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続・死神の素顔は(似非西部劇)

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 力を持った人間がすることの二つは、守る事と奪う事。シュガレット・レーガンは守る事を選択した。家族を養うため、まだ見ぬ不幸から守るため。彼女は偶然にも、銃の才能というチケットを神様からもらっていた。凄腕、一流。そこまで行くかは微妙ではあるものの、中堅の賞金稼ぎとしてそれなりに上手く世の中を渡っていた。賞金首を捕まえて、保安官から賞金を貰って、月に一度ほど家に帰り、それ以外は硝煙と血風の中旅をする。年頃の乙女としてはあまりふさわしくない暮らしだが、ウェイトレスとして男に愛想を振りまくより、性にあった暮らしだったので、後悔はなかった。彼女にとって笑顔より、銃口を向ける方が簡単なのだ。
 トラブルはいつも、ほころびのように小さな不幸からやってきて、どんどんと大きくなっていく。シュガレットはそんなトラブルを背負い込んだ。
 ビリー・ロックウェル。ギャングを率いる賞金首。賞金額はおよそ五千ドル。そいつがいる、という情報を聞いて、シュガレットはとある大きな町にやってきた。ちょうど近い場所で他の賞金首を捕まえたのだが、それが大した金額ではなかったのだ。なので、少しばかり欲をかいて、もうちょっとだけ稼ごうと思い、大きい獲物に手を出した。
 その町は確かに大きく、人も多かった鉄道も通っているし、石畳が敷かれて、住民の服装も一定の水準を保っている。
 にも関わらず、アウトローが多い。銃を悪徳の為に振り回す連中だ。長い間アウトローを相手にしてきたシュガレットには、空気でわかる。しばらく開け放たれなかった部屋のような、すえた匂い。それが町のそこらに溜まっていた。まだ一般人は気づいていないような水面下で、アウトローが増えている。
 波乱の予感を抱きながら、シュガレットは酒場(サルーン)へと向かう。情報は酒場から得るのはもはや常識。メインストリートに酒場を見つけ、シュガレットはスイングドアを押し、踏み込む。
 ポーカーに興じる者、酒に溺れる者。それぞれ楽しんでいるようだが、すでにここはアウトローの巣になっているようだった。シュガレット以外に女は娼婦しかいない。酒を注ぎ、笑顔を振りまいている。
 そんな中、シュガレットは目立っていた。もちろん女のガンマンというのが珍しいのもあるが、シュガレットの美貌はどの娼婦よりも突き抜けていた。ブロンドの髪はショートで短いが、外に跳ねており、切れ長の蒼い瞳と細い顎に小さな鼻は、彼女の冷淡さをアピールするようだった。
 テンガロンハットに、真っ白なウェスタンシャツ。茶色のベストにジーンズ。腰にぶら下げたガンベルトには、コルト・パイソンが収まっている。彼女を弾雨から守り、牙となってくれた相棒だ。
 彼女はそれを軽く撫でて、アウトロー達のテーブルを縫うように通りぬけ、カウンターへと腰を下ろす。バーテンの怪訝そうな表情は、今まで訪れてきた町を思い出させる。女だということで舐められる時代だ。しかし彼女は、そこらの男に遅れを取らない自信があった。どいつもこいつも股に邪魔な物をぶら下げた劣等種にしか見えない。彼女が生まれて一六年間、男に媚びたことは一度しかない。銃が欲しくて、父親に頼み込んだ時だけだ。
「お客さん、ご注文は」
「コーヒー。それと、教えて欲しいことがあるんだけど」
 バーテンは返事をせずに、コーヒーの準備を進める。シュガレットは、「ビリー・ロックウェルについて。この町に居るんでしょう?」
 その言葉はサルーンに響いたらしく、突然アウトローどもが笑い出した。
「聞いたか! あのお嬢さん、ビリーを狙ってるそうだぜ! どうせ鉛玉か金玉を拝むハメになるだけだと思うがね!」
 下衆の言葉なんて気にしない。無視される事が一等嫌いな連中だ。無視することが一番の抵抗。バーテンは「俺もやめといた方がいいと思うぜ、お嬢さん。あんたの腕前は知らないが、ビリーの懸賞金は伊達じゃねえ。あの男は、あの『双頭の死神(ダブル・ファントム)』の首を一つ持ってる男だそうだ。あんただってこの銃でのしてるんだ。この名前に聞き覚えがないはずがねえ」
 シュガレットは頷いた。『双頭の死神』は、この荒野では伝説になっている二丁拳銃ガンマンの異名だ。賞金稼ぎ、アウトロー、誰彼かまわず跳ねまわり、その銃技と二つの銃『フリーク・デビル』と『ディザーム・エンジェル』の名だけが一人歩きしている、謎のガンマン。
「だけど、そんなの絶対、どこかのアホが酔った勢いで作ったホラ話だわ。その姿を見た人間なんて、見たことが無いもの」
