第三部 第四話「許されない糸を結んで」
第三部 第四話「許されない糸を結んで」
戦う事によって、自分は成長してきたのです。
今まで出会ってきた性癖の数々は、「おもらし」程ではないにせよ、変態のこだわりによって研がれてきた鋭く卑猥で素晴らしい物ばかりで、実際に自分の愚息はいちいち反応し、毎度毎度ぎりぎりの所で留まってきました。無論、中には理解しがたい、というか理解したくない物も多分に含まれていましたが、それはおそらく相手にとっても、「尿」にエロスを感じる事自体が理解に苦しむ、他惑星での趣向のように映っていたと考えれば、あながち非難ばかりはしていられません。
そうした変態達の出会いの中で、性癖はぶつかり合い、時には自らの身を犠牲にしながら、主にくりちゃんを酷い目に合わせつつ、自分は戦ってきたのです。それは誇りというには少し大げさすぎるかもしれませんが、今の自分を構成する上で欠かせない要素、言ってみれば血肉であったように思われます。
「五十妻、こんな決着で悪いな」
そんな言葉を自分は聞きたくありませんでした。
樫原先輩も、自分と同じく、幾夜を自らの抱えた性癖に苦悶し、ネットや足を駆使して情熱を注ぐに値するオカズを求め、HVDOの与えてくれた能力に歓喜し、そして出会えた最高のシチュエーションに更に倍は歓喜し、飽くなき戦いの中に身を投じてきた変態の1人であると信じていたのです。だからこそ、自分は全力で戦えました。
勃起率の表示が消えても、爆発は起きず、新しい能力も与えられなかった時、自分はその現象のおおよそを理解したと言って過言ではありませんでしたが、しかし「そういう事がある」という事自体を信じたくないような、まるで初めて男女の行為を知った時のような、淡くも確かな戸惑いがありました。
性癖の消失。
つまり、どうやら樫原先輩は、「淫語」が好きではなくなったという事のようです。突然に望月先輩に対して告白をしたのは正直驚かされましたが、その戦略的事由(もしも告白が成功していれば、くりちゃんがどんなに猥褻な事をしても動じずにいられるという確かな覚悟)に気づき納得しました。が、しかしそれもたった1撃の「ちんぽ」によって破綻した時、自分が内心で安心し、ふっと気を緩めた瞬間に、その現象は起きていたのです。
誤解を招かぬようにきちんとお伝えしておきますが、これは安い同情などではありません。また、いつか自分もこうなるかもしれない、というような心配などでもありません(例え海が枯れてもおもらしを嫌いになるはずがなく、代わりに美少女の尿で新しく黄色い地球を作ろうという大いなる野望さえ自分は持っています)。では、自分の抱いた戸惑いとは何だったのか。その答えはつまり、戦う事によって、自分は成長してきたという事に他なりません。
フル勃起寸前の所で辛くももぎとった勝利、圧倒的な差を見せ付けられての敗北、相手の実力を理解した上での引き分け、あるいは弱者に恥をかかすような大勝利でも、その時の運で容易くどちらにも転がりそうな口惜しい敗北でさえ、自分はそれらを糧にしてきたのです。樫原先輩との戦いの決着は、上記のいずれでもなく、今まで抱いていた同じ変態としての尊敬が、一気に色あせてしまったような、実に納得のいかない物でした。出来る事なら後先考えずに1発殴ってやりたかった。しかし好きな人に告白をしてフラれたばかりの男を殴るのはいかにもよろしくありませんので、自分は握りこんだ拳を開き、くりちゃんのケツを思いっきり「ぱちこーーんっ!」と引っぱたき、「何で!?」という叫びを背にして、その場を立ち去りました。自分はつまり、「悲しかった」という事に後になってから気づきました。
限りなく敗北に近いような無益の勝利を収めた自分は、その後の授業も身に入らず、ただ黙々とおもらし妄想に励み、それでは普段の授業態度と何ら変わりは無いではないか、という指摘もごもっともですが、その妄想でさえもいまいち盛り上がらない、ただでさえ暗い路地を更に俯いて歩くような、陰鬱とした気分で過ごしていました。
それでも3人を相手にして戦い、生き残り、あまつさえ春木氏に敗北する以前の能力まで取り戻したのですから、1日の出来高としては最高のはずで、これ以上を求めるというのはただのわがままなのかもしれませんが、こんな気分になるならいっそ清々しく負けた方が良かった、とさえ思う自分はきっと一刻者の気があるのでしょう。
くりちゃんからの復讐はなく、望月先輩からの追撃もなく、かといってこちらから仕掛ける気にもなれず、相変わらず等々力氏は何も知らずにのほほんとどこで買ったのかも知れないおっぱいアイマスク(外側タイプ)を装備してガン寝し、机に張り付いたままの気だるい午後は消化されていきました。
昼食時、いつも通りにやってきたハル先輩にお礼を言うと、
「とにかくもっくんが無事で良かったです! ……私のあそこは、やっぱりまだ百合のままですけど、でも、もっくんならきっと何とかしてくれると信じてますです! これさえ治ったら、いっぱいセックスしてくださいです!」
嬉しいかな、男冥利に尽きる期待のかけ方をしてくれたハル先輩は、きっと世界で1番ナチュラルに男に高価なプレゼントをさせる事が出来る天然系ビッチで、その将来の安泰っぷりと、未だ膨張をし続ける性への好奇心に、自分は感服を覚えました。
ですが、断っておかなければならない事があったのです。自分は、途端に重くなった奥歯を噛みながら、ぼそぼそと説明しました。
「ハル先輩の百合は望月先輩の手によるものと見て間違いないようです。先ほどの戦いで、樫原先輩が言っていました。なので、どうやら望月先輩は、ハル先輩に対して毎日いやらしい事をしている自分の事が相当に嫌いなようです」
「そう……ですか。で、でも、もっくんならきっと望月先輩にも勝てますですよ」
「そんなに甘くはいきませんよ。毛利先輩と織部先輩の2人はともかく、樫原先輩に勝てたのは、はっきり言って偶然みたいなものですから」
するとハル先輩はがたん、と椅子から立ち上がり、自分を見ました。真っ直ぐで真っ直ぐで、そのまま貫かれてしまいそうな眼差しは、時折見せる「思い込んだら」の時の表情でした。ハル先輩という人は、本当に真っ白な人で、それも安い漂白剤に浸したような嘘っぽい白さではなく、生まれ持った物を1度も汚した事の無い真の白さでした。
「私にも何か出来る事が無いか、探してきますです!」
そう言って、教室を飛び出す背中に、「あの、無理はせずに……」と声をかけてみましたが、猫科動物のごとく前向きについたハル先輩の両耳に届いたかどうかは謎です。
以来、ハル先輩の消息は不明です。放課後、いつものように一緒に下校する為に教室で待っていたのですが、30分経っても来ないので、職員室まで行ってハル先輩のクラスの担任に尋ねてみると、「早退して帰った」との事でした。HVDO能力者でもないハル先輩に、一体何が出来るのか、というかそれ以前に、どれだけセックスに対しての情熱があるのかと、むしろこっちがドン引きバンバンジーでした。
昼休みの時、多少強引にでもハル先輩を引き止めるべきであった、と叱咤されるのは承知の上です。偶然で勝てた、という発言は、毛利先輩を倒すキーとなった携帯電話を入手し、自分に届けるという重要な役割を担ってくれたハル先輩に対しても失礼です。樫原先輩の件で落ち込んでいる反面、また死線を1つ潜り、いい気になっていたのだと気づいた時、自分は顔から火が出るような思いになりました。
かといって、ハル先輩が教室を飛び出した瞬間、自分がその恥に気づいていたとしても、引き止められたのかというとこれは甚だ疑問です。引き止め、こちらからきちんと協力を仰ぎ、望月先輩を倒しうる戦略を練り、的確な指示が出せたのか否か。自分には、そのいずれも多大なる難関であるように思われます。ならばいっそ、ハル先輩の知らぬ所で、それこそ玉砕覚悟で望月先輩に相対した方が気分としてはいくらかマシな、こういうのを男気というと高倉健にグーで殴られるのでしょうが、とにかく自分は自暴自棄ともいうべき精神状態で、帰宅してからも何も手につかず、オナニーをしてもいまいち気分の高揚を感じず、椅子に座って柳のようにしだれていると、気づけば夜になっていました。
萎んだ陰茎を握ったまま少しうつらうつらとしていた時、1階の方でチャイムが鳴ったのに気づきました。ハル先輩ならば合鍵を持っていますし、チャイムを鳴らすという事は少なくとも彼女では無い事は分かりきっていたのですが、寝ぼけていた事もあり、急いでズボンを履きつつ、よろけながら1階に下りてドアを開けました。とにかく謝らなければ、という気持ちが強く、それが焦りの原因でした。
玄関先に立っていたのは、実に2ヶ月ぶりに見る、あの人だったのです。
「お取り込み中だった?」
呆然としたまま、それでも目の前にある顔を確認する為に目を擦る自分の股間を、その人は指さします。慌ててズボンを履いたので、パンツをあげるのを忘れていて、全開放されたベルトとチャックの間から、ぼろん、と大変に失礼な物が飛び出ていたのです。
「おわっ!」
と仕舞い込むものの、半分は外である玄関でちんぽ丸出しで客人を迎えたとあっては、もうそれはただの変質者というか犯罪者です。しかしその客人は、その程度の事では決して動じない精神を持った、というか露出に関してはもっともっと遥かに過激派の、エロアルカイダでありました。
「電話はしていたけど、こうして会うのは久しぶりね」
その微笑みは、市街地にバラまかれた毒の如きテロリズムを発揮し、ただでさえ額縁に収めてルーブル美術館に展示してあっても何ら違和感のない美しさを持つ顔を、あろうことかド屑の代表みたいな自分に向けていらっしゃる、そのように稀有な人物は、この世に1人しかいないのでした。
「さ、三枝生徒会長!」
「良かったわ。顔を忘れられていなくて」
自分を容易く和ませる皮肉。ハル先輩に負けず劣らず、くりちゃんと比べれば噴飯モノの豊満なおっぱいぱい。そこにいるだけで見る見る展開されていく「三枝ゾーン」とも揶揄すべき安心領域。間違いありません。制服は街でもたまに見かける翠郷高校のセーラー服で、中学時代とはまた違った魅力がありますが、その人を間違うはずが無いのでした。
「中、入ってもいいかしら?」
気の利かない自分にそう尋ねた三枝生徒会長を、どうぞどうぞと招き入れる事には何ら支障は無く、一般的に見れば自然な流れなのですが、自分と彼女の関係は、一般的とは言いがたい物なのです。もっとも、かつて結んだ主従関係が、今も有効であるという保障はどこにも無く、自分にはそれが不安材料ではあったのですが、無意識、咄嗟に出た命令はこうでした。
「大変恐縮なのですが、今日から我が家を訪れた客人には玄関でパンツを脱いでもらう決まりになったんですよ」
眉1つ動かさずに言い切った自分をじっと見て、三枝生徒会長はため息をつきました。
「それは残念ね」
え? と自分が落胆しかけると、三枝生徒会長はスカートの裾を指で摘み、いわゆる「たくしあげ」のポーズをとりました。暗い中、自分の目が捉えた三枝生徒会長の絶対領域は広域に渡り、というか女子の最後の砦であるおパンツを自ら放棄しているように見受けられ、つまりこれは、「ノーパン」という状態であると判断せざるを得ませんでした。
「こういう場合は、どうすればいいのかしら?」
自分は以前の生えかけよりも少しだけ濃くなった三枝生徒会長の陰毛、そしてその先にある性器に向けて「それならどうぞ、入ってください」と言いました。
思い返してみるに、三枝生徒会長が我が家に来てくれたのは、くりちゃんが2回目の初潮、つまり次潮を迎えた時以来の事でした。その時、幼女くりちゃんの下の世話とメンタルケアをテキパキとこなした三枝生徒会長は、邪な期待と共に首輪を差し出し、自分はそのまま人生で初めてとなる野外露出調教を彼女に施したのです。行為は結局、野良犬に変身した柚乃原(妹)さんの妨害によって中途半端な所で終わってしまいましたが、その時自分は確かに三枝生徒会長の処女を頂く約束をして、また、その約束は未だ果たされていないのです。然らば、
「とりあえず、ケツを突き出してください」
などと命令する事は実に容易かったのですが、意外や意外、このド変態は、自分がその命令を下すよりも先に、まずはこう切り出したのです。
「あいにくだけれど、今日はあなたといやらしい事は出来ないわ」
ノーパンで男の家に押しかけてきてその台詞はどう考えても矛盾しているではないか、と自分は思ったのですが、三枝生徒会長の表情は真剣でした。
「今日の昼間、望月ソフィアと接触したようね」
まだ報告しておらず、知っている人物も限られている情報でしたが、三枝家の情報網が全盛期のKGBレベルである事は音羽君の件や野外ストリップショーの件からも明らかでしたので、あえて今更驚きませんでした。
「ええ、まあ。ですが、まだ本人とは言葉すら交わしてませんよ」
「そうみたいね。だけれど、あなたが樫原を完全敗北まで追い詰め、それによって望月ソフィアが第9能力を手に入れたと言ったら……あなたはもう無関係ではないと思うわ」
その口調には、自分を責めるようなニュアンスが確かに含まれていました。表情こそ北欧神話に登場するバルドルを超えた慈悲深さに溢れていましたが、その顔のまま他人の臓器でお手玉するような底知れぬ恐怖を自分は感じました。
「……望月先輩が第9能力を手に入れて『リーチ』になったのは、今初めて知りました。ですが、自分は正当防衛しただけです。先に勝負を仕掛けてきたのは樫原先輩達ですし、不可抗力と言っても言い訳にはならないはずですが」
「そうね。なら、あなたには関係の無い話かもしれない」
「どういう意味ですか?」
「木下さんが捕まったわ。望月ソフィアに、処女を奪われそうになっている」
三枝生徒会長のもったいぶるような口調の意味が分かった瞬間でした。
「いえ、正確に言うなら、捕まったというよりは木下さん自身が茶道部への入部を希望したと私は聞いているわ。もちろん、それなりの取引はあったと思うけれど」
今日の朝、全校生徒の前で宣言した後、おもらしをした名場面を自分は思い出しました。あれだけの恥でも、茶道部の権力を用いれば、くりちゃんの名誉程度なら簡単に取り戻せるのかもしれません。三枝生徒会長が他校の最新ニュースに詳しすぎる事も気になりますが、真に自分が驚いたのは次の事です。
「望月ソフィアの第9能力『百合城』は100人の女子と主従関係を結ぶ事で発動するの。清陽高校の校舎を城に改造し、そこに一切の男を立ち入れなくする。その100人目が、木下さんだったという事ね」
100人? 城? 三枝生徒会長の説明には、必要な情報が欠如していましたが、緊急事態であるという事だけは伝わってきました。
「『百合城』には、望月ソフィア自身の『知っている女』か、『許可された男』しか入る事が出来ないという能力らしいわ。いえ、入る事というか、認識する事が出来ないと言うべきね。一般人や、許可されていない男には、いつも通りの学校にしか見えないけれど、近づこうとすると。無意識に進路を曲げられて1歩も足を踏み入れられなくなる」
自分は、三枝生徒会長が指摘した「自分と望月先輩の関係性」が、ここにきて意味を持ち始めている事に気づき、それを確証するように、三枝生徒会長は告げました。
「そして今、入城が許されている男は、たったの1人だけ」
「……それが、自分だという事ですね?」
「違うわ」
やだ、恥ずかしい。確認はしていませんが、赤くなっているであろう顔を抑えたくなるのをどうにか堪えつつ、キリッと決めた表情を崩さずにあくまでもクールキャラを維持しつつ尋ねます。
「そ、それでは、何故自分にその事を伝えに来たのですか?」
「望月ソフィアを倒して欲しいからよ」
三枝生徒会長の弁は矛盾しています。その望月先輩の「百合城」とやらが、女と、許可した男にしか認識出来ない代物ならば、許可されていない自分にはまるで出番はないはずです。くりちゃんをどうにか助け、出来れば処女もいただきたいという気持ちはもちろんあるにはありますが、くりちゃん自身が名誉回復の為に茶道部に入部して望月先輩に服従を誓ったというのであれば、自分にはそれを止める義理も権利も無いのではないでしょうか。
どうしていいか分からず、思いがけずに露呈した過剰な自意識を恥じる自分の目の前で、三枝生徒会長は、おもむろに服を脱ぎ始めました。1枚1枚、もったいぶるでもなく、風呂にでも入るような気軽さで、ブラはハーフカップの黒でした。
「えっと……何をしてるんですか?」
期待を込めて尋ねると、戒めるように、
「今日はいやらしい事はしないと言ったはずよ」
言っている事とやっている事が違う。今日の三枝生徒会長は、不条理というか、間違いなく変態であるという事以外、全然理屈が通っていないように感じます。相変わらず三枝生徒会長の肉体は究極の美を体現していましたが、ここまでの流れの不自然さというか、理解のし難さにイラだちが先行し、80%程度の勃起で済みました。
しかし自分の抱いた不信感は、実に豪快な形で解消されました。最初、それは微弱な振動によって主張を始め、次に全身に感じたのは何にも触れられていない触感でした。例えるならば目を閉じて、瞼の近くまで指が迫ったときに、見えていなくても感じる威圧感といった所でしょうか。頭上ほんの何メートルの所に、何か途方もなく大きな物があるという実感がありました。
「あまり時間が無いわ。急いで」
全裸ニーソのまま、制服を玄関先に捨て置いた三枝生徒会長の手引きに従って、自分は2階にあがりました。そのまま自部屋に戻り、乱雑に置かれたエロ本の隙間を歩んでいると、窓の前にかけられた縄梯子を目撃したのです。
「私が発動したのは、1週間ノーパンで過ごす事によって『ある物』を召喚出来る能力。私が全裸でいる間だけ自由に操縦が出来る。望月ソフィアの『百合城』に対して物理的な突撃も可能よ」
ノーパンに理由があった事に驚きつつ、自分は背中を押されるようにして縄梯子を掴みました。春木氏の召喚する偽くりちゃんと同様に、能力といえども、確かにその物質はそこに存在しているようです。しかし窓から顔を出して見上げると、縄梯子の先には何も無いように見えました。空中に向かってまっすぐ縄梯子が伸びている構図は、実に奇妙でした。
「これは……一体何なんですか?」
三枝生徒会長に向き直り尋ねると、凛とした顔で大真面目に、こんな答えが返ってきました。
「私の新能力『戦艦マジックミラー号』よ」
戦う事によって、自分は成長してきたのです。
今まで出会ってきた性癖の数々は、「おもらし」程ではないにせよ、変態のこだわりによって研がれてきた鋭く卑猥で素晴らしい物ばかりで、実際に自分の愚息はいちいち反応し、毎度毎度ぎりぎりの所で留まってきました。無論、中には理解しがたい、というか理解したくない物も多分に含まれていましたが、それはおそらく相手にとっても、「尿」にエロスを感じる事自体が理解に苦しむ、他惑星での趣向のように映っていたと考えれば、あながち非難ばかりはしていられません。
そうした変態達の出会いの中で、性癖はぶつかり合い、時には自らの身を犠牲にしながら、主にくりちゃんを酷い目に合わせつつ、自分は戦ってきたのです。それは誇りというには少し大げさすぎるかもしれませんが、今の自分を構成する上で欠かせない要素、言ってみれば血肉であったように思われます。
「五十妻、こんな決着で悪いな」
そんな言葉を自分は聞きたくありませんでした。
樫原先輩も、自分と同じく、幾夜を自らの抱えた性癖に苦悶し、ネットや足を駆使して情熱を注ぐに値するオカズを求め、HVDOの与えてくれた能力に歓喜し、そして出会えた最高のシチュエーションに更に倍は歓喜し、飽くなき戦いの中に身を投じてきた変態の1人であると信じていたのです。だからこそ、自分は全力で戦えました。
勃起率の表示が消えても、爆発は起きず、新しい能力も与えられなかった時、自分はその現象のおおよそを理解したと言って過言ではありませんでしたが、しかし「そういう事がある」という事自体を信じたくないような、まるで初めて男女の行為を知った時のような、淡くも確かな戸惑いがありました。
性癖の消失。
つまり、どうやら樫原先輩は、「淫語」が好きではなくなったという事のようです。突然に望月先輩に対して告白をしたのは正直驚かされましたが、その戦略的事由(もしも告白が成功していれば、くりちゃんがどんなに猥褻な事をしても動じずにいられるという確かな覚悟)に気づき納得しました。が、しかしそれもたった1撃の「ちんぽ」によって破綻した時、自分が内心で安心し、ふっと気を緩めた瞬間に、その現象は起きていたのです。
誤解を招かぬようにきちんとお伝えしておきますが、これは安い同情などではありません。また、いつか自分もこうなるかもしれない、というような心配などでもありません(例え海が枯れてもおもらしを嫌いになるはずがなく、代わりに美少女の尿で新しく黄色い地球を作ろうという大いなる野望さえ自分は持っています)。では、自分の抱いた戸惑いとは何だったのか。その答えはつまり、戦う事によって、自分は成長してきたという事に他なりません。
フル勃起寸前の所で辛くももぎとった勝利、圧倒的な差を見せ付けられての敗北、相手の実力を理解した上での引き分け、あるいは弱者に恥をかかすような大勝利でも、その時の運で容易くどちらにも転がりそうな口惜しい敗北でさえ、自分はそれらを糧にしてきたのです。樫原先輩との戦いの決着は、上記のいずれでもなく、今まで抱いていた同じ変態としての尊敬が、一気に色あせてしまったような、実に納得のいかない物でした。出来る事なら後先考えずに1発殴ってやりたかった。しかし好きな人に告白をしてフラれたばかりの男を殴るのはいかにもよろしくありませんので、自分は握りこんだ拳を開き、くりちゃんのケツを思いっきり「ぱちこーーんっ!」と引っぱたき、「何で!?」という叫びを背にして、その場を立ち去りました。自分はつまり、「悲しかった」という事に後になってから気づきました。
限りなく敗北に近いような無益の勝利を収めた自分は、その後の授業も身に入らず、ただ黙々とおもらし妄想に励み、それでは普段の授業態度と何ら変わりは無いではないか、という指摘もごもっともですが、その妄想でさえもいまいち盛り上がらない、ただでさえ暗い路地を更に俯いて歩くような、陰鬱とした気分で過ごしていました。
それでも3人を相手にして戦い、生き残り、あまつさえ春木氏に敗北する以前の能力まで取り戻したのですから、1日の出来高としては最高のはずで、これ以上を求めるというのはただのわがままなのかもしれませんが、こんな気分になるならいっそ清々しく負けた方が良かった、とさえ思う自分はきっと一刻者の気があるのでしょう。
くりちゃんからの復讐はなく、望月先輩からの追撃もなく、かといってこちらから仕掛ける気にもなれず、相変わらず等々力氏は何も知らずにのほほんとどこで買ったのかも知れないおっぱいアイマスク(外側タイプ)を装備してガン寝し、机に張り付いたままの気だるい午後は消化されていきました。
昼食時、いつも通りにやってきたハル先輩にお礼を言うと、
「とにかくもっくんが無事で良かったです! ……私のあそこは、やっぱりまだ百合のままですけど、でも、もっくんならきっと何とかしてくれると信じてますです! これさえ治ったら、いっぱいセックスしてくださいです!」
嬉しいかな、男冥利に尽きる期待のかけ方をしてくれたハル先輩は、きっと世界で1番ナチュラルに男に高価なプレゼントをさせる事が出来る天然系ビッチで、その将来の安泰っぷりと、未だ膨張をし続ける性への好奇心に、自分は感服を覚えました。
ですが、断っておかなければならない事があったのです。自分は、途端に重くなった奥歯を噛みながら、ぼそぼそと説明しました。
「ハル先輩の百合は望月先輩の手によるものと見て間違いないようです。先ほどの戦いで、樫原先輩が言っていました。なので、どうやら望月先輩は、ハル先輩に対して毎日いやらしい事をしている自分の事が相当に嫌いなようです」
「そう……ですか。で、でも、もっくんならきっと望月先輩にも勝てますですよ」
「そんなに甘くはいきませんよ。毛利先輩と織部先輩の2人はともかく、樫原先輩に勝てたのは、はっきり言って偶然みたいなものですから」
するとハル先輩はがたん、と椅子から立ち上がり、自分を見ました。真っ直ぐで真っ直ぐで、そのまま貫かれてしまいそうな眼差しは、時折見せる「思い込んだら」の時の表情でした。ハル先輩という人は、本当に真っ白な人で、それも安い漂白剤に浸したような嘘っぽい白さではなく、生まれ持った物を1度も汚した事の無い真の白さでした。
「私にも何か出来る事が無いか、探してきますです!」
そう言って、教室を飛び出す背中に、「あの、無理はせずに……」と声をかけてみましたが、猫科動物のごとく前向きについたハル先輩の両耳に届いたかどうかは謎です。
以来、ハル先輩の消息は不明です。放課後、いつものように一緒に下校する為に教室で待っていたのですが、30分経っても来ないので、職員室まで行ってハル先輩のクラスの担任に尋ねてみると、「早退して帰った」との事でした。HVDO能力者でもないハル先輩に、一体何が出来るのか、というかそれ以前に、どれだけセックスに対しての情熱があるのかと、むしろこっちがドン引きバンバンジーでした。
昼休みの時、多少強引にでもハル先輩を引き止めるべきであった、と叱咤されるのは承知の上です。偶然で勝てた、という発言は、毛利先輩を倒すキーとなった携帯電話を入手し、自分に届けるという重要な役割を担ってくれたハル先輩に対しても失礼です。樫原先輩の件で落ち込んでいる反面、また死線を1つ潜り、いい気になっていたのだと気づいた時、自分は顔から火が出るような思いになりました。
かといって、ハル先輩が教室を飛び出した瞬間、自分がその恥に気づいていたとしても、引き止められたのかというとこれは甚だ疑問です。引き止め、こちらからきちんと協力を仰ぎ、望月先輩を倒しうる戦略を練り、的確な指示が出せたのか否か。自分には、そのいずれも多大なる難関であるように思われます。ならばいっそ、ハル先輩の知らぬ所で、それこそ玉砕覚悟で望月先輩に相対した方が気分としてはいくらかマシな、こういうのを男気というと高倉健にグーで殴られるのでしょうが、とにかく自分は自暴自棄ともいうべき精神状態で、帰宅してからも何も手につかず、オナニーをしてもいまいち気分の高揚を感じず、椅子に座って柳のようにしだれていると、気づけば夜になっていました。
萎んだ陰茎を握ったまま少しうつらうつらとしていた時、1階の方でチャイムが鳴ったのに気づきました。ハル先輩ならば合鍵を持っていますし、チャイムを鳴らすという事は少なくとも彼女では無い事は分かりきっていたのですが、寝ぼけていた事もあり、急いでズボンを履きつつ、よろけながら1階に下りてドアを開けました。とにかく謝らなければ、という気持ちが強く、それが焦りの原因でした。
玄関先に立っていたのは、実に2ヶ月ぶりに見る、あの人だったのです。
「お取り込み中だった?」
呆然としたまま、それでも目の前にある顔を確認する為に目を擦る自分の股間を、その人は指さします。慌ててズボンを履いたので、パンツをあげるのを忘れていて、全開放されたベルトとチャックの間から、ぼろん、と大変に失礼な物が飛び出ていたのです。
「おわっ!」
と仕舞い込むものの、半分は外である玄関でちんぽ丸出しで客人を迎えたとあっては、もうそれはただの変質者というか犯罪者です。しかしその客人は、その程度の事では決して動じない精神を持った、というか露出に関してはもっともっと遥かに過激派の、エロアルカイダでありました。
「電話はしていたけど、こうして会うのは久しぶりね」
その微笑みは、市街地にバラまかれた毒の如きテロリズムを発揮し、ただでさえ額縁に収めてルーブル美術館に展示してあっても何ら違和感のない美しさを持つ顔を、あろうことかド屑の代表みたいな自分に向けていらっしゃる、そのように稀有な人物は、この世に1人しかいないのでした。
「さ、三枝生徒会長!」
「良かったわ。顔を忘れられていなくて」
自分を容易く和ませる皮肉。ハル先輩に負けず劣らず、くりちゃんと比べれば噴飯モノの豊満なおっぱいぱい。そこにいるだけで見る見る展開されていく「三枝ゾーン」とも揶揄すべき安心領域。間違いありません。制服は街でもたまに見かける翠郷高校のセーラー服で、中学時代とはまた違った魅力がありますが、その人を間違うはずが無いのでした。
「中、入ってもいいかしら?」
気の利かない自分にそう尋ねた三枝生徒会長を、どうぞどうぞと招き入れる事には何ら支障は無く、一般的に見れば自然な流れなのですが、自分と彼女の関係は、一般的とは言いがたい物なのです。もっとも、かつて結んだ主従関係が、今も有効であるという保障はどこにも無く、自分にはそれが不安材料ではあったのですが、無意識、咄嗟に出た命令はこうでした。
