第三部 第二話「言葉に君の横顔」
彼女の口から出る言葉が、俺は好きだ。
「五十妻の性癖は分かったのか?」
「ああ。『おもらし』だそうだ。裏はとれてる」
「そうか」
手で髪をとかし、桜を眺める。それだけで絵になる。
「必ず『3人』でかかれ。服従するかしないかは訊かなくていい」
「ん、何故だ? 服従すると言うなら放っておいていいだろう」
彼女はため息をつく。俺は不安になる。
「燕の巣に触れたんだ」
「五十妻が?」
訊ねてはみたものの、その言葉に直接の意味がない事は分かっていた。
「とにかく再起不能にしろ。誰がとどめを刺してもいい」
「……分かった」
「それと、木下くりには退学してもらう」
木下くり。数日前、部長である彼女がわざわざ直接茶道部の勧誘をしに行って、断られた女だ。表面上、彼女は平気な顔をしていた。内心は狂っていた。
「……少し厳しすぎるんじゃないか?」
「私の手は2つしかない」
問答無用。俺には選択肢が1つもなくなる。
「まあ、ちょうどいいだろう。五十妻と木下は幼馴染だ。まとめてやっつける。やり方は任せてもらっていいんだな?」
「好きにしろ」
部室を後にする。入れ替わりに、茶道部の部員達がやってくる。俺は礼だけして挨拶をかわさない。
背後からは彼女を慕う黄色い声。
耳障りだ。女に言葉はいらない。
そう考えているからこそ、俺の性癖がある。
だが、想いは時に性癖を超える。
彼女の口から出る言葉が、俺は好きだ。
だから彼女には何もしない。
第三部 第二話「言葉に君の横顔」
1、2、3、5、6、7、8、9、10、11、12。
まるで最初から無かったかのように、部活動ゲリラ説明会以降の4月は平穏に過ぎていきました。
とはいえいつも冷静沈着で頼りになるグレゴリオ暦さんが、月を丸ごと無かった事にするような間違いを犯すはずも無く、自分がうっかりぼんやりと過ごしていた4月の間に、それぞれの人にそれぞれの新生活は与えられていたのです。
体育館にて、醜態を暴かれ、非難の弾丸を雨あられと浴びた桐谷生徒会長、いえ、「元」生徒会長は、その後辞職し、今はその席に女子で茶道部に所属する元副会長がついています。これにより、更に茶道部の支配領域は広がり(元々莫大な敷地を誇っていたようですが)、この学校で茶道部に逆らうという事は即ち社会的な死、スクールヒエラルキーにおける最底辺への転落を意味する事になりました。
一方でその桐谷元生徒会長の野望を木っ端微塵に打ち砕き、奈落へと叩き落した望月先輩本人はというと、茶道部と共にますますにその名声を轟かせ、そろそろ校庭に銅像の1つや2つ建つのではないか、と噂されるまでに栄華の極みへと到達していました。その姿からは自分と同類の変態的要素は微塵も見当たらず、茶道部に目をつけられない程度に彼女の噂を個人で調べてみましたが、ほんの少しのエロ要素も無い、計算されつくしたように完璧な学園生活を送っているようなのです。三枝生徒会長からの事前情報は誤りではないか、と思えてきたくらいです。
その三枝生徒会長とは、あまり連絡をとっていません。一応、例の写真によって桐谷元生徒会長が失脚した事を知らせておいた方が良いと思い、電話で報告したのですが、くやしがるでも強がりを言うでもなく、「そう」と答えて、会話はそこで終わってしまいました。その時、「ところで桐谷元生徒会長と性的関係を持ったのですか?」と尋問したい衝動に駆られましたが、それはいかにも無粋と思われ、やめました。性奴隷の貞操管理は主人としては重要な任務ですが、今回は学校同士の合併交渉という、いち高校生にはいささかスケールの大きすぎる話が絡んでいるので、あまり首を突っ込んでも何も出来ない無力さをここぞとばかりに知らしめられるだけなように思われたのです。
しかし自分は、三枝生徒会長がまだ委員長だった頃、夜の公園で全裸散歩した時に言ってくれたあの台詞を覚えており、同時に信じてもいます。今はそれで良しとしましょう。
等々力氏はというと、入学初日に性癖を曝け出し、気持ち悪がられていたあの雰囲気はどこへやらといった感じで、持ち前の人付き合いの良さというか、コミュニケーション能力の高さを生かして、男子は特に、なんと女子にもクラスメイトとしてそこそこの付き合いをしてもらっているようなのです。おっぱいにしか興味が無いというのが逆に良かったのか、貧乳だらけの我が1-Aでは、裏を返せばそれは絶対安全であるという事になるようなのです。それと、茶道部には女子のみならずたった「3人だけ」男子部員も所属しているという話を聞いてからというもの、なんとか入部出来ないかと努力しているらしく、人生の充実具合はなかなかに良さげです。
ですが、もっと意外だったのは、あの孤高の存在、別名「友達いないいない病」を長年患っていたくりちゃんに、なんとその友達が出来たようなのです。
昼休みになると、さながら嘆きの壁に集うユダヤ人のごとく(文字通り、くりちゃんの胸は嘆きの壁です)人が群がり、部活の話やスイーツの話なんてしながら笑ってお弁当を食べています。小学校の頃におもらしして以降、人を信じられなくなったくりちゃんが、このように沢山の人に慕われている所を見る事が出来るとは夢にも思っていませんでした。不思議な感動さえあります。
一方で自分はというと、天性の仏頂面と、等々力氏にバラされた性癖と、ハル先輩と付き合っているという噂により、クラスの中で最も浮いた存在になってしまいました。
つまりくりちゃんは「友達いないいない病」をただ完治させるだけではなく、自分に移していきやがったのです。それにより、自分は女子に「三度触れる事」自体が難しくなり、HVDO能力「黄命」の発動が非常に困難になりました。また、2つ目の能力「W.C.ロック」で施錠出来る鍵は1つだけなので、複数の個室がある学校の女子トイレでの効果は期待出来ません。くりちゃんのせいで、クラス女子のおもらしを見る事が出来ないのです。これは紛れもなく復讐必須事項です。
くりちゃんに友達が出来たのは、何も世界でもトップクラスの貧乳に皆が同情したからというだけではないようで、つい1週間ほど前、くりちゃんが1-Aのちょっとした英雄になる事件があったのです。自分はその場に居合わせた訳ではないので、等々力氏から聞いた話なのですが(情報源が等々力氏のみというのがなんだかとても泣けてきます)、体育の授業でクラスの皆が校庭に集まっている時、たまたま忘れ物をしてクラスに戻ったくりちゃんが、その時ちょうど犯行に及んでいた「制服泥棒」を捕まえたようなのです。
語弊があったかもしません。「捕まえた」というよりは「半殺しにした」の方が正しいでしょう。
自分をサンドバック代わりにして培ってきた、格闘センス溢れる数多の鬼畜技の全てを、くりちゃんはその時遺憾なく発揮し、2年生の、確か「毛利」という名前だったはずの制服泥棒に全治1ヶ月の重傷を与え、学校に救急車とパトカーと霊柩車が同時に来ました。
これは別に弁護する訳ではないのですが、くりちゃんは自分に対して行うのと同程度の暴力をその制服泥棒にしてしまったのではないでしょうか。自分がこれまで何年にも渡って毎朝受けてきた拷問は、確実に自分の身体を強くしていますし、その制服泥棒がどんな人物かは知りませんが、常人では耐えられない程の攻撃力を身に着けたくりちゃんに、全身全霊をかけてボコられれば、その結果は火を見るよりも明らかという訳です。
半殺しの後、制服泥棒の自宅からは清陽高校に通う女子の制服、体操着、下着などが複数見つかり、多数の余罪が発覚した事によって、くりちゃんは女子達を代表する英雄となり、無事、正当防衛も成立したそうです。はいはいめでたしめでたし。
それにしてもこの孤独です。等々力氏も何だかんだ言ってクラスに受け入れられ、ついにくりちゃんにも友達が出来て、三枝生徒会長は別の学校にいる。となると、体育の時、自分は一体誰とペアを組めばいいのか。教科書を忘れた時、昼休みの購買戦争に負けそうな時、まだ早いですが、修学旅行の班決めの時、自分は一体どうすれば。
友達のいない学園生活は、地獄の釜の底より真っ黒です。
深呼吸。
しかしそれでも良いのだと、自分は思います。
自分には、ハル先輩との同棲生活がある。一緒に登校し、一緒にお昼を食べ、一緒に下校する。家に帰れば一緒にテレビを見て、一緒にゲームをして、一緒に勉強をして、一緒に寝る。そして「一緒」がゲシュタルト崩壊しない程度に、間々に百合のお手入れが挟まる。実にパーフェクト。
同棲が始まった当初、自分は心のどこかで「男女の共同生活なんぞそう長くは続かないのではないか」「その内ハル先輩のビッチが発動して他の男を見つけるんじゃないか」と不安な部分もありましたが、約1ヶ月、振り返ってみれば驚愕するくらい無事に暮らしていたのです。
相変わらずの異常性器ですが、やはり「快感」という餌は極上なようで、飽きが来るどころかむしろ日増しに、ハル先輩の喘ぎは激しくなっており、10回に1回はアヘ顔ダブルピースが飛び出し、そのアヘ顔ダブルピースの内、5回に1回はアヘ顔ダブルヴァルカン・サリュート(長寿と健康を祈るヴァルカン人式挨拶)に発展するくらいに感度良好ビンビン物語なのです。自分も、足繁く園芸板に通うくらい百合に詳しくなってきました。
人生、すべてが上手くいく事の方が稀です。
友達がいない事。これが今の自分の不幸。
ハル先輩がエロい事。これが自分の幸運。
これらに分類出来ない事として、「期待はずれだった事」という項目に2つばかり紹介しなければならない事があります。語りが長すぎるぞ馬鹿! と思われるかもしれませんが、これだけはなんとしても聞いていただきたいのです。
まずは1つ目。淫乱女教師がいない。
初日から嫌な予感はしていたのですが、この学校には、フェロモンが漂っていないのです。「淫乱女教師ある所、国栄える」とは昔の人も良く言ったもので、淫乱女教師の存在が歴史のターニングポイントとなっている事は社会の教科書が教えてくれる唯一の真実であり、それが無い清陽高校に未来はにい! と声を大にして申し上げたい。
ハゲ3デブ2チビ1の配牌から、そこにチビがもう1人、あばた面2人、なまり2人、ガリ2人、ワキガ1人が来たので、そこからハゲを1人切ってコンプレックス七対子のワキガ待ち、デブがドラなので1発でツモればハネ満というこの状況。良くわからないかもしれませんが要約するとつまり最悪です。
女性教師自体は家庭科と理科総合にいたのですが、前者は控えめに言ってもババアの既婚者、後者はビン底眼鏡の、ぼそぼそと喋る、何故教師という道を選んだのか不思議な研究職系地味子さんで、これはゴルゴでも射程外と判断せざるを得ません。よって「授業中に生徒の前で教師がおもらし」というマイティーグッドシチュエーションに1年生のうちにお目にかかるのはおそらく不可能かと思われます。誰かこの中に淫乱女教師の収穫出来る畑をご存知の方はいませんか!?
それから2つ目。HVDO能力者がいない。
入学さえすれば、単純に500名ばかりの新しい人間と出会う機会が生まれる訳ですから、中には超能力に目覚めうるような変態が何十人いたって全くおかしくはなく、その方たちを糧にして、いよいよ自分も春木氏に匹敵するHVDO能力を得る事が出来るのではないか、という妥当な期待も、確かに自分は抱いていたのです。
望月先輩は先にも述べた通り調査不足。あるいは誤情報。等々力氏を相手に戦って勝利しても、自分には新しい能力は得られない(リベンジが成立しなければ、1度勝利した相手を再度倒しても意味がないという三枝生徒会長から聞いた「再戦ルール」)という事もあって、少なくとも自分から仕掛ける意味はありませんし、等々力氏の方も、まだ自分に対して勝てる自信が持てないのか知りませんが、勝負を挑んですらきません。
そして新たに近づいてくる変態もいない、となれば必然、新しい能力を得る事も無ければ、EDになる心配もないという、非常に「ぬるい」状態が続いているのです。
ちなみに、先ほど少しだけ触れましたが、くりちゃんが撃退した制服泥棒。彼の話を聞いた時、真っ先に制服フェチのHVDO能力者ではないか、という疑惑が生まれましたが、もしもそうだとしたら、当然その能力も制服に特化したものになるはずで、制服1着盗みに入ったくらいで下手をこく訳がないですし、そもそも学年も違う上、今は入院中なので確認のしようがありません。
このままでは自分は、ただの超能力を持った変態でしかありません。
ああ、退屈で仕方がない!
そんなある朝、新たな展開は、騒々しく運ばれてきました。
「もっくん! もっくん起きてです!」
耳たぶを押さえつけられながら頭をがんがんに揺さぶられて起きた自分は、いつもと違うハル先輩の様子に、「まったくこのエロ娘が……昨晩5回も手入れしてあげたのにまだ……」と思いましたが、どうやらそういう用事ではなかったようなのです。
「隣の木下さんが! なんだかよくわかりませんですが!」
階段を駆け上る音にも個性があるもので、それがくりちゃんの物だと気づくのにそう時間はかかりませんでした。そしてこのリズムから察するに、相当に怒っている。同時に焦っている。
自分が欠伸をしながら身体を起こすと同時、ドアを開けて飛び込んできたくりちゃんは、開口一番、まっすぐ自分を見て、こう叫びました。
「あなたのちんぽであたしのまんこをずぽずぽして欲しいの!!!」
「五十妻の性癖は分かったのか?」
「ああ。『おもらし』だそうだ。裏はとれてる」
「そうか」
手で髪をとかし、桜を眺める。それだけで絵になる。
「必ず『3人』でかかれ。服従するかしないかは訊かなくていい」
「ん、何故だ? 服従すると言うなら放っておいていいだろう」
彼女はため息をつく。俺は不安になる。
「燕の巣に触れたんだ」
「五十妻が?」
訊ねてはみたものの、その言葉に直接の意味がない事は分かっていた。
「とにかく再起不能にしろ。誰がとどめを刺してもいい」
「……分かった」
「それと、木下くりには退学してもらう」
木下くり。数日前、部長である彼女がわざわざ直接茶道部の勧誘をしに行って、断られた女だ。表面上、彼女は平気な顔をしていた。内心は狂っていた。
「……少し厳しすぎるんじゃないか?」
「私の手は2つしかない」
問答無用。俺には選択肢が1つもなくなる。
「まあ、ちょうどいいだろう。五十妻と木下は幼馴染だ。まとめてやっつける。やり方は任せてもらっていいんだな?」
「好きにしろ」
部室を後にする。入れ替わりに、茶道部の部員達がやってくる。俺は礼だけして挨拶をかわさない。
背後からは彼女を慕う黄色い声。
耳障りだ。女に言葉はいらない。
そう考えているからこそ、俺の性癖がある。
だが、想いは時に性癖を超える。
彼女の口から出る言葉が、俺は好きだ。
だから彼女には何もしない。
第三部 第二話「言葉に君の横顔」
1、2、3、5、6、7、8、9、10、11、12。
まるで最初から無かったかのように、部活動ゲリラ説明会以降の4月は平穏に過ぎていきました。
とはいえいつも冷静沈着で頼りになるグレゴリオ暦さんが、月を丸ごと無かった事にするような間違いを犯すはずも無く、自分がうっかりぼんやりと過ごしていた4月の間に、それぞれの人にそれぞれの新生活は与えられていたのです。
体育館にて、醜態を暴かれ、非難の弾丸を雨あられと浴びた桐谷生徒会長、いえ、「元」生徒会長は、その後辞職し、今はその席に女子で茶道部に所属する元副会長がついています。これにより、更に茶道部の支配領域は広がり(元々莫大な敷地を誇っていたようですが)、この学校で茶道部に逆らうという事は即ち社会的な死、スクールヒエラルキーにおける最底辺への転落を意味する事になりました。
一方でその桐谷元生徒会長の野望を木っ端微塵に打ち砕き、奈落へと叩き落した望月先輩本人はというと、茶道部と共にますますにその名声を轟かせ、そろそろ校庭に銅像の1つや2つ建つのではないか、と噂されるまでに栄華の極みへと到達していました。その姿からは自分と同類の変態的要素は微塵も見当たらず、茶道部に目をつけられない程度に彼女の噂を個人で調べてみましたが、ほんの少しのエロ要素も無い、計算されつくしたように完璧な学園生活を送っているようなのです。三枝生徒会長からの事前情報は誤りではないか、と思えてきたくらいです。
その三枝生徒会長とは、あまり連絡をとっていません。一応、例の写真によって桐谷元生徒会長が失脚した事を知らせておいた方が良いと思い、電話で報告したのですが、くやしがるでも強がりを言うでもなく、「そう」と答えて、会話はそこで終わってしまいました。その時、「ところで桐谷元生徒会長と性的関係を持ったのですか?」と尋問したい衝動に駆られましたが、それはいかにも無粋と思われ、やめました。性奴隷の貞操管理は主人としては重要な任務ですが、今回は学校同士の合併交渉という、いち高校生にはいささかスケールの大きすぎる話が絡んでいるので、あまり首を突っ込んでも何も出来ない無力さをここぞとばかりに知らしめられるだけなように思われたのです。
しかし自分は、三枝生徒会長がまだ委員長だった頃、夜の公園で全裸散歩した時に言ってくれたあの台詞を覚えており、同時に信じてもいます。今はそれで良しとしましょう。
等々力氏はというと、入学初日に性癖を曝け出し、気持ち悪がられていたあの雰囲気はどこへやらといった感じで、持ち前の人付き合いの良さというか、コミュニケーション能力の高さを生かして、男子は特に、なんと女子にもクラスメイトとしてそこそこの付き合いをしてもらっているようなのです。おっぱいにしか興味が無いというのが逆に良かったのか、貧乳だらけの我が1-Aでは、裏を返せばそれは絶対安全であるという事になるようなのです。それと、茶道部には女子のみならずたった「3人だけ」男子部員も所属しているという話を聞いてからというもの、なんとか入部出来ないかと努力しているらしく、人生の充実具合はなかなかに良さげです。
ですが、もっと意外だったのは、あの孤高の存在、別名「友達いないいない病」を長年患っていたくりちゃんに、なんとその友達が出来たようなのです。
昼休みになると、さながら嘆きの壁に集うユダヤ人のごとく(文字通り、くりちゃんの胸は嘆きの壁です)人が群がり、部活の話やスイーツの話なんてしながら笑ってお弁当を食べています。小学校の頃におもらしして以降、人を信じられなくなったくりちゃんが、このように沢山の人に慕われている所を見る事が出来るとは夢にも思っていませんでした。不思議な感動さえあります。
一方で自分はというと、天性の仏頂面と、等々力氏にバラされた性癖と、ハル先輩と付き合っているという噂により、クラスの中で最も浮いた存在になってしまいました。
つまりくりちゃんは「友達いないいない病」をただ完治させるだけではなく、自分に移していきやがったのです。それにより、自分は女子に「三度触れる事」自体が難しくなり、HVDO能力「黄命」の発動が非常に困難になりました。また、2つ目の能力「W.C.ロック」で施錠出来る鍵は1つだけなので、複数の個室がある学校の女子トイレでの効果は期待出来ません。くりちゃんのせいで、クラス女子のおもらしを見る事が出来ないのです。これは紛れもなく復讐必須事項です。
くりちゃんに友達が出来たのは、何も世界でもトップクラスの貧乳に皆が同情したからというだけではないようで、つい1週間ほど前、くりちゃんが1-Aのちょっとした英雄になる事件があったのです。自分はその場に居合わせた訳ではないので、等々力氏から聞いた話なのですが(情報源が等々力氏のみというのがなんだかとても泣けてきます)、体育の授業でクラスの皆が校庭に集まっている時、たまたま忘れ物をしてクラスに戻ったくりちゃんが、その時ちょうど犯行に及んでいた「制服泥棒」を捕まえたようなのです。
語弊があったかもしません。「捕まえた」というよりは「半殺しにした」の方が正しいでしょう。
自分をサンドバック代わりにして培ってきた、格闘センス溢れる数多の鬼畜技の全てを、くりちゃんはその時遺憾なく発揮し、2年生の、確か「毛利」という名前だったはずの制服泥棒に全治1ヶ月の重傷を与え、学校に救急車とパトカーと霊柩車が同時に来ました。
これは別に弁護する訳ではないのですが、くりちゃんは自分に対して行うのと同程度の暴力をその制服泥棒にしてしまったのではないでしょうか。自分がこれまで何年にも渡って毎朝受けてきた拷問は、確実に自分の身体を強くしていますし、その制服泥棒がどんな人物かは知りませんが、常人では耐えられない程の攻撃力を身に着けたくりちゃんに、全身全霊をかけてボコられれば、その結果は火を見るよりも明らかという訳です。
半殺しの後、制服泥棒の自宅からは清陽高校に通う女子の制服、体操着、下着などが複数見つかり、多数の余罪が発覚した事によって、くりちゃんは女子達を代表する英雄となり、無事、正当防衛も成立したそうです。はいはいめでたしめでたし。
それにしてもこの孤独です。等々力氏も何だかんだ言ってクラスに受け入れられ、ついにくりちゃんにも友達が出来て、三枝生徒会長は別の学校にいる。となると、体育の時、自分は一体誰とペアを組めばいいのか。教科書を忘れた時、昼休みの購買戦争に負けそうな時、まだ早いですが、修学旅行の班決めの時、自分は一体どうすれば。
友達のいない学園生活は、地獄の釜の底より真っ黒です。
深呼吸。
しかしそれでも良いのだと、自分は思います。
自分には、ハル先輩との同棲生活がある。一緒に登校し、一緒にお昼を食べ、一緒に下校する。家に帰れば一緒にテレビを見て、一緒にゲームをして、一緒に勉強をして、一緒に寝る。そして「一緒」がゲシュタルト崩壊しない程度に、間々に百合のお手入れが挟まる。実にパーフェクト。
同棲が始まった当初、自分は心のどこかで「男女の共同生活なんぞそう長くは続かないのではないか」「その内ハル先輩のビッチが発動して他の男を見つけるんじゃないか」と不安な部分もありましたが、約1ヶ月、振り返ってみれば驚愕するくらい無事に暮らしていたのです。
相変わらずの異常性器ですが、やはり「快感」という餌は極上なようで、飽きが来るどころかむしろ日増しに、ハル先輩の喘ぎは激しくなっており、10回に1回はアヘ顔ダブルピースが飛び出し、そのアヘ顔ダブルピースの内、5回に1回はアヘ顔ダブルヴァルカン・サリュート(長寿と健康を祈るヴァルカン人式挨拶)に発展するくらいに感度良好ビンビン物語なのです。自分も、足繁く園芸板に通うくらい百合に詳しくなってきました。
人生、すべてが上手くいく事の方が稀です。
友達がいない事。これが今の自分の不幸。
ハル先輩がエロい事。これが自分の幸運。
これらに分類出来ない事として、「期待はずれだった事」という項目に2つばかり紹介しなければならない事があります。語りが長すぎるぞ馬鹿! と思われるかもしれませんが、これだけはなんとしても聞いていただきたいのです。
まずは1つ目。淫乱女教師がいない。
初日から嫌な予感はしていたのですが、この学校には、フェロモンが漂っていないのです。「淫乱女教師ある所、国栄える」とは昔の人も良く言ったもので、淫乱女教師の存在が歴史のターニングポイントとなっている事は社会の教科書が教えてくれる唯一の真実であり、それが無い清陽高校に未来はにい! と声を大にして申し上げたい。
ハゲ3デブ2チビ1の配牌から、そこにチビがもう1人、あばた面2人、なまり2人、ガリ2人、ワキガ1人が来たので、そこからハゲを1人切ってコンプレックス七対子のワキガ待ち、デブがドラなので1発でツモればハネ満というこの状況。良くわからないかもしれませんが要約するとつまり最悪です。
女性教師自体は家庭科と理科総合にいたのですが、前者は控えめに言ってもババアの既婚者、後者はビン底眼鏡の、ぼそぼそと喋る、何故教師という道を選んだのか不思議な研究職系地味子さんで、これはゴルゴでも射程外と判断せざるを得ません。よって「授業中に生徒の前で教師がおもらし」というマイティーグッドシチュエーションに1年生のうちにお目にかかるのはおそらく不可能かと思われます。誰かこの中に淫乱女教師の収穫出来る畑をご存知の方はいませんか!?
それから2つ目。HVDO能力者がいない。
入学さえすれば、単純に500名ばかりの新しい人間と出会う機会が生まれる訳ですから、中には超能力に目覚めうるような変態が何十人いたって全くおかしくはなく、その方たちを糧にして、いよいよ自分も春木氏に匹敵するHVDO能力を得る事が出来るのではないか、という妥当な期待も、確かに自分は抱いていたのです。
望月先輩は先にも述べた通り調査不足。あるいは誤情報。等々力氏を相手に戦って勝利しても、自分には新しい能力は得られない(リベンジが成立しなければ、1度勝利した相手を再度倒しても意味がないという三枝生徒会長から聞いた「再戦ルール」)という事もあって、少なくとも自分から仕掛ける意味はありませんし、等々力氏の方も、まだ自分に対して勝てる自信が持てないのか知りませんが、勝負を挑んですらきません。
そして新たに近づいてくる変態もいない、となれば必然、新しい能力を得る事も無ければ、EDになる心配もないという、非常に「ぬるい」状態が続いているのです。
ちなみに、先ほど少しだけ触れましたが、くりちゃんが撃退した制服泥棒。彼の話を聞いた時、真っ先に制服フェチのHVDO能力者ではないか、という疑惑が生まれましたが、もしもそうだとしたら、当然その能力も制服に特化したものになるはずで、制服1着盗みに入ったくらいで下手をこく訳がないですし、そもそも学年も違う上、今は入院中なので確認のしようがありません。
このままでは自分は、ただの超能力を持った変態でしかありません。
ああ、退屈で仕方がない!