 もう荒野を旅して三年ほどになるが、伝説を聞くばかりでその姿についてはまったく言及されない。きっとビリーは、それをいいことに、ホラを吹いて名を上げようとしたのだろう。賞金額の割にやることが小さい。だからこそ、家への手土産に選んだのだが。
「だけどよ、お嬢さん」バーテンが忠告の類を続けようとしたところで、口を噤んだ。シュガレットの隣に、大きな男が立ったのだ。スキンヘッドで上半身裸の上に、黒のチョッキを着ており、フリンジのついた皮のズボン。ガンベルトに銃を差しているので、賞金稼ぎかアウトロー。ガラと頭が悪そうなので、おそらくはアウトローだろう。シュガレットはこんなのが同業だと思いたくなかったので、なかば祈るように決めつけた。
「忠告は素直に聞いた方がいいと思うぜえ、お嬢ちゃん。お前じゃビリーは捕まえられねえ。ビリーのクイックドローは稲妻だ。ポニーと機関車くれえの差は生まれるだろうぜ」
「あんたのは忠告じゃなくて揶揄っていうの。私の腕じゃなくて、性別を見て物を言う節穴具合じゃ、言葉を選び間違えてもしょうがないけどね」
 切れ長の瞳と、小さな唇を笑みで歪める。それとは対照的に、男は怒りで顔面のシワが岩肌の様になっていた。
「てめえ、女のクセにいい度胸だ! 四肢撃ちぬいて転がして、顔面を二目と見られないようにしてやる!」
 口笛やヤジが飛び荒れる。そんな中、スキンヘッドの男は、腰のガンベルトに手をかける。が、それよりもずっと早く、シュガレットの手はガンベルトから銃を抜き出すことに成功していた。このまま膝を撃ち抜き、それでこの勝負はお終い。
 そのはずだった。
 二人の間に、一人の男が割って入って、勝負にケチをつけたのだ。どちらにも無関係の人間を撃たないレベルの良心が残っていたのか、あるいは状況がわからないので迂闊に撃つわけにもいかなかったのか。シュガレットは前者だった。
「うー……あー……やっぱ慣れない酒は飲むもんじゃないなあ……。マスター、ミルク頂戴ミルク」
 と、今にも決闘を始めそうだった二人の間で、ぐでんぐでんになりながら、男はミルクを注文していた。舐められたまま終わるのは、シュガレットの性分に合わない。それに、勝負を始めたなら、どちらかが沈むまでやらないとシュガレットにとっては頭痛の種になりかねない。何事も中途半端が嫌いな彼女だ。それを邪魔したこの男も、シュガレットにとっては敵になる。
 その男は、顔を真っ赤にして、アルコールの匂いを全身から醸し出していた。テンガロンハットを背負い、首にはファイヤーパターンが施された赤いスカーフ。藍色のポンチョを羽織っており、首から下はほとんど見えない。銃を持っているのかさえ、だ。しかしアウトローや賞金稼ぎ特有の、戦うオーラを持っていない。なのでおそらくは、ただサルーンを楽しんでいた一般市民だろう。アウトローだらけの場所で、酒を楽しくやれるというのは、驚くべきタフさである。
 その男は、黒い髪を撫でる様に掻きながら、動かないバーテンを見つめる。タレ目が実に間抜けそうな二十歳そこそこの男だった。
 スキンヘッドが、その男のポンチョを掴み、唾でも飛ばしかねない位置まで顔を引き寄せた。
「テメエ。サルーンでミルク頼むような野郎が邪魔してんじゃねえぞ! 決闘に割って入るたあどういう了見だ!」
 男は困ったように首をかしげながら、「決闘?」と後ろを振り向き、シュガレットを発見した。
「ああ、こちらのレディと? やめときなよ。ここは酒場だぜ。楽しく酒を飲むところだ。それとも、硝煙の匂いがないと美味しく酒を飲めないタチなのか? 俺はまったく逆だねえ。まあ酒自体あんまり飲まないがね。酒飲みの余興とばかりに銃を撃つような人間は軽蔑すらする」
「はっ。それなら俺もそんな人間さ。てめえが邪魔してくれたお陰で、酔いが覚めちまったよ。俺の酒のつまみになってくれや」
 どうやら、ポンチョの男は楽勝だと踏んだらしく、思い切り睨みつける。だが、ポンチョの男は、それを意にも介さない。まるで風を受け流す木のようだ。シュガレットはそこで気づいた、この男、只者ではない。
「俺は銃なんて持ってないぜ。ただの一般市民。そんなヤツ相手に決闘したところで、酒のつまみになんてならないだろ?」
「ならどけよ。銃も持ってないチキンがでしゃばっていい場面じゃねえのはわかるだろ。いくら酔っ払いでもな」
「なあに。お前さんが銃を抜くことはないよ。――そろそろ、ビリーが来るころだぜ」
 その瞬間、スキンヘッドの表情が消え失せた。それはビリーという男の恐ろしさを物語っていた。シュガレットにしてみれば、自分の勘が当たった喜びしかなかったのだが、ポンチョの男はスキンヘッドが自分から視線を外したのをいいことに、シュガレットの腕を取って、酒場から飛び出した。
「えっ、ちょっと!?」
 シュガレットの短い抗議など聞いていないようで、足早にスイングドアを抜けて行く。酒場からのブーイングも聞いていないようだった。