「大変恐縮なのですが、今日から我が家を訪れた客人には玄関でパンツを脱いでもらう決まりになったんですよ」
眉1つ動かさずに言い切った自分をじっと見て、三枝生徒会長はため息をつきました。
「それは残念ね」
え? と自分が落胆しかけると、三枝生徒会長はスカートの裾を指で摘み、いわゆる「たくしあげ」のポーズをとりました。暗い中、自分の目が捉えた三枝生徒会長の絶対領域は広域に渡り、というか女子の最後の砦であるおパンツを自ら放棄しているように見受けられ、つまりこれは、「ノーパン」という状態であると判断せざるを得ませんでした。
「こういう場合は、どうすればいいのかしら?」
自分は以前の生えかけよりも少しだけ濃くなった三枝生徒会長の陰毛、そしてその先にある性器に向けて「それならどうぞ、入ってください」と言いました。
思い返してみるに、三枝生徒会長が我が家に来てくれたのは、くりちゃんが2回目の初潮、つまり次潮を迎えた時以来の事でした。その時、幼女くりちゃんの下の世話とメンタルケアをテキパキとこなした三枝生徒会長は、邪な期待と共に首輪を差し出し、自分はそのまま人生で初めてとなる野外露出調教を彼女に施したのです。行為は結局、野良犬に変身した柚乃原(妹)さんの妨害によって中途半端な所で終わってしまいましたが、その時自分は確かに三枝生徒会長の処女を頂く約束をして、また、その約束は未だ果たされていないのです。然らば、
「とりあえず、ケツを突き出してください」
などと命令する事は実に容易かったのですが、意外や意外、このド変態は、自分がその命令を下すよりも先に、まずはこう切り出したのです。
「あいにくだけれど、今日はあなたといやらしい事は出来ないわ」
ノーパンで男の家に押しかけてきてその台詞はどう考えても矛盾しているではないか、と自分は思ったのですが、三枝生徒会長の表情は真剣でした。
「今日の昼間、望月ソフィアと接触したようね」
まだ報告しておらず、知っている人物も限られている情報でしたが、三枝家の情報網が全盛期のKGBレベルである事は音羽君の件や野外ストリップショーの件からも明らかでしたので、あえて今更驚きませんでした。
「ええ、まあ。ですが、まだ本人とは言葉すら交わしてませんよ」
「そうみたいね。だけれど、あなたが樫原を完全敗北まで追い詰め、それによって望月ソフィアが第9能力を手に入れたと言ったら……あなたはもう無関係ではないと思うわ」
その口調には、自分を責めるようなニュアンスが確かに含まれていました。表情こそ北欧神話に登場するバルドルを超えた慈悲深さに溢れていましたが、その顔のまま他人の臓器でお手玉するような底知れぬ恐怖を自分は感じました。
「……望月先輩が第9能力を手に入れて『リーチ』になったのは、今初めて知りました。ですが、自分は正当防衛しただけです。先に勝負を仕掛けてきたのは樫原先輩達ですし、不可抗力と言っても言い訳にはならないはずですが」
「そうね。なら、あなたには関係の無い話かもしれない」
「どういう意味ですか?」
「木下さんが捕まったわ。望月ソフィアに、処女を奪われそうになっている」
三枝生徒会長のもったいぶるような口調の意味が分かった瞬間でした。
「いえ、正確に言うなら、捕まったというよりは木下さん自身が茶道部への入部を希望したと私は聞いているわ。もちろん、それなりの取引はあったと思うけれど」
今日の朝、全校生徒の前で宣言した後、おもらしをした名場面を自分は思い出しました。あれだけの恥でも、茶道部の権力を用いれば、くりちゃんの名誉程度なら簡単に取り戻せるのかもしれません。三枝生徒会長が他校の最新ニュースに詳しすぎる事も気になりますが、真に自分が驚いたのは次の事です。
「望月ソフィアの第9能力『百合城』は100人の女子と主従関係を結ぶ事で発動するの。清陽高校の校舎を城に改造し、そこに一切の男を立ち入れなくする。その100人目が、木下さんだったという事ね」
100人? 城? 三枝生徒会長の説明には、必要な情報が欠如していましたが、緊急事態であるという事だけは伝わってきました。
「『百合城』には、望月ソフィア自身の『知っている女』か、『許可された男』しか入る事が出来ないという能力らしいわ。いえ、入る事というか、認識する事が出来ないと言うべきね。一般人や、許可されていない男には、いつも通りの学校にしか見えないけれど、近づこうとすると。無意識に進路を曲げられて1歩も足を踏み入れられなくなる」
自分は、三枝生徒会長が指摘した「自分と望月先輩の関係性」が、ここにきて意味を持ち始めている事に気づき、それを確証するように、三枝生徒会長は告げました。
「そして今、入城が許されている男は、たったの1人だけ」
「……それが、自分だという事ですね?」
「違うわ」
やだ、恥ずかしい。確認はしていませんが、赤くなっているであろう顔を抑えたくなるのをどうにか堪えつつ、キリッと決めた表情を崩さずにあくまでもクールキャラを維持しつつ尋ねます。
「そ、それでは、何故自分にその事を伝えに来たのですか?」
「望月ソフィアを倒して欲しいからよ」
三枝生徒会長の弁は矛盾しています。その望月先輩の「百合城」とやらが、女と、許可した男にしか認識出来ない代物ならば、許可されていない自分にはまるで出番はないはずです。くりちゃんをどうにか助け、出来れば処女もいただきたいという気持ちはもちろんあるにはありますが、くりちゃん自身が名誉回復の為に茶道部に入部して望月先輩に服従を誓ったというのであれば、自分にはそれを止める義理も権利も無いのではないでしょうか。
どうしていいか分からず、思いがけずに露呈した過剰な自意識を恥じる自分の目の前で、三枝生徒会長は、おもむろに服を脱ぎ始めました。1枚1枚、もったいぶるでもなく、風呂にでも入るような気軽さで、ブラはハーフカップの黒でした。
「えっと……何をしてるんですか?」
期待を込めて尋ねると、戒めるように、
「今日はいやらしい事はしないと言ったはずよ」
言っている事とやっている事が違う。今日の三枝生徒会長は、不条理というか、間違いなく変態であるという事以外、全然理屈が通っていないように感じます。相変わらず三枝生徒会長の肉体は究極の美を体現していましたが、ここまでの流れの不自然さというか、理解のし難さにイラだちが先行し、80%程度の勃起で済みました。
しかし自分の抱いた不信感は、実に豪快な形で解消されました。最初、それは微弱な振動によって主張を始め、次に全身に感じたのは何にも触れられていない触感でした。例えるならば目を閉じて、瞼の近くまで指が迫ったときに、見えていなくても感じる威圧感といった所でしょうか。頭上ほんの何メートルの所に、何か途方もなく大きな物があるという実感がありました。
「あまり時間が無いわ。急いで」
全裸ニーソのまま、制服を玄関先に捨て置いた三枝生徒会長の手引きに従って、自分は2階にあがりました。そのまま自部屋に戻り、乱雑に置かれたエロ本の隙間を歩んでいると、窓の前にかけられた縄梯子を目撃したのです。
「私が発動したのは、1週間ノーパンで過ごす事によって『ある物』を召喚出来る能力。私が全裸でいる間だけ自由に操縦が出来る。望月ソフィアの『百合城』に対して物理的な突撃も可能よ」
ノーパンに理由があった事に驚きつつ、自分は背中を押されるようにして縄梯子を掴みました。春木氏の召喚する偽くりちゃんと同様に、能力といえども、確かにその物質はそこに存在しているようです。しかし窓から顔を出して見上げると、縄梯子の先には何も無いように見えました。空中に向かってまっすぐ縄梯子が伸びている構図は、実に奇妙でした。
「これは……一体何なんですか?」
三枝生徒会長に向き直り尋ねると、凛とした顔で大真面目に、こんな答えが返ってきました。
「私の新能力『戦艦マジックミラー号』よ」
ジャンボジェット機のコックピットから、ややこしい機械類を全部とっぱらって、壁を全て透明にした空間に、ふかふかとした艦長席が1つと、その後ろに簡素な座席が「2つ」取り付けられていました。外の景色がこれでもかという位に見えるので、当然夜の暗さはあるのですが、コックピット内は光に満たされ、三枝生徒会長を見失う事はありませんでした。
自分はシートベルトを締め、座席の肘掛をぎゅっと握り、この異常事態に一通り愕然とした後、脳内の片隅に追い払われた自我を取り戻し、この状況において唯一頼りになる人物に質問を投げかけました。
「あの、すいません。意味が分からなすぎて、どこから説明して欲しいかも分からないんですが」
全裸のまま艦長席に腰を下ろしたこの機の艦長は、前を向いたまま答えます。
「私の召喚能力『戦艦マジックミラー号』は、最強で無敵の戦艦よ」
自分は下を向き、遥か下に広がる見慣れた街を見下ろしました。壁だけではなく床も透明。また、乗り込む前に見た限りでは、外から見ても透明で、かといって中の様子は見えないようで、つまり「マジックミラー」というよりは、それこそ光学迷彩、こちらからは全て見えるが外からは完全に見えないという視覚的圧倒的有利をこの戦艦は体現しているようでした。
「……これって本当に飛んでるんですか?」
「ええ、もちろん。最高速度はマッハ1.2で最大積載量は250トン。ヘリコプターのように空中でのホバリングが可能で、艦体の部位ごとに不可視化も可能よ。AAM、ASM、ALBM、ASAT、核を積んだICBMをいつでも発射可能で、コックピットの後部には東寺の五重塔が丸々納まる空間があるわ。そこにはジープ、潜水艇、スノーモービルからジェットスキーまで搭載されていて、状況に応じた特殊兵装と通信傍受や物理シミュレートを得意とする軍事向けスーパーコンピューターも準備されている。それと、大量のアダルトグッズも」
最後のは余計な気がしましたが、とにかく「無敵で最強」という三枝生徒会長の説明は簡単ですが実に正しいようでした。いやいや、そもそも「マジックミラー号」ってこういうレベルの乗り物だったっけ? と疑問を浮かべる自分でしたが、船内は高度に発達した現代の科学でも到底実現不可能に思える空間だったので、改めてHVDO能力の凄まじさを実感し、また、それであらゆる不可解は解決するのでした。
ではあるものの、三枝生徒会長の変態的な露出性癖と、この「戦艦マジックミラー号」は、あまりにかけ離れた能力であるように感じましたので、その旨を尋ねてみると、とんでもなくスケールのでかい答えが返ってきました。
「この戦艦があれば、地球上のどこでも露出プレイが出来るし、世界中を敵に回しても露出を続けられるという事よ」
戦艦の超スペックもそうですが、「この人なら本当にやりかねない」と思わせる三枝生徒会長も大概なように思われました。味方にすれば頼もしく、敵にすれば恐ろしい。三枝生徒会長ほどこの言葉が似合う人物も滅多にいないはずです。
……いないはずなんですが、そんな人物がもう1人、この場所に居合わせていました。艦長席の後ろには座席が「2つ」あり、片方には自分が座っているのですが、もう片方には、これまた数ヶ月ぶりの再会となる人物が座っていたのです。
「便利な能力だね。素直にうらやましいよ」
頬杖をつきながらそう言う男は、記憶に間違いが無ければ、自分に唯一の敗北をもたらし、くりちゃんを幼女にし、3年間ほとんど引きこもっていたくせに何の問題もなく中学を卒業し、今は三枝生徒会長と同じ翠郷高校の制服を何故か着こなしている、類まれなる小児性愛者でした。
自分は頭を抱えながら、誰にともなく叫びます。
「どうして春木氏がここにいるんですか!?」
自分が一番説明して欲しかったのは、三枝生徒会長が連日連夜の公開ストリップにより取得したこの規格外の能力についてではなく、むしろこの疑問についてでした。そしてこの疑問の解決は必然的に、これから迎える修羅場がいかに恐ろしいかを説明する事にもなるのでした。
「あえて言わせてもらえるならば、あなたは少し自惚れてるわ」
その台詞が、自分に向けて言われていると気づいたのは、春木氏が他人事のように「だってさ、五十妻君」と流れるようなトスをこなしてからでした。
「どういう意味ですか?」
「分からないの? これから倒しにいく望月ソフィアは、第9能力まで目覚め、HVDOの幹部で、そして100人の女子を支配し、木下さんを人質に取っているのよ? 1人で倒せる相手ではないわ」
自分はすかさず反論します。
「だからといって、春木氏と組むなんて腹のすいたライオンと一緒に鹿狩りに出かけるような物じゃないですか」
ははっ、と春木氏は鼻で笑って、その癖、後には何も続けませんでした。こういう所が怖いのです。後ろからがぶりとやられるイメージしか湧かないのです。
「いくら三枝生徒会長が一緒でも、全く安心出来ませんよ」
むしろ三枝生徒会長自身すら、気を抜けば近くにいるだけで勃起してしまいそうな格好をしているのですから、さっき自分が口にした喩えは大きな間違いでした。正しくは、「腹のすいたライオンと野生の女豹がタッグを組んで自分を襲いにきている」ようなものです。
「残念だけど、私は協力出来ないわ」と、女豹。「『百合城』の中にいる状態で、望月ソフィアに何かを命令されると、女はそれに逆らう事が出来ない。そういう能力なのよ。私が操られて敵に回ったら、いよいよあなた達に勝ち目はなくなるわ」
自惚れてるのはどちらの方か、と訴えたくもなりましたが、確かに三枝生徒会長が言った事は紛れもない事実なので、これには何の反論もありません。
「……つまり、自分はこの危険極まりない人物とタッグを組んで、三枝生徒会長ですら手に余る敵、望月先輩を倒してこいと、そう仰るんですね?」
「そうね」
「拒否します」
ここに来て、ようやく自分は流され系主人公からの脱却を果たしたと言っても過言ではなく、それこそが数多の変態達と渡り合えてきた理由でもあり、ここでの拒否は何もビビっているとかそういったチャチな内情ではなく、いわば戦略的撤退、ドン・キホーテでは終わらない男の、名誉ある決断であったと自負しているのです。
もちろん、くりちゃんの処女が惜しいという気持ちは多少なりともあります(事実、以前くりちゃんが幼女化していた時、春木氏に犯される偽くりちゃんを見て自分は発狂しかけましたが、その時は重度の女性恐怖症を煩っており、唯一の救いが幼女くりちゃんだったという背景がありました)が、それは大海を前にして水溜りに固執するようなものであり、くりちゃんの処女を守る為にわざわざ春木氏を供にして危険に挑むのは、ダイナマイトを体に巻きつけて焚き火にあたるような物です。
「もちろん、タダで協力してくれとは言わないわ」
言いながら立ち上がり、どこからともなく取り出した、というか気づいたら持っていた3本の、親指程の小さな「瓶」を、三枝生徒会長は目の前にぶら下げました。
その内の1本は空でしたが、残りの2本は、自分にとっては非常に馴染み深い色をした液体で満たされ、ラベルが貼られていました。そこに書かれた名前は、「柚乃原」と「命さん」。そして三枝生徒会長は自分に近づき、すっと手を差し伸べたので、自分は反射的にその手を握り返しました。
1本だけ空の瓶に、局部から流れ落ちる液体を器用に溜めていく三枝生徒会長。すぐに瓶は液体で満たされ、残りは全て垂れ流しになり、床に世界地図が広がりました。やはり、瓶の中身は見間違いでは無かったようで、それは自分の人生において宿命の液体、人生の濃縮還元、敬愛と崇拝に値する「聖水」でした。
「私のと、柚乃原のと、柚乃原の妹にあたる命さんの、さっき出したばかりの『おしっこ』よ。これをどう使うかはあなたの勝手。どう? 引き受けてくれるかしら?」
見くびらないでいただきたい。たかだか美少女3人分の尿だけで、先にも散々述べたリスクを背負うほど、自分は軽い男ではありません。三枝生徒会長の放尿が終わり、それを見届けると同時、怒気を露にしながら堂々と、鼻息荒く凄みをきかせて自分は言いました。
「引き受けましょう……!」
まだ暖かい尿が満タンに詰まった瓶を大事に懐にしまい込みながら、自分は艦長席に戻った三枝生徒会長に尋ねました。
「ところで、どうして三枝生徒会長は、望月先輩を倒そうとしているのですか?」
それは至極真っ当な質問でしたが、答えは意外な、というか「らしからぬ」物でした。
「色々あるけれど、1番は『ムカつくから』かしらね」
この人に、「怒り」という感情があるとは。と、自分は人類初と思わしき発見に驚きつつも、やや濁した部分にあえてメスを入れてみました。
「色々、というと?」
「合併を妨害している事とか、胸糞の悪い清陽茶道部の伝統とか。まあ、色々とよ」
「おや?」と、唐突に口を挟んでくる春木氏。「『例の事』、まだ五十妻君に話さないのかい?」
例の事? と疑問符を浮かべる自分ごと、三枝生徒会長は春木氏の不穏な台詞を無視しました。
「意外だなあ。君たちはすっかりデキてると思ってたんだけど」
わざとらしく、人を挑発するような口調に、やはりこの人物とコンビを組むのはいかにも危険すぎたかもしれないと早速後悔し始めている自分を他所に、春木氏は席に座ったまま体重を前に預けて、顎を手のひらに乗せつつこちらを覗き込んできました。
「五十妻君は、ここに僕がいる事が気になるんだろ? 僕だって本当は『百合』なんて厄介な性癖、相手にしたくなかったよ。だけど、ちょっとした『借り』を三枝さんに作ってしまってね。止むを得ず、という奴さ」
「春木氏には聞いてません」
「相変わらず冷たいねえ」
ふふふ、と無邪気な笑顔を浮かべる春木氏。
「ま、三枝さんが五十妻君に秘密にしておきたいというのなら、あえて僕からは何も言わないけどね。五十妻君も、僕からの情報はどうやら信じられないようだし」
それにつけてもこの言い草! ハンカチがあったら噛んでいる所ですが、無いので自分は仏頂面を決め込みます。
とりあえず、尿は確保出来ましたし、三枝生徒会長の生放尿も拝めましたし、思い残す事はないな、と思いつつ、こうなれば、ついでですがくりちゃんも助け、望月先輩を撃破し新能力を得て、隙をついて春木氏を後ろから襲い(そういう意味ではなく)、あの敗北のリベンジを果たすというのも、なかなかに魅力的なプランであるように思いました。もしもこれが成功すれば、今日が自分にとって人生最良の日になる事は間違いなく、未来も薔薇色に、いや黄色に染まっていくというものです。
心の底からあふれ出てくるようなにやにやをどうにか堪えつつ、現場に到着しました。
いつもの校舎が視界に入りました。何も変化が無いではないか、と自分が思うと同時に、戦艦は速度を落とし、三枝生徒会長が叫びました。
「バイブミサイル発射!」
先程の、軍オタをわざと煽るような仰々しい解説をかなぐり捨てて、下ネタの内でもかなり低俗な部類に入るであろう攻撃が始まると、「百合城」の方も本当の姿を見せました。まるで上に乗っていた写真を剥がすように、校舎は瞬き1つで巨大な城へと形を変えたのです。
それは大阪城にも負けず劣らずの立派な和城でしたが、備え付けられた十門以上の大筒から発射されたのは、これまた陰茎の形を模した最低なバイブ型ミサイルであり、空中で2つの衝突による派手な爆発が起きると、それが開戦の合図となりました。
この「戦艦マジックミラー号」自体が三枝生徒会長の能力であり、完全に意思によって統制されているのは間違いない事実のようで、最初の1発以降、三枝生徒会長は無言を貫き、立て続けにミサイルを発射しつつも、それに応戦する「百合城」の砲撃を右に左にかわすという、おふざけ一切抜きのガチンコ攻城戦が目の前で展開されていきました。
凄まじい振動に自分は座席にしがみつき、目を瞑りそうになるのを堪えながら、その様子をおっかなびっくり覗いていましたが、隣に座った春木氏は余裕の様子で、映画でも観るかのようにすこぶる楽観的でした。
バイブミサイルはまだ1度も城には直接命中せず、全ては正確に撃墜されていましたが、百合城のスペックにも限りがあるはずです。
「さ、三枝艦長! もしもミサイルが城に命中してしまったら、中にいる女子生徒が無事では済まないのではないですか!?」
自分にしては、非常にまともな意見でしたが、三枝艦長はこれをあっさりと否定します。
「そんな事は分かってるわ。今はこちらのミサイルを撃墜していく順番を観察して、城のどの場所に女子生徒がいるかを見極めているだけよ!」
喋りながらも、戦艦の操舵には一切の隙も見せない三枝艦長。
夜空を飾る放射状の巨大バイブが、接触と同時に花火を咲かし、戦艦の巨体は三次元空間をフル活用しながらここしか無いと思える抜群の位置取りをしていきました。三枝艦長の呼吸に合わせて、戦況はどんどん過激に、猛烈になっていき、やがてその時が訪れました。
これまでにない凄まじい衝撃。自分は膝で顎を砕きそうになり、流石の春木氏も座席にしがみついていました。
「三枝艦長! い、今のは!?」
「命中したようね」
冷静な台詞でしたが、ふと右を向くと、もくもくと煙があがっていました。一気に血の気が引きます。
「まさか、墜落するんですか!?」
「この程度ではしないわ。でも……私がさせる!」
言い終わると同時に、戦艦はがくんと高度を落とし、そのまま百合城の方に向かって加速していきました。
「ひいいいいい」
目の前に広がる大迫力の景色に思わず絶叫すると、隣からは耳障りな笑い声が聞こえ、今から死神に連れられて地獄に行くのだと確信させられ、浮遊感と、全身にかかるGに吐きそうになりながら、城壁が眼前に迫った時、制服の内ポケットに仕舞った尿を大事に抱えながら、自分は死を覚悟しました。生まれ変わったら尿瓶になりたい! そう願いつつのわずか数秒、震動は最高潮に達し、上下左右不覚のまま、轟音に耳を塞ぎました。
「望月ソフィアがいるのは『天守閣』よ! 100人の女子はその階下に集めて道を塞いでいるけど、支配下に置かれた女子は、絶頂を迎える事によって一時的にだけど命令を忘れて空の状態になるわ。さあ、早く行って」
目を開けると、三枝生徒会長は相変わらずの全裸で、余りの恐怖にその豊満な胸に飛び込みそうになりましたが、それをするとほぼ確実に勃起する事が分かっていたので、自分は震える手でシートベルトを外し、先に立ちあがっていた春木氏についていきました。艦首には扉がついており、そこから「百合城」に乗り込み、一歩を踏むとよろよろになった足腰を奮い立たせました。
「五十妻君、大丈夫かい? これから先が大変だよ」
春木氏の言葉は間違っていませんでした。死にかけながらもようやく敵の本拠地へと乗り込んだ自分を待っていたのは、性欲に滾った100人の全裸女子で、本来こんなシチュエーションは、男として喜ぶべき所なのでしょうが、自分は先程の三枝生徒会長の台詞に、大仕事を予感させられました。
勃起をせずに、100人の女子を絶頂に導く。どなたか、手のあいている方は手伝っていただきたい。
自分はシートベルトを締め、座席の肘掛をぎゅっと握り、この異常事態に一通り愕然とした後、脳内の片隅に追い払われた自我を取り戻し、この状況において唯一頼りになる人物に質問を投げかけました。
「あの、すいません。意味が分からなすぎて、どこから説明して欲しいかも分からないんですが」
全裸のまま艦長席に腰を下ろしたこの機の艦長は、前を向いたまま答えます。
「私の召喚能力『戦艦マジックミラー号』は、最強で無敵の戦艦よ」
自分は下を向き、遥か下に広がる見慣れた街を見下ろしました。壁だけではなく床も透明。また、乗り込む前に見た限りでは、外から見ても透明で、かといって中の様子は見えないようで、つまり「マジックミラー」というよりは、それこそ光学迷彩、こちらからは全て見えるが外からは完全に見えないという視覚的圧倒的有利をこの戦艦は体現しているようでした。
「……これって本当に飛んでるんですか?」
「ええ、もちろん。最高速度はマッハ1.2で最大積載量は250トン。ヘリコプターのように空中でのホバリングが可能で、艦体の部位ごとに不可視化も可能よ。AAM、ASM、ALBM、ASAT、核を積んだICBMをいつでも発射可能で、コックピットの後部には東寺の五重塔が丸々納まる空間があるわ。そこにはジープ、潜水艇、スノーモービルからジェットスキーまで搭載されていて、状況に応じた特殊兵装と通信傍受や物理シミュレートを得意とする軍事向けスーパーコンピューターも準備されている。それと、大量のアダルトグッズも」
最後のは余計な気がしましたが、とにかく「無敵で最強」という三枝生徒会長の説明は簡単ですが実に正しいようでした。いやいや、そもそも「マジックミラー号」ってこういうレベルの乗り物だったっけ? と疑問を浮かべる自分でしたが、船内は高度に発達した現代の科学でも到底実現不可能に思える空間だったので、改めてHVDO能力の凄まじさを実感し、また、それであらゆる不可解は解決するのでした。
ではあるものの、三枝生徒会長の変態的な露出性癖と、この「戦艦マジックミラー号」は、あまりにかけ離れた能力であるように感じましたので、その旨を尋ねてみると、とんでもなくスケールのでかい答えが返ってきました。
「この戦艦があれば、地球上のどこでも露出プレイが出来るし、世界中を敵に回しても露出を続けられるという事よ」
戦艦の超スペックもそうですが、「この人なら本当にやりかねない」と思わせる三枝生徒会長も大概なように思われました。味方にすれば頼もしく、敵にすれば恐ろしい。三枝生徒会長ほどこの言葉が似合う人物も滅多にいないはずです。
……いないはずなんですが、そんな人物がもう1人、この場所に居合わせていました。艦長席の後ろには座席が「2つ」あり、片方には自分が座っているのですが、もう片方には、これまた数ヶ月ぶりの再会となる人物が座っていたのです。
「便利な能力だね。素直にうらやましいよ」
頬杖をつきながらそう言う男は、記憶に間違いが無ければ、自分に唯一の敗北をもたらし、くりちゃんを幼女にし、3年間ほとんど引きこもっていたくせに何の問題もなく中学を卒業し、今は三枝生徒会長と同じ翠郷高校の制服を何故か着こなしている、類まれなる小児性愛者でした。
自分は頭を抱えながら、誰にともなく叫びます。
「どうして春木氏がここにいるんですか!?」
自分が一番説明して欲しかったのは、三枝生徒会長が連日連夜の公開ストリップにより取得したこの規格外の能力についてではなく、むしろこの疑問についてでした。そしてこの疑問の解決は必然的に、これから迎える修羅場がいかに恐ろしいかを説明する事にもなるのでした。
「あえて言わせてもらえるならば、あなたは少し自惚れてるわ」
その台詞が、自分に向けて言われていると気づいたのは、春木氏が他人事のように「だってさ、五十妻君」と流れるようなトスをこなしてからでした。
「どういう意味ですか?」
「分からないの? これから倒しにいく望月ソフィアは、第9能力まで目覚め、HVDOの幹部で、そして100人の女子を支配し、木下さんを人質に取っているのよ? 1人で倒せる相手ではないわ」
自分はすかさず反論します。
「だからといって、春木氏と組むなんて腹のすいたライオンと一緒に鹿狩りに出かけるような物じゃないですか」
ははっ、と春木氏は鼻で笑って、その癖、後には何も続けませんでした。こういう所が怖いのです。後ろからがぶりとやられるイメージしか湧かないのです。
「いくら三枝生徒会長が一緒でも、全く安心出来ませんよ」
むしろ三枝生徒会長自身すら、気を抜けば近くにいるだけで勃起してしまいそうな格好をしているのですから、さっき自分が口にした喩えは大きな間違いでした。正しくは、「腹のすいたライオンと野生の女豹がタッグを組んで自分を襲いにきている」ようなものです。
「残念だけど、私は協力出来ないわ」と、女豹。「『百合城』の中にいる状態で、望月ソフィアに何かを命令されると、女はそれに逆らう事が出来ない。そういう能力なのよ。私が操られて敵に回ったら、いよいよあなた達に勝ち目はなくなるわ」
自惚れてるのはどちらの方か、と訴えたくもなりましたが、確かに三枝生徒会長が言った事は紛れもない事実なので、これには何の反論もありません。
「……つまり、自分はこの危険極まりない人物とタッグを組んで、三枝生徒会長ですら手に余る敵、望月先輩を倒してこいと、そう仰るんですね?」
「そうね」
「拒否します」
ここに来て、ようやく自分は流され系主人公からの脱却を果たしたと言っても過言ではなく、それこそが数多の変態達と渡り合えてきた理由でもあり、ここでの拒否は何もビビっているとかそういったチャチな内情ではなく、いわば戦略的撤退、ドン・キホーテでは終わらない男の、名誉ある決断であったと自負しているのです。
