。あたしがいくらそう主張しても、あいつは滅茶苦茶な理由でそれを跳ね返す。あたしのおもらし姿がとても良いから。冗談じゃない! と、叫んでも、あいつはそれを本気で言っている。心の底からそれを信じているから、あたしではもう手に負えない。
しかもそんなあいつを調子付かせるように、あたしの周りには変態ばかりが集まってくる。中学時代。等々力は、初めて会った時から目がやばくて、あんまり関わっちゃいけない人だと思ったし、音羽ははっきりとあたしに近づいてきた目的をカラダ目当てだと言いきった。あれだけ人望があって、頭が良くて、何でも出来る委員長からして中身はまともじゃ無かったのだから、同じクラスの引きこもりが変態だったと言われても今更あまり驚かなかった。
なんとか無事に高校に入ってからも、あたしの毎日は変態の連続だった。そもそも学校で1番の権力者が変態だったのは、入学前に調べようがない。そこでまたあたしが標的になるのも、完全にあいつのせいだ。あいつはあたしを助けたと言うが、そもそもあいつがいなければこんな事にはなっていなかったはず。
だけど、蕪野先輩があいつと同居していた時、頭では「変態同士お似合いだし、これであたしの負担も無くなるだろう」と安心しつつ、あたしはちょっとイライラしていた。別にあいつの事が気になるからだとかではなくて、そうじゃなくて、今まで散々あたしに起こしてもらって頼りっきりだったのに、いきなりどうでもいいみたいな態度を取られたら、誰だって怒る。だからこれは決して、恋愛感情とかそういう類の物ではない。断じて。
そして高校が代わるやいなや、変態トーナメントとかいうふざけたのが始まって、気づけばあっという間にこのザマだ。笑えない。
さっきよりも、電気が来た時に感じる痛みが弱くなってきた。これ、あたし、死ぬんじゃないか? そんな予感がしても、不思議と怖いとは感じなかった。これまで以上に恥ずかしい思いをこれからもするのなら、いっそこのまま……なんて、思う訳が、無い。どうしてあたしが変態共の犠牲になって死ななきゃならないのか。特にあいつだ。あたしは絶対あいつより長生きしてやる。というよりあいつが死ぬ時はあたしが殺す時だと決めている。怖いと感じないのは、恐怖よりも怒りの方が上回っているからに他ならない。
これだけ変態に囲まれているのだから、いっその事もうあたしも変態になって、HVDOとやらの能力に目覚めた方が楽なんじゃないかと思った事もあったが、駄目だった。何せ恥ずかしすぎる。どうしてこの変態達は、平気で自分の性癖を他人に晒せるのだろう。強要出来るのだろう。夢中になれるのだろう。あたしはきっと、一生変態の心は理解出来ない。
そんな朦朧とした意識の中で、うっすらと聞こえたクイズの答え。
あたしはどうやら既に、変態らしい。
驚く気力さえもう無かったから、あたしはまたすぐに思い出(というより、これは走馬灯なのか?)に思考が戻った。身体は反応していたけど、痛みも麻痺していたから、あたしは悲鳴をあげられなかった。
もしもあたしが本当に変態だとしたら、「あの言葉」は、本当だったという事になる。
あれは確か、あたしが小学校の帰り道で初めておもらしをした日。あいつに言わせれば、自らの性癖に目覚めた日。あいつがあたしのおもらしを学校で言いふらして、あたしが孤立していくきっかけとなったその前日、夜中の事だった。
ご飯も食べず、お風呂にも入らず、布団を被って枕に顔を埋めて何度も何度も死にたいと繰り返していた時、その男は現れた。黒いスーツを着て、黒いコートを纏って、靴まで真っ黒の怪しい風体。顔も体も見た目は若く、お兄さんと呼べなくもない範囲だったけど、顎の下に短いひげを生やしていたので、おじさんと言うのが正しいように思えた。その目は誰かに似ているような気もしたけど、思い出せない。
「木下くり、君は恥ずかしがり屋なんだね」
優しい口調だったけれど、もちろんパパではない。聞いた事のない声だった。窓も扉も鍵は閉めていたはずだったし、元から部屋にいたなんて訳がない。だけど男はそこにいた。どこからともなく、超能力でも使ったように、気づいたらあたしの部屋の中にいた。