 しばらく走り、何処かの建物の隙間に飛び込んだポンチョの男は、「ふー」と人仕事終えたようなため息を吐いて、「もう大丈夫だ」とシュガレットに微笑む。しかしそれは、シュガレットにしてみれば、余計なお世話であり、自らの誇りを蔑ろにされたようにしか思えず、半ば脊髄反射的に、男の股間を蹴りあげた。
「ぬふぅ……ッ! な、なにすんだいレディ……!!」
「なにがレディよ。あたしにはシュガレット・レーガンって名前があんのよ」
「シュガレット? へえ、そいつは美しい名だ。俺はキッド。キッド・ウォーカーってんだ。よろしく、レディ・シュガレット」
「あたしを女扱いするのはやめてちょうだい。……それよりあなた、あんなタチの悪そうな場所でよく酒なんて飲めたわね。銃も持ってない一般市民のクセに」
「いや、銃は一応持ってるよ。使えないんで、持ってないのと一緒だけどね」
「ふん。よく今まで生きてこられたわね」
「いやなに、逃げ足には自信があってねえ」
 本当に自信満々に笑っていた。それが、シュガレットには信じられない。今まで彼女が見てきた男とは全然違う。
 彼女の持論として、この世には二種類の男がいる。それは、銃を持つ男と、持っていない男だ。持つ男はあの場面でシュガレットの為には動かない。持っていない男なら、動こうとしても動けないだろう。あのスキンヘッドは銃を持っていた。素手で挑むなんて、人間がすることとは思えない。銃の威力を知らないのは獣だけだ。
「それに、レディ・シュガレット。ビリーの噂は知ってるだろ? 『双頭の死神』の銃、『フリーク・デビル』を持ってる。双頭の死神から奪ってきたそうじゃないか。その腕は折り紙つき――いや、死神憑きってところか」
「なら死ぬのは向こうね。……あなた、ここの人?」
「いいや、旅人さ。でもここには一週間くらいいるから、危なさそうな情報はそれなりに」
「そう。……ビリーがここの銀行を狙ってるって、本当?」
「みたいだな。酒場のアウトロー共が辺りの耳も気にせずはしゃいでるのを聞いた。どうも、あの酒場はビリーギャングの巣になってるみたいだ」
「あなた、そんな中で飲んでたわけ?」
「銀行強盗なんてやるようなオツムの足りない手合いが、仲間の顔覚えてるわけないだろう? 俺が楽しく飲めてたのがいい証拠さ。――まあ、もうあの酒場にはいけないなあ。結構旨いミルクだったんだけど」
「それはいいから。さっきの話、本当?」
「どの話だ? ミルクが旨いって話か? 本当さ。牛がどれだけのんびりとしてきたかがわかる、実にいいミルクだね」
「それじゃない。ビリー・ロックウェルが来るって話」
「ああ、そっちか。それも本当。だからこそキミを連れだしたのさ」
 耳を隠していた髪が邪魔になって、耳の上に乗せ、シュガレットはため息を吐いた。この男は一体なんだというのか。先ほどから邪魔ばかりしてくる。
「余計なお世話ありがとう。でもね、ビリーが銀行強盗やるっていうなら、それを見過ごすわけにはいかない」
「どうしてさ? まだしてないぜ? 金庫奪わせてからとりかえせば、金庫の中身と同じ額の報酬がもらえるんだろ?」
「どうして? ――当然でしょう。私にとって賞金稼ぎは、仕事であると同時に抵抗でもあるのよ。銃を使って自分は強いみたいな顔してる、バカ共に対してね。未然に強盗があると知ってて、金欲しさにやらせるなんて真似はしないわ。それで傷つく人がいるかもしれないしね。私は正義でしか動かない」
 シュガレットは建物の隙間から出て行き、そのままキッドの方を見もしないで、まっすぐ酒場へと引き返していく。彼女の背中は、どこか起こっているようにも見えて、キッドは「やれやれ」と溜息を吐いた。
「ああいう男はたまに見るが、お嬢さんってのはめずらしいねえ……。それも、そこそこ強いみたいだ」
 ポケットから煙草を取り出し、マッチで火をつけ、紫煙を空に向かって吐く。そして空に、先日見たビリーの姿を思い描く。キッドが見た限り、あの男は強い。シュガレット以上に。
「さーて……。面倒な事になっちゃったなあ……」
 どうするか考えるが、とりあえず、煙草を吸い尽くしてからにしよう。キッドはぼんやりと呟いた。