もちろん、くりちゃんの処女が惜しいという気持ちは多少なりともあります(事実、以前くりちゃんが幼女化していた時、春木氏に犯される偽くりちゃんを見て自分は発狂しかけましたが、その時は重度の女性恐怖症を煩っており、唯一の救いが幼女くりちゃんだったという背景がありました)が、それは大海を前にして水溜りに固執するようなものであり、くりちゃんの処女を守る為にわざわざ春木氏を供にして危険に挑むのは、ダイナマイトを体に巻きつけて焚き火にあたるような物です。
「もちろん、タダで協力してくれとは言わないわ」
言いながら立ち上がり、どこからともなく取り出した、というか気づいたら持っていた3本の、親指程の小さな「瓶」を、三枝生徒会長は目の前にぶら下げました。
その内の1本は空でしたが、残りの2本は、自分にとっては非常に馴染み深い色をした液体で満たされ、ラベルが貼られていました。そこに書かれた名前は、「柚乃原」と「命さん」。そして三枝生徒会長は自分に近づき、すっと手を差し伸べたので、自分は反射的にその手を握り返しました。
1本だけ空の瓶に、局部から流れ落ちる液体を器用に溜めていく三枝生徒会長。すぐに瓶は液体で満たされ、残りは全て垂れ流しになり、床に世界地図が広がりました。やはり、瓶の中身は見間違いでは無かったようで、それは自分の人生において宿命の液体、人生の濃縮還元、敬愛と崇拝に値する「聖水」でした。
「私のと、柚乃原のと、柚乃原の妹にあたる命さんの、さっき出したばかりの『おしっこ』よ。これをどう使うかはあなたの勝手。どう? 引き受けてくれるかしら?」
見くびらないでいただきたい。たかだか美少女3人分の尿だけで、先にも散々述べたリスクを背負うほど、自分は軽い男ではありません。三枝生徒会長の放尿が終わり、それを見届けると同時、怒気を露にしながら堂々と、鼻息荒く凄みをきかせて自分は言いました。
「引き受けましょう……!」
まだ暖かい尿が満タンに詰まった瓶を大事に懐にしまい込みながら、自分は艦長席に戻った三枝生徒会長に尋ねました。
「ところで、どうして三枝生徒会長は、望月先輩を倒そうとしているのですか?」
それは至極真っ当な質問でしたが、答えは意外な、というか「らしからぬ」物でした。
「色々あるけれど、1番は『ムカつくから』かしらね」
この人に、「怒り」という感情があるとは。と、自分は人類初と思わしき発見に驚きつつも、やや濁した部分にあえてメスを入れてみました。
「色々、というと?」
「合併を妨害している事とか、胸糞の悪い清陽茶道部の伝統とか。まあ、色々とよ」
「おや?」と、唐突に口を挟んでくる春木氏。「『例の事』、まだ五十妻君に話さないのかい?」
例の事? と疑問符を浮かべる自分ごと、三枝生徒会長は春木氏の不穏な台詞を無視しました。
「意外だなあ。君たちはすっかりデキてると思ってたんだけど」
わざとらしく、人を挑発するような口調に、やはりこの人物とコンビを組むのはいかにも危険すぎたかもしれないと早速後悔し始めている自分を他所に、春木氏は席に座ったまま体重を前に預けて、顎を手のひらに乗せつつこちらを覗き込んできました。
「五十妻君は、ここに僕がいる事が気になるんだろ? 僕だって本当は『百合』なんて厄介な性癖、相手にしたくなかったよ。だけど、ちょっとした『借り』を三枝さんに作ってしまってね。止むを得ず、という奴さ」
「春木氏には聞いてません」
「相変わらず冷たいねえ」
ふふふ、と無邪気な笑顔を浮かべる春木氏。
「ま、三枝さんが五十妻君に秘密にしておきたいというのなら、あえて僕からは何も言わないけどね。五十妻君も、僕からの情報はどうやら信じられないようだし」
それにつけてもこの言い草! ハンカチがあったら噛んでいる所ですが、無いので自分は仏頂面を決め込みます。
とりあえず、尿は確保出来ましたし、三枝生徒会長の生放尿も拝めましたし、思い残す事はないな、と思いつつ、こうなれば、ついでですがくりちゃんも助け、望月先輩を撃破し新能力を得て、隙をついて春木氏を後ろから襲い(そういう意味ではなく)、あの敗北のリベンジを果たすというのも、なかなかに魅力的なプランであるように思いました。もしもこれが成功すれば、今日が自分にとって人生最良の日になる事は間違いなく、未来も薔薇色に、いや黄色に染まっていくというものです。
心の底からあふれ出てくるようなにやにやをどうにか堪えつつ、現場に到着しました。
いつもの校舎が視界に入りました。何も変化が無いではないか、と自分が思うと同時に、戦艦は速度を落とし、三枝生徒会長が叫びました。
「バイブミサイル発射!」
先程の、軍オタをわざと煽るような仰々しい解説をかなぐり捨てて、下ネタの内でもかなり低俗な部類に入るであろう攻撃が始まると、「百合城」の方も本当の姿を見せました。まるで上に乗っていた写真を剥がすように、校舎は瞬き1つで巨大な城へと形を変えたのです。
それは大阪城にも負けず劣らずの立派な和城でしたが、備え付けられた十門以上の大筒から発射されたのは、これまた陰茎の形を模した最低なバイブ型ミサイルであり、空中で2つの衝突による派手な爆発が起きると、それが開戦の合図となりました。
この「戦艦マジックミラー号」自体が三枝生徒会長の能力であり、完全に意思によって統制されているのは間違いない事実のようで、最初の1発以降、三枝生徒会長は無言を貫き、立て続けにミサイルを発射しつつも、それに応戦する「百合城」の砲撃を右に左にかわすという、おふざけ一切抜きのガチンコ攻城戦が目の前で展開されていきました。
凄まじい振動に自分は座席にしがみつき、目を瞑りそうになるのを堪えながら、その様子をおっかなびっくり覗いていましたが、隣に座った春木氏は余裕の様子で、映画でも観るかのようにすこぶる楽観的でした。
バイブミサイルはまだ1度も城には直接命中せず、全ては正確に撃墜されていましたが、百合城のスペックにも限りがあるはずです。
「さ、三枝艦長! もしもミサイルが城に命中してしまったら、中にいる女子生徒が無事では済まないのではないですか!?」
自分にしては、非常にまともな意見でしたが、三枝艦長はこれをあっさりと否定します。
「そんな事は分かってるわ。今はこちらのミサイルを撃墜していく順番を観察して、城のどの場所に女子生徒がいるかを見極めているだけよ!」
喋りながらも、戦艦の操舵には一切の隙も見せない三枝艦長。
夜空を飾る放射状の巨大バイブが、接触と同時に花火を咲かし、戦艦の巨体は三次元空間をフル活用しながらここしか無いと思える抜群の位置取りをしていきました。三枝艦長の呼吸に合わせて、戦況はどんどん過激に、猛烈になっていき、やがてその時が訪れました。
これまでにない凄まじい衝撃。自分は膝で顎を砕きそうになり、流石の春木氏も座席にしがみついていました。
「三枝艦長! い、今のは!?」
「命中したようね」
冷静な台詞でしたが、ふと右を向くと、もくもくと煙があがっていました。一気に血の気が引きます。
「まさか、墜落するんですか!?」
「この程度ではしないわ。でも……私がさせる!」
言い終わると同時に、戦艦はがくんと高度を落とし、そのまま百合城の方に向かって加速していきました。
「ひいいいいい」
目の前に広がる大迫力の景色に思わず絶叫すると、隣からは耳障りな笑い声が聞こえ、今から死神に連れられて地獄に行くのだと確信させられ、浮遊感と、全身にかかるGに吐きそうになりながら、城壁が眼前に迫った時、制服の内ポケットに仕舞った尿を大事に抱えながら、自分は死を覚悟しました。生まれ変わったら尿瓶になりたい! そう願いつつのわずか数秒、震動は最高潮に達し、上下左右不覚のまま、轟音に耳を塞ぎました。
「望月ソフィアがいるのは『天守閣』よ! 100人の女子はその階下に集めて道を塞いでいるけど、支配下に置かれた女子は、絶頂を迎える事によって一時的にだけど命令を忘れて空の状態になるわ。さあ、早く行って」
目を開けると、三枝生徒会長は相変わらずの全裸で、余りの恐怖にその豊満な胸に飛び込みそうになりましたが、それをするとほぼ確実に勃起する事が分かっていたので、自分は震える手でシートベルトを外し、先に立ちあがっていた春木氏についていきました。艦首には扉がついており、そこから「百合城」に乗り込み、一歩を踏むとよろよろになった足腰を奮い立たせました。
「五十妻君、大丈夫かい? これから先が大変だよ」
春木氏の言葉は間違っていませんでした。死にかけながらもようやく敵の本拠地へと乗り込んだ自分を待っていたのは、性欲に滾った100人の全裸女子で、本来こんなシチュエーションは、男として喜ぶべき所なのでしょうが、自分は先程の三枝生徒会長の台詞に、大仕事を予感させられました。
勃起をせずに、100人の女子を絶頂に導く。どなたか、手のあいている方は手伝っていただきたい。
世の中の男性ほとんど全てと言っても過言ではないと、確信めいた物があるにはあるのですが、ここは遠慮の意味を含めて、自分が全責任を負う形を取り、「自分は」と主語を置かせてもらいます。自分は、「ハーレム」を望んでいます。
五十妻ハーレム計画については以前も少し述べさせてもらいましたが、よりどりみどりの女性を手元におき、好きな時におしっこを漏らさせる尿サーバーとしての役割を担わせ、そして気分次第でコトを致してしまうというのは実に望ましき状況であり、下種だ低俗だと罵られようが、「それならお前はハーレムを欲しくないのか!?」と逆ギレして、夢に向かって驀進する意気込みさえ自分にはあり、ある意味1つの終着地点、ハーレムとは人生の究極であると日々思っているのです。
そんなハーレムに必要な物は、まず自分好みの美少女たちを出来る限り沢山と、そしてその世界における絶対的権力です。今、この状況においては、前者は圧倒的に揃っているのですが、後者が絶望的にありませんでした。喩えるなら、元は女子高の学校が今年から共学になって、入学した男子が1人、他は全員女子という状況に近く、羨ましくは思われがちですが、ハーレムとはちょっと違うのです。
「ぷはぁ!」
肉布団の中からかろうじて顔を出した自分は、周りを見渡し、状況の把握に努めました。ほんの数秒前、津波のように押し寄せてきた清陽高校茶道部の面々は、容姿のレベルが非常に高く、その極度に露出されて性的欲求を煽る服装、即ちノーパンノーブラの着衣はミニスカート単騎というビッチスタイルでなくても、こちらから是非にとお願いしたい粒ぞろいの集団だったのですが、いかんせん数が多すぎて、また、目的も明確に「進路の妨害」でした。
ミツバチの狩りの様子を見た事がある人は、それを想像していただければ、今の自分の状況が分かりやすいと思うのです。体は他の蜂より遥かに小さなミツバチでも、群れが一丸となって襲いかかれば、自身のサイズを大きく上回るスズメバチを囲い、圧縮し、羽ばたきで生じる摩擦熱でもって焼死させる事が出来ます。
望月先輩という女王蜂のHVDO能力で操られた彼女達、憐れで美しい働き蜂は、一切の躊躇が無い猛突進を繰り出し、抵抗も出来ずに突き倒され、あっという間に前後不覚の暗黒へと自分は叩き落されました。胸やら尻やら腹やら顔やら、とにかく女子の柔らかい部分で囲われたその空間の中で、自分は足掻きにもがきどうにか脱出したのです。「100人の女子」という字面にしてたかだかこれくらいの、現実における圧倒的迫力に、まともな思考など到底出来るはずがなく、本来であれば絶対に、これは名誉にかけても絶対に助けなど求めないはずの人物の無事を、あろう事か自分は祈ってしまったのです。
「春木氏! 無事ですか!?」
春木氏は返事を自らの声でせず、しかしこれ以上わかりやすい方法は無いであろう答えを返してきました。つまりそれは、春木氏の毒牙が発動した事を知らせる、女子の喘ぎ声でした。
あひぁ! というくりちゃんともハル先輩ともまたちょっと違った、名前も知らない女子のはしたない声を聞いて、自分はそちらを向きます。
天守閣の真下に位置するこの部屋は、大きさにして教室2つ分ほど。そこに100人の女子が詰め込まれ、その中心に自分と春木氏は放り込まれているのです。上へと続く階段は遥か遠く20メートルは先で、自分は女子を陵辱する事はあっても殴るような真似はしない紳士ですから、やはり方法は1つしかないようです。
「僕の事を心配する前に、君は君の仕事をやってもらえると助かるんだけどね」
女子の波から自分と同じように顔だけ出して流暢に春木氏は続けます。
「もう気づいているかもしれなけど、この人達にHVDO能力は通じないよ。この城の中は完全に望月ソフィアの支配下で、僕たちはあくまでも三枝さんの能力で割り込んできたイレギュラー。僕のHVDO能力はほとんど対象を取る必要があるからね、今回はあまり役に立てないかもしれないなあ」
自分は慌てて今触れている人物を見て確認しました。触れているというのに「黄命」が発動しない。試していはいませんがきっと、第2能力W.C.ロックもこの城の中では使えないと思われ、唯一有効なのは、第3能力のブラダーサイトだけでした。
「でも逆に言えば、この人達に直接的に影響を与えないHVDO能力なら使えるという事になる」
台詞の直後、今度は春木氏がいる方向とはまったく逆の方向から、「ひあぁ!」という声があがりました。本来は揉む側の肉塊に逆に揉まれながらも首を曲げると、人波から這いあがり、また飲み込まれていった1人の少女がちらりと見え、自分はその姿に見覚えがありました。
「くりちゃん!?」
と反射的に叫びましたが、この状況、そして直前の言葉から察するに、それは例の春木氏の召喚能力、自分が偽くりちゃんと呼ぶ、どんな命令にも従順な「理想の幼女」のようでした。
「単純に、ノルマは1人あたり33人だ。さあ、とっととやってしまおうか」
心底楽しそうにそう言って、再びダイブする春木氏。偽くりちゃんの方も本格的にコトを始めたと見え、瞬く間に周囲は阿鼻叫喚、いえ阿鼻「嬌」喚の渦に飲み込まれていきました。
そして自分は気づいたのです。
遥か下、肉眼での確認は出来ませんが、制服のズボンの突っ張り具合といい、そこにあたる誰かのふとももの反発具合といい、確実かつ必然的に、自分のおにんにんはおっきおっきしてしまっている。現実逃避に柔らかい言い方を選びましたが、この様子だと爆発までは秒読み段階、というかむしろ射精してしまいそうだ、という驚愕ですが当然の事実。
あまりに異様な状況に飲み込まれて、うっかり自分は忘れていました。いくら高品質のハーレムもどきだろうが、どんな事でもし放題だろうが、勃起してしまったらそこで終わりなのです。この城自体は紛れも無く望月先輩のHVDO能力であり、この「女が密集した空間」で興奮してしまったなら、それは自分の敗北になります。
慌てて落ち着こうとしましたが、まともに身動きさえ取れない、目を開ければ卑猥な物や、かわいい顔やらが飛び込んできて、かといって目を瞑ったら瞑ったで今度は女子女子した物凄い思春期の良い匂いが強調される。鼻をつまんだところで全身をくまなく包むやわらかプリズンが強烈に本能を刺激し、まさしく八方塞がり。こんなもん勃起しない方がおかしいという地獄だか天国だか判断に困る状況においては、今更瞑想などまるで無駄です。
とはいえ、春木氏はきちんとヒントを掲示してくれました。といっても、これしか今打てる手は無いので、当然選択肢なども最初から限られているのですが、自分は懐から先ほどもらったばかりの尿の入った瓶を取り出し、ラベルも確認せずに一気に飲み干しました。
出来る事なら、3本とも自宅に持ち帰って、ゆっくりじっくり時間のある時におもらし妄想のお供に一献傾けたかったのですが、こうなれば止むを得ません。ようはこの「望月先輩に支配された人達」を対象に能力を発動しなければ良い訳ですから、この能力だけは今も自分は使えるはずなのです。
第4能力ピーフェクトタイム。
持ち時間は5分。問題は、この間にノルマ33人を絶頂に導けるかどうかという事です。
自分など、所詮はチェリーボーイの、人より捻れた性癖を持っただけの小童が、何を生意気に、と思われてしまえば非常に恐縮なのですが、それでももし耳を傾けてもらえるならば、あくまで自分はこのように思う、という保険をつけて、こう言いたいのです。
愛撫とは即ち、対話である、と。
究極的な事を言えば、性行為に言葉は必要ないはずなのです。罵倒だとかおねだりだとか、その辺のプレイを除けば、男女であり、合意があれば、例え異国の人とでもセックスは出来るはずで、器官が一致してれば異星人ともいけるはずなのです。
そしてこれはセックスのみならず、愛撫にも言える事だと自分は考えています。普段、コミュニケーションといえば、基本的には音や字や絵を介して行われる物ですが、夜伽においてはそれらの要素が占める批准は比較して低くなり、その代わりにキャパシティを埋めるのがつまり、接触、いわゆる愛撫であるという訳です。
然らば、人と人、男と女、あるいは異種同性の場合でも、相手の体に触れる、体温を伝え、反応を感じる。このルーチンを凄まじく細かい時間内で繰り返す事により、最初のインプット、つまり「触れる」という行為を変化させていき、アウトプットである「反応」を見極め、肉体の内部にある気流を感じ取り、再び「触れる」を変化させる。
これは理論というよりもむしろ経験によって培われた反射の勝負であると思われます。あくまで指の技ではありますが、バイオリニストが体の開き方を微妙に調整して音の響きに変化をつけていくのと同じように、全身を使わなければならない行為なのです。
この1ヶ月、自分がしてきた百合のお手入れは、つまり無駄ではありませんでした。
まずは1人目、ショートボブでやや垂れ目気味な、長いまつげが印象的な女子。選んだ理由はたまたま真正面にいただけですが、胸の大きさも申し分なく、別の出会い方をしていれば、と思うに足る美しさでした。
自分は後悔と自責の念を深呼吸して一気に振り払うと、左手を腰に回し、ほかの人と重なった身体の輪郭をはっきりとさせ、吐息がかるくらいに顔を密着させて、瞳に映る光を捉えました。やはり望月先輩が操っているというのは間違いないらしく、眠っているように虚ろな、つまり普通の状態ではなかったのですが、かといって全く反応が無い訳ではなく、右手を股間に忍ばせると、僅かに潤み、光が広がりました。
愛撫を対話と表現したのは、そのコツが普段何気なくする「会話」と同じであるという意味です。自分が話したい事だけを捲くし立てても、相手が付いてこなければ意味がなく、それは自己満足という物ですし、かといってこちらからアクションを起こさずに日和っていては、会話に弾みがつきません。重要なのは、相手が必要とする物を瞬時に察知し、それを的確に与えるという事であり、この部分が自分の考える愛撫の極意と完全に一致します。
生えそろった陰毛をかきわけて、恥丘の山なり部分に指を這わせると、漏らすような吐息を短く出したのを確認しました。本来であれば、ここはもう少し焦らしも混ぜつつ、ぷにぷにの感触も楽しみつつ核心に迫っていくのが定石ですが、今は時間が無さすぎますし、また、この女子達は、どうも自分達が来るまでお互いに慰めあっていたと見え、多少いきなり強めの刺激を与えても抵抗は無いように感ぜられましたので、そうしました。
形、質感、部位ごとの感度は違えど、機能はほとんどハル先輩の百合と同じであり、望月先輩の能力が原因で鍛えられた指が、今望月先輩を追い詰めるのに役に立っているというのには、何とも言えない因果を感じました。
中指の第1間接までを侵入させ、自分はこれでも紳士ですから、万が一にも処女膜を破ってしまわぬように気をつけて(ハル先輩のを毎日弄るようになってから、念入りに爪の処理をしておいたのがここにきて功を奏しました)いたのですが、やはり、少し前に女子同士で何かしていたという自分の読みは正しかったらしく、既に入り口はぬるぬると、受け入れ態勢万端の状態だったので、思わず一気に根元まで行ってしまいそうで危うく、親指を支えにして耐えました。
そのままの位置がずばり、クリトリスを、包皮の上からつつく形になり、一際大きく反応されたのが目を瞑ってても明白だったので、これは好機と膣内のほんの入り口まで侵入した指の小刻みなピストン運動を開始し、同時に親指で圧迫しつつも突起部分を弄り、いよいよ抑えきれない喘ぎ声が流れ始めました。
それにしたって時間が足りません。ピーフェクトタイムの有効時間5分間の間でノルマ33人を達成するには、単純計算で9秒で1人イかせなければならないのです。無論、ピーフェクトタイムが切れれば、こんな状況、性癖どうのこうのなど関係なく勃起するしかありませんし、2本目、3本目の尿投入が予想されますが、そうやすやすと秘宝を手放すのは実に忍びなく、身を切られるような気分になります。
こうなれば、形振りなど構っていられません。自分の才能と、これまでやってきた事を信じ、前に前に突き進むしかないのです。
1人目の女子が絶頂に達し、へたりこむと同時、自分はあいた空間に身体を押し込めて、姿勢を低くし、腕を伸ばして場にあるコインを総取りするが如く女達の腰を引き寄せました。集団も体勢を崩して自分の動きに倣い、戦闘風景はいよいよ酒池肉林の境地へと達しました。
左手で誰かの性器を探し、右手で誰かの陰核を弾き、左足で誰かの乳房を揉み、唇と舌で愛液をすする。まさしく八面六臂の淫術無双。投石覚悟の大犯罪を、自分は無我夢中でやり続けます。
女子の中には同クラス、あるいは同学年で何度か顔を見かけた事のある者もおり、こんな事をしてしまって、明日学校で顔を合わせるのは恐ろしいような恥ずかしいような、望月先輩の支配下にある時の記憶が曖昧である事を切に願いつつ、作業速度を加速させていきました。
女の海を掻き分けて、快楽をばら撒きつつ前に進む大航海。HVDO能力を得てからというもの、自分はそれまでの人生では考えられないほど酷い目にもエロい目にも会わされて来ましたが、まず間違いなく、この時点で最高レベルの試練を前にして、精一杯に死力を尽くしました。体裁など気にする余裕はなく、ただ目の前のおまんこをいかに効率的に裁くかに集中した結果、驚くべき結果が出ました。
ヘヴィヘヴィヘヴィペッティング、終了。
気づくと自分の周りには、全身の力が抜けて横たわった女子達の山が出来上がっていました。
両腕はほとんど麻痺し、肩があがらなくなっていましたが、どうにか自分はやり遂げたのです。
「僕が36人と彼女が31人こなしたから、君はちょうどノルマ分の33人を処理した事になるね。お疲れ様」
と、満身創痍の自分に向けて、余裕綽々の春木氏と偽くりちゃん。この人物の万能さというか、三枝生徒会長にも通じる無敵さは一体何なのだと理不尽に思いつつも、自分は答えます。
「相手が高校生なのによくやれましたね。生粋のロリコンの癖に」
春木氏は嬉しそうに笑って、目を細めて答えます。
「だから勃起せずにやれたんじゃないか。相手が全員小学生だったら流石の僕でも負けてたよ」
イラつきつつも、半分納得。何よりまず嘘ではありません。
「驚いたのはむしろ五十妻君の方だよ。空の瓶が1つしか無いって事は、例の能力は1回しか使わなかったみたいじゃないか。気づいていないようだけど、既に10分経ってるよ」
思わず自分は股間を握り締めました。春木氏の発言が本当ならば、とっくにピーフェクトタイムの効果時間は切れていた事になり、それでも勃起せずに済んだのは、自分がいかに真剣だったかです。相手を絶頂に導く事を究極的に考えた時、そこに個は無くなり、明鏡止水の気持ちで行為を行える。自分はまた1歩、真の変態に近づいたような気がしました。
「春木氏、行きましょうか。望月先輩を倒しに」
恨みも怒りもありませんし、むしろ感謝したいくらいでしたが、けじめはつけなければなりません。既に報酬も受け取っていますし、ついでにくりちゃんの事もあります。自分の言葉に対し、春木氏は少し意外そうな、しかし楽しそうな顔をして、「良い表情をするじゃないか」と言いました。
五十妻ハーレム計画については以前も少し述べさせてもらいましたが、よりどりみどりの女性を手元におき、好きな時におしっこを漏らさせる尿サーバーとしての役割を担わせ、そして気分次第でコトを致してしまうというのは実に望ましき状況であり、下種だ低俗だと罵られようが、「それならお前はハーレムを欲しくないのか!?」と逆ギレして、夢に向かって驀進する意気込みさえ自分にはあり、ある意味1つの終着地点、ハーレムとは人生の究極であると日々思っているのです。
そんなハーレムに必要な物は、まず自分好みの美少女たちを出来る限り沢山と、そしてその世界における絶対的権力です。今、この状況においては、前者は圧倒的に揃っているのですが、後者が絶望的にありませんでした。喩えるなら、元は女子高の学校が今年から共学になって、入学した男子が1人、他は全員女子という状況に近く、羨ましくは思われがちですが、ハーレムとはちょっと違うのです。
「ぷはぁ!」
肉布団の中からかろうじて顔を出した自分は、周りを見渡し、状況の把握に努めました。ほんの数秒前、津波のように押し寄せてきた清陽高校茶道部の面々は、容姿のレベルが非常に高く、その極度に露出されて性的欲求を煽る服装、即ちノーパンノーブラの着衣はミニスカート単騎というビッチスタイルでなくても、こちらから是非にとお願いしたい粒ぞろいの集団だったのですが、いかんせん数が多すぎて、また、目的も明確に「進路の妨害」でした。
ミツバチの狩りの様子を見た事がある人は、それを想像していただければ、今の自分の状況が分かりやすいと思うのです。体は他の蜂より遥かに小さなミツバチでも、群れが一丸となって襲いかかれば、自身のサイズを大きく上回るスズメバチを囲い、圧縮し、羽ばたきで生じる摩擦熱でもって焼死させる事が出来ます。
望月先輩という女王蜂のHVDO能力で操られた彼女達、憐れで美しい働き蜂は、一切の躊躇が無い猛突進を繰り出し、抵抗も出来ずに突き倒され、あっという間に前後不覚の暗黒へと自分は叩き落されました。胸やら尻やら腹やら顔やら、とにかく女子の柔らかい部分で囲われたその空間の中で、自分は足掻きにもがきどうにか脱出したのです。「100人の女子」という字面にしてたかだかこれくらいの、現実における圧倒的迫力に、まともな思考など到底出来るはずがなく、本来であれば絶対に、これは名誉にかけても絶対に助けなど求めないはずの人物の無事を、あろう事か自分は祈ってしまったのです。
「春木氏! 無事ですか!?」
春木氏は返事を自らの声でせず、しかしこれ以上わかりやすい方法は無いであろう答えを返してきました。つまりそれは、春木氏の毒牙が発動した事を知らせる、女子の喘ぎ声でした。
あひぁ! というくりちゃんともハル先輩ともまたちょっと違った、名前も知らない女子のはしたない声を聞いて、自分はそちらを向きます。
天守閣の真下に位置するこの部屋は、大きさにして教室2つ分ほど。そこに100人の女子が詰め込まれ、その中心に自分と春木氏は放り込まれているのです。上へと続く階段は遥か遠く20メートルは先で、自分は女子を陵辱する事はあっても殴るような真似はしない紳士ですから、やはり方法は1つしかないようです。
「僕の事を心配する前に、君は君の仕事をやってもらえると助かるんだけどね」
女子の波から自分と同じように顔だけ出して流暢に春木氏は続けます。
「もう気づいているかもしれなけど、この人達にHVDO能力は通じないよ。この城の中は完全に望月ソフィアの支配下で、僕たちはあくまでも三枝さんの能力で割り込んできたイレギュラー。僕のHVDO能力はほとんど対象を取る必要があるからね、今回はあまり役に立てないかもしれないなあ」
自分は慌てて今触れている人物を見て確認しました。触れているというのに「黄命」が発動しない。試していはいませんがきっと、第2能力W.C.ロックもこの城の中では使えないと思われ、唯一有効なのは、第3能力のブラダーサイトだけでした。
「でも逆に言えば、この人達に直接的に影響を与えないHVDO能力なら使えるという事になる」
台詞の直後、今度は春木氏がいる方向とはまったく逆の方向から、「ひあぁ!」という声があがりました。本来は揉む側の肉塊に逆に揉まれながらも首を曲げると、人波から這いあがり、また飲み込まれていった1人の少女がちらりと見え、自分はその姿に見覚えがありました。
「くりちゃん!?」
と反射的に叫びましたが、この状況、そして直前の言葉から察するに、それは例の春木氏の召喚能力、自分が偽くりちゃんと呼ぶ、どんな命令にも従順な「理想の幼女」のようでした。
「単純に、ノルマは1人あたり33人だ。さあ、とっととやってしまおうか」
心底楽しそうにそう言って、再びダイブする春木氏。偽くりちゃんの方も本格的にコトを始めたと見え、瞬く間に周囲は阿鼻叫喚、いえ阿鼻「嬌」喚の渦に飲み込まれていきました。
そして自分は気づいたのです。