そんなある朝、新たな展開は、騒々しく運ばれてきました。
「もっくん! もっくん起きてです!」
耳たぶを押さえつけられながら頭をがんがんに揺さぶられて起きた自分は、いつもと違うハル先輩の様子に、「まったくこのエロ娘が……昨晩5回も手入れしてあげたのにまだ……」と思いましたが、どうやらそういう用事ではなかったようなのです。
「隣の木下さんが! なんだかよくわかりませんですが!」
階段を駆け上る音にも個性があるもので、それがくりちゃんの物だと気づくのにそう時間はかかりませんでした。そしてこのリズムから察するに、相当に怒っている。同時に焦っている。
自分が欠伸をしながら身体を起こすと同時、ドアを開けて飛び込んできたくりちゃんは、開口一番、まっすぐ自分を見て、こう叫びました。
「あなたのちんぽであたしのまんこをずぽずぽして欲しいの!!!」
一周回って、という事があります。
どうしようもなくつまらない芸人の一発ギャグを延々と見せられる事によって、段々面白くなってきたり、さくさくと進みすぎるゲームをしていたら爽快過ぎて飽きがすぐに来てしまったり、魅力的な女性と沢山付き合ってきた男が急にとんでもない不細工と結婚してしまったり。
人間、突き詰めて突き詰めて一周回ると、もう何だか訳の分からない境地に達してしまうものですが、今の状況はまさにそれでした。
「あたしのまんこで精子ぴゅっぴゅして欲しいの!!!」
ひょっとしたらくりちゃんのツンが究極まで達した事により、このように悲惨な状況に陥ってしまっているのではないだろうか、と冷静に分析しているあたり、自分も驚愕極まり、一周して、平常な気分になっていると言えるでしょう。
「早くちんぽ入れて! めちゃくちゃにしてえええ!!!」
叫ぶくりちゃんが向かってきて、ばしっと2度、いや3度、自分の頬に平手打ちをかまし、「特濃ちんぽミルク!」と気が狂った台詞で責めてきました。
「木下さん! お、落ち着いてくださいです!」
とハル先輩がくりちゃんを取り押さえようとしましたが、「おまんこ擦れてイケない汁が飛び出ちゃうよ!」とセンスのある事を言って振り払っていたので、傍目から眺めていてちょっと笑いました。
「お尻ぺんぺんして! 乳首ぎゅってつまんで! 尻穴ぺろぺろして欲しいから!!!」
それはそれは物凄い勢いでした。部屋に入ってきてからここまで、くりちゃんはいやらしい言葉しか口にしておらず、一切の前後関係も意思疎通もそこには無く、ただただ半狂乱の貧乳娘があるのみで、シュールさも一周回って、なんだか牧歌的な雰囲気が漂って参りました。
「まず、落ち着いてくださいくりちゃん」
襟を掴まれぶんぶんと頭を揺らされながら言った台詞でしたが、その実、くりちゃんの言っている事が本心であり、これから行為に及ぶ展開を自分はほんの少しですが望んでおり、それだけに声が小さく「らめっ、おまんこもっと見てっ!」という、まあ、やっぱり気が狂ってるな、としか思えない台詞にかき消されてしまうのでした。
そう、自分はもうこの時点で、多くの事に気づいていました。HVDO能力に目覚めておよそ半年。これまで、ただ漠然と戦ってきた訳ではありません。経験と研究から予想される解答、くりちゃんはおそらく、「淫語」を性癖とするHVDO能力者に攻撃を受けています。
「くりちゃん。まず、確認します」
これがパニック映画ならまず間違いなく最後まで生き残るであろうクールな口調で自分は言います。
「くりちゃんが今陥っている状況に、自分は一切関係していません」
目に涙を溜めながら「ちんぽぉ……ちんぽ! ちんぽ!」とくりちゃん。
「良く聞いてください。おそらくこの現象は、HVDO能力者による攻撃だと思われます。しかし自分を倒す事を目的にしているのだとしたら、今はハル先輩というもっと近しい人がいますし、そもそも入学式の日以降、自分とくりちゃんは会話すらしていませんよね? 自分とくりちゃんが幼馴染だと知っている人物も限られますし、あえてくりちゃんを選ぶ理由もありません。違いますか?」
「ちん……ま、まんこ」と答えるくりちゃん。
どうやら「まんこ」が肯定で「ちんぽ」が否定のようです。長文になると、みさくらなんこつ風味になる、と。やはりこれは、一般的な言葉を脳から排除し、卑猥な言葉しか喋る事が出来なくなる能力と見るのが妥当のようです。実生活に与える影響具合で言えば、春木氏に次いで危険なのではないでしょうか。
淫語。
くりちゃんの口にするそれは、卑猥というよりなんとも間抜けで、しかしそれだけにこの性癖の秘める歪んだ魅力が、率直に伝わってくるものでした。
ですが、ご安心ください。現状、自分の勃起率は、朝勃ちの気配を残しつつの50%。それも下降傾向にあり、くりちゃんがその気ならまだしも、ただ「言わされてるだけ」の淫語は、それほど自分のフェティシズムには刺さらない物でした。
ようやく自分を責めても無駄と分かってくれたのか、ぶつぶつと放送禁止用語を呟いているくりちゃんに、一体どのように対処するのが正解なのかは分かりませんでしたが、とりあえず、「口に出すのが駄目なら、紙に書いてみてはどうですか?」と提案してみると、くりちゃんはメモ帳に大きく「まんこ」と書き、症状の深刻さをこれ以上なく教えてくれました。
「これもHV……なんとかのせいです?」
ドン引きの最果てから、勇気ある1歩を踏み出してこっち側に来てくれたハル先輩の質問に肯定を返すと、くりちゃんはまた「濡れ濡れまんこ掻き回してエッチなアクメ顔見て欲しい……」と切なげに呟きました。十数年来の付き合いである自分が、この難解な言語の翻訳を試みてみるに、ふむ、これはおそらく、「この変態のせいであたしの人生は最悪な事になった」とまだ文句を垂れてるように、声の抑揚や雰囲気から読み取る事が出来ます。自分は、数日前くりちゃんに言われた「最低」という言葉を思い出しました。
そして沈黙の後、
「まんこっ!」
自分が本当の本当に耳を疑ったのは、何よりもこの瞬間だったのです。ハル先輩が初めて我が家に来た時、確かにその唐突さに驚きましたが、「モテ期」という言葉もありますし(玄関口でいきなりセックスに誘われるモテ期は聞いたことありませんが)、それがついに来たのかな、程度の試算は出来ていました。つい先ほどくりちゃんが部屋に突撃しにきた時も、一周回って冷静になってしまったのは、「くりちゃんがこんな事を言うはずがない」という確信があり、逆にそこから予想される新たなる戦いの予感に胸が高鳴り、一旦驚きも忘れて、という事情があります。
しかしこの時の、たった1回の「まんこっ!」は、全くもって不意打ちの衝撃だったのです。
何故なら。
この時「まんこっ!」と言ったのは、くりちゃんではなく、ハル先輩の方だったからです。
「えへへ、言ってみると、意外と気持ち良いです」
ハル先輩はえくぼを作ってはにかみながら、続けざまに、「ちんぽっ!」と言って、それからくりちゃんの手をぎゅっと握って自信満々に言いました。
「これで友達になりましたですっ!」
くりちゃんは壊れたブリキのおもちゃのように首をきりきり曲げて、引きつった表情で自分に視線を送ってきて、この場合はあえて何も言わなくても、「この女は一体何なんだ?」という不服申し立ての意思がそこからはっきりと見てとれましたが、その答えは、あいにくと自分も持ち合わせてはいませんでした。
「アナルに太いの入っちゃってるの!」「膣内に射精して子作り!」「イっちゃう! 淫乱雌顔でイっちゃうの!」「奥に当たっちゃって死んじゃう!」「逝き顔晒しちゃってるよお!」「ちんぽびくんびくんしてお腹の中で跳ねてる!」「ぶっこき昇天する!」「あたしのお尻でセンズリして!」「ビラビラがめくれちゃってる! あたし変態さんなの!」「ザーメン欲しくて気が狂っちゃう!」
やがてHVDO史上最も壮絶な掛け合いを終えた2人の間には、他に類を見ないタイプの友情が芽生えたようでした。くりちゃんの状態はある意味不可抗力でしたが、ハル先輩のは完全に自主的にやっている訳ですから、その異常さは天井知らずです。ハル先輩の一途とも言うべき感情表現の妙は、ただただだらだらのほほんと一緒に暮らしていただけでは気づけなかった魅力でした。
電話が鳴りました。
初期設定の、題名は知りませんが聞いた事のあるメロディー。この飾りっ気の無い着信音のケータイの持ち主を、自分は知っています。
「あへ、ちんちん」
まあ訳すとするならば、「はい、もしもし」あたりなんでしょうか、当然電話に出たのはくりちゃんでした。電話口で「雌まんこにもっと注いで!」と叫び、まず相手が誰であれ会話が成立しないだろうと思いましたが(というかいい加減くりちゃんも諦めて大人しく口を閉じていればいいのに)、意外にも、淫語モードのままで電話先の相手と話が通じているようなのです。
それもそのはず、電話をかけてきた人物こそが、くりちゃんにこの呪いをかけた人物でした。
しばらくのやり取りの後(こちら側からはただくりちゃんがテレフォンセックスの達人のようにしか見えませんでしたが)、くりちゃんが自分に渋々ながら電話を渡してきました。
「電話代わりました。五十妻です」
「俺は清陽高校2年、樫原(かしはら)。HVDO能力者だ」
やけに堂々とした口調に、自分はたじろぎます。自らの趣味に没頭している様子も、事が上手く運んで喜んでいる様子でもなく、ただ仕事に忠実に従っている男の声でした。
「お察しの通り、俺の性癖は『淫語』だ。つい先程、木下くりに対してHVDO能力を発動させてもらった」
「そうですか……何の為に?」
答えが返ってくるとは思っていなかった質問ですが、樫原先輩は何の躊躇いもなく答えました。
「お前を潰せと命令された。それと、木下くりには自主退学してもらう程の恥をかいてもらう必要があるからな」
命令? 誰に? と訊ねかけましたが、これには今度こそ答えてくれないでしょう。
「一石二鳥、という訳ですか?」
「まあ、そんな所だ」
事務的な暗殺者。自分が抱いたその印象はそう間違ってはいないはずです。今までに無いタイプのHVDO能力者であり、当然、対応も今まで通りではいかない。今から苦戦の予感がします。
「という訳で、これから木下くりを素材に使って、性癖バトルをしてもらう」
「……嫌だと言ったら、どうなりますか?」
しばしの沈黙。いえ、含み笑い、のようなものを電話越しに感じます。
「今、木下くりに発動しているHVDO能力の効果は一時的な物だ。しかしこの状態が24時間続けば、俺の第二能力が発動する」
「と、言いますと?」
「木下くりは一生淫語しか喋れなくなる」
「ほう」
無言でじっとこちらを睨んでくるくりちゃんを見て、自分は言いました。
「それは魅力的ですね」
どうしようもなくつまらない芸人の一発ギャグを延々と見せられる事によって、段々面白くなってきたり、さくさくと進みすぎるゲームをしていたら爽快過ぎて飽きがすぐに来てしまったり、魅力的な女性と沢山付き合ってきた男が急にとんでもない不細工と結婚してしまったり。
人間、突き詰めて突き詰めて一周回ると、もう何だか訳の分からない境地に達してしまうものですが、今の状況はまさにそれでした。
「あたしのまんこで精子ぴゅっぴゅして欲しいの!!!」
ひょっとしたらくりちゃんのツンが究極まで達した事により、このように悲惨な状況に陥ってしまっているのではないだろうか、と冷静に分析しているあたり、自分も驚愕極まり、一周して、平常な気分になっていると言えるでしょう。
「早くちんぽ入れて! めちゃくちゃにしてえええ!!!」
叫ぶくりちゃんが向かってきて、ばしっと2度、いや3度、自分の頬に平手打ちをかまし、「特濃ちんぽミルク!」と気が狂った台詞で責めてきました。
「木下さん! お、落ち着いてくださいです!」
とハル先輩がくりちゃんを取り押さえようとしましたが、「おまんこ擦れてイケない汁が飛び出ちゃうよ!」とセンスのある事を言って振り払っていたので、傍目から眺めていてちょっと笑いました。
「お尻ぺんぺんして! 乳首ぎゅってつまんで! 尻穴ぺろぺろして欲しいから!!!」
それはそれは物凄い勢いでした。部屋に入ってきてからここまで、くりちゃんはいやらしい言葉しか口にしておらず、一切の前後関係も意思疎通もそこには無く、ただただ半狂乱の貧乳娘があるのみで、シュールさも一周回って、なんだか牧歌的な雰囲気が漂って参りました。
「まず、落ち着いてくださいくりちゃん」
襟を掴まれぶんぶんと頭を揺らされながら言った台詞でしたが、その実、くりちゃんの言っている事が本心であり、これから行為に及ぶ展開を自分はほんの少しですが望んでおり、それだけに声が小さく「らめっ、おまんこもっと見てっ!」という、まあ、やっぱり気が狂ってるな、としか思えない台詞にかき消されてしまうのでした。
そう、自分はもうこの時点で、多くの事に気づいていました。HVDO能力に目覚めておよそ半年。これまで、ただ漠然と戦ってきた訳ではありません。経験と研究から予想される解答、くりちゃんはおそらく、「淫語」を性癖とするHVDO能力者に攻撃を受けています。
「くりちゃん。まず、確認します」
これがパニック映画ならまず間違いなく最後まで生き残るであろうクールな口調で自分は言います。
「くりちゃんが今陥っている状況に、自分は一切関係していません」
目に涙を溜めながら「ちんぽぉ……ちんぽ! ちんぽ!」とくりちゃん。
「良く聞いてください。おそらくこの現象は、HVDO能力者による攻撃だと思われます。しかし自分を倒す事を目的にしているのだとしたら、今はハル先輩というもっと近しい人がいますし、そもそも入学式の日以降、自分とくりちゃんは会話すらしていませんよね? 自分とくりちゃんが幼馴染だと知っている人物も限られますし、あえてくりちゃんを選ぶ理由もありません。違いますか?」
「ちん……ま、まんこ」と答えるくりちゃん。
どうやら「まんこ」が肯定で「ちんぽ」が否定のようです。長文になると、みさくらなんこつ風味になる、と。やはりこれは、一般的な言葉を脳から排除し、卑猥な言葉しか喋る事が出来なくなる能力と見るのが妥当のようです。実生活に与える影響具合で言えば、春木氏に次いで危険なのではないでしょうか。
淫語。
くりちゃんの口にするそれは、卑猥というよりなんとも間抜けで、しかしそれだけにこの性癖の秘める歪んだ魅力が、率直に伝わってくるものでした。
ですが、ご安心ください。現状、自分の勃起率は、朝勃ちの気配を残しつつの50%。それも下降傾向にあり、くりちゃんがその気ならまだしも、ただ「言わされてるだけ」の淫語は、それほど自分のフェティシズムには刺さらない物でした。
ようやく自分を責めても無駄と分かってくれたのか、ぶつぶつと放送禁止用語を呟いているくりちゃんに、一体どのように対処するのが正解なのかは分かりませんでしたが、とりあえず、「口に出すのが駄目なら、紙に書いてみてはどうですか?」と提案してみると、くりちゃんはメモ帳に大きく「まんこ」と書き、症状の深刻さをこれ以上なく教えてくれました。
「これもHV……なんとかのせいです?」
ドン引きの最果てから、勇気ある1歩を踏み出してこっち側に来てくれたハル先輩の質問に肯定を返すと、くりちゃんはまた「濡れ濡れまんこ掻き回してエッチなアクメ顔見て欲しい……」と切なげに呟きました。十数年来の付き合いである自分が、この難解な言語の翻訳を試みてみるに、ふむ、これはおそらく、「この変態のせいであたしの人生は最悪な事になった」とまだ文句を垂れてるように、声の抑揚や雰囲気から読み取る事が出来ます。自分は、数日前くりちゃんに言われた「最低」という言葉を思い出しました。
そして沈黙の後、
「まんこっ!」
自分が本当の本当に耳を疑ったのは、何よりもこの瞬間だったのです。ハル先輩が初めて我が家に来た時、確かにその唐突さに驚きましたが、「モテ期」という言葉もありますし(玄関口でいきなりセックスに誘われるモテ期は聞いたことありませんが)、それがついに来たのかな、程度の試算は出来ていました。つい先ほどくりちゃんが部屋に突撃しにきた時も、一周回って冷静になってしまったのは、「くりちゃんがこんな事を言うはずがない」という確信があり、逆にそこから予想される新たなる戦いの予感に胸が高鳴り、一旦驚きも忘れて、という事情があります。
しかしこの時の、たった1回の「まんこっ!」は、全くもって不意打ちの衝撃だったのです。
何故なら。
この時「まんこっ!」と言ったのは、くりちゃんではなく、ハル先輩の方だったからです。
「えへへ、言ってみると、意外と気持ち良いです」
ハル先輩はえくぼを作ってはにかみながら、続けざまに、「ちんぽっ!」と言って、それからくりちゃんの手をぎゅっと握って自信満々に言いました。
「これで友達になりましたですっ!」
くりちゃんは壊れたブリキのおもちゃのように首をきりきり曲げて、引きつった表情で自分に視線を送ってきて、この場合はあえて何も言わなくても、「この女は一体何なんだ?」という不服申し立ての意思がそこからはっきりと見てとれましたが、その答えは、あいにくと自分も持ち合わせてはいませんでした。
「アナルに太いの入っちゃってるの!」「膣内に射精して子作り!」「イっちゃう! 淫乱雌顔でイっちゃうの!」「奥に当たっちゃって死んじゃう!」「逝き顔晒しちゃってるよお!」「ちんぽびくんびくんしてお腹の中で跳ねてる!」「ぶっこき昇天する!」「あたしのお尻でセンズリして!」「ビラビラがめくれちゃってる! あたし変態さんなの!」「ザーメン欲しくて気が狂っちゃう!」
やがてHVDO史上最も壮絶な掛け合いを終えた2人の間には、他に類を見ないタイプの友情が芽生えたようでした。くりちゃんの状態はある意味不可抗力でしたが、ハル先輩のは完全に自主的にやっている訳ですから、その異常さは天井知らずです。ハル先輩の一途とも言うべき感情表現の妙は、ただただだらだらのほほんと一緒に暮らしていただけでは気づけなかった魅力でした。
電話が鳴りました。
初期設定の、題名は知りませんが聞いた事のあるメロディー。この飾りっ気の無い着信音のケータイの持ち主を、自分は知っています。
「あへ、ちんちん」
まあ訳すとするならば、「はい、もしもし」あたりなんでしょうか、当然電話に出たのはくりちゃんでした。電話口で「雌まんこにもっと注いで!」と叫び、まず相手が誰であれ会話が成立しないだろうと思いましたが(というかいい加減くりちゃんも諦めて大人しく口を閉じていればいいのに)、意外にも、淫語モードのままで電話先の相手と話が通じているようなのです。
それもそのはず、電話をかけてきた人物こそが、くりちゃんにこの呪いをかけた人物でした。
しばらくのやり取りの後(こちら側からはただくりちゃんがテレフォンセックスの達人のようにしか見えませんでしたが)、くりちゃんが自分に渋々ながら電話を渡してきました。
「電話代わりました。五十妻です」
「俺は清陽高校2年、樫原(かしはら)。HVDO能力者だ」
やけに堂々とした口調に、自分はたじろぎます。自らの趣味に没頭している様子も、事が上手く運んで喜んでいる様子でもなく、ただ仕事に忠実に従っている男の声でした。
「お察しの通り、俺の性癖は『淫語』だ。つい先程、木下くりに対してHVDO能力を発動させてもらった」
「そうですか……何の為に?」
答えが返ってくるとは思っていなかった質問ですが、樫原先輩は何の躊躇いもなく答えました。
「お前を潰せと命令された。それと、木下くりには自主退学してもらう程の恥をかいてもらう必要があるからな」
命令? 誰に? と訊ねかけましたが、これには今度こそ答えてくれないでしょう。
「一石二鳥、という訳ですか?」
「まあ、そんな所だ」
事務的な暗殺者。自分が抱いたその印象はそう間違ってはいないはずです。今までに無いタイプのHVDO能力者であり、当然、対応も今まで通りではいかない。今から苦戦の予感がします。
「という訳で、これから木下くりを素材に使って、性癖バトルをしてもらう」
「……嫌だと言ったら、どうなりますか?」
しばしの沈黙。いえ、含み笑い、のようなものを電話越しに感じます。
「今、木下くりに発動しているHVDO能力の効果は一時的な物だ。しかしこの状態が24時間続けば、俺の第二能力が発動する」
「と、言いますと?」
「木下くりは一生淫語しか喋れなくなる」
「ほう」
無言でじっとこちらを睨んでくるくりちゃんを見て、自分は言いました。
「それは魅力的ですね」
「……面白い奴だ」
褒められたような、馬鹿にされたような、自分としては本気で言っていただけに判断に困りました。
「はっきり言っておきますが、自分はもうくりちゃんがどうなろうと知ったこっちゃないのです。くりちゃんは自分と縁を切ると宣言しましたし、自分もくりちゃんの貧相なボディーにはもう興味ありません。実は引越しも考えているくらいなんですよ」
それは決して嘘ではありませんでしたが、やや誇張気味の強打と表現しておくのが正しい所でしょう。みすみすイニシアチブを相手に渡す趣味を自分は持ち合わせてはいませんので、やるかやらないかの選択権はあくまでも手元に置いておき、いざバトルが始まった時、なるべく有利に運ぶ条件(例えば場所や時間)を用意し、最大限のアドバンテージが得られるように事を運ぶ。これが策士の定石というものです。
「なるほど、随分な鬼畜らしい」
まるで感情が込もってない樫原先輩の台詞を最後にして、電話はぷつりと切れました。
自分は耳から電話を放し、一旦深呼吸し「やっちゃいましたかね、これ」と試しにおどけてみると、くりちゃんが飛び掛ってきて首を絞めてきました。親指を鉤状にして頚動脈をしっかりと押さえる、本気で殺しにかかる時のそれですギバップ。
「き、木下さん! もっくん死んじゃいますよ!」
「エロ汁でりゅううううう!!!!」
三途の川でキャンプをしているアウトドア派のお婆ちゃんが見えたその瞬間、自分がたまたま背後にしていた窓に「こつん」と石か何かが当たる音がして、くりちゃんはようやく、顔がねるねるねるねそっくりの色になった自分を解放してくれました。
続けて「こんっ」今度はもう少し大きめの物が当たる音がして、それがやはり石であると肉眼で確認出来ました。
当然、窓を開けて、下を覗きます。そこにいたのは、清陽高校の制服を着た、きりっとした眉毛が特徴的な三白眼の男でした。今さっき人を2、30人殺してきたかのような雰囲気を纏った強面で、不良、というよりはやくざ気味な、クラスではきっと「若頭」とあだ名されているのではないかと自分は勝手に想像しました。
「あ、樫原君です」
ハル先輩が確認してくれました。ハル先輩も2年生なので、同級生なのでしょう。電話の主である事は間違いないようです。
そして再び着信。今度は直接自分が出ました。
「遅刻するぞ」
眼下3mほど先で喋る樫原先輩の声が、電話を通して聞こえました。
何はともあれ、くりちゃんの人生はまだ終わってないようです。
「五十妻元樹。木下の今後なんてどうでもいいんだろ? なら、勝負しようじゃないか。木下を素材に使うのに問題ないという事だ」
自分が手にしようとしていた有利は、どうやら砂で出来た脆い物だったようです。
いえ、そもそも最初から、自分に選択肢などは無かったのかもしれません。
「俺の性癖は淫語だ。お前は?」
おもらしの素晴らしさを理解しない方には、実力行使でもって分からせるしかない。おもらしをする少女は究極の美を体現し、世界の理を支配する。自分にはそれを愛でる力があり、他の性癖は全てこれの下位交換でしかない。ならば勝負以外ありません。
「自分はおもらしが好きです」
答えると同時、樫原先輩の頭上に0%と書かれた勃起率が点灯しました。
思い返してみるに、他のHVDO能力者との真っ向性癖バトルというのは、春木氏以来久しぶりの事かもしれません。知恵様とのバトルは相手をいかに騙して脱出出来るかの変則的な物でしたし、三枝生徒会長の野外ストリップは、自分を敵として行った物ではありませんでした(トムの策略により会場に導かれた自分は勝手にピンチに陥っていましたが)。なので、自分の性癖を相手に理解してもらうという本来の趣旨に沿ったバトルは、実に久々の事です。
脳の普段使っていない部分が、急激に揺り起こされていく感覚を覚えます。性癖バトルは感情がそのまま力になるという単純な物ではなく、頭を使い、相手の虚を突き、興奮するポイントを見極めなければ、勝利を収める事が出来ません。そして最大限にくりちゃんを羞恥させ、その魅力を引き出す。この作業において自分は負ける訳にいきません。
何はともあれ部屋の中では出来る事が限られていますので、自分は言いました。