「だ、誰?」
怯えながら訊ねるあたしに、男は質問を無視して答える。
「君みたいな娘は恥辱によってその魅力を引き立てられる」
「ち、ちじょく?」
「恥ずかしがるのは良い事だって意味だよ」
あたしの部屋に、見知らぬ男。明らかに緊急事態ではあったけど、何故か悲鳴をあげたり助けを求める気は起きなかった。その口調のせいか、それともあたしを見る眼差しのせいか、奇妙な安心感があった。
「……恥ずかしいのは……やだ。絶対やだ」
「だからいい。君には才能がある」
「才能……? 何の?」
「もちろん、変態になれる才能さ」
そうだ、はっきり思い出した。次の日の朝、パパとママに話しても信じてもらえなかったから、ずっと夢だと思っていた。だけど、これは現実にあった記憶だ。この電撃のせいなのか、急にはっきりとその時の光景を思い出してきた。
「……変態なんか、なりたくない」
「なりたい、なりたくないじゃない。君に恥じる気持ちがあればあるほど、君は変態に近づいていくんだ。今、好きな男の子はいるかい?」
「い、いないよ! 好きな人なんて……いない」
「そうか」という男はあたしを見破っていた。「でも、君も女の子なのだから、いつかは好きな人が出来るだろうし、その人が彼氏になって、もしかしたら結婚するかもしれない」
あたしはただ必死に首を横に振った。おしっこを漏らしたその日に、結婚の話なんてちょっと飛躍しすぎだ。
「その時、君のその恥ずかしがり屋な所はきっと、『特別』な力として形を表すだろう。君にはその素質がある。もしも君がそれを望まないのならば、いっその事開き直って、恥ずかしがるのはやめた方がいい」
「……だって、恥ずかしい物は恥ずかしいし……」
あたしがそう答えた所で、記憶は終わっている。やっぱりこれは夢だったんじゃないかと思う。しかしあたしの答えを聞いた時の、男の嬉しそうな微笑はどうしても忘れられない。
今なら、男の言っていた意味が分かる。
あいつのHVDO能力で漏らしちゃう度に、あたしは恥ずかしくなった。他のHVDO能力者も現れて、次々勝手な理屈であたしを使って遊ぶから、あたしはますます恥ずかしくなった。そんな毎日に少しずつ慣れていっている自分に気づくと、死にたくなるくらいに恥ずかしくなった。だけど1番恥ずかしかったのは、あいつがすぐ近くで暮らしているという事だった。
認めたくはないけど、認めるしかない。
あたしは、あいつとセックスしたがっている。
こんな事、考えるのも嫌だし、口に出して言えと言われたら舌を噛んで死ぬ。けれどこれしか答えが無い。
正直な気持ちはこうだ。
あいつには、あたしのおもらしではなくて、あたしを好きになって欲しい。余計な事はしないで、ただ純粋に、セックスというそのままの形であいつと性行為がしたい。けれど恥ずかしい目には合いたくない。あいつのは結構大きいし入らない気もする。それに痛いのは怖い。そもそもどうしてあんな奴に欲情しているのか、意味が分からない。これはきっと恋とか愛とかそういう綺麗な物じゃなくて、もっと汚くて、女の子が絶対口にしちゃいけないような欲なんだろう。あいつには気づかれたくない。恥ずかしすぎるのは駄目だ。でも、とにかく、精子が欲しいとあたしの本能が言っている。
だから目覚めたのだと思う。
あいつが眠ってさえいれば、あたしは何も恥ずかしい事はない。ただ黙ってコトを済ませて、知らんぷりしてればいい。
いや、だからって……。
あたしは自分に呆れる。
これじゃ、まるでただの変態じゃないか。
あたしの口からは、思わず笑いが零れた。心配そうにあたしを見つめるあいつを見ていたら、妙におかしくなった。
もとくん、あたし達同類だね。
そんな馬鹿みたいな台詞が思い浮かんで、ぐっと飲み込み、あたしは確信する。
あの夜、あたしの部屋に現れた男は、五十妻元樹の父親だ。
そして、あいつが倒そうとしている、HVDOその物だ。