  ■


 シュガレットは正義感の強い少女だった。
 それを自分で特別だと思ったことはないが、周りとの軋轢を生む事が多々あった。悪い事が大嫌いで、家族に対しても厳しく当たった。彼女にとって銃は、悪を撃ちぬく道具。それで悪行を成すことは、神を冒涜するような行為。
 酒場のスイングドアを勢いよく押し、酒場に踏み込むと、一番奥に座る一人の男に目が行った。大きな男だった。二メートル近くはあるだろう体を、窮屈そうに椅子に収めながら、バーボンをショットグラスで仰いでいた。胸元を開けた黒いシャツを腕まくりしており、藍染めのジーンズ。ウェスタンブーツでカチカチと床を叩きながら、ニヤニヤとシュガレットを睨んでいた。ブサイクな氷みたいな頭の形をしており、髪はコケくらいの長さの金髪。
「いよーぉ。お嬢ちゃん。お前が俺を探してるとかいう賞金稼ぎか?」
 髪を耳の上に乗せながら、答える。「そうよ。賞金稼ぎ、シュガレット・レーガン! あんたがビリー・ロックウェルね」
「そーぉの通り」
「銀行強盗を企ててるって話だけど」
「あぁー。それが?」
「させるわけには行かない。今この場で、あんたを捕まえるわ」
 ビリーの右腕が挙がり、手首が折れる。それは、酒場のアウトロー達への合図だったらしく、アウトロー達は立ち上がり、各々の得物を取り出す。
 しかし、すでにそれだけで、シュガレットは勝利を確信した。力強い一歩を踏み出し、顔面へと飛んできた拳を躱すような要領で中腰になり、ガンベルトから銃を引き抜き、感情をシャットダウンして目の前のアウトローを一人撃ち抜く。
 集団で戦う場合、外に出なかったのは失策と言える。集団で戦う場合のメリットは、簡単に言えば攻撃範囲だ。散らばって四方八方から弾雨を降らせるのがベターであり強みなのだが、室内ではその力を半分も発揮できない。シュガレットはでたらめに撃っても敵に当たるが、アウトロー共はでたらめになんて撃ったらまず間違いなく仲間に当たる。そんなことをすれば共倒れだ。
 シュガレットは人混みの中に飛び込みながら、近くにいるアウトロー達に密着状態から弾丸を打ち込んでいく。撃ち漏らしはない。それだけ近ければ、命の取り間違えなど起こらない。
 弾が切れれば銃をガンベルトに戻し、死体から銃を奪って、また命を弾丸で吹き飛ばす。そんな嵐のようなルーチンワークは、コーヒーが出来る程度の時間で完遂された。死体の山の上にシュガレットが一人。そして、最初からその乱闘に参加していなかったビリー。先ほどまで仲間だった肉塊を踏みながら、ゆったりと歩いてくるビリーに、シュガレットは少しばかりの嫌悪を抱いた。ゴキブリがゴキブリの死体を喰らうような下品さをびりーに感じた。
「あたしが殺しといてなんだけど、仲間じゃなかったわけ?」
「別にぃ。どうせ仕事が終わったら殺すつもりだったから、少しだけ天使との待ち合わせ時間が早まっただけさ」
「やっぱり、人間のクズだわ。ビリー・ロックウェル! あんたに一対一の決闘(ファイト)を申し込む!!」
 ニヤニヤと釣り上がる唇を押さえながら、「OK」と頷くビリーは、バーテンを見る。バーテンはポケットから慌ててコインを取り出す。シュガレットはガンベルトに銃を戻し
、バーテンの親指で弾かれたコインを見つめる。落ちるまでを頭の中でカウントしながら、勝利のビジョンを確固たるものへとしていく。自分がアウトローなんかに遅れを取るわけがない。それはもはや盲信であり、現実逃避だった。だから、シュガレットは、コインが落ちる前にビリーがガンベルトから銃を引きぬいたのを見て、すぐに反応することができなかった。
 まるで幽霊でも見たような、ありえない光景だった。ルール違反されるという、思考の外、それを突かれたシュガレットは、肩を撃ちぬかれ、倒れた。
「ぐ……ッ!! づ、うぅぅぅ……!!」
 まるで右肩から先が炎に包まれたような熱さ。脂汗が額からぷつぷつと溢れてくるのが、自分でもわかった。