「今、そちらに降りていきます」
「その前に1つ言っておこう」と、樫原先輩。「いや、言葉にする必要もないか」
意味を分かりかね、問いただそうとした瞬間、鼻腔を通じて理解はやってきました。
悪臭。
部屋で普段生活している時にはまず感じないタイプの臭いでしたので、自分の鼻は敏感に嗅ぎ取り、そしてそれが非常に心地の悪い物であると即時判断を下しました。具体的に言えば、全然手入れの行き届いていない真夏の公衆便所という所でしょうか、尿の臭いならまだしも、糞の発酵した臭いが織り交ざった、鼻のひん曲がりそうな汚臭です。
思わず鼻をつまみました。ハル先輩も同様のようです。しかしただ1人くりちゃんだけは、きょとんとして、自分とハル先輩の変化の理由が、まるで分かっていないようなのです。
「な、何ですかこの臭い!」自分が叫ぶと、ハル先輩も「臭すぎますです!」と、悲鳴をあげました。
くりちゃんの焦る顔。2人っきりのエレベーターで硫黄臭のするすかしっ屁が出てしまった人のようなおろおろとした反応に、自分は確信を得ました。人間、自分の臭いというのはなかなか分からない物で、例え友人同士であっても「お前、臭い」と言うにはかなりの勇気が必要で、それが分かっているだけに、「もしかして自分も臭いのではないだろうか」というネガティブ思考も生まれ、結局、体臭という名の大魔王は誰か親切な勇者が現れるまで放置されたままになりがちなのです。
しかし、今くりちゃんが放っているバッドスメルオーラは、そんな甘い事を言っていられるレベルの代物ではありませんでした。
「木下さん、くさいです!」
自分より先に言ってのけたハル先輩。先程、淫語を通じて培ったはずの友情は最早宇宙の彼方に吹っ飛ばされて、またも裏切られたくりちゃんは、引きつった笑顔で自分の腕をくんくんと嗅いで、首を傾げて「おちんぽ……」と呟いていました。
この劇物的な体臭も、淫語と同様に不自然なものです。樫原先輩の別の能力かと疑いましたが、「臭い」と「言葉」の関係性は、いくら考えても思いつきませんので、可能性は非常に低いでしょう。それに性癖は1人1つ。この決まりが意味する答えは……。
「卑怯だと罵るならそれでもいい。俺も、負ける訳にはいかないんでな」
2人目の敵。その存在です。
2対1。
拳と拳を交えるような普通の喧嘩の場合、「数の暴力」というのは決定的な有利を生むはずで、それは例えば実際に血の伴う戦争においても、盤上で白熱する駒同士の戦いにおいても、「数の多い方が勝つ」と言っておけば少なくとも50%以上の確率で予想は的中するであろうと思われます。
しかし性癖バトルにおいてはどうでしょうか。相手の扱う性癖にさえ「刺さらなければ」、こちらが勃起する事はありえませんし、また、こちらが仕掛けた1つの行為によって、同時にそれを見ていた複数の敵を倒す事が可能なので、極端な戦力差は付き難いように思われます。
もちろん、敵が多ければ多いほど、その中に何かしら、自分がうっかり魅力的に感じてしまう性癖が眠っている可能性が高くなるという点においては、「数の有利」というのは確かに存在しているかもしれません。ですが、現時点における、「体臭」と「淫語」は、幸いな事にどちらも自分のストライクゾーンからは大きく外れており、淫語しか口にする事が出来なくなった上、身体がいきなり臭くなったくりちゃんは、確かにどうしようもない程かわいそうな存在だと思いますが、それでもなお性的な興奮はいまいち覚えません。
それよりも、今から同時に2人を倒せば、当然一気に新しい能力を2つ得る事になり、5分間の無敵能力「ピーフェクト・タイム」が再び手に入ります。あの能力は性癖バトルにおいてはかなり強い部類に入ると、春木氏が太鼓判を押してくれた事もあり、ある種この2対1という状況は、リスクが少なくリターンの多い、ピンチというよりはチャンスであるという解釈も出来ます。
「卑怯だとは思いませんね」あえて自分は余裕を見せます。「やれる事は全てやるべきです。何せ陰茎懸けですから」
電話の向こうからは、自分よりもっと余裕のある声が返ってきます。
「物分りが良くて助かる」
「では、この汚物……じゃなかったくりちゃんを使って、2対1の勝負を始めましょうか」
自分は窓の下をそっと覗きます。樫原先輩は表情を変えず、告げました。
「誰が2対1と言った?」
この時点でようやく自分は、恐怖を感じたのです。
それは許されざる鈍感さでした。相手は既に自分の事を調べ上げ、「命令された」という一切感情の排された理由で倒しにきており、まるで毎日こなしているルーチンワークを行うがごとく落ち着き払い、手馴れた風に追い詰めてきている。そこには当然周到に用意された自分を殺す手段か、あるいはほぼ負けないであろうという確たる勝利の方程式のような物があるはずで、それが自分には見当もついていなかったのです。
負ける訳にはいかない。自分で言った事です。感情だけでは勝てない。これも自分で言った事です。
認識をしていても思考が付属していなかった。後悔は足音もたてずに、気づくと背後に立っていました。
「くりちゃん……喋れない以上、見せてくれないと、伝わりませんよ」
言いたくない事を言うには大量のエネルギーを使うもので、しかも事態が好転する事は稀です。しかし言わなければならない事が、今のうちに確かめておかなければならない事がある場合、そこに選択の余地はありません。
思えばくりちゃんは、この部屋に入ってきてから、ずっと「何か」を訴えていました。それはもちろん、「淫語しか喋れなくなった」という異常事態を伝える手段としては的確で、なおかつそれ以外に無い方法ではありますが、もしも「淫語しか喋れなくなった事」が「今1番恥ずかしい事」ならば、むしろ口数は出来るだけ少なく、一旦それを相手が理解した事が確認出来たのなら、そこからは完全に口をつぐむのではないでしょうか。
くりちゃんも馬鹿ではありませんから、それは分かっていたはずです。でも必死に訴えるしかなかった。自分を責める事によって、察してもらう事を望んでいた。肩を落とし、目に涙を溜めながら、深く俯いて、唇を震わせるくりちゃん。自分はそっと背中を押します。
「約束します。くりちゃんが協力してくれるなら、必ず樫原先輩を倒します」
くりちゃんはゆっくりと立ち上がると、制服の上着を脱ぎ、シャツのボタンを1つずつ外していきました。
先程まで漂っていた悪臭は、気づくと別の臭いに変わっていました。前の臭いを自分は「公衆便所」と表現しましたが、今度のは「汗の臭い」です。例えるなら、1日中走っていた陸上部の女子の脱ぎたてソックスといった所でしょうか。すえた臭い、いやこの場合、「匂い」の字を当てるのが適切かもしれませんが、それは匂いフェチならずとも性的な印象を受ける、スポーティーでエロティックな芳香であり、包み隠さず正直に言えば、自分はごくごくたまにくりちゃんからするこの匂いがちょっと好きでした。
おそらくまだ見ぬ「体臭」のHVDO能力者は、くりちゃんの身体から発生する匂いも、ある程度コントロールする事が出来るのでしょう。公衆便所臭が不評だったので、こちらに変更した、と見えます。
やがてシャツを脱ぎ終わったくりちゃんは、まだ当分は必要ないであろうブラを手で少しでも隠しながら、縮こまっていました。ハル先輩はいきなり脱ぎだしたくりちゃんに戸惑っていましたが、自分はフォローを入れる余裕も持てず、くりちゃんの身体を観察していました。
鬼が出るか、蛇が出るか。
「3対1だ。もう増える事はないから安心しろ」
耳元で樫原先輩の声がしました。
次の瞬間、意を決したようにくりちゃんは両手を高く挙げ、バンザイのポーズをしました。
もっさー。
なんという腋毛。
しかもそれは、さしみのつまのようなささやかな物ではなく、色違いの黒いモンジャラが草むらから飛び出してきたかのような存在感を放ち、くりちゃんの脇にがっぷり生えていました。くりちゃんは顔を真っ赤にして、恥ずかしさで爆発しそうになりながら、頑張って二の腕をぷるぷるさせつつ、バンザイの姿勢を維持していました。全開になった情熱のアポクリン腺から、例の汗臭もとめどなく溢れ、自分の部屋は柔道部の部室並に酷い事になりました。
それからくりちゃんはそっと妖刀・脇一文字を鞘に収めると、自信なく曲がった指で、自らの股間を「ここ、ここ」という風にさしました。
どうやらまだ地球には藤岡弘、の探検していない未開のジャングルがあったようなのです。腋毛だけではなく陰毛も似たような事になっている。ひょっとすると、村……ではなくケツ毛も……。
「引きました」
思わず自分がオブラートをビリビリに破いた感想を述べると、くりちゃんは反射的に罵るような口調で叫びました。
「あたしのエロエロまんこから変な匂いがするからいやらしい毛全部剃って!」
初めて状況に適している事を言ったな、などと思っていると、今度は自分の身体に変化が起きていました。
しかしそれはくりちゃんのように絶対的に誰かのせいという訳ではなく、強いて言えば自分のせい、かなり贔屓目に見て責任転嫁モードを全開にすればむしろくりちゃんのせいと思われる変化でした。
100%。
性癖バトルにおいては負けを意味するこの数字を、自分のエロエロちんぽはいともあっさり達成してしまっていた訳です。
淫語+体臭+剛毛。
完全に嫁の貰い手がいなくなったくりちゃん。自分は迂闊にも興奮してしまいました。
褒められたような、馬鹿にされたような、自分としては本気で言っていただけに判断に困りました。
「はっきり言っておきますが、自分はもうくりちゃんがどうなろうと知ったこっちゃないのです。くりちゃんは自分と縁を切ると宣言しましたし、自分もくりちゃんの貧相なボディーにはもう興味ありません。実は引越しも考えているくらいなんですよ」
それは決して嘘ではありませんでしたが、やや誇張気味の強打と表現しておくのが正しい所でしょう。みすみすイニシアチブを相手に渡す趣味を自分は持ち合わせてはいませんので、やるかやらないかの選択権はあくまでも手元に置いておき、いざバトルが始まった時、なるべく有利に運ぶ条件(例えば場所や時間)を用意し、最大限のアドバンテージが得られるように事を運ぶ。これが策士の定石というものです。
「なるほど、随分な鬼畜らしい」
まるで感情が込もってない樫原先輩の台詞を最後にして、電話はぷつりと切れました。
自分は耳から電話を放し、一旦深呼吸し「やっちゃいましたかね、これ」と試しにおどけてみると、くりちゃんが飛び掛ってきて首を絞めてきました。親指を鉤状にして頚動脈をしっかりと押さえる、本気で殺しにかかる時のそれですギバップ。
「き、木下さん! もっくん死んじゃいますよ!」
「エロ汁でりゅううううう!!!!」
三途の川でキャンプをしているアウトドア派のお婆ちゃんが見えたその瞬間、自分がたまたま背後にしていた窓に「こつん」と石か何かが当たる音がして、くりちゃんはようやく、顔がねるねるねるねそっくりの色になった自分を解放してくれました。
続けて「こんっ」今度はもう少し大きめの物が当たる音がして、それがやはり石であると肉眼で確認出来ました。
当然、窓を開けて、下を覗きます。そこにいたのは、清陽高校の制服を着た、きりっとした眉毛が特徴的な三白眼の男でした。今さっき人を2、30人殺してきたかのような雰囲気を纏った強面で、不良、というよりはやくざ気味な、クラスではきっと「若頭」とあだ名されているのではないかと自分は勝手に想像しました。
「あ、樫原君です」
ハル先輩が確認してくれました。ハル先輩も2年生なので、同級生なのでしょう。電話の主である事は間違いないようです。
そして再び着信。今度は直接自分が出ました。
「遅刻するぞ」
眼下3mほど先で喋る樫原先輩の声が、電話を通して聞こえました。
何はともあれ、くりちゃんの人生はまだ終わってないようです。
「五十妻元樹。木下の今後なんてどうでもいいんだろ? なら、勝負しようじゃないか。木下を素材に使うのに問題ないという事だ」
自分が手にしようとしていた有利は、どうやら砂で出来た脆い物だったようです。
いえ、そもそも最初から、自分に選択肢などは無かったのかもしれません。
「俺の性癖は淫語だ。お前は?」
おもらしの素晴らしさを理解しない方には、実力行使でもって分からせるしかない。おもらしをする少女は究極の美を体現し、世界の理を支配する。自分にはそれを愛でる力があり、他の性癖は全てこれの下位交換でしかない。ならば勝負以外ありません。
「自分はおもらしが好きです」
答えると同時、樫原先輩の頭上に0%と書かれた勃起率が点灯しました。
思い返してみるに、他のHVDO能力者との真っ向性癖バトルというのは、春木氏以来久しぶりの事かもしれません。知恵様とのバトルは相手をいかに騙して脱出出来るかの変則的な物でしたし、三枝生徒会長の野外ストリップは、自分を敵として行った物ではありませんでした(トムの策略により会場に導かれた自分は勝手にピンチに陥っていましたが)。なので、自分の性癖を相手に理解してもらうという本来の趣旨に沿ったバトルは、実に久々の事です。
脳の普段使っていない部分が、急激に揺り起こされていく感覚を覚えます。性癖バトルは感情がそのまま力になるという単純な物ではなく、頭を使い、相手の虚を突き、興奮するポイントを見極めなければ、勝利を収める事が出来ません。そして最大限にくりちゃんを羞恥させ、その魅力を引き出す。この作業において自分は負ける訳にいきません。
何はともあれ部屋の中では出来る事が限られていますので、自分は言いました。
「今、そちらに降りていきます」
「その前に1つ言っておこう」と、樫原先輩。「いや、言葉にする必要もないか」
意味を分かりかね、問いただそうとした瞬間、鼻腔を通じて理解はやってきました。
悪臭。
部屋で普段生活している時にはまず感じないタイプの臭いでしたので、自分の鼻は敏感に嗅ぎ取り、そしてそれが非常に心地の悪い物であると即時判断を下しました。具体的に言えば、全然手入れの行き届いていない真夏の公衆便所という所でしょうか、尿の臭いならまだしも、糞の発酵した臭いが織り交ざった、鼻のひん曲がりそうな汚臭です。
思わず鼻をつまみました。ハル先輩も同様のようです。しかしただ1人くりちゃんだけは、きょとんとして、自分とハル先輩の変化の理由が、まるで分かっていないようなのです。
「な、何ですかこの臭い!」自分が叫ぶと、ハル先輩も「臭すぎますです!」と、悲鳴をあげました。
くりちゃんの焦る顔。2人っきりのエレベーターで硫黄臭のするすかしっ屁が出てしまった人のようなおろおろとした反応に、自分は確信を得ました。人間、自分の臭いというのはなかなか分からない物で、例え友人同士であっても「お前、臭い」と言うにはかなりの勇気が必要で、それが分かっているだけに、「もしかして自分も臭いのではないだろうか」というネガティブ思考も生まれ、結局、体臭という名の大魔王は誰か親切な勇者が現れるまで放置されたままになりがちなのです。
しかし、今くりちゃんが放っているバッドスメルオーラは、そんな甘い事を言っていられるレベルの代物ではありませんでした。
「木下さん、くさいです!」
自分より先に言ってのけたハル先輩。先程、淫語を通じて培ったはずの友情は最早宇宙の彼方に吹っ飛ばされて、またも裏切られたくりちゃんは、引きつった笑顔で自分の腕をくんくんと嗅いで、首を傾げて「おちんぽ……」と呟いていました。
この劇物的な体臭も、淫語と同様に不自然なものです。樫原先輩の別の能力かと疑いましたが、「臭い」と「言葉」の関係性は、いくら考えても思いつきませんので、可能性は非常に低いでしょう。それに性癖は1人1つ。この決まりが意味する答えは……。
「卑怯だと罵るならそれでもいい。俺も、負ける訳にはいかないんでな」
2人目の敵。その存在です。
2対1。
拳と拳を交えるような普通の喧嘩の場合、「数の暴力」というのは決定的な有利を生むはずで、それは例えば実際に血の伴う戦争においても、盤上で白熱する駒同士の戦いにおいても、「数の多い方が勝つ」と言っておけば少なくとも50%以上の確率で予想は的中するであろうと思われます。
しかし性癖バトルにおいてはどうでしょうか。相手の扱う性癖にさえ「刺さらなければ」、こちらが勃起する事はありえませんし、また、こちらが仕掛けた1つの行為によって、同時にそれを見ていた複数の敵を倒す事が可能なので、極端な戦力差は付き難いように思われます。
もちろん、敵が多ければ多いほど、その中に何かしら、自分がうっかり魅力的に感じてしまう性癖が眠っている可能性が高くなるという点においては、「数の有利」というのは確かに存在しているかもしれません。ですが、現時点における、「体臭」と「淫語」は、幸いな事にどちらも自分のストライクゾーンからは大きく外れており、淫語しか口にする事が出来なくなった上、身体がいきなり臭くなったくりちゃんは、確かにどうしようもない程かわいそうな存在だと思いますが、それでもなお性的な興奮はいまいち覚えません。
それよりも、今から同時に2人を倒せば、当然一気に新しい能力を2つ得る事になり、5分間の無敵能力「ピーフェクト・タイム」が再び手に入ります。あの能力は性癖バトルにおいてはかなり強い部類に入ると、春木氏が太鼓判を押してくれた事もあり、ある種この2対1という状況は、リスクが少なくリターンの多い、ピンチというよりはチャンスであるという解釈も出来ます。
「卑怯だとは思いませんね」あえて自分は余裕を見せます。「やれる事は全てやるべきです。何せ陰茎懸けですから」
電話の向こうからは、自分よりもっと余裕のある声が返ってきます。
「物分りが良くて助かる」
「では、この汚物……じゃなかったくりちゃんを使って、2対1の勝負を始めましょうか」
自分は窓の下をそっと覗きます。樫原先輩は表情を変えず、告げました。
「誰が2対1と言った?」
この時点でようやく自分は、恐怖を感じたのです。
それは許されざる鈍感さでした。相手は既に自分の事を調べ上げ、「命令された」という一切感情の排された理由で倒しにきており、まるで毎日こなしているルーチンワークを行うがごとく落ち着き払い、手馴れた風に追い詰めてきている。そこには当然周到に用意された自分を殺す手段か、あるいはほぼ負けないであろうという確たる勝利の方程式のような物があるはずで、それが自分には見当もついていなかったのです。
負ける訳にはいかない。自分で言った事です。感情だけでは勝てない。これも自分で言った事です。
認識をしていても思考が付属していなかった。後悔は足音もたてずに、気づくと背後に立っていました。
「くりちゃん……喋れない以上、見せてくれないと、伝わりませんよ」
言いたくない事を言うには大量のエネルギーを使うもので、しかも事態が好転する事は稀です。しかし言わなければならない事が、今のうちに確かめておかなければならない事がある場合、そこに選択の余地はありません。
思えばくりちゃんは、この部屋に入ってきてから、ずっと「何か」を訴えていました。それはもちろん、「淫語しか喋れなくなった」という異常事態を伝える手段としては的確で、なおかつそれ以外に無い方法ではありますが、もしも「淫語しか喋れなくなった事」が「今1番恥ずかしい事」ならば、むしろ口数は出来るだけ少なく、一旦それを相手が理解した事が確認出来たのなら、そこからは完全に口をつぐむのではないでしょうか。
くりちゃんも馬鹿ではありませんから、それは分かっていたはずです。でも必死に訴えるしかなかった。自分を責める事によって、察してもらう事を望んでいた。肩を落とし、目に涙を溜めながら、深く俯いて、唇を震わせるくりちゃん。自分はそっと背中を押します。
「約束します。くりちゃんが協力してくれるなら、必ず樫原先輩を倒します」
くりちゃんはゆっくりと立ち上がると、制服の上着を脱ぎ、シャツのボタンを1つずつ外していきました。
先程まで漂っていた悪臭は、気づくと別の臭いに変わっていました。前の臭いを自分は「公衆便所」と表現しましたが、今度のは「汗の臭い」です。例えるなら、1日中走っていた陸上部の女子の脱ぎたてソックスといった所でしょうか。すえた臭い、いやこの場合、「匂い」の字を当てるのが適切かもしれませんが、それは匂いフェチならずとも性的な印象を受ける、スポーティーでエロティックな芳香であり、包み隠さず正直に言えば、自分はごくごくたまにくりちゃんからするこの匂いがちょっと好きでした。
おそらくまだ見ぬ「体臭」のHVDO能力者は、くりちゃんの身体から発生する匂いも、ある程度コントロールする事が出来るのでしょう。公衆便所臭が不評だったので、こちらに変更した、と見えます。
やがてシャツを脱ぎ終わったくりちゃんは、まだ当分は必要ないであろうブラを手で少しでも隠しながら、縮こまっていました。ハル先輩はいきなり脱ぎだしたくりちゃんに戸惑っていましたが、自分はフォローを入れる余裕も持てず、くりちゃんの身体を観察していました。
鬼が出るか、蛇が出るか。
「3対1だ。もう増える事はないから安心しろ」
耳元で樫原先輩の声がしました。
次の瞬間、意を決したようにくりちゃんは両手を高く挙げ、バンザイのポーズをしました。
もっさー。
なんという腋毛。
しかもそれは、さしみのつまのようなささやかな物ではなく、色違いの黒いモンジャラが草むらから飛び出してきたかのような存在感を放ち、くりちゃんの脇にがっぷり生えていました。くりちゃんは顔を真っ赤にして、恥ずかしさで爆発しそうになりながら、頑張って二の腕をぷるぷるさせつつ、バンザイの姿勢を維持していました。全開になった情熱のアポクリン腺から、例の汗臭もとめどなく溢れ、自分の部屋は柔道部の部室並に酷い事になりました。
それからくりちゃんはそっと妖刀・脇一文字を鞘に収めると、自信なく曲がった指で、自らの股間を「ここ、ここ」という風にさしました。
どうやらまだ地球には藤岡弘、の探検していない未開のジャングルがあったようなのです。腋毛だけではなく陰毛も似たような事になっている。ひょっとすると、村……ではなくケツ毛も……。
「引きました」
思わず自分がオブラートをビリビリに破いた感想を述べると、くりちゃんは反射的に罵るような口調で叫びました。
「あたしのエロエロまんこから変な匂いがするからいやらしい毛全部剃って!」
初めて状況に適している事を言ったな、などと思っていると、今度は自分の身体に変化が起きていました。
しかしそれはくりちゃんのように絶対的に誰かのせいという訳ではなく、強いて言えば自分のせい、かなり贔屓目に見て責任転嫁モードを全開にすればむしろくりちゃんのせいと思われる変化でした。
100%。
性癖バトルにおいては負けを意味するこの数字を、自分のエロエロちんぽはいともあっさり達成してしまっていた訳です。
淫語+体臭+剛毛。
完全に嫁の貰い手がいなくなったくりちゃん。自分は迂闊にも興奮してしまいました。
何故か。
5W1Hあらゆる質問の中で、これに答える事が生きるという事なのでないか、と自分は思うのです。それは何故か。何故そうなのか。追求と探求。茫漠なる時間の中で、人は何故かを問い続けずに生きてはいけないのです。
女としてはもう最低の部類に入り、元々いるかいないかも分からなかったファンが完全消滅したくりちゃんに対し、自分が不覚にも興奮を覚えてしまったのは一体「何故」なのか? この謎を解き明かす鍵は、人間の万能入力デバイス「五感」にあります。
淫語、これは言うまでもなく「声」という音によって伝わる物であり、即ち五感のうちの「聴覚」を刺激します。体臭、こちらも当然、強烈すぎる匂い鼻を殴打し、「嗅覚」に訴えかけてくるものです。剛毛、一目見ただけで網膜に焼きつく真っ黒なお毛毛は、「視覚」を捉えて止めを刺しにきます。
五感のうち、味覚と触覚以外の3つを、樫原先輩ら3人のHVDO能力者は、同時に攻撃してきたという訳です。つい先程自分は、性癖バトルにおける数の有利を軽視する発言をしましたが、このように計算されつくしたコンビネーションが存在する事は全くの予想外であり、そして実際に受けたダメージは致命的なものでした。
平たく言うと、エロいのです。今、くりちゃんが持っているこれらの属性は、エロのみに人生を費やして30年近く1人修行に励んだような修羅が、紆余曲折あって最終的に辿り着いてしまった、とち狂ってはいつつも真理を極めた解答のような、青春系ラブコメではまず滅多にお目にかかれない、「卑猥さ」のみに特化した極めて殺傷能力の高いものとなってしまっているのです。