遥か下、肉眼での確認は出来ませんが、制服のズボンの突っ張り具合といい、そこにあたる誰かのふとももの反発具合といい、確実かつ必然的に、自分のおにんにんはおっきおっきしてしまっている。現実逃避に柔らかい言い方を選びましたが、この様子だと爆発までは秒読み段階、というかむしろ射精してしまいそうだ、という驚愕ですが当然の事実。
あまりに異様な状況に飲み込まれて、うっかり自分は忘れていました。いくら高品質のハーレムもどきだろうが、どんな事でもし放題だろうが、勃起してしまったらそこで終わりなのです。この城自体は紛れも無く望月先輩のHVDO能力であり、この「女が密集した空間」で興奮してしまったなら、それは自分の敗北になります。
慌てて落ち着こうとしましたが、まともに身動きさえ取れない、目を開ければ卑猥な物や、かわいい顔やらが飛び込んできて、かといって目を瞑ったら瞑ったで今度は女子女子した物凄い思春期の良い匂いが強調される。鼻をつまんだところで全身をくまなく包むやわらかプリズンが強烈に本能を刺激し、まさしく八方塞がり。こんなもん勃起しない方がおかしいという地獄だか天国だか判断に困る状況においては、今更瞑想などまるで無駄です。
とはいえ、春木氏はきちんとヒントを掲示してくれました。といっても、これしか今打てる手は無いので、当然選択肢なども最初から限られているのですが、自分は懐から先ほどもらったばかりの尿の入った瓶を取り出し、ラベルも確認せずに一気に飲み干しました。
出来る事なら、3本とも自宅に持ち帰って、ゆっくりじっくり時間のある時におもらし妄想のお供に一献傾けたかったのですが、こうなれば止むを得ません。ようはこの「望月先輩に支配された人達」を対象に能力を発動しなければ良い訳ですから、この能力だけは今も自分は使えるはずなのです。
第4能力ピーフェクトタイム。
持ち時間は5分。問題は、この間にノルマ33人を絶頂に導けるかどうかという事です。
自分など、所詮はチェリーボーイの、人より捻れた性癖を持っただけの小童が、何を生意気に、と思われてしまえば非常に恐縮なのですが、それでももし耳を傾けてもらえるならば、あくまで自分はこのように思う、という保険をつけて、こう言いたいのです。
愛撫とは即ち、対話である、と。
究極的な事を言えば、性行為に言葉は必要ないはずなのです。罵倒だとかおねだりだとか、その辺のプレイを除けば、男女であり、合意があれば、例え異国の人とでもセックスは出来るはずで、器官が一致してれば異星人ともいけるはずなのです。
そしてこれはセックスのみならず、愛撫にも言える事だと自分は考えています。普段、コミュニケーションといえば、基本的には音や字や絵を介して行われる物ですが、夜伽においてはそれらの要素が占める批准は比較して低くなり、その代わりにキャパシティを埋めるのがつまり、接触、いわゆる愛撫であるという訳です。
然らば、人と人、男と女、あるいは異種同性の場合でも、相手の体に触れる、体温を伝え、反応を感じる。このルーチンを凄まじく細かい時間内で繰り返す事により、最初のインプット、つまり「触れる」という行為を変化させていき、アウトプットである「反応」を見極め、肉体の内部にある気流を感じ取り、再び「触れる」を変化させる。
これは理論というよりもむしろ経験によって培われた反射の勝負であると思われます。あくまで指の技ではありますが、バイオリニストが体の開き方を微妙に調整して音の響きに変化をつけていくのと同じように、全身を使わなければならない行為なのです。
この1ヶ月、自分がしてきた百合のお手入れは、つまり無駄ではありませんでした。
まずは1人目、ショートボブでやや垂れ目気味な、長いまつげが印象的な女子。選んだ理由はたまたま真正面にいただけですが、胸の大きさも申し分なく、別の出会い方をしていれば、と思うに足る美しさでした。
自分は後悔と自責の念を深呼吸して一気に振り払うと、左手を腰に回し、ほかの人と重なった身体の輪郭をはっきりとさせ、吐息がかるくらいに顔を密着させて、瞳に映る光を捉えました。やはり望月先輩が操っているというのは間違いないらしく、眠っているように虚ろな、つまり普通の状態ではなかったのですが、かといって全く反応が無い訳ではなく、右手を股間に忍ばせると、僅かに潤み、光が広がりました。
愛撫を対話と表現したのは、そのコツが普段何気なくする「会話」と同じであるという意味です。自分が話したい事だけを捲くし立てても、相手が付いてこなければ意味がなく、それは自己満足という物ですし、かといってこちらからアクションを起こさずに日和っていては、会話に弾みがつきません。重要なのは、相手が必要とする物を瞬時に察知し、それを的確に与えるという事であり、この部分が自分の考える愛撫の極意と完全に一致します。
生えそろった陰毛をかきわけて、恥丘の山なり部分に指を這わせると、漏らすような吐息を短く出したのを確認しました。本来であれば、ここはもう少し焦らしも混ぜつつ、ぷにぷにの感触も楽しみつつ核心に迫っていくのが定石ですが、今は時間が無さすぎますし、また、この女子達は、どうも自分達が来るまでお互いに慰めあっていたと見え、多少いきなり強めの刺激を与えても抵抗は無いように感ぜられましたので、そうしました。
形、質感、部位ごとの感度は違えど、機能はほとんどハル先輩の百合と同じであり、望月先輩の能力が原因で鍛えられた指が、今望月先輩を追い詰めるのに役に立っているというのには、何とも言えない因果を感じました。
中指の第1間接までを侵入させ、自分はこれでも紳士ですから、万が一にも処女膜を破ってしまわぬように気をつけて(ハル先輩のを毎日弄るようになってから、念入りに爪の処理をしておいたのがここにきて功を奏しました)いたのですが、やはり、少し前に女子同士で何かしていたという自分の読みは正しかったらしく、既に入り口はぬるぬると、受け入れ態勢万端の状態だったので、思わず一気に根元まで行ってしまいそうで危うく、親指を支えにして耐えました。
そのままの位置がずばり、クリトリスを、包皮の上からつつく形になり、一際大きく反応されたのが目を瞑ってても明白だったので、これは好機と膣内のほんの入り口まで侵入した指の小刻みなピストン運動を開始し、同時に親指で圧迫しつつも突起部分を弄り、いよいよ抑えきれない喘ぎ声が流れ始めました。
それにしたって時間が足りません。ピーフェクトタイムの有効時間5分間の間でノルマ33人を達成するには、単純計算で9秒で1人イかせなければならないのです。無論、ピーフェクトタイムが切れれば、こんな状況、性癖どうのこうのなど関係なく勃起するしかありませんし、2本目、3本目の尿投入が予想されますが、そうやすやすと秘宝を手放すのは実に忍びなく、身を切られるような気分になります。
こうなれば、形振りなど構っていられません。自分の才能と、これまでやってきた事を信じ、前に前に突き進むしかないのです。
1人目の女子が絶頂に達し、へたりこむと同時、自分はあいた空間に身体を押し込めて、姿勢を低くし、腕を伸ばして場にあるコインを総取りするが如く女達の腰を引き寄せました。集団も体勢を崩して自分の動きに倣い、戦闘風景はいよいよ酒池肉林の境地へと達しました。
左手で誰かの性器を探し、右手で誰かの陰核を弾き、左足で誰かの乳房を揉み、唇と舌で愛液をすする。まさしく八面六臂の淫術無双。投石覚悟の大犯罪を、自分は無我夢中でやり続けます。
女子の中には同クラス、あるいは同学年で何度か顔を見かけた事のある者もおり、こんな事をしてしまって、明日学校で顔を合わせるのは恐ろしいような恥ずかしいような、望月先輩の支配下にある時の記憶が曖昧である事を切に願いつつ、作業速度を加速させていきました。
女の海を掻き分けて、快楽をばら撒きつつ前に進む大航海。HVDO能力を得てからというもの、自分はそれまでの人生では考えられないほど酷い目にもエロい目にも会わされて来ましたが、まず間違いなく、この時点で最高レベルの試練を前にして、精一杯に死力を尽くしました。体裁など気にする余裕はなく、ただ目の前のおまんこをいかに効率的に裁くかに集中した結果、驚くべき結果が出ました。
ヘヴィヘヴィヘヴィペッティング、終了。
気づくと自分の周りには、全身の力が抜けて横たわった女子達の山が出来上がっていました。
両腕はほとんど麻痺し、肩があがらなくなっていましたが、どうにか自分はやり遂げたのです。
「僕が36人と彼女が31人こなしたから、君はちょうどノルマ分の33人を処理した事になるね。お疲れ様」
と、満身創痍の自分に向けて、余裕綽々の春木氏と偽くりちゃん。この人物の万能さというか、三枝生徒会長にも通じる無敵さは一体何なのだと理不尽に思いつつも、自分は答えます。
「相手が高校生なのによくやれましたね。生粋のロリコンの癖に」
春木氏は嬉しそうに笑って、目を細めて答えます。
「だから勃起せずにやれたんじゃないか。相手が全員小学生だったら流石の僕でも負けてたよ」
イラつきつつも、半分納得。何よりまず嘘ではありません。
「驚いたのはむしろ五十妻君の方だよ。空の瓶が1つしか無いって事は、例の能力は1回しか使わなかったみたいじゃないか。気づいていないようだけど、既に10分経ってるよ」
思わず自分は股間を握り締めました。春木氏の発言が本当ならば、とっくにピーフェクトタイムの効果時間は切れていた事になり、それでも勃起せずに済んだのは、自分がいかに真剣だったかです。相手を絶頂に導く事を究極的に考えた時、そこに個は無くなり、明鏡止水の気持ちで行為を行える。自分はまた1歩、真の変態に近づいたような気がしました。
「春木氏、行きましょうか。望月先輩を倒しに」
恨みも怒りもありませんし、むしろ感謝したいくらいでしたが、けじめはつけなければなりません。既に報酬も受け取っていますし、ついでにくりちゃんの事もあります。自分の言葉に対し、春木氏は少し意外そうな、しかし楽しそうな顔をして、「良い表情をするじゃないか」と言いました。
「望月ソフィアに挑む前に、2つか3つ質問していいかな?」
階段の1歩目を踏んだ瞬間、春木氏が言いました。その後ろに自分が続き、しんがりを春木氏の召喚した偽くりちゃんが勤める隊列。相談もなく決まりましたが、別に不満はありません。
「今更何ですか?」
と、自分。春木氏は肩をすくめて「そう邪険に扱わないでくれよ」とかわします。
「五十妻君は望月ソフィアについてどれだけ知っているんだい?」
質問は漠然としていましたが、それに返せる答えは明確でした。
「茶道部の部長で絶対権力者。百合のHVDO能力者で、凄まじい美人という事くらいですね」
「確かに正しいけど、重要な事が1つ抜けてるね」
「……何ですか? もったいぶらずに言って下さい。時間が無いと三枝生徒会長が言っていましたよ」
「それもそうだね。なら単刀直入に、望月ソフィアはHVDOの幹部だ」
可能性については、自分も考えていました。樫原先輩を筆頭とした3人組を顎で使い、そして100人の女子を従えるという派手な行為に及ぶ大胆さを持ちつつ、少なくともハル先輩に百合が咲いてからの1年間はただの1度も敗北をしていないというのですから、もちろん実力もあるでしょうが、何らかの多大な力が働いているのではないだろうか、という懸念。HVDOという組織に「幹部」といった役職があると知れば、そこに望月先輩が収まるのはむしろ当然の事のように思えました。
「HVDOの幹部は、僕が知る限りでは3人いる。1人は君も会った事がある腐女子のHVDO能力者トム。もう1人はとある場所で闘技場の管理をしている男。そして最後の1人が、望月ソフィアという訳だ」
闘技場、とやらも気になりましたが、尋ねさせてもらえず、春木氏は続けて自分の興味を強制的にひき出します。
「ところで、入城を許可された1人の人間というのは誰だと思う?」
自分は先ほどの三枝生徒会長とのやりとりを思い出しました。これを言われた時、自分は恥ずかしながら、それが自分の事であると、自意識過剰も甚だしい勘違いをしてしまいましたが、肝心のでは一体誰なのか、という問題については触れられませんでした。
「……知っているんですか?」
「少なくとも、君よりはね」
人の神経を逆撫でする事に定評のある春木氏。自分は別に知りたくも無いといった振りを見せて、先に進もうとしました。
「あくまでも僕の予想だけど……それはきっと、HVDOのボス、崇拝者と呼ばれている人物だろうね」
「ボス? ……根拠と証拠はあるんですか?」
「あるけど、教えられない。というより、少し考えてみれば分かる事なんじゃないかな?」
このまま話を続けるとストレスで禿げそうだと判断した自分は、無視する事にしました。
いよいよ辿り着いた敵の本拠地、天守閣。内装は、下の階や外見と同様に木造の純和風で、まさしく殿様の首を取りにここまで追いかけて来た侍の気分になりましたが、室内の中心部分に、窓から僅かに射す月明かりに照らされてかろうじて確認出来る、時代劇をするにはあまりにも不釣合いな物が確認出来ました。
まず目に入ったのは、2人の人影。1人は立っていますが、もう1人は椅子に座らせているようで、しかもそれはただの椅子ではなく、いわゆる「拘束椅子」と呼ばれる器具のようでした。そしてそのニトリでもイケアでも買えないタイプの椅子に座らされていたのが、「大股開き」という女子にとっては土下座の次に屈辱的なポーズを取らされ、バンザイした両手を椅子の背もたれに固定され、一切身動きが取れない、煮るなり焼くなり犯すなりどうぞという状態で、当然のように全裸のくりちゃんでした。
「なんでこうなるんだ……ちくしょう……」
それは普段自分に対してするような「キレ」というよりは、すすり泣きながら自らの運命を呪う本域の怒りでした。くりちゃんは放っておいてもこんな状態になってしまうのですから、これまでの事も全て、「自分がくりちゃんに酷い事をしてきた」というよりは、「くりちゃんが自分に酷い目に会わされに来ていた」と表現する方が今になっては正しく思え、百合城から無事に脱出した暁には、差額分だけ更なる陵辱を加える事に自分は決めました。
それにはまず、目の前の障害を取り除かなければなりません。
素晴らしく悲惨な有様のくりちゃんの前に立っていた、もう1人の人影は、やはり望月先輩でした。
普段、学校で見る凛々しい横顔はそのままでしたが、Yシャツ姿に下は双頭ディルド1丁というやる気満々の姿は、卑猥というよりはむしろ神々しく、慄然とした存在感をもってくりちゃんを無言で見つめていました。
「やあ、望月さん。久しぶりだね」
今は春木氏の空気の読まなさ加減が救いではありました。なんと声をかけていいやら迷う自分を差し置いて、軽々しくかけるこの言葉。それに反応した望月先輩はこちらに振り向き、一瞬驚いたような表情を見せたかと思うと、すぐにまたいつもの戒律じみた表情を取り戻していました。
「君達を呼んだ覚えは無いんだがな」
先制の1発。春木氏はそれを軽くいなします。
「面白そうな事をやっているみたいだから、勝手に来させてもらったよ」
言いつつも、無防備に近づいていく春木氏の後を、自分は追い、後ろにずっと無言の偽くりちゃんがついてきます。くやしいですが、この変態2人の間に割りこんでイニシアチブを取りに行く勇気を自分は持ち合わせておりません。しかしこの人物は別でした。
「み、見るなぁーーーっ!」
叫びつつ、暴れるくりちゃん。これが拘束椅子の面白い所で、座らされた人間が無理に動こうとすると、必然的に腰が浮く形になり、腰が浮けば当然股間が強調され、丸出しになった性器はふりふりと、まるで男を誘うように動くのです。そんな簡単な事にも気づかないくりちゃんは暴れに暴れて、自分と春木氏に確実にダメージを与えてきました。
「くりちゃん、お願いなんだけど、しばらく黙っていてくれないかな?」
幼稚園児に語りかける保父さんの姿を春木氏の後ろ姿に見ました。こんな言い方では、逆上して更にうるさくなるだろう、という自分の予想は簡単に外れ、暴れれば暴れるほど恥ずかしい事になるとようやく気づいたのか、それとも春木氏に懐いたのかは分かりませんが、くりちゃんは目に大きな貯水池を作りながら、食いしばるように沈黙しました。
「さっきの衝撃は君達だったか」望月先輩は、喜怒哀楽の両端を取り除いた表情を見せて、「崇拝者がここに直接来たら私に負けるという事か、それとも君達だけで十分に私は再起不能にさせられるというのか……判断に困る所だな」
「そういえば、望月さんは崇拝者の能力を知っているんだったね。僕に教えてくれないか?」
「そんな事をして私に何の得がある」
「今、見逃してあげようじゃないか」
望月先輩は迷いの無い嘲笑を浮かべ、
「論外だな。第一、私はお前が大嫌いだ」
「それは残念だね。僕は洋ロリも全然いける口なんだけど」
自分、くりちゃん、偽くりちゃん(この人は含まれるか微妙ですが)を完全に置き去りにしたトークは進み、ますます自分は口を開くタイミングを失っていきました。先ほどからちょくちょく会話に出てきている「崇拝者」とやらも、HVDOのボスらしいという情報以外は全く無いので、雰囲気はよろしくないという事くらいしか察する事が出来ませんでした。
距離が縮まるにつれ、望月先輩とくりちゃんを取り囲む「壁」の存在に自分は気づきました。半透明のそれは、光の加減によっては完全に見えなくなりましたが、確かにそこにあるようで、直径5mほどの円を描いているようでした。
「まあ、いいだろう。崇拝者が来ないというのなら、私は木下の処女を散らすだけだ」
達観したような口調で言った望月先輩は、股間についた女子には本来与えられない物ををくりちゃんの秘所へとあてがいました。目を凝らして見ると、それは黒くテカり、いぼいぼ、というよりとげとげのついた、野球のバットとしても使えない事は無いくらいの大きさの、禍々しいアーティファクトでした。こんな物に貫かれてしまったら、どんなに濡れていても激痛に見まわれる事は間違いなく、ましてや処女、身体の小さめなくりちゃんには、おそらく拷問のような体験になるはずです。
「無理無理無理! 無理だってそんなの!!!」
再び暴れ始めたくりちゃん。今度は見た目など気にしている余裕はないらしく、前から見えるお尻の肉をぷるんぷるんさせながら、腰を浮かして鬼の金棒から逃げようと抗います。
「助けろお前ら! 何にやにや見てんだふざけんなーーー!!」
にやにや見ていたつもりは無かったのですが、そのあまりにも無様な様子に、笑顔が零れていなかったかといえばそれは嘘になります。
「やめてくれ……頼むから、もうあたしに酷い事するのはやめてくれ……!」
心の叫びも望月先輩の耳には届かなかったらしく、いよいよ標準が定まり、後は思いっきり腰を前に突き出すだけで、くりちゃんが女になるのを通り越してガバマンになる所まできました。
やれやれ。
「ちょっと待ってください」
せっかくここまで来たのですから、というのがあります。別にくりちゃんを助けてあげたいとか、そういったヒロイズムでは無いのですが、将来的に奴隷にするにあたって、ゆるゆるのまんこは個人的に嫌なので、仕方ないので助けてやろうという仏心が、自分の中に生まれました。
「望月先輩、勝負しましょう。逃げますか? あなたは樫原先輩に逃げるなと指示したのですから、あなたがここで逃げる事は許されるはずがありませんよね?」
挑発を多分に含んだ自分の台詞に、望月先輩はこう反応しました。
「勝負したければ、勝手にすればいい。下にいた部員を見てきたのなら分かると思うが、見ての通り、木下は私の支配下に置いていない。つまりお前の能力が有効だという事だ」
敵に言われて気づくのも間抜けな話ですが、確かに、どうやらくりちゃんは望月先輩に支配されていないようです。
「仰る通りですね」
自分はこの階に来てから初めて春木氏より前に出て、望月先輩へと近づきました。そして例の半透明の壁は、ガラスやプラスチックなどとは違い、「見えてはいるが無い物」、つまり頭上に浮かぶ勃起率表示などに近い存在感でした。
自分の指が、壁に触れる刹那、後ろから声がしました。
「僕ならその壁には触らない」
自分は手を止め、後ろを振り向きました。
「五十妻君らしくないな。くりちゃんの事だからって、冷静さを失いすぎだよ。これはどう見ても罠さ」
指摘されてから初めて、自分の表情がいつもよりも険しくなっている事に気づきました。内心では冷静沈着な鬼畜を装いつつも、自分でも認識できない心の底の怒りに、春木氏にはとっくに気づいていたのです。
かといって、それを収める術も、ここで引き下がるつもりもありませんでした。自分は懐から尿の瓶を取り出し、「柚乃原」とラベルの貼られた方を選びました。ラベルの貼っていない方は、三枝生徒会長の絞りたてですから、一応取っておきます。
そして尿を一気に飲み干し、呼吸を落ち着かせました。
「こうしておけば大丈夫のはずです」
しかし春木氏は全てを知ってるような笑顔のままで、「僕ならそれでも触れないけどね」と言いました。
こういう場合、忠告を無視した人物が大変な目にあうのはいわゆる「お約束」というものですが、しかし円が完全に望月先輩とくりちゃんを取り囲んでいる以上、「黄命」を発動するには近づくしかありません。とりあえず、ピーフェクトタイムの発動によって、接触、即勃起、死。という最悪のパターンはありえません。
「くりちゃん、助けて欲しいですか?」
と、自分が尋ねると、くりちゃんは「当たり前だ!」と睨んできました。
「自分も危険だとは思います。これは確実に罠ですし、正直、ビビっています。何か御褒美が無いと、くりちゃんを助ける気が起きないのですが」
自分の毅然とした態度に、くりちゃんはくやしそうに顔を歪め、しかしその様子だと、「何を言うべきか」分かっている様子でした。しばしの沈黙の後、くりちゃんは目を瞑って、肩を震わせつつ、こう言います。
「これから毎朝……お、おしっこをかけて起こしてやるから、あたしを助けてくれ!」
「約束ですよ」
自分は春木氏にも負けない笑顔で答え、壁に触れました。
階段の1歩目を踏んだ瞬間、春木氏が言いました。その後ろに自分が続き、しんがりを春木氏の召喚した偽くりちゃんが勤める隊列。相談もなく決まりましたが、別に不満はありません。
「今更何ですか?」
と、自分。春木氏は肩をすくめて「そう邪険に扱わないでくれよ」とかわします。
「五十妻君は望月ソフィアについてどれだけ知っているんだい?」
質問は漠然としていましたが、それに返せる答えは明確でした。
「茶道部の部長で絶対権力者。百合のHVDO能力者で、凄まじい美人という事くらいですね」
「確かに正しいけど、重要な事が1つ抜けてるね」
「……何ですか? もったいぶらずに言って下さい。時間が無いと三枝生徒会長が言っていましたよ」
「それもそうだね。なら単刀直入に、望月ソフィアはHVDOの幹部だ」
可能性については、自分も考えていました。樫原先輩を筆頭とした3人組を顎で使い、そして100人の女子を従えるという派手な行為に及ぶ大胆さを持ちつつ、少なくともハル先輩に百合が咲いてからの1年間はただの1度も敗北をしていないというのですから、もちろん実力もあるでしょうが、何らかの多大な力が働いているのではないだろうか、という懸念。HVDOという組織に「幹部」といった役職があると知れば、そこに望月先輩が収まるのはむしろ当然の事のように思えました。
「HVDOの幹部は、僕が知る限りでは3人いる。1人は君も会った事がある腐女子のHVDO能力者トム。もう1人はとある場所で闘技場の管理をしている男。そして最後の1人が、望月ソフィアという訳だ」
闘技場、とやらも気になりましたが、尋ねさせてもらえず、春木氏は続けて自分の興味を強制的にひき出します。
「ところで、入城を許可された1人の人間というのは誰だと思う?」
自分は先ほどの三枝生徒会長とのやりとりを思い出しました。これを言われた時、自分は恥ずかしながら、それが自分の事であると、自意識過剰も甚だしい勘違いをしてしまいましたが、肝心のでは一体誰なのか、という問題については触れられませんでした。
「……知っているんですか?」
「少なくとも、君よりはね」
人の神経を逆撫でする事に定評のある春木氏。自分は別に知りたくも無いといった振りを見せて、先に進もうとしました。
「あくまでも僕の予想だけど……それはきっと、HVDOのボス、崇拝者と呼ばれている人物だろうね」
「ボス? ……根拠と証拠はあるんですか?」
「あるけど、教えられない。というより、少し考えてみれば分かる事なんじゃないかな?」
このまま話を続けるとストレスで禿げそうだと判断した自分は、無視する事にしました。
いよいよ辿り着いた敵の本拠地、天守閣。内装は、下の階や外見と同様に木造の純和風で、まさしく殿様の首を取りにここまで追いかけて来た侍の気分になりましたが、室内の中心部分に、窓から僅かに射す月明かりに照らされてかろうじて確認出来る、時代劇をするにはあまりにも不釣合いな物が確認出来ました。
まず目に入ったのは、2人の人影。1人は立っていますが、もう1人は椅子に座らせているようで、しかもそれはただの椅子ではなく、いわゆる「拘束椅子」と呼ばれる器具のようでした。そしてそのニトリでもイケアでも買えないタイプの椅子に座らされていたのが、「大股開き」という女子にとっては土下座の次に屈辱的なポーズを取らされ、バンザイした両手を椅子の背もたれに固定され、一切身動きが取れない、煮るなり焼くなり犯すなりどうぞという状態で、当然のように全裸のくりちゃんでした。
「なんでこうなるんだ……ちくしょう……」
それは普段自分に対してするような「キレ」というよりは、すすり泣きながら自らの運命を呪う本域の怒りでした。くりちゃんは放っておいてもこんな状態になってしまうのですから、これまでの事も全て、「自分がくりちゃんに酷い事をしてきた」というよりは、「くりちゃんが自分に酷い目に会わされに来ていた」と表現する方が今になっては正しく思え、百合城から無事に脱出した暁には、差額分だけ更なる陵辱を加える事に自分は決めました。
それにはまず、目の前の障害を取り除かなければなりません。
素晴らしく悲惨な有様のくりちゃんの前に立っていた、もう1人の人影は、やはり望月先輩でした。
普段、学校で見る凛々しい横顔はそのままでしたが、Yシャツ姿に下は双頭ディルド1丁というやる気満々の姿は、卑猥というよりはむしろ神々しく、慄然とした存在感をもってくりちゃんを無言で見つめていました。
「やあ、望月さん。久しぶりだね」
今は春木氏の空気の読まなさ加減が救いではありました。なんと声をかけていいやら迷う自分を差し置いて、軽々しくかけるこの言葉。それに反応した望月先輩はこちらに振り向き、一瞬驚いたような表情を見せたかと思うと、すぐにまたいつもの戒律じみた表情を取り戻していました。
「君達を呼んだ覚えは無いんだがな」
先制の1発。春木氏はそれを軽くいなします。
「面白そうな事をやっているみたいだから、勝手に来させてもらったよ」
言いつつも、無防備に近づいていく春木氏の後を、自分は追い、後ろにずっと無言の偽くりちゃんがついてきます。くやしいですが、この変態2人の間に割りこんでイニシアチブを取りに行く勇気を自分は持ち合わせておりません。しかしこの人物は別でした。
「み、見るなぁーーーっ!」
叫びつつ、暴れるくりちゃん。これが拘束椅子の面白い所で、座らされた人間が無理に動こうとすると、必然的に腰が浮く形になり、腰が浮けば当然股間が強調され、丸出しになった性器はふりふりと、まるで男を誘うように動くのです。そんな簡単な事にも気づかないくりちゃんは暴れに暴れて、自分と春木氏に確実にダメージを与えてきました。
「くりちゃん、お願いなんだけど、しばらく黙っていてくれないかな?」
幼稚園児に語りかける保父さんの姿を春木氏の後ろ姿に見ました。こんな言い方では、逆上して更にうるさくなるだろう、という自分の予想は簡単に外れ、暴れれば暴れるほど恥ずかしい事になるとようやく気づいたのか、それとも春木氏に懐いたのかは分かりませんが、くりちゃんは目に大きな貯水池を作りながら、食いしばるように沈黙しました。
「さっきの衝撃は君達だったか」望月先輩は、喜怒哀楽の両端を取り除いた表情を見せて、「崇拝者がここに直接来たら私に負けるという事か、それとも君達だけで十分に私は再起不能にさせられるというのか……判断に困る所だな」
「そういえば、望月さんは崇拝者の能力を知っているんだったね。僕に教えてくれないか?」
「そんな事をして私に何の得がある」
「今、見逃してあげようじゃないか」
望月先輩は迷いの無い嘲笑を浮かべ、
「論外だな。第一、私はお前が大嫌いだ」
「それは残念だね。僕は洋ロリも全然いける口なんだけど」
