10月もまっただ中の朝、俺はいつも通り起き、いつも通り朝飯を食い、いつも通りに通学をして、いつも通りに下駄箱を開ける。
いつも通り上履きを取ろうとすると、いつもは無いような物が置いてあった。一枚の紙である。
わかりやすく言うと手紙。そう、ラブレター。これはもう健全な高校男子としては喜ばなくてはいけない気がするよ! 生きてて良かった! ビバ! 青春!
「おーいどうした? 早くしないと遅刻だぞ?」
クラスメイトが俺に声をかけ現実へと戻してくれる。
「あっ、ありがとう。すぐ行くよ」
俺は胸ポケットに手紙を隠すようにしまい階段を上った。
「21番、鳴滝氷河」
「おいっす」
先生の点呼に応じ、ポケットにしまった手紙をこっそりと開く。中にはすっきりとした読みやすい字でこう書いてあった。
『放課後屋上
葵』
その文章を見た直後、俺は思わず後ろの席を見た。目線の先にはクラス委員長の日向葵さんが元気に大声で点呼に応じている姿があった。
日向さんは頭脳明晰容姿端麗の向日葵のような笑顔でクラスを照らす元気な少女だ。しかし日が落ちるにつれだんだんとテンションが下がって行くがそれもまたチャームポイントとなっている。ファンクラブもあるくらいだし可愛いは正義って本当なんだな。
そして俺は席の前にいる奴に目を向ける。そこには出席番号20番の男、徳倉屋未来が澄ました顔で座っている。
こいつは突如夏休み明けに転校してきた男だ。そのハイスペックで女子のハートを鷲掴みにしているが男子から妬まれないという勝ち組ポジションを取得している。ファンクラブが出来るのも時間の問題か。
しかしどうも俺はこいつが好かない。別に悪い奴じゃ無いのだろうが本能が嫌っているみたいだ。とりあえず愛想良くはしているのだが。
そんな事を考えていると気づけば朝礼が終わっていた。
1時限目の準備をしている時日向さんと目が合ったのは気のせいでは無いと思った。
授業の半分を寝て過ごしもう半分は放課後の事を考えているとあっという間にホームルームになった。
徳倉屋が眉をよせ心配そうに聞いてくる。
「氷河クンどうしたの? 元気無さそうだけど」
「別になんでもねぇよ」
そして先生の「起立」という声が聞こえた。
屋上でサッカー部の練習を眺めていると透き通るような声が俺を呼んだ。
「ごめん。待たせちゃった?」
天使のような声が俺を呼ぶ。そこには朝よりずいぶんと落ち着いた日向さんが立っていた。
「ううん。待って無いよ。それで屋上に呼び出した理由は何?」
「あ、それなんだけどね。私・・・・・・」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
日向さんが顔を真っ赤にしてうつむくと小さく叫んだ。
「私、満月さんの事が大好きなの!それで、満月さんの事を教えて欲しくて・・・・・・」
え?み、みつきぃ?
「満月ってあの月見里さんのことか?」
月見里さんのことは知っている。眼鏡を掛けて暗い性格のある意味日向さんと対照的な存在だ。しかし友達がいない訳ではなくよく女子同士絡み合っているのを見掛ける。男子にも一部の奴には人気があるらしい。
「そうなの・・・・・・ 前まではいつも独りみたいだから心配で声をかけていたりしたんだね、いっぱいお話しして満月さんの事をいっぱい知って・・・・・・」
そう言い日向さんはどんどん俺に迫ってくる。チョットオオキナフクラミガアタッテマスヨヒナタサン。
あやうくその果実に正気を失うところだったがこ何とからえ、なぜ俺に相談したか聞く。
「あ、それはね。ホラ、氷河君って新聞部の部長じゃない? だから月見里さんとかのいろんな人の事を知っているんじゃないかなって・・・・・・」
俺は手をぶんぶんと振る。
「イヤイヤイヤ。さすがにそんなストーカーみたいな事はしないよ。でも、中々下校しないって話を聞いたことがあるよ」
そのとき、俺の頭の中で豆電球が光った。
「そうだ! この際月見里さんに告白してきたら?」
すると日向さんは太陽の様に顔を真っ赤にして言う。
「えーっ!? 無理だよそんなの恥ずかしい!」
「いいじゃんいいじゃん。当たって砕けろだよ日向さん」
「砕けちゃだめなのー!」
「とりあえず行ってみるよ。あと中々下校しない理由も聞いてみたいし」
俺は日向さんの腕を掴みずるずると引きずっていく。
「それじゃーれっつごー」
「うう・・・・・・ 」
教室に着くと廊下側から3番目の一番後ろの席に月見里さんが座って本を読んでいた。
「ちっす」
「あ、あぁ・・・・・・ こん、こんにちは。いや、こんばんはかな?ええと・・・・・・」
日向さんのテンパりぶりが凄い。すっきりとした顔を真っ赤にして俯いている。
一方月見里さんはぷるぷるとした綺麗なピンク色の唇を動かし返事を返す。
「・・・・・・ちっす」
俺の挨拶をオウム返しにしてきた。そしてすっと息を吸い、一息で話をする。
「なにしにきたのひょーがクン。あとあおいちゃんが真っ赤なのはなんで? まさか変なことしたんじゃない?」
「いや。してねーよ」
「あ、あのあのあの・・・・・・ やっぱ無理ー!」
日向さんはそう言うとだーっとどこかへ走って行ってしまった。俺は日向さんの姿を目で追い、階段を下りたところで視線を月見里さんに向ける。
「あのさ、なんで放課後ずっと残ってるの?」
問いかけてみると月見里さんは何かを考えるように目をつぶった。そしてゆっくりと目を開けると早口言葉のように言った。
「秘密。あと満月でいいさん付けはうっとうしい。私はしばらくしたら帰るから先に帰ってていいよじゃあね」
そう言うと本を鞄にしまいどこかへ歩き去っていった。しばらくすると息を荒げた日向さんが帰ってくる。
「た、ただいま・・・・・・」
「全力疾走してきたんですか?」
「うん、恥ずかしすぎて・・・・・・ あれ? 月見里さんは?」
「先に帰ったぽい」
「それじゃあ、私たちも帰ろうか?」
「いいですよ。じゃあ行きましょう」
あれはラブレターではなかったけれど、日向さんとは急接近した気になれた。
「ん? 忘れてきたか?」
刻は日向さんに屋上へ呼び出された日の夜。三日月が輝いていた。
俺が探しているのは明日の提出物。期限に厳しい先生で明日の朝提出の物なのだ。忘れたら恐ろしい目に遭うだろう。
「まだ8時か・・・・・・面倒臭いけど取ってくるか。」
俺は制服に着替え義妹のゆきに声をかけ玄関を出た。
この日は一層、月が輝いて見えた気がした。