それでも、「お前はどうかしている。今のくりちゃんはただのゲスい女だ」と主張し、勃起理由がまるで理解出来ないという方は、試しに目を瞑って想像してみてください。ぱっと見は幼い系のツンデレ貧乳格闘美少女なのに、近くによれば吐きたくなるような匂いがして、口を開けば都政に差し障りがあるような事を平気で言い、脱いだら脱いだで局部にカメノコたわしを標準装備しているのですから、これがエロくない訳がありません。
樫原先輩には最初から、この3つの性癖の組み合わせに対する絶対的な自信があった訳です。おはぎには緑茶。夏にはTUBE。アルタにはタモリという風に、これ以外に無いという究極至高の合成に、自分は最初から狙われていたのでした。
「も、もっくん大丈夫ですか!?」
パンパンに張り詰めた股間を見て、ハル先輩が心配してくれました。くりちゃんも「あたしの馬鹿まんこに挿入れてくれるの?」と訳分からん事を訊ねてきましたが、はっきり言って追い討ちにしかなっていませんでした。
足の指を90度近く曲げて蹲踞の姿勢をとった自分は、視線を落として自らのペニスがまだ爆発していない事を確認します。勃起率がとっくに100%に達しているにも関わらず、性癖バトル敗北を意味する「爆発」がまだ起きていない。それは「何故」か? この謎を解くには、半年近く前のあるワンシーンを思い出してもらわなければなりません。
春木氏との戦い。裸ランドセルの幼女くりちゃんに自分が爆殺されそうになった時、駆けつけてくれた等々力氏がHVDO能力「丘越」を発動しました。これにより、くりちゃんが生粋のロリ巨乳に進化した時、自分の勃起率は今と同じ100%を示しましたが、爆発したのは等々力氏1人でした。
その時は、助かったという事に気をとられてあまり深く考察しませんでしたが、これは即ち、「複数の性癖が重なった状態」に遭遇して勃起してしまっても、それは敗北と判定されないという事に他なりません。1対1の性癖バトルではまず起こりえない状況ですが、今のように複数のHVDO能力者が、くりちゃんのみを対象にしてHVDO能力を発動している場合、必然的に起こされる現象ともいえます。つまり「くっさいくりちゃん」に興奮したなら負けですが、「淫語を喋る毛がもじゃもじゃのくっさいくりちゃん」に興奮したならば、それはまだ勝負がついていない。
となると、「何故」とまた1つ疑問が浮かびます。
「その様子だと、『複合性癖』のルールには気づいたようだな」
頭上に表示される勃起率は、壁などの障害物があっても目視する事が可能の為、樫原先輩は既に自分が100%に達している事を確認しているはずです。自分は確認の意味を込めて窓から顔を出して訊ねます。
「ええ。同じ人間に複数のHVDO能力が発動されている場合、それに興奮してもセーフ、という事ですよね?」
「そうだ」
ならば不可解なのは、「樫原先輩はどうやって自分を倒そうとしているのか」というもう1つの謎です。素直に質問すれば答えてくれるのでしょうか。そんなに甘くはないように思いましたが、樫原先輩は行動をもって教えてくれました。
樫原先輩がもう1台の携帯電話を取り出して、画面すら見ずに手元で操作をして切ると、くりちゃんから発生していた異臭がただちに消え、普通にしててもはみ出ていた腋毛が引っ込みました。
治った! と喜んだのでしょう。くりちゃんが「おまんちょおおおお!!!」と絶叫して、すぐに肩を落として両膝をついて落ち込んでいました。
どうやら樫原先輩のもう1台の携帯電話は、仲間と連絡を取り合う用の物らしく、ワンコールかあるいはメールで、HVDO能力の解除と、多分再発動も指示出来るような算段になっている模様です。
能力解除により、自分の勃起率も落ちました。が、先程よりは遥かに高く、90%前後をうろうろしています。「体臭」と「剛毛」が解除されている今、何かの拍子に100%を超えてしまったら、今度こそ、掛け値なしの完全敗北です。
「……なるほど、そういう事ですか」
最後の「何故」の答えは、ごく単純で、しかし確かに効果的な戦術でした。
淫語+体臭+剛毛のスリーマンセルにより、対象をほぼ強制的に勃起させる。その後、能力の2つを解除しますが、余韻というものがありますから、そうそう簡単には勃起は収まりません。勃起が完全に落ち着いてしまう前に、残った1つの性癖を魅力的に演出する事が出来れば、その時点で相手を倒す事が出来る。そして1度では駄目でもこれを順番に繰り返す事により、3つの性癖のどれかに敵を目覚めさせる。言わば変態ジェットストリームアタック。
気づくと同時、自分はすかさず精神を統一しました。エロくない。エロくない。エロくない。3度唱えて九字を切り、雑念を振り払い心を無にする。目を瞑ると急速に勃起が収まっていきましたが、今度は鼻先を強い「バニラの匂い」が掠めました。サーティーワン? 「臭さで駄目なら甘い匂いで来ましたか……しかし先程よりも卑猥さには欠けますね!」などと思って目を開くと、くりちゃんの鼻から物凄い量の鼻毛が飛び出していました。
小さな竹箒を両鼻に突っ込んだかのようなくりちゃんの、サメと目が合ったオットセイのように呆然とした表情を見て、自分は声を殺し、腹を抱えてのた打ち回りました。いや、面白すぎる。
「ていうか何がしたいんですか!?」
と、自分は電話の向こうの樫原先輩に向かって至極真っ当なブチキレを見せると、「緩急が大事だ」という答えが返ってきました。ふざけんな、と心から申し上げたい。
何はともあれ出発するしかありません。これ以上部屋の中にいても肝心の樫原先輩にダメージはいかず、ひたすら自分が攻撃を喰らい続けるだけですし、他2名のHVDO能力者の居場所も特定しなければ、反撃に転じる事すらままなりません。
手から零れる鼻毛を抑えて、泣きそうになっているくりちゃんをなるべく見ないようにしながら着替えをしようとした時、既に敵HVDO能力が発動している事に気がつきました。
「くりちゃん、とりあえず自分から離れていただけますか? 近くにいるとまたいつ勃起するか分かりません」
指示すると、くりちゃんは意外と素直に部屋から出ていってくれようとしましたが、くりちゃんが動くとその方向に釣られるように、自分の身体が、まるで見えない糸でもついているかのごとく引っ張られました。自分の意思と無関係に、足が勝手に動いてしまうのです。
匂いというものには魔力があります。鰻の蒲焼が焼ける匂いを嗅いで、腹の減らない人間は存在しませんし、シンナーを吸ってラリる事がない千葉のヤンキーも存在しません。これはあくまで予測の範疇に過ぎませんが、「体臭」を操るHVDO能力者は、その発生する匂いの種類において有利な状況を作り出す、言わばアシスト向きの能力も持っているのではないでしょうか。事実、バニラの匂いを嗅いでしまった瞬間から、自分はくりちゃんから離れられなくなっており、これは匂いによるダメージを受け続けるというだけではなく、他の性癖のダメージももろに直撃してしまう形を誘発します。
具体的に言えば、およそ半径3m。体臭の届く範囲。それ以上はどうやっても、自分はくりちゃんと距離をとる事が出来ないようです。勃起の元凶である存在と距離を取れないというのは、つまり逃亡は不可能という事ですが、もっとも、最初からその気はありません。
3対1、未知なる敵、強力な性癖の組み合わせ、馬鹿丸出しのくりちゃんという最悪な状況においても、諦めるには早すぎると思われます。この程度の逆境、容易く切り抜けられない程度では、春木氏へのリベンジなど夢のまた夢です。
そして自分は妙手を用意しました。
「ハル先輩! 1つお願いがあります!」
策には策を。匂いには匂いを。
制服に着替えた自分は、シャツ、スラックス、ブレザーの他にもう1つのアイテムを装備しました。
「は、恥ずかしすぎますです」と、スカートを抑えるハル先輩。
「背に腹は代えられません」自分は2人と一緒に階段を降ります。
これは樫原先輩チームの裏をとる作戦です。勃起率が臨界点を超えた所で一旦能力を解除し、再度性癖を1つに絞って興奮させるという戦略を打ち破る為には、「興奮しない」という事の他にもう1つ、「裏」の手段で対応する事が出来ます。
これ即ち、「興奮し続ける事」。
2つのHVDO能力を解除されたとしても、勃起率を100%以上に維持していれられば、爆発は起きません。これは解除と同時に爆発しない事からも明らかです。つまり、100%の勃起率に達してもそれが即負けに繋がらないという事を逆手にとる戦略。
玄関を飛び出た自分の格好に、流石の樫原先輩も驚きを隠し切れない様子でした。
「おまたせしました樫原先輩。真剣勝負、といきましょう」
自分はハル先輩のパンツを頭に被り、ちょうど股間の部分を鼻に当て、むん、と仁王立ちしました。
神器「マスク・オブ・パンツ」を手に入れた自分には、フル勃起を維持し続けたまま登校する事など容易い事です。
5W1Hあらゆる質問の中で、これに答える事が生きるという事なのでないか、と自分は思うのです。それは何故か。何故そうなのか。追求と探求。茫漠なる時間の中で、人は何故かを問い続けずに生きてはいけないのです。
女としてはもう最低の部類に入り、元々いるかいないかも分からなかったファンが完全消滅したくりちゃんに対し、自分が不覚にも興奮を覚えてしまったのは一体「何故」なのか? この謎を解き明かす鍵は、人間の万能入力デバイス「五感」にあります。
淫語、これは言うまでもなく「声」という音によって伝わる物であり、即ち五感のうちの「聴覚」を刺激します。体臭、こちらも当然、強烈すぎる匂い鼻を殴打し、「嗅覚」に訴えかけてくるものです。剛毛、一目見ただけで網膜に焼きつく真っ黒なお毛毛は、「視覚」を捉えて止めを刺しにきます。
五感のうち、味覚と触覚以外の3つを、樫原先輩ら3人のHVDO能力者は、同時に攻撃してきたという訳です。つい先程自分は、性癖バトルにおける数の有利を軽視する発言をしましたが、このように計算されつくしたコンビネーションが存在する事は全くの予想外であり、そして実際に受けたダメージは致命的なものでした。
平たく言うと、エロいのです。今、くりちゃんが持っているこれらの属性は、エロのみに人生を費やして30年近く1人修行に励んだような修羅が、紆余曲折あって最終的に辿り着いてしまった、とち狂ってはいつつも真理を極めた解答のような、青春系ラブコメではまず滅多にお目にかかれない、「卑猥さ」のみに特化した極めて殺傷能力の高いものとなってしまっているのです。
それでも、「お前はどうかしている。今のくりちゃんはただのゲスい女だ」と主張し、勃起理由がまるで理解出来ないという方は、試しに目を瞑って想像してみてください。ぱっと見は幼い系のツンデレ貧乳格闘美少女なのに、近くによれば吐きたくなるような匂いがして、口を開けば都政に差し障りがあるような事を平気で言い、脱いだら脱いだで局部にカメノコたわしを標準装備しているのですから、これがエロくない訳がありません。
樫原先輩には最初から、この3つの性癖の組み合わせに対する絶対的な自信があった訳です。おはぎには緑茶。夏にはTUBE。アルタにはタモリという風に、これ以外に無いという究極至高の合成に、自分は最初から狙われていたのでした。
「も、もっくん大丈夫ですか!?」
パンパンに張り詰めた股間を見て、ハル先輩が心配してくれました。くりちゃんも「あたしの馬鹿まんこに挿入れてくれるの?」と訳分からん事を訊ねてきましたが、はっきり言って追い討ちにしかなっていませんでした。
足の指を90度近く曲げて蹲踞の姿勢をとった自分は、視線を落として自らのペニスがまだ爆発していない事を確認します。勃起率がとっくに100%に達しているにも関わらず、性癖バトル敗北を意味する「爆発」がまだ起きていない。それは「何故」か? この謎を解くには、半年近く前のあるワンシーンを思い出してもらわなければなりません。
春木氏との戦い。裸ランドセルの幼女くりちゃんに自分が爆殺されそうになった時、駆けつけてくれた等々力氏がHVDO能力「丘越」を発動しました。これにより、くりちゃんが生粋のロリ巨乳に進化した時、自分の勃起率は今と同じ100%を示しましたが、爆発したのは等々力氏1人でした。
その時は、助かったという事に気をとられてあまり深く考察しませんでしたが、これは即ち、「複数の性癖が重なった状態」に遭遇して勃起してしまっても、それは敗北と判定されないという事に他なりません。1対1の性癖バトルではまず起こりえない状況ですが、今のように複数のHVDO能力者が、くりちゃんのみを対象にしてHVDO能力を発動している場合、必然的に起こされる現象ともいえます。つまり「くっさいくりちゃん」に興奮したなら負けですが、「淫語を喋る毛がもじゃもじゃのくっさいくりちゃん」に興奮したならば、それはまだ勝負がついていない。
となると、「何故」とまた1つ疑問が浮かびます。
「その様子だと、『複合性癖』のルールには気づいたようだな」
頭上に表示される勃起率は、壁などの障害物があっても目視する事が可能の為、樫原先輩は既に自分が100%に達している事を確認しているはずです。自分は確認の意味を込めて窓から顔を出して訊ねます。
「ええ。同じ人間に複数のHVDO能力が発動されている場合、それに興奮してもセーフ、という事ですよね?」
「そうだ」
ならば不可解なのは、「樫原先輩はどうやって自分を倒そうとしているのか」というもう1つの謎です。素直に質問すれば答えてくれるのでしょうか。そんなに甘くはないように思いましたが、樫原先輩は行動をもって教えてくれました。
樫原先輩がもう1台の携帯電話を取り出して、画面すら見ずに手元で操作をして切ると、くりちゃんから発生していた異臭がただちに消え、普通にしててもはみ出ていた腋毛が引っ込みました。
治った! と喜んだのでしょう。くりちゃんが「おまんちょおおおお!!!」と絶叫して、すぐに肩を落として両膝をついて落ち込んでいました。
どうやら樫原先輩のもう1台の携帯電話は、仲間と連絡を取り合う用の物らしく、ワンコールかあるいはメールで、HVDO能力の解除と、多分再発動も指示出来るような算段になっている模様です。
能力解除により、自分の勃起率も落ちました。が、先程よりは遥かに高く、90%前後をうろうろしています。「体臭」と「剛毛」が解除されている今、何かの拍子に100%を超えてしまったら、今度こそ、掛け値なしの完全敗北です。
「……なるほど、そういう事ですか」
最後の「何故」の答えは、ごく単純で、しかし確かに効果的な戦術でした。
淫語+体臭+剛毛のスリーマンセルにより、対象をほぼ強制的に勃起させる。その後、能力の2つを解除しますが、余韻というものがありますから、そうそう簡単には勃起は収まりません。勃起が完全に落ち着いてしまう前に、残った1つの性癖を魅力的に演出する事が出来れば、その時点で相手を倒す事が出来る。そして1度では駄目でもこれを順番に繰り返す事により、3つの性癖のどれかに敵を目覚めさせる。言わば変態ジェットストリームアタック。
気づくと同時、自分はすかさず精神を統一しました。エロくない。エロくない。エロくない。3度唱えて九字を切り、雑念を振り払い心を無にする。目を瞑ると急速に勃起が収まっていきましたが、今度は鼻先を強い「バニラの匂い」が掠めました。サーティーワン? 「臭さで駄目なら甘い匂いで来ましたか……しかし先程よりも卑猥さには欠けますね!」などと思って目を開くと、くりちゃんの鼻から物凄い量の鼻毛が飛び出していました。
小さな竹箒を両鼻に突っ込んだかのようなくりちゃんの、サメと目が合ったオットセイのように呆然とした表情を見て、自分は声を殺し、腹を抱えてのた打ち回りました。いや、面白すぎる。
「ていうか何がしたいんですか!?」
と、自分は電話の向こうの樫原先輩に向かって至極真っ当なブチキレを見せると、「緩急が大事だ」という答えが返ってきました。ふざけんな、と心から申し上げたい。
何はともあれ出発するしかありません。これ以上部屋の中にいても肝心の樫原先輩にダメージはいかず、ひたすら自分が攻撃を喰らい続けるだけですし、他2名のHVDO能力者の居場所も特定しなければ、反撃に転じる事すらままなりません。
手から零れる鼻毛を抑えて、泣きそうになっているくりちゃんをなるべく見ないようにしながら着替えをしようとした時、既に敵HVDO能力が発動している事に気がつきました。
「くりちゃん、とりあえず自分から離れていただけますか? 近くにいるとまたいつ勃起するか分かりません」
指示すると、くりちゃんは意外と素直に部屋から出ていってくれようとしましたが、くりちゃんが動くとその方向に釣られるように、自分の身体が、まるで見えない糸でもついているかのごとく引っ張られました。自分の意思と無関係に、足が勝手に動いてしまうのです。
匂いというものには魔力があります。鰻の蒲焼が焼ける匂いを嗅いで、腹の減らない人間は存在しませんし、シンナーを吸ってラリる事がない千葉のヤンキーも存在しません。これはあくまで予測の範疇に過ぎませんが、「体臭」を操るHVDO能力者は、その発生する匂いの種類において有利な状況を作り出す、言わばアシスト向きの能力も持っているのではないでしょうか。事実、バニラの匂いを嗅いでしまった瞬間から、自分はくりちゃんから離れられなくなっており、これは匂いによるダメージを受け続けるというだけではなく、他の性癖のダメージももろに直撃してしまう形を誘発します。
具体的に言えば、およそ半径3m。体臭の届く範囲。それ以上はどうやっても、自分はくりちゃんと距離をとる事が出来ないようです。勃起の元凶である存在と距離を取れないというのは、つまり逃亡は不可能という事ですが、もっとも、最初からその気はありません。
3対1、未知なる敵、強力な性癖の組み合わせ、馬鹿丸出しのくりちゃんという最悪な状況においても、諦めるには早すぎると思われます。この程度の逆境、容易く切り抜けられない程度では、春木氏へのリベンジなど夢のまた夢です。
そして自分は妙手を用意しました。
「ハル先輩! 1つお願いがあります!」
策には策を。匂いには匂いを。
制服に着替えた自分は、シャツ、スラックス、ブレザーの他にもう1つのアイテムを装備しました。
「は、恥ずかしすぎますです」と、スカートを抑えるハル先輩。
「背に腹は代えられません」自分は2人と一緒に階段を降ります。
これは樫原先輩チームの裏をとる作戦です。勃起率が臨界点を超えた所で一旦能力を解除し、再度性癖を1つに絞って興奮させるという戦略を打ち破る為には、「興奮しない」という事の他にもう1つ、「裏」の手段で対応する事が出来ます。
これ即ち、「興奮し続ける事」。
2つのHVDO能力を解除されたとしても、勃起率を100%以上に維持していれられば、爆発は起きません。これは解除と同時に爆発しない事からも明らかです。つまり、100%の勃起率に達してもそれが即負けに繋がらないという事を逆手にとる戦略。
玄関を飛び出た自分の格好に、流石の樫原先輩も驚きを隠し切れない様子でした。
「おまたせしました樫原先輩。真剣勝負、といきましょう」
自分はハル先輩のパンツを頭に被り、ちょうど股間の部分を鼻に当て、むん、と仁王立ちしました。
神器「マスク・オブ・パンツ」を手に入れた自分には、フル勃起を維持し続けたまま登校する事など容易い事です。
通学時間は約15分。早足で、なおかつ信号が青続きならば10分。
この10分間を自分が勃起し続けたまま耐える事が出来るか、その前にくりちゃんが人間としての尊厳を失って発狂するか、もしくは自分が心無い近隣住民の通報によって逮捕されるか。問題は多々ありますが、自分はくりちゃんの手を引っ張り、20mほど先を行く樫原先輩の後をとにかく追いかけました。
決着は学校でつけるはず。樫原先輩はくりちゃんに恥をかいてもらって自主退学を促すという目的を先程話していましたし、自分としても、くりちゃんのかく恥は最大の攻撃力を発揮しますので望むところ、となれば、そこにはくりちゃんを辱めるコンセンサスが既に完成されており、今更議論の余地はありません。
勃起を維持し続ける事に関しては全く問題無いと言えるでしょう。何故ならこの1ヶ月、自分はハル先輩の陰部に咲いた百合を愛でに愛で、この甘くて濃厚な匂いを少し嗅いだだけでも興奮してしまうパブロフの発情犬状態と化していますし、ハル先輩自身も、先程の淫語フリースタイルバトルにより、十二分にいやらしい花蜜を垂れ流してくれたおかげで、履いていたパンツにはしっかりと匂いの下ごしらえがなされていました。
ちなみに、ハル先輩が実家から持ってきたパンツは、今自分が被っている物を除いて、タイミング良く全て洗濯していたようで、ハル先輩はたった今ノーパン登校を強いられており、この事実も自分の勃起維持作戦にただならぬ貢献をしてくれたという事は付け加えておきましょう。
そしてハル先輩のパンツを起因とする名古屋城ばりの防御力は、流石に3人がかりといえども真っ向から打ち破る事が難しいと判断されたようで、道中で樫原先輩達からの新たな攻撃が行われる事はありませんでした。
さて、問題はどのようにして敵布陣を打ち破るかですが、大事なのはまず情報です。
「ハル先輩。樫原先輩について知っている事を全て、なるべく詳らかに教えていただけませんか?」
「はいです! ……と言っても、別のクラスなのでそこまで詳しくは知りませんですけれど……」
「結構。今はどんな情報でも貴重ですから」
「樫原君は、成績が良いと聞いた事がありますです。でも女の子と一緒にいる所は見た事ありませんですね。同じ部に入っている2人の男子と一緒にいる所は良く見ますです」
「同じ部?」
「はい。樫原君達は茶道部で3人だけの男子部員ですです」
確か、その話は等々力氏からも聞きました。頑張れば望月先輩の乳に近づけるという希望があるからこそ、退学を止めたという馬鹿な話をした時です。
「ちなみに、残り2人は分かりますか?」
「えっと……確か柏原君と同じクラスで、名前は織部(おりべ)君と、毛利君だった気がしますです」
毛利、なんとなく聞き覚えがあります。
「ちなみに毛利君はあの、」言い淀み、気まずそうにくりちゃんにハル先輩は視線を送りました。「この前、茶道部を退部させられたらしいです。例の、制服泥棒の件で」
思い出しました。毛利とは、くりちゃんの制服を盗もうとして、逆にボコボコにされて現在入院している不埒な先輩の名前です。
望月先輩率いる茶道部。たった3人の男子部員。その内の1人はくりちゃんに半殺しにされている。
これだけの状況証拠が揃っていれば、東スポなら裏も取らずに刷り始めている所です。
「あと、これは直接関係のない事かもしれませんですけど……」
ハル先輩は更に言いにくそうに、しかしそれは誰かに気を使っているというよりは、ただ単にあまり言いたくない風でしたが、自分が少し困っている様子に気づいたのか、勇気を出してくれました。
「あの、私、1年生の時に、茶道部に入部しないかと誘われましたです。望月先輩から、直接……」
器量の良い女子しか入部出来ないと噂される茶道部ですが、ハル先輩なら十分にその資格があるように思われます。それが何か、と問いかけそうになった時、横から「肉便器にして強制アクメまだなの?」と口を出されて、当然これは無視しましたが、このタイミングでくりちゃんが言葉を挟んでくるその意味が、ハル先輩には分かったようでした。
「実は木下さんも、数日前に茶道部に誘われたと噂に聞きましたです。私と同じように直接、望月先輩から。そ、それで、証拠もないのにこんな事を言うのは失礼かもですけど、私自身もその、望月先輩の誘いを断ってからあそこがこんな事になってしまいましたし、その、HV……なんとかのせいなのかもって、実は前から薄々と……」
自分は一気に広がった思索をまとめつつ、くりちゃんへの最終確認をしました。
「樫原先輩達を倒すには、くりちゃん自身の協力が不可欠です」
「敏感クリトリスもっと触って!」
「樫原先輩達を倒さなければくりちゃんは一生そのままです」
「1人でいるとエッチな気分になって気づくとオナニーしちゃうの……」
「くりちゃんはこれから、今までのが比にならないくらい恥ずかしい目に合うと思います」
「そんなに指でかきまわされたら、潮が噴き出しちゃうよ!」
「その覚悟が、くりちゃんにはありますか?」
くりちゃんはようやくそのうるさくていやらしい口を閉じて、愁苦辛勤の面持ちではありましたがこくりと頷き、「……おまんこ」と了承してくれました。ハル先輩も隣から「私も出来る限り協力しますです!」と非常に心強い事を言ってくれましたのであやうくスカートめくりかけました。