自分、くりちゃん、偽くりちゃん(この人は含まれるか微妙ですが)を完全に置き去りにしたトークは進み、ますます自分は口を開くタイミングを失っていきました。先ほどからちょくちょく会話に出てきている「崇拝者」とやらも、HVDOのボスらしいという情報以外は全く無いので、雰囲気はよろしくないという事くらいしか察する事が出来ませんでした。
距離が縮まるにつれ、望月先輩とくりちゃんを取り囲む「壁」の存在に自分は気づきました。半透明のそれは、光の加減によっては完全に見えなくなりましたが、確かにそこにあるようで、直径5mほどの円を描いているようでした。
「まあ、いいだろう。崇拝者が来ないというのなら、私は木下の処女を散らすだけだ」
達観したような口調で言った望月先輩は、股間についた女子には本来与えられない物ををくりちゃんの秘所へとあてがいました。目を凝らして見ると、それは黒くテカり、いぼいぼ、というよりとげとげのついた、野球のバットとしても使えない事は無いくらいの大きさの、禍々しいアーティファクトでした。こんな物に貫かれてしまったら、どんなに濡れていても激痛に見まわれる事は間違いなく、ましてや処女、身体の小さめなくりちゃんには、おそらく拷問のような体験になるはずです。
「無理無理無理! 無理だってそんなの!!!」
再び暴れ始めたくりちゃん。今度は見た目など気にしている余裕はないらしく、前から見えるお尻の肉をぷるんぷるんさせながら、腰を浮かして鬼の金棒から逃げようと抗います。
「助けろお前ら! 何にやにや見てんだふざけんなーーー!!」
にやにや見ていたつもりは無かったのですが、そのあまりにも無様な様子に、笑顔が零れていなかったかといえばそれは嘘になります。
「やめてくれ……頼むから、もうあたしに酷い事するのはやめてくれ……!」
心の叫びも望月先輩の耳には届かなかったらしく、いよいよ標準が定まり、後は思いっきり腰を前に突き出すだけで、くりちゃんが女になるのを通り越してガバマンになる所まできました。
やれやれ。
「ちょっと待ってください」
せっかくここまで来たのですから、というのがあります。別にくりちゃんを助けてあげたいとか、そういったヒロイズムでは無いのですが、将来的に奴隷にするにあたって、ゆるゆるのまんこは個人的に嫌なので、仕方ないので助けてやろうという仏心が、自分の中に生まれました。
「望月先輩、勝負しましょう。逃げますか? あなたは樫原先輩に逃げるなと指示したのですから、あなたがここで逃げる事は許されるはずがありませんよね?」
挑発を多分に含んだ自分の台詞に、望月先輩はこう反応しました。
「勝負したければ、勝手にすればいい。下にいた部員を見てきたのなら分かると思うが、見ての通り、木下は私の支配下に置いていない。つまりお前の能力が有効だという事だ」
敵に言われて気づくのも間抜けな話ですが、確かに、どうやらくりちゃんは望月先輩に支配されていないようです。
「仰る通りですね」
自分はこの階に来てから初めて春木氏より前に出て、望月先輩へと近づきました。そして例の半透明の壁は、ガラスやプラスチックなどとは違い、「見えてはいるが無い物」、つまり頭上に浮かぶ勃起率表示などに近い存在感でした。
自分の指が、壁に触れる刹那、後ろから声がしました。
「僕ならその壁には触らない」
自分は手を止め、後ろを振り向きました。
「五十妻君らしくないな。くりちゃんの事だからって、冷静さを失いすぎだよ。これはどう見ても罠さ」
指摘されてから初めて、自分の表情がいつもよりも険しくなっている事に気づきました。内心では冷静沈着な鬼畜を装いつつも、自分でも認識できない心の底の怒りに、春木氏にはとっくに気づいていたのです。
かといって、それを収める術も、ここで引き下がるつもりもありませんでした。自分は懐から尿の瓶を取り出し、「柚乃原」とラベルの貼られた方を選びました。ラベルの貼っていない方は、三枝生徒会長の絞りたてですから、一応取っておきます。
そして尿を一気に飲み干し、呼吸を落ち着かせました。
「こうしておけば大丈夫のはずです」
しかし春木氏は全てを知ってるような笑顔のままで、「僕ならそれでも触れないけどね」と言いました。
こういう場合、忠告を無視した人物が大変な目にあうのはいわゆる「お約束」というものですが、しかし円が完全に望月先輩とくりちゃんを取り囲んでいる以上、「黄命」を発動するには近づくしかありません。とりあえず、ピーフェクトタイムの発動によって、接触、即勃起、死。という最悪のパターンはありえません。
「くりちゃん、助けて欲しいですか?」
と、自分が尋ねると、くりちゃんは「当たり前だ!」と睨んできました。
「自分も危険だとは思います。これは確実に罠ですし、正直、ビビっています。何か御褒美が無いと、くりちゃんを助ける気が起きないのですが」
自分の毅然とした態度に、くりちゃんはくやしそうに顔を歪め、しかしその様子だと、「何を言うべきか」分かっている様子でした。しばしの沈黙の後、くりちゃんは目を瞑って、肩を震わせつつ、こう言います。
「これから毎朝……お、おしっこをかけて起こしてやるから、あたしを助けてくれ!」
「約束ですよ」
自分は春木氏にも負けない笑顔で答え、壁に触れました。
日向先輩と出会い、抱いてしまった恋心。
誘われて入った茶道部で培った先輩への信頼。
茶道部の伝統を知り、OBに対して露にした憤慨。
初めて体験した女性同士の行為で見つけた快感。
今まで知りもしなかった世界に触れた時の衝撃。
日々に高められていく性に比例して大きくなる別れの不安。
絶対的な能力を持つ者に植えつけられた不快。
偉大な先輩が卒業した後、受け継いだ物を守る重圧。
方法を見つけても、それに納得する為にする葛藤。
ハル先輩と出会い、注ぐべき対象を見つけた情熱。
行動に移して初めて気づく己の底に渦巻く欲望。
茶道部の部長として勤め、人に慕われて感じる好意。
満たされないまま、溢れてくる歪んだ愛情。
ただハル先輩の身体を手に入れたいという性愛。
いつもハル先輩の事だけを見ていたいだけの盲愛。
ハル先輩の為なら何でも出来るという捨て身の情愛。
全てを犠牲にしてハル先輩の為だけに存在したい純愛。
募りった想いで傾く危ういバランスの上に成り立つ偏愛。
敬愛、愛惜、仁愛、慈愛、愛念、愛慕、愛欲、溺愛、愛楽、愛好、信愛、親愛、愛心、不愛、忠愛、愛重、愛恋、恩愛、渇愛、熱愛、求愛、恵愛、最愛、私愛、鍾愛、寵愛、貪愛、恋愛。
ハル先輩に向かって進む全ての愛が、断られた時の絶望。
やがて記憶は、五十妻元樹即ち自分が樫原先輩との戦いを終え、望月先輩がこの不毛な戦いに終止符を打つべく打倒HVDOの決意をした所で終わり、真っ黒な闇へと放り出されたかと思うと、気づけば自分は壁の前に戻っていました。
やはり、自分の判断は間違っており、春木氏はこうなる事を直感していたのだと認めざるを得ないようです。
死より恐ろしい事がこの世には数多くあり、それと同じく、敗北よりも酷い結果というのが、勝負には存在するのです。樫原先輩との戦いがまさにそうでしたが、望月先輩との戦いは、もっと最悪な結果になってしまうようです。
「くりちゃん、ごめんなさい」
自分はかろうじてそれだけを口にすると、膝から力が抜け、崩れるように落ちてしまいました。勃起はしていません。むしろ、能力を発動していなくても、与えられた記憶の中に刷り込まれた数ある女性達の妖艶な場面のいずれも、自分を興奮させる事は出来なかったように思われます。そんな気分にはなれなかったのです。
「ど、どうしたんだ!? おい!」
くりちゃんが何事かと叫び、「助けるって言っただろ!」と必死に連呼していましたが、自分は立ち上がる事が出来ませんでした。
敗北よりも、苦い勝利よりも恐ろしい事、それは、倒すべき敵を知りすぎて、人として好きになってしまう事です。
「春木氏、自分はもうこれ以上戦えそうにありません」
瞬きも出来ない程の時間の間に、頭の中になだれ込んできた情報は、望月先輩の丸2年間という膨大な物でしたが、処理出来なくなって脳が爆発するような事はありませんでした。2年間といっても、毎日毎分毎秒の映像とかそういった物ではなく、望月先輩が出会った物、感じた事、感情の一部分が断片として与えられ、例えるならば、急に眠くなって数秒間だけ寝てしまった時に見るような一睡の夢のような物で、にも関わらずそれはさながら良質の小説や映画に触れたかのように、まるで自分自身が体験したような錯覚さえ覚えさせられる、恐ろしい能力でした。
「な、何泣いてんだ、おい! たった今約束したばかりだろ!?」
近づいたはずなのに、声はもう遠く、くりちゃんが陥っている窮地など、望月先輩の2年間に比べれば屁のような事のように思え、処女でもなんでも引き取ってもらえばいいのに、とさえ思いつつ、自分は望月先輩を見上げました。
「1つだけ、聞かせてください」
「何だ?」
「先輩はどのようにして、HVDOのボスである崇拝者を倒そうと考えているのですか?」
自分がたった今得た望月先輩の記憶は断片的であったので、望月先輩が既に所持しているであろう第8能力の詳細までは自分には分かりません。しかしながら、崇拝者を倒そうという決心は、第9能力であるこの立派な城と、くりちゃんを拘束した理由から考えれば明らかであり、また、未来と思考が読まれているとはいえ、それを踏まえた上での勝算が無ければ、望月先輩は動かないはずです。
「それをお前が知ってどうする?」
協力します、と喉元まで出掛かって、前に乗り出した瞬間、胸の内ポケットにある膨らみに気がつきました。ひやりとする自分の背中に、春木氏が静かに声をかけます。
「五十妻君、まさか三枝さんを裏切る気じゃないよね?」
出された名前は瞬時に自分の耳から侵入し、心臓を鷲づかみにしました。
言わせてもらえれば、人を裏切る事など簡単です。また、今までの自分を裏切る事もまた同様で、何か新しい考えを取り入れるという事には、そういう側面もあります。
しかし、「尿」だけは裏切れない。
自分は望月先輩を倒す仕事の報酬として、3人分の尿を受け取りました。2つは使ってしまってもうありませんが、まだ最後の1つ、三枝生徒会長の分が残っています。
契約を放棄し、尿だけを受け取るというのは、おもらしにおけるモラル、つまりオモラルに反する行為であると思われ、魂さえ失わなければ、例え刀を失ったとしても武士は武士であり続けるのと同じく、自分にとってその裏切りだけはしてはいけない行為なのです。
「正直、私の記憶に触れてもまだ性癖を消失していないのには驚いた。よっぽどおしっこと木下の事が好きなんだろう。ハルの事についての恨みは晴れないが、尊敬してもいい」
この評価もまた、春木氏や三枝生徒会長の時々言う超絶上から目線からの褒め言葉で、諸手をあげて喜ぶほどの楽観主義に自分はなり切れません。
「未来を読む崇拝者に勝つには、まずは同じ条件に立たせる必要がある。どうなるかが分かっていても、それしかないという手を相手に打たせる。木下を人質にして『百合城』を発動させた事によって、私はそれを実行しようとしたが、この状況を見る限り失敗に終わったようだ」
抑揚の無い、淡白な台詞でしたが、真に迫ってはいました。策略はあるが、何もかも上手く行く事は考えていない、冷静で強固な覚悟が読み取れます。
「崇拝者を倒す事は、HVDOを潰す事と同義だと私は考えている。つまり、崇拝者にとって有益な性癖バトルに終止符を打ち、これ以上能力者を増やさせない事によって、変態処女の開発を阻止する。これを実現するには、私が『世界改変態』をするしかない」
HVDOという組織自体が、崇拝者による世界改変態による影響ならば、確かにそれを壊すのも、別の者の世界改変態でしかないという理屈は分かります。しかしながら、世界改変態は本人の意思によるコントロールが不可能で、時に破滅的な結果を出す可能性があるというのは、春木氏が10勝目を前にしてもたもたしている理由にもなっており、これは実に解決が難しい問題であると思われます。
「私が世界改変態を行う事を、崇拝者は阻止したいはずであるし、開発された木下の処女も失いたくは無いはずだ。ここに漬け込む隙があると私は見ている。第8能力については教えられないが、私になら崇拝者の能力を一時的に封印する事が出来るとだけは言っておこう」
望月先輩の語りには確かなビジョンがありました。
自分の心は揺らいでいます。
おもらしに対する執着から来る、尿を裏切る事の出来ない変態としての威厳と、記憶に直接触れた事によって、抱いてしまった望月先輩に対する尊厳。天秤の両極端にあって、ゆらゆらと不安定に揺れながら釣り合う、2つの譲れない物が、自分の言葉を阻んでいるのです。
そんな自分にも、春木氏は容赦なくいつものトーンで背中を叩きます。
「五十妻君、君が三枝さんを裏切ると言っても、僕は君を止めはしないよ。ただ、アドバイスをさせてもらえるなら、自分自身の性癖を裏切ったHVDO能力者はもう長くない。だから僕はロリを裏切らない」
対して、望月先輩。
「何か勘違いしているようだが、私はお前に協力してくれなどとは一言も言っていない。見逃してくれともな。お前達がここにいる時点で、この作戦は失敗に終わっているし、あとは報復に木下を無残に犯してから、別の手を考えるだけだ。木下を守りたいと言うのなら、どちらからでもかかってこい。勝って私は世界改変態を発動する」
その口調には一切の迷いがなく、崇拝者を、ひいてはHVDO自体を強く憎む想いが、肌で感じるほど強烈に主張していました。
正義。
これが自分には未だに得体の知れない代物で、いくつになったらだとか、何らかの経験をしたら理解出来るというような物でもないように思え、人はその時々で自分に都合の良い正義を使い分けて暮らしていると納得出来れば話は早いのですが、自分は確かに煌くような正義を感じてしまった経験があるのです。
小学生の時、くりちゃんが下校中におもらしをしてしまった事を初めて目撃した瞬間、そこには眩いばかりの正義が確かにありました。しかし同じくらいの正義が、望月先輩の記憶の中にもあったのです。
自分はゆっくりと立ち上がると、顔を拭い、懐から最後の1本、つまり三枝生徒会長の尿の入った瓶を取り出し、強く握ると、望月先輩を見ました。
「もう望月先輩と戦う事は出来ませんが、かといって自分は尿を裏切る事も出来ません」
先ほど、自分は三枝生徒会長に、望月先輩討伐の理由を尋ねました。答えは「ムカつくから」というなんとも意外な物でしたが、冗談を言っている風でもなく、正直な感情なのだろうと思われました。
「ですから、今の自分にはこんな方法しか取れないという事をどうか重々ご理解ください。これは三枝生徒会長の代理として、自分が出来る最大限の行動あり、この場を平和的に収める唯一の手段です」
瓶の蓋を開きながら、壁に1歩を踏み入れました。そして不審そうな目をする望月先輩の顔に向けて、瓶の中身をぶちまけました。
ぴしゃ。
と、気持ちの良い音がして、望月先輩の美しい長髪が、ついさっき三枝生徒会長の出した尿で濡れ、顔も汚れました。ぶっかけた際、僅かに飛沫がくりちゃんの方にも行ったらしく、「汚っ!!」という声が拘束椅子の方から聞こえた気がしましたが、自分は気にしませんでした。反射的に閉じた目をゆっくりと開け、じっと睨む望月先輩に背を向け、自分は引き下がろうとしました。
「待て」
感情の震動を抑えたような、静かに通る声。
「ここまでの屈辱は初めてだ」
仰っている意味は分かりますが、何せ自分の意思ではありません。自分は心から、人間としての望月先輩を尊敬していますし、戦いたくないのですが、かといって三枝生徒会長から受け取った尿を持ち帰って1人で楽しむ事は尿道に反し(この場合は、尿を愛して極める道の事)ますので、あくまでも仕方なくの行為なのです。
「戦えないなどと都合の良い事を言うな。ただでさえお前には、ハルの事と、樫原の事とで恨みがある。……考えが変わった。崇拝者の前に、まずはお前だ。勝負しろ」
「……勝負というのは、性癖バトルですか?」
「それ以外、私達に何がある」
「でも、くりちゃんの拘束は解かないんですよね? 解いたらこの貧乳は全力で大暴れして逃げ出しますよ」
余計な事を言いやがって、という表情のくりちゃん。
「ああ、その通りだ。木下の解放は肉体が壊れるまでありえない」
「ならば、誰がおもらしをしてくれるというのですか?」
「春木の召喚しているそいつでいいだろう」
すかさず自分。
「了承しかねます。偽くりちゃんがおもらしをして、仮に望月先輩が興奮しても、それはロリ+おもらしという事になって敗北条件は成立しません。つまり勝負にならないという事です。それに、春木氏が貸してくれるとも限りません」
「そうだね」既に自分が何を言いたいのかを理解した様子の春木氏。「このくりちゃんは貸せないなぁ」
「……何が言いたい?」
自分は少し考える素振りを見せて、それからほとんど自動的に出てくる台詞を口にしました。
「今は直接関係ない話かもしれませんが、『ああ、どこかにおもらし姿のとんでもなく似合う金髪でハーフの百合系美少女がいたらなぁ』と、自分は常日頃から思っています」
望月先輩は軽蔑のたっぷりこもった視線を自分にぶつけて、吐き捨てるように言いました。
「この変態が」
誘われて入った茶道部で培った先輩への信頼。
茶道部の伝統を知り、OBに対して露にした憤慨。
初めて体験した女性同士の行為で見つけた快感。
今まで知りもしなかった世界に触れた時の衝撃。
日々に高められていく性に比例して大きくなる別れの不安。
絶対的な能力を持つ者に植えつけられた不快。
偉大な先輩が卒業した後、受け継いだ物を守る重圧。
方法を見つけても、それに納得する為にする葛藤。
ハル先輩と出会い、注ぐべき対象を見つけた情熱。
行動に移して初めて気づく己の底に渦巻く欲望。
茶道部の部長として勤め、人に慕われて感じる好意。
満たされないまま、溢れてくる歪んだ愛情。
ただハル先輩の身体を手に入れたいという性愛。
いつもハル先輩の事だけを見ていたいだけの盲愛。
ハル先輩の為なら何でも出来るという捨て身の情愛。
全てを犠牲にしてハル先輩の為だけに存在したい純愛。
募りった想いで傾く危ういバランスの上に成り立つ偏愛。
敬愛、愛惜、仁愛、慈愛、愛念、愛慕、愛欲、溺愛、愛楽、愛好、信愛、親愛、愛心、不愛、忠愛、愛重、愛恋、恩愛、渇愛、熱愛、求愛、恵愛、最愛、私愛、鍾愛、寵愛、貪愛、恋愛。
ハル先輩に向かって進む全ての愛が、断られた時の絶望。
やがて記憶は、五十妻元樹即ち自分が樫原先輩との戦いを終え、望月先輩がこの不毛な戦いに終止符を打つべく打倒HVDOの決意をした所で終わり、真っ黒な闇へと放り出されたかと思うと、気づけば自分は壁の前に戻っていました。
やはり、自分の判断は間違っており、春木氏はこうなる事を直感していたのだと認めざるを得ないようです。
死より恐ろしい事がこの世には数多くあり、それと同じく、敗北よりも酷い結果というのが、勝負には存在するのです。樫原先輩との戦いがまさにそうでしたが、望月先輩との戦いは、もっと最悪な結果になってしまうようです。
「くりちゃん、ごめんなさい」
自分はかろうじてそれだけを口にすると、膝から力が抜け、崩れるように落ちてしまいました。勃起はしていません。むしろ、能力を発動していなくても、与えられた記憶の中に刷り込まれた数ある女性達の妖艶な場面のいずれも、自分を興奮させる事は出来なかったように思われます。そんな気分にはなれなかったのです。
「ど、どうしたんだ!? おい!」
くりちゃんが何事かと叫び、「助けるって言っただろ!」と必死に連呼していましたが、自分は立ち上がる事が出来ませんでした。
敗北よりも、苦い勝利よりも恐ろしい事、それは、倒すべき敵を知りすぎて、人として好きになってしまう事です。
「春木氏、自分はもうこれ以上戦えそうにありません」
瞬きも出来ない程の時間の間に、頭の中になだれ込んできた情報は、望月先輩の丸2年間という膨大な物でしたが、処理出来なくなって脳が爆発するような事はありませんでした。2年間といっても、毎日毎分毎秒の映像とかそういった物ではなく、望月先輩が出会った物、感じた事、感情の一部分が断片として与えられ、例えるならば、急に眠くなって数秒間だけ寝てしまった時に見るような一睡の夢のような物で、にも関わらずそれはさながら良質の小説や映画に触れたかのように、まるで自分自身が体験したような錯覚さえ覚えさせられる、恐ろしい能力でした。
「な、何泣いてんだ、おい! たった今約束したばかりだろ!?」
近づいたはずなのに、声はもう遠く、くりちゃんが陥っている窮地など、望月先輩の2年間に比べれば屁のような事のように思え、処女でもなんでも引き取ってもらえばいいのに、とさえ思いつつ、自分は望月先輩を見上げました。
「1つだけ、聞かせてください」
「何だ?」
「先輩はどのようにして、HVDOのボスである崇拝者を倒そうと考えているのですか?」
自分がたった今得た望月先輩の記憶は断片的であったので、望月先輩が既に所持しているであろう第8能力の詳細までは自分には分かりません。しかしながら、崇拝者を倒そうという決心は、第9能力であるこの立派な城と、くりちゃんを拘束した理由から考えれば明らかであり、また、未来と思考が読まれているとはいえ、それを踏まえた上での勝算が無ければ、望月先輩は動かないはずです。
「それをお前が知ってどうする?」
協力します、と喉元まで出掛かって、前に乗り出した瞬間、胸の内ポケットにある膨らみに気がつきました。ひやりとする自分の背中に、春木氏が静かに声をかけます。
「五十妻君、まさか三枝さんを裏切る気じゃないよね?」
出された名前は瞬時に自分の耳から侵入し、心臓を鷲づかみにしました。
言わせてもらえれば、人を裏切る事など簡単です。また、今までの自分を裏切る事もまた同様で、何か新しい考えを取り入れるという事には、そういう側面もあります。
しかし、「尿」だけは裏切れない。
自分は望月先輩を倒す仕事の報酬として、3人分の尿を受け取りました。2つは使ってしまってもうありませんが、まだ最後の1つ、三枝生徒会長の分が残っています。
契約を放棄し、尿だけを受け取るというのは、おもらしにおけるモラル、つまりオモラルに反する行為であると思われ、魂さえ失わなければ、例え刀を失ったとしても武士は武士であり続けるのと同じく、自分にとってその裏切りだけはしてはいけない行為なのです。
「正直、私の記憶に触れてもまだ性癖を消失していないのには驚いた。よっぽどおしっこと木下の事が好きなんだろう。ハルの事についての恨みは晴れないが、尊敬してもいい」
この評価もまた、春木氏や三枝生徒会長の時々言う超絶上から目線からの褒め言葉で、諸手をあげて喜ぶほどの楽観主義に自分はなり切れません。
「未来を読む崇拝者に勝つには、まずは同じ条件に立たせる必要がある。どうなるかが分かっていても、それしかないという手を相手に打たせる。木下を人質にして『百合城』を発動させた事によって、私はそれを実行しようとしたが、この状況を見る限り失敗に終わったようだ」
抑揚の無い、淡白な台詞でしたが、真に迫ってはいました。策略はあるが、何もかも上手く行く事は考えていない、冷静で強固な覚悟が読み取れます。
「崇拝者を倒す事は、HVDOを潰す事と同義だと私は考えている。つまり、崇拝者にとって有益な性癖バトルに終止符を打ち、これ以上能力者を増やさせない事によって、変態処女の開発を阻止する。これを実現するには、私が『世界改変態』をするしかない」
HVDOという組織自体が、崇拝者による世界改変態による影響ならば、確かにそれを壊すのも、別の者の世界改変態でしかないという理屈は分かります。しかしながら、世界改変態は本人の意思によるコントロールが不可能で、時に破滅的な結果を出す可能性があるというのは、春木氏が10勝目を前にしてもたもたしている理由にもなっており、これは実に解決が難しい問題であると思われます。
「私が世界改変態を行う事を、崇拝者は阻止したいはずであるし、開発された木下の処女も失いたくは無いはずだ。ここに漬け込む隙があると私は見ている。第8能力については教えられないが、私になら崇拝者の能力を一時的に封印する事が出来るとだけは言っておこう」
望月先輩の語りには確かなビジョンがありました。
自分の心は揺らいでいます。
おもらしに対する執着から来る、尿を裏切る事の出来ない変態としての威厳と、記憶に直接触れた事によって、抱いてしまった望月先輩に対する尊厳。天秤の両極端にあって、ゆらゆらと不安定に揺れながら釣り合う、2つの譲れない物が、自分の言葉を阻んでいるのです。
そんな自分にも、春木氏は容赦なくいつものトーンで背中を叩きます。
「五十妻君、君が三枝さんを裏切ると言っても、僕は君を止めはしないよ。ただ、アドバイスをさせてもらえるなら、自分自身の性癖を裏切ったHVDO能力者はもう長くない。だから僕はロリを裏切らない」
対して、望月先輩。
「何か勘違いしているようだが、私はお前に協力してくれなどとは一言も言っていない。見逃してくれともな。お前達がここにいる時点で、この作戦は失敗に終わっているし、あとは報復に木下を無残に犯してから、別の手を考えるだけだ。木下を守りたいと言うのなら、どちらからでもかかってこい。勝って私は世界改変態を発動する」
その口調には一切の迷いがなく、崇拝者を、ひいてはHVDO自体を強く憎む想いが、肌で感じるほど強烈に主張していました。
正義。
これが自分には未だに得体の知れない代物で、いくつになったらだとか、何らかの経験をしたら理解出来るというような物でもないように思え、人はその時々で自分に都合の良い正義を使い分けて暮らしていると納得出来れば話は早いのですが、自分は確かに煌くような正義を感じてしまった経験があるのです。
小学生の時、くりちゃんが下校中におもらしをしてしまった事を初めて目撃した瞬間、そこには眩いばかりの正義が確かにありました。しかし同じくらいの正義が、望月先輩の記憶の中にもあったのです。
自分はゆっくりと立ち上がると、顔を拭い、懐から最後の1本、つまり三枝生徒会長の尿の入った瓶を取り出し、強く握ると、望月先輩を見ました。
「もう望月先輩と戦う事は出来ませんが、かといって自分は尿を裏切る事も出来ません」
先ほど、自分は三枝生徒会長に、望月先輩討伐の理由を尋ねました。答えは「ムカつくから」というなんとも意外な物でしたが、冗談を言っている風でもなく、正直な感情なのだろうと思われました。
「ですから、今の自分にはこんな方法しか取れないという事をどうか重々ご理解ください。これは三枝生徒会長の代理として、自分が出来る最大限の行動あり、この場を平和的に収める唯一の手段です」
瓶の蓋を開きながら、壁に1歩を踏み入れました。そして不審そうな目をする望月先輩の顔に向けて、瓶の中身をぶちまけました。
ぴしゃ。
と、気持ちの良い音がして、望月先輩の美しい長髪が、ついさっき三枝生徒会長の出した尿で濡れ、顔も汚れました。ぶっかけた際、僅かに飛沫がくりちゃんの方にも行ったらしく、「汚っ!!」という声が拘束椅子の方から聞こえた気がしましたが、自分は気にしませんでした。反射的に閉じた目をゆっくりと開け、じっと睨む望月先輩に背を向け、自分は引き下がろうとしました。
「待て」
感情の震動を抑えたような、静かに通る声。
「ここまでの屈辱は初めてだ」
仰っている意味は分かりますが、何せ自分の意思ではありません。自分は心から、人間としての望月先輩を尊敬していますし、戦いたくないのですが、かといって三枝生徒会長から受け取った尿を持ち帰って1人で楽しむ事は尿道に反し(この場合は、尿を愛して極める道の事)ますので、あくまでも仕方なくの行為なのです。
「戦えないなどと都合の良い事を言うな。ただでさえお前には、ハルの事と、樫原の事とで恨みがある。……考えが変わった。崇拝者の前に、まずはお前だ。勝負しろ」
「……勝負というのは、性癖バトルですか?」
「それ以外、私達に何がある」
「でも、くりちゃんの拘束は解かないんですよね? 解いたらこの貧乳は全力で大暴れして逃げ出しますよ」
余計な事を言いやがって、という表情のくりちゃん。
「ああ、その通りだ。木下の解放は肉体が壊れるまでありえない」
「ならば、誰がおもらしをしてくれるというのですか?」
「春木の召喚しているそいつでいいだろう」
すかさず自分。
「了承しかねます。偽くりちゃんがおもらしをして、仮に望月先輩が興奮しても、それはロリ+おもらしという事になって敗北条件は成立しません。つまり勝負にならないという事です。それに、春木氏が貸してくれるとも限りません」
「そうだね」既に自分が何を言いたいのかを理解した様子の春木氏。「このくりちゃんは貸せないなぁ」
「……何が言いたい?」
自分は少し考える素振りを見せて、それからほとんど自動的に出てくる台詞を口にしました。