「かーっ! 俺がアウトローだって事忘れたのかよぉ!! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃはっ!! 決闘なんてめんどくせえことしてやるはずがねえだろうがよ!」
 食べ応えのあるチキンを放り込む直前みたいに、口を大きく開けながら、ビリーはゆっくりと死体の踏み心地を確かめるように歩いてくる。
 ここで何の抵抗もせず、殺されるわけには行かない。血が流れ出す源泉たる右肩を押さえながら、シュガレットは殺意を込めた瞳を崩さない。
「へえ。女のクセに根性座ってんな」
 男は、持っていた銃をスピンさせながら、ヘラヘラと笑ってみせる。
 その銃はリボルバー式で、妙に真っ黒だった。まるでそこだけ、銃型に世界を切り抜かれたようなシルエットにしか見えない。
 あれが、伝説の銃の一つ。『フリーク・デビル』なのか? シュガレットは無意識的に、その銃を見つめていた。
「この銃の噂は聞いたことあるみてえだな。そう。これがあの『双頭の死神(ダブル・ファントム)』が持っていた片方の頭さ」
「そいつぁちょっと、わかりやすすぎる嘘だなあ!」
 突然、酒場に響いた第三者の声に、シュガレットが抱きかけた絶望はどこかへ消え失せた。見ると、シュガレットの後ろに、キッドが立っていた。いつの間に入ってきたのか、気配がまったくわからなかった。キッドはシュガレットの前に出ながら、「デカい嘘ついたねまったく。ママも見逃しちゃくれないぜ、きっと」と鼻で笑った。
「嘘だとぉ? どうしてそんなことがわかる」
 気分を害したらしいビリーの表情が露骨に険しくなる。しかしマイペースすぎるきらいがあるキッドは、わざとらしく肩を竦めた。
「そいつは『フリーク・デビル』じゃない。本物は銃のグリップにシルバーのスカルがぶら下がってるし、そんなに真っ黒じゃねえよ」
「馬鹿な事を! これが本物の『フリーク・デビル』で、俺が『双頭の死神(ダブル・ファントム)』から頂戴した代物よ」
「ま、別に本物と思いたきゃそれでいいけどさ。じゃあなんで『ディザーム・エンジェル』の方は持ってないんだよ? 普通シンボルとして、両方持っとくだろ?」
 ビリーは勝ち誇ったように笑った。間抜けが自信満々に間違いを指摘してきたぞ、と言わんばかりの盛大な笑い声。
「二つの銃は『双頭の死神(ダブル・ファントム)』の死と同時にどこかへ消えたのはガンマンの常識だぜ。その内の一つを、俺が持ってるってだけの話だろうよ。俺のもとに流れ着いてたのさ。俺を主に選んでな!」
 ガンマン達の羨望の的。その一つである『フリーク・デビル』を手に入れたビリーは、まるで世界を獲ったかのような尊大さを存分に見せつけてくれる。キッドは、肩越しにシュガレットへ「ちょっと壁まで下がってな」と微笑む。
「あ、あたしを――「女扱いしないで、ってか? 別に女扱いしてるわけじゃないさ。怪我人を労るのは人として当然だろ。ちゃちゃっと医者に連れてくからさ」
「俺を前によく言えたもんだな色男(カウボーイ)。医者じゃなくて、神父を呼ぶことになるぜ」
「なあに、神父はお前にくれてやる。こっちは医者さえいれば充分。死人の相手をする余裕はないんでね。抜きなよアミーゴ。お前のケツについてる火がどんだけ熱いか教えてやる」
 ビリーの額に青筋が走ったのを、シュガレットは見逃さなかった。
「俺を相手に……先に抜けって……!? 吐いた唾は飲み込めねえぞ!!」
「んな汚ねえ事しねえよ。おら来い三下」
 爆発する。シュガレットがそう思った瞬間、ビリーの右腕が消えた。シュガレットの目には追えない早さだった。消えたと思えば、銃が勝手に手の中にやってきたようなスピードで、銃口がキッドへと向けられていた。
 命が弾き飛ばされる音が酒場に響く。もう何度も聞こえた音だが、今回の音はシュガレットにとって意味合いが違う。名前を知っている命が飛んでいくのだ。ゾッとしてしまう音だが、なぜか目の前のキッドは、微動だにしていない。それどころか、ビリーの右肩からは血が流れ、キッドの腕にはシルバーの拳銃が握られていた。