どうにか無事、職務質問に引っかかる事もなく学校に到着すると、早速ハル先輩に、織部先輩と毛利先輩の出席状況を確認して、居場所を特定する作業を依頼しました。ハル先輩は元気な返事をして、一目散に駆けていき、その様子だと、今現在自身がノーパンである事を忘れているようですが、仮にあの陰部が露出したとしても、それは性欲でぬらぬらとした男子へのちょっと衝撃的な清涼剤となるだけでしょう。
そんな事を思いながら教室のドアを潜ると、パンツを被ってフル勃起状態の自分は、クラスメイトの白より白い目線で出迎えられました。
ですが、それが自分だけの罰ではなく、後から教室に入ってきたくりちゃんも似たような冷や水を浴びせられていたというのはある意味で救いでした。
現在、くりちゃんからは平たく言うと生ゴミの匂いがしています。野菜の切りくずやらチキンの骨なんかをまとめて捨てて、ゴミ袋の口が開いたまま放置するものだから、ゴキブリやらハエやらが湧き始めている惨状が、ハルマスクを被った自分の鼻からでもありありと思い浮かぶような悪臭で、「退学してもらう」と樫原先輩が言い切った自信の根拠が明確になりました。
「木下さんおはよう」
と近づいてきた、いつも仲良く喋っている友達が、射程距離に入るなり顔をしかめ、何かを思い出したような仕草で気まずそうに、無言のまま去っていくのを1つ前の席から眺めていると、本当にかわいそうな気持ちになりましたが、今は感傷に浸っている場合ではなく、これでも一応真剣勝負中です。流石に樫原先輩でも1年生の教室の中まではついてきませんでしたが、まだ残り2人のHVDO能力者の居場所が割りだされていませんので、油断を許されない状況には違いありません。
少なくとも、クラスにおける立場への被害という点において、自分はくりちゃんよりは遥かにマシでした。普段から浮いているおかげもあってか、女性用パンツを被っている事について追求してくる者すらいませんでしたので、いちいち言い訳を考える必要もありません。一方でくりちゃんは、ようやく得る事が出来た友達を毎秒単位で失っており、誰もはっきり「くさい」と言ってくれない所が、関係の浅さを物語っていました。ですが、例外はいます。
「よう五十妻」
等々力氏です。やけに上機嫌で、ポケットに手を突っ込んで口笛を吹きながら来ました。
「って、なんかこの辺くっせーな」
くりちゃんが青ざめていましたが、等々力氏がそんな心の機微を察知するはずもなく、くんくんと周りを嗅いで、やがて悪臭の発生源を特定しました。
「木下、なんかお前くっせーぞ!」
容赦の無い一撃。普段ならば、すかさずくりちゃんを擁護するであろう友達たちも一向に動く気配はなく、援軍に見放されたくりちゃんはただ淫語を口にしないように黙って、「誰かファブリーズ持ってこい!」と叫ぶ等々力氏から目線を逸らし、小刻みに震えるだけでした。
自分は素早く立ち上がると、その勢いを利用して等々力氏の左ほほに、バーンナックルを叩き込みました。
「痛えーーーな!! 何すんだてめっ」
反撃に出た等々力氏の行動を、手のひらでぴたりと制止した自分は、数秒呼吸を飲みこむと一気に吐き出します。
「等々力氏! くりちゃんに謝ってください! くりちゃんの家は貧乏で、いよいよガスと水道が止められてからもう1週間もお風呂に入ってないんですよ! ゴミみたいな臭いが彼女の全身から漂っている事は確かです! ですがそれを笑う資格は! 誰にも無いのですよ!」
咄嗟に出たにしてはもっともらしい嘘でした。勝手に貧乏キャラに仕立て上げられたくりちゃんは、身を乗り出して「ち……」と言いかけましたが、寸での所で今は淫語しか喋れない事を思い出したのか、「ちがう」と言いたかったはずの「ちんぽ」は結局飛び出ず、血が出るほど唇を噛み締めながらくやしそうに着席しました。
「そ、そうだったのか……悪かったな、木下……」
申し訳なさそうに謝る等々力氏。くりちゃんから発生している臭いも、気づくと生ごみから使い古された雑巾の絞り汁のような、人権団体にあえて喧嘩を売る言い方をすればもろにホームレスの放つそれに変化しており、自分のついた嘘は凄まじい説得力を持ちました。
クラスにも、「木下さんは大変なんだなぁ」という生暖かいムードが漂い始め、もう少し粘れば「木下さんの家計を助ける募金」を誰かが発案しそうな空気でしたが、その中には一部、「なんで女性用パンツを思いっきり被った奴が正義みたいになってるんだ」と言いたげな人もちらほらと見かけ、自分はそれ以上は何も言わず、中尾明並に不機嫌を装って席につきました。
いつの間にやら、尾藤担任が教室に入っていたようです。くりちゃんへの同情とパンツ男に受けた衝撃でしーんとなった所に、滝頭担任はこう言葉をかけました。
「えーと、今日は緊急で朝礼があるそうです。廊下に出席番号順に並んでから校庭に向かってください」
高校生にもなって朝礼? と疑問に思ったのは自分だけではなかったらしく、異議を唱える声があがりましたが、ルビカンテ担任は「分かりませんが、とにかく並んでください」の一点張りでした。
この時点で、これからの流れがおおよそ読めた自分は、被っていたハル先輩のパンツを脱ぎ、勃起を徐々に治めていきます。予想通り、武装解除した自分に向かって新たなる攻撃は行われませんでした。樫原先輩はくりちゃんに対し、これから先、学校にいられなくなるくらいの恥をかいてもらう必要があり、そして彼が所属する茶道部には、全校生徒を集めるだけの権力がある。結果、人生を失っていくくりちゃんの姿を見せる事によって、自分を興奮させる。つまり決戦は、この全校朝礼でつける、という事です。おそらく校庭に出れば、茶道部の使わした先生か、あるいは生徒会の人間により自分の被ったパンツは剥がされ(茶道部が存在していなくてもいずれそうされていたであろうという事はこの際無視します。)、盾を失った所にとどめの攻撃が来る事は目に見えていますので、今の内に息子を躾けておくのがベストという訳です。
ほとんどの生徒が不服な様子だったので、号令がかかってから10分ほどの時間がかかり、校庭は人と文句で埋めつくされ、皆携帯をいじったり友達と喋ったりしています。
しかし朝礼台の上に、茶道部部長望月先輩があがると、瞬く間に言葉は鳴り止み、緊張と尊敬が空気を満たしました。
「朝の貴重な時間を割かせてしまって申し訳ない」
と、望月先輩は静寂の中にそっと言葉を差し込みました。
「清陽高校に所属する者として、いくつか皆さんに確実に知っておいて欲しい事があったので、先生方に無理を言って、このような方法をとらせてもらった。時間も押しているので、手短に話そう。清陽高校と翠郷高校の合併がこのままだと決まってしまいそうだ」
生徒達のざわめきが大きくなるのに比例して、自分は納得を高めていきました。三枝生徒会長の力はやはり本物です。
「茶道部OBの方々に力を借りて、様々な教育機関に異議申し立てを行ってきたのだが、つい昨日、県議会で統合案が可決してしまった。皆がどうか分からないが、私は凄く、残念に思う」
元々学校が合併するという噂に関しては、賛否両論半分半分といった風潮でした。賛成派は、学力の向上と、学校自体のブランドイメージにより進学が楽になるといった理由で、反対派は、翠郷高校の生徒に下に見られるのではないかという不安と、制服や校舎を変えなければならない手間、果たして勉強についていけるのかという所が理由でした。
しかしほとんどの生徒にとっては学校同士の合併など雲の上の話であり、「なるようになる」という半ば楽天的な雰囲気が共有されていました。
「奇跡を起こしたい」
ぽつり、と大真面目に吐かれた望月先輩の台詞は、それら賛否両論を、一気に否に傾けさせる魔法でした。
「私は清陽高校に入学出来た事を誇りに思う。OBの方々から受け継いだ伝統を、更に次の世代に受け継がせなければならないという使命がある。私は山を登る者だ。私は時間を前に進める者だ。そして、君達の協力は不可欠だ」
物理的に、という意味ではなく、何かが前に動き出す気配を感じました。今、ここに集まっている生徒達のほとんどが、合併に反対の意思を示すのに、自身で何が出来るかを考えているようなのです。
これが人を動かすという事か、と自分には興味の無い分野ではありましたが、納得させられました。
若干の間があいた後、望月先輩は咳払いを1つして、話題を変えました。
「今日は、茶道部から直々に表彰したい人がいる。つい先日まで茶道部に潜伏していた悪者をやっつけてくれたヒーローだ。事件が発覚するまで気づかなかった私の否を詫びて、改めてここで感謝を述べたい」
やはり。と、自分は息を飲み込みます。
「1-A、木下くりさん。前に出てきてもらえないか?」
全校生徒の前で巧みな淫会話を披露する。
これに勝る恥はそう多くありません。
この10分間を自分が勃起し続けたまま耐える事が出来るか、その前にくりちゃんが人間としての尊厳を失って発狂するか、もしくは自分が心無い近隣住民の通報によって逮捕されるか。問題は多々ありますが、自分はくりちゃんの手を引っ張り、20mほど先を行く樫原先輩の後をとにかく追いかけました。
決着は学校でつけるはず。樫原先輩はくりちゃんに恥をかいてもらって自主退学を促すという目的を先程話していましたし、自分としても、くりちゃんのかく恥は最大の攻撃力を発揮しますので望むところ、となれば、そこにはくりちゃんを辱めるコンセンサスが既に完成されており、今更議論の余地はありません。
勃起を維持し続ける事に関しては全く問題無いと言えるでしょう。何故ならこの1ヶ月、自分はハル先輩の陰部に咲いた百合を愛でに愛で、この甘くて濃厚な匂いを少し嗅いだだけでも興奮してしまうパブロフの発情犬状態と化していますし、ハル先輩自身も、先程の淫語フリースタイルバトルにより、十二分にいやらしい花蜜を垂れ流してくれたおかげで、履いていたパンツにはしっかりと匂いの下ごしらえがなされていました。
ちなみに、ハル先輩が実家から持ってきたパンツは、今自分が被っている物を除いて、タイミング良く全て洗濯していたようで、ハル先輩はたった今ノーパン登校を強いられており、この事実も自分の勃起維持作戦にただならぬ貢献をしてくれたという事は付け加えておきましょう。
そしてハル先輩のパンツを起因とする名古屋城ばりの防御力は、流石に3人がかりといえども真っ向から打ち破る事が難しいと判断されたようで、道中で樫原先輩達からの新たな攻撃が行われる事はありませんでした。
さて、問題はどのようにして敵布陣を打ち破るかですが、大事なのはまず情報です。
「ハル先輩。樫原先輩について知っている事を全て、なるべく詳らかに教えていただけませんか?」
「はいです! ……と言っても、別のクラスなのでそこまで詳しくは知りませんですけれど……」
「結構。今はどんな情報でも貴重ですから」
「樫原君は、成績が良いと聞いた事がありますです。でも女の子と一緒にいる所は見た事ありませんですね。同じ部に入っている2人の男子と一緒にいる所は良く見ますです」
「同じ部?」
「はい。樫原君達は茶道部で3人だけの男子部員ですです」
確か、その話は等々力氏からも聞きました。頑張れば望月先輩の乳に近づけるという希望があるからこそ、退学を止めたという馬鹿な話をした時です。
「ちなみに、残り2人は分かりますか?」
「えっと……確か柏原君と同じクラスで、名前は織部(おりべ)君と、毛利君だった気がしますです」
毛利、なんとなく聞き覚えがあります。
「ちなみに毛利君はあの、」言い淀み、気まずそうにくりちゃんにハル先輩は視線を送りました。「この前、茶道部を退部させられたらしいです。例の、制服泥棒の件で」
思い出しました。毛利とは、くりちゃんの制服を盗もうとして、逆にボコボコにされて現在入院している不埒な先輩の名前です。
望月先輩率いる茶道部。たった3人の男子部員。その内の1人はくりちゃんに半殺しにされている。
これだけの状況証拠が揃っていれば、東スポなら裏も取らずに刷り始めている所です。
「あと、これは直接関係のない事かもしれませんですけど……」
ハル先輩は更に言いにくそうに、しかしそれは誰かに気を使っているというよりは、ただ単にあまり言いたくない風でしたが、自分が少し困っている様子に気づいたのか、勇気を出してくれました。
「あの、私、1年生の時に、茶道部に入部しないかと誘われましたです。望月先輩から、直接……」
器量の良い女子しか入部出来ないと噂される茶道部ですが、ハル先輩なら十分にその資格があるように思われます。それが何か、と問いかけそうになった時、横から「肉便器にして強制アクメまだなの?」と口を出されて、当然これは無視しましたが、このタイミングでくりちゃんが言葉を挟んでくるその意味が、ハル先輩には分かったようでした。
「実は木下さんも、数日前に茶道部に誘われたと噂に聞きましたです。私と同じように直接、望月先輩から。そ、それで、証拠もないのにこんな事を言うのは失礼かもですけど、私自身もその、望月先輩の誘いを断ってからあそこがこんな事になってしまいましたし、その、HV……なんとかのせいなのかもって、実は前から薄々と……」
自分は一気に広がった思索をまとめつつ、くりちゃんへの最終確認をしました。
「樫原先輩達を倒すには、くりちゃん自身の協力が不可欠です」
「敏感クリトリスもっと触って!」
「樫原先輩達を倒さなければくりちゃんは一生そのままです」
「1人でいるとエッチな気分になって気づくとオナニーしちゃうの……」
「くりちゃんはこれから、今までのが比にならないくらい恥ずかしい目に合うと思います」
「そんなに指でかきまわされたら、潮が噴き出しちゃうよ!」
「その覚悟が、くりちゃんにはありますか?」
くりちゃんはようやくそのうるさくていやらしい口を閉じて、愁苦辛勤の面持ちではありましたがこくりと頷き、「……おまんこ」と了承してくれました。ハル先輩も隣から「私も出来る限り協力しますです!」と非常に心強い事を言ってくれましたのであやうくスカートめくりかけました。
どうにか無事、職務質問に引っかかる事もなく学校に到着すると、早速ハル先輩に、織部先輩と毛利先輩の出席状況を確認して、居場所を特定する作業を依頼しました。ハル先輩は元気な返事をして、一目散に駆けていき、その様子だと、今現在自身がノーパンである事を忘れているようですが、仮にあの陰部が露出したとしても、それは性欲でぬらぬらとした男子へのちょっと衝撃的な清涼剤となるだけでしょう。
そんな事を思いながら教室のドアを潜ると、パンツを被ってフル勃起状態の自分は、クラスメイトの白より白い目線で出迎えられました。
ですが、それが自分だけの罰ではなく、後から教室に入ってきたくりちゃんも似たような冷や水を浴びせられていたというのはある意味で救いでした。
現在、くりちゃんからは平たく言うと生ゴミの匂いがしています。野菜の切りくずやらチキンの骨なんかをまとめて捨てて、ゴミ袋の口が開いたまま放置するものだから、ゴキブリやらハエやらが湧き始めている惨状が、ハルマスクを被った自分の鼻からでもありありと思い浮かぶような悪臭で、「退学してもらう」と樫原先輩が言い切った自信の根拠が明確になりました。
「木下さんおはよう」
と近づいてきた、いつも仲良く喋っている友達が、射程距離に入るなり顔をしかめ、何かを思い出したような仕草で気まずそうに、無言のまま去っていくのを1つ前の席から眺めていると、本当にかわいそうな気持ちになりましたが、今は感傷に浸っている場合ではなく、これでも一応真剣勝負中です。流石に樫原先輩でも1年生の教室の中まではついてきませんでしたが、まだ残り2人のHVDO能力者の居場所が割りだされていませんので、油断を許されない状況には違いありません。
少なくとも、クラスにおける立場への被害という点において、自分はくりちゃんよりは遥かにマシでした。普段から浮いているおかげもあってか、女性用パンツを被っている事について追求してくる者すらいませんでしたので、いちいち言い訳を考える必要もありません。一方でくりちゃんは、ようやく得る事が出来た友達を毎秒単位で失っており、誰もはっきり「くさい」と言ってくれない所が、関係の浅さを物語っていました。ですが、例外はいます。
「よう五十妻」
等々力氏です。やけに上機嫌で、ポケットに手を突っ込んで口笛を吹きながら来ました。
「って、なんかこの辺くっせーな」
くりちゃんが青ざめていましたが、等々力氏がそんな心の機微を察知するはずもなく、くんくんと周りを嗅いで、やがて悪臭の発生源を特定しました。
「木下、なんかお前くっせーぞ!」
容赦の無い一撃。普段ならば、すかさずくりちゃんを擁護するであろう友達たちも一向に動く気配はなく、援軍に見放されたくりちゃんはただ淫語を口にしないように黙って、「誰かファブリーズ持ってこい!」と叫ぶ等々力氏から目線を逸らし、小刻みに震えるだけでした。
自分は素早く立ち上がると、その勢いを利用して等々力氏の左ほほに、バーンナックルを叩き込みました。
「痛えーーーな!! 何すんだてめっ」
反撃に出た等々力氏の行動を、手のひらでぴたりと制止した自分は、数秒呼吸を飲みこむと一気に吐き出します。
「等々力氏! くりちゃんに謝ってください! くりちゃんの家は貧乏で、いよいよガスと水道が止められてからもう1週間もお風呂に入ってないんですよ! ゴミみたいな臭いが彼女の全身から漂っている事は確かです! ですがそれを笑う資格は! 誰にも無いのですよ!」
咄嗟に出たにしてはもっともらしい嘘でした。勝手に貧乏キャラに仕立て上げられたくりちゃんは、身を乗り出して「ち……」と言いかけましたが、寸での所で今は淫語しか喋れない事を思い出したのか、「ちがう」と言いたかったはずの「ちんぽ」は結局飛び出ず、血が出るほど唇を噛み締めながらくやしそうに着席しました。
「そ、そうだったのか……悪かったな、木下……」
申し訳なさそうに謝る等々力氏。くりちゃんから発生している臭いも、気づくと生ごみから使い古された雑巾の絞り汁のような、人権団体にあえて喧嘩を売る言い方をすればもろにホームレスの放つそれに変化しており、自分のついた嘘は凄まじい説得力を持ちました。
クラスにも、「木下さんは大変なんだなぁ」という生暖かいムードが漂い始め、もう少し粘れば「木下さんの家計を助ける募金」を誰かが発案しそうな空気でしたが、その中には一部、「なんで女性用パンツを思いっきり被った奴が正義みたいになってるんだ」と言いたげな人もちらほらと見かけ、自分はそれ以上は何も言わず、中尾明並に不機嫌を装って席につきました。
いつの間にやら、尾藤担任が教室に入っていたようです。くりちゃんへの同情とパンツ男に受けた衝撃でしーんとなった所に、滝頭担任はこう言葉をかけました。
「えーと、今日は緊急で朝礼があるそうです。廊下に出席番号順に並んでから校庭に向かってください」
高校生にもなって朝礼? と疑問に思ったのは自分だけではなかったらしく、異議を唱える声があがりましたが、ルビカンテ担任は「分かりませんが、とにかく並んでください」の一点張りでした。
この時点で、これからの流れがおおよそ読めた自分は、被っていたハル先輩のパンツを脱ぎ、勃起を徐々に治めていきます。予想通り、武装解除した自分に向かって新たなる攻撃は行われませんでした。樫原先輩はくりちゃんに対し、これから先、学校にいられなくなるくらいの恥をかいてもらう必要があり、そして彼が所属する茶道部には、全校生徒を集めるだけの権力がある。結果、人生を失っていくくりちゃんの姿を見せる事によって、自分を興奮させる。つまり決戦は、この全校朝礼でつける、という事です。おそらく校庭に出れば、茶道部の使わした先生か、あるいは生徒会の人間により自分の被ったパンツは剥がされ(茶道部が存在していなくてもいずれそうされていたであろうという事はこの際無視します。)、盾を失った所にとどめの攻撃が来る事は目に見えていますので、今の内に息子を躾けておくのがベストという訳です。
ほとんどの生徒が不服な様子だったので、号令がかかってから10分ほどの時間がかかり、校庭は人と文句で埋めつくされ、皆携帯をいじったり友達と喋ったりしています。
しかし朝礼台の上に、茶道部部長望月先輩があがると、瞬く間に言葉は鳴り止み、緊張と尊敬が空気を満たしました。
「朝の貴重な時間を割かせてしまって申し訳ない」
と、望月先輩は静寂の中にそっと言葉を差し込みました。
「清陽高校に所属する者として、いくつか皆さんに確実に知っておいて欲しい事があったので、先生方に無理を言って、このような方法をとらせてもらった。時間も押しているので、手短に話そう。清陽高校と翠郷高校の合併がこのままだと決まってしまいそうだ」
生徒達のざわめきが大きくなるのに比例して、自分は納得を高めていきました。三枝生徒会長の力はやはり本物です。
「茶道部OBの方々に力を借りて、様々な教育機関に異議申し立てを行ってきたのだが、つい昨日、県議会で統合案が可決してしまった。皆がどうか分からないが、私は凄く、残念に思う」
元々学校が合併するという噂に関しては、賛否両論半分半分といった風潮でした。賛成派は、学力の向上と、学校自体のブランドイメージにより進学が楽になるといった理由で、反対派は、翠郷高校の生徒に下に見られるのではないかという不安と、制服や校舎を変えなければならない手間、果たして勉強についていけるのかという所が理由でした。
しかしほとんどの生徒にとっては学校同士の合併など雲の上の話であり、「なるようになる」という半ば楽天的な雰囲気が共有されていました。
「奇跡を起こしたい」
ぽつり、と大真面目に吐かれた望月先輩の台詞は、それら賛否両論を、一気に否に傾けさせる魔法でした。
「私は清陽高校に入学出来た事を誇りに思う。OBの方々から受け継いだ伝統を、更に次の世代に受け継がせなければならないという使命がある。私は山を登る者だ。私は時間を前に進める者だ。そして、君達の協力は不可欠だ」
物理的に、という意味ではなく、何かが前に動き出す気配を感じました。今、ここに集まっている生徒達のほとんどが、合併に反対の意思を示すのに、自身で何が出来るかを考えているようなのです。
これが人を動かすという事か、と自分には興味の無い分野ではありましたが、納得させられました。
若干の間があいた後、望月先輩は咳払いを1つして、話題を変えました。
「今日は、茶道部から直々に表彰したい人がいる。つい先日まで茶道部に潜伏していた悪者をやっつけてくれたヒーローだ。事件が発覚するまで気づかなかった私の否を詫びて、改めてここで感謝を述べたい」
やはり。と、自分は息を飲み込みます。
「1-A、木下くりさん。前に出てきてもらえないか?」
全校生徒の前で巧みな淫会話を披露する。
これに勝る恥はそう多くありません。
さて、くりちゃんが人生最大のピンチに陥っている間に、正月にクロスワードパズルでも解くような気分でゆったりと、考察と推理による敵HVDO能力者の看破を進めていきましょう。
敵HVDO能力者は淫語、体臭、剛毛の3人。このうち、現時点で性癖と人物が一致しているのは、淫語を司る樫原先輩のみであり、彼の能力は性対象になった人物の発言権を奪い、その上で生殺与奪を握る、3人の連携の中でも肝となる部分なので、もちろん人格の適正もあるでしょうが、交渉の場に出てくるのが彼というのは至極当然の事と言えます。また、通学の最中一定の距離を保ち続けていたのは、詳しい事はくりちゃんを元に戻して聞いてみないと分かりませんが、彼自身のHVDO能力の射程距離と発動条件に由来しているはずです。
では、他の2つの能力、体臭及び剛毛の変態は一体「どこから」「どのような方法」でくりちゃんに攻撃を仕掛けているのかについてを考えていくとしましょう。まずは剛毛からです。
ここで皆様に思い出して欲しいのは、くりちゃんが制服泥棒を御用にし、女子間の英雄となった1週間前の事件です。女子の制服を盗むなど、間違いなく変態の所業に違いありませんが、その行動自体が「カムフラージュ」だとしたらどうでしょうか。
犯人である毛利先輩は、果たして本当にくりちゃんの制服が欲しかったのか、その後、彼の所持品から出てきた数多の制服や下着は、彼の本当の目的だったのでしょうか。答えは否です。
茶道部に所属する3人の男子が、今自分を襲ってきている3人の男子である事を前提として話を進めますが、制服泥棒として捕まったその時、毛利先輩が本当に入手したかったのは制服などではなく、くりちゃんの所有する別の「何か」だったと考えてみてください。その「何か」とは、剛毛と体臭という性癖から連想するに、「匂い」あるいは「毛」ではないでしょうか?