「今は直接関係ない話かもしれませんが、『ああ、どこかにおもらし姿のとんでもなく似合う金髪でハーフの百合系美少女がいたらなぁ』と、自分は常日頃から思っています」
望月先輩は軽蔑のたっぷりこもった視線を自分にぶつけて、吐き捨てるように言いました。
「この変態が」
誤解されないように申し上げておかなければならない事は、自分の中には策略や謀略の類は一切無く、「ほとんど自動的に」という表現が、自ら言っておいて実に正しいと思えるくらい当たり前に、気づけば自分は望月先輩におもらしを要求していたのです。
初めて出会った時からそうでした、などと言えば、いかにも嘘くさく、冷めた目で見られるのは果たして本意ではないのですが、自分は世の中のあらゆる女子に対して、「この人のおもらしはどうか」という角度でしか接する事が出来ず、人柄だとか家柄だとか、そういった事よりもむしろ、顔の皮1枚を剥いだ時に見える秘密の始まりに、ただならぬ興味を抱き、人間としての評価をつけている訳ですから、「初めて出会った時から」というのも、あながち嘘ではないのです。
「……完全な解放は出来ないが、手錠と足錠は用意してある。木下を自由に使えばいいだろう」
世にも珍しい望月先輩の譲歩にも、自分は一瞥をくれず、きっぱりと否定します。
「それは駄目でしょう。ただでさえ、望月先輩は1度くりちゃんの死ぬほど情けないおもらし姿を見ていますから、もし仮にもう1度くりちゃんを使うなら、手錠のような制限があっては全力が出せません。かといってここでくりちゃんを自由にする気は無いんですよね? でしたら、もう望月先輩自身がおもらしをしていただくしか勝負は成り立ちません」
ふと気づけば完全に人権の剥奪されていたくりちゃんが、何やら自分の言葉にいちいち噛み付いてきましたが、当然スルーしました。
「私は絶対におもらしなどしない。ましてや人前でなどもっての他だ」
口調は強めでしたが、逆にそれが自分自身に言い聞かせているようでもあり、ついでに、今朝全校生徒の前で盛大に漏らしたくりちゃんにとっては実に耳の痛い話でした。
「大いに結構です。先ほども申し上げた通り、自分はもう望月先輩と戦うつもりはありません」
嘘はありません。事実今でも、部屋の隅で体育座りを決め込んで、後は春木氏に全てお任せしたいくらいの気分なのです。
「この百合城においての主導権は私にある。これから木下を相手に行為をしても、お前はそれを見る気はないというのだな? ……ならば勝手に始めさせてもらう」
そう言って、望月先輩は拘束椅子の上に覆いかぶさり、きゃんきゃんと吼えるくりちゃんの唇に、その端正な顔を急接近させていきました。
瞬間、自分は背を向け、目を伏せます。
「ちょ……んぷ……ぷはっ……!」
舌で悲鳴を捻こまれるが如く、めくるめく濃厚な女子同士の接吻行為が目の前で繰り広げられているというのに、それを「見ない」というこの勇気。根は淫乱なくりちゃんは、さながらゴリラに渡された知恵の輪のように簡単に開かれ、実に淫靡な声を上げ始めましたので、合わせて自分は耳も塞ぎました。
「んっ……はっ……はっ……ぷむ……!」
「ちゅぷ……んぐっ……はむ……はふ……!」
かなり遠くで聞こえる、とんでもなく卑猥な会話に、自分は渾身の「渇ッ!!!」を叩き精神統一すると、あらゆる邪心を振り払うべく空虚自身と向き合いました。
「どうして見ない!?」
と望月先輩が怒りに満ちた声を上げ、自分が驚いて目を開いたのはそれから5分後の事で、すっかり愛撫され尽くしたくりちゃんの目は、涙を溜めて呆然と天井を見上げていました。
望月先輩とくりちゃんの、いわば横綱同士の大取組を見もせず聞きもせず背を向けて念仏を唱えるというのは、思うにとんでもない快挙でした。
自分は悟りを半開きにして、落ち着きはらった口調で告げます。
「ですから、望月先輩がどうしても自分と勝負がしたいというのなら、こちらの条件も呑んでもらわなければならないと最初から言っているではないですか」
「私は木下とは違う。おもらしなど絶対にしない」
「そういう人が漏らすのが素晴らしいのです。どうして分からないのですか」
「私の事をそういった目で見るな。寒気がする」
「ひょっとして、その寒気は尿意ではありませんか?」
自分のふざけた方便に、望月先輩はますます怒りを溜めて、鋭さを増した目線で自分を貫きました。ですが、ここで動じてしまうような自分ではありません。望月先輩への同情はあれど、おもらしを拝ませてもらえるのならば是が非でも拝みたい。
「……よし、分かった。いいだろう。1度だけ。1度だけだ。おもらしをしてやる」
いただきました。
「だが、木下には私の味わった屈辱と同じ屈辱を味合わせてやる」
純度100%の決定的な台詞でしたが、くりちゃんはまだ自らの首にロープが巻きついている事に気づいてすらいません。完全なる放心状態で、おそらく唇ごと魂も奪われてしまったのでしょう。ああ、そういえばファーストキスかもしれません。
望月先輩が拘束椅子の高さを下げ(なんという多機能)、くりちゃんのド正面に仁王立ちで構えてからようやく、くりちゃんも今まで以上にただならぬ事情を感じ取ったようでした。
「な、何すんだ! やめろ!」
語気を強めつつも、先ほどよりもこめる力の明らかに落ちてしまった悲鳴を振り回し、受け入れるという事を知らない拒否一辺倒を繰り返しました。背を向けた望月先輩は凶悪ディルドを外して(望月先輩側はむしろ小さめの径だったのは苦笑いしました)、小脇に抱えました。
「……早くやれ」
言われなくても。
自分は、望月先輩の肩に触れました。
1度では決壊しませんでしたが、どうやら影響は確実に出ているようで、身体を縮こませていました。
「覚悟は出来ましたか?」
猫なで声で尋ねると、「いいから早くしろ!」と怒られたので、8秒ほど焦らしてから、「あれ、来ないのかな?」と思ったタイミングを見計らって、「黄命」を発動しました。
間抜けなくりちゃんは、放出が行われる寸前までやめろやめろと訴えていたので、望月先輩を起点とした虹が放物線を描き、くりちゃんの真っ平な大平原に着地した時、僅かに飛び跳ねた液体が口の中に入ってしまったようで、慌てて口を閉じると、とめどない屈辱に顔を歪ませつつ、歯軋りをしながら耐えていました。
望月先輩の、腰を突き出す立ちション姿と、その尿を全身で受け、怒りと悲しみを究極まで味わうくりちゃんの、実に猥褻な景色を自分は楽しみました。もしも絵画にしたらルーブル美術館でモナリザの隣に設置される事は確実と思われるこの1枚は、その芸術性も去る事ながら凄まじくフェティズムに溢れ、自分の興奮を駆り立てました。
今はこれを脳裏に焼き付ける事が最重要であり、春木氏の方に気をかける事も出来ませんが、生粋のロリコンといえども、おそらくは相当なダメージを受けているのは確実で、いつ爆発音が起きても驚きはしません。事実、望月先輩の頭上に表示された興奮率は既に90%を超え、あと少しの所に勝利がぶら下がっていました。
望月先輩の味わっている開放感と、くりちゃんの味わっている屈辱感。2つの味が織り成すハーモニーは絶大で、自分はこのまま爆発しても良いとさえ思えたのです。
しかしその時、この場で聞いてはならない声が聞こえ、振り向くと、いてはならない人がいたのです。
とかくこの世は不条理で、幸福は一時の安らぎでしかありません。
望月先輩、くりちゃん、春木氏と偽くりちゃん、自分。
そして最後の1人が舞台に現れ、物語は結末へと加速していきました。
「あの……」
躊躇いを持った、真っ白い声。当然自分には聞き覚えがありましたが、おそらく望月先輩の方が強く覚えているはずです。
「おしっこしてるですか?」
怪しい敬語に、引っ込み思案を思わせるこの口調。しかしその実、「思い込んだら」の精神から処女を捨てる事を心から願っているビッチで、生粋のおっぱい好きも思わず唸る良い乳の持ち主。
「気持ちよさそうですけど、木下さん少しかわいそうに見えますです」
救いようの無い貧乳にも気をかけるこの心遣い。
間違いありません。
「ハル先輩!」
自分が名を呼ぶと、ハル先輩はうれしそうに駆け寄ってきて、ぎゅっと手を握りました。この凄惨な空間において突如として発生した青春ラブコメ時空に危うく足を取られそうになりましたが、ハル先輩は見事に引き戻してくれました。
「おまんこが元に戻りましたです!」
字面だけ見れば新手の性病かと思われますが、例の百合の件である事はいちいち聞きたださなくても分かる事であり、それが意味する事は、ハル先輩にとっては1つでした。
「これでセックス出来ますです!」
やはりビッチ。とことんビッチ。とにかくビッチ。それがハル先輩です。
初めての性交渉とは、確かに男子高校生にとっては世界平和よりも優先すべき問題ですが、今はその前に解決しなくてはならない問題がいくつかあります。自分は抱きついてきたハル先輩の身体を優しく離し、冷静に質問します。
「ハル先輩、どうしてここに?」
「昼休みの後、望月先輩についていろいろと調べていたら、『ある人』に会いましたです。それから色々と話をしていて、気づいたら夜になっていて、その人がここを教えてくれましたです」
全体的にふんわりとした話でしたが、1番気になるのは「ある人」という存在です。
「『ある人』とは?」
「確か……『崇拝者』と名乗っていましたです」
崇拝者。
ついさっき、望月先輩の記憶を介して知った存在でしたが、能力の強力さ、どうにもならなさは、むしろ実際に出会うよりも身に染みて理解したつもりで、その分、疑問も続けざまにいくらでも湧いてきました。
HVDOのボスが、何故ハル先輩とコンタクトを取ったのか。そしてここに誘導して何をさせたいのか。ハル先輩の百合が消えた意味と理由は何なのか。初体験をするとしたら自宅よりもラブホの方がいいのか。それとも背伸びして少し高めのホテルを予約すべきか。でもおしっこで部屋を汚したら怒られてしまうのか。
高速回転する本能に理性が追いつく前に、それらの疑問を吹き飛ばすような一声が天守閣に響きました。
「うわあああああん!!」
子供のような泣き声を聞いて、最初それはおしっこをかけらて散々に汚されたくりちゃんの物であると判断しかけましたが、それなら頻繁に聞くはずだというのに、声には聞き覚えがありませんでした。不思議に思いつつ振り向くと、膝を畳んでケツ丸出しで女の子座りしながらわんわん泣いていたのは、むしろ立場的には加害者の方でした。
「見られちゃったよう……」
そこにいたのは、全校生徒の前で華やかに振舞う、茶道部部長としての望月先輩でも、裏で樫原先輩に指示を飛ばし、毅然とした態度で敵に臨むHVDO幹部としての望月先輩でもなく、たった1人の、「少女」としての望月先輩でした。
「1番見られたくない所、1番見られたくない人に見られちゃったよう……!」
ギャップ萌え。という言葉の意味を、自分は初めて理解しました。
初めて出会った時からそうでした、などと言えば、いかにも嘘くさく、冷めた目で見られるのは果たして本意ではないのですが、自分は世の中のあらゆる女子に対して、「この人のおもらしはどうか」という角度でしか接する事が出来ず、人柄だとか家柄だとか、そういった事よりもむしろ、顔の皮1枚を剥いだ時に見える秘密の始まりに、ただならぬ興味を抱き、人間としての評価をつけている訳ですから、「初めて出会った時から」というのも、あながち嘘ではないのです。
「……完全な解放は出来ないが、手錠と足錠は用意してある。木下を自由に使えばいいだろう」
世にも珍しい望月先輩の譲歩にも、自分は一瞥をくれず、きっぱりと否定します。
「それは駄目でしょう。ただでさえ、望月先輩は1度くりちゃんの死ぬほど情けないおもらし姿を見ていますから、もし仮にもう1度くりちゃんを使うなら、手錠のような制限があっては全力が出せません。かといってここでくりちゃんを自由にする気は無いんですよね? でしたら、もう望月先輩自身がおもらしをしていただくしか勝負は成り立ちません」
ふと気づけば完全に人権の剥奪されていたくりちゃんが、何やら自分の言葉にいちいち噛み付いてきましたが、当然スルーしました。
「私は絶対におもらしなどしない。ましてや人前でなどもっての他だ」
口調は強めでしたが、逆にそれが自分自身に言い聞かせているようでもあり、ついでに、今朝全校生徒の前で盛大に漏らしたくりちゃんにとっては実に耳の痛い話でした。
「大いに結構です。先ほども申し上げた通り、自分はもう望月先輩と戦うつもりはありません」
嘘はありません。事実今でも、部屋の隅で体育座りを決め込んで、後は春木氏に全てお任せしたいくらいの気分なのです。
「この百合城においての主導権は私にある。これから木下を相手に行為をしても、お前はそれを見る気はないというのだな? ……ならば勝手に始めさせてもらう」
そう言って、望月先輩は拘束椅子の上に覆いかぶさり、きゃんきゃんと吼えるくりちゃんの唇に、その端正な顔を急接近させていきました。
瞬間、自分は背を向け、目を伏せます。
「ちょ……んぷ……ぷはっ……!」
舌で悲鳴を捻こまれるが如く、めくるめく濃厚な女子同士の接吻行為が目の前で繰り広げられているというのに、それを「見ない」というこの勇気。根は淫乱なくりちゃんは、さながらゴリラに渡された知恵の輪のように簡単に開かれ、実に淫靡な声を上げ始めましたので、合わせて自分は耳も塞ぎました。
「んっ……はっ……はっ……ぷむ……!」
「ちゅぷ……んぐっ……はむ……はふ……!」
かなり遠くで聞こえる、とんでもなく卑猥な会話に、自分は渾身の「渇ッ!!!」を叩き精神統一すると、あらゆる邪心を振り払うべく空虚自身と向き合いました。
「どうして見ない!?」
と望月先輩が怒りに満ちた声を上げ、自分が驚いて目を開いたのはそれから5分後の事で、すっかり愛撫され尽くしたくりちゃんの目は、涙を溜めて呆然と天井を見上げていました。
望月先輩とくりちゃんの、いわば横綱同士の大取組を見もせず聞きもせず背を向けて念仏を唱えるというのは、思うにとんでもない快挙でした。
自分は悟りを半開きにして、落ち着きはらった口調で告げます。
「ですから、望月先輩がどうしても自分と勝負がしたいというのなら、こちらの条件も呑んでもらわなければならないと最初から言っているではないですか」
「私は木下とは違う。おもらしなど絶対にしない」
「そういう人が漏らすのが素晴らしいのです。どうして分からないのですか」
「私の事をそういった目で見るな。寒気がする」
「ひょっとして、その寒気は尿意ではありませんか?」
自分のふざけた方便に、望月先輩はますます怒りを溜めて、鋭さを増した目線で自分を貫きました。ですが、ここで動じてしまうような自分ではありません。望月先輩への同情はあれど、おもらしを拝ませてもらえるのならば是が非でも拝みたい。
「……よし、分かった。いいだろう。1度だけ。1度だけだ。おもらしをしてやる」
いただきました。
「だが、木下には私の味わった屈辱と同じ屈辱を味合わせてやる」
純度100%の決定的な台詞でしたが、くりちゃんはまだ自らの首にロープが巻きついている事に気づいてすらいません。完全なる放心状態で、おそらく唇ごと魂も奪われてしまったのでしょう。ああ、そういえばファーストキスかもしれません。
望月先輩が拘束椅子の高さを下げ(なんという多機能)、くりちゃんのド正面に仁王立ちで構えてからようやく、くりちゃんも今まで以上にただならぬ事情を感じ取ったようでした。
「な、何すんだ! やめろ!」
語気を強めつつも、先ほどよりもこめる力の明らかに落ちてしまった悲鳴を振り回し、受け入れるという事を知らない拒否一辺倒を繰り返しました。背を向けた望月先輩は凶悪ディルドを外して(望月先輩側はむしろ小さめの径だったのは苦笑いしました)、小脇に抱えました。
「……早くやれ」
言われなくても。
自分は、望月先輩の肩に触れました。
1度では決壊しませんでしたが、どうやら影響は確実に出ているようで、身体を縮こませていました。
「覚悟は出来ましたか?」
猫なで声で尋ねると、「いいから早くしろ!」と怒られたので、8秒ほど焦らしてから、「あれ、来ないのかな?」と思ったタイミングを見計らって、「黄命」を発動しました。
間抜けなくりちゃんは、放出が行われる寸前までやめろやめろと訴えていたので、望月先輩を起点とした虹が放物線を描き、くりちゃんの真っ平な大平原に着地した時、僅かに飛び跳ねた液体が口の中に入ってしまったようで、慌てて口を閉じると、とめどない屈辱に顔を歪ませつつ、歯軋りをしながら耐えていました。
望月先輩の、腰を突き出す立ちション姿と、その尿を全身で受け、怒りと悲しみを究極まで味わうくりちゃんの、実に猥褻な景色を自分は楽しみました。もしも絵画にしたらルーブル美術館でモナリザの隣に設置される事は確実と思われるこの1枚は、その芸術性も去る事ながら凄まじくフェティズムに溢れ、自分の興奮を駆り立てました。
今はこれを脳裏に焼き付ける事が最重要であり、春木氏の方に気をかける事も出来ませんが、生粋のロリコンといえども、おそらくは相当なダメージを受けているのは確実で、いつ爆発音が起きても驚きはしません。事実、望月先輩の頭上に表示された興奮率は既に90%を超え、あと少しの所に勝利がぶら下がっていました。
望月先輩の味わっている開放感と、くりちゃんの味わっている屈辱感。2つの味が織り成すハーモニーは絶大で、自分はこのまま爆発しても良いとさえ思えたのです。
しかしその時、この場で聞いてはならない声が聞こえ、振り向くと、いてはならない人がいたのです。
とかくこの世は不条理で、幸福は一時の安らぎでしかありません。
望月先輩、くりちゃん、春木氏と偽くりちゃん、自分。
そして最後の1人が舞台に現れ、物語は結末へと加速していきました。
「あの……」
躊躇いを持った、真っ白い声。当然自分には聞き覚えがありましたが、おそらく望月先輩の方が強く覚えているはずです。
「おしっこしてるですか?」
怪しい敬語に、引っ込み思案を思わせるこの口調。しかしその実、「思い込んだら」の精神から処女を捨てる事を心から願っているビッチで、生粋のおっぱい好きも思わず唸る良い乳の持ち主。
「気持ちよさそうですけど、木下さん少しかわいそうに見えますです」
救いようの無い貧乳にも気をかけるこの心遣い。
間違いありません。
「ハル先輩!」
自分が名を呼ぶと、ハル先輩はうれしそうに駆け寄ってきて、ぎゅっと手を握りました。この凄惨な空間において突如として発生した青春ラブコメ時空に危うく足を取られそうになりましたが、ハル先輩は見事に引き戻してくれました。
「おまんこが元に戻りましたです!」
字面だけ見れば新手の性病かと思われますが、例の百合の件である事はいちいち聞きたださなくても分かる事であり、それが意味する事は、ハル先輩にとっては1つでした。
「これでセックス出来ますです!」
やはりビッチ。とことんビッチ。とにかくビッチ。それがハル先輩です。
初めての性交渉とは、確かに男子高校生にとっては世界平和よりも優先すべき問題ですが、今はその前に解決しなくてはならない問題がいくつかあります。自分は抱きついてきたハル先輩の身体を優しく離し、冷静に質問します。
「ハル先輩、どうしてここに?」
「昼休みの後、望月先輩についていろいろと調べていたら、『ある人』に会いましたです。それから色々と話をしていて、気づいたら夜になっていて、その人がここを教えてくれましたです」
全体的にふんわりとした話でしたが、1番気になるのは「ある人」という存在です。
「『ある人』とは?」
「確か……『崇拝者』と名乗っていましたです」
崇拝者。
ついさっき、望月先輩の記憶を介して知った存在でしたが、能力の強力さ、どうにもならなさは、むしろ実際に出会うよりも身に染みて理解したつもりで、その分、疑問も続けざまにいくらでも湧いてきました。
HVDOのボスが、何故ハル先輩とコンタクトを取ったのか。そしてここに誘導して何をさせたいのか。ハル先輩の百合が消えた意味と理由は何なのか。初体験をするとしたら自宅よりもラブホの方がいいのか。それとも背伸びして少し高めのホテルを予約すべきか。でもおしっこで部屋を汚したら怒られてしまうのか。
高速回転する本能に理性が追いつく前に、それらの疑問を吹き飛ばすような一声が天守閣に響きました。
「うわあああああん!!」
子供のような泣き声を聞いて、最初それはおしっこをかけらて散々に汚されたくりちゃんの物であると判断しかけましたが、それなら頻繁に聞くはずだというのに、声には聞き覚えがありませんでした。不思議に思いつつ振り向くと、膝を畳んでケツ丸出しで女の子座りしながらわんわん泣いていたのは、むしろ立場的には加害者の方でした。
「見られちゃったよう……」
そこにいたのは、全校生徒の前で華やかに振舞う、茶道部部長としての望月先輩でも、裏で樫原先輩に指示を飛ばし、毅然とした態度で敵に臨むHVDO幹部としての望月先輩でもなく、たった1人の、「少女」としての望月先輩でした。
「1番見られたくない所、1番見られたくない人に見られちゃったよう……!」
ギャップ萌え。という言葉の意味を、自分は初めて理解しました。
望月先輩が子供みたいに泣きじゃくる姿がいかに魅力的かについてをいちいち説明していると、その間に地球が滅びてしまうので、ここは1つ心を鬼にしつつ読者の皆様のたくましい想像力にお任せするとして、まずは現在、自分が置かれている状況の整理をしたいと思います。
場所は百合城、時間は零時前。
天守閣には自分、望月先輩、春木氏の変態3人、春木氏のオプションである偽くりちゃん、拘束椅子に固定された、ディープキスの直後尿まみれにされて放心状態の本物のくりちゃんと、そして自分との1ヶ月の同棲生活を経ていよいよ淫売具合に磨きのかかってきたハル先輩の合計6人がいました。
ハル先輩曰く、「崇拝者」に指示されてこの百合城に来たとの事で、確かに三枝生徒会長の説明によれば、この百合城は「男」と「望月先輩の知らない女」の入城を拒絶する効果を発している訳ですから、どちらにも当てはまらないハル先輩にとってみれば、何の事はないフリーパスであったようです。
望月先輩が泣いている理由として考えられるのは、立ちション姿を最愛の人にしっかり見られてしまったという破滅的な事実であり、いかにレズプレイに慣れていた先輩といえど、いえ、むしろ慣れていた先輩であるからこそ、突拍子も無く訪れた屈辱感に耐え切れず、心が折れてしまったのではないか、と自分は推察しています。
先ほど触れた記憶によれば、後輩を百合屋敷に連れ込み行為を行う際は、常に望月先輩がリードを取って、辱めを受けるのは常に後輩の方だけだったようで、性的な意味を含んだ放尿は、1年生の頃に受けた日向先輩からの調教の最終段階においても「ありえない行為」だったらしく、キャラ崩壊かとも疑われるこの急激な感情変化は、自分に、この場にいた全ての人物に、ただならぬ衝撃を与えました。
「いやだ! いやだよう! こんなのないよう!」
幼児退行。
とでも呼ぶのでしょうか。心理学には疎い自分ですが、望月先輩の状態がいわゆる「通常」ではない事は分かりきっていました。先程、自分はこの「かわいさ」に関する説明を丸投げすると宣言しましたが、やはりそれも非常にもったいない事のように、たった今思い直しましたので、拙い言葉ではありますが簡単に解説していきたい所存であります。
前提条件として、望月先輩が普段いかにクールで知的でリーダーシップに溢れ、完璧超人であったかという事をまずは理解していただいた上、だらしなく緩む口元、ずるずると垂れる鼻水、手を猫のように丸めて目を塞ぎ、それでもとめどなく溢れてくる涙をご覧いただきたい。
「ハルちゃんにおしっこしてる姿見られるなんて、嘘に決まってるよう!」
どこかに樫原先輩が潜んでいるのではないかと疑いたくなるほどの「ありえない台詞」を連発する望月先輩。この場にいるほとんど全員がドン引きしている中、唯一ダメージを受けている人物がいました。
「なかなかやるじゃないか……!」
気づけば春木氏の勃起率は98%まで上昇し、苦しそうな笑顔で望月先輩を凝視していました。つまり結局の所、幼児モードに入った望月先輩のかわいさのなんたるかについては、わざわざ自分が説明する必要など最初からなかったという事です。
思いがけない展開に自分の脳はついて行けてないようですので、もう1度整理する時間をください。
1番見られたくない放尿姿を1番見られたくない人物に見られた望月先輩の受けたショックは分かりましたし、心に受けた傷が余りにも大きく、子供のような態度で泣き出してしまったという事も「自分は」かろうじて理解しました。ここであえて「自分は」と強調したのは、全くの理解不能に陥っている人物が2人いるからです。
1人目はくりちゃん。尿まみれになりながらも茫然自失ですが、それでもようやく周囲の異変に気づき、先程まで堂々たる放尿を披露していた人物が何故か泣き崩れているという不可解さに少しは疑問を持ち始めた様子でしたが、「それよりもあたしを早く解放しろ!」という主張の方が強く、あと1分もすればまたぎゃあぎゃあとくだらない事を叫び始める事は請け合いです。直接記憶に触れた自分がこんな言い方をするのは若干卑怯な気もしますが、樫原先輩と自分の対決の場にいたにも関わらず、望月先輩がハル先輩に寄せる恋心に気づかないのは相当に鈍いと見え、結局くりちゃんは「あたしがあたしが」の精神なのですね、と叱責したくなりました。
そして2人目は、望月先輩のディープラブ対象、その本人であるハル先輩。
「あわわわ、望月先輩、どうしましたですか」
と慌てふためく姿は演技ではなく、本当に何も分からない様子で、例の百合の件で、望月先輩にとって自身がどういった存在なのか、あるいはもっと前から茶道部に勧誘された時点で、その辺の空気は察していても良いはずなのですが、こちらの処女もくりちゃんと負けず劣らず鈍いと見え、「泣かないでくださいです望月先輩! 誰でもおもらしくらいしますですよ!」とてんで見当違いなアドバイス、というか追撃を喰らわせているのでした。
自分よりも更について来れていない2人とは対照的に、自分の遥か先に進んでしまった人物、それが春木氏です。
「うぇーん……こんなのひどいよう!」と泣く望月先輩に対して、
「くっ……流石はHVDOの幹部といった所だね」と、冷や汗を流す春木氏。
望月先輩のこの独特な反応は、思わぬ成果を生んだと言えます。三枝生徒会長の露出ストリップを見ても、100人の女子を相手にした手マンマラソンをこなしても負けなかった男が今、勃起しかかっている。これこそが真の異常事態です。
おそらく、という保険をかけさせてもらいますが、自分なりの納得は既に出来上がっています。
言うまでもなく春木氏はロリコン。純度100%の、蕎麦で言えば十割の、全くもって誤魔化しのきかないガチのロリータコンプレックスです。まだ年端もいかぬ子供に対して劣情を抱くド変態であるという点において、春木氏は一点の曇りもなくそうであると断言させていだきます。
しかしながら、ロリコンと一口に言えど、馬鹿にせずきちんと分析してみれば、ロリコン同士の中にも微妙な「差」が存在する事に気がつくはずです。
その「差」とは、大きく分ければ以下の2つ。
幼女の未完成の肉体に欲情する者。
幼女の未完成の精神を尊敬する者。
ロリコンと罵られる方はこの2つのカルマを時と場合によって使い分けながら生きていると言えます。例えば地面に落ちた何かを取ろうと屈んだ瞬間、オーバーオールの隙間からちらりと見えた事故乳首にドキッと来るのは前者、運動会の徒競走で必死に前の生徒を追いかける姿を見て、親類縁者でもないのに声を張り上げて応援するのは後者。1人で買い物に来て物を買った後、店員に頭を下げお礼を言うのを見て心の平穏を得るのも後者。プールから上がったばかりのスクール水着から滴る幼女水をぐい飲みしたいと願うのが後者。くりちゃんが幼女化していた時、一時期は自分もそうであった事を思い出していただければ、この理論にも若干の信憑性が増されると思われます。
春木氏が何かを仕掛けた訳ではないのですから、当然、望月先輩の見た目には何の変化も起きていません。しかし望月先輩の精神は非常に不安定な状態に陥っており、これは感情の昂ぶりを全く抑える気のない「子供」の特徴と一致します。言い換えてみれば、高校生の身体を持った子供。幼女化して、記憶を消される前のくりちゃんと全く「逆」の存在である訳です。
春木氏ほどの達人ともなれば、自分が今あげた2つのロリコニズムを、両方とも高い水準で習得している事は大前提であり、「幼女の肉体」になった高校生に対して抱く感情と、似て非なれど近く良く似た感情を「幼女の精神」になった高校生に対して抱くというのもこれまた当然の話で、この苦戦は演技でも何でもなく事実そのままであるように思えました。