 形状こそトーラス・レイジングブルに似ているが、グリップに白い羽が彫られているのがやけに目立った。その銃を見た瞬間のシュガレットは、異常な興奮に包まれた。天使に出会ったような神々しさと、数多の危険を撃ち抜いてきた実績によるオーラ。

 ガンマンとしての直感でわかる。あれが『ディザーム・エンジェル』だと。

 しかしそれ以上に、何が起こったのかさっぱりわからない。間違いなくビリーが先に拳銃を抜いたはずだった。なのになぜ、後から抜いたキッドの弾丸が当たっているのか。
 少し考えて、シュガレットにもからくりがわかった。キッドは『ビリーが一発撃つ間に二発同時に撃った』一発はビリーの弾丸を迎撃するのに、もう一発は肩に叩き込んだ。
「ワンタイムショット。本当はお前なんかには必要もないが、がっかりさせてくれたお礼さ」
「が、がっかりだと……」まったく覚えのないイチャモンをつけられたような戸惑いがビリーの表情から見え隠れする。
「ああ。さっきお前が言った、『フリーク・デビル』と『ディザーム・エンジェル』が消えたってのはホントの話でね。『ディザーム・エンジェル』を見つけたのも、つい最近なんだ……もう一つの頭を見つけてやらないとね。愛する二人はいつも一緒、ってことさ。――さあどうするレディ・シュガレット! 俺は別に、こいつの首なんていらねえ。譲るぜ。男のケツ追っかける趣味なんざねえしな」
 壁から離れて、右肩を少しばかり下げながら、キッドの隣に立つ。
「あ、あたしは……」