もしもそれが「くりちゃんの匂い」ならば、方法は他にいくらでもあります。匂いを嗅ぐだけなら歩いているくりちゃんを後ろから追い抜くだけでも良いですし、くりちゃんの匂いがついている物が手元になければならないというのであれば、ハンカチでもスポーツシューズでも何でも良かったはずで、わざわざ体育の授業中にリスクを犯してまで脱ぎたての制服に接触する必要はありません。では何故、制服に直接触れなければならなかったのか。「匂い」を入手する為に毛利先輩が行った行動が合理性に欠けるというのであれば、残った答えは1つ。毛利先輩は、「くりちゃんの毛」が欲しかった。
毛利先輩は現在、重症を負って入院中です。病院を抜け出してでもいない限り、学校からの距離は今まで自分が経験してきたHVDO能力の射程と比較するには非現実的です。くりちゃんに触れる事も出来なければ、くりちゃんを目視する事も出来ず、言葉もかけられない距離。個人を特定するとしたら、名前か、あるいはDNAを含んだ老廃物。爪か、やはり毛が妥当な所であり、ますます毛利先輩が剛毛女子大好きである事を疑う材料が手に入りました。
毛利先輩が体臭ではなく剛毛のHVDO能力者と推理する根拠はこれだけではなく、消去法によっても導く事が出来ます。ここからは同時進行で体臭の方のHVDO能力者の分析も進めていきます。
先ほど、自分はくりちゃんを擁護し等々力氏の罵詈雑言を非難する際にキレているような演技を見せましたが、あれが自分の性格にはそぐわない行動であるという事に、賢明な皆様ならば既にお気づきかと思われます。もちろん、くりちゃんを貧乏キャラに仕立て上げる事によってイジメの温床を生むという点においてはそこそこ合理的な行動でしたが、それ以上に自分はあの時、「鎌をかけて」みたかったのです。
もしも体臭のHVDO能力者が自分の考える「あの場所」にいたならば、何らかの反応を示すはずと予測した自分の、あえて敵にとってのチャンスを見せ、行動を誘った一手という事です
自分が最初に疑いを持ったのは朝の出来事でした。くりちゃんは自分の部屋に入室した時から淫語を話していましたが、体臭の方はまだ香っていませんでした。匂いがし始めたのは、樫原先輩の投げた石に自分が反応し、窓を開けた時からです。思い返してみれば樫原先輩の行為は実に不自然です。「既に近くに来ている」という事を伝えたいだけならば、何もわざわざ一旦電話を切る必要はなく、それを言葉にすればいいだけの事であり、実際に姿を見せて確認させたいのなら「窓から外を見ろ」と指示するだけで済みます。何故あの時、樫原先輩は唐突に電話を切って、石を投げるという行為を選択したのか。
同時に3人が相手となれば、自分が勝負を受けずに逃走した可能性があり、敵HVDO能力者が樫原先輩1人である事を誤認させた上で、突然にくりちゃんに体臭を漂わせ始めるには、窓を開けさせる必要があった。つまり誰かが「通る」空間が必要だった。
必要なのは発想の飛躍です。自分は美少女のおもらしが好きだから「おもらしをさせる能力」。三枝生徒会長は露出するのが好きだから「服を脱ぐ能力」樫原先輩は女の子にいやらしい言葉を喋らせるのが好きだから「淫語しか喋れなくなる能力」。
となれば、体臭が好きなHVDO能力者にはどんな能力が与えられるのか。
「美少女の体臭を何倍も濃くする能力」というあたりが、自分のような凡人に出来る想像の限界ですが、今現在くりちゃんにかかっている能力はそれだけでは説明がつきません。公衆便所から汗の匂いからバニラから生ゴミからホームレスまで、普段のくりちゃんでは逆立ちしても放てない臭いをいとも簡単に、しかも状況に合わせて切り替えています。
1人、似たHVDO能力者を覚えています。自分に地獄を施した知恵様の実の妹、柚乃原命さん。彼女の性癖は「獣姦」であり、そのHVDO能力は、「自分の身体を動物に変える」という物でした。
性癖バトルにおける黄金の掟。それは相手が変態であるという事。常軌を逸した性癖の持ち主で、なおかつそれを誇りにし、世界さえ変えてしまおうと企む者。ここから段階を1つ上げて考える事により、答えは容易く導き出されます。結論を急ぎましょう。
体臭のHVDO能力者、織部先輩は既に「匂い」になっている。
同じ変態として、気持ちが分からない訳ではありません。自分も時々、美少女の尿を鑑賞するだけでは飽き足らず、美少女の尿自体になりたいと思う事が確かにあります。そして下水道に流されて海に還り、蒸気となって雲となり、再び美少女の頭の上に降り注ぎたい。これは平沢進の曲をBGMに出来るレベルの実に壮大で有意義な夢です。
織部先輩が、今も存在すると思われる「あの場所」とは、つまりくりちゃんの「身体の周り」です。それはあたかも質の悪い霊のように、姿形を伴わずに「とりついている」。だからこそ窓を開ける必要があった。自分のアドリブに対応する事が出来た。バニラの匂いを発した時、自分に対して能力の影響を与える事が出来た。織部先輩が匂いとなり、風になっていると過程すれば、説明のつく事ばかりなのです。
そして織部先輩=体臭のHVDO能力者=現在、くりちゃんに憑依している。という式が成り立てば必然的に、もう片方の剛毛のHVDO能力者=毛利先輩=現在、病院の上でくりちゃんの制服から採取した毛を握っている。という式も同時に成り立つ事により、積み重ねた推論の果て、ようやく自分は敵の構成全容を知ったという事になります。
しかしここまでしてようやく半分。これから先は、この3人を倒す手段を考えなければなりません。
名前を呼ばれ、何も言わずに逃げ出そうとした所を、あらかじめ指示されていたであろう茶道部の生徒4、5に囲まれたくりちゃんが、朝礼台へと連行されている間に、さっさと片付けてしまわなければなりません。
そもそも3対1という状況。これが発揮する攻撃力は前にも自分が語った通りですが、このフォーメーションの真の恐ろしさはその防御力にあります。樫原先輩が「複合性癖」と呼んだルールに則れば、例えば剛毛のHVDO能力にかかっている性対象に対し、自分が放尿を発動させた時、それを見ていた淫語のHVDO能力者が100%まで勃起したとしても、剛毛+おもらしに対して勃起した事になり、セーフにされてしまうという訳です。敗北は1対1の状況でしか起きないという大前提を利用して、1人が危険な状態になったらすかさず他の2人のどちらかが性癖の重ねがけを行えば、ちんこの爆発は誰にも起きません。
となれば、性対象になった人物、この場合はくりちゃんが、ひたすらひたすらにHVDOのおもちゃにされるだけであり(言葉にしてみると非常に魅力的な響きではありますが)、延々と決着のつかない泥仕合に持ち込まれてしまいます。
いえ、最後に決着はつくのです。それは1人の少女を廃人にし、また新たな少女で同じ事を始め、4つの性癖がさながら嵐のように吹き荒れ、後には何も残さずに、少しずつ世界を蝕んでいくという不毛極まる悪道を走り、そのうちに3対1のうちの1が、タイミングかあるいは他の性癖への覚醒によって脱落させられるという考えただけで精神を患いそうな気の遠くなる消耗戦です。
この状態はつまり、変態奈落と呼べるでしょう。人数の有利を利用し、どんな敵が相手でも倒せる戦略。
まさに鉄壁。
にしても鉄は1535℃で溶けるのですから、同じように、全く方法が無いという訳ではありません。例えば分かりやすい方法として、樫原先輩から連絡用の携帯電話を奪い取るというのがありますが、それを相手が警戒していない訳がなく、仮に運よく奪えたとしても予備があるはずです。あるいは他の少女を先に用意してしまう、というのもあります。もう1人少女がいれば、そのおもらしを華麗に演出し、それを目撃させて勃起させる。おあつらえ向きにハル先輩という使い魔を自分はいつでも召喚出来ますし、方法としては現実的でしょう。しかし樫原先輩達は3人が3人とも遠距離型のHVDO能力を持っている。くりちゃんが大変な事になるのは最早慣れてしまっているのでどうでもいいですが、ハル先輩が新たなおもちゃとなるのは確かに魅力的ではありますが、正直避けたい所です。
というよりも、上記の2つ以外に最も単純で簡単な方法を自分は思いついてしまったのです。くりちゃんには恥をかいてもらう他ありませんが、合意は先ほど取り付けましたし、遠慮する必要性はありません。ただ、やるのみです。
身を乗り出し、連れて行かれるくりちゃんに向かって大きく口を開くと、思い切り息を吸い込みました。鼻を通していないのに鼻腔を強烈に貫く腐乱臭。本当に最低な女だな、と心の中で罵りつつ、自分はそのまま呼吸を止めます。
やがて壇上にあがったくりちゃんは、望月先輩から拍手で迎えられ、栄誉を称えられ、謝罪を受け、そしてナイフで脅されました。マイクという名の、鋭いナイフです。
何か一言。
これに苦しめられるのは、ヒーローインタビュを受ける口ベタなスポーツ選手だけではありません。口を開けば、卑猥な言葉がぽろぽろと零れ落ちる今のくりちゃんに対して、この言葉は残酷な殺傷力を持っています。全校生徒の目と耳が向かっているこの状況が、更にくりちゃんを追い詰めます。
しかし自分はこう思っていたのです。いくら臭くて毛だらけで馬鹿で処女なくりちゃんだとしても、置かれている状況は理解しているのだから、わざわざ自ら前に出て恥ずかしい思いをするはずがないで、樫原先輩がもしも無理やりに対象を喋らせる能力を持っているのだとしたら、道中で既に使っているはず。よって、くりちゃんが自分の意思で喋ろうとするはずがない事から、沈黙はいつまでも続くはずだ、と。
それが勘違いで、本当はくりちゃんがとんでもないドMだったという可能性もあります。ですがもっと自然なのは、自分の知らないルールが樫原先輩の能力には存在していて、それを望月先輩によって上手く利用されたと考える事です。
ほんの2秒ほど、望月先輩がくりちゃんの耳に向かってぼそぼそっと喋ったように見えました。事情を知らない自分以外の人には、マイクを受け取っても何も喋らず、ただ背筋をピンと伸ばしてうろたえているくりちゃんをそっと勇気付けたように見えたかもしれません。しかしその直後だったのです。くりちゃんが、口を開いたのは。
「あたしのいやらしくて恥ずかしい姿を皆さんに見ていただきたいんです!」
静寂。
それは炎も凍るような沈黙でした。つい先程友情の崩壊しかけていたくりちゃんの友達もまず耳を疑い、性に貪欲な高校男子達もあまりの唐突さに盛り上がる所かドン引きし、教師達は内申を下げる方向に計算をし始めました。
当然自分も、不可解だ。と、首を捻りましたが、今が最大の「チャンス」である事に違いありませんでした。
自分のHVDO能力「黄命」は、対象に触れなければ発動出来ないのが弱点です。例えば今この状況で前に飛び出せば、すかさず朝礼台の後ろに控える茶道部の方々に取り押さえられる事が目に見えており、それでは攻撃は成功しません。
しかし自分は既に、敵のHVDO能力を逆に利用し、弱点を補う戦略をたてていました。
呼吸。
吸い込んだくりちゃんの「匂い」は、長々と語った自分の推理が正しければ、織部先輩の「肉体」と捉える事が出来るはずです。男を対象にしてHVDO能力を発動する事は、なるべくならばしたくない事でしたが、背に腹は代えられませんし、結局「全校生徒の目の前でおしっこを漏らす」という大恥をかくのがくりちゃんである事は間違いないのですから、我慢して実行する価値はあります。
自分は「匂い」となった織部先輩に対して「黄命」を発動させました。3度に分けて息を吐き出し、その「空気」に手で触れる。周囲の人からしてみれば何をしているのか分からない行動だったでしょうが、すぐにそんな事は気にならなくなるほどの衝撃が、朝礼台の上では起きました。
くりちゃんの股間から滴り落ちる、黄色い液体。
それが男である織部先輩の物である事を知っている自分にとっては、そこまで興奮出来る代物ではありませんでした……と言いたい所なんですが、先程のくりちゃんが言った台詞も相まって、衆人監視の中で漏らすおしっこは、はっきり言って「最高」の一言に尽きました。豪快なおもらし。20年先も30年先も同窓会で語られるであろう、人生を棒に振る恥辱。
99%まで急上昇した勃起率でしたが、何とか堪えます。いえ、堪えなければなりません。ここで100%を突破してしまう事は、刺し違えを意味し、相打ちは完全なる勝利とは呼べません。
鼓膜を揺さぶる爆発音が、校舎の2階から聞こえてきました。くりちゃんに釘付けだった者達も一斉に同じ方向に振り向き、喧騒と共に混乱がやってきました。自分は少しだけ、匂いとなった織部先輩が敗北によってHVDO能力を失ったとき、ばらばらの肉片になってその辺に転がってしまうのではないか、という心配を抱いていたのですが、流石にそんなグロい事にはならなかったようで、おそらくは能力を発動した地点まで強制的に戻されるのでしょう。2階は2年生の教室があるフロアであり、爆発が起きたのは樫原先輩達のクラスです。
織部先輩が戦死した理由は実に単純です。「黄命」の発動により決壊した膀胱は、あくまでも織部先輩のであってくりちゃんのではなく、そして織部先輩を対象に発動している能力も、「黄命」のみ。織部先輩が100%勃起するくらい興奮したのであれば、結果は見ての通りの必然です。
ようやく1人。
朝礼台の上から睨んできた望月先輩に、自分は似合わないウィンクを返しました。
敵HVDO能力者は淫語、体臭、剛毛の3人。このうち、現時点で性癖と人物が一致しているのは、淫語を司る樫原先輩のみであり、彼の能力は性対象になった人物の発言権を奪い、その上で生殺与奪を握る、3人の連携の中でも肝となる部分なので、もちろん人格の適正もあるでしょうが、交渉の場に出てくるのが彼というのは至極当然の事と言えます。また、通学の最中一定の距離を保ち続けていたのは、詳しい事はくりちゃんを元に戻して聞いてみないと分かりませんが、彼自身のHVDO能力の射程距離と発動条件に由来しているはずです。
では、他の2つの能力、体臭及び剛毛の変態は一体「どこから」「どのような方法」でくりちゃんに攻撃を仕掛けているのかについてを考えていくとしましょう。まずは剛毛からです。
ここで皆様に思い出して欲しいのは、くりちゃんが制服泥棒を御用にし、女子間の英雄となった1週間前の事件です。女子の制服を盗むなど、間違いなく変態の所業に違いありませんが、その行動自体が「カムフラージュ」だとしたらどうでしょうか。
犯人である毛利先輩は、果たして本当にくりちゃんの制服が欲しかったのか、その後、彼の所持品から出てきた数多の制服や下着は、彼の本当の目的だったのでしょうか。答えは否です。
茶道部に所属する3人の男子が、今自分を襲ってきている3人の男子である事を前提として話を進めますが、制服泥棒として捕まったその時、毛利先輩が本当に入手したかったのは制服などではなく、くりちゃんの所有する別の「何か」だったと考えてみてください。その「何か」とは、剛毛と体臭という性癖から連想するに、「匂い」あるいは「毛」ではないでしょうか?
もしもそれが「くりちゃんの匂い」ならば、方法は他にいくらでもあります。匂いを嗅ぐだけなら歩いているくりちゃんを後ろから追い抜くだけでも良いですし、くりちゃんの匂いがついている物が手元になければならないというのであれば、ハンカチでもスポーツシューズでも何でも良かったはずで、わざわざ体育の授業中にリスクを犯してまで脱ぎたての制服に接触する必要はありません。では何故、制服に直接触れなければならなかったのか。「匂い」を入手する為に毛利先輩が行った行動が合理性に欠けるというのであれば、残った答えは1つ。毛利先輩は、「くりちゃんの毛」が欲しかった。
毛利先輩は現在、重症を負って入院中です。病院を抜け出してでもいない限り、学校からの距離は今まで自分が経験してきたHVDO能力の射程と比較するには非現実的です。くりちゃんに触れる事も出来なければ、くりちゃんを目視する事も出来ず、言葉もかけられない距離。個人を特定するとしたら、名前か、あるいはDNAを含んだ老廃物。爪か、やはり毛が妥当な所であり、ますます毛利先輩が剛毛女子大好きである事を疑う材料が手に入りました。
毛利先輩が体臭ではなく剛毛のHVDO能力者と推理する根拠はこれだけではなく、消去法によっても導く事が出来ます。ここからは同時進行で体臭の方のHVDO能力者の分析も進めていきます。
先ほど、自分はくりちゃんを擁護し等々力氏の罵詈雑言を非難する際にキレているような演技を見せましたが、あれが自分の性格にはそぐわない行動であるという事に、賢明な皆様ならば既にお気づきかと思われます。もちろん、くりちゃんを貧乏キャラに仕立て上げる事によってイジメの温床を生むという点においてはそこそこ合理的な行動でしたが、それ以上に自分はあの時、「鎌をかけて」みたかったのです。
もしも体臭のHVDO能力者が自分の考える「あの場所」にいたならば、何らかの反応を示すはずと予測した自分の、あえて敵にとってのチャンスを見せ、行動を誘った一手という事です
自分が最初に疑いを持ったのは朝の出来事でした。くりちゃんは自分の部屋に入室した時から淫語を話していましたが、体臭の方はまだ香っていませんでした。匂いがし始めたのは、樫原先輩の投げた石に自分が反応し、窓を開けた時からです。思い返してみれば樫原先輩の行為は実に不自然です。「既に近くに来ている」という事を伝えたいだけならば、何もわざわざ一旦電話を切る必要はなく、それを言葉にすればいいだけの事であり、実際に姿を見せて確認させたいのなら「窓から外を見ろ」と指示するだけで済みます。何故あの時、樫原先輩は唐突に電話を切って、石を投げるという行為を選択したのか。
同時に3人が相手となれば、自分が勝負を受けずに逃走した可能性があり、敵HVDO能力者が樫原先輩1人である事を誤認させた上で、突然にくりちゃんに体臭を漂わせ始めるには、窓を開けさせる必要があった。つまり誰かが「通る」空間が必要だった。
必要なのは発想の飛躍です。自分は美少女のおもらしが好きだから「おもらしをさせる能力」。三枝生徒会長は露出するのが好きだから「服を脱ぐ能力」樫原先輩は女の子にいやらしい言葉を喋らせるのが好きだから「淫語しか喋れなくなる能力」。
となれば、体臭が好きなHVDO能力者にはどんな能力が与えられるのか。
「美少女の体臭を何倍も濃くする能力」というあたりが、自分のような凡人に出来る想像の限界ですが、今現在くりちゃんにかかっている能力はそれだけでは説明がつきません。公衆便所から汗の匂いからバニラから生ゴミからホームレスまで、普段のくりちゃんでは逆立ちしても放てない臭いをいとも簡単に、しかも状況に合わせて切り替えています。
1人、似たHVDO能力者を覚えています。自分に地獄を施した知恵様の実の妹、柚乃原命さん。彼女の性癖は「獣姦」であり、そのHVDO能力は、「自分の身体を動物に変える」という物でした。
性癖バトルにおける黄金の掟。それは相手が変態であるという事。常軌を逸した性癖の持ち主で、なおかつそれを誇りにし、世界さえ変えてしまおうと企む者。ここから段階を1つ上げて考える事により、答えは容易く導き出されます。結論を急ぎましょう。
体臭のHVDO能力者、織部先輩は既に「匂い」になっている。
同じ変態として、気持ちが分からない訳ではありません。自分も時々、美少女の尿を鑑賞するだけでは飽き足らず、美少女の尿自体になりたいと思う事が確かにあります。そして下水道に流されて海に還り、蒸気となって雲となり、再び美少女の頭の上に降り注ぎたい。これは平沢進の曲をBGMに出来るレベルの実に壮大で有意義な夢です。
織部先輩が、今も存在すると思われる「あの場所」とは、つまりくりちゃんの「身体の周り」です。それはあたかも質の悪い霊のように、姿形を伴わずに「とりついている」。だからこそ窓を開ける必要があった。自分のアドリブに対応する事が出来た。バニラの匂いを発した時、自分に対して能力の影響を与える事が出来た。織部先輩が匂いとなり、風になっていると過程すれば、説明のつく事ばかりなのです。
そして織部先輩=体臭のHVDO能力者=現在、くりちゃんに憑依している。という式が成り立てば必然的に、もう片方の剛毛のHVDO能力者=毛利先輩=現在、病院の上でくりちゃんの制服から採取した毛を握っている。という式も同時に成り立つ事により、積み重ねた推論の果て、ようやく自分は敵の構成全容を知ったという事になります。
しかしここまでしてようやく半分。これから先は、この3人を倒す手段を考えなければなりません。
名前を呼ばれ、何も言わずに逃げ出そうとした所を、あらかじめ指示されていたであろう茶道部の生徒4、5に囲まれたくりちゃんが、朝礼台へと連行されている間に、さっさと片付けてしまわなければなりません。
そもそも3対1という状況。これが発揮する攻撃力は前にも自分が語った通りですが、このフォーメーションの真の恐ろしさはその防御力にあります。樫原先輩が「複合性癖」と呼んだルールに則れば、例えば剛毛のHVDO能力にかかっている性対象に対し、自分が放尿を発動させた時、それを見ていた淫語のHVDO能力者が100%まで勃起したとしても、剛毛+おもらしに対して勃起した事になり、セーフにされてしまうという訳です。敗北は1対1の状況でしか起きないという大前提を利用して、1人が危険な状態になったらすかさず他の2人のどちらかが性癖の重ねがけを行えば、ちんこの爆発は誰にも起きません。
となれば、性対象になった人物、この場合はくりちゃんが、ひたすらひたすらにHVDOのおもちゃにされるだけであり(言葉にしてみると非常に魅力的な響きではありますが)、延々と決着のつかない泥仕合に持ち込まれてしまいます。
いえ、最後に決着はつくのです。それは1人の少女を廃人にし、また新たな少女で同じ事を始め、4つの性癖がさながら嵐のように吹き荒れ、後には何も残さずに、少しずつ世界を蝕んでいくという不毛極まる悪道を走り、そのうちに3対1のうちの1が、タイミングかあるいは他の性癖への覚醒によって脱落させられるという考えただけで精神を患いそうな気の遠くなる消耗戦です。
この状態はつまり、変態奈落と呼べるでしょう。人数の有利を利用し、どんな敵が相手でも倒せる戦略。
まさに鉄壁。
にしても鉄は1535℃で溶けるのですから、同じように、全く方法が無いという訳ではありません。例えば分かりやすい方法として、樫原先輩から連絡用の携帯電話を奪い取るというのがありますが、それを相手が警戒していない訳がなく、仮に運よく奪えたとしても予備があるはずです。あるいは他の少女を先に用意してしまう、というのもあります。もう1人少女がいれば、そのおもらしを華麗に演出し、それを目撃させて勃起させる。おあつらえ向きにハル先輩という使い魔を自分はいつでも召喚出来ますし、方法としては現実的でしょう。しかし樫原先輩達は3人が3人とも遠距離型のHVDO能力を持っている。くりちゃんが大変な事になるのは最早慣れてしまっているのでどうでもいいですが、ハル先輩が新たなおもちゃとなるのは確かに魅力的ではありますが、正直避けたい所です。
というよりも、上記の2つ以外に最も単純で簡単な方法を自分は思いついてしまったのです。くりちゃんには恥をかいてもらう他ありませんが、合意は先ほど取り付けましたし、遠慮する必要性はありません。ただ、やるのみです。
身を乗り出し、連れて行かれるくりちゃんに向かって大きく口を開くと、思い切り息を吸い込みました。鼻を通していないのに鼻腔を強烈に貫く腐乱臭。本当に最低な女だな、と心の中で罵りつつ、自分はそのまま呼吸を止めます。
やがて壇上にあがったくりちゃんは、望月先輩から拍手で迎えられ、栄誉を称えられ、謝罪を受け、そしてナイフで脅されました。マイクという名の、鋭いナイフです。
何か一言。
これに苦しめられるのは、ヒーローインタビュを受ける口ベタなスポーツ選手だけではありません。口を開けば、卑猥な言葉がぽろぽろと零れ落ちる今のくりちゃんに対して、この言葉は残酷な殺傷力を持っています。全校生徒の目と耳が向かっているこの状況が、更にくりちゃんを追い詰めます。
しかし自分はこう思っていたのです。いくら臭くて毛だらけで馬鹿で処女なくりちゃんだとしても、置かれている状況は理解しているのだから、わざわざ自ら前に出て恥ずかしい思いをするはずがないで、樫原先輩がもしも無理やりに対象を喋らせる能力を持っているのだとしたら、道中で既に使っているはず。よって、くりちゃんが自分の意思で喋ろうとするはずがない事から、沈黙はいつまでも続くはずだ、と。
それが勘違いで、本当はくりちゃんがとんでもないドMだったという可能性もあります。ですがもっと自然なのは、自分の知らないルールが樫原先輩の能力には存在していて、それを望月先輩によって上手く利用されたと考える事です。
ほんの2秒ほど、望月先輩がくりちゃんの耳に向かってぼそぼそっと喋ったように見えました。事情を知らない自分以外の人には、マイクを受け取っても何も喋らず、ただ背筋をピンと伸ばしてうろたえているくりちゃんをそっと勇気付けたように見えたかもしれません。しかしその直後だったのです。くりちゃんが、口を開いたのは。
「あたしのいやらしくて恥ずかしい姿を皆さんに見ていただきたいんです!」
静寂。
それは炎も凍るような沈黙でした。つい先程友情の崩壊しかけていたくりちゃんの友達もまず耳を疑い、性に貪欲な高校男子達もあまりの唐突さに盛り上がる所かドン引きし、教師達は内申を下げる方向に計算をし始めました。
当然自分も、不可解だ。と、首を捻りましたが、今が最大の「チャンス」である事に違いありませんでした。
自分のHVDO能力「黄命」は、対象に触れなければ発動出来ないのが弱点です。例えば今この状況で前に飛び出せば、すかさず朝礼台の後ろに控える茶道部の方々に取り押さえられる事が目に見えており、それでは攻撃は成功しません。
しかし自分は既に、敵のHVDO能力を逆に利用し、弱点を補う戦略をたてていました。
呼吸。
吸い込んだくりちゃんの「匂い」は、長々と語った自分の推理が正しければ、織部先輩の「肉体」と捉える事が出来るはずです。男を対象にしてHVDO能力を発動する事は、なるべくならばしたくない事でしたが、背に腹は代えられませんし、結局「全校生徒の目の前でおしっこを漏らす」という大恥をかくのがくりちゃんである事は間違いないのですから、我慢して実行する価値はあります。
自分は「匂い」となった織部先輩に対して「黄命」を発動させました。3度に分けて息を吐き出し、その「空気」に手で触れる。周囲の人からしてみれば何をしているのか分からない行動だったでしょうが、すぐにそんな事は気にならなくなるほどの衝撃が、朝礼台の上では起きました。
くりちゃんの股間から滴り落ちる、黄色い液体。
それが男である織部先輩の物である事を知っている自分にとっては、そこまで興奮出来る代物ではありませんでした……と言いたい所なんですが、先程のくりちゃんが言った台詞も相まって、衆人監視の中で漏らすおしっこは、はっきり言って「最高」の一言に尽きました。豪快なおもらし。20年先も30年先も同窓会で語られるであろう、人生を棒に振る恥辱。
99%まで急上昇した勃起率でしたが、何とか堪えます。いえ、堪えなければなりません。ここで100%を突破してしまう事は、刺し違えを意味し、相打ちは完全なる勝利とは呼べません。
鼓膜を揺さぶる爆発音が、校舎の2階から聞こえてきました。くりちゃんに釘付けだった者達も一斉に同じ方向に振り向き、喧騒と共に混乱がやってきました。自分は少しだけ、匂いとなった織部先輩が敗北によってHVDO能力を失ったとき、ばらばらの肉片になってその辺に転がってしまうのではないか、という心配を抱いていたのですが、流石にそんなグロい事にはならなかったようで、おそらくは能力を発動した地点まで強制的に戻されるのでしょう。2階は2年生の教室があるフロアであり、爆発が起きたのは樫原先輩達のクラスです。