これはつまり、チャンスです。
今、このタイミングで望月先輩にもう1度、幼女的演出の入ったおもらしをしていただければ、春木氏を倒すには十分な攻撃力が得られると見てまず間違いは無いでしょう。そもそも望月先輩の泣き出したきっかけを作ったのは自分の「黄命」であり、春木氏の興奮率には「好きな人におもらしを見られてしまった」というシチュエーションを起因としたエロスが大いに含まれているはずです。
さて問題は、どのようにして望月先輩に近づくか、という点です。
今ここで自分が下手に動けば、無論、春木氏は気づきます。春木氏には、偽くりちゃんという、命令されれば死んでくれるような便利な使い魔がいますので、自分側がハル先輩を戦力として数えても、2人のコンビネーションには敵わないように思われますし、望月先輩自身も、2回目のおもらしとなればかなりの抵抗を見せるはずです。膀胱が空っぽになった今、3度の接触というハードルは非常に高く、強行突破は難しい。動けば制され、千載一遇のチャンスを失う。くりちゃんとは違いますが、自分も身動きの取れない状況であるという訳です。
そんな状況を打ち破るきっかけを作ってくれたのが、ハル先輩でした。
「あの、さっきも言いましたですけど、やっと私の百合が無くなっておまんこが元に戻りましたですから、早くセックスしたいです。……もっくんと一緒に帰っても良いです?」
頭の中にはそれしかないのか、と呆れつつも少し嬉しい台詞。それを聞いて望月先輩は更に一回り大きく泣き声をあげました。
「ハルちゃんに嫌われちゃったよう!」元々そんなに好かれてもいないという事はさておき、「もう嫌だよう! 死にたいよう! ハルちゃん行かないでよう!」
我を失って叫ぶ最後の言葉に、ハル先輩が反応を示しました。
「えっと、あの、もしかして、望月先輩って私の事……」
今更か、というような気づきでしたが、それはとても重要な事でした。
「……好きだったです?」
望月先輩は一瞬声を止め、こくりと頷きました。それを確認したハル先輩は、見る見る顔を真っ赤にさせて、堰を切ったように言います。
「あ、あの、1年生の時に望月先輩が私を茶道部に誘ってくれた時は、私の生活態度が悪いからお仕置きされると思って断っていたですよ! それでもほとんど毎日お誘いされたので、私が援助交際に興味を持ち始めたのがバレていて、怒られて止められるのが嫌で! それでそれでやっと望月先輩からの勧誘が無くなったと思ったらおまんこが百合になっていて……。だ、だから私、望月先輩の事嫌いになんてなってないです! むしろちょっと憧れている部分もありますです! ……ただ、早く誰かとセックスしたいと思っているだけで……」
必死の弁明でしたが、望月先輩に変化は起きず泣き続けます。
「女同士じゃ本当のセックスが出来ないもん! ハルちゃん淫乱すぎるよう!」
論点がどんどんずれ込んでいる気がしますが、とりあえず間違ってはいません。
対してハル先輩は、何を思ったのか、吹っ切れたように言い放ちました。
「そ、それなら! 3Pをすればいいです!」
「え?」
望月先輩は顔をあげ、きょとんとしながらハル先輩を見ました。
3Pとは、スーパーファミコンのマルチタップ的な意味合いではなく、「嬲」、「嫐」、という意味での3Pであり、この場合は後者、「嫐」という状態を指し示す言葉であると思われます。
「そ、そうですよ! 何も1対1にこだわる必要なんてありませんです! 私と、望月先輩と、もっくんの3人で楽しくセックスしますです! そうしたら望月先輩も泣く必要ありませんですし、私も念願のセックスが出来て嬉しいです!」
ここに来て、なんという建設的な意見か、と自分は思わず拍手を送りたくなりました。
望月先輩はぽかんとしたままで、しかし先程まで湧き続けていた涙は止まり、零れた言葉はこうでした。
「ほんとに……?」
瞬間アナライズ。「ほんとに」=「本当に」の幼めな表現=まだ立ち直ってはいない。そして語尾に「?」が置かれているのは疑問系である事を示しており、ハル先輩の言葉の真偽を確認したかった。これらを踏まえた上で「……」に込められた意味を推理し、補足しますと、この台詞の真意はつまりこうです。
「ハルちゃん……本当にセックスしてくれるの?」
自分の分析よりも早く、実際に口に出した望月先輩の質問に、ハル先輩は答えました。
「はいです!」
自分を置き去りにして合併交渉がまとまりつつある事は気になりますが、かといってあえて反対の声をあげるつもりは微塵も無く、望月先輩、ハル先輩とのパラスティックポリティカルパクト、いわゆる3P行為に及ぶ事はむしろこちらからお願いしたいくらいの名誉であると自分は認識しています。
「ほ、本当は2人でしたいけど、ハルがそう言うなら、3Pでも……いいよ……」
先程とはまた別ベクトルのかわいさを発揮し始めた望月先輩。
いよいよ自分もこれを捨てる時がきたか、と心の部屋の真ん中に堂々と鎮座し続けて十余年の童貞の像、略して童像を動かそうとした瞬間、「待った」が入りました。
「望月さん。本当にそれでいいのかい?」
勃起率99%と抜き差しなら無い状況の春木氏でしたが、しかしその表情はすっかり冷静さを取り戻していました。
「君は女同士の行為にしか興味が無いはずだ。しかし3Pともなれば、五十妻君はアレを君のアレに、何の断りもなしに容赦なくぶち込む気だよ。それでもいいのかい?」
名誉毀損で訴えたいのでどなたか告訴の準備を。ぶち込む事自体は否定しませんが、きちんと断りは入れます。
「男との行為は君自身の性癖の敗北を意味するんじゃないか? そもそも、ハルさんの性器が百合から元に戻ったのは、君自身の愛情が失われたからかもしれないよね。その問題も解決せずに、ただ目の前に餌がぶら下がっているからといって喰らいついてしまうのは、君の流儀、ひいては茶道部の伝統にも反する行為だと僕は思うんだけど」
春木氏の指摘は鋭く、なおかつ遠慮がありませんでした。このまま3Pに突入すれば分が悪いと踏み、ここで望月先輩を責めて3P計画をご破算に持って行くというのは大胆かつ的確で、微に入り細を穿つ一手であると言えます。
望月先輩の表情がふにゃふにゃと緩んで行き、眼の奥から何かがこみ上げてきて、あと少しでまたわんわん泣き出してしまう、という心配が頭をよぎりましたが、現実は更に上を行っていました。
「……すまない。取り乱してしまった」
戻りやがったのです。
望月先輩は立ち上がり、きりっとした表情で自分とハル先輩を見て言いました。
「3Pの話は忘れてくれ」
ぷち。
自分は珍しくキレてしまいました。衝動的に春木氏の胸倉を掴み、叫びます。
「余計な事を!!!」
「どう見たって正当防衛じゃないか」
「他人の、しかも童貞の初体験のチャンスを奪うのは非人道的です。過剰防衛と思われます!」
「五十妻君、少しは冷静になってくれよ。今は性癖バトルの真っ最中で、目的は望月さんの撃破だろう?」
「そんな事、最早どうでも良いのです! 春木氏は偽くりちゃん相手に毎晩好きな事が出来るんでしょうが、こっちは明日のおかずにも困っている状況なんですよ!」
「それは君の身の振り方次第さ」
「何ですと!?」
「ま、待ってくださいです2人とも! 喧嘩は良くないですよ!」と、ハル先輩が割って入ってきましたが、自分の怒りは収まらず、怒髪天を突く勢いで春木氏を責めます。
「だったら代わりに偽くりちゃんを一晩貸してください!」
「いくら何でもそれは出来ないよ」
「何で!!」
「あの、マスター」
次に割り込んできたのは偽くりちゃん。
「望月さんが梯子を使って、屋根に上ったみたいですが、いいのですか?」
振り向けば、そこに望月先輩はいません。
形容しがたい嫌な感触が鼻先を掠めました。
場所は百合城、時間は零時前。
天守閣には自分、望月先輩、春木氏の変態3人、春木氏のオプションである偽くりちゃん、拘束椅子に固定された、ディープキスの直後尿まみれにされて放心状態の本物のくりちゃんと、そして自分との1ヶ月の同棲生活を経ていよいよ淫売具合に磨きのかかってきたハル先輩の合計6人がいました。
ハル先輩曰く、「崇拝者」に指示されてこの百合城に来たとの事で、確かに三枝生徒会長の説明によれば、この百合城は「男」と「望月先輩の知らない女」の入城を拒絶する効果を発している訳ですから、どちらにも当てはまらないハル先輩にとってみれば、何の事はないフリーパスであったようです。
望月先輩が泣いている理由として考えられるのは、立ちション姿を最愛の人にしっかり見られてしまったという破滅的な事実であり、いかにレズプレイに慣れていた先輩といえど、いえ、むしろ慣れていた先輩であるからこそ、突拍子も無く訪れた屈辱感に耐え切れず、心が折れてしまったのではないか、と自分は推察しています。
先ほど触れた記憶によれば、後輩を百合屋敷に連れ込み行為を行う際は、常に望月先輩がリードを取って、辱めを受けるのは常に後輩の方だけだったようで、性的な意味を含んだ放尿は、1年生の頃に受けた日向先輩からの調教の最終段階においても「ありえない行為」だったらしく、キャラ崩壊かとも疑われるこの急激な感情変化は、自分に、この場にいた全ての人物に、ただならぬ衝撃を与えました。
「いやだ! いやだよう! こんなのないよう!」
幼児退行。
とでも呼ぶのでしょうか。心理学には疎い自分ですが、望月先輩の状態がいわゆる「通常」ではない事は分かりきっていました。先程、自分はこの「かわいさ」に関する説明を丸投げすると宣言しましたが、やはりそれも非常にもったいない事のように、たった今思い直しましたので、拙い言葉ではありますが簡単に解説していきたい所存であります。
前提条件として、望月先輩が普段いかにクールで知的でリーダーシップに溢れ、完璧超人であったかという事をまずは理解していただいた上、だらしなく緩む口元、ずるずると垂れる鼻水、手を猫のように丸めて目を塞ぎ、それでもとめどなく溢れてくる涙をご覧いただきたい。
「ハルちゃんにおしっこしてる姿見られるなんて、嘘に決まってるよう!」
どこかに樫原先輩が潜んでいるのではないかと疑いたくなるほどの「ありえない台詞」を連発する望月先輩。この場にいるほとんど全員がドン引きしている中、唯一ダメージを受けている人物がいました。
「なかなかやるじゃないか……!」
気づけば春木氏の勃起率は98%まで上昇し、苦しそうな笑顔で望月先輩を凝視していました。つまり結局の所、幼児モードに入った望月先輩のかわいさのなんたるかについては、わざわざ自分が説明する必要など最初からなかったという事です。
思いがけない展開に自分の脳はついて行けてないようですので、もう1度整理する時間をください。
1番見られたくない放尿姿を1番見られたくない人物に見られた望月先輩の受けたショックは分かりましたし、心に受けた傷が余りにも大きく、子供のような態度で泣き出してしまったという事も「自分は」かろうじて理解しました。ここであえて「自分は」と強調したのは、全くの理解不能に陥っている人物が2人いるからです。
1人目はくりちゃん。尿まみれになりながらも茫然自失ですが、それでもようやく周囲の異変に気づき、先程まで堂々たる放尿を披露していた人物が何故か泣き崩れているという不可解さに少しは疑問を持ち始めた様子でしたが、「それよりもあたしを早く解放しろ!」という主張の方が強く、あと1分もすればまたぎゃあぎゃあとくだらない事を叫び始める事は請け合いです。直接記憶に触れた自分がこんな言い方をするのは若干卑怯な気もしますが、樫原先輩と自分の対決の場にいたにも関わらず、望月先輩がハル先輩に寄せる恋心に気づかないのは相当に鈍いと見え、結局くりちゃんは「あたしがあたしが」の精神なのですね、と叱責したくなりました。
そして2人目は、望月先輩のディープラブ対象、その本人であるハル先輩。
「あわわわ、望月先輩、どうしましたですか」
と慌てふためく姿は演技ではなく、本当に何も分からない様子で、例の百合の件で、望月先輩にとって自身がどういった存在なのか、あるいはもっと前から茶道部に勧誘された時点で、その辺の空気は察していても良いはずなのですが、こちらの処女もくりちゃんと負けず劣らず鈍いと見え、「泣かないでくださいです望月先輩! 誰でもおもらしくらいしますですよ!」とてんで見当違いなアドバイス、というか追撃を喰らわせているのでした。
自分よりも更について来れていない2人とは対照的に、自分の遥か先に進んでしまった人物、それが春木氏です。
「うぇーん……こんなのひどいよう!」と泣く望月先輩に対して、
「くっ……流石はHVDOの幹部といった所だね」と、冷や汗を流す春木氏。
望月先輩のこの独特な反応は、思わぬ成果を生んだと言えます。三枝生徒会長の露出ストリップを見ても、100人の女子を相手にした手マンマラソンをこなしても負けなかった男が今、勃起しかかっている。これこそが真の異常事態です。
おそらく、という保険をかけさせてもらいますが、自分なりの納得は既に出来上がっています。
言うまでもなく春木氏はロリコン。純度100%の、蕎麦で言えば十割の、全くもって誤魔化しのきかないガチのロリータコンプレックスです。まだ年端もいかぬ子供に対して劣情を抱くド変態であるという点において、春木氏は一点の曇りもなくそうであると断言させていだきます。
しかしながら、ロリコンと一口に言えど、馬鹿にせずきちんと分析してみれば、ロリコン同士の中にも微妙な「差」が存在する事に気がつくはずです。
その「差」とは、大きく分ければ以下の2つ。
幼女の未完成の肉体に欲情する者。
幼女の未完成の精神を尊敬する者。
ロリコンと罵られる方はこの2つのカルマを時と場合によって使い分けながら生きていると言えます。例えば地面に落ちた何かを取ろうと屈んだ瞬間、オーバーオールの隙間からちらりと見えた事故乳首にドキッと来るのは前者、運動会の徒競走で必死に前の生徒を追いかける姿を見て、親類縁者でもないのに声を張り上げて応援するのは後者。1人で買い物に来て物を買った後、店員に頭を下げお礼を言うのを見て心の平穏を得るのも後者。プールから上がったばかりのスクール水着から滴る幼女水をぐい飲みしたいと願うのが後者。くりちゃんが幼女化していた時、一時期は自分もそうであった事を思い出していただければ、この理論にも若干の信憑性が増されると思われます。
春木氏が何かを仕掛けた訳ではないのですから、当然、望月先輩の見た目には何の変化も起きていません。しかし望月先輩の精神は非常に不安定な状態に陥っており、これは感情の昂ぶりを全く抑える気のない「子供」の特徴と一致します。言い換えてみれば、高校生の身体を持った子供。幼女化して、記憶を消される前のくりちゃんと全く「逆」の存在である訳です。
春木氏ほどの達人ともなれば、自分が今あげた2つのロリコニズムを、両方とも高い水準で習得している事は大前提であり、「幼女の肉体」になった高校生に対して抱く感情と、似て非なれど近く良く似た感情を「幼女の精神」になった高校生に対して抱くというのもこれまた当然の話で、この苦戦は演技でも何でもなく事実そのままであるように思えました。
これはつまり、チャンスです。
今、このタイミングで望月先輩にもう1度、幼女的演出の入ったおもらしをしていただければ、春木氏を倒すには十分な攻撃力が得られると見てまず間違いは無いでしょう。そもそも望月先輩の泣き出したきっかけを作ったのは自分の「黄命」であり、春木氏の興奮率には「好きな人におもらしを見られてしまった」というシチュエーションを起因としたエロスが大いに含まれているはずです。
さて問題は、どのようにして望月先輩に近づくか、という点です。
今ここで自分が下手に動けば、無論、春木氏は気づきます。春木氏には、偽くりちゃんという、命令されれば死んでくれるような便利な使い魔がいますので、自分側がハル先輩を戦力として数えても、2人のコンビネーションには敵わないように思われますし、望月先輩自身も、2回目のおもらしとなればかなりの抵抗を見せるはずです。膀胱が空っぽになった今、3度の接触というハードルは非常に高く、強行突破は難しい。動けば制され、千載一遇のチャンスを失う。くりちゃんとは違いますが、自分も身動きの取れない状況であるという訳です。
そんな状況を打ち破るきっかけを作ってくれたのが、ハル先輩でした。
「あの、さっきも言いましたですけど、やっと私の百合が無くなっておまんこが元に戻りましたですから、早くセックスしたいです。……もっくんと一緒に帰っても良いです?」
頭の中にはそれしかないのか、と呆れつつも少し嬉しい台詞。それを聞いて望月先輩は更に一回り大きく泣き声をあげました。
「ハルちゃんに嫌われちゃったよう!」元々そんなに好かれてもいないという事はさておき、「もう嫌だよう! 死にたいよう! ハルちゃん行かないでよう!」
我を失って叫ぶ最後の言葉に、ハル先輩が反応を示しました。
「えっと、あの、もしかして、望月先輩って私の事……」
今更か、というような気づきでしたが、それはとても重要な事でした。
「……好きだったです?」
望月先輩は一瞬声を止め、こくりと頷きました。それを確認したハル先輩は、見る見る顔を真っ赤にさせて、堰を切ったように言います。
「あ、あの、1年生の時に望月先輩が私を茶道部に誘ってくれた時は、私の生活態度が悪いからお仕置きされると思って断っていたですよ! それでもほとんど毎日お誘いされたので、私が援助交際に興味を持ち始めたのがバレていて、怒られて止められるのが嫌で! それでそれでやっと望月先輩からの勧誘が無くなったと思ったらおまんこが百合になっていて……。だ、だから私、望月先輩の事嫌いになんてなってないです! むしろちょっと憧れている部分もありますです! ……ただ、早く誰かとセックスしたいと思っているだけで……」
必死の弁明でしたが、望月先輩に変化は起きず泣き続けます。
「女同士じゃ本当のセックスが出来ないもん! ハルちゃん淫乱すぎるよう!」
論点がどんどんずれ込んでいる気がしますが、とりあえず間違ってはいません。
対してハル先輩は、何を思ったのか、吹っ切れたように言い放ちました。
「そ、それなら! 3Pをすればいいです!」
「え?」
望月先輩は顔をあげ、きょとんとしながらハル先輩を見ました。
3Pとは、スーパーファミコンのマルチタップ的な意味合いではなく、「嬲」、「嫐」、という意味での3Pであり、この場合は後者、「嫐」という状態を指し示す言葉であると思われます。
「そ、そうですよ! 何も1対1にこだわる必要なんてありませんです! 私と、望月先輩と、もっくんの3人で楽しくセックスしますです! そうしたら望月先輩も泣く必要ありませんですし、私も念願のセックスが出来て嬉しいです!」
ここに来て、なんという建設的な意見か、と自分は思わず拍手を送りたくなりました。
望月先輩はぽかんとしたままで、しかし先程まで湧き続けていた涙は止まり、零れた言葉はこうでした。
「ほんとに……?」
瞬間アナライズ。「ほんとに」=「本当に」の幼めな表現=まだ立ち直ってはいない。そして語尾に「?」が置かれているのは疑問系である事を示しており、ハル先輩の言葉の真偽を確認したかった。これらを踏まえた上で「……」に込められた意味を推理し、補足しますと、この台詞の真意はつまりこうです。
「ハルちゃん……本当にセックスしてくれるの?」
自分の分析よりも早く、実際に口に出した望月先輩の質問に、ハル先輩は答えました。
「はいです!」
自分を置き去りにして合併交渉がまとまりつつある事は気になりますが、かといってあえて反対の声をあげるつもりは微塵も無く、望月先輩、ハル先輩とのパラスティックポリティカルパクト、いわゆる3P行為に及ぶ事はむしろこちらからお願いしたいくらいの名誉であると自分は認識しています。
「ほ、本当は2人でしたいけど、ハルがそう言うなら、3Pでも……いいよ……」
先程とはまた別ベクトルのかわいさを発揮し始めた望月先輩。
いよいよ自分もこれを捨てる時がきたか、と心の部屋の真ん中に堂々と鎮座し続けて十余年の童貞の像、略して童像を動かそうとした瞬間、「待った」が入りました。
「望月さん。本当にそれでいいのかい?」
勃起率99%と抜き差しなら無い状況の春木氏でしたが、しかしその表情はすっかり冷静さを取り戻していました。
「君は女同士の行為にしか興味が無いはずだ。しかし3Pともなれば、五十妻君はアレを君のアレに、何の断りもなしに容赦なくぶち込む気だよ。それでもいいのかい?」
名誉毀損で訴えたいのでどなたか告訴の準備を。ぶち込む事自体は否定しませんが、きちんと断りは入れます。
「男との行為は君自身の性癖の敗北を意味するんじゃないか? そもそも、ハルさんの性器が百合から元に戻ったのは、君自身の愛情が失われたからかもしれないよね。その問題も解決せずに、ただ目の前に餌がぶら下がっているからといって喰らいついてしまうのは、君の流儀、ひいては茶道部の伝統にも反する行為だと僕は思うんだけど」
春木氏の指摘は鋭く、なおかつ遠慮がありませんでした。このまま3Pに突入すれば分が悪いと踏み、ここで望月先輩を責めて3P計画をご破算に持って行くというのは大胆かつ的確で、微に入り細を穿つ一手であると言えます。
望月先輩の表情がふにゃふにゃと緩んで行き、眼の奥から何かがこみ上げてきて、あと少しでまたわんわん泣き出してしまう、という心配が頭をよぎりましたが、現実は更に上を行っていました。
「……すまない。取り乱してしまった」
戻りやがったのです。
望月先輩は立ち上がり、きりっとした表情で自分とハル先輩を見て言いました。
「3Pの話は忘れてくれ」
ぷち。
自分は珍しくキレてしまいました。衝動的に春木氏の胸倉を掴み、叫びます。
「余計な事を!!!」
「どう見たって正当防衛じゃないか」
「他人の、しかも童貞の初体験のチャンスを奪うのは非人道的です。過剰防衛と思われます!」
「五十妻君、少しは冷静になってくれよ。今は性癖バトルの真っ最中で、目的は望月さんの撃破だろう?」
「そんな事、最早どうでも良いのです! 春木氏は偽くりちゃん相手に毎晩好きな事が出来るんでしょうが、こっちは明日のおかずにも困っている状況なんですよ!」
「それは君の身の振り方次第さ」
「何ですと!?」
「ま、待ってくださいです2人とも! 喧嘩は良くないですよ!」と、ハル先輩が割って入ってきましたが、自分の怒りは収まらず、怒髪天を突く勢いで春木氏を責めます。
「だったら代わりに偽くりちゃんを一晩貸してください!」
「いくら何でもそれは出来ないよ」
「何で!!」
「あの、マスター」
次に割り込んできたのは偽くりちゃん。
「望月さんが梯子を使って、屋根に上ったみたいですが、いいのですか?」
振り向けば、そこに望月先輩はいません。
形容しがたい嫌な感触が鼻先を掠めました。
最終局面。
普段はどのようなピンチの中にも、張り詰めた緊張感と併せて、隙あらば美少女のおもらしを拝み、明日を生きる糧としようという下心を持つ自分ですが、今この時、この場所においては、「マジ」にならなくてはならないようです。
正直に告白すれば、自分は見誤っていました。望月先輩の記憶に触れ、ハル先輩に対する想いを知ってもなお、俗っぽい言い方をすれば「舐めていた」。記憶とはあくまでも脳に蓄積された電気信号の集まりでしかなく、どうやらいわゆる「心」とやらはブラックボックスの中にはなかったようなのです。
「もう1度、考え直してください」
風がこんなにも怖い物だと思ったことは、今の今までありませんでした。空に近い瓦の上、しゃちほこにしがみつき、反対側に悠然と立った望月先輩に対して言葉を投げかけました。
「もう生きてはいけないのだ。分かってくれ」
望月先輩の口調は驚くほどしっかりとしていて、心が弱いフリをする人がよく口にする「死にたい」とはまったく逆の意味の、言わば本当の意味での「死にたさ」を主張していました。自分は声を張り上げます。
「たった1回おもらしを見られたくらいで死んでいたら、くりちゃんは一体何度死ななきゃいけないんですか!」
梯子の下には春木氏達が待機しています。一度に何人も屋根に上ると、そのまま集団自殺に発展する可能性があり危険なので、自分が代表して望月先輩の説得役を買ってでました。やや人選に不安を覚える方もいらっしゃるでしょうが、こればかりは消去法です。春木氏は望月先輩を追い込んだ張本人であるので却下ですし、ハル先輩本人が先頭に立つのはリスクが高すぎ、くりちゃんに至っては偽も本物も論外なので、適任者は自分しかいませんでした。
「望月先輩、とにかく一旦中に戻りましょう。もう1度冷静に話し合いをしましょう!」
今までになく真剣に、懸命に叫びましたが、望月先輩は横顔は何かを悟っており、今にも風に流されてしまいそうな身体を崖っぷちに立たせています。
「全ては終わったんだ。五十妻、下を見てみろ」
自分は言われたとおり、そろりそろりと顔を出し、見下ろしました。
すると、そこにあったのは立派な城ではなく、所々が剥がれ落ち、黒く虚無に満ちた空間に変わっていく「滅び」でした。聳え立った城壁が崩れ、迎撃に使われた大砲も消滅し、あるいは階ごと暗闇に飲み込まれ、見るも無残な有様に自分は動揺を隠せませんでした。
「これは……」
「私の性癖が無くなりかけているという事だろう」
興味なさそうに呟く望月先輩に、自分は尋ねます。
「おもらしを見られる事は、そんなにも耐えられない事ですか?」
「私が問題にしているのはそこではない」望月先輩は1つため息をついて続けます。「ハルから3Pの提案があった時、私はそれを受け入れようとしてしまった。放尿直後で心神喪失状態だったとはいえ、これは許されない事だ」
「何故、ですか?」
「お前は既に知っているだろうが、私のHVDO能力は先輩から受け継いだ物だ。そして私の使命は、先輩達が守ってきた茶道部を守りぬく事。……だが、もうすぐその歴史も終わる。清陽高校は合併されて無くなるからな」
三枝生徒会長は、頼りになると同時に多大なる影響を及ぼす人です。それが良い時もあれば悪い時もある。当たり前の事ですが、気づいていなかった事でした。
「翠郷高校に合併された後も、茶道部を続ける事は出来ないのですか?」
「出来なくはない。だが、それは私が先輩から受け継いだ茶道部ではない。例の伝統はOBの方々を満足させる為だけに続くだろうがな」
皮肉っぽく乾いた笑みを見せる望月先輩は、何も無い空間の一点を見つめていました。
「ならばいっそ私が終わらせようと思った。崇拝者を倒し、HVDOを潰し、全ての流れを断ち切る。それだけが、私が先輩に出来る唯一の恩返しだと思った。……だが、私は私が思っているよりも浅はかな人間だった」
先ほどの場面を思い出しました。ハル先輩の提案に揺らぐ望月先輩。自分にとっては嬉しい誤算でしかありませんでしたが、望月先輩にとっては、許されざる逡巡だったのかもしれません。個人個人の心的姿勢について、他人がとやかく言う事は、自分も良しとはしませんが、これだけは言わせていただきました。
「ですから、そんな事を言っていたらくりちゃんはどうなると言うのです。簡単に寝返り、勝手に罠にかかって、おしっこを撒き散らしながら堂々と生きている女子だって実際にいるのですから、望月先輩は全くもって浅はかなどではありません」
我ながら、渾身の説得でした。くりちゃんの生き様を見て、「自分の方がマシだ」と思わない人間はいませんし、こういう場合、自分よりも低い存在を見て安心を得るという行為は何も恥ずかしくはないと自分は思います。とにかく、死んでしまったらそこで終わりなのですから。
「ふふ」
和みのある笑い声。
光明を見つけた気がして、自分も心を緩めます。
望月先輩はこちらを向き、冷ややかな赤い質問を放ちます。
「しかし五十妻、君はそんな木下が好きなのだろう?」
恥。
この状況においてもなお、望月先輩は自分よりも1枚上手なのでした。思い直すように説得しよう、という心構え自体がまず間違っており、自分は思い上がっていたのです。
「私はハルを好きになりすぎた。自分自身を見失うほどにな」
望月先輩は再び自分に背を向け、この百合城、いえ清陽高校の校舎から地面を見下ろすと、何かを覚悟し、わざとらしい嘘をつくように、例の口調で、台詞を読み上げるように言います。
「明日には知らない誰かに壊されるような砂山だった。銀のスプーンに乗った甘くて暖かいミルクだった。私のしていた事は、『足りない部分』を『足りない物』で埋める事だった。君に、気づかされたよ」
望月先輩は全てを許されたような表情で両手を大きく広げると、深く天を仰ぎました。力がふわりと抜けていき、彼女自身が創ったこの城の頂上から、その美しくも豊満な肢体を投げたのです。