  ■


 シュガレットはビリーを生かしたまま保安官(シェリフ)へと差し出した。あとのアウトローたちの死体も、保安官が持っていった。その中には何人かの賞金首がいたらしく、思っていたよりもたくさんの報奨金がシュガレットに入った。
「……ありがとう、一応」
「いやいや。俺ぁ自分の銃取り返したかっただけ。偽物だったけどねえ」
 酒場では、保安官達が死体を片付けている。二人はそれを見ながら、ぼんやりと仕事を終えた一服と洒落こんでいた。
「あーあー。これで大金払って掴んだ情報が全部スカだった」
「……ホントに要らないの? この賞金」
 シュガレットが持っているドル袋は、サンタクロースが背負っている袋くらい膨れていた。中に入っているのが大人の夢か子供の夢かという違いだ。
「ああ。俺の銃の名を語ってた野郎の懸賞金は使う気にならないからな。全部持ってっていいよ」
「――なら、私の家に来てちょうだい。借りたままで別れるわけにはいかないわ。ご飯と寝床くらいなら用意するわ」
「借りは返すって? 律儀なお嬢さんだねえ。――ま、金も尽きたし、今回ばかりは甘えさせてもらっちゃおうかな。ママのところに帰るには、ちょっと遠くに来すぎたしな」
「OK。ここから近いから、すぐ着くわよ。それまで、聞かせてちょうだい。あなたがなんで二つの銃を手放すことになったのか」
「痛い所を突くねえ。OKレディ。それじゃちょいと聞かせてやるが、話の途中で寝ないでくれよな。子守唄代わりに昔話してるわけじゃないんだからな」
 立ち上がったシュガレットを追うようにして、キッドものろのろと立ち上がった。
 武勇伝を話すのは威厳を出そうとする親父の様で好きじゃないが、求められたら歌わねばならない。キッドは、サービス精神にあふれた男だった。
続・死神の素顔は(仮題)


初挑戦西部劇。セリフ回しはコブラを参考にしました。スペース・コブラ超おもしれえ!

この作品は似非西部劇。書いてみたくなったけれど、そんなに西部劇に詳しくないので、そこそこに体裁を整える感じで書きました。『あの銃は西部開拓時代にはないんじゃないの?』という疑問があるかと思いますが、これは一応裏設定があるので、狙ってやってます(いつか連載にしたくなったらとんでもないネタバレになるから言わないけど)。キッドのモチーフは『スパニッシュ』。スペインの陽気な男、って感じをイメージしたので、ポンチョを着せてみました。ああ、でもガンベルトと銃を隠すっていう意味合いもあったり。シュガレットのモチーフは『暴走しない暴走特急』人間としての当たり前を追い求めて、当たり前が出来ないアウトローを嫌う正義感に満ち溢れた少女。また、女だとナメられまくったので、女性として扱われるのが大嫌い。ビリーのモチーフは『読み切りの悪党』漫画の読み切りの悪党っていうのは、基本的に強いっていうのをぱっと見て出さなきゃいけないので、サイズが大きくなるのですが、それに則って、大男にしたりしました。THEかませ。

あとは、顎先生の『絵本の中のガンファイター』のリオに立ち向かえる男を、と思ったので、若干キッドの強さがとんでもないレベルになってます(書いてる途中で読んだんで、はぐれ者キッドから名前を取ったわけではないのであしからず。ガンファイター面白かった)。

ちなみにですが、タイトルの続は続編があったわけではなく、単純にマカロニ・ウェスタンのパロディです。(マカロニ・ウェスタンは続編なんてなかったのにも関わらず当然のように続とつける映画があった。ニトロプラスから発売されたエロゲー『続・殺戮のジャンゴ』に続がついてるのも同じ理由です)
26, 25

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