織部先輩が戦死した理由は実に単純です。「黄命」の発動により決壊した膀胱は、あくまでも織部先輩のであってくりちゃんのではなく、そして織部先輩を対象に発動している能力も、「黄命」のみ。織部先輩が100%勃起するくらい興奮したのであれば、結果は見ての通りの必然です。
ようやく1人。
朝礼台の上から睨んできた望月先輩に、自分は似合わないウィンクを返しました。
緊急に開かれた全校朝礼により1時限目が中止になったので、教室に戻っても次の授業が始まるまでまだ30分ほどの時間的余裕がありました。大きく「自習」と書かれた黒板を無視して、とりとめのない雑談に耽る級友達の輪に加われない人間が、この教室に2人だけいました。1人は自分、もう1人はくりちゃんです。
「くりちゃん、そう気を落とさないでください」
机に突っ伏したまま、耳を澄ませばようやく聞こえる程度の音量で嗚咽を漏らすくりちゃんは、つい先程、他人の尿でびしょ濡れになった制服から新しいジャージに女子トイレで着替えを済ませてからというものずっと、この世に生まれてきた事を酷く後悔している様子で塞ぎこんでいました。
何せ今回のおもらしは、全くもって言い訳不能な失態です。それはもちろん、現状では日常会話さえままならない故に、言い訳すら出来ないという事情もありますが、それ以上に漏らす直前に言った台詞が非常に悪かった。「あたしの恥ずかしい姿見てください」では、まるでくりちゃんが意図的に尿意を我慢し、皆の憧れである望月先輩に表彰されるという大舞台で、うらやむ観衆に見守られながらおもらしをしたかったド変態に思われてしまうではないですか。どう考えても最高です。
「あと2人、倒すまでの辛抱ですよ。それさえ済めばきっといくらでも汚名を返上出来ます」
ああ、自分は今、心にも無い事を言っているなあ、という自覚があるだけ、実直な偽善者よりはマシかもしれません。くりちゃんがこれから3年間過ごせたはずの普通な高校生活は既に終わったのです。残ったのは後ろ指をさされながら生きる、暗くてじめじめとした孤独でどうしようもない生き方だけだというのは誰が見ても明らかな確定事項です。
しかしそれでも、とにかく淫語の能力だけでも解除しなければ、更にこの先何十年にも渡る生活に支障を来たすどころの話ではないはずですし、自分が今朝した約束は、必ず果たしてみせようと思います。
「さ、くりちゃん。落ち込んでないでもう2人を倒しにいきましょう」
菩薩かと見まごうばかりの、我ながら非常に珍しい、自分が吐いた優しい言葉に対し、くりちゃんは顔をあげ、目を真っ赤に腫らしながら「これ以上何をさせるつもりだ!」と無言の訴えを浴びせかけてきました。
確かに、全校生徒の前で卑猥な台詞を吐いておもらしをする。十分に恥辱は果たされ、どこかで様子を見ていたであろう樫原先輩も、爆発こそしなかったものの、おもらしの素晴らしさには感化されたはずで、それなりのダメージを負っていると考えるのは道理ですが、あえて自分は言わせてもらいます。
不満。
まだ足りません。まだまだ足りません。くりちゃんはもっともっと地の底に落ちて然るべき少女です。何も特別な恨みがある訳ではなく(まあ、痛い目には何度か合わされてきたので、その分をまとめて清算しておくという意味もありますがそれだけにあらず)、くりちゃんは虐げられてこそ光る少女だと自分は思います。くりちゃんの人間としての尊厳はずたぼろに汚して溝に流されるべき代物であり、これは自分がかねてより声高に繰り返してきたシュプレヒコールで、ある意味ではライフワークでもあります。
「安心してください。自分がいるではないですか」
仏頂面のままの自分を見て、何を言っても何をやっても無駄だと納得してくれたのでしょう。くりちゃんは肩を落として、ずるりと液化した身体を持ち上げると、自分の後ろをついてきてくれました。
「お待たせしました。樫原先輩」
やってきたのは体育館裏。先輩から呼び出されるスポットとしては的確ですが、呼び出したのは後輩である自分の方で、しかも待たせていたのですから自分は目上の者からかわいがられないタイプだと思われます。しかし樫原先輩はそんな自分にも気を使ってくれて、
「織部の事なら心配はいらない。マッチ棒で自作したかんしゃく玉をポケットに入れていたら暴発したという事で口裏を合わせてある。警察が来るような事もないだろう」
「小学生みたいな言い訳ですね」
「通すのは俺じゃなくて茶道部だからな」
先程の望月先輩の顔がちらりと浮かびました。絶対女王政の前には筋の通った論理で誰かを納得させる必要はないのかもしれません。樫原先輩は頭をくしゃっと掻いて、「こんな事は言いたくないんだが……」と前置きをして、くりちゃんを見ずに言いました。
「織部が復活するまで勝負は預けさせてもらう。つまり、木下は一生そのままだ」
ひっ、と息を呑む声が聞こえて、続けざまに卑猥な単語がぱらぱらと投下されましたが、樫原先輩は気にしていない様子でした。もちろん、自分もです。
「なるほど。あくまでも3人がかりでやる、という事ですね。くりちゃんが一生このままというのは、非常に魅力的な提案ですし、同意したいのは山々なんですが……」
言いかけた所に、スネを叩き折るようなニーキックが隣から入ってぐらっときましたがなんとか持ちこたえ、「もっと魅力的な提案があるんですよ。樫原先輩を、ここで倒させてもらうというね」
と、分かりやすい挑発を決めてみましたが、この程度で樫原先輩がたじろぐ訳もなく、柳と糠で出来た暖簾に風と釘で腕押し、ただ聞き流されたようでした。大事なのは緩急。アドバイスを生かし、自分は一転肩の力を抜いて、おどけたようにこう言いました。
「なんて言いつつも、自分にはあいにくと樫原先輩を倒せそうな良い策が浮かばないんですよ。ねえくりちゃん。どうしたいいですかね?」
唐突に話を振られたくりちゃんは、聞いてない! といった様子で自分と樫原先輩を交互に見ました。恥をかくのは嫌なくせに、ピンチに陥れば人を頼る。そんな情けない人間が出来ることなど、たかが知れています。
「うーん……」自分はたっぷりともったいぶって、「謝るしかないんじゃないでしょうかね?」
と、気軽を装った提案に、くりちゃんはやはり不服なようでした。謝る必要性も理由もありませんから、それも当然の事でしたが、謝る事によるメリットはあるのです。
「だって許してもらう他に無いじゃないですか。樫原先輩だって鬼ではないのですから、精一杯、心を込めて謝れば、今回は勘弁してもらえるかもしれませんよ。他人事のように聞こえるかもしれませんが、正直くりちゃん次第なんですよ。自分の力ではどうする事も出来ません」
自分には詐欺師の才能があるのではないでしょうか。効率の良い犯罪ですし、資産運用の一部として考慮に入れてみる価値はありそうです。
明らかに途中で切れる蜘蛛の糸を目の前にぶら下げられたくりちゃんは、不貞腐れた表情で、ぺこ、と30度くらいのお辞儀を樫原先輩にしました。「ふざけてるんですか?」その背中に訊ねた自分を睨むその目に、拙いながらも助言をさしあげます。
「くりちゃんは今、ただでさえ失礼な事しか言えない口なんですから、謝罪の格好で最大限の感情を表現しなくてはなりませんよ。そんなバイトの後輩がするような謝り方では、許してもらえるものももらえません。ですよね? 樫原先輩」
樫原先輩は言葉の意味に気がついたのか、それともただ奇異な物を見ているのか分かりませんが、自分の瞳をまっすぐに覗いていました。そこで自分はくりちゃんに、決定的な提案をします。
「土下座しかないでしょう。全裸で」
「悪いが五十妻、俺は逃げさせてもらう」
くりちゃんのリアクションを確かめるより先に、樫原先輩はそう言って立ち去ろうとしました。自分は羽交い絞めにしてでもくりちゃんの全裸土下座を見せてさしあげようと身を乗り出しましたが、どうやらその必要はなかったようです。
「倒せ」
声は体育館の中から聞こえました。いえ、正確に言えば頭上、体育館の2階から。
「今、倒せ」
自分もくりちゃんも声をする方を見上げましたが、体育館の窓には誰も映っておらず、しかし唯一見上げなかった樫原先輩には、壁1枚の向こう側に声の主がいる事が分かっているようでした。
「……望月。やり方は任せると言っていただろ」
望月。望月ソフィア先輩。確かにこの声は彼女の持ち物です。しかし観衆の中で喋る彼女とは違いすぎて、咄嗟には分かりませんでした。その声は、張り付くように静かで、病気のように気だるそうで、望月式表現法を借りれば、ガラスにかかった霜、といった感じでした。
「気が変わった。今、この場で倒せ」
樫原先輩が茶道部に所属していたと分かった時点でうっすらとは予想していましたが、やはり黒幕は望月先輩のようです。しかしながら、その口ぶりから察するに、2人の間にあるのはあくまでも主従関係であり、命令する方とされる方がはっきりと分かれ、望月先輩がおそらく持っているであろうHVDO能力で援護射撃をしてくる様子でない事は、自分にとっての救いでした。
「……断る。リスクは負わない」
「樫原、お前はまだ五十妻を軽視している。今ここで倒さなければ、こいつはどんな手を使ってでもお前を追い詰めるぞ」
ふっ、と樫原先輩は肩の力を抜いて、ようやく上を向きました。そして声の音量を少し上げて、そこにいるものの姿を見せない望月先輩を狙い撃ちます。
「図星をついてやろう。お前は五十妻が蕪野ハルを素材に使う事が嫌なだけだ」
この台詞から、自分が暗に立てていた目論見が既に見越されていた事が分かりました。今日、樫原先輩に逃げられた場合、今度はくりちゃんとハル先輩を同時に操り、こちらから奇襲を仕掛けようとしていたのです。しかし思惑がバレてしまっているという挫折より先に来たのは、望月先輩とハル先輩の関係性に対する疑問でした。
「それが何だ?」と、望月先輩。
「とにかく、俺は降りる」
「お前は誰にも見つからない星だ。旋律から弾かれた音符だ。最後尾を走る競走馬だ」
「無意味な事を言うな」
「意味のある事なんてあるのか? お前自身が知っているはずだ」
樫原先輩はしばらく黙った後、まるでそれが精一杯の反抗であるかのように大きく舌打ちをして、自分に向き直りました。
「勘違いするな五十妻。お前の不利は変わっていない。木下にはまだ毛利の能力が発動している。例え木下のおもらしで俺が勃起したとしても負けにはならない」
良く分かりませんが、なんだかんだで樫原先輩がこの場で勝負を受ける気になってくれたという点について、自分は望月先輩には感謝をすべきでしょう。先程は羽交い絞めにしてでも、なんて事を思いましたが、樫原先輩相手に物理で勝てる自信など、実は毛ほども無かったのです。
そんな気持ちを抑えつつ、自分は口元に余裕をちらつかせて問います。
「果たしてそうでしょうかね?」
取り出したのは1台の携帯電話。自分はもともと持っていませんし、樫原先輩を呼び出すのに使ったくりちゃんの物でもありません。この携帯電話は、言ってみれば勝利への直行パスポートです。
「これは織部先輩の携帯電話です。先輩達の連携プレイには、携帯電話が必然だった。当然、織部先輩も持っていないはずがない。それにしても気の利く女子と親しい事は幸せですね。何も指示しないでも、ハル先輩は織部先輩の遺体から回収してきてくれました」
樫原先輩が再び上を睨みつけました。そこに望月先輩がまだいるのかいないのか、自分には分かりませんでしたが、新しい言葉は何も落ちてはきませんでした。
「さ、くりちゃん。チャンスです」
服を脱いで土下座をする機会の事をチャンスと呼ぶのはおそらくこれっきりの事だと思われ、高次元のやりとりに1人置いてけぼりを食らっていたくりちゃんは、樫原先輩が逃亡しようとした時に一旦撫で下ろしたその小さな胸を、心臓を使って内側から殴打していました。
「やるなら早くしてください。これから一生、濡れ場専門のエロゲ声優として生きるならそのままでもいいですが」
無慈悲な言葉をきっかけに、くりちゃんもいよいよ覚悟を決めたようです。
まずはジャージの上を脱ぎ、それを自分に渡してきました。一応匂いを確認してみると、あの不快な体臭も消えうせて、元々持っていた高校生にしては幼すぎる少女臭(と、気のせいと思いたい程度のアンモニア臭)が一瞬香りましたが、嗅いでいる事がすぐにバレるとくりちゃん自身に取り上げられ、無言でその辺に叩きつけられました。その際、朝も見た腋毛がしっかり見えた事は一応ここに報告しておきます。
次にジャージの下に手をかけたのですが、一気にすぱんと脱ぐほどの度胸はやはり無いらしく、少しずつ少しずつずり下ろししていく様子は、世界の破滅を心から祈っているようでもありました。くりちゃんが向いている方向は自分の方でも樫原先輩の方でもなく、体育館の壁の方で、屈した訳ではない、という主張をしたいのか、今ここには誰もいない、と暗示をかけたいのかは分かりませんが、どちらにしても無駄な抵抗というものでした。
ブラ1パン1の正真正銘下着姿になったくりちゃん。スポーツタイプの色気も味気もない白一色でしたが、学校内で、仮にも授業中に自分から脱ぐという行為それ自体が痴態を見事に演出しており、自分はあえて急かさずにゆっくりと、樫原先輩の感情を焦らし炙っていく戦略を選びました。
下のジャージも丸めたまま放り出すと、次はいよいよブラです。あってないような物なのですから省略して良いのではないか、という自分の思いを他所に、くりちゃんからしてみればそれは非常に大切な物らしく、躊躇具合はジャージの非ではありませんでした。
というか、織部先輩の尿に汚されて駄目になったはずの下着が何故あるのか、という疑問がその時になってふと浮かびましたが、合理的に考えればすぐに答えは分かりました。くりちゃんは普段から、予備の下着を鞄に入れて持ち運んでいるのです。これはつまり、自分の魔の手から逃れきれずに漏らしてしまった時を見越して保険をかけていたいう事になります。嬉しく思いました。望む望まないは別として、くりちゃんが「漏らす為の準備」をしていたというのは、変態冥利に尽きるという物です。
唐突に与えられたプレゼントに喜んでいる間に、くりちゃんはブラを脱ぎ終えたようでした。流石にブラはその辺には放らず、器用にも片腕で乳首を隠しながらもう片手でブラを半分に畳み、それすらもなるべく見せないように脱いだジャージで隠していました。
さあ。
いよいよパンツです。意地でも片腕は離さずに乳首を死守しながらの、左右前後に少しずつずらしていく動きはなんとも扇情的で、ふとももの辺りでやがて布が重力に篭絡された瞬間、くりちゃんは革靴と靴下以外の文明を失い、その辺を歩いている野良犬と対して変わらない格好になり果てました。片手で膨らみを、片手で股間をぎゅっと抑え、目に涙を溜めながら、寒さからか屈辱からか縮こまりながらふるふると震えるくりちゃんは、今すぐに抱きしめたい程に弱い存在でした。
「樫原先輩の方を向いてください」
そう指示を出すと、パンツを足首から外しながら、くりちゃんは樫原先輩の方に向きました。必然、自分の方からは小さいながらもまんまるとした白いお尻が見えましたが、その割れ目からはみ出した物には思わず失笑せざるを得ませんでした。無作為にちぢれた真っ黒な毛、人はそれをケツ毛と呼びます。
樫原先輩の勃起率が若干ではありましたが上昇しました。彼の方からは後ろの毛が見えないものの、おそらく猛り狂うように生えた前の毛の方が、くりちゃんの手のひらに納まりきらず零れているのでしょう。かくいう自分も自分で順調に勃起率を上げていっており、少し急いだ方がいいかもしれないな、と思い始めた所でした。
「くりちゃん。早くしないと、他の人が来てしまうかもしれませんよ」
親切心からの助言は上手く働いたようで、くりちゃんは自分の言葉を聞くと同時に、まずは胸を隠した手を、ゆっくりと下ろしました。次に股間を覆う手を外そうと果敢に戦っていました。頭では分かっている事でも、それを行動に移す事は難しく、それにどちらかといえば肉体は理性よりも感情を好むように思います。くりちゃんの反応はまさに自身との格闘でした。
それでも、しなければならないのです。
拳をぎゅっと握り、腰に手首の内側を両方当て、今すぐにでも丸めてしまいたそうな細い背中を懸命に立ち上げ、全てを樫原先輩に見てもらっているくりちゃんの姿に、自分は思わず生唾を飲み込みました。顔は見えませんが、受けているダメージが自分より樫原先輩の方が明らかに大きく、もうすぐ90%の危険地帯に入りそうだという所から予想するに、きっと宇宙人でもロボットでもこう思う表情をくりちゃんはしているはずです。
かわいい。
自分は織部先輩の携帯を操作し、ムービーを起動しました。遠距離攻撃には遠距離攻撃。くりちゃんの全裸土下座動画を電波に乗せて、毛利先輩を爆撃します。
「くりちゃん、そう気を落とさないでください」
机に突っ伏したまま、耳を澄ませばようやく聞こえる程度の音量で嗚咽を漏らすくりちゃんは、つい先程、他人の尿でびしょ濡れになった制服から新しいジャージに女子トイレで着替えを済ませてからというものずっと、この世に生まれてきた事を酷く後悔している様子で塞ぎこんでいました。
何せ今回のおもらしは、全くもって言い訳不能な失態です。それはもちろん、現状では日常会話さえままならない故に、言い訳すら出来ないという事情もありますが、それ以上に漏らす直前に言った台詞が非常に悪かった。「あたしの恥ずかしい姿見てください」では、まるでくりちゃんが意図的に尿意を我慢し、皆の憧れである望月先輩に表彰されるという大舞台で、うらやむ観衆に見守られながらおもらしをしたかったド変態に思われてしまうではないですか。どう考えても最高です。
「あと2人、倒すまでの辛抱ですよ。それさえ済めばきっといくらでも汚名を返上出来ます」
ああ、自分は今、心にも無い事を言っているなあ、という自覚があるだけ、実直な偽善者よりはマシかもしれません。くりちゃんがこれから3年間過ごせたはずの普通な高校生活は既に終わったのです。残ったのは後ろ指をさされながら生きる、暗くてじめじめとした孤独でどうしようもない生き方だけだというのは誰が見ても明らかな確定事項です。
しかしそれでも、とにかく淫語の能力だけでも解除しなければ、更にこの先何十年にも渡る生活に支障を来たすどころの話ではないはずですし、自分が今朝した約束は、必ず果たしてみせようと思います。
「さ、くりちゃん。落ち込んでないでもう2人を倒しにいきましょう」
菩薩かと見まごうばかりの、我ながら非常に珍しい、自分が吐いた優しい言葉に対し、くりちゃんは顔をあげ、目を真っ赤に腫らしながら「これ以上何をさせるつもりだ!」と無言の訴えを浴びせかけてきました。
確かに、全校生徒の前で卑猥な台詞を吐いておもらしをする。十分に恥辱は果たされ、どこかで様子を見ていたであろう樫原先輩も、爆発こそしなかったものの、おもらしの素晴らしさには感化されたはずで、それなりのダメージを負っていると考えるのは道理ですが、あえて自分は言わせてもらいます。
不満。
まだ足りません。まだまだ足りません。くりちゃんはもっともっと地の底に落ちて然るべき少女です。何も特別な恨みがある訳ではなく(まあ、痛い目には何度か合わされてきたので、その分をまとめて清算しておくという意味もありますがそれだけにあらず)、くりちゃんは虐げられてこそ光る少女だと自分は思います。くりちゃんの人間としての尊厳はずたぼろに汚して溝に流されるべき代物であり、これは自分がかねてより声高に繰り返してきたシュプレヒコールで、ある意味ではライフワークでもあります。
「安心してください。自分がいるではないですか」
仏頂面のままの自分を見て、何を言っても何をやっても無駄だと納得してくれたのでしょう。くりちゃんは肩を落として、ずるりと液化した身体を持ち上げると、自分の後ろをついてきてくれました。
「お待たせしました。樫原先輩」
やってきたのは体育館裏。先輩から呼び出されるスポットとしては的確ですが、呼び出したのは後輩である自分の方で、しかも待たせていたのですから自分は目上の者からかわいがられないタイプだと思われます。しかし樫原先輩はそんな自分にも気を使ってくれて、
「織部の事なら心配はいらない。マッチ棒で自作したかんしゃく玉をポケットに入れていたら暴発したという事で口裏を合わせてある。警察が来るような事もないだろう」
「小学生みたいな言い訳ですね」
「通すのは俺じゃなくて茶道部だからな」
先程の望月先輩の顔がちらりと浮かびました。絶対女王政の前には筋の通った論理で誰かを納得させる必要はないのかもしれません。樫原先輩は頭をくしゃっと掻いて、「こんな事は言いたくないんだが……」と前置きをして、くりちゃんを見ずに言いました。
「織部が復活するまで勝負は預けさせてもらう。つまり、木下は一生そのままだ」
ひっ、と息を呑む声が聞こえて、続けざまに卑猥な単語がぱらぱらと投下されましたが、樫原先輩は気にしていない様子でした。もちろん、自分もです。
「なるほど。あくまでも3人がかりでやる、という事ですね。くりちゃんが一生このままというのは、非常に魅力的な提案ですし、同意したいのは山々なんですが……」
言いかけた所に、スネを叩き折るようなニーキックが隣から入ってぐらっときましたがなんとか持ちこたえ、「もっと魅力的な提案があるんですよ。樫原先輩を、ここで倒させてもらうというね」
と、分かりやすい挑発を決めてみましたが、この程度で樫原先輩がたじろぐ訳もなく、柳と糠で出来た暖簾に風と釘で腕押し、ただ聞き流されたようでした。大事なのは緩急。アドバイスを生かし、自分は一転肩の力を抜いて、おどけたようにこう言いました。
「なんて言いつつも、自分にはあいにくと樫原先輩を倒せそうな良い策が浮かばないんですよ。ねえくりちゃん。どうしたいいですかね?」
唐突に話を振られたくりちゃんは、聞いてない! といった様子で自分と樫原先輩を交互に見ました。恥をかくのは嫌なくせに、ピンチに陥れば人を頼る。そんな情けない人間が出来ることなど、たかが知れています。
「うーん……」自分はたっぷりともったいぶって、「謝るしかないんじゃないでしょうかね?」
と、気軽を装った提案に、くりちゃんはやはり不服なようでした。謝る必要性も理由もありませんから、それも当然の事でしたが、謝る事によるメリットはあるのです。
「だって許してもらう他に無いじゃないですか。樫原先輩だって鬼ではないのですから、精一杯、心を込めて謝れば、今回は勘弁してもらえるかもしれませんよ。他人事のように聞こえるかもしれませんが、正直くりちゃん次第なんですよ。自分の力ではどうする事も出来ません」
自分には詐欺師の才能があるのではないでしょうか。効率の良い犯罪ですし、資産運用の一部として考慮に入れてみる価値はありそうです。
明らかに途中で切れる蜘蛛の糸を目の前にぶら下げられたくりちゃんは、不貞腐れた表情で、ぺこ、と30度くらいのお辞儀を樫原先輩にしました。「ふざけてるんですか?」その背中に訊ねた自分を睨むその目に、拙いながらも助言をさしあげます。
「くりちゃんは今、ただでさえ失礼な事しか言えない口なんですから、謝罪の格好で最大限の感情を表現しなくてはなりませんよ。そんなバイトの後輩がするような謝り方では、許してもらえるものももらえません。ですよね? 樫原先輩」
樫原先輩は言葉の意味に気がついたのか、それともただ奇異な物を見ているのか分かりませんが、自分の瞳をまっすぐに覗いていました。そこで自分はくりちゃんに、決定的な提案をします。
「土下座しかないでしょう。全裸で」
「悪いが五十妻、俺は逃げさせてもらう」
くりちゃんのリアクションを確かめるより先に、樫原先輩はそう言って立ち去ろうとしました。自分は羽交い絞めにしてでもくりちゃんの全裸土下座を見せてさしあげようと身を乗り出しましたが、どうやらその必要はなかったようです。
「倒せ」
声は体育館の中から聞こえました。いえ、正確に言えば頭上、体育館の2階から。
「今、倒せ」
自分もくりちゃんも声をする方を見上げましたが、体育館の窓には誰も映っておらず、しかし唯一見上げなかった樫原先輩には、壁1枚の向こう側に声の主がいる事が分かっているようでした。
「……望月。やり方は任せると言っていただろ」
望月。望月ソフィア先輩。確かにこの声は彼女の持ち物です。しかし観衆の中で喋る彼女とは違いすぎて、咄嗟には分かりませんでした。その声は、張り付くように静かで、病気のように気だるそうで、望月式表現法を借りれば、ガラスにかかった霜、といった感じでした。
「気が変わった。今、この場で倒せ」
樫原先輩が茶道部に所属していたと分かった時点でうっすらとは予想していましたが、やはり黒幕は望月先輩のようです。しかしながら、その口ぶりから察するに、2人の間にあるのはあくまでも主従関係であり、命令する方とされる方がはっきりと分かれ、望月先輩がおそらく持っているであろうHVDO能力で援護射撃をしてくる様子でない事は、自分にとっての救いでした。
「……断る。リスクは負わない」
「樫原、お前はまだ五十妻を軽視している。今ここで倒さなければ、こいつはどんな手を使ってでもお前を追い詰めるぞ」
ふっ、と樫原先輩は肩の力を抜いて、ようやく上を向きました。そして声の音量を少し上げて、そこにいるものの姿を見せない望月先輩を狙い撃ちます。
「図星をついてやろう。お前は五十妻が蕪野ハルを素材に使う事が嫌なだけだ」
この台詞から、自分が暗に立てていた目論見が既に見越されていた事が分かりました。今日、樫原先輩に逃げられた場合、今度はくりちゃんとハル先輩を同時に操り、こちらから奇襲を仕掛けようとしていたのです。しかし思惑がバレてしまっているという挫折より先に来たのは、望月先輩とハル先輩の関係性に対する疑問でした。
「それが何だ?」と、望月先輩。
「とにかく、俺は降りる」
「お前は誰にも見つからない星だ。旋律から弾かれた音符だ。最後尾を走る競走馬だ」
「無意味な事を言うな」
「意味のある事なんてあるのか? お前自身が知っているはずだ」
樫原先輩はしばらく黙った後、まるでそれが精一杯の反抗であるかのように大きく舌打ちをして、自分に向き直りました。
「勘違いするな五十妻。お前の不利は変わっていない。木下にはまだ毛利の能力が発動している。例え木下のおもらしで俺が勃起したとしても負けにはならない」
良く分かりませんが、なんだかんだで樫原先輩がこの場で勝負を受ける気になってくれたという点について、自分は望月先輩には感謝をすべきでしょう。先程は羽交い絞めにしてでも、なんて事を思いましたが、樫原先輩相手に物理で勝てる自信など、実は毛ほども無かったのです。
そんな気持ちを抑えつつ、自分は口元に余裕をちらつかせて問います。
「果たしてそうでしょうかね?」
取り出したのは1台の携帯電話。自分はもともと持っていませんし、樫原先輩を呼び出すのに使ったくりちゃんの物でもありません。この携帯電話は、言ってみれば勝利への直行パスポートです。
「これは織部先輩の携帯電話です。先輩達の連携プレイには、携帯電話が必然だった。当然、織部先輩も持っていないはずがない。それにしても気の利く女子と親しい事は幸せですね。何も指示しないでも、ハル先輩は織部先輩の遺体から回収してきてくれました」
樫原先輩が再び上を睨みつけました。そこに望月先輩がまだいるのかいないのか、自分には分かりませんでしたが、新しい言葉は何も落ちてはきませんでした。
「さ、くりちゃん。チャンスです」
服を脱いで土下座をする機会の事をチャンスと呼ぶのはおそらくこれっきりの事だと思われ、高次元のやりとりに1人置いてけぼりを食らっていたくりちゃんは、樫原先輩が逃亡しようとした時に一旦撫で下ろしたその小さな胸を、心臓を使って内側から殴打していました。