望月先輩の身体が、一瞬だけ宙に浮かび、そして落ちていく刹那、声が聞こえました。
『お前は、変態ではなかったのか?』
目の前の空間が急に色を失い、頭の中に響く声だけがやけにはっきりと聞こえ、身動きはとれず、また、声をあげる事も出来ません。
自分が聞いたその声は、以前、自分がHVDO能力に目覚めた次の日、等々力氏との初めての性癖バトルに聞いた時のその声とよく似ていました。いえ、そのままと言った方が正しいかもしれません。自分はあの時、声の主は他ならぬ自分自身であり、「理想の変態像」がそう尋ねているのであると解釈しましたが、今回のはそういった「心の声」とは明らかに違う雰囲気を感じます。
「目の前で、美しい女子が1人命を捨てようとしているというのに、お前はそれで平気なのか?」
声は尋ねます。よく聞けば、自分のとは似ても似つかぬ、そこそこ年をくった大人の男の声です。しかしそれが以前に聞いた声であったと言われればそうであるような、奇妙に落ち着きのある、しかし紛れも無く変態の声です。
「今更だが、自己紹介をしておこう。私は『崇拝者』。既にお前は知っていると思うが、HVDOという組織を統括している」
自分は目を見開き、望月先輩がいた空間を凝視します。
「望月ソフィアがこうなる事は、私の能力『アカシック中古レコード』で既に知っていた。こうしてお前に語りかけているのは、私の別の能力によるものだ。処女崇拝者は童貞と心を通わせる事が出来るからな」
凄まじい理屈ですが、あながち分からなくもありません。しかし、予知していたというのならば、何故……。
「望月ソフィアを助けたいか?」
自分は心の中で、即座に肯定を返します。
「ならば、取引だ。今も言ったように、私は望月ソフィアがこうなる事を知っていた。よって、助ける手段は既に用意してある。しかし望月ソフィアは自らの意思でこの選択をしたのだから、私に助ける義務はない。が、お前がどうしても助けたいと言うのならば、助けてやらん事もない。条件はあるが……」
そして自分に突きつけられた要求は、残酷な物でした。
「蕪野ハルの処女を私によこせ」
自分が貰い受ける約束をしたハル先輩の処女。それは巨万の富に匹敵する価値のある物です。
「蕪野ハルの意思は関係ない。お前が蕪野ハルと交わした約束を、私に譲ると宣言するだけでいい。それだけで私の別の能力の発動条件は満たされ、和姦が成立する」
どうやら冗談ではないようです。崇拝者は、例の能力によってこの場面をあらかじめ見越していた。そしてこの取引を持ちかけ、ハル先輩の処女を横から掻っ攫っていくつもりだった。望月先輩も、自分も、手のひらで踊らされていたという訳です。
「さあ、選べ。望月ソフィアの命か、蕪野ハルの処女か。選択権はお前にある」
迷いはありませんでした。
普段はどのようなピンチの中にも、張り詰めた緊張感と併せて、隙あらば美少女のおもらしを拝み、明日を生きる糧としようという下心を持つ自分ですが、今この時、この場所においては、「マジ」にならなくてはならないようです。
正直に告白すれば、自分は見誤っていました。望月先輩の記憶に触れ、ハル先輩に対する想いを知ってもなお、俗っぽい言い方をすれば「舐めていた」。記憶とはあくまでも脳に蓄積された電気信号の集まりでしかなく、どうやらいわゆる「心」とやらはブラックボックスの中にはなかったようなのです。
「もう1度、考え直してください」
風がこんなにも怖い物だと思ったことは、今の今までありませんでした。空に近い瓦の上、しゃちほこにしがみつき、反対側に悠然と立った望月先輩に対して言葉を投げかけました。
「もう生きてはいけないのだ。分かってくれ」
望月先輩の口調は驚くほどしっかりとしていて、心が弱いフリをする人がよく口にする「死にたい」とはまったく逆の意味の、言わば本当の意味での「死にたさ」を主張していました。自分は声を張り上げます。
「たった1回おもらしを見られたくらいで死んでいたら、くりちゃんは一体何度死ななきゃいけないんですか!」
梯子の下には春木氏達が待機しています。一度に何人も屋根に上ると、そのまま集団自殺に発展する可能性があり危険なので、自分が代表して望月先輩の説得役を買ってでました。やや人選に不安を覚える方もいらっしゃるでしょうが、こればかりは消去法です。春木氏は望月先輩を追い込んだ張本人であるので却下ですし、ハル先輩本人が先頭に立つのはリスクが高すぎ、くりちゃんに至っては偽も本物も論外なので、適任者は自分しかいませんでした。
「望月先輩、とにかく一旦中に戻りましょう。もう1度冷静に話し合いをしましょう!」
今までになく真剣に、懸命に叫びましたが、望月先輩は横顔は何かを悟っており、今にも風に流されてしまいそうな身体を崖っぷちに立たせています。
「全ては終わったんだ。五十妻、下を見てみろ」
自分は言われたとおり、そろりそろりと顔を出し、見下ろしました。
すると、そこにあったのは立派な城ではなく、所々が剥がれ落ち、黒く虚無に満ちた空間に変わっていく「滅び」でした。聳え立った城壁が崩れ、迎撃に使われた大砲も消滅し、あるいは階ごと暗闇に飲み込まれ、見るも無残な有様に自分は動揺を隠せませんでした。
「これは……」
「私の性癖が無くなりかけているという事だろう」
興味なさそうに呟く望月先輩に、自分は尋ねます。
「おもらしを見られる事は、そんなにも耐えられない事ですか?」
「私が問題にしているのはそこではない」望月先輩は1つため息をついて続けます。「ハルから3Pの提案があった時、私はそれを受け入れようとしてしまった。放尿直後で心神喪失状態だったとはいえ、これは許されない事だ」
「何故、ですか?」
「お前は既に知っているだろうが、私のHVDO能力は先輩から受け継いだ物だ。そして私の使命は、先輩達が守ってきた茶道部を守りぬく事。……だが、もうすぐその歴史も終わる。清陽高校は合併されて無くなるからな」
三枝生徒会長は、頼りになると同時に多大なる影響を及ぼす人です。それが良い時もあれば悪い時もある。当たり前の事ですが、気づいていなかった事でした。
「翠郷高校に合併された後も、茶道部を続ける事は出来ないのですか?」
「出来なくはない。だが、それは私が先輩から受け継いだ茶道部ではない。例の伝統はOBの方々を満足させる為だけに続くだろうがな」
皮肉っぽく乾いた笑みを見せる望月先輩は、何も無い空間の一点を見つめていました。
「ならばいっそ私が終わらせようと思った。崇拝者を倒し、HVDOを潰し、全ての流れを断ち切る。それだけが、私が先輩に出来る唯一の恩返しだと思った。……だが、私は私が思っているよりも浅はかな人間だった」
先ほどの場面を思い出しました。ハル先輩の提案に揺らぐ望月先輩。自分にとっては嬉しい誤算でしかありませんでしたが、望月先輩にとっては、許されざる逡巡だったのかもしれません。個人個人の心的姿勢について、他人がとやかく言う事は、自分も良しとはしませんが、これだけは言わせていただきました。
「ですから、そんな事を言っていたらくりちゃんはどうなると言うのです。簡単に寝返り、勝手に罠にかかって、おしっこを撒き散らしながら堂々と生きている女子だって実際にいるのですから、望月先輩は全くもって浅はかなどではありません」
我ながら、渾身の説得でした。くりちゃんの生き様を見て、「自分の方がマシだ」と思わない人間はいませんし、こういう場合、自分よりも低い存在を見て安心を得るという行為は何も恥ずかしくはないと自分は思います。とにかく、死んでしまったらそこで終わりなのですから。
「ふふ」
和みのある笑い声。
光明を見つけた気がして、自分も心を緩めます。
望月先輩はこちらを向き、冷ややかな赤い質問を放ちます。
「しかし五十妻、君はそんな木下が好きなのだろう?」
恥。
この状況においてもなお、望月先輩は自分よりも1枚上手なのでした。思い直すように説得しよう、という心構え自体がまず間違っており、自分は思い上がっていたのです。
「私はハルを好きになりすぎた。自分自身を見失うほどにな」
望月先輩は再び自分に背を向け、この百合城、いえ清陽高校の校舎から地面を見下ろすと、何かを覚悟し、わざとらしい嘘をつくように、例の口調で、台詞を読み上げるように言います。
「明日には知らない誰かに壊されるような砂山だった。銀のスプーンに乗った甘くて暖かいミルクだった。私のしていた事は、『足りない部分』を『足りない物』で埋める事だった。君に、気づかされたよ」
望月先輩は全てを許されたような表情で両手を大きく広げると、深く天を仰ぎました。力がふわりと抜けていき、彼女自身が創ったこの城の頂上から、その美しくも豊満な肢体を投げたのです。
望月先輩の身体が、一瞬だけ宙に浮かび、そして落ちていく刹那、声が聞こえました。
『お前は、変態ではなかったのか?』
目の前の空間が急に色を失い、頭の中に響く声だけがやけにはっきりと聞こえ、身動きはとれず、また、声をあげる事も出来ません。
自分が聞いたその声は、以前、自分がHVDO能力に目覚めた次の日、等々力氏との初めての性癖バトルに聞いた時のその声とよく似ていました。いえ、そのままと言った方が正しいかもしれません。自分はあの時、声の主は他ならぬ自分自身であり、「理想の変態像」がそう尋ねているのであると解釈しましたが、今回のはそういった「心の声」とは明らかに違う雰囲気を感じます。
「目の前で、美しい女子が1人命を捨てようとしているというのに、お前はそれで平気なのか?」
声は尋ねます。よく聞けば、自分のとは似ても似つかぬ、そこそこ年をくった大人の男の声です。しかしそれが以前に聞いた声であったと言われればそうであるような、奇妙に落ち着きのある、しかし紛れも無く変態の声です。
「今更だが、自己紹介をしておこう。私は『崇拝者』。既にお前は知っていると思うが、HVDOという組織を統括している」
自分は目を見開き、望月先輩がいた空間を凝視します。
「望月ソフィアがこうなる事は、私の能力『アカシック中古レコード』で既に知っていた。こうしてお前に語りかけているのは、私の別の能力によるものだ。処女崇拝者は童貞と心を通わせる事が出来るからな」
凄まじい理屈ですが、あながち分からなくもありません。しかし、予知していたというのならば、何故……。
「望月ソフィアを助けたいか?」
自分は心の中で、即座に肯定を返します。
「ならば、取引だ。今も言ったように、私は望月ソフィアがこうなる事を知っていた。よって、助ける手段は既に用意してある。しかし望月ソフィアは自らの意思でこの選択をしたのだから、私に助ける義務はない。が、お前がどうしても助けたいと言うのならば、助けてやらん事もない。条件はあるが……」
そして自分に突きつけられた要求は、残酷な物でした。
「蕪野ハルの処女を私によこせ」
自分が貰い受ける約束をしたハル先輩の処女。それは巨万の富に匹敵する価値のある物です。
「蕪野ハルの意思は関係ない。お前が蕪野ハルと交わした約束を、私に譲ると宣言するだけでいい。それだけで私の別の能力の発動条件は満たされ、和姦が成立する」
どうやら冗談ではないようです。崇拝者は、例の能力によってこの場面をあらかじめ見越していた。そしてこの取引を持ちかけ、ハル先輩の処女を横から掻っ攫っていくつもりだった。望月先輩も、自分も、手のひらで踊らされていたという訳です。
「さあ、選べ。望月ソフィアの命か、蕪野ハルの処女か。選択権はお前にある」
迷いはありませんでした。
後悔もありませんでした。
瞼を開くと、自分は校庭の真ん中に座っていて、まるで今までにあった何もかもが嘘だったように、目の前には見慣れた校舎があり、しかし嘘ではなかった事を証明するように、壁には大きな穴があき、一部が瓦礫と化していました。三枝艦長の戦艦マジックミラー号は既にそこにはありません。あるいは、見えていないだけかもしれませんが。
自分は立ち上がり、周囲を見渡しました。まず目に飛び込んできたのは、春木氏の笑顔。それを無視し、全裸で放り出され、グラウンドに寝転がったくりちゃんを見つけ、それも無視し、校舎の割と無傷な部分の教室についた明かりと、その中で意識を取り戻したであろう茶道部の部員達の数多の影を確認し、やはりそれも無視しました。
「どうやら、終わったようだね」
春木氏は馴れ馴れしく、いつもの調子で声をかけてきました。
自分は反射的に、再び胸倉を掴んでやるか、あるいはその爽やかな美形に一念の鉄拳を叩き込んでやりたい衝動に駆られましたが、ぐっと堪えて飲み込みました。
まず、言えた義理ではないのです。苦情、叱咤、嫌味、その他あらゆる文句の矛先は全て、ぐるりと回って自分に返ってくる事が見え透いています。何故なら、望月先輩に尿をぶっかけ挑発し(当初、断じてそのつもりはありませんでしたが客観的に見れば間違いなくそうです)、放尿する流れに誘導したのは他ならぬ自分であり、結局は崇拝者の策略とはいえ、ハル先輩の目の前で渾身の赤っ恥をかかせた場面をきっかけに急展開は始まったのですから、責任問題の追及は、自分の足元に行き着きます。
無論、望月先輩に三枝生徒会長の尿をぶっかけたのは、自分の持つ人間性と変態性の衝突した地点で生まれた妥協案だったのですが、それが許されるのならば春木氏が望月先輩を言葉責めにした事を「正当防衛」と言い訳した事も許される理屈になります。自分には自分のピスマニアとしての矜持があるように、春木氏には春木氏のロリコンとしての矜持があった。そういう問題です。
誰も責める事など出来ません。死という逃げを選択した望月先輩も、幼女だけを愛す人生を歩む春木氏も、一糸纏わぬアホ丸出しでひっくり返ってるくりちゃんも、責めるに足る理由を持っていないのです。
変態。
詰まる所、全てはこの言葉の中に集約されています。
「1つ、僕から質問がある。五十妻君の気持ちを尋ねておこうか」
春木氏は手のひらを広げ、そして、
「今、君の敵は誰だい?」
考えるのではなく、かといって用意していた訳でもなく、自然と自分の口から毀れた名前はこれでした。
「崇拝者です」
春木氏は瞬きを2つして、それから自分の目を覗き込むと、何かを納得したらしく宣言しました。
「僕は君の仲間になったつもりはない。だけど、敵の敵は味方と言うし、またいつか今日みたいに協力する日が来るかもしれないね。それも、近い内に」
「今日の事は協力とは呼べません」
「いや、協力で合っているよ。ただ、崇拝者の方が1枚上手だっただけさ」
同意はしかねましたが、言っても通じなさそうだと感じ、自分が引きました。
「崇拝者を倒すには、何が必要だと思う?」
1つ、という質問の縛りを軽く飛び越えているのに気づかない自分ではありませんでしたが、頭を整理する為にも、それに春木氏のこのにやけ具合からして、まだ自分の知らない情報を握っているのは明らかだったので、あえて答える事にしました。
「まず、崇拝者を倒すまで初体験は出来ないでしょう。望月先輩の敗因はやはりここです。思考、未来、全てを読まれる非童貞非処女では太刀打ちできない。となれば、童貞はなんとしてでも守らなければなりません」
苦渋の決断ですが、意思は少しも揺るぎません。崇拝者を倒した後、腹上死する勢いでやりまくる事を目標にすれば、兜の緒も固く締まるという物です。
春木氏は一旦頷き、次に首を捻りました。
「だけど、それは弱みでもあるんじゃないかな? 君が何が何でも童貞を失わないとなると、望月ソフィアのとった処女を人質にして崇拝者を誘き出す作戦は使えない事になる。もちろん、これは失敗した作戦だから利用価値は無いかもしれないが、崇拝者は徹底的に自分の事を隠しているのだから、通常の手段では会う事さえ困難だ」
もっともな意見です。が、これには対案があります。
「望月先輩のHVDO幹部としての役割は『実働部隊』でした。危険な性癖を持つHVDO能力者が現れた時、成長する前に叩いて芽を摘む係です。望月先輩が仕事を果たせないとなれば、崇拝者は代わりの幹部を見つけるか、あるいは自分で動くしかなくなるはずですし、処女厨の弱点は処女の不可逆性にあり、有力な処女を一定数確保するにはこの実働部隊の存在は必要不可欠です」
「つまり、組織に属するHVDO能力者を片っ端から倒し、崇拝者自身が動かざるを得ない状況を作る。その上で危険な性癖を持つ能力者を崇拝者よりも先に見つけ、接触を持つ。と、そういう事かい?」
「はい」
どの道、崇拝者と対等にやりあうにはまだまだ新しい能力が必要です。世界改変態も視野に入れると、自分はやはり戦い続けなければなりません。
「単純だけど、それしかないね」
と、春木氏はますます糞爽やかに微笑みました。
その視線が、頬を掠めて通り越し、背後にいる何かを見ていた事に気づいた後、釣られて自分が振り向くと、そこに立っていたのは珍しく服を着た三枝生徒会長でした。
「ご苦労様、五十妻君」
何と答えていいやら分からずへどもどしていると、三枝生徒会長は構わず続けました。
「あなたの選択が正しいのか間違っていたのかは、私には分からない」
「自分にだって、そんな事は分かりません」
「でも、後悔は無いのよね?」
「はい。ありません」
三枝生徒会長は思わず触れたくなるような優しい顔をして自分を見つめ、言いました。
「望月ソフィアは無事に保護されたわ」
命か、処女か。
土壇場で突きつけられた究極の選択において、自分は前者を選びました。
確かに、自分にとっての望月先輩は、敵か味方かで言えば敵でした。崇拝者の「望月ソフィアは自らの意思でこの選択をした」という言葉も、人間的とは言えませんが一理あります。この意思表示を一時の同情によって無視する権利など自分は持っていませんし、また、ハル先輩の処女を崇拝者に捧げるという事は、ハル先輩に対するこの上ない裏切りになります。
それでも、自分は望月先輩に感謝をしたかったのです。
記憶に触れて見ることが出来た、めくるめく百合の世界は筆舌に尽くしがたい程にに素晴らしく、同時に望月先輩のHVDO能力者としての、いえ、変態としての才能を強く感じさせられました。例え性癖を喪失したとしても、命さえあれば、再び望月先輩と誰かのまぐわいを見られる可能性は残されます。
その点、ハル先輩はビッチです。自分はハル先輩の実直で、一途で、そして自由なその性格に惚れていました。でなければ1ヶ月も共に生活したりはしません。しかしそれでもハル先輩は、自分をただの性対象、歯に衣着せぬ言い方をすれば、「チンポ」としてしか見ていなかったようです。思い返せばきっかけは等々力氏のクラス内での変態発言で、自分はただ幸運に恵まれただけの立場にあります。
ハル先輩の処女が惜しくないはずはありません。ですが、天秤は釣り合う事なく、迷いもせずに片方に傾いたのです。
何より、望月先輩の美しいおもらし姿が見られないとなれば、それは世界にとって多大なる損失に他なりません。今更ですが、出会った時から既に、五十妻ハーレム計画には望月先輩の名が刻まれてあったのです。今、その名を失う事は耐え難い苦難です。
「それと、蕪野ハルも既に崇拝者を受け入れたそうよ」
とは、もちろん三枝生徒会長の言葉。安心すると同時に、新たな不安が訪れました。
「……何故、三枝生徒会長がそれを?」
望月先輩が保護された。という情報を知っているのは、まあ分かります。
ですが、崇拝者のHVDO能力によって奪われたハル先輩の意思など、一体どうやったら知り得るのでしょう。これは情報収集能力の限界を超えています。
考えられる可能性は、1つ。
「三枝さん、そろそろ言いなよ。五十妻君がかわいそうだ」
春木氏の言葉は、更に自分の鼓動を早めます。
「ええ、そうね」
三枝生徒会長は自分に向かって1歩進み、そしてまた1歩、1歩、1歩、と近づいてきて、やがてキスも避けられない距離まで詰めてきました。
「五十妻君、いえ、ご主人様」
「……何ですか?」
「今日限りで、ご主人様の奴隷をやめさせていただきます」
「……どうして?」
「私は、HVDOの幹部になりました」
その台詞は、三枝生徒会長が望月先輩を倒さなければならなかった本当の理由を示し、同時に自分の新たな敵を知らせ、そしてとてつもなく大切な物を失ってしまった事を実感させる真髄の一撃でした。
瞼を開くと、自分は校庭の真ん中に座っていて、まるで今までにあった何もかもが嘘だったように、目の前には見慣れた校舎があり、しかし嘘ではなかった事を証明するように、壁には大きな穴があき、一部が瓦礫と化していました。三枝艦長の戦艦マジックミラー号は既にそこにはありません。あるいは、見えていないだけかもしれませんが。
自分は立ち上がり、周囲を見渡しました。まず目に飛び込んできたのは、春木氏の笑顔。それを無視し、全裸で放り出され、グラウンドに寝転がったくりちゃんを見つけ、それも無視し、校舎の割と無傷な部分の教室についた明かりと、その中で意識を取り戻したであろう茶道部の部員達の数多の影を確認し、やはりそれも無視しました。
「どうやら、終わったようだね」
春木氏は馴れ馴れしく、いつもの調子で声をかけてきました。
自分は反射的に、再び胸倉を掴んでやるか、あるいはその爽やかな美形に一念の鉄拳を叩き込んでやりたい衝動に駆られましたが、ぐっと堪えて飲み込みました。
まず、言えた義理ではないのです。苦情、叱咤、嫌味、その他あらゆる文句の矛先は全て、ぐるりと回って自分に返ってくる事が見え透いています。何故なら、望月先輩に尿をぶっかけ挑発し(当初、断じてそのつもりはありませんでしたが客観的に見れば間違いなくそうです)、放尿する流れに誘導したのは他ならぬ自分であり、結局は崇拝者の策略とはいえ、ハル先輩の目の前で渾身の赤っ恥をかかせた場面をきっかけに急展開は始まったのですから、責任問題の追及は、自分の足元に行き着きます。
無論、望月先輩に三枝生徒会長の尿をぶっかけたのは、自分の持つ人間性と変態性の衝突した地点で生まれた妥協案だったのですが、それが許されるのならば春木氏が望月先輩を言葉責めにした事を「正当防衛」と言い訳した事も許される理屈になります。自分には自分のピスマニアとしての矜持があるように、春木氏には春木氏のロリコンとしての矜持があった。そういう問題です。
誰も責める事など出来ません。死という逃げを選択した望月先輩も、幼女だけを愛す人生を歩む春木氏も、一糸纏わぬアホ丸出しでひっくり返ってるくりちゃんも、責めるに足る理由を持っていないのです。
変態。
詰まる所、全てはこの言葉の中に集約されています。
「1つ、僕から質問がある。五十妻君の気持ちを尋ねておこうか」
春木氏は手のひらを広げ、そして、
「今、君の敵は誰だい?」
考えるのではなく、かといって用意していた訳でもなく、自然と自分の口から毀れた名前はこれでした。
「崇拝者です」
春木氏は瞬きを2つして、それから自分の目を覗き込むと、何かを納得したらしく宣言しました。
「僕は君の仲間になったつもりはない。だけど、敵の敵は味方と言うし、またいつか今日みたいに協力する日が来るかもしれないね。それも、近い内に」
「今日の事は協力とは呼べません」
「いや、協力で合っているよ。ただ、崇拝者の方が1枚上手だっただけさ」
同意はしかねましたが、言っても通じなさそうだと感じ、自分が引きました。
「崇拝者を倒すには、何が必要だと思う?」
1つ、という質問の縛りを軽く飛び越えているのに気づかない自分ではありませんでしたが、頭を整理する為にも、それに春木氏のこのにやけ具合からして、まだ自分の知らない情報を握っているのは明らかだったので、あえて答える事にしました。
「まず、崇拝者を倒すまで初体験は出来ないでしょう。望月先輩の敗因はやはりここです。思考、未来、全てを読まれる非童貞非処女では太刀打ちできない。となれば、童貞はなんとしてでも守らなければなりません」
苦渋の決断ですが、意思は少しも揺るぎません。崇拝者を倒した後、腹上死する勢いでやりまくる事を目標にすれば、兜の緒も固く締まるという物です。
春木氏は一旦頷き、次に首を捻りました。
「だけど、それは弱みでもあるんじゃないかな? 君が何が何でも童貞を失わないとなると、望月ソフィアのとった処女を人質にして崇拝者を誘き出す作戦は使えない事になる。もちろん、これは失敗した作戦だから利用価値は無いかもしれないが、崇拝者は徹底的に自分の事を隠しているのだから、通常の手段では会う事さえ困難だ」
もっともな意見です。が、これには対案があります。
「望月先輩のHVDO幹部としての役割は『実働部隊』でした。危険な性癖を持つHVDO能力者が現れた時、成長する前に叩いて芽を摘む係です。望月先輩が仕事を果たせないとなれば、崇拝者は代わりの幹部を見つけるか、あるいは自分で動くしかなくなるはずですし、処女厨の弱点は処女の不可逆性にあり、有力な処女を一定数確保するにはこの実働部隊の存在は必要不可欠です」
「つまり、組織に属するHVDO能力者を片っ端から倒し、崇拝者自身が動かざるを得ない状況を作る。その上で危険な性癖を持つ能力者を崇拝者よりも先に見つけ、接触を持つ。と、そういう事かい?」
「はい」
どの道、崇拝者と対等にやりあうにはまだまだ新しい能力が必要です。世界改変態も視野に入れると、自分はやはり戦い続けなければなりません。
「単純だけど、それしかないね」
と、春木氏はますます糞爽やかに微笑みました。
その視線が、頬を掠めて通り越し、背後にいる何かを見ていた事に気づいた後、釣られて自分が振り向くと、そこに立っていたのは珍しく服を着た三枝生徒会長でした。
「ご苦労様、五十妻君」
何と答えていいやら分からずへどもどしていると、三枝生徒会長は構わず続けました。
「あなたの選択が正しいのか間違っていたのかは、私には分からない」
「自分にだって、そんな事は分かりません」
「でも、後悔は無いのよね?」
「はい。ありません」
三枝生徒会長は思わず触れたくなるような優しい顔をして自分を見つめ、言いました。
「望月ソフィアは無事に保護されたわ」
命か、処女か。
土壇場で突きつけられた究極の選択において、自分は前者を選びました。
確かに、自分にとっての望月先輩は、敵か味方かで言えば敵でした。崇拝者の「望月ソフィアは自らの意思でこの選択をした」という言葉も、人間的とは言えませんが一理あります。この意思表示を一時の同情によって無視する権利など自分は持っていませんし、また、ハル先輩の処女を崇拝者に捧げるという事は、ハル先輩に対するこの上ない裏切りになります。
それでも、自分は望月先輩に感謝をしたかったのです。
記憶に触れて見ることが出来た、めくるめく百合の世界は筆舌に尽くしがたい程にに素晴らしく、同時に望月先輩のHVDO能力者としての、いえ、変態としての才能を強く感じさせられました。例え性癖を喪失したとしても、命さえあれば、再び望月先輩と誰かのまぐわいを見られる可能性は残されます。
その点、ハル先輩はビッチです。自分はハル先輩の実直で、一途で、そして自由なその性格に惚れていました。でなければ1ヶ月も共に生活したりはしません。しかしそれでもハル先輩は、自分をただの性対象、歯に衣着せぬ言い方をすれば、「チンポ」としてしか見ていなかったようです。思い返せばきっかけは等々力氏のクラス内での変態発言で、自分はただ幸運に恵まれただけの立場にあります。
ハル先輩の処女が惜しくないはずはありません。ですが、天秤は釣り合う事なく、迷いもせずに片方に傾いたのです。
何より、望月先輩の美しいおもらし姿が見られないとなれば、それは世界にとって多大なる損失に他なりません。今更ですが、出会った時から既に、五十妻ハーレム計画には望月先輩の名が刻まれてあったのです。今、その名を失う事は耐え難い苦難です。
「それと、蕪野ハルも既に崇拝者を受け入れたそうよ」
とは、もちろん三枝生徒会長の言葉。安心すると同時に、新たな不安が訪れました。
「……何故、三枝生徒会長がそれを?」
望月先輩が保護された。という情報を知っているのは、まあ分かります。
ですが、崇拝者のHVDO能力によって奪われたハル先輩の意思など、一体どうやったら知り得るのでしょう。これは情報収集能力の限界を超えています。
考えられる可能性は、1つ。
「三枝さん、そろそろ言いなよ。五十妻君がかわいそうだ」
春木氏の言葉は、更に自分の鼓動を早めます。
「ええ、そうね」
三枝生徒会長は自分に向かって1歩進み、そしてまた1歩、1歩、1歩、と近づいてきて、やがてキスも避けられない距離まで詰めてきました。
「五十妻君、いえ、ご主人様」
「……何ですか?」
「今日限りで、ご主人様の奴隷をやめさせていただきます」
「……どうして?」
「私は、HVDOの幹部になりました」
その台詞は、三枝生徒会長が望月先輩を倒さなければならなかった本当の理由を示し、同時に自分の新たな敵を知らせ、そしてとてつもなく大切な物を失ってしまった事を実感させる真髄の一撃でした。