「やるなら早くしてください。これから一生、濡れ場専門のエロゲ声優として生きるならそのままでもいいですが」
無慈悲な言葉をきっかけに、くりちゃんもいよいよ覚悟を決めたようです。
まずはジャージの上を脱ぎ、それを自分に渡してきました。一応匂いを確認してみると、あの不快な体臭も消えうせて、元々持っていた高校生にしては幼すぎる少女臭(と、気のせいと思いたい程度のアンモニア臭)が一瞬香りましたが、嗅いでいる事がすぐにバレるとくりちゃん自身に取り上げられ、無言でその辺に叩きつけられました。その際、朝も見た腋毛がしっかり見えた事は一応ここに報告しておきます。
次にジャージの下に手をかけたのですが、一気にすぱんと脱ぐほどの度胸はやはり無いらしく、少しずつ少しずつずり下ろししていく様子は、世界の破滅を心から祈っているようでもありました。くりちゃんが向いている方向は自分の方でも樫原先輩の方でもなく、体育館の壁の方で、屈した訳ではない、という主張をしたいのか、今ここには誰もいない、と暗示をかけたいのかは分かりませんが、どちらにしても無駄な抵抗というものでした。
ブラ1パン1の正真正銘下着姿になったくりちゃん。スポーツタイプの色気も味気もない白一色でしたが、学校内で、仮にも授業中に自分から脱ぐという行為それ自体が痴態を見事に演出しており、自分はあえて急かさずにゆっくりと、樫原先輩の感情を焦らし炙っていく戦略を選びました。
下のジャージも丸めたまま放り出すと、次はいよいよブラです。あってないような物なのですから省略して良いのではないか、という自分の思いを他所に、くりちゃんからしてみればそれは非常に大切な物らしく、躊躇具合はジャージの非ではありませんでした。
というか、織部先輩の尿に汚されて駄目になったはずの下着が何故あるのか、という疑問がその時になってふと浮かびましたが、合理的に考えればすぐに答えは分かりました。くりちゃんは普段から、予備の下着を鞄に入れて持ち運んでいるのです。これはつまり、自分の魔の手から逃れきれずに漏らしてしまった時を見越して保険をかけていたいう事になります。嬉しく思いました。望む望まないは別として、くりちゃんが「漏らす為の準備」をしていたというのは、変態冥利に尽きるという物です。
唐突に与えられたプレゼントに喜んでいる間に、くりちゃんはブラを脱ぎ終えたようでした。流石にブラはその辺には放らず、器用にも片腕で乳首を隠しながらもう片手でブラを半分に畳み、それすらもなるべく見せないように脱いだジャージで隠していました。
さあ。
いよいよパンツです。意地でも片腕は離さずに乳首を死守しながらの、左右前後に少しずつずらしていく動きはなんとも扇情的で、ふとももの辺りでやがて布が重力に篭絡された瞬間、くりちゃんは革靴と靴下以外の文明を失い、その辺を歩いている野良犬と対して変わらない格好になり果てました。片手で膨らみを、片手で股間をぎゅっと抑え、目に涙を溜めながら、寒さからか屈辱からか縮こまりながらふるふると震えるくりちゃんは、今すぐに抱きしめたい程に弱い存在でした。
「樫原先輩の方を向いてください」
そう指示を出すと、パンツを足首から外しながら、くりちゃんは樫原先輩の方に向きました。必然、自分の方からは小さいながらもまんまるとした白いお尻が見えましたが、その割れ目からはみ出した物には思わず失笑せざるを得ませんでした。無作為にちぢれた真っ黒な毛、人はそれをケツ毛と呼びます。
樫原先輩の勃起率が若干ではありましたが上昇しました。彼の方からは後ろの毛が見えないものの、おそらく猛り狂うように生えた前の毛の方が、くりちゃんの手のひらに納まりきらず零れているのでしょう。かくいう自分も自分で順調に勃起率を上げていっており、少し急いだ方がいいかもしれないな、と思い始めた所でした。
「くりちゃん。早くしないと、他の人が来てしまうかもしれませんよ」
親切心からの助言は上手く働いたようで、くりちゃんは自分の言葉を聞くと同時に、まずは胸を隠した手を、ゆっくりと下ろしました。次に股間を覆う手を外そうと果敢に戦っていました。頭では分かっている事でも、それを行動に移す事は難しく、それにどちらかといえば肉体は理性よりも感情を好むように思います。くりちゃんの反応はまさに自身との格闘でした。
それでも、しなければならないのです。
拳をぎゅっと握り、腰に手首の内側を両方当て、今すぐにでも丸めてしまいたそうな細い背中を懸命に立ち上げ、全てを樫原先輩に見てもらっているくりちゃんの姿に、自分は思わず生唾を飲み込みました。顔は見えませんが、受けているダメージが自分より樫原先輩の方が明らかに大きく、もうすぐ90%の危険地帯に入りそうだという所から予想するに、きっと宇宙人でもロボットでもこう思う表情をくりちゃんはしているはずです。
かわいい。
自分は織部先輩の携帯を操作し、ムービーを起動しました。遠距離攻撃には遠距離攻撃。くりちゃんの全裸土下座動画を電波に乗せて、毛利先輩を爆撃します。
「時間稼ぎと思うだろうが」
樫原先輩はくりちゃんから目を逸らさずに、しかし言葉は自分に向けて、見えているのはおそらく2、3手先の、そして本当に何かを訴えたい相手がいるとするならば、それは望月先輩であるように思えるという複雑な素振りで言いました。
「正直な話、俺にもまだ分からないんだよ。どうやって、望月が朝礼台の上で木下の口を開かせたのかが」
十数分前、くりちゃんが自ら絞首台の床を開くボタンを押した時、自分にはそれが何故なのかが不思議で仕方ありませんでしたが、その時は目の前にぶら下がったチャンスを掴む方が重要で、思考を一旦預けました。よくよく考えてみれば実に不自然な事であり、あの宣言さえなければまだくりちゃんは「ちょっと頻尿な人」くらいの立ち位置で、クラスの中に居場所があったのではないでしょうか。
「ヒントはある。いや、というよりも公式と言った方が正しいか」
樫原先輩の口ぶりは、まとまらない考えを表に出しつつ整理しているようにも見えましたが、それよりも自らで言ったとおり、時間稼ぎという要素の方が強いはずです。何も有益な情報を自分にわざわざ伝える必要はありません。
「木下に口を開かせる事が出来れば、とりあえずこの状況は切り抜けられる。動画に音声が乗れば、いや乗らなくても、『淫語を喋っている』という事実さえあれば、毛利がそれを見ても『おもらし+淫語』でセーフだからな」
自分がこれからしようとしていた事もすっかりバレているようでした。
くりちゃんが全裸で土下座した瞬間、自分は「黄命」を発動させる事により、「土下座しながらおもらしする最低女子高校生の映像」という優良コンテンツを作成し、それを毛利先輩にメール送信する事により、2人目を撃破。その後、剛毛が解除されたくりちゃんに淫語を喋らせながらのマジ泣きおもらしで最後の1人である樫原先輩を撃破、というのが描いた青写真でした。ここに来る前自分は、「プレイが始まったら自分が指図するまで絶対に喋らないでください」とくりちゃんに釘を刺して置きましたし、今のところ約束は守られているようです。
自分が「淫語は喋りさえしなければ動画に効果を及ぼさない」という事を理解して作戦を立てていると見越した上で、ならばどこに勝負の要があるか、そしてどうすれば制する事が出来るかを瞬時に導き出した樫原先輩は、やはり熟練の変態です。が、時間稼ぎは同時に、現在樫原先輩自身が抱えている不利の証明でもあります。
「くりちゃん、近いうちに崩れる事が分かっている石橋をどうしても渡らなければならない時は、叩くよりもさっさと走り抜けた方が賢明だと思いますが?」
ますます震えを増したくりちゃんは、巨大な何かに上から押しつぶされるように膝を折りました。地面につき、きっと冷たかったのでしょう、背中をびくん、と反応させつつも、そのまま正座に移行し、両手も下ろしました。
何でこんな事をさせられているのだろう。あたしはそんなに悪いことをしたのだろうか。くりちゃんの考えている事は、言葉にせずともまるで背中に書いてあるようで、自分がそこに書き足せる言葉は何もありませんでした。
携帯電話のボタンを押し、撮影開始を教える音が流れると、頭部が首にさせられているように、首が背中にさせられているように、背中が腰にさせられているように、段々とくりちゃんの上半身は高度を下げていき、やがて額から着地すると、形が完成しました。尻の穴と陰部は真っ黒な樹海に覆われ、肝心の部分は全然見えませんでしたが、この方が毛利先輩には有効でしょう。
誠心誠意、謝罪の気持ちからくる土下座が人の同情心に訴えかけるものならば、人に無理やりさせられる土下座というのは、嗜虐心を呼び起こす物と言えるかもしれません。それは相手が惨めであればあるほど強力で、普段どんなに善人面している人でも、更なる攻撃を加えたくなる衝動が、胸のどこかに生まれてしまうのです。
両手をつき、頭を垂れて、背中を丸める、くりちゃんの全裸土下座。
自分は音をたてずに近づくと樫原先輩側に移動し、嘗め回すように土下座の全体図を収録した後、再び背後をとり、うっすらと毛の生えたくりちゃんの背中にそっと触れました。ぷしっと勢い良く陰毛の間から飛び出した液体をまずはアップでレンズに捉え、その後徐々に引いていき、この異様な光景を余すことなく撮影しました。五十妻紀信、ここにあり。ことくりちゃんの性的魅力を引き出す事にかけてならば、いくら手練の樫原先輩が相手であろうと勝負にはなりません。ちらりと樫原先輩の方を見ると、勃起率97%の数字。勝った、と確信した自分の勃起率は98%でした。
いや、大丈夫です。
放尿と既得権益にはいつか終わりがくるものと相場が決まっていますし、放尿フィーバーさえ最後を迎えていただければ、半自動的に自分の息子は大人しくなっていくはずです。
そんな自分の予想も虚しく、いざくりちゃんの泉が途切れると、今度は絡み合った濃い陰毛に今まで放出していた液体が聖なる湿気を与えて、ところどころぺたんと肌に張り付いたり、雫をぶらさげてみたりして、ぬらぬらと妖しく光っていやがるのです。エロ汚いとはまさにこの事。思わぬ伏兵の存在に、どうにか上昇は堪えたものの、下降はいかんせん絶望的でした。
しかしこの問題は、たった今保存したムービーをメールに添付し、毛利先輩の携帯電話に送ればすぐ様解決するはずの問題です。能力解除による遠距離剃毛さえ成功すれば、そこからくりちゃんの淫語ラッシュを解禁し、更なるおもらしを加算して、あとはガチ勝負。勃つか勃たせるかの我慢比べです。
「ヒントではなく公式、というのは」
と、突然に樫原先輩。あえて何もなかったかのように話を続けてクールダウンを図る戦術と見ます。
「俺の能力には発動条件があるって事だ」
自分は無視してメールの準備を進めます。ただでさえ携帯電話を使い慣れていないので、スピーディーな操作は出来ませんでしたが、ここは焦ってミスをしてもつまらない場面です。
「何せ相手に触れる必要もなく射程距離30mだからな。効果のある相手が限られる。どんな条件か分かるか?」
問いかけに、「さあ?」と釣れない返事をしてみても、樫原先輩は構わず続けます。
「俺は差別主義者でな。女に言葉は不要だと思っている。女は心から言葉を扱えない」
随分と乱暴な、主観100%の意見ですし、当然同意は出来ませんが、確かに今くりちゃんを襲っている状況は樫原先輩の言う理想に近い物なのかもしれません。
「淫語は女の精神の破壊だ。女は快感によってしか本性を曝け出さない。だから俺の能力『葉君』は、対象に『嘘』を要求する。本心を喋る事が出来ないのなら、その言葉を取り上げるだけだ」
納得は出来なくてもかろうじて理解は出来ました。「三人寄れば姦しい」「舌が最後に死ぬのが女」「女が秘密に出来るのは知らない事だけ」確かに女性の扱う言葉が男性のそれよりも軽いとすることわざは世界中に存在します。平成以降のオタク文化に見られる、無口系女子を良しとする流れも、ひょっとしたら言葉を巧みに操る女性に対する不信感から来ているのかもしれません。
普通の言葉を奪い、代わりに淫語を喋らせるというのは、沈黙の強制から一歩進んだ言論弾圧といえるでしょう。樫原先輩の性癖は、その性格や主義と深くリンクしているようです。
「条件というのは、対象が『自分自身に嘘をついている事』だ」
くりちゃんはまだ土下座の姿勢を続けています。
何か……やばい。
ぬるりとした嫌な予感が首筋を這い、自分は完成したメールの送信ボタンを押せなくなりました。
「木下が己に嘘をつくことをやめれば、すぐに能力は解除される。こんなに無様な姿をしなくても、俺の攻撃は失敗に終わる。だが、問題はどうやって望月が木下の背中を押したのか、だ」
樫原先輩は訝しげに視線を宙に迷わせました。まずい、しかし、でも、いや、そんなはずは、違う、もしも、それなら……ですが! 自分は既にくりちゃんを見る事が出来ていませんでした。迂闊に見たら死んでしまう。張り付いた恐怖に、奥歯が凍るのを感じ、1歩も動けなくなりました。
「木下、お前ひょっとして、望月にこう言われたのか?」
永遠拍。
『本当は五十妻の事が好きなくせに』
これ以上の思考は敗北を意味します。より深く考え、先を読んだ方が勝利を収めるという鉄則からは大きく外れた、見えざる法を自分は認識しました。理性を突き放した指が、仕掛けた爆弾を起動するように送信ボタンを押しました。
「あたしのはしたないおまんこもう限界!」
土下座の姿勢を崩すと同時に立ち上がり、激昂するくりちゃん。
「それだ。ムキになって何かを言おうとする。だが、心に嘘をついているから真実が言えない」
落とし穴に見事かかった相手に熱湯を注ぎこむ樫原先輩に、ぐぎぎぎ、と歯軋りで精一杯の反骨を示すくりちゃんを見て、勝手に転がり始めた思考の岩石を、自分は全力でもって止めにかかります。
HVDOに接する前、自分は、くりちゃんが自分に気があるのではないか、とちょっとした期待を抱いていましたし、記憶と肉体を幼少期に戻されたくりちゃんは確かに自分を好いてくれていました。しかしそれとこれとは別物です。
恨まれこそすれ、嫌われこそすれ、自分が好かれるはずがない。
これはただ単に自分の考えというだけではなく、客席から見ても明らかな戦況であると思われます。何せ自分はくりちゃんに、小じゃれたプレゼントも、気の効いた会話も、端的に言えば陵辱以外の何物も与えていませんし、くりちゃんはそれも全力で拒否し、1ヶ月前には絶交宣言をするほど、幼馴染としての愛想も完全に尽かしていたはずです。
お前、○○の事好きなんじゃーねーのー? と、からかわれた小学生男子みたいな反応をくりちゃんが今しているのは、信じられない、というより信じてはいけない事なのです。もしもくりちゃんの本心が、樫原先輩の指摘した通りだとするならば、これから自分はくりちゃんに何を与えていくべきなのでしょうか。いえ、このまま何も与えないべきなのでしょうか。
したくない葛藤が溢れ出している最中も、くりちゃんは淫語を駆使して樫原先輩に抗議していましたが、それは屋上から今にも飛び降りそうな人に、自らの首を絞めながら説得を試みるような行為と言えるでしょう。くりちゃんがムキになればなるほど樫原先輩の言葉の信憑性は増し、そして自分はどうしていいか分からなくなり、論理も戦略も感情も破綻し、とりあえず勃起しておくしかなくなるのです。
「く、くりちゃん。分かっています。自分の事が好きな訳ありませんよね?」
かろうじて捻り出した台詞でしたが、果たして良い効果があるのかどうか。くりちゃんは烈火の如くおまんこを連打し、今とんでもない格好をしている事も気にせずに、全身で自分が嫌いである事を地団駄踏んでアピールしていました。
そう、なんて事はありません。そもそも樫原先輩の言っている「能力の条件」というのが本当かどうか疑わしいですし、仮に本当だったとしても、その嘘とやらが「自分を好きなのに嫌いと言う」事だとも限りません。
タコ糸を頼りに、突風に吹かれて流されかけた冷静さを手元に引き寄せていきます。自分はくりちゃんが好きですが、くりちゃんは自分の事が大嫌い。これがベストな関係ですし、だから自分は遠慮を持たずにくりちゃんを辱める事が出来るのです。
やがてくりちゃんの剛毛が引っこみ、2人目の撃破が確認出来ると、自分はスイッチを切り替えました。
ラブコメなんて糞くらえの精神で、好きだ嫌いだ悩むのはどこぞの乙女に丸投げし、自分は今、目の前の敵を倒す事に集中します。
「くりちゃん! おしっこを自分に!」
一足早く、祝杯を。勝利は決定されました。
樫原先輩はくりちゃんから目を逸らさずに、しかし言葉は自分に向けて、見えているのはおそらく2、3手先の、そして本当に何かを訴えたい相手がいるとするならば、それは望月先輩であるように思えるという複雑な素振りで言いました。
「正直な話、俺にもまだ分からないんだよ。どうやって、望月が朝礼台の上で木下の口を開かせたのかが」
十数分前、くりちゃんが自ら絞首台の床を開くボタンを押した時、自分にはそれが何故なのかが不思議で仕方ありませんでしたが、その時は目の前にぶら下がったチャンスを掴む方が重要で、思考を一旦預けました。よくよく考えてみれば実に不自然な事であり、あの宣言さえなければまだくりちゃんは「ちょっと頻尿な人」くらいの立ち位置で、クラスの中に居場所があったのではないでしょうか。
「ヒントはある。いや、というよりも公式と言った方が正しいか」
樫原先輩の口ぶりは、まとまらない考えを表に出しつつ整理しているようにも見えましたが、それよりも自らで言ったとおり、時間稼ぎという要素の方が強いはずです。何も有益な情報を自分にわざわざ伝える必要はありません。
「木下に口を開かせる事が出来れば、とりあえずこの状況は切り抜けられる。動画に音声が乗れば、いや乗らなくても、『淫語を喋っている』という事実さえあれば、毛利がそれを見ても『おもらし+淫語』でセーフだからな」
自分がこれからしようとしていた事もすっかりバレているようでした。
くりちゃんが全裸で土下座した瞬間、自分は「黄命」を発動させる事により、「土下座しながらおもらしする最低女子高校生の映像」という優良コンテンツを作成し、それを毛利先輩にメール送信する事により、2人目を撃破。その後、剛毛が解除されたくりちゃんに淫語を喋らせながらのマジ泣きおもらしで最後の1人である樫原先輩を撃破、というのが描いた青写真でした。ここに来る前自分は、「プレイが始まったら自分が指図するまで絶対に喋らないでください」とくりちゃんに釘を刺して置きましたし、今のところ約束は守られているようです。
自分が「淫語は喋りさえしなければ動画に効果を及ぼさない」という事を理解して作戦を立てていると見越した上で、ならばどこに勝負の要があるか、そしてどうすれば制する事が出来るかを瞬時に導き出した樫原先輩は、やはり熟練の変態です。が、時間稼ぎは同時に、現在樫原先輩自身が抱えている不利の証明でもあります。
「くりちゃん、近いうちに崩れる事が分かっている石橋をどうしても渡らなければならない時は、叩くよりもさっさと走り抜けた方が賢明だと思いますが?」
ますます震えを増したくりちゃんは、巨大な何かに上から押しつぶされるように膝を折りました。地面につき、きっと冷たかったのでしょう、背中をびくん、と反応させつつも、そのまま正座に移行し、両手も下ろしました。
何でこんな事をさせられているのだろう。あたしはそんなに悪いことをしたのだろうか。くりちゃんの考えている事は、言葉にせずともまるで背中に書いてあるようで、自分がそこに書き足せる言葉は何もありませんでした。
携帯電話のボタンを押し、撮影開始を教える音が流れると、頭部が首にさせられているように、首が背中にさせられているように、背中が腰にさせられているように、段々とくりちゃんの上半身は高度を下げていき、やがて額から着地すると、形が完成しました。尻の穴と陰部は真っ黒な樹海に覆われ、肝心の部分は全然見えませんでしたが、この方が毛利先輩には有効でしょう。
誠心誠意、謝罪の気持ちからくる土下座が人の同情心に訴えかけるものならば、人に無理やりさせられる土下座というのは、嗜虐心を呼び起こす物と言えるかもしれません。それは相手が惨めであればあるほど強力で、普段どんなに善人面している人でも、更なる攻撃を加えたくなる衝動が、胸のどこかに生まれてしまうのです。
両手をつき、頭を垂れて、背中を丸める、くりちゃんの全裸土下座。
自分は音をたてずに近づくと樫原先輩側に移動し、嘗め回すように土下座の全体図を収録した後、再び背後をとり、うっすらと毛の生えたくりちゃんの背中にそっと触れました。ぷしっと勢い良く陰毛の間から飛び出した液体をまずはアップでレンズに捉え、その後徐々に引いていき、この異様な光景を余すことなく撮影しました。五十妻紀信、ここにあり。ことくりちゃんの性的魅力を引き出す事にかけてならば、いくら手練の樫原先輩が相手であろうと勝負にはなりません。ちらりと樫原先輩の方を見ると、勃起率97%の数字。勝った、と確信した自分の勃起率は98%でした。
いや、大丈夫です。
放尿と既得権益にはいつか終わりがくるものと相場が決まっていますし、放尿フィーバーさえ最後を迎えていただければ、半自動的に自分の息子は大人しくなっていくはずです。
そんな自分の予想も虚しく、いざくりちゃんの泉が途切れると、今度は絡み合った濃い陰毛に今まで放出していた液体が聖なる湿気を与えて、ところどころぺたんと肌に張り付いたり、雫をぶらさげてみたりして、ぬらぬらと妖しく光っていやがるのです。エロ汚いとはまさにこの事。思わぬ伏兵の存在に、どうにか上昇は堪えたものの、下降はいかんせん絶望的でした。
しかしこの問題は、たった今保存したムービーをメールに添付し、毛利先輩の携帯電話に送ればすぐ様解決するはずの問題です。能力解除による遠距離剃毛さえ成功すれば、そこからくりちゃんの淫語ラッシュを解禁し、更なるおもらしを加算して、あとはガチ勝負。勃つか勃たせるかの我慢比べです。
「ヒントではなく公式、というのは」
と、突然に樫原先輩。あえて何もなかったかのように話を続けてクールダウンを図る戦術と見ます。
「俺の能力には発動条件があるって事だ」
自分は無視してメールの準備を進めます。ただでさえ携帯電話を使い慣れていないので、スピーディーな操作は出来ませんでしたが、ここは焦ってミスをしてもつまらない場面です。
「何せ相手に触れる必要もなく射程距離30mだからな。効果のある相手が限られる。どんな条件か分かるか?」
問いかけに、「さあ?」と釣れない返事をしてみても、樫原先輩は構わず続けます。
「俺は差別主義者でな。女に言葉は不要だと思っている。女は心から言葉を扱えない」
随分と乱暴な、主観100%の意見ですし、当然同意は出来ませんが、確かに今くりちゃんを襲っている状況は樫原先輩の言う理想に近い物なのかもしれません。
「淫語は女の精神の破壊だ。女は快感によってしか本性を曝け出さない。だから俺の能力『葉君』は、対象に『嘘』を要求する。本心を喋る事が出来ないのなら、その言葉を取り上げるだけだ」
納得は出来なくてもかろうじて理解は出来ました。「三人寄れば姦しい」「舌が最後に死ぬのが女」「女が秘密に出来るのは知らない事だけ」確かに女性の扱う言葉が男性のそれよりも軽いとすることわざは世界中に存在します。平成以降のオタク文化に見られる、無口系女子を良しとする流れも、ひょっとしたら言葉を巧みに操る女性に対する不信感から来ているのかもしれません。
普通の言葉を奪い、代わりに淫語を喋らせるというのは、沈黙の強制から一歩進んだ言論弾圧といえるでしょう。樫原先輩の性癖は、その性格や主義と深くリンクしているようです。
「条件というのは、対象が『自分自身に嘘をついている事』だ」
くりちゃんはまだ土下座の姿勢を続けています。
何か……やばい。
ぬるりとした嫌な予感が首筋を這い、自分は完成したメールの送信ボタンを押せなくなりました。
「木下が己に嘘をつくことをやめれば、すぐに能力は解除される。こんなに無様な姿をしなくても、俺の攻撃は失敗に終わる。だが、問題はどうやって望月が木下の背中を押したのか、だ」
樫原先輩は訝しげに視線を宙に迷わせました。まずい、しかし、でも、いや、そんなはずは、違う、もしも、それなら……ですが! 自分は既にくりちゃんを見る事が出来ていませんでした。迂闊に見たら死んでしまう。張り付いた恐怖に、奥歯が凍るのを感じ、1歩も動けなくなりました。
「木下、お前ひょっとして、望月にこう言われたのか?」
永遠拍。
『本当は五十妻の事が好きなくせに』
これ以上の思考は敗北を意味します。より深く考え、先を読んだ方が勝利を収めるという鉄則からは大きく外れた、見えざる法を自分は認識しました。理性を突き放した指が、仕掛けた爆弾を起動するように送信ボタンを押しました。
「あたしのはしたないおまんこもう限界!」
土下座の姿勢を崩すと同時に立ち上がり、激昂するくりちゃん。
「それだ。ムキになって何かを言おうとする。だが、心に嘘をついているから真実が言えない」
落とし穴に見事かかった相手に熱湯を注ぎこむ樫原先輩に、ぐぎぎぎ、と歯軋りで精一杯の反骨を示すくりちゃんを見て、勝手に転がり始めた思考の岩石を、自分は全力でもって止めにかかります。
HVDOに接する前、自分は、くりちゃんが自分に気があるのではないか、とちょっとした期待を抱いていましたし、記憶と肉体を幼少期に戻されたくりちゃんは確かに自分を好いてくれていました。しかしそれとこれとは別物です。
恨まれこそすれ、嫌われこそすれ、自分が好かれるはずがない。
これはただ単に自分の考えというだけではなく、客席から見ても明らかな戦況であると思われます。何せ自分はくりちゃんに、小じゃれたプレゼントも、気の効いた会話も、端的に言えば陵辱以外の何物も与えていませんし、くりちゃんはそれも全力で拒否し、1ヶ月前には絶交宣言をするほど、幼馴染としての愛想も完全に尽かしていたはずです。
お前、○○の事好きなんじゃーねーのー? と、からかわれた小学生男子みたいな反応をくりちゃんが今しているのは、信じられない、というより信じてはいけない事なのです。もしもくりちゃんの本心が、樫原先輩の指摘した通りだとするならば、これから自分はくりちゃんに何を与えていくべきなのでしょうか。いえ、このまま何も与えないべきなのでしょうか。
したくない葛藤が溢れ出している最中も、くりちゃんは淫語を駆使して樫原先輩に抗議していましたが、それは屋上から今にも飛び降りそうな人に、自らの首を絞めながら説得を試みるような行為と言えるでしょう。くりちゃんがムキになればなるほど樫原先輩の言葉の信憑性は増し、そして自分はどうしていいか分からなくなり、論理も戦略も感情も破綻し、とりあえず勃起しておくしかなくなるのです。
「く、くりちゃん。分かっています。自分の事が好きな訳ありませんよね?」
かろうじて捻り出した台詞でしたが、果たして良い効果があるのかどうか。くりちゃんは烈火の如くおまんこを連打し、今とんでもない格好をしている事も気にせずに、全身で自分が嫌いである事を地団駄踏んでアピールしていました。
そう、なんて事はありません。そもそも樫原先輩の言っている「能力の条件」というのが本当かどうか疑わしいですし、仮に本当だったとしても、その嘘とやらが「自分を好きなのに嫌いと言う」事だとも限りません。
タコ糸を頼りに、突風に吹かれて流されかけた冷静さを手元に引き寄せていきます。自分はくりちゃんが好きですが、くりちゃんは自分の事が大嫌い。これがベストな関係ですし、だから自分は遠慮を持たずにくりちゃんを辱める事が出来るのです。
やがてくりちゃんの剛毛が引っこみ、2人目の撃破が確認出来ると、自分はスイッチを切り替えました。
ラブコメなんて糞くらえの精神で、好きだ嫌いだ悩むのはどこぞの乙女に丸投げし、自分は今、目の前の敵を倒す事に集中します。
「くりちゃん! おしっこを自分に!」
一足早く、祝杯を。勝利は決定されました。